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第7章 4 温室での口論

1


「何だか、アイツらのせいで食事が中途半端になってしまったな。何か別に食事の用意でもしようか?」


不意に公爵が言った。そう言えば、あの時はまだ食事の途中だったのだ。時刻を見ると、もう夜の9時半を過ぎている。

「あの、でももうこんな時間ですし、私は大丈夫ですよ?」


「いや・・・実は俺があまり物足りなくてな。もし、ジェシカさえよければ少しだけ食事に付き合って貰えればと思ったんだが。」


公爵は言いにくそうに語った。何だ、そういう事なら言ってくれればいいのに。

「私で良ければお付き合いしますよ?でも使用人の方々はもう休まれているのですよね?どうするのですか?」


「自分で用意してみようかと思うんだ。確か調理場に非常食が置いてあったはずなんだが・・・。」


「ええ?ドミニク公爵様自らですか?お料理の経験とかはあるのですか?」

こんなに身分の高い公爵家の男性がこの世界で料理をするなんて驚きだ。


「い、いや。料理の経験は無い。まあ、何とかなるのではないか?」


「・・・・。」

何とも楽観的な考えだ。

「ドミニク公爵様、一緒に調理場へ行きましょう。私が何か食材が無いか見て見ますよ。」

これでも私は大学を卒業してからは1人暮らしをしていたのだ。なのでこの世界で料理をした事は無いが何とかなるだろう。


「何?ジェシカは料理が出来るのか?」


公爵は驚いた様に私を見る。

まあ確かに貴族の女性が自ら料理をする事など滅多に無いだろう。

「ええ、御期待に添える料理を作れるかは分かりませんけど、取り合えず案内して頂けますか?」


 公爵に案内された調理場はまるでホテルのように広く、立派な物であった。そういえば生もの食材はどのように保存してあるのだろう?冷蔵庫があるようには見えないし・・。

「あの・・・つかぬことをお聞きしますけど、お肉や魚などの生ものの食材はどのようにして保存してあるのでしょう?」

私が尋ねると、公爵は腕組みをして首を捻ると言った。


「すまん・・・。ジェシカ。俺にも分からない。」


申し訳なさそうに答える。

うん、そうだよね!料理などしたこともない公爵がそんな事知ってるはずが無いね!

「い、いえ。お気になさらないで下さい、知らなくて当然の事ですから・・・。」

兎に角食材が無いか探してみよう。棚を開けたり、引き戸を開けたりと調べていると、大きな木箱を見つけた。おや?これは何だろう?

中を開けてみると、大きな氷が沢山入っており、そこに肉や魚などが貯蔵されている。おおっ!これはもしや、氷の冷蔵庫では?

この世界では魔法を使えるのは殆ど貴族のみで庶民は魔法を使えることが出来ない、という設定にしてある。それでは庶民はどのような暮らしを送っていたか等細かな設定はしていなかったのだが、成程こういう事だったのね。文明の時代設定は19世紀頃と考えて良いのかもしれない。


私はそこからウィンナーにチーズを探し出すと、簡単に調理を始めた。

チーズを切り分け、鍋でウィンナーをボイルする。その間にレタスとトマトを見つけたので洗ってさらだにし、オイルと塩コショウでドレッシングを作ると、上にかけた。

私が手際よく調理するのを感心した様子で眺めている公爵。


「すごいな、ジェシカは料理まで出来るのか?」


「料理と言ってもそんなにたいしたものではありませんよ。逆にこれ位で感心されると照れ臭い位ですから。」

私は苦笑しながら言った。


 公爵は私が簡単な料理を用意している間に、いつの間にかワインを用意してあったのか、グラスも2つトレーに乗せいてた。

全ての料理が出来上がると公爵は言った。


「この隣に小さいが、使用人用の食堂があるんだ。良かったらそこで一緒に食事をしよう。」


「はい、それはいいですね。」


公爵はワインとグラス、私は出来上がった食事を持って隣の部屋へと移動した。

テーブルにガスランプを灯し、向かい合わせにテーブル席に着くと公爵は言った。

「では乾杯しようか?」


「そうですね・・・。何について乾杯しましょうか?」


「うん・・・。言われてみると確かに・・。」


公爵も考えあぐねている。なので私は提案した。

「それでは私達の友情に乾杯しませんか?」


「あ、ああ。そうだな・・・では友情に。」


「「乾杯。」」

2人でグラスを鳴らし、ワインを飲む。

おおっ!これは・・・もしや物凄いヴィンテージものでは?私はあまりワインには詳しくな無いが、この飲みやすさと口当たりはかなりの値打ちの物と見た。

すると公爵が言った。


「このワインはリッジウェイ家の領地で作られた葡萄から製造された物だと知っていたか?」


「え?!そうだったんですか?」


「ああ、そして俺の領地ではこの葡萄からワインを製造している。だからこそ、お前と俺の両親は俺とジェシカを結婚させようとしたのだろうな。」


公爵はグラスを回しながら言った。

成程・・・。ただ単にお互い評判が悪い者同士を結婚させようとしたわけでは無かったのか・・。


「だが、俺はそんなのは御免だと思っていた。」


突然公爵の口調が変わった。


「ドミニク公爵様・・・?」


「俺の両親は政略結婚で、本当に2人は冷めた関係だった。ジェシカは知らないだろうが、俺の両親はどちらも黒髪では無いのだ。父も母もジェシカのような栗毛色をしている。それなのに俺のような黒髪の子供が生まれたから当然父は母の浮気を疑ったよ。けれど、母は頑としてそんな事は無いと抗議した。」


「・・・。」

私は黙って公爵の話を聞いていた。


「そして・・・結局2人の仲は完全に崩壊した。離婚こそしなかったけれども両親はそれぞれ別々の屋敷で暮し、俺も使用人達に押し付けられて育てられた。これは・・後から分かった事なのだが、俺の2代前の母方の祖父が俺と同じように黒髪に、左右の瞳の色が違う人間だったという事が分かったんだ。いわゆる俺は先祖返りという事だったようだ。でも、その事が分かった時にはもう俺達家族は修復が効かない状態だった・・・。」


「ドミニク公爵様・・・。」

まさか、公爵の生い立ちにそのような暗い影があったとは思いもしなかった。だから公爵は何処か全てを諦めたような、冷めた感情の人間になってしまったのかもしれない。


「だから、俺は自分の結婚相手は政略結婚などでは無く、愛する女性と結婚をして満ち足りた生活を送りたいと思っていたんだ・・。」


まさか、まだ18歳の青年が結婚に関してここまで深く考えていたとは思いもしなかった。それともこれも世界観の違いからくるものだろうか・・?


「でも今のような話をされると言う事は、公爵にはどなたか好きな女性がいるのではないですか?」

私が尋ねると、公爵の身体がピタリと止まった。うん?この反応はもしや・・・。


「あ、ああ・・・。いる。と言うか・・・いた・・・。」


何故か過去形で話す公爵。


「そうだったのですか?ではその女性に思いは告げられたのですか?」

恋バナが好きな私は公爵の心の内も分からずに尋ねた。


「いや、彼女はもう・・・他の男と結婚したよ。大体元々身分が違い過ぎたんだ。彼女はここのメイドの1人だったのだから。」


え?私は思わず顔を上げて公爵の顔をじっと見つめた。


「彼女は俺と同い年のメイドで、小さい時からずっと一緒だった。成長と共にいつしか俺は彼女に恋心を抱くようになっていたのだが・・・きっと彼女はそれを迷惑に思っていたのだろうな?半年ほど前に彼女は親の言いつけで他の男と結婚して、ここを出て行ったよ。」


公爵は自嘲気味に笑うと言った。


「だから、俺は全てを諦めた。その矢先に、ジェシカ。お前との見合い話が持ち上がったんだ。お前は悪女として評判を集めていたからな・・・。だからこの話が来た時は俺への当てつけだと思っていたよ。」


じっと公爵は私を見つめながら言った。

う~ん・・・。確かにこの国でのジェシカの評判はすこぶる悪い。目の前にいる公爵に悪女呼ばわりされるのもこれで3度目だし・・・。しかもそれを当てつけだと思っていたなんて、ちょっと私的には心外だ。


「そ、そうなんですか?でも当てつけと思っていた私にフリッツ王太子とアラン王子からの求婚の申し込みを諦めさせるために、お見合いのお試し期間的な物に協力をいただきましてありがとうございます。無事に事が終了次第、婚約の約束を反古にさせて頂きますね?そうしたらまた新しい恋を見つけてくださいよ。来学期からは学院に入学されるんですよね?きっとそこで素晴らしい出会いが待ってると思いますから。」

私は笑顔で言った。

最も、その頃には私は恐らくあの学院にはもう戻っていないだろうけどね―。





2


 その後も、公爵と色々な話をした。

私は美味しいワインでほろ酔い気分になりながら、学院での生活を色々と話した。

セント・レイズ学院の生徒会長はその強面で実は大のスイーツ好きで、かなり人間的にヤバイ存在であることとか、濡れ衣を着せられて謹慎処分を受けた事、仮装ダンスパーティーでメイドの恰好をして誰にもバレなかった事等々・・・最も私が学院で何人もの男性から追い回されて困っている事は言わなかったのだが。


 それを公爵は優し気な瞳でじっと私を見つめながら聞いてくれている。思えばこんなにも私の話を静かに聞いてくれるのは大人のジョセフ先生を除いて初めてでは無いだろうか?

大分酔いが回って来た私はテーブルにいつしか突っ伏しながら呟いていた。


「ドミニク公爵様は・・・本当に話しやすい方ですよね・・・。何と言うか、安心感を与えてくれると言うか・・・。だから・・あんな夢・・現実にはならないですよね・・?」


「ジェシカ?大丈夫か?もう部屋で休んだ方がいいぞ?」


公爵が私を揺すっているのを感じた。


「正夢に・・・ならなければ・・・私、逃げなくても・・・いいの・・に・・。」


そこまで言うと、完全に私の意識は途切れた―。



 翌朝、ベッドの上で私は酷い頭痛で目が覚めた。どうやら完全な二日酔いのようだった。然程ワインを飲んだつもりは無かったのだが、ひょっとするとあのワインは度数がかなり強かったのかもしれない。

「う・・・ん、痛たたた・・。あれ?」

起き上がった私はここが自分の部屋である事に気が付いた。

「え?嘘!私いつの間に部屋に戻っていたの?ひょっとして公爵が・・?」

う~ん、駄目だ。ドミニク公爵と一緒に食事とワインを飲んだことは覚えているが、その後の記憶が全く無い。でも約束は守ってくれたようだ。人形は無いし、私はベッドの上で寝かされている。

 頭痛が酷い私はベッドから起きあがれないでいると、ドアをノックする音が聞こえて来た。


「お早うございます、お嬢様。もう起きていらっしゃいますか?昨夜の事をどうしてもお伺いしたいのでどうか部屋のドアを開けて頂けないでしょうか?」


うぎゃっ!あれはマリウスの声だ。昨夜の事?もう心当たりがあり過ぎて何の事だかさっぱり分からない。と言うか、昨夜起こった全ての事を私に説明しろと言うのだろうか?

冗談じゃないっ!ただでさえ、二日酔いで頭がズキズキしているのに悩みの種のマリウスの顔を見た日には頭痛が2倍増しで起こること間違いない。

そこで私は言った。


「こめんね。マリウス。私、二日酔いで頭痛が酷くて・・・悪いけど今日は1日私のこと放って置いてくれいなかなあ?」


「何ですって?二日酔いですか?おかしいですね・・・昨夜ドミニク公爵を門までお見送りを済ませて戻られたお嬢様は全くアルコールを飲んだ気配は感じられませんでしたよ?おまけにすぐにお部屋に戻られ、鍵をかけてしまったじゃ無いですか?そしてジェシカお嬢様のお部屋にはアルコールはおいてありません。そうなると2日酔いという事自体、真っ赤な嘘となりますが・・・。」


あ~もう、本当に煩いっ!こっちは頭痛で辛いと言うのに・・・。

マリウスは延々と部屋のドアの外で私に語りかけて来るが、ここは全てシャットアウトだ。

私は布団を頭まで引っ張り上げると、両耳を塞いでそのまま眠ったフリをする事にしたのだが・・・・本当にそのまま眠りについてしまった・・・。


 

 あ・・・これは夢だ。私は夢を見ている。

最近は自分の見ている夢を、夢の中だと認識できるようになってきている自分がいた。

夢の中で私はドミニク公爵と一緒にもう1人の私がいるのを遠目から見ている。

2人ともセント・レイズ学院の制服を着ている事から、新学期が始まったのだろう。

それはまるで夢の中に現れている私と、それを傍観者として眺めているもう1人の私が存在しているような感覚だ。

ドミニク公爵は私に何かを必死に訴えている。けれど私はそれを首を振って拒絶しているようにも見える。

やがて公爵は私を強く抱きしめて何事かを語りかけているが、その台詞の内容は私には一切届かない。

公爵に抱きしめられた私は必死でもがいて、ドミニク公爵を突き飛ばす。

ドミニク公爵の顔には絶望とも取れる色が濃く刻まれているのが分かった。

どうして?私は公爵にこんな顔をさせるつもりは一切無かったのに・・・・。

これは一体誰の感情なのだろうか?夢の中に出て来る私?それとも傍観者の私?

それでも公爵は再度私に手を伸ばしてくるが、私は後ずさり、何かを叫んでいる。

その言葉は余程強烈だったのだろうか、見る見るうちに公爵の顔は悲しみの色に包まれていく・・・。

私はそんな公爵の顔を驚いた様に目を見開き、見つめているが・・・やがて踵を返すと、公爵を置き去りにして逃げるように走り去って行く。


 やがて、1人取り残された公爵に近付いてくる人物が・・・。

それはストロベリーブロンドの、この小説のヒロインであるソフィーであった。

ソフィーは絶望に打ちひしがれたような公爵に近付くと、そっと彼に触れて何事かを語りかけている・・・。

それを俯きながら聞いているドミニク公爵。


 駄目、いけない、公爵様。ソフィーの話に耳を傾けては・・・・。

傍観者である私は声にならない声で必死に公爵に訴え・・目が覚めた―。


 全身に酷い寝汗をかいている。

いつの間にかマリウスは去っていたのか、ドアの外は静まり返っていた。

ベッドサイドに置かれた置時計に目をやると、時刻は11時を指している。

まだ若干頭痛が残る身体を無理やり起こし、私は着替えを出すとバスルームへ向かった。

衣類を脱いで、コックを捻って熱いシャワーを浴びていると先程の夢が蘇ってくる。


 一体あの夢は何なのだろう・・・?ドミニク公爵がセント・レイズ学院の制服を着ていると言う事は恐らく来学期の出来事に間違いないだろう。

私も制服を着ていたと言う事は、逃亡せずに学院へ戻ったと言う事だ。

何故逃亡しなかったのか?それとも逃亡したのにつれ戻されてしまったのか?


 あの夢の中で公爵は私に何を語っている?そしてどうして私は逃げ出したのだろう?会話の内容が全く聞こえないので状況がさっぱり分からないのがもどかしい。

 だけど・・・公爵のあの傷付いたような、悲し気な顔が脳裏に焼き付いて離れない。私はきっと近い将来、公爵を酷く傷つけてしまうのだ。


 そして夢の一番最後に出てきたソフィー。

何故、彼女が夢の中に現れた?でも・・・私は大体の事が理解出来た気がする。

恐らく私はドミニク公爵を酷く傷つけてしまう。

そして傷付いた彼の前に現れたヒロイン、ソフィー。

彼女はドミニク公爵の傷付いた心の隙間に入り込み・・・アラン王子達に暗示をかけたように公爵に暗示をかけるのだ。

私を捕えて裁きを受けさせるために・・・。


 ドミニク公爵は夢の話をした時に、それは所詮只の夢、私に死刑を言い渡すなんて馬鹿な事が絶対にあるはずは無いと言い、逆にこの私を傷つけるような奴から守ってやると言ってくれていたけれども、多分ソフィーの暗示の前では無力だろう。

あのアラン王子から他の3名の男性達だってソフィーに強い暗示をかけられたのだから・・・。

そこまで考えた時、私は1つの疑問が沸き起こった。


 あれ?アラン王子を除く、他3名の男性って一体誰だった・・・?

生徒会長、ダニエル先輩、そしてノア先輩・・・。


「ノア先輩・・・?ノア先輩って一体誰だったっけ・・・?」


 何だか妙に懐かしい名前の様な気がする・・がしかし、私は名前以外はどうしても思い出す事が出来なかった―。





3


 結局、夢の内容が気になっていた私は何も行動する気が起きずにその後も部屋の中に閉じこもっていると、再びドアがノックされた。しかし今回私の部屋を訪れたのはマリウスでは無くミアだった。


「ジェシカお嬢様、お目覚めでしょうか?ドミニク公爵様がジェシカお嬢様にお会いしたいといらっしゃっておりますが。」


「え?!ドミニク公爵様が?!」

私は素早く反応すると部屋のドアを開けた。

ミアは私のそんな様子を勘違いしたのか嬉しそうに言った。


「まあ、ジェシカお嬢様はそれほど迄にドミニク公爵様をお慕いしていらしたんですね?」


いや、それはミアの勘違いだよ。大体私と公爵は友人同士になったのだから、そこに互の恋愛感情は無いのだよ。と言う感情を抑え、私は曖昧に笑みを浮かべると言った。


「それでドミニク公爵様はどちらに?」


「はい、公爵様は温室を見たいと仰られて、そちらへ行かれました。」


ミアの話では、リッジウェイ家の温室に興味を持ったらしく、是非見せて貰いたいと公爵から言って来たらしい。


「ありがとう、それじゃ温室へ行って見るわ。」


邸宅の城から温室までは若干の距離がある。

私は部屋にかけてある防寒着を羽織ると、早速温室へ向かった。

入口に到着し、中へ入ろうとすると温室の中から話声が聞こえて来た。


「温室を見て見たいとは一体どういうおつもりなのでしょうか?」


怒気をはらんだ声で話をしているのはマリウスだ。え?何でマリウスが温室に来ているの?まさか・・・話している相手は公爵様では?!



「別に深い意味は無いが?この間ジェシカに入れて貰ったハーブティーがとても美味しかったので、温室を見て見たいと思っただけだ。」


喧嘩腰に話マリウスとは対照的に、落ち着いた声で話をしている公爵。

あああっ!仮にも公爵様相手になんて口を聞くのよっ!マリウスの奴め!

私はマリウスを止めようと温室の入り口のドアノブに手を触れようとした時に、マリウスの一言で手を止めた。


「ドミニク公爵様・・・。貴方はとても強い魔力をお持ちですよね・・?私自身、自分の魔力の質量には相当自信がありましたが、貴方は私の比ではありません。本当に貴方はただの人間なのでしょうか・・・?」


え?今マリウスは何を言ったの?

私はその言葉に反応し、温室の中へ入るのはやめて2人の話を立ち聞きする事にした。


「一体何の話だ?言ってる意味がさっぱり分からないが。」


冷静に対応しているドミニク公爵。


「そうやってごまかされるおつもりですか?何より貴方のその外見が雄弁に物語っているではありませんか?その稀に見ない黒髪に、何より特徴的な左右の瞳の色の違い・・・。その姿は紛れもなく・・・。」


え?マリウスは何を言おうとしているのだろう?でも私は何故かそれ以上マリウスの話を聞きたくはなかった。なのでおもいきり温室のドアを開けた。


「お待たせ致しました、ドミニク公爵様。」


するとマリウスが驚いた様にこちらを見る。その顔は狼狽していた。

そしてそれとは対照的に公爵は私を見ると笑顔になった。


「こんにちは、ドミニク公爵様。わざわざ会いに来て下さって嬉しいです。」

私は笑顔で挨拶をすると、マリウスが私を鋭い眼差しで見つめているのが分かった。


「お嬢様・・・。二日酔いで具合が悪かったのでは無かったのですか?やはりあれは演技だったのですか?」


恨みがましい言葉を私に投げつけて来る。


「あれからまた眠ったから、具合が良くなったのよ。それよりマリウス、ドミニク公爵様とお話があるから、貴方は席を外して貰えないかしら?」


なるべく下出に出るように私はマリウスにお願いした。するとマリウスの口から驚くべき言葉が飛び出してきた。


「お嬢様、ご本人を前にこのような事を申し上げるのはいささか気が引けますが・・

ドミニク公爵様は危険な方です。どうかお嬢様をお守りする為に私もこの場にご一緒させて頂けないでしょうか?」


「え・・・?」

はあ?一番私にとって危険人物がそんな台詞を言う訳?!呆れて開いた口がふさがらなくなってしまう。そんなマリウスの言葉をドミニク公爵は面白くなさそうに聞いている。


「ねえ、マリウス。貴方一体自分が何を言っているか分かっているの?仮にも相手は公爵様なのよ?どうしてそんな口を聞けるの?と言うか、前々から言おうと思っていたけど、アラン王子に対しても普通に考えてあり得ない行動を取っていると思わないの?貴方・・・やっぱり何処かおかしいわよ?」

私は窘めるようにマリウスに言うが、どこ吹く風。


「いいえ、ちっとも思いませんね。お嬢様に害をなす人物は私にとっては全て敵とみなしておりますから。」


「はあ?害をなす?私にとって一番害をなす存在はむしろマリウスの方なんですけど?!」


思い切りマリウスを睨み付けると・・・あ、やばい。また久しぶりに変なスイッチが入ってしまったようだ。


「お、お嬢様・・・。今お嬢様の瞳に写っている姿は私只一人・・・。お嬢様の視線を独占出来るなんて、幸せ過ぎてたまりません。この喜びをどうお伝えすればよろしいか・・・。」


狂気をはらんだ目でにじり寄って来るマリウスの前に立ちふさがったのがドミニク公爵だった。



「おい、マリウスとか言ったな・・・?俺の婚約者に不用意に近付こうとするのはやめてくれ。」


「チッ!」


 この上なく不機嫌な態度で舌打ちをするマリウス。もうマリウスのこのような態度には大分慣れてはきたものの、毎度毎度お偉いさんの前でこのような態度を取る事が続くようなら、主の私も罰を受けるのでは無いだろうか・・・?駄目だ、これ以上マリウスを私の下僕にしておけば、今に貞操の危機だけではなく、もっと酷い目に遭いそうな予感がする・・・。

でも・・・何て頼りがいがある公爵様なのだろう!やはり男友達はこういう時に頼りになるっ!


「そう言う訳だから・・・貴方はもう下がってくれる?マリウス。」

私が言うと、ようやくマリウスは諦めたのか頷いた。


「お嬢様がそこまで言うのでしたら・・・承知致しました。では・・・失礼致します。」


マリウスは頭を下げると温室を出て行った。

公爵はマリウスが出て行ったのを見届けるとポツリと言った。


「ジェシカ・・・随分とお前はあの下僕で苦労させられているのだな?それにしても・・あの男は自分の立場を理解しているのだろうか?仮にも主に仕える身でありながら、あんなに激しくお前に恋慕するなど・・・。」


苦々しく言う公爵の言葉を私は黙って聞いていた。

・・・言えない、と言うか絶対に知られてはいけない。以前のジェシカはマリウスと男女の仲だった事。そして私はマリウスに何度もマーキングと称されキスをされたり、貞操の危機に日々怯えている事等、絶対に言えるはずが無い!


「と、所でドミニク公爵様。昨夜のお約束通り私を部屋まで運んで下さったのですね?本当にお世話になりまして、ありがとうございます。目が覚めたら自分の部屋のベッドで眠っていたので本当に驚きました。」


「あ、ああ。すまなかったな。昨夜ジェシカはワインで酔ってしまったのか、あのまま眠ってしまって幾ら呼びかけても起きなかったので、そのままジェシカの部屋まで運び、ベッドの中へ入れてしまったんだ。ついでに人形も回収しておきたかったしな。」


「それで・・・ドミニク公爵様。本日はどのようなご用向きで、こちらにいらしたのですか?」


ドミニク公爵はどこか思いつめたような顔つきをしているようだったので、私は尋ねた。


「ああ・・・。実はフリッツ王太子とアラン王子から呼び出しを受けたのだ。ジェシカも連れてくるように言われて・・・。俺と一緒に城へ来てくれないか?」


やはり予想通り、彼等から呼び出しがやって来たのだ。

一体何を言われるのやら・・・・うう、またお腹が痛くなってきた―。


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