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第7章 1 驚愕の出会い

1


「ジェシカ、すっかり元気になって本当に安心したぞ。」


ディナーの席、父が嬉しそうに言った。


「ええ、本当に。パーティーから戻った翌日に酷い風邪にかかった時はどうなるかと思ったわ。貴女は大怪我をしたばかりだから本当に心配したのよ。」


「ご心配おかけしました。お父様、お母様。でもお陰様ですっかり元気になりました。もう大丈夫ですよ。」

おおっ!このお肉美味しい!ここ1週間程まともに食事をしていなかったので、いつも以上に美味しく感じる。何せ鏡を見た時にはびっくりしたものね。すっかり身体の肉が削げ落ちてしまった感じになっていたから。今夜は沢山食べて栄養をつけないと。


「あの、所でお兄様は今夜はいらっしゃいませんがどうされたのですか?」


私は両親に尋ねると、父が言った。


「ああ、今夜は残務処理があるから事務所に泊ると連絡があった。全くアダムにも困ったものだ。大人しく家業を継いでくれれば良いのに、弁護士に等なるから・・・。


父はブツブツと文句を言っている。

やれやれ、アダムも大変だな・・・・。私は苦笑しながら父の愚痴を黙って聞いていた。


「だが、その心配もじきに無くなる。良いか、ジェシカ。喜べッ!お前の見合い相手が決まったぞ!先方はお前の悪い噂を知っていながら見合いの申し出を受け入れてくれた!お相手はドミニク・テレステオ公爵。ジェシカと同じ18歳だ。しかも来学期から編入試験を受けて、お前と同じセント・レイズ学院に通う事が既に決まっているのだ。早速だが、明日見合いをする事になっているからな?」


父は意気揚々と語る。


「え・・ええええっ?!お・・・お見合いですかっ?!」

何で何で?う、嘘でしょう?!お見合いなんて冗談じゃないっ!絶対お見合いなんてお断りだっ!しかも何?私の悪い噂を知っていながらお見合いの申し出を受け入れた?これは絶対に何か裏があるに決まっている。


「良かったわね、ジェシカ。今まで7回もお見合いをして全て先方から断られてきたけれど、今回こそはうまくいきそうよ?」


母はニコニコしながら言う。ええっ?!ジェシカは今迄7回もお見合いをして、全て断られて来たって言う訳?一体今迄どれだけ周りから嫌がられていたのよ・・・。

でもお見合いなんて無理っ!ここは何としても拒否せねば。

「あ、あの・・・お父様、お母様、私はどなたともお見合いをする気は・・・。」


「それは駄目だ、ジェシカ。良いか、リッジウェイ家の広大な農園と領地を守り、民の豊かな生活を保障し、より一層繁栄させていく為には権力のある貴族男性と結婚しなくてはならないのだ。」

父は滅茶苦茶な事を言う。


「で、ですが結婚相手位は自分の意思で決めたいと思うのですが・・・。」

何とか胡麻化してお見合いを回避しなくては・・・っ!


「いいえ、ジェシカ。これは命令です。そもそも貴族同士の結婚に恋愛感情など必要ありません。情等は後から付いて来るものですよ?」


ねえ?それ、女性から言って良い言葉なの?!

だ、駄目だ・・・。もう何を言ってもこの人たちには聞き入れて貰えない・・。仕方が無い。お見合いを受けるだけなら・・。先方にはこのお見合いは無かったことにしてもらおう。どうせ、過去のジェシカはお見合いして7回も断られているのだ。

きっと今回のお見合いも断られるに決まっているだろう。

「わ・・分かりました・・。お見合い・・受けます・・・・。」


「おおっ!そうか、見合いを受けるのだな?!」

 

「はい・・・。」

私は頷いた。だってもう断れないんだよね?!

そして私は一気に食欲が落ち、早々に部屋へ戻る事にしたのだった・・・。


 夜、部屋に戻った私はグレイからプレゼントされた本を読んでいると、部屋のドアがノックされた。


「お嬢様・・・今、お話しよろしいでしょうか?」

マリウスの声だ。


「いいよ、どうぞ。鍵は空いてるから。」


「では失礼致します。」


ドアを開けてマリウスは室内へ入ると、何故かドアの鍵をかける。


「・・・?」

私は訝しんでマリウスを見ると、彼はティーカップとお茶のセットをトレーに乗せ、手に持っている。


「お嬢様、夜のお務めに参りました。」


マリウスはニコリと笑いながら言った。


「はあ?!」

私はあまりにも唐突な申し出に固まった。

な、な、何よ?夜のお務めって!

ま、まさか・・・あれの事なの?私には夜のお務めと言われれば、たった一つの事しか思い浮かばなかった。だ、だからマリウスは部屋に鍵を・・・?

戸惑う私にマリウスが笑みを浮かベ、言った。


「お嬢様。さあ、まずはこのお茶を飲まれたら、ベッドに横になって下さい。」


あああっ!やっぱりっ!な・何故ベッドに横になれと言うの?!私はそんな事一切望んでなんかいないのにっ!

「け、け、結構ですっ!」


思わず声が上ずってしまう。


「お嬢様・・・?」


マリウスは首を傾げて私を見る。

嫌だ、絶対にあんな得体の知れないお茶など飲むものか。恐らくあのお茶には睡眠薬か何かが入っていて、私が眠った隙に・・・。あり得る、普段のマリウスの言動から十分に、その可能性は・・・。


「お嬢様?どうされたのですか?学院に入学した時に約束したではありませんか。邸宅に戻られたら夜のお務めを毎晩果たしますと。お嬢様も言いましたよね?期待していると。」


マリウスは一歩にじり寄ったので、思わず私は椅子から立ち上がり、後ずさりながら言った。

「あ・・あれは・・な、何の事だかさっぱり分からなかったから、適当に答えただけよ・・・あ。」

気付けば私は壁際に追い詰められていた。ま、まずい。逃げ場が・・・。


「お嬢様、何故逃げようとなさるのですか?」


マリウスはトレーをテーブルに乗せると私に近づいてきた。

ヒ、ヒィッ!こ、怖いっ!

「ス、ストップ!マリウス!」

私は両手を前に出してマリウスを止めた。


「お嬢様・・・?どうされたのですか?」


マリウスは足を止めると尋ねた。


「よ、夜のお務めは、結構!今の私には必要無いから、マリウスはもう、さ、下がって大丈夫よ?あ・お、お茶は置いていってもいいからね?」

しどろもどろになりながら何とか自分の意見を述べた。

ここでお茶もいらないと言ったら、機嫌を悪くしたマリウスに何をされるか分かったものでは無い。兎に角今は何とか自分の貞操の危機を回避しなければ・・・っ!


「え・・・?そうなのですか?」


マリウスは無表情で感情のこもらない声で語るので、何を考えているのか私にはさっぱり分からない。それが返って不気味で恐怖を感じるが、ここで怯んではいけない。

「そ、そうよ。もう夜のお務めは必要ないの。この先もずっとね!さあ、分かったらもう出て行ってく・・・ださい。」

駄目だ、最後は弱腰になってお願いになってしまった。


「そうですか・・・。分かりました。では、私はこれで失礼致しますね。」


マリウスは頭を下げて、背を向けドアへと向かう。

ほっ・・・。良かった・・・。しかし、安心したのも束の間。

ドアノブに手をかけたマリウスが私に背中を向けたまま、言った。


「お嬢様・・・。明日、お見合いされるそうですね?」


「え?う、うん。そうだけど・・・。」

そうだよね。マリウスは私の下僕だから当然知らされているよね?


「では、その方とご結婚されるのですか?」


「はい?!」

何故そう極論に走るのだろう?

「あのね、明日お見合いするだけで、何故それが結婚する話になるわけ?大体私は過去に7回も断られているんだよ?明日だって断られるに決まってるじゃない。」


「・・・本当にそう思っていらっしゃるのですか?」


マリウスは背を向けたまま言う。


「え?」


「お嬢様は本当にそう思われているのですか?」


「マ、マリウス・・・?」


「いえ、何でもありません。それでは・・・失礼致します。」


結局、マリウスはこちらを見る事も無く、部屋を去って行った―。





2


 今日は朝から憂鬱な気分だった。昨夜のマリウスの言動も気になったし、何より普段なら目覚めとほぼ同時に姿を現すマリウスが姿を現さなかったからだ。

マリウスが来ないと言う事は、大抵裏で何か良からぬことを企んでいる事が多い。

私は深いため息をついた。



「おはようございます、ジェシカお嬢様。今日はお見合いの日ですね?どのようなドレスをお召しになりますか?」


ミアはにこやかに話しかけて来る。私が以前のジェシカとは全く性格が変わったという事で最近になり、ようやくぎこちない態度が取れて来たのだ。


「う~ん・・・。ドレスと言ってもねえ・・・普通の洋服でいいのだけど・・。」


それを聞いたミアは驚いたようだ。


「ええ?!ほ、本気で仰っているのですか?今までのジェシカお嬢様はお見合いの度に気合の入れた谷間の空いたドレスをお召しになっていましたよ?髪も結い上げ、お化粧もきつめに施し、香水をふんだんに使って・・・・。」


あ~そういう事か、そんな恰好をすれば誰だってドン引きしてその場でお見合い断っちゃうよね・・・・。でもある意味そんな姿でお見合いしていたから相手から恐れられて断られてきたのかもね。だけど・・・いくら気乗りのしないお見合いだからと言って、そんな恰好するなんて絶対無理!それなら庶民が着るような普段着でお見合いの席について、相手から引かれたほうが数倍マシだ。


「とりあえず・・・朝食を食べた後、どんな服を着るか考える事にするね。それよりマリウスは今朝どうしたのか知ってる?」


「え?マリウス様ですか?それが・・・実は昨夜から姿を見ていないのです。アリオス様も探していらっしゃるのですが一向に連絡もつかない状態で・・。本当にどうなされたのでしょうね?」


「そ、そうなんだ。昨夜からマリウス・・・見当たらないんだね?」

私は内心の焦りを感じつつ、平静を保った。

どうしよう、マリウスがいない?もしかして昨夜の事が原因なのだろうか?私が夜のお務めをしてもらうのを拒否したからだろうか?それともお見合いをするから?

また何かおかしな事を考えて実行に移そうとしなければ良いのだけれど・・。

それにしても何だか納得がいかない。何故マリウスの主である私が毎度毎度マリウスの為に悩まなければならないのだろう?普通だと逆の立場になるはずだよね?


「ジェシカお嬢様?どうされたのですか?」


突然黙り込んでしまった私を見てミアは不思議そうに声をかけてきた。


「う、うううん。何でも無いの。気にしないで。」

そう、これは何でも無い事、いちいち気にしていては身が持たない。

私は何度目かのため息をつくと、着替えを始めた―。



「ジェシカ、今日のお見合いは午後2時からだからな。場所は東の塔のサンルームで行う。取り合えず、堅苦しい事は考えないようにと先方はご両親は連れずに、お1人で参られるからな?」


父はご機嫌な様子で朝食の席で私に話しかけて来る。


「はい・・・分かりました。」

私は憂鬱な気分で返事をした。


「それで、ジェシカ。お見合いの時はどんなドレスを着るつもりなのかしら?」


母がワクワクした感じで質問してくる。


「ええ・・・その事ですが、取り合えず本日は紫色のジャケットワンピースを着ようかと思っています。」


それを聞いた母は仰天したかのように大声を出した。


「まああっ!ジェシカ、本気なの?普通お見合いと言えば、レースとフリルをふんだんにあしらったドレスを着るようなものでは無いの?それではまるで一般庶民の着る服と何ら変わりないじゃありませんか?!」


「まあまあ、良いでは無いか。先方だって堅苦しい事は考えないようにと申されておるのだ。ここはジェシカに任せよう。」


へえ~中々理解力がある父親だったんだ・・・。それならさ、お見合い断ってくれたっていいのに・・・。



 結局今朝の朝食は午後から行われるお見合いと、朝から姿を見せないマリウスの事が気がかりで、食欲も無く、早々に部屋へと戻ったのであった・・。


部屋へ戻って来た私は、セント・レイズ学院の友人達に手紙を書いていた、その時・・・。


「お・・・お嬢様ッ!た、大変ですっ!」


ミアが慌ただしく部屋へと駆け込んできた。


「え?ミア?どうしたの?」


「そそそれが、自分は王子だと名乗るお方がこの城にやってきて、ジェシカお嬢様に会わせろと・・・っ!」


な・・・何いッ?!も、もしやそれはアラン王子の事では・・・?!


私は大急ぎで城の正門へ急ぐと、そこには門番とアリオスさんが興奮しているアラン王子を説得している最中だった。


「いいから中へ入れろっ!おれはトレント王国の王太子、アラン・ゴールドリックだ!ジェシカに会わせろっ!」


アラン王子の怒鳴り声がここまで響いてきている。


「ですが、貴方が本当にアラン・ゴールドリック王子さま本人と身分を証明できる物をお持ちでない限り、私共は貴方の仰るお話を信じて良いのかどうかも・・。」


アリオスさんはあくまで冷静に対応している。


「う・・煩いっ!確かに身分を証明するものは無いが、本人がそうだと言っているのだから間違いは無いっ!」


う・・・まずい・・・。このままだと大騒ぎになってしまう・・・。


「ア、アラン王子っ!」


私はアリオスさんとアラン王子の前に飛び出した。


「ジェシカお嬢様っ?!」


「ジェシカッ!」


アラン王子は嬉しそうに私を見ると名前を呼んだ。


「ああ、良かった!ようやくお前に会う事が出来たっ!一体何故俺に手紙を寄こさなかったんだ?あれから毎日毎日お前に手紙を出していたのに、一度も返事が返ってこないから、本当に心配していたんだぞ?!」


アラン王子は私の両手を握りしめると言った。

それを呆気に取られた風に見つめる門番とアリオスさん。


「え?手紙って・・・何の事ですか?私、一度もアラン王子のお手紙を拝見した事はありませんけど?」


それを聞くとアラン王子の顔色が変わった。


「な・・・何だって・・・も、もしやマリウスの奴が俺の手紙を隠して・・・?」


アラン王子がマリウスの名前を口に出すと、アリオスさんがピクリと反応した。


「マリウスが・・・?」


口の中でポツリと呟いた言葉を私も聞き逃さなかった。あ・・・何だか非常に嫌な予感がする。もしやマリウスはアラン王子からの手紙を全て隠していたのかもしれない。そう、マリウスはそういう男だ。

それにしてもアラン王子が今日、ここへやって来たのは実にタイミングがまずかった。何故、よりにもよってお見合いの日にアラン王子がここへやって来たのだろうか?


「落ち着いて下さい、アラン王子。私、実は午後から用事があるのです。なのでまたの機会にしていただけないでしょうか?明日にでも私の方から伺いますので。今はどちらに滞在されているのですか?」

しかし、私の問いに答えずにアラン王子は言った。


「駄目だ、そんな事を言ってお前は約束をすっぽかすかもしれん。分かった。それならこの城の何処かで待たせてもらう。要件が終わったら俺との時間を取ってもらうぞ?」


「ええっ?!そ、そんなっ!」

それはまずい!もし私のお見合い相手と遭遇してしまったとしたら・・・?!お、恐ろしい・・・っ!


すると何を考えているのか、アリオスさんが口を挟んできた。


「よろしいではありませんか?こちらのお方には南塔の客室でお待ちいただいても・・。少々お時間はかかるかもしれませんが、大丈夫でしょうか?」


アリオスはアラン王子に尋ねると、当たり前のように頷いた。


「ああ、俺はいつまでも待っていてやる。」


「左様でございますか、それではお客様をご案内させて頂きますね。こちらへどうぞ。」


言うと、アリオスさんはアラン王子を連れて南塔へと向かった。去り際にアラン王子が言った。


「ジェシカ、早く用事を済ませて俺の所へ来いよ?」


「は、はい・・・。」


アラン王子は私の返事を聞くと笑みを浮かべ、アリオスさんと共に南塔へと向かった。

ああ・・・・本当に疲れた。私は深い溜息をつくと、ミアが遠慮がちに話しかけて来た。



「あの・・・ジェシカお嬢様。後1時間以内にお見合い相手の方がお見えになりますけど・・・。」


「え?!た、大変っ!」

私はミアと慌ただしく部屋へ戻ると、当初の予定通り、紫色の丈の短いジャケットに白いブラウスに紫色のリボンを結び、ロングワンピースに着替えて髪は両サイドを後ろでひとまとめにリボンでまとめて薄化粧をすると、お見合い場所へと向かった。



 サンルームに到着すると、まだお見合い相手の男性は来ていなかった。

私は両親にお願いし、席を外して貰うように頼んでおいたし、お茶の用意も予め部屋に用意しておいて貰った。誰にも邪魔されず2人きりの空間で、お見合いの話を断って貰おうかと考えていたからだ。


丸テーブルの前に置かれた椅子に座り、サンルームの外の景色を眺めていると、人の入って来る気配がした。


「失礼致します。」


あの声の主が私のお見合い相手・・・。

私は挨拶をする為に立ち上がり、お見合い相手がこちらへ向かって来るのを待っていた。

そして相手の男性が目の前に現れた。その彼を見た瞬間、私は衝撃を受けた。


「あ・・・貴方は・・・。」

そ、そんな・・・嘘でしょう?!

一度しか夢の中で見たことは無かったけれど、あの顔は忘れた事など無かった。


この世界ではあまり見かけない、漆黒の髪に冷たい眼差し・・・・そう、彼は夢で見た、私を捕えて処刑を命じたあの青年だったのだ。

夢の中では気が付かなかったが、明るい日の光で見る彼の目は片側がブルー、もう方側がグリーンという珍しいオッドアイの持ち主であった。


 あまりの突然の出会いと、あの時の夢の恐怖が一瞬で蘇り、私は自分の意識がすーっと遠くなっていくのを感じた。

青年の驚愕した顔を見たのを最後に、私の意識は完全にブラックアウトした―。




3


「う・・・・。」

ここは何処だろう・・・?私、何してたんだっけ・・・?

頭の中の靄が晴れるように意識が徐々に戻って来る。そして誰かが私を覗き込んでいる顔が目に入った。

え・・・?


 パチッと目を開けると、何と私を覗き込んでいたのはあの青年だったのだ。


「キャアッ!」

急いでガバッと起き上がると、私は自分がサンルームに置かれているカウチソファの上に寝かされていたことに気が付いた。


「良かった。目が覚めたようだな?突然意識を失ったから驚いたぞ?」

青年・・・いや、お見合い相手のドミニク・テレステオ公爵は無表情で言った。


「は、はい・・。申し訳ございませんでした・・・。」

私はソファに手を置いて立とうとした。


「待て、今目が覚めたばかりなのだからそのままそこに座っていればよい。」


ドミニク公爵は私を手で制し、手直にあった椅子を持ってくると私の正面に座った。


「あの・・・私、どの位気を失っていたのでしょうか?」

目を伏せて、なるべく彼とは視線が合わないように私は質問した。


「いや、大した時間ではないな。せいぜい20分位・・・だろうか?」

彼は腕時計を見ながら答えた。


「申し訳ございませんでした・・・。突然、このような事になって・・・。」

私は頭を下げた。


「いや、別に謝るような事では無いが・・・何か持病でもあるのか?時々気を失うような事があったりするのか?」


心配してくれているのだろうか?そうか、お見合い相手に変な病気とかあったら何かと問題が起こるかもしれないしね。

「い、いえ。特に持病などはありません。」


「そうか、なら何故突然俺を見て気を失ったのだ?気絶するほど俺の姿は怖いか?」


ドミニク公爵はじっと私の目を捕えながら質問してきた。

「え・・?怖い・・?」


私は彼の言ってる意味が分からず、首を捻った。

するとドミニク公爵は言った。


「見ての通り、俺はこの世界では珍しい漆黒の髪だ。けれど、それ以上に皆から恐れられているのが、この瞳だ。左右で色が違うだろう?」


ドミニク公爵は右手を自分の目元に近付けると言った。


「俺は幼い頃からこの髪の色と瞳の色で周囲の人々から恐れられていた。俺の両親でさえ、悪魔の子と俺を恐れて一緒に暮らす事を拒否し、乳母と数人の使用人たちの手によって育てられたんだ。そして、今回突然両親から命じられた。ジェシカ・リッジウェイと言う女と見合いをするようにと。」


え・・・?私はドミニク公爵の話を信じられない思いで聞いていた。


「ジェシカ・リッジウェイと言う女は稀代の悪女として名高いと言うのは風の噂で聞いていた。今回はお前の家から見合いの話が来たらしいな?俺の両親もお前なら結婚相手に都合が良いと思い、恐らくこの話を受けたのだろう?」


 ドミニク公爵はどこまでも冷たく、無表情な顔で私に淡々と語って来る。

でも、まさか今回のお見合いの話にはそんな裏があったなんて。

私が稀代の悪女と彼に呼ばれるのは夢の中と併せて二度目となるが・・・。

良く良く聞いてみれば先程から随分失礼な事を言われているような気もしたが、何故か腹を立てる気にもならなかった。だって、冷たい瞳の奥には何もかも諦めたような絶望の色が宿っているように見えたから。

だから私は言った。

「私はドミニク公爵様が怖いとは思っておりませんよ。」


「何?」


ドミニク公爵は意外そうな表情を私に向けた。


「その漆黒の髪も別に怖いとは思いません。むしろ光沢のある美しい髪色だと思うので、もっと自信を持つべきだと思います。それにそのオッドアイの瞳はとても神秘的で素敵ですよ。」


「オッドアイ・・・?オッドアイとは何だ?」


「左右で瞳の色が違う事を言うのです。とても珍しい瞳ですけど、稀にドミニク公爵様のような方はいらっしゃいますよ?」


「な・・何だって?それは本当の話なのか?!」


私の話を聞いて、初めて彼は感情を露わにした。


「ええ、そうです。この広い世界ですから、いずれ何処かで同じようなオッドアイの方と出会う事があるかもしれませんね。」


「そうか・・・それでは・・・俺は悪魔の子では無かったのだな・・?」


彼は安堵の溜息をついた。


「当たり前ですよ。ご両親が人間なのに、何故ドミニク公爵様が悪魔の子として産まれてくるのですか?誰が何と言おうと貴方は紛れも無い人間です。」

ただ、貴方はいずれ私を断罪する人になるけれども・・・。いよいよあの悪夢が現実への1歩を踏み出し始めたのだろう。そう考えると、とてつもなく不安になり、私は目を伏せた。


「それなら・・・何故、お前は俺を見て気絶したのだ?」


うっ!そこを付いて来るのね・・・どうしよう、何て言えばいい・・?こうなったら言葉を濁して・・・正直に話そうか・・・?


「そ、それは・・・。」


「いや、やはり答えなくて構わない。」


言いかけた私を何故かドミニク公爵は止めた。


「え・・・?ドミニク公爵様?」


「何故か、お前の口からは理由を聞きたくないからな。」


ドミニク公爵は初めて口元に笑みを少しだけ浮かべると言った。


「はい・・・分かりました。」


「それにしても、本当にお前はジェシカ・リッジウェイなのか?悪女として物凄く評判の悪い、あの女なのか?」


私は苦笑した。以前のジェシカがどれ程悪女だったのか、私には知る由が無いのだから。


「はい・・そのようですね。」

私は曖昧に返事をした。


「まあ、人の噂など大抵そのような物だろうからな。」


私は何と答えればよいか分からず、代わりに彼に言った。

「あの、宜しければお茶でもいかがですか?」


「あ、ああ。では頂こうか。」


私は立ち上がるとテーブルの上に載せておいたポットを手に取った。


「あ・・・・。」


「何だ?どうしたのだ?」


ドミニク公爵は私の側に来ると声をかけてきた。

「申し訳ございません。お湯が・・・冷めてしまいました。」

こんなにぬるければお茶を入れる事が出来ない。


「何だ?それくらいなら・・・。」


ドミニク公爵はポットに手を一瞬当てると私に言った。


「もうお湯になっている。火傷に気をつけろよ。」


そう言うと、彼はポットの蓋を開けると中から熱い湯気が出てきた。

「凄い・・・。一瞬でお湯になるなんて、素晴らしい魔法ですね。」

私が思わず感嘆の声を上げると彼は言った。


「別にこのくらいは普通だろう?お前だってセント・レイズ学院の生徒なのだから、これくらい普通に出来るだろう?」


「いえ・・・私には魔法が使えないのです。」


「何だって?」


ドミニク公爵は、信じられないと言わんばかりの顔で私を見下ろした。

「だから私は本来なら、あの学院にいる資格は無いのです。」


ドミニク公爵は何か言いたげに私を見つめたが、結局黙ってしまった。

私は無言でティーポットにお湯を注ぐと、カップにお湯を注いだ。

このお茶はローズヒップティーである。男性にこのハーブティーを出すのはどうかと思われたが、逆に物珍しく感じられるかと思い、私が選んだ。


「ほう・・・随分鮮やかな色のお茶だな。」


やはり私の思った通り、ドミニク公爵はこのお茶に興味を持ったようだ。


「このハーブティーはリッジウェイ家の薔薇園から作ったハーブティーなんです。

冷えを予防する効果があるんですよ。少し酸味が強くて飲みにくいかもしれないので、よければ蜂蜜をどうぞ。」


「ああ・・・それじゃいただくとしよう。」


ドミニク公爵は蜂蜜を少し加えると、ローズヒップティーを飲んだ。


「・・・美味い。」


無表情だが、その口調で味に満足しているであろうことが分かった。


「それは・・・良かったです。」


「ところで・・・・俺が来年からセント・レイズ学院に入学する事は知ってるな?」


ふいにドミニク公爵が口を開いた。


「はい、知っています。」


「よければ、どんな学院なのか教えてくれないか?」


私はそこで学院の事を色々話した。授業内容や学院の施設について。そして週末に行く事が出来るセント・レイズシティの事・・・。


ドミニク公爵は私の話を黙って聞いていた。


「大体私が説明出来るのは以上の事になりますね。」


「そうか、教えてくれてありがとう。」


ドミニク公爵は私の顔を見て礼を言って来た。私は彼の顔を真正面から見て・・・

あの悪夢の事を思い出して、やはり目を伏せた。

夢の中で彼は私の事を怒りの眼差しで見つめ、処刑を言い渡した・・・。

本当にあの夢が正夢になってしまうのだろうか?ドミニク公爵はソフィーと手を組んで私を・・・。




「ジェシカ。」


その時、初めてわたしはドミニク公爵に名前を呼ばれた。


「!」

驚いて顔を上げると、彼はいつの間にか至近距離で私を見つめている。


「あ、あの・・・。」

戸惑っていると、ドミニク公爵はスッと私の右頬に触れると言った。


「お前は何故・・・そのような目で俺を見るのだ?お前が俺を見る目は・・何故、そのように悲し気な目なのだ?何故それ程までに苦し気な目で俺を見るのだ?」


「あ・・・わ、私は・・・・。」

再び目を伏せようとすると、ドミニク公爵に止められた。


「ジェシカ、視線を外すな。俺の目を見ろ。」


ドミニク公爵の目は私を捕えて離さない。


「お前は・・・・何を考えて俺を見ている?お前の心の中を俺は知りたい。」


私は首を振った。駄目だ、言えるはずがない。夢の中で貴方は私を裁き、一度は死刑を言い渡した人なのですなんて・・・・。


「分かった。」


ドミニク公爵は私の頬から手を離すと言った。


「すまなかった。無理強いをするような言い方をして・・・。」


「い、いえ。私の方こそ、ドミニク公爵様に失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした。」

私は頭を下げた。


「それにしても・・・。」

ドミニク公爵はフッと笑うと言った。


「やはり、噂と言うのは当てにならないものだな。一体誰が言ったのかは知らないが、お前の事を悪女等と言い触らす者がいるなんて。少なくとも・・・俺の目にはお前は悪女に等見えない。」


ドミニク公爵はおもむろに立ち上がった。


「ドミニク公爵様?」


「俺はそろそろ帰る。少し・・・王都に用事があるのでな。」


「そ、そうなのですか?」

私も慌てて立ち上がると言った。

「と、ところで今回のお見合いの件なのですが・・。」

どうか私の為にも断って下さいッ!


「ああ、今回は実はお前の顔を見に来ただけなのだ。稀代の悪女ジェシカとは一体どのような人物なのか・・・。」


「え?」

余りの拍子抜けの意見に私は戸惑ってしまった。そんな、今日はお見合いでは無かったの?


「すまない、急ぎの用事があるので今日はこれで失礼する。」


そいう言うと、ドミニク公爵は転移魔法でも使ったのか、一瞬でその場から姿を消してしまった。

そ、そんな・・・・結局今回の顔合わせの結果はどうだったのよーっ!


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