第5章 5 それぞれのお見舞い ②
1
結局、この日のお見舞いはルークで終了となった。明日はグレイとアラン王子、そしてダニエル先輩が私のお見舞いに来る予定になっている。
「お嬢様、何だか随分お疲れの様ですが・・・大丈夫ですか?」
ルークが帰った後・・マリウスが私の様子を見に病室へと戻ってきた。
「う、うん・・。少しだけ・・ね。所でマリウス、私達はいつ帰省する事になっているの?」
「はい、一応病院側のお話では3日後には帰省されても大丈夫では無いかとの事でした。」
「そうなんだ・・・・。ねえ、マリウス・・。私が本物のジェシカじゃないのはもう貴方も知っているでしょう?だから、私にはジェシカの家族の事が全く分からないの。少しでも情報を仕入れておきたいから教えてくれる?」
私はメモ帳を取り出すと言った。
「お嬢様・・・ひょっとすると、ご家族の情報をメモされるおつもりですか?」
マリウスが私の持っているメモ帳を見ると言った。
「うん、そうだけど?だって書いておかないと忘れてしまうじゃない。」
そんなのは当然でしょうと言わんばかりに返事をすると、途端にマリウスは頬を赤らめた。え?ちょっと待ってよ。今の行動でどうしてマリウスが頬を赤らめる事に繋がるのかな?!
「流石はお嬢様・・・っ!なんて健気なお方なのでしょう!病み上がりで辛いお身体に鞭打って、自らペンを取り、ご家族の情報収集を行うなど・・・とても真似出来るものではございません。いいでしょう、この私がお嬢様の代わりにご家族の基本的情報からシークレットな情報まで漏れなく記入し、帰省される当日までに準備しておきますので、楽しみにしておいて下さいませっ!」
マリウスは恭しくお辞儀をすると、失礼しますと言って部屋から出て行った。
私の代わりにジェシカの家族に関する情報を書いておいて貰えるのは助かるけれど・・・ねえ、シークレットな情報って何?!主の大事な秘密を簡単にバラしていいのかなあ?!
ひょ、ひょっとすると・・・マリウスは私自身のシークレットな秘密を既に握っていて、いつかそれをネタに脅迫し、この私を・・・うん!あのマリウスならあり得る!
そう考えると恐ろしくなってしまい・・・精神的に疲れた私は病室で夕食を食べた後、そのまま朝まで眠ってしまう事になったのだった・・・。
「ジェシカ、退屈だと思ってお前が好きそうな本を持ってきたんだ。」
この日、面会に訪れたグレイは私に差し入れとして本を3冊持って来てくれた。
「うわああ・・ありがとう、グレイ!今まで誰も差し入れを持ってきてくれた人はいなかったから・・・すごく嬉しいな。」
ニコニコ笑顔でお礼を述べると、グレイは顔を赤くして照れたように言った。
「お、お前が気に入ってくれると・・・良いんだけどな。」
言いながらグレイは紙袋を手渡してきた。
「中、見てもいい?」
「ああ、勿論だ。」
ワクワクしながら紙袋から出すとそれは今月発売の新刊、話題のロマンス小説のセット本だった。
「うわあ・・・すごい!グレイ、良く買えたね!今大人気で書店に並ぶと同時に売り切れ続出って言われている幻の本なのに!」
私は尊敬のまなざしで見ると、グレイはここぞとばかりに言う。
「ああ、実はな、この本・・ジェシカが好きそうだと思って発売前に予約していたんだ。・・・どうだ?気に入ってくれたか?」
「うん、勿論!ありがとう、グレイ!私、すごく・・・嬉しいよ・・。」
私は本をギュッと抱きしめると言った。
すると私のそんな様子を見ていたグレイが何故か涙ぐんでいる。
「ど、どうしたの?!グレイ?」
「い、いや・・・・またこうしてジェシカと話が出来るなんてまるで夢のようだなって思って・・・。本当にあの時はこのまま心臓が止まったまま・・死んでしまうかと思ったから・・。」
言いながら目元を拭うグレイ。
「ごめんね・・・。心配かけて。でも、ほら見て?私、生きてるでしょう?だからもう泣かないで?」
「あ、ああ。そうだな!ジェシカは生きてくれている。それだけで俺はもう十分だっ!ジェシカ・・・幸せに・・なれよ・・・。」
そこまで言うと、再び涙ぐむグレイ。
「う、うん・・・?」
私は訳が分からず返事をするものの、どうにもグレイの様子が気になって仕方がない。
「グレイ?今の・・・どういう意味なのかな?」
そこまで言いかけた時・・・。
「邪魔するぞ。」
言いながらドアを開けて入って来たのはアラン王子だった。しかも手には何故か抱えきれない程の大量の薔薇の花束を抱えている。うわあ・・・真冬にどうやって薔薇の花を手に入れたんだろう??
「ア・アラン王子・・・!」
グレイは思わず椅子から立ち上ると、数歩後ずさった。
「まだお時間は早いと思いますが・・・もうこちらへいらしたのですか?」
グレイが声を上ずらせてアラン王子に言う。
「ああ、ジェシカに大事な話があるからな。・・・グレイ、もう用事は済んだのだろう?」
アラン王子がグレイに早くこの部屋から出て行けと遠回しに言っているのが分かった。
やれやれ・・・少しはまともになったのかと思ったけれど、俺様王子っぷりは相変わらずだったようだ。
「は、はい・・・。俺の用事はもう済みました・・。そ、それじゃまたな。ジェシカ・・。」
グレイは半分涙目になりながら名残惜しそうに病室から出て行く。
だから私はわざとグレイに声をかけた。
「グレイッ!」
私の言葉に振り返るグレイ。そんな彼に私は言った。
「プレゼント、凄く嬉しかった!お願い、夕方また面会に来てくれる?私・・・待ってるから。」
「ジェ、ジェシカ・・・。」
グレイは戸惑いながらも喜びの表情を浮かべているように見えた。
そして、それを面白くなさげに見ているアラン王子。
アラン王子はわざとらしく咳払いすると、慌ててグレイは頭を下げると病室から出ていった。
グレイが出て行くのを少しの間無言で眺めていたアラン王子だったが、やがて私の方を振り向くと言った。
「随分・・・グレイと仲が良さそうだな?」
「え?そうですか?別に普通だと思いますけど・・・それにグレイはお見舞いに来てくれた人の中で初めてプレゼントを持って来てくれた人なんですよ?」
駄目だ、どうしてもアラン王子と2人きりになると、いくら記憶が無かったとはいえ、あの夜の事を思い出されて意識してしまいそうになる。平静を保たなければ・・。
「プレゼント?グレイは一体何を持ってきたのだ?」
アラン王子がバラの花束を抱えながら眉を潜める。うーん、なまじイケメン王子様だけにバラの花束が似合い過ぎる・・・。
「今人気のロマンス小説です。」
「ほう、ジェシカはそういった本が好きなのか?・・・・・意外だ。」
何?今の間は・・?一体どういう意味があったのだろう?
「ええ、好きですよ。と言うか女性なら誰でも好きだと思いますけど?」
「そうか、それじゃジェシカは恋愛に大いに興味があると解釈しても良いんだな?」
アラン王子は急に機嫌がよくなり、ニコニコすると私に大量の薔薇の花束を押し付けて来た。
「プレゼントだ、受け取ってくれ。この薔薇は品種改良がされているので、棘が1本も生えていないのが特徴なんだ。」
「わぷっ!」
私の顔が薔薇の花束に埋もれ、思わず変な声が出てしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!か、花瓶・・その辺りにありませんか?で、出来れば花瓶に生けてくださいよ・・。」
「あ、ああ。そうか、すまなかったな。う~ん・・花瓶は・・・あ、あったぞ。」
アラン王子は窓際に置かれた空の花瓶を見つけ、指をパチンと鳴らし、薔薇の花束をその中に入れた。
「あの・・・今指を鳴らしていましたが、何をしていたのですか?」
「ああ、花瓶の水が空だったから、魔法で水を入れたのだ。」
アラン王子は私の傍に椅子を寄せると言った。
「そうですか・・・いいものですね。魔法を自在に操れるのは・・・。」
羨ましいなあ。
「大丈夫だ、ジェシカはそんな事出来なくても。」
アラン王子は私の頬を両手でそっと包み込むと言った。
「ア・アラン王子・・・?」
え?な・何?
私は突然のアラン王子の行動に驚いていると・・・・。
アラン王子はそのまま顔を近付け、私に口付けてきた―。
2
え?
な、な、何を・・・っ!
私は驚きのあまり固まっていると、アラン王子は何を勘違いしたのか、よりディープなキスをしかけて・・・そこでようやく我に返った私は強くアラン王子を押しのけると言った。
「い、いきなり・・・な、何するんですかーっ!!」
私は手の甲で口元を押さえながら叫んだ。
「え?もしかすると・・・嫌・・だったのか?」
一方のアラン王子は訳がわからないという感じでキョトンとしている。
「い、嫌も何も・・・い、いいですか?アラン王子。例え王子様でも、い、いきなりキスするなんて、しかもあんな・・・っ!こ、これは立派なセクハラですよっ?!」
「セクハラ・・・?一体それはどういう意味だ?初めて聞く言葉だが。」
アラン王子は首を傾げている。そうだった・・・。この世界にはセクハラという言葉は存在していなかった!
「セ、セクハラと言うのは・・・あ、相手の同意なしに身体的に過剰な接触を強引に行う事を意味して・・・。い、いわゆる犯罪行為です。」
「は、犯罪だって?!それはあまりの言い方じゃないか?!」
犯罪と言われてアラン王子は驚いているようなショックを受けているような複雑な表情で私を見た。
「大体、俺とお前はもう今迄とは違う。お互いに深い関係になった仲だろう?だから・・・。」
アラン王子の言葉を制するように私は言った。
「そ、それとこれとは話が別ですっ!私とアラン王子は別に恋人同士では無いのですから・・・あんな突然のキスはもう止めて下さいっ!いいですね?」
私は顔を真っ赤にさせて言うと、今度こそアラン王子は悲しみの表情を浮かべた。
「こ、恋人同士では無い・・・?は、はは・・。そ、そうか。俺達は恋人同士では無いと・・。」
ガクッと首を垂れるアラン王子。その落ち込み具合があまりにも激しいので、何だか私が酷く傷つけてしまったようで罪悪感が湧いてくる。
でも確かにアラン王子が勘違いしてしまうのも無理は無いだろう。普通に考えれば相手に対して特別な感情を持たない限り、あ・あんな行為は・・・・。
けれども全くと言っていいほど、サロンでお酒を飲んだ後の記憶がすっぽり抜けている私には、未だにアラン王子と関係を結んだのかどうかが信じられないでいる。
「あの~アラン王子・・・?」
恐る恐る声をかけるが、アラン王子は無反応だ。駄目だ・・・完全に落ち込んでいる。この調子だと、とてもじゃないがアラン王子にジェイソンの刑を軽くして欲しいなんてお願い出来そうな雰囲気ではない。
もうこうなったら謝って機嫌を直して貰うしかないかな・・・?
「アラン王子、すみませんでした。先程は・・・言い過ぎました。あ、余りに突然だったので驚いてしまったので、ついあんな言い方をしてしまったんです。どうか・・機嫌を直して頂けませんか?」
私はそっとアラン王子に触れると言った。するとアラン王子は顔を上げて私を見た。
「本当に・・・驚いただけ・・・なのか?それでついお前は俺と恋人同士では無いと言ってしまっただけなんだな?」
うん?そこまでは言ってるつもりないんだけど?
「え?あの別に私はそこまで話してるわけでは・・・。」
どうも話がかみ合っていないような気がしてきた。
「そうか、俺とのキスがそれ程恥ずかしかったと言う訳か?よしよし、ジェシカは本当に・・・可愛いな。」
言いながらギュッとアラン王子は私を自分の胸に抱きしめると、髪に顔を埋めてきた。
「!」
その時、一瞬私は断片的にアラン王子との記憶が蘇った。そうだ・・・やっぱり私はあの日の夜、アラン王子と・・!
途端に顔が思わず真っ赤に染まり、早まる心臓の鼓動。ま、まずい・・・。私の心臓は傷ついたばかり。れ、冷静にならなければ・・。
でも今なら私のお願いを聞いてくれるかもしれない。
「あ、あの。私アラン王子にお願いがあるのですが・・・。」
「なんだ?ジェシカの願い事なら何だって聞いてやるぞ?」
「ほ、本当ですか?」
アラン王子の胸に抱きしめられているので、私はくぐもった声で尋ねた。
「ああ、勿論だ。」
「では・・アラン王子。お願いですからジェイソンの罪を軽くして下さいっ!たった今私の願い事なら何でも聞くとおっしゃいましたよね?」
「あ、ああ・・・。確かに言ったが・・・。ジェイソン・・?まさかジェシカを撃った男か?!あいつを助けろと言うのか?」
アラン王子は私を抱きしめたまま離さない。いい加減離してくれないかなあ・・・。
と、その時・・・。
「何をしておられるのですか?アラン王子。お嬢様は病み上がりなのですよ?そのような方に手を出すとは中々良い度胸の方ですねえ?」
見上げると、怒気を含んだマリウスがアラン王子の真後ろに立っていた。
「何だ、マリウス。今は俺とジェシカとの面会時間だ。お前の番では無いだろう?」
アラン王子は私の身体を放すと言った。
「いいえ、今私がこのお部屋に伺ったのはお嬢様の下僕として、ジェシカお嬢様に不埒な事をする輩がいないか確認をしに来た次第ですが?」
「ほう・・・。俺を不埒な輩と言うのか・・・?」
激しく私の病室で火花を散らす2人。あの~喧嘩なら他所でやって欲しいのですが・・。
「あ、あの。2人とも落ち着いて。ここは病室なので・・・。」
恐る恐る声をかけるとアラン王子は言った。
「ああ、確かにここは病室だ。」
「ええ、病室ですね。」
「俺は以前からマリウスとじっくり話をしたいと思っていた。」
「偶然ですね、私もアラン王子とお話しをしたいと思っておりました。」
「それでは外に行くか?」
「ええ。勿論喜んで。」
そして2人が出て行こうとする直前に・・・私はアラン王子に言った。
「アラン王子!約束、ちゃんと守って下さいね?!」
「あ?ああ・・・分かった。」
アラン王子は不思議そうな顔をしながらも返事をしてくれた。やったっ!どさくさに紛れてジェイソンの罪を軽くしてもらう事を約束させたっ!これでもう安心して国元へ帰る事が出来る。
そう思っていた矢先に・・・ダニエル先輩がやってきた。
「ジェシカ、もうすっかり顔色が良くなったみたいで安心したよ。」
ダニエル先輩は私を見ると笑顔で言った。
「はい、お陰様で。これも全て皆様のお陰です。特にダニエル先輩は解毒薬を作るために魔界へ続く門まで行って下さったそうですね。本当に有難うございます。」
「いや・・・僕は何もしてない。たまたまこの日門番をしていた聖剣士が魔界の門をくぐる事が出来る人物で七色の花を摘んで来てくれたお陰だよ。本当に・・・運が良かっただけなんだ・・。」
どうもダニエル先輩の歯切れが悪い。一体どうしたというのだろう・?
「ダニエル先輩、何だか元気が無いように見えますが・・・どうかされましたか?」
「い、いや。そんな事はないよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「あの日以来、何だか胸の中で何かが欠けてしまったかのような感覚を感じているんだ・・。自分でもよく分からないけどね。」
ダニエル先輩は躊躇いがちに言った。そう言えば・・・私にも似たような感覚を目覚めた時から感じていた。
「ダニエル先輩もですか?実は私もなんです。何だか忘れてはいけない大切な事を忘れてしまったような、無くしてしまったような変な感覚を感じるんです。そして、そういう気持ちを持つたびに・・胸が苦しくなるような・・。あ、これは弓矢で刺された後遺症って訳では無いですからね?」
「そうなんだ。ジェシカも僕と同じような気持ちを抱いていたんだね・・・。でもその内思い出せる日が来るかもしれないよ。仮にどちらかがその何かを思い出せたときには、教え合おう。約束だよ?」
「はい、約束ですね。」
そして私とダニエル先輩は互いに指切りをした―。
「それで、結局アラン王子はジェイソンの事、どうしたの?」
夕方―
私の言った言葉通り、グレイが面会に訪れた。
「ジェイソン?ああ、ジェシカを撃った奴か?う~ん・・どうなったんだろう?随分機嫌悪くして帰ってきたから話を聞く事が出来なかったんだよな・・。一体何があったんだろう?」
う・・・きっとそれはマリウスとあの後口論したせいかもしれない。
「ねえ。グレイ達はいつまた国へ帰るの?」
何とかアラン王子が国へ帰る前にジェイソンの罪を軽くしてもらい、出来れば牢獄から出して欲しい。
「そう言えば、アラン王子からは何も聞いていなかったなあ・・・。一体いつ国へ帰るつもりなんだろう?まあ、いつかは帰るだろう。」
なんとアバウトな・・・。グレイも呑気な物だ。
「ねえ、グレイはそれでいいの?早く国へ帰りたいとかは思わないの?」
「う~ん、でも一応里帰りは済ませたし・・。それにひょっとすると今回も転移魔法で戻るなんて言われた日には、たまったものじゃ無い。ジェシカはまだしばらくはここに残るんだろう?だったら別に俺は帰る日にちを早めなくてもいいと思ってるんだけどなあ?」
「え?私は3日後には帰るけど?だから、グレイからもジェイソンの件でアラン王子にお願いしてくれる?どうも私からお願いすると、アラン王子に何か条件付けられそうなんだよね・・・。」
すると、それを聞いたグレイが素早く反応した。
「な・・・何だって?!よ、よしっ!それなら俺から何とかアラン王子に進言してみせるっ!これ以上ジェシカをアラン王子の毒牙にかける訳にはいかないからなっ!」
グレイ・・・仮にも雇い主である王子にあのような口を聞くとは・・・。
でも、頑張ってね、グレイ。陰ながら応援してるからね?!