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第5章 1 目覚めれば、そこは現実世界でした

1



ピコーンピコーンピコーン

規則的に聞こえてくる機械音・・・私は薄っすらと目を開けた。

真っ白な天井に白いカーテン、そして腕には点滴が刺さっている。

ここは一体・・・?

頭を動かしてみると私の身体にはモニターが付けられていた。


 良く見慣れた光景・・・。

私はまだ薄ぼんやりした頭でゆっくり起き上がり、自分が病院の個室で眠っていた事を知った。

部屋の中を見渡してある物に目が止まり、一気に頭が覚醒する。

う・・・嘘・・・?


 部屋の棚にはテレビが置いてあったのだ。

そう、あの世界では決して無かったこの世界の文明機器・・・。


そこへ若い女性看護師が部屋へと入って来た。ベッドから起き上がっている私を見た彼女は手にしていたボードと筆記用具を思わず落としてしまった。


「か・・・川島さん・・・?目が覚めたんですね・・・!」


川島―

随分久しぶりにその名前を呼ばれた気がした。


「は、はい・・・。たった今・・・ですけど・・。」


看護師は落した道具を拾い上げると言った。


「あ、あの!すぐに先生をお呼びしますので、まだ安静にしていて下さいねっ!」


そして急ぎ足で部屋から出て行った。1人になった私は溜息をつくと、ベッドに横になった。まさか・・向こうの世界で弓矢で射たれたと思えば、現実世界で目覚めるなんて・・・。

向こうの世界の私はどうなったのだろう?もしかしてあのまま死んでしまい、元の世界で目覚めたのだろうか?

でも・・・これで良かったのかもしれない。私はもともとこの世界の人間。それにあのまま向こうの世界にいたら、遅かれ早かれきっと私は悪女として裁かれていたに違いない。だからきっと、これで良かったんだ・・・。


 その後、主治医の年配の担当医師が現れ、色々私の脈を取ったり、問診をしたり採血したりと慌ただしく時間は流れて行った。



「あの・・・私、どうなったのでしょう?実は殆ど何も覚えていなくて・・。」

私はベッドに横たわりながら担当看護師に尋ねた。


「ええ、そうですよね。無理も無いですよ。川島さん、貴女は2週間前に歩道橋から転落する事故に遭い、頭を強く打ってそこからずっと意識が戻らなかったんですよ。」


「そう・・・ですか・・・。」

え?あの事故からまだ2週間しか経っていなかったの?だって私がジェシカとして向こうの世界で暮らしていた時は、もっと時が経過していた・・・。それとも、あれは全て私の見ていた夢の世界だった?


「きっと、今日も彼氏さんお見舞いに来てくれますよ。驚くでしょうね、川島さんが目を覚ましたのを知れば。でも素敵な彼ですね。毎日欠かさずお見舞いに来てくれていたんですから。」


看護師の言葉に私は尋ねた。


「え・・・・彼氏・・・?」

もしかして健一の事を言っているのだろうか?でも健一とは終わっている。

確かに何度もしつこい位携帯電話に着信があったけれども私はそれらを全て無視していた。でも、あの時一ノ瀬琴美を止めていたのは健一だった。

「まさか、健一が・・・・?」




 今日は1日安静に過ごすように担当医師から言われ、私は久しぶりにテレビを観て過ごしていた。

あ・・・このドラマ私が眠っていた間に2週分空いちゃった・・。シェアハウスに戻ったらPCで視聴しなおそうかな・・?等と思っていると、突然声をかけられた。


「ま・・・まさか・・川島さん・・?目が・・目が覚めたんだね?!」


え?この声は?

テレビを観ていた私はその声に振り返った。そこに立っていた男性は・・。

「赤城さん?!」

その人は私の住んでいるシェアハウスのオーナーだった―。



「良かったよ・・・川島さんの事が心配で毎日面会に来ていたんだけど、まさか今日訪ねてみたら目を覚ましているんだからね。」


赤城さんは私のベッドサイドに椅子を持ってくると、そこに座って話を始めた。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。赤城さん、お忙しいのに毎日面会に来て頂いていたんですね・・・。この花も赤城さん・・・ですか?」

私は窓際の花瓶に飾ってある花を見ると尋ねた。


「うん、そうだけど。あ、でも俺はシェアハウスの皆の代表で来ていたんだよ。ほら、彼等の中にはコミュニティ障害で出歩くのを嫌う人間もいるし・・・でも皆川島さんの事をすごく心配していたんだ。だから俺が皆の代表で面会に来ていたんだよ。花だって皆で出し合って買って来てたんだよ。」


「本当に・・・ありがとうございます。」

もう一度、私は丁寧にお礼を述べた。


「・・・・。」


そんな私を赤城さんは黙って見つめている。


「な、何ですか?何か私の顔についてますか?」

あまりにもじっと見つめてくるので私は赤城さんに尋ねた。


「い、いや。ごめん。川島さんの事・・・まだ出会って間もないから、こんな事言えないんだけど・・・何だか雰囲気が変わったね。」


「え?」

赤城さんの言葉に私はドキリとした。


「うん、何と言えばいいんだろう・・・う~ん。つまり・・・。ごめん、やっぱり俺にはよく分からないな。悪かったね、変な事言って。」


赤城さんはアハハハと照れ笑いした。そして、腕時計をチラリと見ると慌てて立ち上がった。


「あ、ごめんっ!川島さん。俺、これから打ち合わせがあるんだ。明日も来るから退院日が決まったら教えて。その日は迎えに行くから。」


「いえ、そこまでして頂かなくても・・・。」


「いいからいいから、俺はシェアハウスのオーナーだから住民の面倒を見るのも俺の仕事だよ。それじゃあね。」

 

赤城さんは椅子を片付けると、手を振って病室から去って行った。

そうか・・・看護師さんの話していた彼氏さんって赤城さんの事かあ・・・。

きっと毎日面会に来ていたから勘違いしていたんだろうな。


 また再び1人になった私は自分の私物のチェックをする事にした。

誰かが用意してくれたのだろうか。何日か分の着替え等が紙袋に入れられている。

きっと、用意してくれたのはスレンダー美女の大塚さんだろうな。彼女にも退院したらきちんとお礼を伝えなくては。

さらに探してみると、奥の方からは私の携帯が出てきた。

試しに電源を入れてみても、やはりつかない。・・・バッテリー切れなのかも。

でも幸いなことに充電器も入っている。

私はナースコールで看護師さんを呼んで、家に連絡を入れたいので充電させて欲しいとお願いをすると、そういう事ならと快く返事を貰えた。


 テレビを眺めながら1時間程充電をして電源を入れると、携帯が起動した。

良かった・・・。落下したショックで壊れたかと思っていたけど大丈夫みたいだ。


 早速実家に電話を入れると、すぐに母に繋がった。

母は私が目を覚ましたことを泣いて喜び、退院の日は父と迎えに行くと言って来たが、丁重にお断りした。私の実家は新幹線を使わないと来れない様な場所だ。退院手続きの為だけに東京まで出て来てもらうのは忍びなかった。

そこから30分程電話で話をして、受話器を切った。


 時計を見ると、時刻は夕方の6時になろうとしている。

確か、担当医師からは今日は目覚めたばかりなので夕食は抜きにして下さいと言われていたっけ・・・。

私は立ち上がると、洗面台に行き、自分の顔を改めて見直す事にした。


 黒いストレートの肩までかかる髪・・・二重瞼の黒い瞳・・・うん、紛れもない。物心ついた時からずっと見て来た自分の顔だ。あのジェシカの顔の面影など何処にもない。本当に私は長い長い夢を見ていたのだろうか・・・?



 夜7時―

 雑誌を読んでいると突然廊下をバタバタ走る音が聞こえ、廊下を走らないで下さいと注意されている声が部屋の外で聞こえた。

騒がしいな・・・?一体何ごとなのだろう?

そう思った時、ノックも無しに突然個室のドアが勢いよく開けられた。


「遥っ!!」


「え?け、健一?」


そこには髪もスーツも乱れている健一が荒い息を吐きながら立っていた。


「は、遥・・・。」

そして私を見ると、涙腺が緩んだかのように涙を浮かべる。


「健一・・・?どうしてここに・・・?」

私の問いに答える事も無く、健一は無言で素早く近付いてくると力強く抱きしめて来た。


「遥・・・遥・・・良かった・・目が覚めてくれて・・・。お前がこのままずっと目を覚まさなかったらと思うと、俺・・・っ!」


健一は泣きながら私を抱きしめて、嗚咽している。


「ちょ、ちょっと落ち着いてよっ!それにここは病院なんだからみっともない事やめてよっ!」

身をよじって抵抗すると、健一は慌てたように私から離れると言った。


「ご、ごめん・・っ!仕事してたら遥の目が覚めたって病院から連絡があったものだから、つい・・嬉しくなって・・・。」


健一は目を擦りながら笑顔で言った。

え?どういう事?


「ねえ?何故私の目が覚めたら健一の所に連絡が届くのよ。」


「ああ、それは俺が病院側に頼んでおいたんだよ。遥は俺の婚約者だから目が覚めたら必ず連絡入れて欲しいって。」


その答えに私は驚いた。

「ねえ、どうして私と健一が婚約者になっているのよ。私達別れたはずだよね?」

それなのに健一は私の両手を取ると言った。


「ごめん、遥。俺が悪かった。どうかしていたんだ、今までの俺は。なあ、今からでも遅くないだろう?俺達・・・やり直そう。やっぱり俺には遥しかいないって事に気が付いたんだ。」


熱っぽい瞳で健一は私を見つめて訴えて来る。


「遥・・・。結婚しよう。」


「はあっ?!」

まさかいきなりの爆弾発言。

「ねえ、自分で何言ってるか分かってるの?」


「ああ、よく分かってる。愛してるよ、遥。」


「止めてよ、いまさら。私にはそんな気は全く無いんだから。」

ギュッと握りしめて来る健一の手を私は振りほどいた。


「遥・・・?」


健一は驚いた顔で私を見ている。まさかのプロポーズを断られるとは思わなかったのだろう。


「ああ、ひょっとすると琴美ちゃんの事を気にしているのか?安心しろ。彼女とは別れた。やっぱり俺にはああいうタイプの女は駄目だな。やっぱり結婚するなら遥の様に大人の女性じゃないと。大体、彼女は仕事が全く出来ない女だったんだよ。遥が会社を辞めた後、琴美ちゃんが使えない人間だって事が分かったんだ。遥、お前が今迄琴美ちゃんの仕事のフォローをしていたんだろう?あの子は遥が会社をやめてすぐに派遣切りに遭ってクビになったんだよ。会社の人間は今になって色々言ってるよ。遥を辞めさせなければ良かったって。・・・なあ、どうだ?俺が今から会社に直談判してみようか?遥をもう一度会社に戻して下さいって。」


 私は呆気に取られて健一の話を聞いていた。

・・・それにしても、よくここまでペラペラと口が回る男だ。健一って・・・そもそもこんな男だったっけ?

でも生憎健一の言葉は私の心に何も響かないし、届かない。


「健一・・・悪いけど私は貴方と結婚する気も会社に戻る気も無いから。はっきり言って迷惑なのよ。結婚相手なら他を当たって。そしてもう二度と私に連絡を入れてこないでくれる?」


「え・・・?は、遥・・・。冗談・・だよな?」


健一は呆然としながら私を見つめている。


「冗談でこんな事言う訳無いでしょう?・・・もう帰って。ずっと寝たきりで・・目が覚めたばかりで疲れているのよ・・・。」

私はそれだけ言うと、ベッドに横になり布団を被ると健一に背を向けた。


「ごめん・・・。いきなりこんな話、してしまって・・・。でも、本当に俺はまだお前の事・・好きなんだ。悪かったな。今夜はもう帰るよ。」


健一が椅子から立ち上がる気配を私は背中で感じていた。

帰り際、健一が声をかけてきた。


「遥、また来てもいいか?」


「・・・・。」

私は返事をしない。健一はそれをどう取ったのかは知らないが、お大事になと一言だけ言って部屋を出て行った。


健一が出て行った後、私はベッドから起き上がってドアを見つめた。


「健一・・・。」

ポツリと呟く。

本当は私はどうしたいのだろう・・・。

その日の夜、私は夢も見ずに眠りについた―。



 私が退院するまでの1週間、赤城さんは言葉通り毎回違う花を持って面会に訪れ、退院日も朝から病院へ私を車で迎えに来てくれた。


 退院手続きを無事済ませ、赤城さんの車でシェアハウスに帰る途中―。


「そう言えば、元カレからは連絡が来ているの?」


「ええ・・・。1日1回は必ずメッセージが入ってきますね。」

私は苦笑しながら答えた。

健一は二度と連絡を入れてこないでと言われたのが余程ショックだったのだろう。かと言って連絡を絶つのを我慢できなくて、せめて1日1回なら・・・と自分で決めて私に連絡を入れて来ているのだと思う。以前の私は・・・彼のそういう子供っぽい所が好きだった。


「川島さん?どうしたの?」

急に黙り込んでしまった私を気にしてか、赤城さんが声をかけてきた。


「いえ、何でもありません。少し考え事をしていただけです。」


「ああ、それなら良かった。ひょっとして具合が悪くなってしまったのかと思って心配しちゃったよ。」


「本当に何から何まですみません。今度何かお礼させて下さいね。」


「いいよ、お礼なんて考えなくて。」


「いえいえ、そういうわけにはいきませんよ。何がいいかなあ・・。そうだ!お酒なんてどうですか?日本酒とか?お好きな銘柄とかありますか?それとも洋酒かビールの方がいいですかね?」

あれこれ考えながら赤城さんの横顔をみると、何故か真剣な顔で運転をしている。

「・・・?」


そして信号が赤に変わり、車を停車すると赤城さんが私の方を向いて言った。


「お礼って・・・品物じゃ無いと駄目かな?」


「え?」


「川島さんと2人で時間を共有するっていうのじゃ駄目かな?」


赤城さんは真剣な目で私を見つめている。え?それってひょっとして・・・。


「いや・・・。実は俺、こう見えて恋愛映画が大好きなんだけど、男1人で観に行くのはどうしても世間の目が気になるって言うか・・・川島さんが一緒に行ってくれると助かるんだけど・・・。」


あ、ああ!成程っ!


「そういう事ですね。急に真剣な顔になったからびっくりしましたよ。いいですよ?それじゃ今度映画、是非一緒に行きましょう。」


「良かった、それじゃ約束だよ。今は立て込んでる仕事があるから時間が取れたら誘わせてもらうね。」


赤城さんは笑顔で答えた―。




2



「うわあ・・・何だかすごく懐かしい気がします。」

シェアハウスに着いた私は赤城さんを振り返ると言った。


「そうかい?川島さんが入院してからまだ3週間しか経っていなかったのに?」


 車から荷物を降ろしながら赤城さんは言った。

確かに赤城さんから見たらたった3週間の事なのかもしれない。でも・・・私にとっては本当に長く離れていた感覚だ。だってあんなにも長い間夢を見続けていたのだから。

そう、夢。あの時目覚めてから退院するまでの1週間を過ごす間に、徐々に私の中ではあの世界は私が意識を無くして眠り続けていた間に見ていた夢だったのだと認識するようになっていた。

考えてみれば自分の書いた小説の中に入り込むなんて普通に考えてみれば絶対にあり得ない事なのだから。私はこの世界で生きていく。これから先もずっと・・・。


「今夜はシェアハウスの皆で川島さんの快気祝いのパーティーを開催するから楽しみにしていてよ。お酒も沢山用意するから、何かリクエストあれば買い足ししておくよ?」


「ええっ?本当ですか?!皆さん大丈夫なんですか?特に金子さんは・・・?」

金子さんは少々引きこもり気味の男性で、入居してからまだ数回しか会った事が無い人なのに参加するのだろうか・・?

そんな私の心を読んだかのように赤城さんは言った。


「金子さんは多分参加はしないだろうけど、部屋の前に食事とお酒を置いといて欲しいってメッセージは受け取ってあるよ。・・・ああ見えて彼も川島さんの事心配していたよ。」


「そうなんですか?」

それは意外な話だ。


「ああ、たまーにだけど部屋から出てくる事があるよ。その時はよろしく頼むよ。」


何をどうよろしくなのかはよく分からないけれども、はい。分かりましたと私は返事をしておいた。


「それじゃ、俺は買い出しに行って来るから川島さんは部屋でゆっくり休んでいた方がいいよ。」


 そして赤城さんは再び車に乗ると、今夜のパーティー準備を開催するために車に乗って再び出掛けて行った。

赤城さんが出掛けると途端にシーンと静まり返る室内。

今日はゲームプログラマーの森下さんも大塚さんも、そして普段はリビングでよく眠っている宮守さんもいなかった。

恐らく金子さんは室内に閉じこもっているのだろう。誰かいれば久々に会話が出来ると思ったのだけどな・・・。

私は溜息をつくと、久しぶりに自室へ入った。

 部屋の中は私が入院する前の状態が保たれていた。

「ただいま。」

私は口の中で呟くと愛用のノートPCを立ちあげた。私は自作小説の本を出版する前に事故に遭い、編集者さんに多大な迷惑をかけてしまっていた。その為に何箇所か物語のプロットの修正依頼のメッセージが何通も入って来ていたのである。


「さてと、いつまでも休んでいられないから、そろそろ本腰入れてやらないと。」

PCが立ち上ると私はフォルダをクリックして原稿を表示させる。


カタカタカタカタ・・・。

静かな部屋の中にキーボードだけを叩く音が響いている。

それから約2時間程作業をして、編集さんに言われていた箇所の修正を行い、何度も読み返すと、圧縮してパスワードをかけてメールに添付して送信した。

「ふう~、疲れた。」

私は大きく伸びをすると椅子に寄りかかり、何気なくデスクトップに表示されているアイコンを眺めていた。その時見慣れないフォルダが増えているのに気付いた。フォルダ名はanotherと書かれている。


「another・・・・?」

いつの間にこんなフォルダが・・・。ひょっとすると無意識のうちに私が作ってしまったのだろうか?

「とにかく、中を確認してみようかな?」

そして私はフォルダをクリックして中を開いて見た。それはメモ帳に書き込まれた小説だった。私はその小説を読み進めていった・・・

そして読んでいく内にある事に気が付いた。

「え・・・?そんな・・・。う、嘘・・でしょう・・?」


 そこに記された小説は、私が今迄いた世界でジェシカとして体験して来た寸分狂わぬ話だったのだ―。

私は夢中でその話を読み進めた。読み始めた頃はまだ朝日が差していたのに、いつのまにか辺りはすっかり夕焼け空で、部屋の中をオレンジ色に染めていた。

そして小説の内容はジェシカが矢に撃たれた場面で終わっている。


バタンッ!!


私はPCを思わず閉じていた。

ドクンドクンドクン・・・

心臓が激しく鳴っている。

何故?どうしてどうして?あの小説は一体・・・・?それにジェシカを弓矢で撃ったのはジェイソンだったの?

怖いっ!!

私はあのフォルダに書かれていた小説が怖くてたまらなかった。あの小説を書いたのは私では無い。となると、一体誰が・・・?まるで誰かが今迄私の行動を把握して記録してきたかのようだ。

いや、それとも私が意識を無くしている間に見ている夢を誰かが頭に脳波計か何かを付けて、それを信号として受信したりして・・ああっ!私にはもうこれ以上は想像力の限界だ。

 

 

ボフンッ

思わずベッドに飛び込み、瞳を閉じた瞬間・・・プルルルル。

携帯が鳴る音に驚き、飛び起きる。

「い、一体誰・・・?」

携帯を覗き込み、電話の相手が健一だと言う事を知り、ため息をつく。

何処から聞きつけてきたのか私が今日退院する事を知った健一は朝から何度もメッセージを送って来ていた。

あれ程もう二度と連絡はしてこないでと言ったのに・・・っ!

やはり最初に大目に見たのが甘かったのかもしれない。こうなったら着信拒否してしまおうか・・?でもそんな事をして突然ストーカーになられても困るし・・・。

相変わらずしつこく鳴り続けている携帯。

仕方が無い。私は溜息をつくと電話に出た。


「はい、もしもし。」


<ああっ!やっと出てくれたな、遥っ!今日退院したんだよな?2人で何処か食事にでも行かないか?お祝いしよう!>


「行かない。と言うか、もう健一とは何処にも一緒に行きたくないの。あれ程二度と連絡してこないでとお願いしていたでしょ?」


<そんなつれない事言うなよ。俺達恋人同士だったろ?>


「そう、貴方は以前恋人だった。でも今は別れた只の他人。それに私は今日友人達が快気祝いのパーティーを開いてくれることになってるの。だからもう連絡してこないで。はっきり言って・・・迷惑だから。それじゃ、もう切るからね。」


<お、おい!ちょっと待ってくれ・・っ!>


健一がまだ受話器越しに何か喚いていたようだが、私はブチッと電話を切った。

馬鹿な健一。追われれば追われるほど、相手の事が嫌いになってしまう心理をまだ知らないのだろうか・・・?




「「「「退院おめでとーっ!!」」」」

その日の夜―。

私の退院祝いを兼ねてシェアハウスの住人達が快気祝いのパーティーを開いてくれた。

流石は料理上手な赤城さん。テーブルの上には並びきれない程の料理が並んでいる。

定番の鶏の唐揚げやフライドポテト、大皿に乗ったチャーハンや餃子、手巻き寿司にピザ・・・色々な料理が入り交ざった豪勢な料理だった。


「川島さん、本当におめでとうございます。」


森下さんがビールを飲みながら私に言葉をかけてきた。


「体の具合はもう大丈夫なの?」


大塚さんは心配そうに尋ねて来た。


「でも退院出来て本当に良かったよね~。赤城さん、川島さんが事故に遭ったって聞いた時顔色が真っ青になって、大事な会議まで放り投げて病院へ駆けつけたんだから。」


宮守さんが赤城さんを見ながら話した。


え?そんな話は初耳だ。


「赤城さん・・・その話本当ですか?」


「ウッ?!ゴ、ゴホッゴホッゲホッ!」

するとそれまで黙ってビールを飲んでいた赤城さんが激しくむせ込んだ。


「だ、大丈夫ですか?」

私は慌てて背中をさすると、赤城さんの顔が真っ赤になっている。

あ~あ。今むせ込んだせいで酔いが一気に回ってしまったようだ。


「う、うん・・・。大丈夫だよ。ありがとう。」


赤城さんは照れ笑いをしながら言った。


「さあ、皆どんどん食べてよっ!ほら、森下さんも食べて食べてっ!」


言いながら無理やり森下さんの皿に鶏のから揚げを取り分けていた。

するとそれを見てこっそり耳元で大塚さんが囁いて来た。


「ほら、見てよ。赤城さんの慌てっぷり。あのね、ここだけの話だけど本当は毎日お花を持って面会に行くのを名乗り出たのって赤城さんなのよ。」


「そうそう、たまには私達が行きましょうかって言ったのに、これはオーナーである自分の仕事だからとか何とか言っちゃって、絶対譲らなかったんだから。」


宮守さんが饒舌に話している・・・っ!


「でもこんな言い方失礼だけど、川島さんが以前付き合っていた彼氏よりはずっと人間が出来てると思うわよ?」


大塚さんの意見には私も確かに納得だ。健一は子供っぽい所があるが、赤城さんは違う。頼もしい大人の男性だ。


「私も、お似合いだと思うわ。川島さんと赤城さんって。」


「な・・・何言ってるんですか、大塚さんまで。だ、大体赤城さんが私の事をきにかけてくれているのって、オーナーだからですよ?恐らく皆さんが入院したとしてもきっと同じだと思いますよ?」


 言いながら私は一気にグラスの中のサワーを飲み干した。

確かに赤城さんに映画に誘われたけれども、それは大好きな恋愛映画を1人で観るのは恥ずかしいからと言う理由からだ。


 その後もパーティーは盛り上がり・・・気が付けば森下さんも大塚さんも宮守さんもすっかり酔い潰れてソファの上で酔いつぶれて眠ってしまっている。

病み上がりと言う事でお酒の量をセーブしていたので酔い潰れてはいない。

赤城さんと2人でパーティーの後片付けをしていた。

私が食器を洗い、赤城さんが洗い終わった食器を拭いて片づけをしている・・。

そんな作業を黙って黙々と続けていると、突然赤城さんが声をかけてきた。


「あの・・・川島さん。」


「はい?」


「今度の日曜、何か用事ある?」


「いえ、特にありませんけど。」


すると何故かほっとした様子で赤城さんは続けた。


「それじゃ・・・早速なんだけど、俺と一緒に映画を観に行かない?」


「ええ、いいですよ。」


私は笑顔で返事をすると、赤城さんの顔が途端に喜びに包まれた・・・様に見えた。

そして私達は映画を一緒に観る約束をしたのだが・・その約束が果たされる事は無かった―。



 良く晴れた日曜の朝。

約束の時間よりも早めにシェアハウスを出た私は駅前の花屋で赤城さんと待ち合わせをしていた。

こんな風に待ち合わせをしているなんて傍から見たらまるでデートをするカップルのように見えるのでは無いだろうか?

等と考え事をしていた時だ・・・・。


≪ジェシカ・・・。≫

突然頭の中で声が響き割った。

え?

驚いた私は顔を上げ、誰がジェシカの名前を呼んだのか辺りを必死に見渡した。

そしてショーウィンドウに写った自分の姿を見て衝撃を受けた。

紫色の瞳に栗毛色のウェーブのかかった長い髪・・・この姿は・・ジェシカの姿だ。


「な・・・何で・・・?」

私は震えながら自分の顔を触ってみる。が、やはりショーウィンドウガラスに写ったジェシカは私と同じ動きをする。

どうして・・・私は自分の髪をすくいあげて見る。真っ黒で癖のないストレートヘア。それなのに、どうしてウィンドウガラスに写った私はジェシカの姿をしているの?!


≪ジェシカ・・・。≫

再び誰かの声が頭の中で響いてくる。誰っ?!私を呼ぶのはっ!

その時、私は見た。雑踏に紛れた人混みから1人の男性が悲し気な瞳で私を見つめているのを・・・。あれは・・・ノア先輩?!

一瞬世界が制止したかのように感じた。



ノア先輩はクルリと背を向けると歩き出した。

追わないとっ!

何故か私はノア先輩を追いかけないとと、心の中で強く思った。


「待ってっ!」

私は走り出した。ノア先輩を追って。待って、先輩!行っては駄目っ!

お願いだから戻ってきて―

どうして私はこんなにもノア先輩を追いかけているのだろう?どうしてこんなにも胸が苦しく感じるのだろう?どうして・・・?


 雑居ビルの辺りで私はとうとうノア先輩を見失ってしまった。

ハアハア荒い息を吐きながら周囲を探してみても、それらしい人の影も形も見当たらない。


その直後・・・。

ズキンッ!

頭が割れるような痛みを感じ始めた。そしてますます私の名前を呼ぶ声が強くなっていく。

≪ジェシカ・・・ジェシカ・・・≫

とうとう頭痛は耐えがたいものになってきた。私は痛みに耐えきれなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。


そこへ誰かが声をかけてきた。


「・・・さんっ!しっかりして!川島さんっ!」


え・・・?誰が私の名前を・・・?

虚ろな目で見上げると私の顔を心配そうに覗き込んでいる赤城さんだった。


「川島さんっ!大丈夫かっ?!」


赤城さんは私の名前を必死で呼んでいるが、頭の中でジェシカの名前を呼ぶ声の方が上回る。


「帰らなくちゃ・・・。」

気が付けば無意識に口を開いていた。


「帰る?ああ。そうだね。シェアハウスに帰ろう。」


赤城さんは私を抱えるように言った。違う、私が帰らなくちゃいけないのはシェアハウスじゃない。

「皆が・・・私を待ってる・・。帰らなくちゃ・・・・・。皆の元へ・・。」


そして私はそのまま意識を失ってしまった。

意識を失う直前に見たのは私の名前を必死で呼ぶ赤城さんの姿だった―。



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