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73/206

マリウスの苛立ち 

1


 自分は今激しく後悔している。

あの時、何と言われようともジェシカお嬢様の傍を離れるべきでは無かったのだ。


 終業式のあの日・・・姿を現さなかったお嬢様。そしてお嬢様の居場所を何故か感知する事が出来なかった。あの時は本当に焦った。何故居場所を掴めないのか?

おかしい。マーキングが解けてしまったのだろうか?


 手紙でカフェにお嬢様を呼び出し、いざ面と向かうと違和感を感じる。

妙にぎこちないし、ソワソワして視線を合わそうとしない。その上、こちらの質問に反抗的な態度を取ってくる。

何か報告出来ないやましい事でもあったのかと問い詰めると、傍目で分かる程にお嬢様の肩が跳ね上がる。挙句に私の事は構わず学院生活を謳歌して等と言い出すし・・。意図的に自分を遠ざけようとしているのが分かった。

こうなれば・・・仕方が無い。

お嬢様に里帰りできるのが2日遅れると告げた時、明らかに大げさなほど驚くお嬢様。その姿もなんて可愛らしいのだろう。

まだ用事があるので失礼しますとお嬢様に告げると、ほっとする態度を取る。

それが何故かカチンときてしまう自分がいた。


それではまた出発日にと互いに席を立ち、隙を見てお嬢様のマーキングを確認しようと思い、試しに引き寄せて匂いを嗅いでみる。

お嬢様は露骨に嫌そうな、何処か軽蔑したような視線で見てくるのを不覚にも興奮して胸が高鳴る。しかし、次の瞬間凍りつきそうになった。

マーキングが消えているのは分かっていたが・・・実は消えていたのではなく、正確に言えば上書きされている事に気が付いた。

これは・・・一体どういう事なのだ・・?

あれ程、しっかりマーキングしておいたのにも関わらず、自分のつけた痕跡すら残っていない。

マーキングが消えていると告げた瞬間、お嬢様は真っ青になる。

それを見て瞬時に悟ってしまった。

間違い無い、お嬢様は誰かに昨夜抱かれたのだ―。そうでなければこれ程濃くマーキングが残っているはずは無い。

一体誰が?

お嬢様の周囲には邪魔な男達が多すぎる。だが、おおよその見当はついていた。

恐らく相手はアラン王子に違いない。

アラン王子・・・・一体どんな手を使って、お嬢様を?

お嬢様は自分だけの物だ。それなのに・・・激しい嫉妬で気が狂いそうだ。そして悲しいほどの喪失感・・・。

気が付くと目が潤み、涙が出そうになっていた。


「マ、マリウス。一体どうしたの・・・?」


そんな自分を心配してか、ジェシカお嬢様が覗き込んでいた。


「お嬢様は・・そうやってどこまで私の気持ちを・・・翻弄するおつもりなのですか・・?こんな事なら以前のお嬢様の方が・・・。」

思わず本音を口走っていた。そんな自分を訝し気に見つめるお嬢様。


駄目だ、今お嬢様とここにいたら、衝動にかられて何をしでかすか分からない。

そして自分は逃げてしまった・・・。



 その日はずっとお嬢様を避けていた。そして翌日、自分の不在中にお嬢様が男子寮に尋ねて来た事を知る。

お嬢様が自分を尋ねてわざわざ男子寮へ?驚くほど喜んでいる自分がいた。

そしてすぐに女子寮へ行き、衝撃的な事実を知る事となった。

女子寮は他の女子学生は愚か、寮母ですら皆里帰りをしてしまい、ジェシカお嬢様はたった1人、寮に取り残されていたのだと。

なんて酷い事をしてしまったのだろう。昨夜はどれほど心細い思いで夜を過ごされたのだろうか?

誰も女子寮にいないことが幸いだった。女子寮へ侵入し、お嬢様の部屋へ行く。

こんな事が知られてはお嬢様に只では済まされないかもしれないが、既に合い鍵は作ってある。

試しにノックをしてみるが、応答は無し。それならと・・・鍵を開けて中へ入るも部屋の中はやはりもぬけの殻。


お嬢様は何処へ行ったのだろう?何か手掛かりになるものはないか、部屋の中を探してみて、箱の中に奇妙な物が入っているのを発見して手を止めた。


一体これは何だ・・・・?四角い見慣れない箱のような物に、見慣れない素材で作られた押しボタンが並んでい奇妙な物体。それはノートのように開く事が出来た。全く見たことも無い2つのアイテムにただただ戸惑う。


 結局お嬢様を探す痕跡は見つからなかったが、恐らくセント・レイズシティに行ったのだろう。独りぼっちで寮で過ごしたとなると、今夜は町のホテルに宿を取る可能性が高い。

よし、お嬢様の後を追おう。

すぐに男子寮へ戻り、1泊分泊まれるだけの準備をしてボストンバッグに詰めて町へ向かった。


 町のホテルを1軒1軒しらみつぶしに探す。

チッ!アラン王子め・・・お嬢様に余計な事をしてくれた為、探すのに手間がかかって仕方が無いではないか。


 ようやくお嬢様が宿泊しているホテルを見つけたが、どこにもいない。

そしてホテルの隣にはこの町の観光名所の時計台。

好奇心旺盛なお嬢様の事だ。恐らくこの塔に登ったに違いない。


 時計台の入口ですぐにお嬢様を発見した。喜びも束の間・・・何故だ?何故また彼がお嬢様に付きまとっているのだ?何故・・・貴女はそんなにも隙だらけなのだ・・?!


 目にした光景はノア先輩がお嬢様の両肩を掴んでいる場面だった。

ギリリと歯ぎしりをする。よせ、やめろ、勝手に許可なく触るな。お嬢様は・・自分だけの物だ。


「そこ迄にして頂きましょうか?ノア先輩。」

素早く2人に近付き、憎悪を込めた目でノア先輩を睨み付けながらお嬢様を自分の腕に囲いこんだ。

「私の大切なお嬢様に狼藉を働くのはやめて頂けますか?」


するとノア先輩は余計な事を話してくれた。

マーキングと称してお嬢様にキスをしていたと・・・。それがどうした?

何の問題があるというのだ?

誰よりも、ずっと側にいたのはこの自分だ。誰にも文句は言わせない。


しかし、お嬢様は衝撃を受けていたようだ。


「酷いじゃないの!今迄私を騙していたのね?!キ、キスしなくてもマーキング出来たんでしょう?!」


顔を真っ赤にして詰って来るが、それすら愛しく感じてしまう。


結局、ノア先輩は何か文句を言いたげだったが、去って行った。よし、これで今度こそ2人きりになれる。アラン王子との事を聞きだすのだ。


 お嬢様に部屋から閉め出されそうになったが、中へ素早く侵入すると、嫌々ながらも受け入れてくれた。

しかし、お嬢様は顔を真っ赤に染めて、絶対にベッドには入って来るなと言って来た。

以前のお嬢様とは思えない程の言葉。間違いない、今、自分の目の前にいるこちらのお嬢様は・・・。


 気を取り直し、お嬢様にお昼をどうするか確認をした時に、何気なく言ったお嬢様の言葉にあれ程打ちのめされてしまう事になるなんて・・・。


お嬢様にお互いに別行動を取ろうと言われ、カッと頭に血が上り、気が付けばきつく抱きしめ、自分の気持ちを吐露していた。

お嬢様に苦しいと言われて初めて締め上げている程力を込めて抱きしめていたことに気が付き、手を放す。

そしてお嬢様に背を向けて部屋を出て行った・・・。冷静に頭を冷やせば、気持ちが静まるだろうと考えていたのにそれがあんな結果を招くなんて・・・。



 その後、何となくお嬢様と顔を合わせずらかった為、気を取り直し、念の為に最終打ち合わせと称して彼等を酒場に呼び出し、最期の計画を立てた。


 打ち合わせが済んだのは夜の9時を過ぎていた。

自分から望んであのホテルに行き、強引にお嬢様の部屋へと入り込んだものの何となく顔を合わせずらいので寒空の下、当ても無いのに夜の町を彷徨い歩きながら終業式の出来事を思い返していたその時。



「そこのお兄さん、私と今夜一晩付き合わない?」


不意に見知らぬ女に声をかけられた。

振り向くとそこに立っていたのは、素人には見えない、いかにも商売女といった女性の姿が。


顔を上げると、女の目つきが変わった。


「まあ~なんて素敵なお兄さんなの?ねえねえ、貴方なら商売抜きで今夜お付き合いさせて貰いたいわ?」


言いながら女は腕を絡ませてきた。

何て汚らわしい女なのだ。お嬢様とは大違いだ。

唯一共通点があるとしたら、髪の色がお嬢様と同じだと言う事位か・・・。

馴れ馴れしく触るなと腕を振り払おうとして、お嬢様とアラン王子の事が頭に浮かぶ。

そうだった・・・お嬢様とアラン王子は・・・・

その事を思い返すと、虚無感に襲われる。

どうせ部屋に戻ってもお嬢様と顔を合わせるのは気まずいだけだ・・・・。

それなら、この女と一晩位付き合ってやってもいいか。


「・・・何処へ行きたい?」


そう尋ねると、女はますます嬉しそうにしなだれかかって来る。


お嬢様―。


心の中でお嬢様の顔を思い返し、瞳を閉じた・・・。




2


 翌朝ベッドで目が覚め、隣に見知らぬ女が一糸まとわぬ姿で眠りに就いている姿をを見て深い虚無感に襲われる。

ベッドサイドに置かれた時計を見ると時刻は朝の8時を過ぎていた。

黙って起き上がり、床に落ちていた衣服を身に付けるとそのまま女を置き去りにして部屋を出た。

何てくだらない夜を過ごしてしまったのだ・・・。深いため息をつくと、不意にお嬢様の顔が浮かんだ。

お嬢様に会いたい―。


 すぐに見知らぬホテルを出ると、お嬢様が宿泊しているホテルへ転移魔法で瞬時に移動して、部屋のドアをノックしながら声をかけた。

「お嬢様、昨夜は突然部屋を出たきり戻らずに申し訳ございませんでした。」

そしてお嬢様の返事が来るのを待つ・・・。

しかし、いつまでたっても返事が来ない。


「お嬢様、入りますよ・・・。」

ドアノブに手をかけて部屋の中へ入ると、テーブルの上に紙袋が乗っているのが目に入った。

これは一体何だろう?近付いて紙袋を手に取ると、メモ書きが置いてある。



少し早いけどクリスマスプレゼントです。

今日はごめんなさい。


え?もしやこの紙袋の中身はお嬢様からのプレゼント・・・?

震える手で袋から取り出したのは銀細工の十字架のネックレスだった。

途端に感動で胸が打ち震える。

お嬢様に仕えて10年、生れて初めてのお嬢様からのプレゼント。

今迄一度も銀細工のアクセサリーが好きだとは話したことが無いのに、何故お嬢様は自分の趣味を知っていたのだろう?余りの感動に顔が火照り、思わず口元を手で覆った。


何てことだろう。こんなに嬉しい気持ちは初めてで、どうしたらよいか分からない。

それと同時に主と下僕という関係ながらお嬢様が愛しすぎて堪らない。思わずお嬢様を強く抱きしめ、耳元で愛を囁きたい衝動に駆られてしまいそうだ。

どんな時でも冷静さを保つように父から教え込まれ、今まで生きてきたのに最早自分の今まで築き上げてきた人格は崩壊寸前だった。


まずは自分を落ち着かせる為に深く深呼吸すると、お嬢様が眠っているベッドへ近付き・・・異変を感じた。


これは何だ?不自然な形に盛り上がった夜具を思い切り剥がす。

「!!」


ベッドの上に現れたのは縦一列に並べられた3つのクッション。人の形に見せるようにわざと並べていたのだろう。


「・・・・。」

剥ぎ取った夜具を床の上に思わず落とす。まさか?お嬢様は自分を撒く為にこのような子供だましの演出をしたのか?

それにしてはプレゼントを用意しておくのはどうも腑に落ちない。

ベッドの上に手を置いてみるとひんやり冷たい。ベッドを出てから大分時間が経過している様だ。


 何故だ?お嬢様の行動がまったく読めない。お嬢様は自分を翻弄させて楽しんでいるのだろうか?でも一体何の為に?マーキングが解かれているので居場所を掴めないのももどかしい。

イライラしながら爪を噛み、ふとお嬢様のボストンバックが目に止まった。

「なっ?!」

一瞬で全身から血の気が引くのを感じた。何故お嬢様のバッグが置きっぱなしなのだ?部屋を出るならバッグを持って出るべきではないか。

こうなれば、答えはもう明白だ。お嬢様は何者かに拉致されたに違いない。

どこのどいつだ?自分の大切なお嬢様を誘拐する等の暴挙に出た人物は。

激しい怒りで全身の血が沸騰しそうだ。

兎に角ホテルのフロントにまずは不審な出来事が無かったか確認を取らなくては―。



「ええ、そう言えば確か未明にお部屋に宿泊されているお客様宛に荷物を預かるようにと言われ、大きな台車を持った2人組の人物をお通ししておりますよ。帰り際には何やら大きな箱のようなものを積んでおりました。」


フロントの男の話を聞くや否や、その間抜けな男の腕を捻り上げて机の上にねじ伏せる。


「な・・・何・・するんで・・すか・・・・」


男は痛みで顔を歪めながら自分を見上げる。


「何するんですか?それはこちらの台詞です。何故ろくに相手の身元も確認せずに勝手にお客様のお部屋に案内してしまうのです?このホテルの愚かな対応によって、仮にリッジウェイ家のお嬢様に何かあった場合には・・・リッジウェイ家の財力を持って、このホテルを・・・潰しますよ。」


この怒気を含んだ声だけで、相手を振るいあがらせるには十分だった。

本来なら目の前のこの男を殺してやりたい程憎くてたまらない。しかし、そのような事をしては二度とお嬢様の御側にいる事は出来ない。

努めて怒りを抑えて、質問を続ける。

「それで?その2人組とはどのような人物だったのですか?」


「そ・それが・・・フードを被ったマント姿だったので・・ただ、声は男の声・・・でした・・・。」


チッ!なんて使えない情報なのだ。ますます強く相手の腕を捻り上げる。

痛みで悲鳴を上げる男。・・・これ位にしておいてやろう。

相手の腕を放し、乱暴に机の上に叩きつける。


「グッ!!」


激しい音と共に痛みに顔を歪める男。その男の目の前に金貨を1枚、2枚と落す。


「これは宿泊代です・・・・。今の事は他言無用ですよ・・・。もし何か一言でも余計な事を話せば・・・。」

相手を射殺さんばかりの目つきで睨み付けると、男は首を上下に激しく振る。


「は、はいっ!け、決して誰にも言いません!言いませんから・・・ゆ、許して下さいッ!!」


 最早相手は半泣き状態だ。そんな男に一瞥すると、ホテルを後にした。

お嬢様・・・っ!一体今貴女は何処にいるのですか?何故貴女はいつも自分の腕をすり抜けて遠くへ行ってしまわれるのですか・・・?!

空を見上げて、ため息をつく。


 こうなったらあの計画は中断だ。もう一度彼等を呼び出して話をしなければ・・・。チッ!アラン王子のせいで全く厄介な・・・。ん?


 その時、ふと薄暗い路地裏に見覚えのある後ろ姿の女を見かけた。珍しいストロベリーブロンドのあの女は・・・ソフィー・ローラン。生意気にもお嬢様をライバル視し、何度も自分の大切なお嬢様を苦しめた人物。しかし、あんなところで何をしているのだろう?てっきり国元へ帰ったのかと思っていたが・・・?


 本来ならばあのような女は気にかけない主義だが、何故か気になる。後をつけてみるか・・・?




「ありがとう、手はず通りにやってくれたのね?」

「ああ、ちゃんと言われた通りの部屋番号をあいつらに伝えたよ。間違いない。」

「それで・・・謝礼の方はちゃんと上乗せしてくれるんだろうなあ?」



「ほう。中々興味深い話ですね?私も混ぜて頂けますか?」

背後から彼等に声をかけた。


「だ、誰っ?!」


ソフィーが怯えたようにこちらを振り向く。


「ヒイッ!お、お前は・・・・っ!・・悪かった・・つ、つい魔が差して・・。」

「す・すまんっ!マ、マリウスッ!ゆ・・・許してくれっ!!」


半泣きで許しを乞うてくる2人は・・・同学年の男子学生だった。


「あなた方は・・・一体お嬢様に何をしたのですか・・・?」

全身から怒りを放ち、一歩一歩彼等に近付いてゆく。


「キャアッ!あ、貴方達、わ、私を守りなさいよっ!!」


ソフィーは学生2人の背後に回り、彼等を盾にするように隠れている。


「無・無理言うなっ!ソフィーッ!!あ・・あいつにかなう訳無いだろう?!」


「頼むっ!お、俺はこの女に言われたままに・・・っ!そ・それに俺達はもう彼女の行方が分からないんだっ!!」


何?お嬢様の行方がもう分からない?

一瞬でその台詞を言った男子学生の目の前に立つと、襟首を掴んで締め上げる。

「それは・・・一体どういう意味なのですか?」


「うう・・・言う、言うから・・い、命だけは・・・。」


恐怖に顔を歪ませる学生に一気に興ざめする。乱暴に手を放すと、学生は地面に倒れ込んだ。その学生の顔すれすれにダンッ!と足を乱暴に地面につくと上から顔を覗き込み、言った。

「・・・言っておきますが・・私はあまり気の長い方では無いのですからね・・?そして、ソフィー様。例え女だからと言って私はお嬢様が絡んでくるなら容赦しませんよ?」

ソフィーは最早顔面蒼白になって、そこに立っているのがやっとのように見えた・・。




 話をまとめると、こういう事だった。

ソフィーはアラン王子を再びお嬢様に奪われた腹いせに(いい加減な事を言わないで貰いたい)、彼等にアラン王子とは二度と会えないように協力を依頼、この依頼を彼等は引き受けたはいいものの、その後の手段が思いつかずに、町にたむろしている便利屋に現金を手渡し、命だけは奪わぬように内密に処理を頼んだらしいが、その便利屋の正体は分からず仕舞いだと言う事だった。


 本来の自分なら目の前にいるこの3人を痛めつけなければ気が済まない所だが、そんな事をしている場合では無い。


 一刻も早くお嬢様の足取りを追わなければ・・・。

お嬢様、待っていて下さい。

必ず助けに参ります・・・・っ!





3


マリウス

お前は一体何をしているのだ?

何故連絡すら寄こさない?

いつになったらジェシカお嬢様を邸宅へ連れて帰って来るのか連絡をよこせ。

奥様も旦那様もアダム様もジェシカお嬢様をお待ちしておられる。

お前はジェシカお嬢様の下僕である前に、旦那様の忠実な下僕でもある。

それを決して忘れぬように。


父より




 冬期休暇に入り、父から2度目の手紙が届いた。

それをグシャリと握りつぶし、部屋の壁を拳で激しく叩きつける。

「分かっている・・・分かっているつもりです・・・っ!」


 こういう内容の手紙が父から届くのは冬期休暇に入る前から想定内、分かり切っていた事だ。

しかし今は状況が違う。何者かに拉致されたお嬢様の手掛かりはあれから3日が経過したのに、全く手掛かりが掴めない。

「一体、どうしろと言うのだ・・・・っ!」




 当初はセント・レイズシティの便利屋をうたっている集団を徹底的に調べ上げた。時にはいさかいに発展する事があったが、所詮自分の敵では無い。

それなのに、全くといって良いほどに手掛かりが掴めずに、焦りもピークに達している。

まさかお嬢様は、もうどこか遠くに売り飛ばされでも・・・?すぐに不吉な考えを打ち消すように首を振る。


 次に情報屋を雇う事にした。そこで有力な手掛かりを掴むことが出来た。

数日前に怪しい2人の人物が大きな積み荷を船に積み、出向したのと情報だ。

成程。確かにこれ程探してもお嬢様の手掛かりが何も掴めなかったと言う事は、やはり船に乗せられたのか。しかも話によると船はさほど大きくは無かったので、恐らく遠距離の移動には不向きな船では無いだろうかとの見解だった。


 となると・・・。恐らくお嬢様の居場所は・・・。

 



 男子寮を出ると、セント・レイズシティの港へと向かった。

港に立って、海を眺める。セント・レイズシティのあるこの大陸には大小さまざまな島が点在しており、全ての島は無人島と言われている。

何故、このような表現がされているかというと、これらの全ての島々は生い茂った木々で覆われており、島の奥へ侵入するのは非常に困難と言われているからだ。


 絶望的な気分になってくる。ジェシカお嬢様が本当にいるかどうかの確証も持てないのに、船を出して一つ一つ島を探すのは不可能だ。

チッ!

アラン王子にマーキングを上書きさえされなければこんな事には・・・っ!

ん・・・?待てよ。アラン王子がマーキング・・・?

それなら、不本意だが最終手段を取るしかない。


 踵を返すと、マジックショップへと向かい、そこで強力な魔法がかけられたレターセットを購入した。

このレターセットはかなりの高額商品ではあったが、最短でお嬢様を見つけ出すにはこの方法しか無い。



 自室に戻り、ペンを取るとアラン王子に手紙を書く。そして、封筒部分にアラン王子の事を強く意識しながら、念じる。

<手紙よ、どうかアラン王子の元へ―!>


ヒュンッ!

手元にあった手紙が一瞬で消える。

よし、これであの手紙はアラン王子の元へと届くはずだ。


椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。

後はアラン王子の判断に委ねるしかない。

だが・・・。


「アラン王子・・。貴方なら決してこの手紙を見過ごすはずはありませんよね・・?」


口の中で呟くと、うっすらと自分は笑みを浮かべた―。

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