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第4章 3 火種

1



 昼食後の昼下がり、特にする事も無く暇だった私は屋敷の中をブラブラ散歩していた。そこである事に気が付いた。

あれ程いた乗組員達がレオを始めとして、誰1人としていないのだ。もしかすると、この島自体にいないのかもしれない・・・・。

ウィルもいないのだろうか?この島に流石に1人きりは嫌だな・・・。

そう思った私はウィルがいないか屋敷の中を探し回った。

「ウィル、いないの?」


すると一つの部屋からウィルの声が聞こえた。


「ここにいるよ。」


私は声の聞こえた部屋の中へ入ってみると、ウィルが書斎らしき部屋で何か書き物をしていた。


「ウィル、何をしているの?」

私がウィルの手元を覗き込むと、慌てて何かを隠す。


「う、うわあっ!な、何だよっ!勝手に人の書いてるもの覗き込むなよっ!」


しかし私はもうその内容をチラリと見てしまった。・・・間違いない。あれは脅迫状を書いた手紙だ。どうやらウィルは本気でリッジウェイ家とゴールドリック家を脅迫するつもりのようだ。私は溜息をつくと言った。


「ねえ。本当に脅迫状を書くつもりなの?」


「ああ、勿論だっ!俺の意思は固いから止めても無駄だぞ?」


「止める前に・・・少しだけいい?」

私は遠慮がちに言った。


「ん?何だよ?」


「その手紙・・・スペル間違いだらけなんだけど・・・。」


「な、何だってええっ!」


ウィルは自分の書いた手紙を読みなおすが、首を捻る。ひょっとするとウィルは・・・。

「ねえウィル。貴方・・・本当は字を書くのが苦手なんじゃ無いの?」


「・・・・。」


黙り込んでしまうウィル。

やはりそうだったのか。でも・・・無理も無い。何故ならウィルの父親は海賊で、しかも掴まった挙句に裁判で裁かれ死刑にされてしまったのだ。学校へ行ける環境ではなかっただろう。


「ウィル・・・私でよければ文字を教えようか?」

こんな事言ってはウィルのプライドを傷つけてしまうかな・・・けれど、私はどうしても彼に少しでも勉強を教えてあげたいと思ったのだ。


「え?い、いいのか?!」


所が予想に反してウィルは嬉しそうに言った。ウィルも本当は勉強をしたかったのかもしれない。


「いいわよ?それじゃ一緒に勉強しましょうか?」

私はにっこり笑い、ウィルの隣に椅子を持って来ると、字の書き方を教え始めた。



文字の勉強を始めて2時間程経過したところで、少し休憩を挟む事にした。

そこで初めて私は他の乗組員たちは何処へ行ったのかを尋ねた。

「ねえ、ウィル。皆何処へ行ったの?人の気配がしないのだけど・・・。」


「ああ、あいつ等はセント・レイズシティへ仕事に行ってるよ。


「え?えええっ?!し、仕事?!皆働いていたの?」

私はあまりにも想像が付かず、思わず大声を出してしまった。


「何をそんなに驚いているんだよ。父さんが死んでからは、みんな海賊は辞めたんだ。セント・レイズシティで何でも屋をやっていたり、屋台で働いたりしているぞ。働かなきゃ、食べていけないからな。」


そうだったのか・・・。でも本来なら彼等はウィルの父親が亡くなった時点で彼の元を去ってもよかったはず・・・。恐らく、皆放って置けなくて彼の元に残ったのだろうな・・。

ウィルの話はまだ続く。


「俺の勉強を見てくれていたのは・・・母さんだったんだ。心を病んでしまう前まではずっと・・。」


そしてウィルは私を見つめると言った。


「ジェシカが今着ている洋服は母さんのお気に入りで・・・昔よく来ていた服だったんだ。信じられるか?俺の母さんて貴族だったんだぜ?16歳の時、父さんと知り合って・・・駆け落ちして17歳の時、俺を産んだらしいよ。」


「ウィル・・・。」


「その服を着ているジェシカを見た時・・・驚いたよ。母さんが・・生き帰ったんじゃないかと思った・・。何となく似てるんだ。ジェシカと俺の母さんて・・。瞳の色とか、髪型とか・・さ。」


寂しげに笑うウィル。何だかその笑い方が今にも泣きそうで、私は・・・。


「ウィル・・・。」

私はそっとウィルを自分の胸に抱き寄せた。


「な・・・・な、何するんだよっ?!」


ウィルの戸惑う声がする。私は言った。


「ウィル・・。お父さんとお母さんが亡くなってからは、誰にも甘えないで生きて来たんじゃないの?ウィルの周りには大勢人が集まっているけれど、彼等には甘えられなかったんでしょう?だったら・・・今は私が貴方を慰めてあげる。大丈夫、だって今はこの島には私と貴方しかいないから。泣きたいなら思い切り泣いていいよ?」


私の言葉を聞くと、ウィルは肩を震わせ・・・やがて声を上げて泣き出した。母親が亡くなってから、恐らく一度も泣かなかったウィルが今はしゃくりあげるように泣いている。

私はそんな彼を抱きしめ、泣き止むまでずっと背中を撫で続けていた・・・。



 夕方になり、大勢の船員達が船に乗って島へと戻って来たので、私とウィルは海まで出迎える事にした。


「ん?ジェシカ。ボスと一緒に俺達をここまで出迎えに来てくれたのか?」


レオは船から降りると私達の前にやってきて声をかけて来た。そしてウィルをじっと見ていたがやがて、言った。


「ボス・・・何だかすっきりした表情してるな。何かいい事でもあったんですか?」


私とウィルは互いに顔を見合わせると言った。


「「別に~。」」


それに驚いたのはレオだった。


「え?ちょ、ちょっと待って下さいよっ!絶対に2人の間に何かあったのは間違いないっ!いいから俺にも教えてくださいよ~。」


手を繋いで歩く私達の後をレオは情けない声を上げながら追いかけて来るのだった。




 その後、夕食の席で・・・・・。


「ええええっ?!べ、勉強ですか?ウィル坊ちゃんが?!」


 今夜は何故か大広間で船員たち全員との晩餐会?を開いていた。20数名もの男達が集まると、テーブルに並べられた食事の量も半端ない多さで、メニューも骨付き肉が大量に大皿に盛られたり、焼き魚もてんこ盛り状態と中々ワイルドな料理だった。


大声を上げて、驚いたのは料理を運んできたシェフさんだ。

それを聞いた他の男達も次々と騒ぎ始めた。


「いやあ、驚きだ。あの勉強嫌いのボスがねえ。」

「いやいや、ああ見えてうちのボスは頭がきれるから、やれば出来るんだよ!」

「まさか人質の姉さんに教えて貰うとはなあ・・・。」

「感謝してるぜ、あんた。」


等と和やかなムードが続いたのだが・・・

バンッ!!

突然テーブルを強く叩く音が聞こえた。誰もが驚いて一斉に音の方向を振り返ると、そこに座っていたのはジェイソンだった。


「気に入らねえなあ・・・。」


ジェイソンはジロリと私を睨み付けながら言った。


「お、おい。やめろ、ジェイソン。」


隣に座っていたレオが憎悪の籠った目で私を睨み付けているジェイソンを止めようとしている。


「よせっ!何が気に入らないんだ?ジェイソンッ!」


ウィルも声を荒げて咎める。その場は一瞬にして凍り付いてしまった。


「俺はなあ・・・貴族って人間が大嫌いなんだよっ!俺達のような貧しい人間から金を搾り取るだけ搾り取って自分たちは楽で贅沢な生活をしやがって・・・ボスはそんな俺達のような人間を救おうと、奴らから取り戻しただけなのに・・大切な俺達の希望の光を奪いやがって・・・。」


誰もが反論できずにいた。・・・やはり、私はここにいる人達にそういう目で見られていたのか・・。思わず俯いてしまう。


「よせっ!ジェシカには関係ない話だろう?!」


ウィルは私を庇うように言ったが、尚もジェイソンは言う。


「うるせえっ!俺はなあ・・・いくらボスの子供だからって、あんたみたいなガキに仕える気は無かったんだよっ!ただ、死んじまったボスの遺言だったから・・仕方なくいるだけだっ!」


「やめろっ!!」


バキッ!!


レオがジェイソンを拳で殴りつけた。思わず床に倒れ込むジェイソン。


「痛ってえなあ・・・。何しやがるっ!」


ジェイソンが吠えた。


「うるせえっ!!もう1発殴られたいかっ?!」


レオは床に倒れているジェイソンの襟首を掴んで自分の方に引き寄せると、再度殴りつけようとして・・・・。


「やめてっ!!」

私は大きな声で止めた。


「ジェシカ・・・。」


レオが私の方を見る。


「お願い、やめて。その人の言う通りよ。悪いのは・・・私達貴族なんだから。彼を責めないで。」


「ああ、そうだ。よく分かってるじゃねえか。誰がお前と一緒に飯なんか食えるかよっ!」


ジェイソンは私をギラギラした目で睨み続けている。


「ごめんなさい・・・。私、部屋に戻ります・・。お邪魔しました・・・。」


私は立ち上がると、頭を下げた。そして部屋を出ようとしてウィルが手を伸ばして私を呼び止めた。


「待てよ!ジェシカッ!俺も行くっ!」


私は首を振ると言った。

「駄目よ、ウィルは皆のボスなんでしょう?ボスだったら皆をまとめないと。私は大丈夫だから。」


「・・・。」


ウィルは気まずそうに手を降ろすと、横を向いてしまった。


「またね。」

ウィルの肩に手を置くと、私は部屋を後にした―。




2


 1人で与えられた自室に戻った私は出窓の傍に椅子を持って来ると、窓から夜空を眺めた。

セント・レイズシティからの星空も素晴らしかったが、この島はまるで大宇宙がひろがっているかのような美しさだった。


 夜空を見上げながら思った。

余計な事をしてしまったと・・・。ジェイソンが私を毛嫌いしているのは分かっていた。なのに彼のいる前で目立つことをしてしまったのだ。目障りな人間がもてはやされるのを見せつけられるのは、さぞかし不愉快な事だっただろう。


 私に魔法が自在に使えれば、この島から逃げる事も出来たのに、ただこうしてウィルが脅迫状を書くのを待つ事しか出来ないなんて・・・。

何度目かのため息をついた時、誰かが私に声をかけてきた。


「ジェシカ。」


振り返ると、すぐ近くにレオが立っていた。

「レオ・・・前にも言ったよね?黙って部屋には入って来ないでって。」

いつの間にかため口を聞いていたが、レオも何も言わない。うん、この方が私達らしいものね。


「すまなかった。どうしても・・ジェシカに謝りたくて、つい。」


意外なほどあっさりとレオの口から謝罪の言葉が飛び出してきた。


「え?ちょっと待って。何故レオが私に謝るの?むしろ、さっき私を庇ってくれたのはレオじゃ無い。逆に私がお礼を言う立場よ。さっきはありがとう。」


「い、いや。違う。ジェイソンがあれほど怒ったのは、むしろ俺が出て来たからなんだ・・・。」


レオの話している意味が分からなくて私は首を傾げる。


「ま、まあそんな事はいいか・・・。ジェシカ。酒は好きか?今日セント・レイズシティで人気の酒を買って来たんだが・・・2人で飲まないか?」


私の返事を聞く前にレオは空いてる椅子を私の隣にまで持って来ると、出窓に酒瓶とグラスを2つ置いた。

な、なんて美味しそうな・・・。グラスに思わず手が伸びて・・・慌てて私は首を振った。

いけない、禁酒するんだった。前回アラン王子とお酒を飲んだ挙句、とんでもない事になったでは無いか。


「ごめんなさい・・・私お酒は・・・。」


「何だ?俺と一緒には飲んでくれないのか?」


悲しそうな顔をするレオ。う・・・そんな顔をされると・・・。


「わ、分かったわよ・・・。少しだけよ・・・?」



「それでさ・・・孤児になってしまった俺を助けてくれたのがウィリアムの父親・・俺達のボスだったって訳さ。」


レオはグラスを片手に先程から喋りっぱなしだ。


私はチビチビとお酒を飲みながら、相槌を打って話を聞いている。

すると、突然レオの口調が変わった。


「でも、ジェシカ・・・。その服、本当に良く似合ってるぜ・・。久しぶりに彼女を思い出してしまったな・・・。」


「え?」

意味深なレオの台詞に私は顔を上げた。


「実はさ・・・俺の初恋の相手って、ボスの奥さん・・・ウィリアムの母親だったんだぜ。」


「ええ?レオって年上の女性がタイプだったのね。」


「か・・勘違いするなよ?俺が初めて会った時、彼女は25歳だったんだぞ?一目惚れだったんだよ・・・な。でもその場でボスの奥さんだって事が分かってすぐ失恋してしまったって話さ。」


レオは顔を赤く染めながら言った。


「初めて出会った時、彼女はさ・・・ジェシカが今着ているのと同じ服を着ていたんだ。ジェシカは彼女に雰囲気が似ているよ。瞳の色も、髪型も・・・。」


何故かすごく悲しそうに私を見つめるレオ。


「レオ・・・?」


「なあ・・・ジェシカ、俺の昔の話・・・聞いてくれるか?」


レオは俯くと言った。


「私でよければ・・・。」


するとレオは顔を上げると話始めた。


「俺達のボスが死んでしまったのは・・俺のせいなんだ。俺がヘマしてしまったから・・・。」


え?どういう事なのだろう・・?私は息を飲んで続きを待つ。


「ある日、俺達はいつものように船に乗り込んで貴族の船を襲っていた。だけど俺がミスして相手に捕まってしまったんだ。この傷はその時ついたものなんだ。仲間は皆俺を見捨てようって話になったけど、ボスだけは・・・見捨てなかった。単身乗り込んで、俺を助けた代わりに掴まって・・・・結局最後はあんな形で・・・。」


レオはここで一度言葉を切ると続けた。


「・・・仲間達や彼女は俺が助かって良かったと受け入れてくれたけど、俺には分かってた。それがうわべだけの物だって。そして彼女も・・・段々俺の姿を見ただけで逃げるようになって・・・終いには精神を病んでしまって、死んでしまった・・・。」


レオは目に涙を浮かべて血を吐くように苦し気に顔を歪めると言った。


「俺は・・自分を拾って育ててくれたボスを、そして初恋だった彼女を・・死なせてしまったんだ。だから、俺はウィリアムの言う事なら何でも聞こう、ずっと傍にいて見守っていこうってあの日から決めたんだ。」


「レオ・・・。」


「ジェシカをあのホテルから誘拐して来たのはこの俺だ。ウィリアムの命令だったからな。本当にすまなかった・・・。でも、眠っているジェシカを見た時に彼女に似ているって思ったよ。そして・・今日ジェシカがその服を着ている姿を見て本当に驚いた。彼女が戻ってきたのかと思った位だったよ。」


レオの身体は小刻みに震えていた。


「ジェシカにこんな話しても意味が無いって分かってるけど・・・今だけは・・彼女だと思って謝らせてくれないか・・・?」


断る理由など無い。私はレオのこれまでにない真剣な表情に黙って頷いた。


「ごめん・・・。本当にごめん・・・。俺のせいでボスを・・・貴女を・・。」


「レオ、顔を上げて・・・。」


レオは涙に濡れた顔を上げた。


「きっとウィルのお父さんは、貴方を助けた事後悔してないと思うよ。ウィルのお母さんだって同じ。多分彼女が貴方を避けていたのは自分に負い目を持ってほしくは無かったからでは無い?誰か仲間で貴方を責めた人がいたの?」


「だ・・・誰もいなかった・・。」


「だったら、堂々と自信を持ってここにいればいいじゃない?私は本当に感謝してるのよ?船酔いで苦しんでいた私を助けてくれたんだから。でも、勝手に私を誘拐してくるのは、どうかと思うけどね?」


「す、すまない。それは・・・。」


途端に慌てるレオ。でもそういう事情があるなら仕方が無い。


「ただ・・・一言忠告しておくけど・・。」

私は真剣な表情でレオに言った。


「本当に、リッジウェイ家とゴールドリック家に対して脅迫状を送るつもり?」


「あ・ああ。ウィリアムはそのつもりらしいけど?」


はああ・・・私は溜息をついた。


「全く・・・どうなっても、私はもう知らないからね?マリウスとアラン王子の恐ろしさを貴方達は知らないから・・・。」


おでこを押さえながら私は言った。


「な、なあ。ちょっと聞いてもいいか?そのマリウスとアラン王子って・・・。一体どんな人物なんだ?ジェシカとどんな関係があるんだ?」


何故か妙な事を尋ねて来るレオ。


「え?マリウスとアラン王子?マリウスは私の下僕よ?ある意味かなり私にとってデンジャラスな男だけどね。そしてアラン王子は・・・。」

そこまで言いかけて、私は我に返って顔が真っ赤になってしまった。


そうだ、ひょっとするとアラン王子が直に乗り込んでくるかもしれないっ!どうしよう?その時はどんな顔をして会えばいいのだ?私には何も記憶がありませんと白を切りとおせば良いのだろうか・・


そんな私をレオは不思議そうに見つめているのだった―。


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