第4章 2 この度、人質にされました
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「な・な・な・・何してるんだよ?!は・離せよっ!」
少年は耳まで顔を真っ赤にすると私の両手を振り払った。
「あ、ごめんなさい・・・・。」
あらま、真っ赤になってる。可愛い・・・。
私は思わず笑みを浮かべそうになったが、周囲の私を睨み付ける視線が気になり・・やめた。
「おい・・・女。お前・・ふざけてるのか?」
すぐ側で怒気を含んだジェイソンが私の背後に立っていた。
そうだっ!忘れていたっ!私の近くにはおっかないジェイソンが立っていたのだっ!
「やめろっ!ジェイソンッ!」
しかし、それを止めたのが先程の少年だった。
「し、しかし・・・。」
尚も言い淀むジェイソン。だが少年はビシイッと言った。
「いいか、この女は俺達に取っての大事な人質だ。だから絶対に傷一つ付ける事はこの俺が許さないからなっ?!」
少年の声に周囲の男達は一斉に返事をする。
この子供、凄いなあ・・・。周囲にいる大人達を一喝するなんて。
そして少年は改めて私の方を振り向くと言った。
「いいか、この島は俺達の隠れ家になっている。夜のうちに上陸して船を隠さないとならない。と言う訳だから・・・おい、すぐにこの船から降りるぞ!ついて来い!」
少年は偉そうに言うと、私の返事を聞かずにくるりと背を向けて歩き出す。仕方が無い・・。背後にいるジェイソンが怖いので私は黙って後を付いて行った。
船から降りて振り返ると、やはり全員がぞろぞろと下船し、船の周囲に集まって行くのが見えた。彼等はこれからどうするのだろう・・・?
「おい、何してるんだ?早くついて来い。」
足を止めていた私を少年が前方から声をかけて来た。やれやれ・・・。軽くため息をつくと、小走りで少年の後を追った。
鬱蒼とした木々を払いのけるように歩いて行くと、突然目の前が開けてレンガ造りの大きな館が現れた。
「こんな所に家が・・・。」
私が感嘆の声をあげていると、少年が声をかけてきた。
「早く中へ入れ。」
「おじゃましま・・・す・・。」
こんな場所に建てられてた館なので、さぞかし中は蜘蛛の巣や埃まみれだろうと思っていたのに、内部はとても綺麗に手入れが行き届いていた。家具や調度品と言ったものは殆ど無かったが、まるで今もこの家を使っているような、生活感に溢れている。
「ほら、この部屋に入れよ。」
少年はドアを開けると中へ入るように促す。中へ入って見渡すと、20畳ほどの広さの部屋で、暖炉が置かれている。他に古びたソファや長椅子に長テーブルがあった。
少年はマッチで暖炉に火を付けている所である。
「あの・・・この家は・・?」
まさかあの船に乗っている人達が済んでいる訳では無いよね~。
「ああ、俺とあいつらが住んでいる屋敷だ。ほら、そこの椅子に座れよ。」
暖炉に火を付け、テーブルの燭台に火を灯すと少年は言った。
「ええ?あなた達・・・海賊なのよね?海賊は海の上で暮らすものだと思っていたわ。」
私は椅子に腰を降ろすと話を続けた。
「海賊は・・・俺の父さんだった・・。俺と母さんは・・この家で暮らしていたんだ。」
少年はドサッと椅子に座り、どこか寂しそうに言った。
「勿論、海賊って言っても俺の父さんは義賊だったんだ。善人ぶって裏では貧しい人達から税金を踏んだくって国外に出ようとした時や、時には犯罪に手を染めた物資や宝石なんかの類を運ぶ船を俺の父さんが船に乗って奪い、貧しい人達に分け与えていたんだ。」
「え・・・?」
義賊・・・本当にそんな人達が存在していたんだ・・。
「だけど・・俺が12歳の時、とうとう父さんは捕まって・・・裁かれて、それで・・。」
少年は下を向いて何かを堪えるように言った。最後まで聞かなくても、理解は出来た。この少年の父親は、もういないのだ。
「母さんは・・・ショックで心を病んでしまって・・・父さんが死んだ1年後に病気で死んでしまったんだ。それで、アイツらが全員俺の面倒を見る為にこの家に住むことになったのさ。皆、俺の・・家族みたいなもんだよ。」
少年は寂しげに笑った。
「ねえ・・あなた、今何歳なの?」
私はどうしても気になる事があって尋ねた。
「な、何だよ。いきなり・・・15だよ。悪いか?」
「別に悪くないけど・・・15歳なら学校に行ってるはずだよね?ちゃんと行ってるの?」
「う、煩いな!が、学校なんて行けるはずないだろう?さっき言ったばかりだろう?俺の父さんは海賊だったって。海賊の子供が・・・学校なんて行けるはずないじゃないかっ!」
半ば自棄になったかのように少年は言った。
「あ、ご・ごめんなさい・・・。」
どうしよう、知らなかったとはいえ、私は目の前の少年を傷付けるような事を尋ねてしまった。
「別に謝って貰う必要は・・・って言うか、何で俺お前にこんな余計な話してるんだよ?!」
少年は怒ったように言うと、そっぽを向いてしまった。
でも・・・困った。こんな話を聞いてしまったら、つい同情してしまいたくなる。
「ねえ・・貴方の名前、教えてくれる?」
「俺の名前?ああ、そう言えばまだ名乗っていなかったな。俺の名前はウィリアム・ロックハートだ。」
「ウィリアム・・・そうだ、貴方の事ウィルって呼んでも大丈夫?」
私はパチンと手を叩いて尋ねた。
「!」
一瞬ウィリアムはピクリと肩を震わせたが・・・溜息をつくと言った。
「別に・・・好きな様に呼べよ。」
丁度その時、扉をノックする音が聞こえた。
「ウィリアム坊ちゃん、食事の準備が出来やしたぜ?」
言いながら中へ入ってきたのはでっぷりと肥え太った白いコックコートを着た中年の男性がカートを押して入って来た。え?食事?私の分もあるのかな?
表情が顔に出ていたのだろう?コックコートを着た男性が言った。
「お嬢さん、あんたの分もちゃんとあるぜ?」
男はテーブルに次々と料理を並べていく。主に魚料理がメインの食事がズラリと並んだ。おお!流石は元海賊シェフッ!
「ほら、お前も食えよ。」
ウィルは言うと、ナイフとフォークで器用に魚料理を食べ始めた。
私もウィルに習ってメインディッシュの魚料理を取り分けて、口に入れ・・・・・。
「お、美味しい!」
「だろう?うちのシェフはすごく料理が上手なんだ!」
ウィルは気を良くしたのか、ようやく笑みを浮かべた。お腹が空いていた私は無言で食事を食べ続け・・・気が付いた時にはテーブルの上の料理は全て綺麗に平らげられていた。
ウィルは呆れたように言う。
「お前・・・女のくせによくそれだけ食えるな?」
「し、仕方ないでしょう?美味しすぎるんだもの!」
本当は船酔いで吐いてしまった為に胃の中が空っぽだったから・・・・とはとても言えなかった。
すぐにシェフがやってきて、食器の山をカートに乗せて去って行き、再び部屋には2人きりとなった。
よし・・・尋ねるなら今だ。
「ねえ、ウィル。この島は・・・セント・レイズシティがある場所からは凄く遠いの?」
「いや、そんな事は無いさ。今は夜で見えないが、明るくなれば対岸に大きな陸地が見える。そこがお前がいた場所さ。せいぜい80㎞程しか離れていないぜ。」
そこまで言うと、ウィルはニヤリと笑った。
「ただなあ・・・。」
「ただ?」
「この周辺は大小さまざまな島が20以上ある。しかもその島は全て木々で覆われているからな。簡単には俺達のアジトを見つける事なんて難しいぜ?」
つまり・・・ウィルが言いたい事は・・・。
「そう簡単には・・・助けが現れないって事?」
私が尋ねるとウィルは満足そうに頷いた。
「ああ、だからお前は諦めて人質としてこの島に留まるんだな?俺達の要求を奴らが飲めばちゃんと解放してやる。」
そこで私は疑問に思った。一体誰を脅迫しているのだろうか?目的は一体何なのだろうか?
「ねえ・・教えて。貴方達が私を人質に取って、脅迫している相手って一体誰なの?それ位、人質の私には知る権利があると思うのだけど?」
「う~ん・・・。確かに言われてみればそうかもな。いいか、良く聞けよ?俺達がお前を人質に取って脅迫する相手は、リッジウェイ家とゴールドリック王家だっ!」
えええっ?!な、何て事を彼等はしてくれたのだ!
2
ま、まさか本当にウィルはリッジウェイ家と・・・よりにもよってアラン王子の国を脅迫するつもりなのだろうか?
ジェシカの家を脅迫するのはまだ理解出来るとして、何故私と無関係な王家を脅迫するのだろう?私にはさっぱり理解出来ない。
大体王家が公爵家の為に動くわけが・・・そこ迄考えて、私は嫌な予感がした。
も、もしやウィルが脅迫する相手はアラン王子なのでは・・・?
それにリッジウェイ家が私の為に動く相手と言えば、あの最もデンジャラスな男、マリウスしかいない。
た、大変だっ!マリウスとアラン王子・・・この2人が動けば、ここにいる彼等は絶対タダでは済まない。
どうしよう、私は先程ウィルの話を聞いてしまった。今、目の前にいる少年に深く同情している。何とかしなければ・・・。
「ね、ねえ。何でリッジウェイ家とゴールドリック家を脅迫するの?私の家ならともかく、王族を脅迫って、とんでもない事だって分かってる?捕まれば、それこそ反逆罪でどんな酷い罰を与えられるか分からないのよ?最悪死罪だって・・・。あ、ひょっとしたらお金なの?お金なら私が持っているから・・それで私を解放してよ。」
するとウィルは憤慨したように怒鳴った。
「う、うるさいっ!馬鹿にするなっ!俺が金の為だけにこんな事をしてると思ってるのか?!」
えええっ?!違うの?!
ウィルは立ち上がると、さらに続けた。
「いいか?俺の父さんは王族の息がかかった裁判官によって、死刑を言い渡されたんだ。そりゃあ確かに海賊家業で強奪してきたのは悪い事だけど・・・父さんのお陰で助けられ人達は大勢いたっ!なのに、あいつ等・・・首を吊られた父さんに、皆で石を投げつけ・・・。」
ウィルは下をむき、最後の台詞は言葉が途切れてしまった。
私はあまりの衝撃的な話に言葉も出ない。ウィルはたった12歳の時にその現場を見てしまったのだ・・・。
「だから、俺は王族が嫌いなんだ。あいつ等に一泡吹かせてやらないと、俺の気持が・・・って、な・何でお前が泣いてるんだよっ?!。」
ウィルが困惑したように私の方を見ている。
「だ、だって・・・。」
私は目をゴシゴシこすった。
「全く、馬鹿な女だなあ。俺より年上のくせにメソメソ泣いて・・・。」
呆れたように言いながら、ウィルはハンカチを取り出し、ゴシゴシと乱暴に私の顔を擦る。
「全く・・・誘拐されているってのに、その誘拐犯に同情して泣くなんて・・どうかしてるぜ。」
ウィルは私から視線を逸らすと言った。
「でも・・・サンキュ。」
「え?」
「お前だけだよ・・・。俺の話を聞いて涙流した人間なんて・・。」
どこか照れたようにウィルは言った。
その時、玄関から騒がしい声が聞こえて来た。
「お、あいつ等。戻って来たみたいだな!」
ウィルはさっと部屋を出て行く。そしてドアの入口で言った。
「いいか、お前はその部屋から動くなよ?」
そしてドアをバタンと閉めて出て行ってしまった。
「・・・全く、今日はなんて日なの・・・。」
溜息をついて、ソファの方に移動して深く腰を降ろす。
「今何時なんだろう・・・。」
この部屋には時計が何処にも無いので今の時間がさっぱり分からない。
それにしても、アラン王子とマリウスを脅迫するなんて、余りにも大胆過ぎる。
ぼんやりとソファに座り、部屋の中を見渡す。・・・本当に必要最低限の物しか置かれていない。もしや・・・かなり生活に困窮しているのかもしれない。
ウィルたちは私を誘拐してリッジウェイ家とゴールドリック王家から身代金を取ろうとしているのだろうか?でも、そもそもどうして私がジェシカ・リッジウェイだと分かったのか?何故王家まで脅迫して身代金を取ろうと考えた?どうして私があのホテルに泊まっている事を知っていたのだろう?
「フワアアア・・・・。」
駄目だ、考え事をしていたら眠気が・・・。次第に瞼が重くなり、やがて私の意識は薄れて行った・・・。
誰かが私の髪や頬に触れている気配を感じる。ん・・?誰だろう・・?
やがてパチッと目を開けると、驚くほど間近かでレオが私を見つめている。
「え?」
「おう、姫さん。やっとお目覚めかい?あまりにも起きないから、今キスでもして起こしてやろうかと思っていたところだったんだぜ?」
レオがニヤニヤしながら言う。全く何処まで本気で言ってるのか・・・。
「結構です。」
目をこすりながら私は言った。
「あん?随分あっさりした反応なんだな?もっと恥ずかしがると思っていたのに・・・。」
何処かつまらなそうに言うレオ。
「すみません。ご期待に沿えず・・・。」
大体私は普段からそれ以上の事を色々な男性からされているのだ。もういい加減免疫がついてしまっている。
「ふ~ん・・・。深窓の令嬢と思っていたが、やっぱりあの話は本当だったようだな。」
ボソリと呟いたレオの言葉を私は聞き逃さなかった。え?ちょっと待って。
「あの、一体今の話はどういう事ですか?!」
私はレオの襟首を捕まえて尋ねた。
何だか聞き捨てならない様な話をレオが何者から聞かされている予感がする。
「お、おい。落ち着けってっ!」
レオは私を宥めるように言った。
「それに・・・・私は肝心な事を聞かされていませんよ?どうしてあなた方は私を狙ったのですか?それに顔も名前も知っていたし、何より私があのホテルに泊まっている事を知っていました。ひょっとして・・・誰かが私の事をあなた方に教えたのでは無いですか?」
私は尚もレオに詰め寄る。
「あ~・・・。俺の口からはそんな事言える訳ないだろう?どうしても知りたければ、何とかボスを口説き落として聞きだすんだな?姫さんならお得意だろう?」
またしても不敵な笑みを浮かべるレオ。口説き落とすという言い方は心外だが、ここは何とかウィルの信頼を得て、彼の口から聞きだすしか無いだろう。早くしないと今に、あのデンジャラスなマリウスに彼等は酷い目に遭わされるかも・・・?
その時、私は以前マリウスが言った台詞を思い出した。
マーキングが消えてると・・・。
と言う事は、マリウスは私の居場所を特定する事が出来ない?少しは時間稼ぎになるかもしれない。よし、なら何としてでもウィルの信頼を勝ち取り、こんな事は辞めさせるように説得しなくては・・・。
「おい?どうしたんだ?さっきから1人でブツブツ何か呟いて。」
レオが不思議そうに私に尋ねて来た。
「いえ、早速どうすればウィルの気持ちを動かす事が出来るのか考えていた所です。」
「え・・?姫さん・・・。ボスの事、ウィルって呼んでるのか?」
意外な程に驚いているレオ。私がウィルと呼ぶことがそれ程驚く事なのだろうか?
「ええ、ちゃんとウィルと呼んでも良いという許可を頂いたので。あの・・・それが何か?」
「い、いや。何でもない。それより、姫さんの部屋が用意してあるから俺についてきてくれ。」
レオはアルコールランプを手に取ると、私を手招きした。
2人で薄暗い廊下を歩きながら私は言った。
「あの、レオさん。私の事は姫と呼ばずにどうぞジェシカと名前で呼んで頂けますか?」
「え?名前で呼んでも構わないのか?」
レオは振り向いて尋ねた。
「ええ。当然です。だって私は姫なんかじゃありませんから。」
「そうかあ?俺には十分姫のように見えるぜ?波打つようなウェーブのかかった長い髪に、華奢な身体にその美貌。まさに庇護欲をそそられるような姫に見えるぜ?」
何とも歯の浮くような台詞を言うレオ。海の男と言うのは皆こんな感じなのだろうか?
「ほら、部屋に着いたぜ。」
レオはドアを開けながら言った。
・・・そこは誰かが以前に使用していたのだろうか?この部屋だけは生活感に溢れていた。しかし、何年も使用されていないのか、ドアを開ける時にさび付いた音が確かに聞こえた。
「あの・・・この部屋は・・・。」
そこまで言い、私は言葉を飲み込んだ。いつの間に来ていたのか、ウィルが部屋の前に立っていたのである。しかも何故か悲しそうな顔をしていたからである。
「ああ、ボスも来ていたんですね?」
レオはウィルに声をかけた。
「ああ。この女の様子を見に来たんだ。」
そしてウィルは私を見ると言った。
「暫くの間、お前はこの部屋を使え。数日後にリッジウェイ家とゴールドリック王家に手紙を送る準備が整うまではな。」
そして暗闇の中を去って行った。再び、私とレオの2人になると彼は言った。
「今日から俺が姫さんのお世話係になったんだ。よろしくな。ジェシカ?」
そしてレオは嬉しそうにウィンクをしたのである。
3
翌朝―
びっくりした。誘拐されてさぞかし自分自身が動揺しているかと思っていたのに、熟睡してしまうなんて・・・。
今朝も昨晩同様レオが私を起こしに来たのだが・・・。
「おい。ジェシカ、朝だぞ。起きろよ。」
誰かが私を揺すっている・・・。
「早く起きないとキスしちまうぞ?」
その言葉で一気に覚醒して目が覚める。パチッと目を開けると、またまた至近距離でレオが私を見つめているでは無いか。
「お?やっと眠り姫が目を覚ましたか?」
「・・・・。」
私はレオの顔を見つめ・・・
「!」
布団を頭から被った。
「え?おい?また寝る気か?」
頭上でレオの声が聞こえ、私は布団の中で言った。
「な、何してるんですか?!レオさん!ひ、人が眠っている部屋に・・幾ら何でも勝手に入って来るなんて・・・!非常識だと思いませんか?!」
「いやあ・・だって、とっくに朝食の時間は過ぎてるし、一応俺はジェシカのお世話係だからなあ・・。」
私は布団をはねのけると言った。
「お世話係なんて結構です!私は自分で自分の身の回りの事位出来ますから!」
「まあ、そう言うなって・・・。ボスの命令は絶対なんだからさあ。」
レオはお道化たように肩をすくめると言った。
はあ・・・全く・・・。所で・・・。
「あの・・・レオさん・・。」
「ん?何だ?」
「私、着替えをしたいんですけど・・・何か私でも着る事の出来る服はありませんか?」
着の身着のまま、誘拐されてしまったのだ。しかも彼等は気が利かない?事にホテルにあった私の荷物すら持って来ていない。
「ああ、着替えねえ・・・。女性物の服がある事はあるんだが・・・・。」
レオはどこか困ったように頭をポリポリかきながら言った。
「え?あるんですか?だったら貸して下さいよ。昨日からずっと部屋着のままで着替えたいんです。」
「う~ん・・・。まあ仕方が無いか。」
レオは溜息をつくと、部屋の中にあるクローゼットを開けた。
「ほら、ここから好きな服を選ぶといい。多分・・・似たような背丈だし・・・着れるだろう?」
私はレオの背後からクローゼットの中を覗き込んだ。物凄い数の洋服がハンガーにかけられていた。
「うわあ・・・凄い!」
思わず感嘆の声をあげてしまう。どれも仕立てが良く上品なデザインで、私好みの服ばかりだった。
目に留まったのは白いブラウスに丈の短い紺色のジャケットにロング丈のフレア―スカート。うん、これなんか良さそうだ。
「あの、この服を着ても大丈夫ですか?」
「その服は・・・っ!」
一瞬レオは驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの表情に戻ると言った。
「ああ、いいぜ。着てみろよ。」
しかし、レオは出て行こうとしない。
「あの・・・レオさん。」
「何だ?」
「私、着替えたいのですけど。」
「ああ、着替えると良い。」
「あの?ですから部屋を出て行って頂けますか?」
「ん?俺の事なら気にするなって。」
「いやいや、気にするのは私の方なんですけど。」
「お、おい?ジェシカ?そんなニコニコしながら燭台振り上げてどうするんだ?ま・・まさか・・どわっ?!投げつけるなよっ!」
私は問答無用でレオに向かって燭台を投げつけた。チッ。外してしまったか。
「レオさん、避けないで下さい。当たらないじゃ無いですか。」
「あ~・・・びっくりした・・って、本当に俺にその燭台をぶつける気だったのか?おい、貴族の御令嬢がするような事じゃないぞ!とんでもないじゃじゃ馬だなあ。」
レオは胸を撫でおろすように言った。
「レオさんが悪いんじゃないですか。着替えたいって言ってるのに部屋から出て行かないのでやむを得ずの行動です。」
私は口を尖らせて言った。もうこんな男に敬語は使うのやめにしよう。
「わ、分かった。悪かったよ、ほんの冗談のつもりだったんだよ。それじゃ俺は部屋を出てるから、着替え終わった呼んでくれよ、」
今度こそレオが部屋から出て行くと、私はすぐに着替える事にした。
「わあ・・・。こうして着てみると、ますます素敵な服だって分かるわ。」
クローゼットに貼り付けられている鏡に全身を映してみると、我ながら良く似合っていた。
「あ、そうだった。レオを待たせていたんだっけ。」
私は部屋の外で待たせているレオの事を思い出した。
「お待たせ、レオさん。」
部屋のドアを開けると、レオは壁に寄りかかって立っていた。そして私を見るなり、一瞬呆気に取られた顔をする。
「レオさん・・・?」
何だろう?彼の反応は・・?
「あ、い・いや。つい姫さんの姿に見惚れちまって・・・。良く似合っているぜ?」
照れ臭そうに言うレオ。一体どうしたというのだろう・・・・。彼の反応が気になったが、問い詰めるのは辞める事にした。
「それじゃ、ボスが一緒に食事しようと待ってるから行くぞ。」
私はレオに連れられて、昨日と同じ部屋へ連れて行かれた。
「ボス、入りますよ。」
レオはドアをノックすると、返事も待たずにドアを開けた。ねえ、幾ら相手が子供でもそんな失礼な事してちょっと無礼なんじゃ無いの?大丈夫なの?と心の中で突っ込みをする私。
「ああ、来たか。」
ウィルは既に席に座っていたが、私を見ると目を見開き固まってしまった。
「ウィル?どうしたの?」
突然のウィルの様子が変わったので私は心配になり、ウィルに近寄って声をかけた。
「ウィル・・?」
彼の肩に手を置く。ウィルの口から小声で何かを呟く声が聞こえて来た。
「・・・さん・・。」
「え?」
もっとよく声を聞き取ろうと、ウィルの傍にしゃがみ込んだ私に、突然ウィルが首に腕を絡めて抱き付いて来た。
「母さんっ!良かった・・・生きていたんだね・・・。」
え?母さん?私の事を言ってるの?余りの突然の出来事に戸惑う私に尚も縋りつくように何度もウィルは母さん!母さん!と呼び続ける。
「ま、待って。ウィル!私は貴方のお母さんじゃ・・・。」
何とかウィルを宥めようとするが、彼はますます私に強く抱き付いてくる。
「ボスッ!落ち着いて下さいよっ!その人は奥様じゃありませんよっ!」
流石に見兼ねたレオが私からウィルを引き離した
「ほら、よく見てくださいっ!この人は奥様なんかじゃありませんよ!ジェシカですって!」
「え・・・・ジェ、ジェシカ・・・・?」
そこでようやく我に返ったのか、ウィルは私から恐る恐る身体を放して私を見つめた。
「ウィル・・・?」
私はウィルから目を逸らさずに名前を呼んだ。一体先程の彼は・・・?私に見つめられ、途端に顔を真っ赤にさせるウィル。
「な、何だっ?!ジェシカ・・・。お、お前だったのか!な・なんで・・・その服を着ているんだよっ?!」
口元を腕で隠す様にして、顔を真っ赤に染めたウィルはバッと私から離れると言った。
「え・・?レオさんから許可を頂いたから、この洋服を借りたのだけど・・・まずかったかしら?だったら、いますぐに別の服に着替えて来るけれども・・・。」
「い、いや。別に着替えなくたっていいさ・・・。良、良く似合ってるし。」
ウィルは私に背中を向けると言った。だったら、私もここは素直に礼を言っておくべきだろう。
「ありがとう。」
ニコリとほほ笑んだ言った。
「フ、フン。大体お前は起きるのが遅すぎだ。いつまで寝てるんだよ。」
ウィルは腕組みをすると、ドカッと椅子に座る。
「ごめんなさい。」
一応私は人質の身。ウィルを懐柔する為に極力歯向かうのは辞めておこう。
見ると何故かレオも一緒になって食卓に着く。
すると昨夜と同じ元海賊シェフがやってきた。
「お早うございます。ウィリアム坊ちゃん。今朝のメニューは坊ちゃんの大好きなフレンチトーストですぜ。」
言いながら、料理の乗った蓋を開けると、きつね色にこんがり焼け、蜂蜜のかかった見るからに美味しそうなフレンチトーストが現れた。
「わあっ!美味しそうっ!」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
「そりゃそうさ、うちのコック長の腕前は素晴らしいんだぜ。」
ウィルは誇らしげに言う。レオも私と同じ食卓に着いた。
コック長は3人前の料理をテーブルに並べると、部屋を出て行った。
「レオさんも一緒に食べるのですか?」
「ああ、ジェシカを待っていたら食いそびれちまったからな。」
「そうなんですね・・・。それ程待たせちゃったんですか?ごめんなさい。」
レオにも反抗的な態度を取ってはまずいだろう。素直な気持ちで謝っておこう。
「何だ?さっきとは違って随分しおらしいなあ。」
レオは面白そうに私に言う。
「さっき?一体何があったんだ?」
そこへウィルが口を挟んできた。
「ええ、私が着替えをしようとしているのに彼がちっとも出て行こうとしないので、ちょっとその辺にあった燭台を彼に投げてぶつけようとしただけよ。」
さらりと言うと、これに驚いたのはウィルの方だった。
「な・・何だって?!レオッ!お、お前・・・な、なんて事をしようとしてたんだっ?!」
「まあまあ、ボス。落ち着いて下さいよ。ほんの軽いジョークですって。」
レオは軽いノリで言うが、ウィルは少しも気が収まらない様だ。
「い、いいか?!お、男が女の着替えを覗こうなんて、さ・最低な行為なんだからな?!」
「やっぱりまだまだお子様ですね~ボスは。」
食事を口に運びながら言うレオ。
「そんなんじゃ、いつまでたっても大人になれませんぜ?恋人だって作れませんよ?」
「う・煩い!黙れっ!よ、余計なお世話だっ!」
何故かムキになって起こるウィル。
う~ん・・・どんどん話はおかしな方向へずれていくなあ・・・。
私はこの2人の事は無視して、食事に集中する事にした―。