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第4章 1 囚われたジェシカ

1

 ザザーンザザーン・・・。

何処かで波の音が聞こえる・・・。

え?波?!

私の意識はそこで一気に覚醒した。目を覚ますと私は床も、壁も、天井も木で覆われた部屋の中にいた。広さは・・・10畳ほどだろうか?

簡易的なベッドで壁には丸い窓が幾つも備え付けられている。部屋の中は大きく揺れている。ま、まさか・・・ね・・・。

急いで窓に駆け寄り、覗き込むと窓の外の世界は一面が海の大海原。

私は完全にパニックに陥ってしまった。


 嘘だよね?私は昨夜、部屋のホテルで眠っていたはず。それが何故海の上にいるのだろう?大体実家に里帰りをするのに船を使うなんて一言も聞いていない。車と飛行船での移動だとばかり思っていた。

第一ジェシカの住んでいた国はセント・レイズ学院のあるこの場所から船は出ておらず、交通手段は列車と飛行船の設定にしてあったはずだ。


 完全に今自分が置かれている立場を理解出来ずに私はパニックを起こしていた。

そうだ、マリウスは・・・マリウスは何処に居るのだろう?こんな質の悪い事をするのはあの男以外にあり得ない。

「この部屋の・・で、出口は・・・?」

キョロキョロ見渡すと、自分から見て前方の右端にドアを発見した。

けれども幾らドアノブをガチャガチ回してみても、一向にドアが開く気配が無い。

開かない・・・?

「ね、ねえ?!嘘でしょう?マリウス!そこにいるんだよね?こんな悪ふざけしないでこのドアを開けてよ!」

ドンドンとドアを叩き続け得ると、ようやく外側から誰かがガチャガチャと鍵を回すような気配を感じ、乱暴にドアが開かれた。


「うるせえぞ!大人しくしやがれっ!」


え・・・?誰・・・?

ドアを開けた男は年齢は30代位だろうか?顔には無精ひげを生やし、髪の毛はボサボサの上、ヨレヨレのロング丈のフロックコートからは皮のブーツが覗いている。


「ふん、ようやく姫さんが御目覚めって訳か?」


さらに、男の背後からは私を怒鳴りつけた男よりは大分若そうな男が顔を覗かせた。

前髪は全て上に上げ、長い髪の毛は後ろで1本に結わえている。

中々整った顔立ちの青年ではあったが、左頬には大きな傷跡が付いていた。

この男は、真冬の海の上だというのに白いシャツに皮のベスト、サスペンダー付きのズボンにやはり皮のロングブーツを履いている。


 な、何?この目の前にいる男達は・・・?まるで海賊のように見える。

それにどうして私はこんな船の上にいるのだろうか・・・・おまけに肝心のマリウスの姿が見当たらない。

「あ、あのマリウスは?マリウスは何処に居るのですか?彼を呼んで下さいっ!」

恐怖を押し殺して彼等に懇願する。


「ああ?マリウスだあ?誰だそいつは?」

ボサボサ頭の男が首を傾げた。

え?どういう事?彼等はマリウスの事を知らないのだろうか?

一気に全身に緊張が走る。


「姫さん・・・訳が分からないって顔しているな?」


頬に傷のあるロングヘアの若い男は扉によりかかり、腕組みをしながら私を見ている。

「・・・あ~そうか、きっとこれは夢ね。夢に決まっているわ。それにしても何てリアルな・・・。」

絶対これは夢だろうと現実逃避しようとした私だが、ボサボサ頭に怒鳴られた。


「夢なんかじゃねえよっ!この能天気女めっ!」


「キャッ!」

いきなり怒鳴りつけられ、私は肩をビクリと震わせて思わず床の上に座り込んでしまった。


ボサボサ頭の男は座り込んでしまった私に素早く近付くと、左手首を乱暴に掴み、ドスの効いた声で言った。


「いいか?俺は例え女であろうと、ふざけたことを抜かす野郎は許せねえんだっ!」


男は私の左腕を思い切り捩じ上げる。


「す、すみません・・。」

余りの痛みに半分涙目になって顔を歪める。痛いと言う事は・・・これが夢では無いと言う事を改めて思い知らされる。でもまだ私は自分が置かれている立場が全く理解出来ず、未だに自分の身に起きている事が信じられなかった。


「おい、あまり乱暴に扱うなよ。大事な商品に傷を付けようものならボスに何を言われるか分かったもんじゃ無いだろう?」


ロングヘアの男は溜息をつくと、ズカズカと私の傍に歩み寄って来た。


「チッ!!」


ボサボサ頭は舌打ちをすると乱暴に私の手を振り払う。


私は男に握られた手首を押さえていると、ロングヘアの男は座り込んでしまった私の前にしゃがむと言った。


「悪かったな、ジェイソンはちょーっとばかし乱暴な所がある男だからよ。」


そして私の左手首を手に取ると言った。


「あ~。こいつはかなり腫れてるな。よし、後で俺が湿布薬を貼ってやるから、暫くはこの中で大人しくしてろよ?」


そして私の右肩にポンと手を置くと、ジェイソンと呼んだ男の方を振り向いた。


「おい、それじゃ行くぞ。」


 そして2人はそのまま私の方を振り向きもせずに船室から出ると、ガチャガチャと鍵を回すような音が聞こえ、足音が遠ざかって行った・・・。


 え?何・・・?商品って何の事?ま、まさか・・・私が商品だって事なの?それにボスって誰?彼等は海賊なのだろうか?ホテルの部屋で眠ってい間に海賊のボスに捕まってしまったのか?


 一体今は何時なのだろうか?この船室には時計が無いから確認のしようがない。

男達が去ると、少し気が緩んだのか、寒さを徐々に感じるようになってきた。

私の今の格好は寝る時に着ていた部屋着だ。これでは海の上では寒いはず・・・。

ホテルに置いておいた手荷物すら無いので着替える事が出来ない。


「さ、寒い・・・・。」

私はベッドで寝かされていた時にかけていた上掛け布団を持って来ると頭から被って縮こまった。

どうして私は今こんな船の上に囚われているのだろう?眠っている間に自分の身に何が起こったのか全く分からないことに恐怖を感じている。

肝心のマリウスはいないし、私は不安で押しつぶされそうになっていた。

商品・・・ま、まさか・・・ここは確かに小説の世界ではあるけれど、その小説の世界にあるように、奴隷として何処かに売られてしまうのだろうか?


 幾ら何でも酷すぎるっ!私は小説の中で海賊が出てくる話など書いた事も無い。

ましてやジェシカが海賊に捕まる話なんて・・・っ!

そんな事ばかり考えていたのだが・・やがて私は自分の身体の異変を感じ始めた。


「頭・・・痛い・・・。」

頭痛が起こり始め、ますます身体は寒さを感じ始めて来た。そして徐々に沸き上がる胸のムカつき。気分はどんどん悪くなっていく。

「き、気持ち悪い・・・。」

吐き気がし始めて来た私は、バケツか洗面器でも無いかと吐き気と戦いながら辺りをくまなく探した。

すると、丁度良い具合の木の樽が見つかったので私はその中へ吐いてしまった。

でもいくら吐いても治まらない。苦しくて苦しくてたまらない。目には涙が浮かんできた。

苦しい・・・誰か・・助けて・・。


 その時、突然船室のドアが開けられたが私は樽の中から顔を上げる気力も出ない。


「お、おい!大丈夫かっ?!」


あの声は・・・?朦朧とする意識のなか、誰かが私の背中をさすりながら言った。


「今日は揺れが酷いから・・・気になって様子を見に来たんだが、やはり船酔いしてたか・・。悪かったな、もっと早く気付いてやれば良かった。」


 私は黙って男の声を聞いていた。ああ、この声は私を気にかけてくれた男だ。様子を見に来てくれたのか・・。

しかし、私は返事が出来ない。断続的に襲ってくる吐き気と戦うのが精一杯だった。


男は私の背中をさすりながら言う。


「よし、吐くだけ吐いちまえ。うん、そうだ。よし、あらかた吐き終わったようだな。ほら、これを口に入れろ。」


男は私を起こすと、布で私の口元を拭いて口の中に何かを入れた。

「?!」

突然口の中が火を吐くのでは無いかと思う位の辛みを感じる。

か、辛い・・・っ!それに、鼻の中で感じるこの匂いは・・・?


「唐辛子とミントの葉をすりつぶしたものだ。船酔いに良く効くんだぜ?」


男は私の頭を支え、驚くほどやさしい声で言った。

ひょっとすると、この人物は海賊ではあるかもしれないけれど、根はいい人物なのかもしれない・・。

私は朦朧とする意識の中で思った。


「ほら、後はベッドに横になれ。歩けないか?よし、俺が抱えて運んでやるから。」


そいう言うと私を抱え上げ、ベッドまで運んでくれると寝かせてくれた。


「ちょっと寒いかもしれないが、頭は冷やしておいた方がいいんだぜ。」


言いながら、何処から持って来ていたのか濡れタオルを私のおでこの上に乗せた。


「時々様子を見に来るからな。安静にしてるんだぞ?」


そいう言うと男は船室を出て行った。今度は鍵をかけずに・・・。

恐らく私が船酔いで逃げる気力も無い事を知ったからだろう。

今は自分の置かれている立場を考えるよりは、早くこの船酔いを治さなくては。

そして私は目を閉じた―。




2


次に目が覚めた時・・・大分私の吐き気は治まっていた。まさか唐辛子とミントの葉で船酔いが治るとは思いもしなかった。

その時ふと、気が付いた。

掛け布団の枚数が増えていた事、そして枕元にはペパーミントの葉が置かれていた事。おまけにいつの間にか左手首には湿布薬が貼られていた。

これは一体・・・?


 船室の窓からは夕日が差し、部屋の中を照らしている。私は窓に近付き外の景色を眺めた。空は夕焼けのオレンジ色に染まり、海も綺麗なオレンジ色に染まっている。

「綺麗・・・。」

こんなに美しい景色を見る事が出来るなんて・・・。私は自分が囚われの身である事をすっかり忘れ、いつまでもその景色を眺めていた。


 やがて空が徐々に夜の帳がおりてくる頃、足音が近づいてきて誰かがドアを開けて部屋の中へと入って来た。すると、途端に部屋の中がぼんやりと明るくなる。


「ああ、目が覚めていたのか?悪かったな。様子を見に来るのが遅くなっちまって。」


船室はすっかり暗くなり、私の位置からは僅かな月明かりでしか姿が見えないが、その声はもしや・・・。


「あの、貴方は私を介抱してくれた方ですか?」


「介抱?ああ、そんな大げさなもんじゃ無いけどな。」


男はアルコールランプを持って部屋へとやってきたのだろう。


「いえ、でも私が船酔いで苦しんでいる所を助けていただき、本当にありがとうございました。」

素直な気持ちで頭を下げて礼を言うと、男は意外そうな顔をした。


「姫さん・・・あんたって変わってるなあ。俺達はあんたを誘拐した悪~い海賊なんだぜ?それなのに礼を言うなんて理解出来ないな。」


 何故か私を姫と呼ぶ男。

男はお道化たように言うと、船室に備え付けてあるテーブルにアルコールランプを置いてくれた。

オレンジ色の光が船室を照らし、そこでようやく私ははっきりと男の顔を確認する事が出来た。


 男は左頬に大きな刀のような傷があったが、かなり端正な顔つきをしていた。それによく見ると年齢もまだ私とあまり大差ないかもしれない。


「何だ?そんなに俺の顔を見て・・・。ああ、この傷が気になるのか?」


自分の傷に触れながら私に尋ねて来る。


「い、いえ。そんなではありません。・・・すみません。不躾にジロジロ見てしまったようで。」

男と目が合わないように視線を逸らして私は謝罪した。


「ところで、どうだ?気分の方は?起き上がれるようになった・・・って事は少しは具合が良くなったって事か?」


私を気遣うように声をかけて来た。


「ええ、お陰様で具合はすっかり良くなりました。色々ご迷惑をおかけしてしまって・・・本当にお世話になりました。」


「クックックッ・・・ま~た、姫さんは俺のような人間に礼を言う・・・。大体、あんたみたいな人間が俺のような輩にペコペコ頭を下げるなんておかしな話だ。あんたはお高く留まった貴族達とは偉い違いだな?」


男は心底楽しそうに笑う。


「な、何がおかしいのですか?それに私は姫と呼ばれるような立場の人間ではないですよ?」


「でもあんたは王族の次に権力を持つ公爵家なんだろう?」


え?何故この男は私の身分を知っているのだろうか?緊張が走る。

男はそんな私に気が付いたのか、にやりと笑うと言った。


「まずは自己紹介でもしようか?俺の名前はレオだ。一応、よろしくってところかな?」


「分かりました。レオ・・・さん。私の名前は・・。」


「ハハハハッ!レオさんか。今までそんな風に呼ばれた事は一度も無かったぜ。ああ、それとあんたの名前は知ってるぜ。ジェシカ・リッジウェイ?」


「ど、どうして私の名前を知ってるんですか?それに公爵家の人間だと言う事も?!」

私は驚いて思わず大きな声をあげてしまった。ところがレオは私の質問に答えずに、いきなり私の顎をつまんで自分の方を向かせると言った。


「それと、あの時言った台詞を訂正させて貰うぜ。ジェシカ、あんたは俺達の商品ではなくて大事な人質だ。手荒な真似はしたくないから大人しくしてて貰うぜ。」


レオは何が嬉しいのか不敵な笑みを浮かべると言った。


「ひ・・人質・・・?」

一体どういう事なのだ?だれかが私を嵌めて、海賊たちに誘拐させた挙句何者かを脅迫しようとしているのだろうか?


「だ・・・誰が私を誘拐させたの・・・?」

震える声で尋ねると、レオは言った。


「さあな。そんな情報を俺達が教えるとでも思うのか?まあ大人しくしていれば悪い事にはならないから、いい子にしてるんだぜ?」


そこまで言うとレオはようやく私の顎を放した。


「あんたの見張りは俺と・・・さっきの男、ジェイソンが交代でやる事に決まった。いいか?俺は優しい男だが・・・ジェイソンは違う。奴の前では余計な事を話したり反抗的な態度を取らないようにな?これは俺からの忠告だ。じゃあな。」


レオは私を残すと出て行った。

そして彼と入れ替わるようにジェイソンが現れた。


「おい、お前。ランプを持ってついて来い。」


顎でしゃくるように私に指示を出してくる。

ここは大人しくしている方が良さそうだ・・・。そう思った私はランプを手に取ると黙ってジェイソンの後を付いて行く。


 ジェイソンの後に続いて廊下を歩いて行くと、彼はドアを開けた。

そこは甲板で、月明かりの中に照らされて眼前に島が見えた。

周囲を見渡すと若い男から年寄りまで・・20人程の男達が甲板に立っており、誰もが私をジロジロと見ている。

彼等も海賊なのだろうか・・・?


 その時だ。

誰かが大きな声で私に声をかけてきた。


「ようこそ、俺達の船に。歓迎するぜ?ジェシカ・リッジウェイ。」


「え?!」

慌てて声のする方角を見ると、1人だけ身なりの良い恰好をしている人物が立っていた。羽の付いた三角帽子に、来ているフロックコートには金に輝くボタンが縫い付けられている。ボトムはビロードのような生地で出来ていたし、膝上までの皮のブーツには、やはり足首に羽飾りが付いていた。


 何て派手な衣装なのだろう・・・。まるでコスプレの様だなあ・・・。未だに私は他人事のように現在の状況を把握しきれていなかった。


「どうした?恐怖で声も出ないのか?」


 再び男が声をかけてくるので、私は顔を上げてようやくボス?の顔を見た。

え・・・?この男が、海賊のボス・・?

クセのある金色の巻き毛。月明かりの下でも分かる程に、海の上にいる割には白い肌。そして一番驚いたのが・・・。


「ね、ねえ・・・。本当に貴方が・・・海賊のボス・・なの?」


「何だ?俺がボスでは何か問題でもあるのか?」


何やら不服そうに口を尖らせて言う。


「不服も何も・・・。」

嘘だ、本当にこの人物が海賊のボスなんて。だって、どうみても・・・・。

まだ子供じゃないのーっ!!


 私の見る限り、年齢的にはまだ13~15歳程度では無いだろうか?

身長だって私と大して変わり無い。しかし、私はここでハッとなった。

もしかするとこの人は本当は大人だけど、身体の成長が止まってしまったか、極端に遅い体質の人間なのかもしれない。

けれど・・・・・先程聞いた声はどうみても声変わりの途中の様にも聞こえた。


 確かめたい。

彼が大人なのか、それとも子供なのか・・・。

ゴクリと息を飲むと私はアルコールランプを手に持ったまま、無言のままボスに近付く。


「お、おい?何だよ?!」


ボスの焦る声が聞こえる。

周囲の海賊達も私の突然の行動に驚いているのか、誰もが唖然として動けないでいた。

やがて彼の眼前迄来た私は足元にアルコールランプを置くと、両手で彼の頬に手を添えて、その顔を覗き込んだ。

・・・・やっぱり・・・。

月明かりの下なのでよく見えなかったが、彼の頬にはうっすらとそばかすがあった。

間違いない。

彼はまだ少年だ―。



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