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第3章 4 抱擁

1


 暇だ・・・・。女子寮の中はもぬけの殻。

図書館で本を借りたくても、もう休みに入っているので中に入る事も出来ない。

それにしても、あの抜かりの無いマリウスが車の手配が遅れてしまう事等あるのだろうか?

私はベッドに寝転がりながら、今日何度目かの欠伸をした。

せめてネットでも使えれば・・・。私はデスクの上に置かれているノートパソコンに目をやる。けれど電源は入れども、ネット環境はオフライン。全く使えない。

男子寮にはどれくらいの人数が残っているのだろうか?

ダニエル先輩はもう里帰りをしたのだろうか?

それよりも今自分が一番心配している事は、今夜もこの寮で1人きりで夜を過ごさなければならないと言う事。

昨夜はダニエル先輩が付いていてくれたから良かったものの、今夜は本当に1人でこの女子寮で過ごさなければならない。

マリウスは一体今どうしているのだろう?これはもう、一言マリウスに物申さなければ気が収まらない。


「よし、男子寮に行ってみようっ!」


私は声に出して立ち上がると、上着を着て男子寮へと向かった。



「え~と、マリウス・グラントさん・・・1年生ですね。」


40~50代位の寮夫さんが名簿を探している。


「ああ・・あった。ありましたよ。では彼氏さんがいるか呼んできますね。」


寮夫さんは椅子から立ち上がると言った。

は?彼氏?何だかものすごく勘違いされている気がする。だけどマリウスが彼氏なんて不本意だ。

廊下を歩いてゆく寮夫さんに私は大きな声で呼びかけた。

「あの、その人は彼氏では無いですからね?!」

こんな事言っても無意味かもしれないが、どうしても一言物申したかった。

でもきっと聞こえていないだろうな・・・・。



「え?いない?」

マリウスの部屋から戻って来た寮夫さんの話に私は問い返した。


「はい、いくらノックしても呼びかけても返事がありませんでした。」


「そうですか・・・ありがとうございます。」

お礼を言うと、私は男子寮を出た。


「何さ。マリウスったら。一体何処へ行ってしまったのよ。私を放っておいて・・・。」

私は立ち止まると目前に迫る女子寮を見つめた。

「1人で女子寮にいるの怖いな・・・。セント・レイズシティの宿にでも泊まろうかなあ・・。」

ポツリと呟く。

「うん、やっぱりそうしよっ!」


思い立ったらすぐ行動あるべし。女子寮へ戻ると小さなボストンバッグを引っ張り出して、1日分の宿泊の荷物を詰め込む。

どんな宿に泊まろうかなあ。お洒落なホテル?それとも食事が美味しい宿がいいかな?軽くスキップしながら私は門へと向かった。


セント・レイズシティへ来ると私は宿を探し始めた。

町は相変わらずの賑わいで、人々が往来を行き来している。

そう言えば、私は宿屋が何処にあるのか全く知らなかったんだっけ。こういう時は町に詳しい人に聞けばいいよね。

そこで私は「ラフト」のお兄さん、マイケルさんを訪ねてみる事にした。



「こんにちは、マイケルさん。」


マイケルさんは丁度屋台の準備の為にやって来たばかりの様だった。


「やあ、お嬢さん。ごめんよ、ラフトを買いに来てくれたのかな?まだ開店準備中なんだよ。」


笑顔で答えるマイケルさん。


「いえ、そうでは無いんです。あ・勿論ラフトは食べたいですけど・・・マイケルさん。私宿屋を探しているんです。何処か良い所知りませんか?」


「え?宿屋かい?う~ん・・・そうだな・・・。お嬢さん1人で宿泊するのかな?」


「はい、実は学院が冬期休暇に入って女子寮に残っているのは私1人なんです。流石に女子寮に1人残るのはちょっと怖くて・・。」


「ああ、そういう事なのか。だったら・・・時計台の近くにあるホテルがいいかもね。あそこは設備も綺麗だし、1人で宿泊する女の子に丁度良いかもしれないよ。」


マイケルさんが差した方角には大きな時計台が見えた。

へえ~そう言えば時計台なんて一度も言った事が無かったな。ホテルの部屋が取れたら一度行って見るのもよいかも・・・。


マイケルさんにお礼を言って時計台を見ながら往来を歩いていると、斜め前方の路地にフードを被った人物が何やら柄の悪そうな若い男達に現金を手渡しているのを見た。本来の私ならそんな事気には留めないのだが・・・フードからチラリと見えた人物を見て私は驚いた。

う・・・嘘・・?あれは・・マリウス・・?

間違えようが無い。特徴のある銀の髪にスラリと伸びた身長。フードで顔を隠してはいるが、あの悔しいほどに美しい顔はマリウス以外の何者でもない。

マリウスと数名の男達の間だけは何だか不穏な空気が流れている。


え・・・?あんな所でマリウスは一体何をしているの?

何だか見てはいけないものを見てしまったようで、私は背筋が寒くなった。

声をかけようか躊躇したが、厄介ごとに巻き込まれたくはない。

私は逃げるようにその場を後にした・・・・。


 

 マイケルさんの言った通り、時計台のすぐそばに近代的な白い建物が建っていた。

中へ入り、カウンターで一部屋空いてるか尋ねた所、1人部屋は空きがなかったけれども2人用の部屋は空室があったので、そこの部屋を借りる事にした。


案内された部屋はダブルサイズのベッドが置いてあり、部屋は白を基調とした清潔感溢れる部屋で、窓からの景色も良かった。しかも食事が美味しいと評判のホテルだったようである。

部屋にボストンバックを置くと、貴重品が入ったショルダーバッグを持ち、私は再び部屋を後にして、観光がてら時計台に登ってみる事にした。



 時計台は螺旋階段になっており、10階建ての高さがあった。

し、しかし10階分昇るのは辛い・・・。

何とか息を切らしながら登り切った私は塔の上から町を見下ろした。


「うわあ・・・いい眺め・・・。」

私は感嘆の声を上げた。

時計台には鐘つき台もあり、誰でも自由に鐘を鳴らす事が出来るようになっていた。

ふと周りを見渡すと、あちこち若いカップルだらけ。はて・・?何故なのだろう。

よく見ると1人きりで昇って来たのは私だけである。

「何でかなあ・・?」

ポツリと小声で呟くと、背後で声がした。


「当たり前だろう?ここはカップルで昇る場所なんだからさ。」


ま、まさか・・・この声は・・・・っ!

慌てて振り向くと、やはりそこに居たのはノア先輩だった。


「ど、どうして・・先輩がこんな所に・・・?」

昨日の記憶が蘇り、ノア先輩に恐怖を感じていた私は後ずさると言った。


「何故かって?だって君は今日男子寮にマリウスを訪ねて来たじゃないの。」


知っていて当然だとでも言わんばかりの口調に私は焦った。

まさか、そこから私の後をつけていたのだろうか?


「さ、ジェシカ。僕と一緒に鐘を鳴らそうか?」


私の返事も聞かずにダニエル先輩は腕を掴んで引き寄せると、強引に紐を持たせて2人で一緒に鐘を鳴らされた。


ゴ~ンゴ~ン・・・・


「アハハハ・・・君とこうして鐘を鳴らす事が出来たなんて夢みたいだいよ。」


意味深な台詞を言う先輩。


「・・・・どういう意味ですか?」

警戒しながら私は尋ねた。


「ああ、君は知らないんだね。この時計台の鐘には言い伝えがあるんだよ。一緒に鐘を鳴らした相手と生涯幸せに暮らしていけるってね。」


無邪気に微笑むノア先輩。

「それは・・・・・只の言い伝えですよね?」


「うん、そうだね。」


「わたし・・・そういうの、あまり信じないタイプなので。」

それだけ言うと、私は踵を返して階段を降り始めた。


「え?今登ったばかりなのに、もう降りちゃうの?」


私の後を追い縋るように付いて来るダニエル先輩。


「はい。別にいいんです。暇つぶしに登っただけですから。」


「ふ~ん・・。」


ノア先輩はそれだけ言うと、黙って私の後を付いて来る。無言で降り続ける私達。

やがて一番下まで降り、先程のホテルへ直行すると何故か付いて来るノア先輩。



「あの・・・・。ノア先輩。」

私はホテルの入口で振り返ると言った。

「いつまで後を付いて来るおつもりですか?」


「アラン王子も、ダニエルも君と一晩一緒に過ごしたんだろう?だったら僕にだってその権利を与えてくれてもいいんじゃないかなあ?」


怪しく笑うノア先輩。その瞳には狂気めいた光が宿っていた―。





2


え?何故ダニエル先輩が私の部屋に泊まった事を知っているのだろうか?先輩が喋ったのか?

警戒するようにノア先輩を見つめると彼は言った。


「ああ、何故ダニエルがジェシカの部屋に泊まった事を知っているのか不思議に思っているんだね?」


先輩の言葉に私は頷いた。


「ダニエルが怪しい動きをしているようだったから、彼にマーカーを付けておいたのさ。」


え?マーカー?も、もしや・・・。

「そ、それはマーキングの事でしょうか?」


「うん、似たようなものだね。」

それを聞いた私は一瞬よろめいた。

そんなまさか・・・。2人はマーキングをし合うよな仲だったのか・・・?だから最近急接近を・・・。それにしても以外だ。でもお互い美系同士だから、それはそれで絵にはなるかも・・・?私は2人の関係を想像して、頷いた。

な~んだ。今は男性に興味があるならノア先輩は別に危険人物では無いか。

でも小説の中ではそんな設定は無い。もしや、まるで悪女のソフィーに幻滅して・・・。


「ねえ、どうしたの?さっきからブツブツ独り言を言って。」


ノア先輩が私の顔を覗きこんできた。


「い、いえ。何でもありません。」


「それじゃあさ、外は寒いからホテルに入って2人で温め合おうよ。」


冗談にしては質が悪い事を言う先輩だなあ。

「お断りします。」

即答する私。


「何故?!」


かなりショックを受けたかのような反応をする先輩。意外な程反応してるなあ・・。私はため息をつくと言った。

「何故ノア先輩が私の所に来たのか、理由が分かりました。いいですか?昨夜確かにダニエル先輩は私の部屋で一晩一緒に過ごしました。」


「・・・そんな事、もう分かってるよ。」


不機嫌そうに言うノア先輩。


「ですが、安心して下さい。」


「え?」


「昨夜、私とダニエル先輩の間ではノア先輩が心配しているような事は一切ありませんでしたから。」


黙って私を見つめるノア先輩。


「応援してますから。」


「はい?」


ここでノア先輩が訳が分からないと言うような表情になる。え?何かマズイ事をいってしまったのだろうか?


「好きなんですよね?・・・・・ダニエル先輩の事が。」


「はああ?!ジェシカ、一体何を言ってるのさ?!」


「え・・・?ノア先輩とダニエル先輩は・・恋人同士なんですよね?」


その言葉を聞き、顔色を変えるノア先輩。


「ねえ、ジェシカ。君、本気でそんな事言ってるの?僕が?ダニエルを好きだって?

冗談じゃないっ!僕は生まれてこの方男を好きになった事なんて一度も無いからな!」


私の両肩を掴んでガクガク揺さぶるノア先輩。


「お、落ち着いて下さい・・・。ノア先輩。」

肩を揺さぶられながら、何とか先輩を宥めた。ノア先輩は深呼吸すると言った。


「大体、どうして僕とダニエルが恋人同士だなんて思ったのさ。」


私を恨めしそうな目つきで見る。


「だ、だってダニエル先輩にマーキング・・したんですよ・・ね?」


「マーキングじゃなくて、マーカーだけどね。ダニエルが履いている靴に相手の居場所を知らせる魔法をかけといたのさ。」


え・・・?靴に?


「大体、マーキングにしたって似たようなものさ。相手の身体の一部に触れて魔法をかけるだけなんだから。それが掌だろうと、頭だろうと、何処だっていい。ねえ、君は何かマーキングについて誤解していない?」


「だ、だってマリウスは・・・。」

マリウスはいつもマーキングと言っては私にキスをしてきたではないか。だからてっきり相手にキスをしなければマーキングをかけられないと私は思っていたのだ。


「マリウスがどうしたのさ?」


再び私の両肩に手を置き、尋ねてくるノア先輩。

「・・・・。」

言えない、言える訳が無い。私は口を閉ざした。


「早く教えないと他の連中にアラン王子との事・・・。」


「わ・・・分かりました!言います、言いますから!」

必死でノア先輩を止めた。


「マリウスは・・・いつも私にマーキングをかける時は・・そ、その・・キスを・・。」


「何だって?」


ピクリと反応するノア先輩。あ、マズイ。また危険な目付きになってるよ。


「待って、ジェシカ。マリウスはマーキングと言っては君にキスをしてきたんだね?」


言いながら、先輩は私の肩を掴む手に力を込めてくる。

い、痛い・・・。私は痛みで顔をしかめる。


「そこ迄にして頂きましょうか?ノア先輩。」


「マリウス・・・。」


憎悪を込めた目でマリウスを見るノア先輩。

マリウスは大股で私達に近づくと、ノア先輩の手を払いのけると言った。


「私の大切なお嬢様に狼藉を働くのはやめて頂けますか?」


私を腕に囲い込むと冷たい声でマリウスは言った。


「狼藉を働くだと?君の方が余程ジェシカにとって危険人物だと思うけど?」


ノア先輩はマリウスを指差しながら言った。


「マリウス、君はマーキングと称してジェシカにキスをしていたらしいじゃないか?本来、マーキングはそんな事をしなくてもかけられるのに・・・。」


え?私はノア先輩の言葉に耳を疑った。一体どういう事なのだろう?

「マ、マリウス・・・今の話しは本当なの・・・?」

マリウスを見上げながら恐る恐る尋ねた。


「ええ、そうですよ。」

 

マリウスは悪ぶれもせず、笑みを浮べる。

な?!なんて男なの・・・!私はカッとしてマリウスに言った。


「酷いじゃないの!今迄私を騙していたのね?!キ、キスしなくてもマーキング出来たんでしょう?!」


私は真っ赤になってマリウスに抗議した。


「ええ、確かにそうですが決して嘘をついていた訳ではありません。一番効果があるマーキング方法は相手にキスをする事なのですよ。と、言う訳で・・・ノア先輩。」


マリウスは再びノア先輩を睨みつけると言った。

「これ以上、私の大切なお嬢様の傍をうろつくようなら・・・容赦しませんよ?」


私を腕に捉えながらマリウスは怒気を込めた声でノア先輩に言い放つ。


「ク・・・。」

 

悔しそうな表情を浮かべてノア先輩は帰って行った。


「さて、お嬢様。今夜はここのホテルに泊まるのですか?」


マリウスは、私の方を振り向くとにこやかに微笑んだ。

「そ、そうよ!大体女子寮は、もう誰もいないのよ?あんな広い寮で夜独りきりで過ごせるわけ無いでしょう?」

半ばマリウスを責めるように言う。


「それは申し訳ございませんでした。お嬢様を不安な気持ちにさせてしまいまして。では参りましょうか?」


マリウスは当然の如く私の腕を取ると、ホテルの中へ入って行く。しかも教えてもいないのに私の取った部屋の前で足を止めた。

え?ちょっと待って。

「ねえ・・・何故私の部屋を知っているの?」

するとマリウスは意味深に微笑む。


「当然です。私はお嬢様の事なら何でも知っていますから。」


マリウスの言葉に私は身体中に悪寒が走る。やだ、怖いっ!目の前に立つこの男はストーカーだっ!逃げたい逃げたい逃げたい・・・。

私のそんな気持ちを知ってか、知らずかマリウスは言った。


「さあ、お嬢様。中へ入りましょう。寒い外にいてすっかり身体が冷えておりますよ。」


私の背後に立ち、耳打ちしてくるマリウス。ブワッと鳥肌が立つ。

「も、もう大丈夫だからマリウスは寮に帰ってよ。」

マリウスの胸元を押す私に彼は言った。


「何を仰るのですか?私も今晩はこちらに宿泊致しますよ。」


「な、何を言ってるのよ!ホテルに泊まるんだから、もう大丈夫に決まってるでしょう?!大体貴方何も準備してないじゃない。」


「いいえ、してありますよ。」


マリウスの台詞に私は彼の足元を見て絶句した。何故ならマリウスはボストンバッグを持ってきていたのだった・・・。




3


私とマリウスはホテルの部屋の前のドアで互いに見つめあっている・・・と言うか、私が睨み付けている。

それを頬を赤らめて見つめるマリウス。・・・このシチュエーションは久々かもしれない。

「・・・ねえ、マリウス。貴方は男子寮に帰ってくれる?」


「何故ですか?だってお嬢様は1人になるのが怖くて、このホテルに泊まる事にしたのですよね?」


マリウスは首を傾げながら言った。


「そうよ、だからもう大丈夫なの。だから貴方は帰って。」


ドアを開けて中へ入り、マリウスを締め出そうとしたのだが・・・。


ガッ!


マリウスは手と足でドアが閉じるのを防ぐと、スルリと部屋の中へ入って来てしまった。


「ち、ちょっと、マリウスッ!何やってるのよ!出て行ってったらっ!」

私の声が聞こえていないのか、マリウスはボストンバッグを置くと、部屋の中をキョロキョロと見渡す。


「素敵なお部屋ですね、お嬢様。でもいささか1人で宿泊するには広すぎるお部屋だと思いませんか?その証拠に見てください。あのベッドはダブルサイズではありませんか。2人で寝ても大丈夫な広さですね?」


意味深な笑みを浮かべるマリウス。


「はあ?!」

またマリウスが何やら恐ろしい事を言って来た。駄目だ、この男はやはり危険過ぎる。こんな発情期男と等一緒に泊れるはずが無い!


「じ、冗談はやめてよっ!いいから早くマリウスは寮に戻りなさいってば!こ、これは主としての命令よっ!」

ビシイッと言ってやるが、あっさりマリウスに拒否された。


「それは無理ですね。私は旦那様からお嬢様をお守りするように言われているのです。何人からもお嬢様をお守りするのが、この私の役目。ここは寮ではありません。お嬢様の身の安全を守る為にも私はこの部屋にいるのが務めです。」


そして恭しく頭を下げる。だがしかしっ!マリウス。貴方が今の私にとって一番の危険人物。貴方がいっしょだと、私の身の安全を守れないのですけど?!

しかしマリウスは私の考えを他所に、持参して来たボストンバッグから何やら荷物を取り出して、整理を始めた。

・・・駄目だ、この男は完全にこの部屋に泊る予定だ。ならもう諦めて、これだけは伝えておこう。


「ね、ねえマリウスっ!」


「はい、何でしょう?お嬢様。」


「どうしてもこの部屋に泊るのなら・・・条件があるからね。」

私は腕組みをすると言った。


「条件とは?」


「貴方はこのソファを使ってよ。絶っ対に!ベッドには入って来ないでね!」

私はベッドを指さすと言った。


「ええ~そんな・・・。あれだけ広いベッドなのですから、私も休ませて頂けないでしょうか?」


悲しみの表情を浮かべるマリウス。思わずその顔に感情がグラリと傾きそうになったが、首を振った。いけない、マリウスに騙されては。あの男は策士だ。


「そんなにベッドで休みたいなら寮に戻ればいいでしょう」

ズバッと切り捨てるように言った。


「はい・・・承知致しました。お嬢様の仰せのままに致します・・・。」


項垂れるマリウス。少しだけ心が痛んだが、これはマリウスの魔の手から自分を守るための手段なのだ。



「お嬢様、昼食はどうされるのですか?」


荷物整理が終わったマリウスが私に尋ねて来た。


「う~ん・・そうだな・・・。」

そう言えばこのホテル、マイケルさんが教えてくれたんだっけ。お礼を伝えるついでにラフトを食べに行こうかな?その為には・・。


「ねえマリウス。今日はお互いに別行動を取る事にしましょう。」

マリウスをマイケルさんの所に連れて行けば、またどんなトラブルを起こすか分かったものでは無い。


「お嬢様・・・。」


マリウスがユラリと立ち上がって、私の方へと近づいて来た。

あ、マズイ・・・。何だか黒いオーラが立ち込めている気がするよ・・・。


ツカツカと足早にマリウスは私に近付いてくるので思わず後ずさり・・・足を滑らせ、床に転びそうになった。

いけない、転ぶ―!


「!」

マリウスが咄嗟に私の左腕を掴み、転びそうになったところを間一髪助けてくれた。

「あ、ありがとう・・・。」

礼を言うと、何故かマリウスが顔をクシャリと歪めて泣きそうな表情になった。

「マリウス・・・?」

次の瞬間私はマリウスの腕の中にいた。そしてマリウスは私を強く掻き抱くと、熱に浮かされたかのように呟き始めた。


「何故ですか・・・?ジェシカお嬢様。何故貴女は私を遠ざけようとするのですか?特定の男性達は受け入れるのに・・・!以前のお嬢様は・・・貴女みたいな方では無かったけれど、私だけのたった1人のお嬢様だった・・・。でも、私が強く惹かれるのは今のお嬢様なんです・・・!だから・・どうか拒絶しないで下さい・・・っ!」




マリウスは酷く震えていた。私にはマリウスの言っている意味の半分は理解出来なかったけれども、ひょっとすると、私が別人である事にマリウスは気付いているのでは無いだろうか?

だけど・・マリウスの締め付ける腕の力が・・・。

「マ、マリウス・・離して・・・く、苦しい・・・。」

必死で声を絞り出す私。


その声に気が付いたのか、慌てて私から離れるマリウス。


「申し訳ありませんでした・・・。」


マリウスは項垂れて謝罪した。


「い、いえ・・・。」

私もかしこまった返事をする。何だかマリウスに酷い事をしているようで罪悪感で一杯だった。私はそれ程までにマリウスを今迄傷つけてきたのだろうか?


「少し・・・頭を冷やしてきます。昼食は・・・お嬢様の仰った通り、別々にとる事に致しましょう。」


そう言うと、私が止める間もなくマリウスは足早に部屋から出て行ってしまった。


「マリウス・・・。」


私は暫くの間、マリウスが出て行った部屋のドアを見つめていた―。



「やあ、お嬢さん。ラフトを食べに来てくれたのかい?」


あれから約1時間後・・・私はマイケルさんの屋台にやってきた。マリウスが出て行った後、ひょっとすると彼が戻って来るのでは無いかと、暫く部屋で待っていたのだが一向に戻る気配が無かったので、仕方なくマイケルさんの屋台にやってきたのだ。


「マイケルさんのお陰でいいホテルに泊まれる事になりましたよ。」


「そうかい、それは良かった。はい、焼き立てラフトお待ちどうっ!」


私はジュウジュウに焼けたラフトをお皿で受け取ると、屋台用のテーブル席へ移動して、フウフウ冷ましながら口に運んだ。

「うん、美味しい!・・・マリウスにも・・食べさせてあげれば良かったかな。」

ポツリと呟く。

最期に見たマリウスの寂しげな顔がどうしても頭から離れずにいた。

「マリウスには・・色々お世話になってるしね・・・。部屋に戻ってきたら親切にしてあげないと・・ね。」


帰りに何かマリウスにお土産でも買って行ってあげようかな・・・。でもその時になって私は彼がどんなものを好きなのか分からないことに気が付いた。

一応読書が好きなのは聞いていたが、買って来たとしても同じ本を持っていたらまずいし・・・。ん?待てよ・・・?

考えてみたらこの世界は私が書いたファンタジー小説の世界では無いか。

マリウスはどんな設定キャラで書いていたっけ・・・?


しばし、頭の中を整理する。

・・・そう言えば、マリウスは銀細工のアクセサリーが好きだった。どこかで売っていないかな・・・?


私はラフトを食べ終えると、マイケルさんに尋ねる事にした。


「ご馳走様です、今日もとっても美味しかったです。」


「ありがとうな。また来年も是非来てくれると嬉しいね。」


爽やか笑顔で言うマイケルさんに私は尋ねてみた。

「すみません、この近くで銀細工のアクセサリーが売っているお店を知りませんか?」


「なら、この屋台村の外れの方に銀細工のアクセサリーを扱っているお店があるよ。」


「ありがとうございます!」

私は喜び勇んで、銀細工の屋台のお店に行って・・・・十字架のネックレスを一つ買った。

「これ・・・クリスマスプレゼントがわりに贈ればいいよね?」

独り言のように呟くと、私はポケットに包んで貰ったネックレスを入れて、ホテルへと戻って行った。


「マリウス・・・遅いな・・・。」

私は頬杖を付きながら椅子に座ってマリウスの帰りを待っていた。

あれから何時間も経過し、時刻はもうすぐ7時になろうとしている。

「私、そうとう傷つけてしまったのかな?」

溜息をつく。

「お腹も空いたし・・・食事に行こう。」

立ち上り、ホテルの部屋から出ると1階のレストランへと向かった。

メニューはグリルハンバーグステーキをチョイスする。



・・・すごく美味しかった!やはり料理が最高と言われているだけの事はあるかもしれない。

満足して部屋に戻るが、未だにマリウスの姿は無し。


「もしかして・・・男子寮へ戻ったのかな?」

そう思った私は、それならさっさとお風呂に入って身体を休めようと思い、入浴の準備をした。


「あ~、このお風呂、大きくて足が延ばせて最高っ!」

久々にゆっくり大きなお風呂に浸かった私は満足してバスルームから出て来る。

時計をチラリと見ると、時刻はそろそろ9時になろうとしている。


「マリウス・・・どうしたんだろう・・。」

これ程待っても帰ってこないと言う事は、やっぱり男子寮へ戻ったのだろうか?私はテーブルの上に置かれた包み紙をじっと見つめた。プレゼント・・・どうしようかな?


「そうだっ!」


紙とペンを持って来るとマリウスに向けて短い手紙を書いた。



少し早いけどクリスマスプレゼントです。

今日はごめんなさい。


それだけ書くと、メモ紙の上にプレゼントを置いて私は眠りに就いた・・。


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