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第3章 3 2人きりの時間

1


「おい!ジェシカッ!待ってくれっ!」


 ノア先輩の声が店の中から私を追いかけて来るが、無視して私は足早に女子寮へと向かって歩き出す。

あの2人は女心が分からないのだろうか?私とアラン王子の間で同意があっての行為なのかどうかも分からなくて、只でさえこっちは混乱しているのにあんな追い打ちをかけるような事を言って来るなんて・・・。

私は下を向いてどんどん歩いていると、突然声をかけられた。


「ジェシカ、探していたんだぞ?」


見上げると、そこに立っていたのはライアンとケビンだった。2人ともこれから里帰りなのか、大きなリュックを背負い、ボストンバッグを両手に持っている。

声をかけてきたのはライアンの方だった。


「良かった、俺達今から国境を超えるバスに乗って国に帰るんだ。でもその前にどうしても一度ジェシカに挨拶しておきたくてな。」


ケビンは爽やかな笑顔で話しかけて来る。

2人が私に明るく接してくれる様子を見ていると、何だか安心して不覚にも涙が滲んできてしまった。


「ど、どうしたんだ?ジェシカ?」


慌ててライアンが声をかけてくる。


「そうかそうか、ジェシカはそんなに俺達と暫く別れるのが辛いのか?」


よしよしと言わんばかりに私の頭を撫でて来るケビン。


「ラ・ライアンさん・・・。ケビンさん・・・。わ、私・・・。」

自分でも何を言おうとしていたのか分からないが、そこまで言いかけた時だ。


「待ってくれ、ジェシカッ!」


いつの間に追いかけてきたのか、声をかけてきたのはダニエル先輩だった。後ろにはノア先輩もいる。

嫌だっ!またこの2人は私に何か言って来るつもりなんだっ!

そう思った私は耳を塞いでケビンとライアンの背後に隠れた。


「ジェシカ・・・。」


耳を塞いで震えながら2人の背後に隠れる私を見て、ダニエル先輩は酷く傷ついた顔をしている。

ノア先輩も青ざめた顔でこちらを見ていた。


私の怯えている様子に異変を感じたのか、ケビンが2人に言った。


「おいおい、お前達。男2人でジェシカちゃんを虐めていたのか?酷い奴らだな?」


「な・・・!何だと?僕たちは別に・・っ!」


ノア先輩が声を荒げる。


「おい、あんた達はもうジェシカに用は無いはずだろう?あんた達が彼女から離れて行ったのに何故また追いかけてるんだ?ほら見ろ。可哀そうに・・・こんなに怯えているじゃ無いか。いいか?心変わりして去って行ったのはお前達の方なんだから二度とジェシカには近づくな。」


ライアンは凄みを帯びた声でダニエル先輩とノア先輩に言った。


「ち、違うっ!」


大きな声で否定するダニエル先輩。


「僕たちはただ・・・ジェシカと話がしたいだけなんだっ!ねえ、お願いだよ。もう一度君と話をさせてくれないか・・・?」


縋るように訴えて来るノア先輩。私は強く首を振った。

お願いだからもう私には構わないで欲しい。


「ほら、ジェシカが嫌がってるじゃ無いか。もう向こうへ行けよ。」


ケビンがしっしっと追い払うような手ぶりをするのを見て、ノア先輩が怒りをあらわにした。


「お、お前・・・よくも僕に向かってそんな真似を・・・。いいのかい、そんな事をしても・・困るのはジェシカの方になるよ?ねえ、ジェシカ?」


ゾクリ。背筋が凍りそうになった。ま、まさか・・・。この2人にあの話をするつもりでは・・・・。


「おい、やめろっ!」


ダニエル先輩はノア先輩を止めようとしている。


「「?」」


ライアンとケビンは不思議そうな顔をしている。


「いいかい?ジェシカはね・・・。」


私に構わず話そうとするノア先輩を私は大声で制した。


「やめてっ!!」


ギョッとして私の方を振り向くライアンとケビン。


「お願い、や、やめて下さい・・・。は、話しなら・・・聞きますから・・・。」

私は俯きながら答えた。酷い。こんなの酷すぎる。これではまるで脅迫ではないか。

でもライアンとケビンにだってあんな事知られたくない。

そうだった、忘れていた。ノア先輩はこういうキャラクターだった。目的を達成する為には人を陥れる事等造作も無いと考えている様な危険人物だ。


「そう?それならこっちへおいで、ジェシカ?」


ノア先輩は天使のように無邪気な笑顔で呼んだ。

私はまるで催眠暗示にでもかかったかのようにフラフラと2人の前に歩み出る。

ダニエル先輩は悲し気に私を見つめていた。


「ジェシカッ!何故あいつらの言いなりになっているんだ?!」


ライアンの焦る声が背後から聞こえる。


「おい、行くなよっ!ジェシカッ!」


ケビンが私の肩を掴んだが、そっとその手を私は降ろした。


「大丈夫です・・・。ほんの少し話をするだけですから。ケビンさんもライアンさんも、もう行って下さい。来学期、またお会いしましょうね。」

心配かけまいと必死に笑顔を作って2人に笑いかけた。


「ほら、ジェシカもそう言ってるんだから、あんた達はもう行きなよ。」


ノア先輩は勝ち誇ったかのように腕組みをしながら2人に言う。


「く・・・。」


ライアンは非常に悔しそうにしていたが、出発のバスの時刻が迫っているのか、腕時計を見ると言った。


「す、すまない。ジェシカ・・・。」


「ジェシカッ!何かあったら・・・分かっているだろう?」


ケビンが何を言いたいのか分かったので、私は黙って頷いた。


そして、2人は何度も私を振り返りながら去って行った。私は2人の後姿を黙って見送っていたが、やがてノア先輩が口を開いた。


「さて、ジェシカ。僕に付き合って貰おうかな?」


そう言って私の肩に腕を回してくる。

「・・・・。」

私は黙っていた。

まるでこれでは2人が初めて出会った時のような状況では無いか。


「お、おい!ノアッ!」


ダニエル先輩が非難めいた声をあげる。


「煩いなあ・・・。どうせ君も気になってしようが無いんでしょう?だったら僕についてくればいいじゃないか。」


面倒臭そうに言うノア先輩。


「あ・・・ああ。勿論。君にジェシカを任せていたら心配だからね。」


「そうかい?それじゃあ・・・生徒会室にでも行こうか?」


ノア先輩は面白そうに言う。

生徒会室?!あそこには生徒会長がいるのでは?!

「い・・・嫌っ!生徒会室にだけは・・・い、行きたくありませんっ!」

私は必死で訴えた。これ以上私のプライバシーを侵害しないで欲しい。


「何言ってるの?そんなに必死になって拒絶して・・・。ああ、もしかして生徒会長がいると思っていたのかな?それなら心配しなくていいよ。彼はもう里帰りしていないからさ。」


クスクス面白そうに言うノア先輩。完全に私をからかっている。ノア先輩は私にとって敵なのか、味方なのか・・・もう分からなくなってしまった。

チラリとダニエル先輩を見ると、心配そうに私を見ている。・・・彼ならまだノア先輩よりは信頼しても良いかもしれない。


 

「さあ、入って。」


背中を押されるように生徒会室へ入れられる。


「・・・・。」

中へ入って立ち尽くしていると、ノア先輩に促された。


「どうしたの?座らないの?」


もう逃げられない・・・。私は覚悟を決めてソファに座ると、向かい側にノア先輩は座った。

ダニエル先輩も遠慮がちにノア先輩の隣に座る。


3人が着席すると、早速ノア先輩は口を開いた。


「ねえ、ジェシカ。どうして君はアラン王子だけを特別扱いするの?アラン王子だって僕たち同様、最初はアメリア、次はソフィーに惹かれて君の傍を去って行ったよね?何故僕たちの事は受け入れてくれないのにアラン王子だけはいいの?彼と僕たちの何処が違うって言うのさ?」


「・・・・。」


隣に座っているダニエル先輩は黙ったままノア先輩の話を聞いている。

え・・?一体ノア先輩は何を言っているのだろう?確かにアラン王子の話では生徒会長を始め、先輩方はソフィーに嫌気が差したと言って、彼女の傍から離れていったとは聞いていたけれども・・・。まるで私がアラン王子だけ贔屓にしているような言い方をしている。


「ア、アラン王子は自分から私に声をかけてきたんです。ソフィーが私にした事を謝りたいと、それにソフィーの呪縛から逃れられないと言って苦しんでいました。でもノア先輩とダニエル先輩はアラン王子の話によると、彼女に嫌気がさして離れて行ったと聞いてますよ?」

私は遠回しに2人を責める言い方をした。一体ノア先輩は私に何を言いたいのだ?


「そうか・・・・。アラン王子は自分からジェシカに近付いて謝罪をしたっていう訳なんだね。」


今迄黙っていたダニエル先輩がポツリと言った。


「だけど、どうしてその事がアラン王子に抱かれた事と関係があるのさ。」


ノア先輩は不満げに私の触れて欲しくない話しを追及してくる。


「ど・・・どうしてそれをあなた方に話さなくてはならないのですか?」

震える声を押さえて、冷静に話す。


「君とアラン王子が愛し合っているから・・・なの?」


ダニエル先輩は酷く傷ついた顔で私を見つめている。

はい?私とアラン王子が愛し合っている?何故そんな話になるのだろうか?

それとも関係を結ぶのは2人の間に愛があるから、とでも言いたいのか?

確かにアラン王子は私に好意を寄せているかもしれないが、私は別にアラン王子を愛して等いない。ただ・・・あの時は自分の未来がかかっていたから。そして苦しんでいるアラン王子を何とか助けてあげたいと思っただけで、そこから先の記憶など完全に抜けている。

だけど、愛も無いのに行為に及んだ私は彼等から・・軽蔑されるのだろうか?


「ど、同情・・・だけでは駄目なのですか?」

私は声を振り絞って言う。


「「同情?」」


2人がハモる。

「そ、そうです。苦しんでいるアラン王子が私に助けて欲しいって訴えてきたんです。ソフィーからの呪縛を解けるのは私しかいないからだと・・。それに!私はその時の記憶が全く無いのですっ!」

最期は2人を睨み付けるように言った。


「え・・・?」


ノア先輩が絶句する。


「記憶が無い・・・だって?それじゃ・・無理やり・・?」


ダニエル先輩は震えている。

すると2人は突然揃って私に頭を下げた。


「「ごめんっ!ジェシカッ!」」


「え・・・?」

私は呆然と2人を見た。


「そうか、君は無理やりアラン王子に奪われたんだね?」


ダニエル先輩は私を気遣うように話しかけてきた。


「あの男・・・王子だか何だか知らないが、そんな卑劣な真似を・・・っ!」


ノア先輩は拳を握りしめている。

私は溜息をついた。ああ・・・・何だかまた厄介な事が起こりそうな気がしてきた。

生徒会室の窓から外を眺めつつ、私は思った。

早く女子寮へ戻りたい―と。




2


「アラン王子には一切、余計な事は話さないで下さい。私が何も覚えていないなんて事を知ったらアラン王子がどれ程傷つくかお分かりになりますよね?どうかお願いします。」

私は頭を下げた。

そうだ、アラン王子との経緯を全く覚えていません等と言われて傷つかないはずが無い。


「だけど・・・ジェシカはそれでいいの?アラン王子に無理やり・・・。」


ダニエル先輩が言いかけた。


「む、無理やりかどうかなんて分からないじゃ無いですかっ!そ、そもそも私はお酒に酔っていたわけでして・・確かに判断力は低下していたかもしれませんが、アラン王子が強引な事をするような卑劣な人間とは思いませんからっ。」

私はムキになって否定した。

2人とも、難しそうな顔をして黙っている。


「それと・・・他の人達にも絶対、誰にも言わないで下さい。もし言ったのなら・・私はこの学院を辞めます。」

もう一度念押しすると2人は渋々頷いた。

「それでは私はこれで失礼しますね。今日は疲れたのでもう寮で休みたいので。」


立ち上った私にノア先輩が言った。


「え?ジェシカ。国には帰らないの?」


「いえ、帰りますけど明後日になったんです。」

まだ何か言いたげな2人を残して、私は生徒会室を後にした。

疲れた・・・もう今日は寮に戻ったら寝よう・・・。


女子寮に辿り着いたが、辺りはまるで水を打ったかのようにシーンとしている。

もしかすると・・・私以外の女生徒は全員里帰りしてしまったのだろうか?

「流石にこの広い寮に1人きりは不気味かも・・・。」

思わずつぶやいていた。


自室に戻る前にチラリと寮母室を覗いて見るが、ドアが閉め切られているので、寮母さんがいるかどうかも分からない。

「全く、マリウスめ・・・。実家に帰れるのが後2日後だなんて・・・。残り2日間をたった1人でこの広い寮で過ごせと言うの・・・?。」


 学生達は終業式と共に、それぞれ実家に戻る事になってはいるが、中には帰省しない学生がいる。その学生達の為に学食は朝7時から夜の8時までは開いているので、食事に困る事は無いが・・・はっきり言って静まり返った寮にいるのは怖い。


その後、自室で本を読んだりと時間を潰してはいたのだが、時折聞こえてくる振り子時計の大きな音にいちいち反応している私。

「今夜からどうしよう・・・。1人で寮にいるのは心細いな・・・。」

自室の時計を見ると時刻は夕方の6時だ。


 風が強いのだろうか。窓がガタガタと揺れている。私は窓の戸締りをし直そうと近づいて、開けて外を見た時に驚いた。

私の部屋を見上げるようにダニエル先輩が寒空の下、立っていたのである。

「ダ・ダニエル先輩?!」

嘘!何であんな所に立っているのだろう?しかもこんな寒空の下で・・・。それに何故未だに学院に残っているのだ?

昼間の件もあり、どうしようかと思ったがこのまま黙って見過ごすわけにもいかず、私は上着を着てニット帽とストールを持つと急いで階下へと降りて行った。


私が女子寮から出て来ると嬉しそうに笑みを浮かべるダニエル先輩。

でも余程寒かったのか、唇が真っ青になって死人のようにも見える。


「やあ、こんばんは。ジェシカ。出て来てくれたんだね?」


口から白い息を吐きながら話すダニエル先輩は寒さで体が小刻みに震えている。


「何やってるんですか?こんばんはじゃ無いですよ。正気ですか?こんな真冬に薄着姿で・・・。」


私は言いながらダニエル先輩にストールをかけて、ニット帽を渡した。

「そちら、お使いください。」

ダニエル先輩は手袋すらしていない。帽子を手渡すときに触れた手はまるで氷のような冷たさだった。

「ダニエル先輩、これでは風邪を引いてしまいますよ。いつ里帰りされるかは知りませんが、お身体は労わらなくては・・・。」

言いながらダニエル先輩の冷たい手を包むと、突然身体を引き寄せられて抱きしめられた。

「せ、先輩・・・?!」

一瞬驚いた私は身を引こうとしたが、ダニエル先輩の身体が余りにも氷のように冷たく冷え切っているので、出来なかった。


「ごめん・・・。お願いだから・・・嫌がらないで・・・。」


ダニエル先輩はくぐもった声で私の髪に顔を埋めて言う。その言い方はまるで私に許しを請うような言い方に聞こえた。

先輩の身体があまりにも冷え切っているのと、まるで泣いているかのように震えている姿に、いつしか私はそっとダニエル先輩の背中に手を回していた・・・。



本当は校則違反になってしまうのかもしれないが、女子寮の学生は私を除き、全員が帰省してしまった事と、肝心の寮母すら不在と言う事で、私はダニエル先輩を自分の部屋に招き入れた。


「ねえ、本当に男の僕を女子寮へ入れて大丈夫なの?」


ダニエル先輩は戸惑いながら尋ねて来た。


「ええ、いいんですよ。どうせ今女子寮には誰も居ないんです。正直心細く感じていた位ですから。」


それも事実ではあったが、正直な所あのまま帰すにはあまりに忍びなかったからだ。

部屋に入った私は今まで一度もつかったことが無かった暖炉に初めて火を入れる。

本来なら学生寮は暖房が完備されていて、全館一定の温度になるように調整されているのだが、余りにもダニエル先輩が寒がっていたので、急遽暖炉も使う事にしたのである。

今ダニエル先輩はガタガタと震えながら暖炉の近くに座って頭から毛布をかぶり、私が淹れた紅茶を飲んでいる。

大丈夫だろうか・・・?あんなにも寒がっているのに・・。そうだっ!

私はバスルームへ向かうとコックを捻ってお湯を張る。

勢いよくお湯がバスタブへと溜まり、湯気が辺りに充満してくる。ダニエル先輩もきっとお風呂に入ればすぐに身体が温まるだろう。

バスルームからダニエル先輩の様子を伺うが、まだ寒いのだろう。

先程よりも暖炉に近付き、両手を翳している。


よし、大分お湯もたまったし・・。


私はダニエル先輩の傍まで行くと、声をかけた。

「先輩、お風呂にお湯が溜まったので、入って下さい。」


「え、ええ?!ジェシカ、それ本気で言ってるの?!」

振り向いたダニエル先輩はまだ顔色が悪い。


「ええ。本気ですよ。お風呂に入ればすぐ身体なんかあったまりますから。」

戸惑うダニエル先輩の手を両手で持って立ち上らせると、背中を押してバスルームへと案内する。


「バスタオルも用意してありますから、ごゆっくりどうぞ。」


「ね、ねえ。ちょっとま・・。」


ダニエル先輩は何か言いかけていたけれども、構わずドアを閉める。


「ふう・・・。」

私は溜息をついた。疲れたなあ・・・。

暖炉の傍にロッキングチェアを持って来ると、ひざ掛けをして先程入れたばかりのココアをフウフウ冷ましながら飲んだ。

ああ、温かい・・。それに疲れた身体に染みわたる・・・。

ココアを全て飲み終えた私はバスルームの方を伺うが、まだ先輩は出てこないようだった。

「フワアア・・・。」

急に眠気が襲った私はそのままいつしか眠っていた・・・。



カチコチカチコチ・・・・・。

ん・・・。

何故か突然目が覚めた。気が付けば私は自分のベッド中で眠っていた。

あれ・・?私どうしていたんだっけ・・・・・?

部屋の中はまだ薄暗いが、暖炉の火は消えていた。目を擦りながら手元の時計を引き寄せてみると時刻はまだ夜明け前の5時半を示していた。

「私・・・いつの間にか眠っていたんだ・・。」

ダニエル先輩は帰ったのかな・・?と、思ったが何とダニエル先輩は2人がけのソファに身体を丸めて眠っているでは無いか。


「!」

せ、先輩・・・。何故こんな狭い場所で・・・?


「う~ん・・・。」

寝心地が悪そうにモゾモゾと動き、やがて目が覚めたのか。先輩がムクリとソファから起き上がった。

そして薄暗い部屋の中で目が合う私とダニエル先輩。


「ジェシカ・・・起きてたのかい?」


「は、はい・・・。たまたま今目が覚めたので・・・。」


「ふ~ん・・そうか・・。まだ薄暗いね・・・。今何時なのかな?」


「5時半です。」


「そうか・・・。」


そこで少しの沈黙。

私は尋ねた。

「先輩・・・部屋に帰っていなかったんですね。」


「うん。この女子寮には誰も残っていないんだろう?君、心細いって言ってたじゃ無いか。」


そうか、だから残っていてくれたのか。


「まだ外は暗いから休んだ方がいいよ。夜が明けたら僕はこの部屋から出て行くから。」


言いながらコキコキと首や肩を動かすダニエル先輩。

あんな小さなソファでは背の高いダニエル先輩では辛いだろう。

私は布団を持ってベッドから降りると先輩の傍に来た。


「な、何?ジェシカ?」


驚くダニエル先輩。


「今度は私がこのソファを使うので、先輩はベッドをお使いください。」


「な、何言ってるんだよ?だってあれは君のベッドじゃないか。」

首を振る先輩。


「ええ、でも私の方がずっと背も低いですし、このソファで眠っても差し支えないです。どうぞ、使って下さい。」


「だけど・・・。」


先輩が言いかけた時。


「クシュンッ!」

私はくしゃみをしてブルリと震えた。何だか急激に寒くなって来た。


「寒いの?」


心配そうに声をかけてくるダニエル先輩。


「い、いえ。大丈夫です。先輩はもう大丈夫なんですか?」


「うん、お陰様でね。ジェシカがお風呂を使わせてくれたから。」


薄暗くて顔色が分からないが、声の感じからすると私の元へやって来た時に比べるとかなり元気になったようだ。


「先輩、こんな狭い場所じゃ眠れないですよ。私のベッドをどうぞ。」


無理矢理手を引いて立たせると、背中を押してベッドへ連れて行く。


「それではこのベッドでお休みください。」

布団を抱え得てソファへ行こうとすると、ダニエル先輩に引き留められた。


「待って、ジェシカ。」


振り向くとダニエル先輩は言った。


「一緒にこのベッドを使おう。大丈夫、絶対何もしないと誓うから。」


真剣な眼差しのダニエル先輩。


「でも・・・。」

私が躊躇うと先輩は続けた。


「ジェシカ、寒いんだろう?さっきから震えているよ?」


確かに先程から寒くてたまらなかった。


「ほら、おいで。僕を信用してよ。」


ダニエル先輩はベッドの布団をめくる。


「・・・・分かりました・・。」

私は観念してベッドへ入る事にした。


「お邪魔します・・・。」


「ハハハ。お邪魔しますって。この部屋はジェシカ、君の部屋だろう?」


おかしそうに笑うダニエル先輩。


「そうですね。」


その後・・・。

2人で無言で背中合わせに布団に入っている内に、だんだん温かくなってきて、いつの間にか再び私は眠りに落ちていた―。



3


 朝、目が覚めると今度こそ本当にダニエル先輩はいなくなっていた。

風邪引いてないといいんだけど・・・それにしても昨夜はあんな場所で一体先輩は何をしていたのだろうか?

ふと、ベッドサイドに置かれたテーブルの上に手紙が乗っているのが目に留まった。

まさか・・・この手紙を渡す為に?寮母さんが居なかったから頼めなくて私が偶然窓を開けるまであんな寒い場所で待っていたと言うのだろうか?


ペーパーナイフで封を切って、手紙を取り出した




ジェシカへ


 今日は本当にごめん。

君を傷つけるつもりなど僕には全く無かったんだ。

僕がどうしてアメリアという女性に、次にソフィーに惹かれたのかは分からない。

最初に会った時にはソフィーに対しては嫌悪感しか持っていなかったのに。


 ある日突然アラン王子がアメリアを連れて歩いているのを見た時、何故か僕の意識は一瞬飛んで、気が付いたら彼女しか目に入っていなかった。

何故なんだろう?僕はジェシカの事が好きだったはずなのに・・・。

常にアメリアと一緒に行動していたソフィー。

邪魔な女だと思っていたのに、いつの間にか僕を含めた全員がソフィーの虜になっていたんだ。


 あの雪のパレードの日、君が僕たちの前に姿を現したのを見た時は本当に驚いた。

ジェシカを見た途端、僕の意識が君の方に一気に向いたのを感じたよ。

それなのに・・・僕はまだソフィーに縛られていたのかもしれない。

だって君がソフィーの攻撃に晒されて危険な目に遭いそうだった時も、ソフィーに平手打ちされた時も身体が動かなかったのだから。


 でもようやく目が覚めたよ。

最期にソフィーに騙された男達を見た時のあの女の醜態を見せつけられた時に。

何故僕はあんな女の虜になっていたのか、自分で自分が許せなかった。


 だから、どうしてもジェシカにもう一度会って話をしたいと思っていた矢先に、君がアラン王子と深い仲になってしまった事を知り、嫉妬心からついあんな酷い態度を取って君を怖がらせてしまったね。

本当にごめん。


 もし、僕を許してくれるなら・・・友達としてでも構わないから、もう一度初めからやり直したい。


                           ダニエル・ブライアント


 私は手紙を読み終えると・・・溜息をついて天井を仰いだ・・・。




―ダニエルの心情―


 愚かな事をしたと思っている。

ジェシカと距離を置くようになってから、何故か自然と僕はノア・シンプソンと行動を共にする事が増えていた。

一時の気の迷いからアメリアとか訳の分からない女に夢中になってしまい、挙句にあれほど嫌悪していたソフィーに心奪われてしまうなど・・・。

ジェシカに呆れられても当然だ。


 でも・・・正直ショックだった。

まさか自分の知らない所でジェシカとアラン王子が・・・その事を想像するだけで胸が苦しくなってくる。嫌だ、どうか嘘だと言って欲しい。

それなのに・・・彼女はアラン王子との仲を認めた。

何故?!アラン王子だって僕たちと同じじゃないか。彼だって君から離れて行った男だろう?なのに何故アラン王子を受け入れたんだ?


 ああ・・・でもアラン王子と僕たちは違っていたんだね。

ジェシカははっきり言った。

アラン王子は自ら自分に声をかけてきたと。そして助けて欲しいと。

そこが僕たちとアラン王子の違いだったんだね。

僕も彼と同じように行動していたら今とは違う関係に・・・もう一歩踏み出した関係になれたのかな?


 ジェシカにアラン王子を愛しているか尋ねた時、彼女の返事を聞くのがすごく怖かった。どうしよう、愛していると聞かされたら。もう僕は正気ではいられないかもしれない。

だけどジェシカは言った。すごく困ったように、同情だけでは駄目ですか?と。

同情・・・僕も君から深く同情してもらえたら・・・君はアラン王子と同様に受け入れてくれるのかい?

ジェシカは優しいから、多分受け入れてくれるのは間違いないだろうね・・。


 あの日の夜・・・まだジェシカが女子寮に残ると知った時、思い余った僕は手紙を書いて届けようと思ったのに、寮母室はもぬけの空。

どうしようとジェシカのいる部屋の窓を見上げていたら、偶然窓を開けてくれたのだから本当に驚いた。


 寒さで凍えて震えている僕を躊躇なく自室に入れてくれたジェシカ。

部屋を暖めてくれて、熱い紅茶も出してくれた。

それでも寒がる僕に最後にお風呂を用意してくれるなんて・・・。

でも、ジェシカは本当に無防備すぎる。

そんなだからアラン王子に付け込まれたのでは無いかと僕は確信した。


 お風呂から上がって出てみるとジェシカは暖炉の傍で居眠りをしていた。

あれ程、恋い慕っていたジェシカが今僕の目の前に、手を伸ばせばすぐ届く距離にいる。


 ごめん、ジェシカ。僕はやっぱり卑怯な男だ。

眠っている彼女に顔を近付け、そっとキスする。そして抱き上げるとベッドへ寝かせた。

本当はこのまま帰ろうかと一瞬思ったけど、ジェシカが心細いと言っていたのを思い出す。

小さなソファに身体を横たえ、僕は夜明けまでこの部屋にいようと決めた。



 薄暗い部屋の中―


不意に僕は目が覚めた。すると何故かジェシカも起きて僕の方を見ているじゃ無いか。挙句に場所を交換しようと言って来た。

でも・・・・ごめん。ジェシカ。僕は君に付け入らせて貰うよ。


2人で一緒にベッドで寝ようとジェシカを誘った。

大丈夫、絶対何もしないと誓うから。そう言ってジェシカを安心させる。


ジェシカのベッドで2人背中合わせに寝る。

僕は緊張で眠気なんかとうに何処かへ行ってしまったのに、ジェシカは余程疲れていたのか、それとも完全に僕を信用しているのかすぐに寝息を立てて寝てしまった。


「ごめん・・・。これ位は許して貰えるよね?」

今日何度目かの『ごめん』


僕はジェシカの方に向き直ると、背後から彼女を抱きしめて眠りに就いた―。




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