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第2章 5 女狐と愚かな男達

1


「それにしても広場の雪のパレードに出掛けるなんておあつらえ向きな事をしくれたようですね。」


セント・レイズシティのパレード会場へと向かっている途中で、クロエが不敵な笑みを浮かべながら言った。


「え?そ・それは・・・どういう意味ですか?」

意味深なクロエの言い方に少しだけ背筋がゾワリとした感覚を感じた私は尋ねてみた。


「だって、ほら見てくださいよ。」


クロエが周囲を見るように促した。パレード会場の周囲では大勢の出し物が展開されていた。大道芸人のパフォーマンスに、ちょっとした小さなステージが設営され、何かのコンテストが行われているかと思えば、別のステージでは舞台劇まで開かれている。おや?あちらの会場はマジックショーだろうか?


「確かに、ここは事を成すには最高の場所かもしれないですね。」


大事そうに黒猫を抱えているシャーロットはあちこちに目をやりながら言った。

ねえ、事を成すってどういう意味なのかな?だけど、とてもでは無いが聞ける雰囲気では無かった。


「さあ、ジェシカさん。皆で一丸となってあの女狐と愚かな男達を早く見つけ出さないと!」


エマが活を入れるように魔法のステッキを握りしめた。


「あ、ハハハハ・・。そ、そうですね。早く見つけないと・・。」

ねえ?女狐ってソフィーの事だよね?愚かな男達・・・ってひょっとしなくてもアラン王子達の事でしょう?!それにしても学院中で人気がある彼等を愚かな男達と一括りにして言ってしまうなんて・・やはりエマは只物では無い。


3人の友人達は目に見えて、はっきりとウキウキしているのが分かる。でも・・それはこのパレードの雰囲気が楽しくて喜んでいるのでは無い事は嫌でも理解出来た。

私は次第に心の中でソフィーやアラン王子達に出会いませんように・・・等と考えてしまっていた。

・・・が、やはり神は私を見放したらしい。



「あっ!ジェシカさん!いたわっ!ソフィーと取り巻きの男どもよっ!」


シュバッと指を差したのは他でもないクロエだ。何という言い方だろうか。しかも何故か嬉しそうに見える。


「行きましょうっ!」


クロエが彼等に向かって長いローブを引きずりながら走って行く。すごい・・足元にローブが絡みついているのに、ものともせずに走っているよっ!


「早く!人混みで見失う前に!さあ!使い魔ちゃん!足止めして!」


シャーロットは黒猫を地面に降ろすと、猫はばねのようにしなやかな体で猛スピードで駆けて行く。

何と、あのぽっちゃりしたシャーロットでさえ走っているよ。


「いい?皆さん。犠牲は最小限に留めるのよ?」


エマッ!ねえ、貴女本物のエマだよね?そんなキャラじゃ無かったよね?何度も言うようだが、ここは私が書いた小説の中の世界。ソフィーは確かに一部の貴族女性からは嫌われて虐められている設定を立てていたが、ま・まさかやっぱり私達が彼女を虐める貴族達になってしまうの?!こ、こんな事ならやっぱりあんな依頼引き受けなければ良かったよーっ!!

もうこうなれば自棄だ、どうにでもなれっ!ここまでくれば腹をくくるしかない。


その時、人垣のすぐ先にいるソフィーとアラン王子、そして生徒会長やノア先輩にダニエル先輩が目に入った。おまけに・・少し離れたところに立っているのはアメリアでは無いか。どうして1人だけあんなところに居るのだろう?

私達は彼等の様子に注意を払う。

幸い?かれらはまだ私達の存在に気が付いていなかった。

よく見るとソフィーはシャーロットの使い魔の猫を抱き上げている。


私達はソロソロと彼等に見つからないようにすぐ側の建物の陰に隠れ、様子を伺う事にした。



「可愛い~っ。こんなに真っ黒で毛並みの良い黒猫なんて初めてだわ。」


ソフィーは嬉しそうに黒猫を抱き上げている。


「ああ、そうだな。とても美しい黒猫だ。飼い主がいないなら俺が学院に直談判してソフィーのペットにしてやるように頼んでやるぞ?」


「おい!アラン王子っ!そう言ってソフィーの好意を独り占めする気か?権力の乱用は許さんぞ!」


は?今まで一番特権乱用していた生徒会長がそんな事を言ってもいいのだろうか?私は白けた様子で見守っている。


「待って下さい!2人とも、私の為に喧嘩なんかしないで下さい・・・。」


黒猫を抱えて、瞳を潤ませてアラン王子と生徒会長を見上げる2人。途端に2人は顔を赤らめる。




「うっわっ!何ですか?あのわざとらしい態度は。見ていて鳥肌が立ってしまうわ。」


クロエが吐き捨てるように言う。




「それじゃ、ソフィーが飼うなら名前を考えてあげなくちゃね?どんな名前が良いかな?」


お得意のキラースマイルでソフィーにせまるノア先輩の前に分け入るダニエル先輩。


「ねえ?ちょっと距離感が近すぎると思うんだけど?馴れ馴れしく僕のソフィーに近付かないでくれないかなあ?」


おおっ!この台詞・・・今まで何度も聞かされてきた台詞だ。こうして客観的に見ると、ある意味新鮮さを感じる。



「な・何なんでしょう・・・彼等のあの手の平を返したかのような態度は・・・。」


エマが今にも樫の木のステッキを折れんばかりに両手で曲げている。

「エ、エマさん。落ち着いて・・・。魔法のステッキが折れてしまうわ。」


言われてハッとなったエマはステッキを右手に持ち替えると言った。


「さあ、これからあの女とジェシカさんをもてあそんだ、あそこにいる男どもに正義の鉄槌を下す時がやってきましたよ。」


ええええっ?!ち、ちょっと何を言ってるの?今日皆に来てもらったのは3人の男爵令嬢達に元彼を取り戻したいと頼まれたので、説得に来てるだけなんですけど?!


「ええ、ようやくこの日がやってきましたね。許せないわ・・・あの4人。ジェシカさんを弄ぶなんて・・・!痛い目に遭わせないと気が済まないわ。」


クロエが本を開く。え?何故こんな所で本を開くのかなあ?!


「私の使い魔ちゃん!彼等をこの場所へ誘導しなさいっ!」


シャーロットが右手を黒猫に向かって差し出した。


「ニャ~オ。」


ソフィーの腕の中で鳴いた黒猫は身をよじってソフィーの身体から逃れると、まっすぐ私達の方へ向かって走って来る。


「あ!黒猫がっ!」


ソフィーの叫び声と同時にアラン王子達が一斉に黒猫が逃げて来るこちらへ向かって走って来た。


「「「「ジェ、ジェシカッ?!」」」」


アラン王子達が私を見て一斉に名前を呼ぶ。

後から追いかけてきたソフィーは私達の姿を見ると顔色を変えた。

 

彼等が現れると、エマ達は私を庇うように全面に出た。


「ご苦労さま、使い魔ちゃん。」


シャーロットは黒猫を抱き上げると言った。


「おい、その黒猫をソフィーに渡すんだ。」


アラン王子はシャーロットに命令する。


「あら?何を仰るのですか?アラン王子。これは私の使い魔ですよ?」


「は?使い魔だと」 


生徒会長が眉を潜める。


「ええ。なら証拠を見せますね?」


相変わらず挑発的なシャーロットは黒猫に命じた。

「グリフォン!」

すると一瞬で黒猫の姿は掻き消え、そこに現れたのは上半身は鷲、下半身はライアンの姿を持つグリフォンが現れたのだ。

その場に居合わせた私と彼等は驚きで固まるが、エマ達は冷静だ。


「どうですか?これで私の使い魔だと信じていただけましたから?」


「・・・っ!」


悔しそうなソフィー。そんな彼女の肩を抱き寄せる生徒会長。


「それで、わざわざこんな手のこんだ事をして僕たちをここへ連れて来たと言う事は何かあるんだろう?」


ダニエル先輩が冷たい瞳で私達を見る。あの目は・・・初めて先輩と会った時と同じ目だ。まさかこうして再び同じ目で見られることになるとは思いもしなかった。


「ええ。私達はそちらのソフィーさんに用があって皆さんをここに呼んだのです。」


クロエが本を大事そうにさすりながら言う。


「さ、ジェシカさん。ソフィーさんにお話があるんですよね?」


エマが私に耳元で囁く。その言葉に私は頷き、一歩前に出た。


「ソフィーさん、貴女方のクラスメイトのミリアさん、ハンナさん、クレアさんを御存知ですよね?」


「ええ、そうね。同じクラスだわ。」


しれっと答えるソフィー。


「彼女たちの恋人達を誘惑して自分の取り巻きにしただけでなく、彼等から騙してお金を巻き上げたと言う話を本人たちから直接聞きました。私は彼女達に頼まれたのです。ソフィーさんから彼等を振って、もう一彼女達の元へ戻るように説得して欲しいと依頼されたのです。お金も返してあげてください。」


頭を下げ、なるべく低姿勢で私は言うが、ソフィーは鼻で笑う。


「あら、嫌ですわ。ジェシカさんたら。仮にも公爵令嬢だというのに準男爵の私にそんな頭を下げるなんて・・・。そうやって私をこの人たちの前で悪者に仕立て上げようとしているのですか?いくらアラン王子様や生徒会長、ダニエル先輩にノア先輩から捨てられたからと言って、やり方が汚いですね。そんなではますます男性達から疎まれますよ?」


はい・・・?一体この女は何を言っているのだろうか―?




2


私はソフィーの見当違いの解釈に唖然としていた。私がアラン王子達から棄てられた?そもそも私の中では彼等と付き合って等いなかったのに、ソフィーの目からはそう見えていたのだろうか?

大体悪者にしようも何も、私は3人の令嬢達から頼まれてここに来ただけだと言うのに、何故そのような言われ方をされなければならないのだろうか?

 私が口を開く前に動いたのはエマ達だった。


「何ですって?よくも私達の大切な友人であるジェシカさんにそんな口を聞いてくれたわね?」


クロエが歯ぎしりしながらソフィーを指さした。


「キャッ!あのローブの人怖いっ!」


ソフィーはわざとらしくアラン王子にしなだれかかる。それを抱き留める王子。なるほど、やはりソフィーの狙いはアラン王子か。


「おい、そこの女。俺のソフィーを怖がらせるな。」


アラン王子はクロエを睨みつけるが、全くそれには動じない。流石は頼りになる友人だ。それにしても、俺のソフィーって・・・。私は生徒会長達の様子を伺うと、皆不満気な顔をしている。


「怖がらせるも何も彼女が勝手に怖がっているフリをしているのではないですか?大体、あなた方はジェシカさんの話を聞いていたのですか?そこにいる女は恋人がいる男性を誘惑した挙げ句、お金を巻き上げたんですよ?」


エマはびしいっとステッキでソフィーを指した。ビクリと肩が震えるソフィー。


「今の話は本当なの?ソフィー。」


脇からソフィーを覗き込むノア先輩。そうだ、この先輩はお金で買われた過去を持っているから、こういう話は敏感なのだ。


「ノア先輩までそんな事言うんですかあ?信じて下さい・・・。それに私がお金を取った証拠だって無いじゃないですか。」


猫なで声で言うソフィーに、エマ達は冷ややかな目で見ている。


「そうだ、そこ迄言うなら証拠を見せろ。」


生徒会長は一歩前に進み出てくると言った。


「証拠?それなら彼女の口から聞き出せば済むことですよ。」


エマが代わりに答える。


「エマさん、頑張って。」


シャーロットが応援する。

それにしても私を抜きにして、話しが勝手に進んでいく。今や完全に取り残された気分だ。

一体エマは何をする気なのだろうか・・・。


「コンフェッションッ!!」


エマは杖を振りかざし、ソフィーに魔法をかけた。


「キャアアアッ!!」


途端に紫の光に包まれるソフィー。え?何?今のは一体何の魔法なの?


「「「「ソフィーッ!!」」」」


一声に駆け寄る男達。アメリアはその様子を遠巻きに見ている。


「おい!エマッ!一体ソフィーに何をしたんだ。?!」


生徒会長がエマを怒鳴り付けた。


「何をしたか、ですか?彼女には自白させる魔法をかけました。私だって、本当はこんな真似はしたくなかったんですよ?ただあまりにその女が白を切るので、やむを得ずの措置です。」


「な、何ですってっ?!」


それを聞くとソフィーの顔が青ざめ、ぱっと両手で口を抑えた。

あの~そんな事したら身に覚えがあると認めているようなものだよ?


「どうしたんだい?ソフィー?」


ダニエル先輩は心配そうに声をかけた。


「あ・・・・あの、わ・私・・・。」


ソフィーは震えている。


「さあ、では私の質問に答えて頂きましょうか?ソフィーさん。」


エマが初めてソフィーの名前を呼んだ。


「い、嫌・・・。な、何とかしなさいよっ!アメリアッ!」


ソフィーは突然アメリアの方を向いて必死に叫ぶ。一瞬、ビクリとしたアメリアは慌ててソフィーの元へ走り寄ろうとして・・・。


「いでよっ!ドリュアスッ!」


すかさずクロエが叫ぶと、突然アメリアの足元に青く光る魔法陣が出現し、小さな緑色の姿をした妖精が現れてアメリアの両足をツタで巻き取り動けなくした。


「っ!!」

アメリアは驚愕の表情を見せ、次の瞬間悲し気にソフィーを見つめる。


「クッ・・・!なんて使えない女なのっ?!」


 アメリアを睨み付けるソフィー。ねえねえ!アラン王子達の前でそんな態度取って大丈夫なの?!私は男性陣の反応を見ると・・・?駄目だ、何を考えているのかさっぱり分からない。

 それにソフィーとアメリアは私から見ても明らかに焦りを感じているように見えるのに、アラン王子達は至って冷静に見える。


「自白だと?バカバカしい。俺のソフィーにはやましいところなど何一つないのだから、遠慮なく質問してみたらどうだ?な、構わないだろう?ソフィー。」


アラン王子はソフィーをキラキラな王子様スマイルで見つめる。


「ア、アラン王子様・・・・。」


うん?何だかソフィーの目が涙目に見えるよ。



「さて、それでは質問させて頂くわ。よろしいですね?ソフィーさん。了承されたらお返事を下さい。」


エマは腕組みをしながらソフィーを見つめた。



「はい、了解しました。」


ソフィーが素直に応じる。おおっ!これも自白魔法の効果なのか?


「貴女は同じクラスメイトの3人の男子生徒を恋人がいるにもかかわらず誘惑しましたね?」


エマは質問した。


「はい、確かに誘惑しました。」


素直に答えるソフィー。うわあ・・やっぱりこれって凄い魔法だ。


「何故、恋人がいる男性を誘惑したのですか?」


エマの目が光る。


「それは・・・。」


苦しそうに眉をしかめるソフィー。


「私に逆らっても駄目よ。」


エマはソフィーを睨み付けた。


「別に好きな女性がいる相手でも・・わ、私が誘惑する事が・・・出来るか・・試してみたかった・・・から。」


ピクリ。その場に居合わせた男性陣が反応する。


「何故、そんな真似をしたのかしら?」


「そ、それは・・・。」


ソフィーは一度言い淀むと、私を激しく睨みつけると言った。


「それは全てそこにいる女のせいよっ!本来私の恋人達になるべきはずだったアラン王子様や、ノア先輩、ダニエル先輩を奪ったからっ!だから、取り戻そうとしただけよっ!それで他の男で試したのよ。恋人がいる男でも私の魅力で誘惑出来るかどうかをね!それの何処が悪いと言うの?」


「お、おい。ソフィー、俺はそのメンバーに入っていないのか?」

オロオロする生徒会長は置いておいて・・・・。

一体どういう事なのだろう?私にはソフィーの言ってる意味がよく理解出来なかった。ソフィーは何故そこまで確証を得ているのだ?


「・・・随分妄想癖が貴女にはあるようね?それで彼等からもお金を巻き上げたのも事実なの?」


エマの質問は続く。


「そんなのは当然でしょう?だって学院一の美少女と付き合えるのよ?お金を貰う権利が私にはあるわ。」


自慢げに言うソフィー。やはりこうして目の当たりにすればするほど、目の前にいるソフィーは本物なのかと疑ってしまいたくなるくらいだ。このソフィーはとんでもない悪女だ。

私は男性陣達の顔を見つめる。・・・・うん、誰もがドン引きした表情をしているよ。でもそれは当然だろう。あんなどす黒い一面を見てしまうとね・・・。


「そう、それだけ聞ければ十分だわ。」


エマはパチンと指を鳴らすと、ソフィーはがっくりとその場に崩れた。


「ねえ、ソフィー。今の話は本当なの・・・・?」


ノア先輩は冷たい瞳でソフィーを見下ろしている。


「ち、違うわっ!あの女が魔法で私を操っていい加減な事を言わせたのよっ!皆さん、信じてっ!」


ソフィーは目に涙を浮かべて男性陣に懇願している。

あ~あ・・・今更何言っても無駄じゃない・・・の・・?うん?

その時、私は周囲がすごく騒がしい事に気が付き、慌てて顔を上げて辺りを見渡した。

すると、驚いたことに私達の周りを大勢のギャラリーが見物していたのである。


「ねえねえ、これって何かの劇かしら?」

「おおっ!あれってグリフォンだよな?すっげーよく出来てるよ。」

「あのピンクの髪の姉ちゃん、中々悪女の役が似合ってるよな?」

「あそこにいる男性達・・・みんなすごくイケメンねえ。後でサイン貰おうかしら?」


これ等の騒ぎを見て、私は驚いてエマ達を見渡した。


「だから言ったでしょう?おあつらえ向きの場所だって。」


クロエが言う。え?どういう事?


「皆、この状況を事実として見ていないんですよ。演劇を披露していると思っているんで。」


エマが言う。


「だから、これは作り物の話だから、思い切り暴れても大丈夫って事なんですよ。」


ソフィーがグリフォンのたてがみを撫でながら言った。


そうか、そういう事まで考えていたのか―。

私は改めて友人達の立てた計画に度肝を抜かされたのである・・・。




3


「さあ、ソフィーさん。自分の行いを認めたのだから、彼等を解放してあげてお金も返してあげなさい。」


エマは杖で掌をポンポン叩きながら言う。


「い・・・嫌よっ!だって彼等は自分達からお金を差し出したのよ?返す義理は無いわっ!」


もう先程からまるで昼ドラのような展開が繰り返されている。今や現場は完全にソフィーとエマの舞台と化しているようだ。それを表すかの如く、ますますギャラリーの数が増えていく。

そしてアラン王子達も、最早口出しすらしてこない。


「くっ・・・どうして・・?いつもいつも私の邪魔をしてくるわけ・・・・?」


ソフィーが恨みのこもった目で私を睨み付けて来る。ねえ!ヒロインがそんな目をするなんて聞いたことがないんですけど?!


「このままでは済まさないから・・・。」


ソフィーは私に向かって右手を伸ばして広げると言った。


「アイシクルッ!」


するとソフィーの手から太いつららが何本も出現し、私に向かって飛んできた。

え?嘘でしょう?!あのソフィーが攻撃魔法を使うなんて!

眼前に矢のように迫って来るつらら。けれど私の頭の中は死の恐怖よりも、何故あのソフィーが攻撃魔法を使えるのか、それが頭の中を占めていた。


「ジェシカさんっ!」


エマの悲痛な叫びが聞こえる。


「サラマンダーッ!」

するとクロエが叫ぶ。途端に私の眼前に魔法陣が現れ、中から炎に包まれたオオトカゲが現れ、口から炎を吐いて全てのつららを一瞬で溶かしてしまった。

一斉に拍手が起こる。


「おおーっ!あの女、凄いトリックを使うなあ。」

「ねえ、他の人達も呼んできましょうよ!こっちの方が断然面白いから!」

「いいぞーっ!もっとやれーっ!」

等々・・・観衆は完全にお芝居だと思い込んでいる様だ。


アラン王子達は心配そうに私を見ているが、ソフィーにまだ心奪われているのかもしれない。それよりも何故ソフィーが攻撃魔法を使えるのだ?私の小説の中の彼女は攻撃魔法は使えず、光の魔法と呼ばれる治癒魔法や、攻撃をサポートする魔法しか使えない設定で書いていたのに・・・。


「よ、よくも邪魔してくれたわね。」


ソフィーはよろめきながらクロエを睨み付けるが、彼女も負けじと睨み返して言う。


「友人のピンチを救うのは当然の事でしょう?」


「許さない・・・ジェシカさんに危険な事を・・・。」


おおっ!シャーロットが完全にやる気を出している!


「ヘルハウンドッ!」


するとグリフォンの姿が掻き消えたかと思うと、今度は真っ黒の身体を持つ巨大な犬が出現した。その眼はまるで真っ赤なルビーの様に輝いている。

犬は低く唸るとソフィーを威嚇し始めた。


「ヒッ!」


 流石にこの犬の威嚇に恐怖を感じたのか、ソフィーは後ずさりする。ねえ・・・流石にちょっとやり過ぎなんじゃないの・・・?


「おい!それ以上ソフィーを怖がらせるなっ!」


とうとう見ていられなくなったのかアラン王子が声を荒げて言う。


「何を言うのですか?アラン王子。先程のソフィーさんの攻撃をご覧になったでしょう?魔法を使えないジェシカさんに対して、あんな太いつららを何本も放ったのをご覧になりましたよね?私達がいなければ今頃ジェシカさんはつららに射抜かれて死んでいたかもしれないのですよ?」


クロエが物騒な事を言ったが、確かにそうだったかもしれない。私1人だったら・・・死んでいたかも・・・。

思わずぞっとして自分の両肩を抱える。


「し、しかし・・・大勢で寄ってたかって1人のか弱い女性を攻撃する等・・。」


生徒会長が間に入って来る。


「それなら、あなた方も応戦したらどうですか?私達、皆さんの事も非常に腹を立てているんですよ?」


エマが言うが早いか、魔法のステッキを上空に振りかざすと叫んだ。


「スモールメテオライトッ!」


ヒュルルル~

何かが上空で降って来る音が聞こえてきた。私達は全員空を見上げると、何と大量の小さな何かが地上目掛けて降って来る。


「な、何だ?!あの女正気じゃないっ!」


アラン王子の焦る声が聞こえた。


「フフフフ・・・ッ貴方達には天罰が必要ですよね?大丈夫、威力は下げてありますから安心して下さい。」


「シ、シールドッ!」


アラン王子の叫び声と同時に彼等を包む金色の光。次々と降って来る隕石がシールドに当たって、あちこちに飛散る。・・・が、不思議な事に私達にも周りのギャラリー達にも何の被害も出なかった。見事に隕石は避けて地面にめり込んでいる。


「お・・おいっ!君達、幾ら何でもやりすぎだろう?!」


ダニエル先輩が舞い上がる埃にむせながら叫んだ。


「おおっ!今のは凄い技だったっ!」

「いや~危ない。肝が冷えたぜ。でもスリルを味わえたな。」

「あの女の子達、カッコいいわね~。」


さぞかし、今の荒業でギャラリー達は怯えるかと思ったが、何故か皆興奮している。


「どうしたんです?私達にやられっぱなしでいいんですか?」


エマが勝ち誇ったかのように腕組みをしている。


「う・・煩い!僕は女性とは戦わない主義なんだっ!」


ノア先輩は埃で汚れた口元を袖で拭いながら言った。へえ~中々見所があるんじゃないの?でもエマ達の攻撃にいつまで耐えられるんだろう?

そう思っていた時だ。


「「「ソフィーッ!」」」


突然彼女の名前を呼ぶ男性達の声が聞こえて、私達は一斉に振り向いた。

あ、あれはソフィーに騙された男子学生達だ。


「な、何で貴方たちが・・・・?」


ソフィーが今までにないほど焦りの表情を浮かべた。


「ソフィーッ!頼む!君に渡した金を返してくれないか?!」

「実家から連絡がきたんだ!お前に渡してある金で里帰りしろと、君に渡したから無一文なんだよっ!」

「このままだと勘当されてしまう!な、頼むよ!」


3人の男子学生は悲痛な声でソフィーに訴えて来る。


「ちょっとっ!いい加減にしてよ!私は貴方達なんて知らないし、お金の事だって何の事かさっぱり分からないわ!」


ここまできて未だに白を切りとおすのか?ある意味凄い女だ・・・。私は妙な所で感心してしまった。

でも・・・どうして彼等がこの場所を知っていたのだろう・・?


その時、私の眼前にリリスが立っているのが見えた。


「リ、リリスさん?」


「良かった・・・間に合って。私が彼等を探してここへ連れて来たんです。」


リリスは駆け寄ると私の手を握り、言った。

「え・・・?でも今日はデートだったんじゃ・・?」


「やっぱりこんな大切な日にデートなんてしてられませんよ。他ならぬジェシカさんの為ですから。」


「リリスさん・・・。」

私は胸が熱くなった。ああ、やっぱり私はこんなに大切な親友たちがいるのに学院を去っていいのだろうか?


一方のソフィーはますます自分の立場が危うくなってきていた。今や、男性陣に包囲されて質問攻めに遭っていた。

もう自業自得だ。・・・放って置こう。でもこれでアラン王子達の目が覚めてくれることを祈ろう。私の大切な未来を守る為にも!


「い・・・いい加減にして下さいっ!」


突然のソフィーの大声に私達は驚いて彼女を振り向く。ソフィーは顔を真っ赤に染め、これ以上は無い位に激怒しているように見えた。


「ち、ちょっと通してくださいっ!」


ソフィーはアラン王子達を掻き分けていく。・・・・何だろう?すごく嫌な予感がする。

私はソフィーに向かって走り出した。


ソフィーはアメリアに大股で近付くと彼女を怒鳴りつけた。


「アメリアッ!元はと言えば全てあんたのせいよ?!あの時ツタになんか足を絡まれたりして・・・本当に使えない女ね!」


そうして右手を振り上げた。


いけないっ!


パアンッ!!

広場に平手打ちの大きな音が響き渡った・・・。





4


パアンッ!!

 

 広場に平手打ちの大きな音が響き渡る。叩いたソフィーもエマ達やアラン王子達も驚愕の顔をしている。


「い・・痛った・・・い。」

私はとっさにソフィーがアメリアに手を上げようとした時に、彼女の前に立ちはだかり、代わりに左頬を平手打ちされたのだ。それにしても何というパワーのある平手打ちなのだろう。叩かれた瞬間に目から火花が飛んだ気がした。


「ジェ、ジェシカさん・・・。」


私の背後でアメリアが戸惑うように声をかけてきた。


「良かった・・・。私の名前を思い出したんですね?」

ひりつく頬を押さえながら私はアメリアにほほ笑んだ。


「な・・何故また邪魔をするのよっ!」


ソフィーが癇癪を起して私とアメリアを睨み付ける。


「どうしてソフィーさんはアメリアさんにいつも辛く当たるのですか?彼女に何の落ち度があったと言うのですか?もうアメリアさんに暴力を振るうのはやめてください。」

私は言った。


「う・・・煩いわね・・っ!貴女に何が分かるって言うのよ・・。元はと言えば全ての元凶は貴女よっ!」


ソフィーはヒステリックに叫ぶと再び右手を振り上げた。


「止めるんだっ!」


その時、ソフィーの振り上げた右腕を掴んだ人物がいた。


「ア、アラン王子様・・・。」


ソフィーはアラン王子を見上げた。


「もう止めるんだ。ソフィー。俺はもうこれ以上君に醜態を晒させたくない。」


「そうだ。兎に角、あの男達の言っている事が事実であるならば、お前は彼等に誠意を見せなければならない。」


生徒会長がまともな事を言っている。

その時だった。


「ジェシカさんっ!」


エマ達が私に走り寄って来た。


「ジェシカさんっ!大丈夫ですかっ?」


クロエが私に声をかけて来る。


「酷い・・・こんなに赤く腫れて・・・。」


エマが私の赤く腫れた左頬にそっと手を当てて言った。シャーロットもクロエも心配そうに見つめている。


「ちょっと痛いけど、大丈夫。皆さん、本当に有難うございます。」

そして私はソフィーを取り囲んでいるアラン王子達を見た。


「ソフィーさん・・・どうするのでしょうね。」


シャーロットがポツリと言った。


「後はアラン王子達に任せましょう?あれだけはっきりとソフィーの取って来た行動が晒されたのだから、多分お金は返してくれると思うし・・・。」


私は少し離れたところでしょんぼりと項垂れて座っている3人の男子学生達を見ると言った。

「多分、彼等もソフィーに嫌気がさして、ソフィーの元を去るんじゃないかしら?後は男爵令嬢達次第ですね。」


うん、かなり色々トラブルはあったが、これで一件落着?と言った所だろうか。

「皆さん、それでは学院に帰りましょう?」

私はエマ達の方を振り向くと言った。


「え・・・?それでいいのですか?アラン王子達に声をかけなくても・・?」


リリスが尋ねて来た。


「ええ。もう私には彼等は関係ない人達だから。」


すると今まで黙っていたアメリアが突然私の手をギュッと握りしめてきた。


「ジェシカさん・・・。ごめんなさい・・・。私の代わりに・・・。」


アメリアはそこまで言うと俯いてしまった。


「いいの、気にしないで下さい。私が勝手に行動しただけの話なので。それで・・・余計なお世話かもしれないけれども、ソフィーさんとは、もう距離を置いた方がアメリアさんの為になると思うの・・・。気を悪くしたらごめんなさい。でも貴女の事が心配だから・・・。考えておいて下さいね。」

私は一度だけアメリアの手を強く握り返すと、そっと離した。


「それでは帰りましょう。私達の学院へ。」


エマに促され、私達は踵を返して歩き始めると周囲で拍手が起こった。

え?まだこんなに大勢の人達が見物していたの?!


「すごい!最高の舞台だったぜっ!」

「こんなにリアルな演出を見たのは初めてだったわ。」

「また新しい舞台を見せてくれよなっ!」

等々・・・

様々な歓声が沸き起こったのだった。どうもここにいるギャラリー達は最後まで何かの舞台だと思っていたみたいだ。騒ぎにならなくて本当に良かった・・・。

歩きながら私は胸を撫でおろすのだった。




「カンパーイッ!」


 私の掛け声と共に皆は一斉にグラスを持ち上げて隣同士で乾杯し合った。

時刻はまだ午後2時ではあるが、女同士でアルコールも飲めるカフェに来ている。

メンバーはエマ、クロエ、リリス、シャーロット。そして私に助けを求めてきた準男爵のミリア、ハンナ、クレアの合計8人の大所帯。

今回の件が無事に解決したので全員で女子だけの打ち上げをする事になったのだ。


「本当にありがとうございました。」

クレアが私に頭を下げてきた。


「本当に、ジェシカさんのお陰です。あの後すぐに私に許して欲しいと泣きついて来たんですよ。」

ハンナは嬉しそうに言った。


「もう今回の件で私が主導権を握れるようになったんです。次に何かしたら只では済まないからと脅しておきました。」

ミリアはクスクス笑いながら言った。


「それにしても情けない男達でしたわね~。」

エマがワインを傾けながら言う。


「本当にそうですね。あんな女と関わるから腑抜けにされたに決まってるわ。」

グイッとワインを一気に飲み干すとクロエが言った。


「私がヘルハウンドで脅した時のソフィーのあの顔・・・思い出すだけでおかしくって・・・。」

ニコニコ笑いながらおつまみに手を伸ばすシャーロット。


「本当に、お金をだまし取られた男性達が目の前に現れた時の彼女の表情・・・みものでしたねえ~。」

リリスが頬杖を付きながら恍惚の表情を浮かべる。


う~ん・・・。確かに今回の件はすごく胸がスカッとしたし、ソフィーにとってはいい薬になったのでは無いだろうか?

それにアラン王子達だって、今回の件で目が覚めてソフィーを見る目が変わってくれば・・・私の未来もおのずと変わってくるはずっ!それなら学院を去らなくても不幸な未来に怯えず学院生活を送れるのでは・・・?

私は淡い期待を抱いていた。


 しかし・・・いくらソフィーがとんでもない女だったとしても、こうしてアラン王子やソフィーを酒の肴にお酒に興じる私達って・・・傍から見たら完全にヒロインを虐めるキャラクターになっていない?!


 でもエマ達は私の大切な親友であり、全ての行動は私の為に行ってくれた事なのだから、ここはやはり素直に感謝の気持ちを述べるべきであろう。

そこで私は・・・。

「エマさん、クロエさん、シャーロットさん、リリスさん。」

彼女達の顔を順番に見つめると言った。

「本当に有難うございました。皆さんを友人に持てた私は本当に幸せです。」

そして頭を下げた。


「ジェシカさん・・・。」

エマが瞳をウルウルさせ、次の瞬間私に抱き付くと言った。

「何言ってるんですかっ?!ジェシカさんのような方を親友に持つことが出来た私達の方が幸せですよっ!」


「そうですよ。ジェシカさんのお陰で成績もすごく上がったんですよ?お陰で赤点も免れたんですから。」

シャーロットが力説する。


「私なんかジェシカさんに比べれば爵位もかなり低いのに、すごく親切にしてくれて・・感謝しているんですから。」

リリスはじっと私を見つめながら言った。


「ジェシカさん、私達はジェシカさんが大好きなんです。本当にお役に立てて良かったです。」


「クロエさん・・・。」


3人の男爵令嬢達も次々と私にお礼を述べ、もし迷惑でなければ友達になって貰えないかと尋ねてきたので、私は2つ返事でOKしたのであった。

うん、やっぱり私はこの学院が・・・彼女達のいる学院生活が大好きだ。

逃亡するならいつでも出来る。

今はもう少しだけ・・・。


彼女達と一緒に過ごしたい―。



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