第2章 3 貢ぐ男、貢がせる女
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思い立ったら即行動した方が良いだろう。
今着ている服は昨日と同じなので別の服に着替え直すと私はトランクケースを持って、再びセント・レイズシティへと向かう事にした。
でもその前にジョセフ先生がいるかもしれないので講師室へと足を運ぶ事にした。
講師室の前に着いた私はドアをノックしてみる。・・・・。無反応だ。やはり誰もいないようだ。
考えてみれば明後日から冬の休暇に入る。臨時講師達の授業はもう終わっているし、誰も残っているはずはないか・・・。
それなら町へ行き、トランクケースを売り払った後に直にジョセフ先生の自宅を訪ねてみる事にしよう。
こうして私は三度、リサイクルショップへ行く事になった。
約1時間後・・・・。
うん、今日の買取金額がやはり今迄の中で一番多かった。予想通り、私の手元にあるお金は500万を軽く超えてくれた。
よし、これだけあればマリウスの追及の手から逃れられる位の長距離逃避行は出来そうだ。
「ジョセフ先生、家にいるかな・・・。」
町を歩きながら私は呟いた。先生のお宅は路面電車を幾つも乗り継がなければ行く事が出来ない。もし、そこまで行って先生に会えなかったら無駄骨になってしまう。
「あ、もしかしたら・・。」
ラフト屋のマイケルさんはジョセフ先生の友人だ。
この場所から屋台までは歩いて行ける距離なので、まずはマイケルさんを尋ねてみる事にしよう。
「こんにちは、マイケルさん。」
私は屋台で開店準備をしているマイケルさんに挨拶した。
「おや、お嬢さん。どうだった?昨夜はジョセフと流星群、楽しめたかい。」
材料の準備をしながら尋ねるマイケルさん。
「はあ・・まあ。でも、ちょっと色々ありまして・・・。」
まさか、あの後自分の下僕に拉致されて、その相手と一晩一緒にいたなどとは、とてもでは無いが言えないので私は言葉を濁した。
「ふ~ん・・・。その口ぶりだと何かあったようだね。でも2人の間の話だから聞かないでおくけどね。」
おおっ!詮索してこないとは何て良い人なのだろう!なら早速本題に入らせてもらおう。
「あの、ジョセフ先生は今日自宅にいらっしゃるでしょうか?」
「え?ジョセフか?う~ん・・多分いるだろうけど・・何か用事でもあるの?」
「はい、少しお話したい事がありまして・・では先生のご自宅に行って見る事にします。」
マイケルさんは忙しそうなので、後は自分で確かめに行って来よう。
「そうかい、それじゃ気を付けてね。」
私は頭を下げると、ジョセフ先生の自宅へと向かった。
路面電車を乗り継ぎ、先生の家に着いたのはお昼を過ぎた頃だった。
「先生、いるかな・・・?」
玄関を見上げて、私は神妙な面持ちでドアノッカーを叩いた。
「はーい。」
中から返事があった。良かった!先生がいた。
程なくしてドアが開けられ、私を見たジョセフ先生が驚いたような声をあげた。
「リッジウェイさん・・・!どうしてここに?」
「すみません、先生。昨夜はマリウスのせいであんな事になって・・・。」
私は声を詰まらせながら言った。
「い、いや。そんな事はいいよ。立ち話も何だから、中へ入って。」
ジョセフ先生は私を中へと招き入れてくれた。
中へ案内してくれた先生は私を案内し、椅子に座らせるとコーヒーを淹れてくれた。
「リッジウェイさん。あの後大丈夫だったかい?心配していたんだよ。」
向かい側に座った先生が話しかけてきた。
「は、はい。大丈夫でした。ただマリウスと同じ部屋で流星群を見ただけですから。」
そう、私達はただ部屋で一晩一緒にいた。それだけだ。
「そう・・・なら良かったけど。」
何処か安心したようにジョセフ先生は言った。
「ところで、何か僕に用事があったんじゃないの?それでこんな所まで足を運んできてくれたんだよね?」
私はコーヒーを一口飲むと言った。
「はい、先生。あの後グレイやルーク、それにアラン王子達はどうなったのかと思って先生にお聞きしたくて来ました。」
「うん。やはり彼等の事、気になるよね?まずアラン殿下は一緒にやってきた彼の仲間達と一緒にあの後すぐにその場を去って行ったよ。そこで僕とハンター君にモリス君の3人で帰ったんだよ。」
そうか、やはりあの後解散になったのか・・・。
「グレイの傷の具合はどうなのでしょうか?」
「そうだね、実は傷に良く効く魔法薬があるから、これを持って今から学院に戻る所なんだよ。リッジウェイさんも一緒に行くかい?」
おお!それは願ったり、叶ったりだ。
「はい、是非お願いします。」
やった!これでグレイに会う事が出来る。
そして私は先生と再びセント・レイズ学院へと戻る事になった。
町の中心部に着いた時、先生が言った。
「リッジウェイさん、今から一緒にマジックアイテムの店へ行こう。」
そして私の手を引いて歩き出す。
「え?何故ですか?」
すぐに学院へ戻るのかと思っていた私は何故なのか不思議に思い、歩きながら尋ねた。
「うん。実はどうしてもグラント君の事で気になって・・・。君にもっとマジックアイテムを持たせてあげたいと思ったんだ。」
「え?」
先生の言葉に私は背筋が寒くなる。マリウスが気になる?一体どういう事なのだろうか?
すると先生は立ち止まると、真面目な顔で私に言った。
「いいかい、自分の生徒をこんな風に言うのは気が引けるけども・・・君の事が心配だからこの際はっきり言うよ。彼は何処か危険だ。恐ろしく強いし、何を考えているのか得体の知れない所もある。明後日は彼と一緒に国へ帰るんだよね?」
「はい。そうですけど・・・。」
「僕はリッジウェイさんが心配だから何処にいるのか把握しておきたい。その為のアイテムが売っているから、それを常に身に付けておいて欲しいんだ。」
「先生・・・。ありがとうござます。」
この世界にもGPSのような物が存在しているのか。だとしたら心強い。
そしてマジックアイテムの店で先生は言葉通り、私に魔力がかけられたイヤリングを買ってプレゼントしてくれた。
先生は方位磁石のようなものを首からぶら下げている。
「先生、これは?」
私は先生が持っているマジックアイテムを見て尋ねた。
「ああ、これはそのイヤリングを着けた相手が何処にいるか把握する事が出来るアイテムだよ。だからいいね、絶対に君はこのイヤリングを常に身に着けておくんだよ。」
私は頷くと返事をした。
「分かりました、先生。必ず身に着けて置きます。」
そして私と先生は学院に向かった。
「リッジウェイさん、ハンター君が心配なんだよね?そこのカフェで待っていてくれるかい?魔法薬を使った後で彼を連れてくるから。」
「はい、お願いします。」
私は先生に指定されたカフェに入り、カフェオレを頼むと、窓の外をぼんやりみながら考え事をしていた。
ジョセフ先生には私がこの学院から逃げ出そうとしている事を伝えるべきだろうか?でもそんな事をすればあっという間に他の人達に広がってしまう。それならマリウスから逃げ切った後に落ち着いたら手紙を出した方が良さそうだ。
その時、ジョセフ先生がグレイとルークを連れてカフェにやってきた。
「グレイ、ルークッ!」
「ジェシカッ!」
グレイが私の名前を呼んだ。良かった、先生の薬が効いたのか、元気そうだ。
「良かった、グレイ。心配してたよ。」
私はグレイを見ると言った。
「ああ、先生の薬が良く効いたみたいだよ。」
「ジェシカ、大丈夫か?マリウスに何もされなかったか?」
ルークは私を頭のてっぺんから爪先まで見渡すと尋ねてきた。
「大丈夫、心配するような事は何も無かったから。」
ジョセフ先生は用事があるからと帰って行った後、私達は色々な話をした。
そして分かった事は何故かアラン王子はあれ程アメリアに夢中だったのに、今ではソフィーと親しげにしていると言う。
それを聞いた私は段々小説の世界に近付いて来ていると、感じざるを得なかった・・・。
2
「それにしても何故、アラン王子があんな女に入れ込むのか理解が出来ない。」
ルークがイライラした口調で話す。あんな女?もしかするとソフィーの事だろうか?
「ああ、あれならまだ一緒にいるアメリアとかいう女のほうがマシだったな。」
グレイもムスッとした表情で言う。何か様子がおかしい。一体どうしたというのだろう・・・。
「ねえ、あの女ってソフィーの事を話してるんだよね?何かあったの?」
「あるも何も・・・あの女は最低だ。実は俺、最近あの女を学食で見かけたことがあるんだ。他に女子学生達と一緒だったんだが、会話が聞こえてきたんだよ。その素敵なネックレスはどうしたんだって。そうしたらあの女、何て言ってたと思う?」
グレイの問いに私は首を捻った。まさか・・・。
「最近、アラン王子に町で買って貰ったって言うんだ。ちょっとおねだりしたらすぐに買ってくれたと喜んで言っていたよ。」
ルークは吐き捨てるように言う。そ、それは酷い話だ。
「おまけにアメリアに対して一緒にいた友人たちの前で当たり散らしたり、顎でこき使っている姿を俺はその時見た。あの様子ならアラン王子だってきっと知らないはずは無いのに、何故生徒会長を含めてソフィーに入れ込むのか俺には全く理解できないな。」
グレイの言葉に私はただ驚くばかりだった。でも言われてみれば確かにソフィーはアメリアの頬を平手打ちする等、過激な行動があった。夢の中のソフィーも意地悪な存在で、余程ジェシカよりも悪女に思えた。アラン王子だって初めは彼女の事を嫌悪していたはず・・・なのに何故?
何かがおかしい。私は小説の中のソフィーを気立ても良く、優しい女性として描いたのに。
私は大切な事を見誤ってしまったのかもしれない。
何故かソフィーは途中から私の事を毛嫌いし始めていた。
でもそれはアラン王子達が私に構うようになって、単に嫉妬していたからだと思っていた。
だからこそ、これ以上ソフィーの恨みを買う前にアラン王子と恋仲になってしまえば良いと考えていたのに、まさかアメリアを平手打ちした時には正直驚いてしまった。
どうもこの世界のソフィーは小説の中のソフィーとは大きく異なっているように感じる。
「どうして・・・?本来のソフィーは優しい人だったはずなのに・・・。」
思わず自分の考えていた事が口から付いて出てしまった。
「え?お前今何て言ったんだ?」
私のつぶやきを聞き逃さなかったルーク。あ、まずい・・・。
「あ、あのね。実は入学式当日に出会った時は感じよい女の子だな~って思ったんだけどね・・・。」
咄嗟にごまかす。
その時だ。
「あの・・・ジェシカ・リッジウェイ様ですか?」
不意に私は見知らぬ1人の女子学生に声をかけられた。
「え?」
顔を上げると私達のすぐそばに3名の女子学生が立っている。声をかけてきたのはその中の1人だったのだ。
肩章を見ると、学年は私達と一緒。けれども全く彼女たちの顔に見覚えが無い。
だから私は尋ねてみた。
「あの・・・貴女方は?何故私の名前を御存知なのですか?」
「私はソフィーさんと同じクラスのミリア・クロスフォードと申します。」
「私も彼女と同じクラスのハンナ・サンチェスです。」
「初めまして、クレア・ペレスです。」
彼女は順番に挨拶をしてくる。ウ~ン・・一気に名前を紹介されても覚えきれないなあ・・。
「それで、俺達に何の用なんだ?」
グレイが彼女達に問いかけた。
すると、ミリアと名乗った女生徒が目に涙を浮かべて突然私に頭を下げてきた。
「ジェシカ・リッジウェイ様っ!お願いがございますっ!どうか私達を助けてくださいっ!」
「「お願い致しますっ!」」
何故か残りの2人も声を揃えて頭を下げて来る。え?何?どういう事?
私は呆気に取られてしまった。突然見知らぬ女子学生達から頭を下げられても何の事やらさっぱり分からない。
グレイやルークも同様で、二人とも唖然とした顔をしている。
「あ、あの。ちょっと待って下さい。突然頭を下げられてお願いしますと言われても何をどうすれば良いのかさっぱり分からないのですが。」
慌てて私は3人に声をかける。
「あ、そうでしたよね。どうもすみませんでした。まずは順を追って説明させて頂きます。」
ミリアは目頭をハンカチで押さえると言った。
「お話と言うのは他でもありません。ソフィーさんの事です。」
「ソフィーの事だと?」
名前を聞いただけで、途端に眉をしかめるグレイ。あ~あ・・・。名前を聞いただけでそんな顔をするとは、相当きてるなあ。
「はい。私達はソフィーさんと同じ準男爵という低い身分の貴族ですが、それぞれこの学院で同じ爵位を持つ男性と恋人同士になりました。ところが・・・2ヶ月程前から、私達の恋人が何故か3人ともソフィーさんに恋い慕うようになってしまったのです。いくら私達が訴えても、やり直すつもりは無い、自分が好きな相手はソフィーさんだけだからと言って、耳を貸してくれないんです。」
クレアが事の経緯を説明した。うん、うん。言いたい事は分かったよ。つまり自分達の恋人をソフィーによって奪われてしまったんだよね?でも何故その話を私にするのかが分からない。
「あの・・・その話を何故私に?」
何だか、嫌な予感がしてきた私は彼女達に質問した。
「はい、彼等とソフィーさんを説得して欲しいのです!」
クレアが私に深々と頭を下げた。
あああっ!やっぱり~っ!
「おい、何故ジェシカが説得しなければならないのだ?全く理由がわからないぞ?」
ルークが問い詰める。
「はい、それは今ソフィーさんとアラン王子様が恋仲にあるからです。聞くところによると、以前アラン王子様とジェシカ様は恋人同士だったのですよね?けれどもアラン王子様の心変わりにより、お2人は別れる事になったと・・・。」
ミリアの話に私は度肝を抜かれた。はあ?私とアラン王子が恋人同士だあ?しかも何故か私が振られたと言う事になっている。一体、何故そこ迄酷いデマが広まったのだ?
グレイもルークもあまりの話に呆気に取られているようにも見える。
それでもまだ彼女達の話は続く。
「そ、それなのに私達の恋人だった彼等は、もうソフィーさんに見向きもされないのに、未だに彼女の傍から離れないのです。今はソフィーさんに良いように利用されているだけなのに・・・。」
グスグスと、半分ベソをかきながらハンナが訴えてくる。
「だから、ソフィーさんに言って欲しいんです。彼等を開放して下さいって。はっきりソフィーさんから振ってくれれば、きっと目が覚めて、私達の元へ帰ってくれると思うんです。アラン王子にも頼んで下さいっ!」
ハンナは私の手を握り締めてきた。
いやいや、その話はおかしいでしょう?私が出てくるような事じゃないよね?!第一、私はソフィーと関わりたくないのだから。
「あ、あの。私はソフィーさんとは関わりたく無いので、申訳無いですが、この話は皆さんで解決して貰えませんか?」
「そうだ!ジェシカには関係無い話だ。彼女を困らせるな。」
グレイは彼女達を睨みつけた。
「そうだ、それにジェシカとアラン王子は恋人同士だった事は一度も無い。アラン王子が勝手にジェシカに思いを寄せていただけだ。」
ルークは不機嫌に言った。
ヒエエッ!貴方、仮にも雇い主である王子の事をそんな風に・・・。
それでも彼女達は引かない。だったら尚の事、私が適任と言って聞かない。挙げ句にアラン王子の次に爵位が高いのはこの学院で貴女だから、アラン王子に物申せるのは貴女だけだとゴリ押しされ、とうとうアラン王子とソフィーを説得せざるを得なくなってしまったのだ。
あ~胃が痛いよ・・・。