第1章 3 現れた2人
1
「い、いえ・・・。あの、私が言いたい事は、アラン王子は学院を退学する事になっても構わないのですか?それを尋ねたいのですが。」
私はアラン王子の手をさり気なく振り払うと言った。
「何を言っているのだ?!退学したいはずは無いだろう?ジェシカがいる学院を何故去りたいと思うのだ?」
大真面目で答えるアラン王子。それなら話は早い。
「と、とに角!たかが一度だけ成績が落ちたぐらいで何だと言うのですか?次回の試験で首位を取ればよいだけの話ではありませんか。冬の休暇で帰国されましたら、きちんと御自分の意見を国王陛下に伝えて下さい。」
そうよ!アラン王子に退学されたら困るんだからね!
「わ、分かった・・・っ!必ず説得して見せる。ジェシカの為になっ!」
うん?何故私の為になるのだろうか・・まあ、突っ込むのはやめにしておこう。
そこで私は笑って言った。
「はい、私の為にも是非説得して下さいね。」
その後は・・・折角執事さん達が用意してくれたのだからと、私達はテーブルの上に並べられたスイーツに手を伸ばし、黙々と食べ続ける羽目になるのであった。
あ~胃もたれしそうだ・・・。ひょっとするとアラン王子もこれが嫌で別宅へ足を運ぶのを控えて居たのかなあ?もしこの場に生徒会長が居たらこのスイーツの山を見て泣いて喜んでいたかもしれない。でも私は当分スイーツはノーサンキューだ。
「アラン王子様、お気を付けて行ってらっしゃいませ。夕食のディナーにはアラン王子様のご満足頂けるメニューを用意してお待ちしております。」
執事さんに見送られて私とアラン王子はセント・レイズシティの雪祭りを見に行く為に屋敷を後にした。
「何処に行きたい?ジェシカ。」
何故か私に腕を組ませて町を歩くアラン王子。
「ええと・・・・何処に行きたいのかと聞かれても、セント・レイズシティの雪祭りについて、殆ど情報を持っていないものでして、アラン王子にお任せしたいと思います。
「そうか、よし!ならば広場で氷の彫像が多数展示されているのだ。それを見に行ってみよう。」
アラン王子は嬉しそうに言うと、私の手を繋ぎ、人混みを掻き分けるように歩いて行く。
マーケット市場を通り抜けると、目の前にはこの町の中心地にある広場が飛び込んできた。そして巨大な噴水をぐるりと囲むように氷の彫像が並べられていた。
「うわあ・・・っ!な、なんて美しいの・・・っ!」
私は初めて見る氷の彫像に感動してしまった。
立派な羽を持つ天使の彫像や白鳥、美しい女性の彫像に、今にも走り出しそうな馬の彫像等々、20点程の作品が展示されている。
「夜には周囲の明かりに照らされて、もっと美しく見えるんだ。それは幻想的な光景だぞ。」
アラン王子は私の隣に立ち、彫像を見つめながら教えてくれた。
私はそんなアラン王子の横顔をチラリと見つめる。うん、この間久しぶりに再会した時に比べると顔色も良くなったし、目の下のクマも消えている。この分なら・・・国に帰る頃には元通りのアラン王子に戻っているかもしれない。
突然、私は自分に注がれる強い視線を感じて振り向いた。
しかし、辺りを見渡してもそれらしき人物は見当たらない。一体今の視線は何だろう・・?強い敵意を感じたのだが、心当たりがあり過ぎて誰なのか全く見当が付かないなあ・・・。
「どうした、ジェシカ。」
そんな様子の私に気が付いたのか、アラン王子が声をかけてきた。
「い、いえ。何でもありません。」
「そうか・・・?それでは次に何処へ行こうか・・・。」
アラン王子は思案しているようだが、やがてポンと手を打った。
「よし、マーケットへ行って見よう。今はこの季節限定のグッズが沢山売られているんだ。ジェシカの欲しい物なら何だって買ってやるぞ。」
「いいえ、それは遠慮致します。」
即答する私。
「何故だ?普通、女性というものは贈り物をされると嬉しいものでは無いのか?」
心底不思議そうな顔で尋ねるアラン王子。ええ、確かに普通の女性なら男性からのプレゼント・・それがまして王子様からとなると喜んで受け取るかもしれないけれども、私はこのプレゼントを貰う事によって、アラン王子に縛られてしまうような気がしてならない。それだけは絶対に避けなくてはっ!
「自分の欲しいもの位、自分で買いますよ。それがリッジウェイ家の決まりですから。」
「え・・・そうなのか・・?それなら仕方が無いが・・・。」
残念そうに言うアラン王子。はい、ごめんなさい。多分、その話は嘘だと思います。だって私はまだ一度もリッジウェイ家の人達には会った事が無いのだから。
「でも、マーケットは見たいです。どのような品物が売っているのか興味はあるので。」
「そうか、なら早速行ってみよう。」
そして私達はマーケットへ向かった。しかし、相変わらず視線を感じるなあ・・・。
アラン王子は気付いていないのだろうか?
マーケットへ向かって歩いている時、ふいにアラン王子が声をかけてきた。
「ジェシカ、マーケットへ行く前に少し寄り道をしてもいいだろうか?」
「え?ええ・・・私は別に構いませんけど?」
何だろう?何か用事でも思い出したのだろうか?
アラン王子はどんどん人通りの少ない場所へ向かって歩いて行く。そして細い路地裏に入ると、突然ピタリと止まり口を開いた。
「隠れていないで出てきたらどうだ?先程から俺達の後を付けているのは知っているんだぞ?」
そしてクルリと反対側に向き直った。
「へへへ・・・。何だ、バレていたのか?」
建物の陰から現れたのはマント姿の男だった。フードを被っているので顔はうかがい知る事が出来ないが、声の感じではまだ若そうだ。
「一体何だ?お前は・・・俺達に何の様だ?」
冷たい表情で男を見ながら話しかけるアラン王子。
「いや・・・別に王子に用がある訳じゃないんだよな・・・。俺が用事があるのはそこにいる女だ。悪いが引き渡して貰うぜ。」
マントの男は私を真っすぐに指さすと言った。
「!」
私は身構えた。
「ほう、俺が王子と知っているのか・・・。知っていて俺の大切な女性を貴様に引き渡せと言うのだな?」
アラン王子は私を背中で隠す様に立つと言った。
「ああ、命令だから仕方が無いのさ。」
男は肩をすくめると言った。
「命令って・・・・一体誰からの命令なのだ?」
「さあな・・・。俺が素直に言うとでも思っているの・・・かっ!」
男は言うや否や、突然右手から炎の弾を出現させ、私達に向かって投げつけてきた。
「シールドッ!」
アラン王子が叫ぶと目の前に魔法の防御壁が出現し、炎の弾は弾き返されてマントの男の元へ向かって飛んで行く。
「グッ!」
予想外の出来事に男は咄嗟に避けようとした。
しかし、アラン王子はそれを見逃さない。
「爆ぜろっ!」
右手を握る動作をすると、途端に男の目前で爆発する炎の弾。
「ぐわああああっ!」
激しい爆発で煙が巻き起こる。
つ、強すぎる・・。
私はアラン王子の桁外れの強さに言葉を失ってしまうと同時に、ある疑問が沸き起こった。こんなに強いのなら、護衛のグレイとルークなんて必要ないんじゃないの?
やがて、すっかり煙が消えると・・・男は完全に消え失せていた。
「チッ!逃げたか・・・。」
アラン王子は忌々し気に舌打ちをすると、私の方を振り返った。
「ジェシカ、大丈夫だったか?怪我は無いか?」
「は、はい。アラン王子のお陰で無事でした。」
ここは素直にお礼を言う。
「そうか、なら良かった。しかし、一体あの男は何者だったのだ・・?ジェシカを襲うなど、とんでもない男だ。」
忌々し気に言うアラン王子。そうか、アラン王子は気が付いていなかったのか・・。
でも私は首謀者がはっきり分かる。
そう。2度目に感じた視線・・・そして建物の陰から見えた人物は見間違えようが無い。
その人物とはソフィー・ローランだった―。
2
私とアラン王子はマーケット市場の雑貨店に来ている。この店は木彫りの可愛らしいアクセサリーや人形、ペン立て、フォトフレーム・・・等々様々な雑貨が所狭しと並べられて売られている。
「わあ・・・これ、可愛い!」
その中の1つ、私は青い鳥をモチーフにしたブローチを見つけ、手に取った。
「なんだ、ジェシカ。これが気に入ったのか?」
アラン王子が私の手元を覗き込む。
「はい、一目で気に入りました。これを買う事にします。」
私は店主のお婆さんに声をかけた。
「すみません。この鳥のブローチをください。」
「おやまあ、お客さん・・お目が高いですねえ。このブローチを作ったのは木彫りで有名な作家さんの作品なんですよ。滅多に市場には流れてこないのですが、偶然1つだけ入荷する事が出来て・・・。」
「そうなんですか?」
その話を聞けばますます欲しくなってしまう。
「お嬢さんへのプレゼントですか?」
お婆さんはアラン王子を見ながら言った。
「いや、俺は・・・。」
アラン王子が言いかけたのを慌てて私が言う。
「ち、違うんですっ!こ、これは妹への私からのプレゼントなんです!」
ここで、これは私が自分で買うと言えばアラン王子に悪いような気がして、咄嗟に嘘をついてしまった。
「ああ、そうだったんですね。きっと妹さんもお姉さんからのプレゼント、喜ぶと思いますよ?」
お婆さんはニコニコしながらブローチを包みに入れてくれた。
「・・・・。」
アラン王子は驚いたように私を見ている・・・が、気づかないフリをした。
その時、お婆さんが顔を上げて私の顔をじっと見つめると言った。
「お嬢さん・・・・貴女、不思議な相をしているようですねえ・・・。今まで感じた事の無い雰囲気を纏っているような・・。」
「え・・・?」
お婆さんの言葉に私は思わずドキリとした。
「この先も、色々厄介事に巻き込まれてしまわないように・・・お守りのネックレスなどは如何ですか?ここに並べられているネックレスはどれも持ち主の身を守ってくれる魔力が施されているんですよ。」
言うと、お婆さんはガラスケースに入れられた木彫りのネックレスを幾つか持って来て見せた。
「何だ、客引きか・・・。」
アラン王子が口の中で小さく呟く声が聞こえ、思わず苦笑してしまった。
でも私はお婆さんの真剣な表情を見逃さなかった。この人は本当に私の身を案じてくれている・・・何故か直感でそう思った。
「そのネックレス・・・見せて頂けますか?」
私は差し出されたガラスケースの中に収められている数点のネックレスに目を通した。中でも興味を引いたのがダイヤの形にカットされた木彫りのネックレスである。
このネックレスの木枠の部分には見た事も無い文字が刻まれ、中央には小さな丸い水晶のようなものが埋め込まれている。
色は赤、青、黒、黄色、紫の5色で、それぞれ鈍い輝きを放っていた。
「この・・色がいいです・・。」
私はガラスケースに入っている青いネックレスを指さした。何だろう。凄く不思議な感じがする。どうしても欲しくなってしまった。
「なら俺が買ってプレゼントする。」
突然アラン王子が私の背後から店主のお婆さんに言った。
「え?な、何言ってるんですか?自分で買いますよ!」
「いや、これは俺に買わせてくれ。」
アラン王子は私の言葉に耳を貸さず、ネックレスの入ったケースを御婆さんに渡しながら言った。
「俺からのクリスマスプレゼントだ。頼む、受けとってくれ。」
いつになく真剣なアラン王子に逆らえず、私は小さく頷いた。
「分かりました・・・・。アラン王子、どうも有難うございます。」
「はい、どうされますか?お包みしますか?それとも・・。」
御婆さんの問いにアラン王子は言った。
「いや、今すぐ付けるから包まなくても良い。」
そしてそのままネックレスを受け取るとアラン王子は私の背後に回った。
「え?」
私が返事をする間も無くネックレスを付けるアラン王子。店主のお婆さんは手鏡を持って私に見せてくれた。
「良く似合っているよ、ジェシカ。」
優しい笑みを浮かべて私の耳元で囁くように言うアラン王子。
「あ、ありがとうございます・・。」
か、顔が近い・・っ!思わず赤面しそうになるのを理性で必死に押しとどめる。
流石は私の小説の中のメインヒーロー。女性の心を射抜く、その微笑みは破壊力抜群だ。
「ありがとうございました。」
店主のお婆さんはお辞儀をしながら私達を見送った。
「本当に良かったのですか?こんなに素敵なネックレスを頂いてしまって。」
「ああ。これはほんのお礼だから気にしないでくれ。」
アラン王子は白い息を吐きながら言った。
「お礼・・・ですか?」
私は思わずアラン王子を仰ぎ見た。
「そうだ。俺とは二度と関わりたくは無かったはずなのに、あの時・・雪の中をわざわざ俺の事を探しに来てくれた事と、もう一度こうして2人で会ってくれた事へのお礼だ。」
そして目を細めて私を見つめる。
「アラン王子・・・・。」
私は思わず視線を逸らせると言った。
「あ、あの。そろそろお腹が空きませんか?私・・・食べてみたい食べ物があるんです。屋台で・・アラン王子のお口に合うかどうかは分かりませんが、よろしければ一緒に食べに行きませんか?」
「屋台の食べ物?でもジェシカがお勧めする食べ物ならきっと美味いんだろうな。よし、一緒に食べに行こう。」
「はい、それでは屋台街へ行きましょう。」
アラン王子の先頭に立って歩き始めると、急に右手を引かれた。
「?」
私が振り返ると、アラン王子は少し照れたように言った。
「手を・・手を繋いで歩いていいだろうか?」
え?何を今更言ってるのだろう?
「アラン王子、先程も私の手を繋いで歩いていましたよね?」
「そうだったのだが・・・考えてみれば俺は今迄随分強引な男だったような気がするんだ。だからジェシカにも嫌がられてしまったのでは無いかと思って・・今後は自分の考えを相手に押し付けるのはやめにする。ジェシカ、俺はお前と手を繋いで歩きたい。嫌なら嫌と言っていくれ。」
いつになく真剣な表情のアラン王子。ここまできて嫌だと拒否など出来るはずは無いだろう。
「いいですよ。」
私は笑って右手を差し出した。
「・・・ありがとう。」
言うとアラン王子は私の右手をしっかり握りしめると手を引いて歩き出した。
それにしても・・・王子は嬉しそうに歩いているが、私は正直に言えば生きた心地がしなかった。もし、2人で手を繋いでいる姿を他の誰か(特にマリウス)に見つかったら厄介だなあ・・。
全くもう少し、アラン王子が目立たない存在だったならましだったのに、なまじ人目を引く容姿をしているだけに嫌が上でも注目を浴びてしまう。
ああ・・・やはり手を繋いで歩くなんて・・了承するべきでは無かったかなあ。
そんな事を考えている内に私達は屋台街に到着していた。周囲は色々な食べ物の美味しそうな香りが漂っている。
「ジェシカ、お前が食べてみたいと言っていた食べ物は何と言うのだ?」
「はい、<ラフト>って名前の食べ物なんです。」
ああ、以前食べ損ねてしまった<ラフト>・・・。今度こそやっと食べられるっ!
「うん・・・どの屋台なのだろう?」
アラン王子はキョロキョロしているが、私の方が一足早く見つけた。
「あ!あの店ですよ、アラン王子。」
私は急いでラフトの屋台へ向かった。
「すみません、ラフトを2つ下さい!」
大きな声で店員のお兄さんに言うと、彼は私を覚えていたようで笑顔になって言った。
「やあ!この間のべっぴんさんじゃないか?また俺の店に来てくれたのかい?」
「はい、どうしてもこのお店のラフトがもう一度食べたくて。」
「それは嬉しい事を言ってくれるなあ~。おや?後ろのお兄さんは誰だい?」
屋台のお兄さんはアラン王子に気が付いたようだ。
「え~と、この方は・・・。」
そこまで言いかけて私は思わず後ずさりそうになってしまった。アラン王子が物凄い怖い目つきで屋台のお兄さんを睨み付けていたからだ。
「に、兄さん・・・な、中々鋭い目つきをしているねえ・・・。」
引きつった笑顔で言う屋台のお兄さん。ち、ちょっとアラン王子!何故そのような眼つきでこのお兄さんを睨み付けているのよ?!
「おい、お前・・・ジェシカとはどういう関係だ・・・?」
今にも殴りつけそうな気迫でお兄さんに尋ねるアラン王子。あーもうっ!何をやっているのよ!
「お、お兄さん!ラフト2枚下さい!ほ、ほら。アラン王子はあちらのベンチで待っていて下さい。焼けたら持って行きますので!」
私はまだ何か言いたげなアラン王子の背中を押すとベンチの方へと追いやった。
「なんだ、あの人は彼氏かい?随分嫉妬深い彼氏なんだなあ?」
屋台のお兄さんはからかうように言う。
「いえ、彼氏なんかじゃありませんよ。只の男友達です。」
「そうか・・・。ああいうタイプは面倒だからお嬢さんも苦労しそうだなあ。ほら、ラフト2枚焼けたよ。」
「ありがとうございます。」
私はラフト2枚を紙皿に受け取ると、意気揚々とアラン王子の元へと向かった。
ああ、やっと念願のラフトが食べられる!
庶民的な食べ物だけど、アラン王子の口に合えばいいなあ・・・。
3
「お待たせしました、アラン王子。」
焼き立て熱々のラフトを紙皿に乗せて、ベンチに座っているアラン王子に差し出した。
「これがラフトと言う食べ物なのか・・・初めて見るな。」
アラン王子は物珍し気に見つめている。
「まあ、とにかく食べて見て下さいよ。」
私はフォークを渡しながら言った。
「あ、ああ・・・。」
そして恐る恐る一口大に切って口に運ぶアラン王子。
「ん、美味い!」
口に入れた途端に笑顔になったアラン王子を見て私はほっとした。
「良かった、お口にあったようで。」
「口にあうも何も・・・これ程素朴なのに、美味い食べ物を食べるのは生まれて初めてだ。本当に・・・ジェシカといるといつも新しい発見があるな。それなのに俺は・・・。」
アラン王子が何を言いたいのかは検討がついていた。が、私はその事に触れるのはやめた。こうして一緒に居るのも冬の休暇に入るまでの5日間迄と決めた事。だから、あえて私は明るい声で言った。
「ほら、アラン王子。温かいうちに食べましょう?冷めると味が落ちちゃいますよ。」
「ああ、そうだな。」
そして私達は2人仲良くラフトを食べ、その後、再びマーケットを見て歩き、私は試飲した果実酒2本、アラン王子は赤ワインと白ワインを購入した。
いつの間に日が落ち、辺りはすっかり夜の光景に様変わりしていた。町中の至る所に置かれたランタンには日が灯され、雪景色と相まって幻想的な雰囲気に包まれている。
「綺麗・・・。」
思わず呟いていた。すると隣に立っていたアラン王子が私を見つめると言った。
「ジェシカ・・。今日は1日俺に付き合ってくれて本当にありがとう・・。」
「アラン王子・・。」
その時だ。
「あら、ジェシカさんとアラン王子ではありませんか?」
不意に背後から声をかけられた。あの声は・・・!恐る恐る振り返るとそこに立っていたのは予想通りソフィーと、そして何とアメリアが一緒にいたのだった。
「あ・・貴女達は・・・っ!」
まさか、この2人が直接私達の前に姿を現すなんて予想もしていなかったので私は一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
ソフィーはその顔に笑みを浮かべているが、私に激しい敵意を向けているのをひしひしと感じた。一方のアメリアは・・・どことなく目が虚ろで焦点があっていない。
え?一体アメリアはどうしてしまったのだろう?私の事が分からないのだろうか?
「アメリア・・・ッ!それにお前は・・・。」
アラン王子は明らかに動揺している。でもそれは当然の事だろう。私だって驚いているのだから。あれ程色々な人を使い、嫌がらせをしていたソフィーが直接私の前に姿を現すなんて・・・。
「何だ?何をしに俺とジェシカの前に姿を見せたのだ?それにお前はアメリアに暴力を振るった女だったよな?」
アラン王子は何故かアメリアの事は無視するようにソフィーに向かって話しかけてきた。
するとソフィーは言った。
「ええ、確かに・・あの時私は感情に任せてアメリアを叩いてしまいましたけど、私と彼女は親友同士なんです。ちょっとした行き違いから喧嘩になってしまいましたけど、今は仲直りしたんですよ。ね?アメリア。」
ソフィーはアメリアの肩に手を置くと言った。するとそれまで虚ろだったアメリアの目に光が宿り、ソフィーの方を向いた。
「ええ、ソフィー。私と貴女は親友よ。」
ニコリとほほ笑むと、アメリアはアラン王子を見つめた。
「アラン王子・・・何故ですか?アラン王子はあの時、私に愛を囁きましたよね?君を愛している、今度の冬の休暇に一緒に国へ来てもらいたいと・・・。なのにその数日後には心変わりをしてしまうなんて・・・。ねえ、嘘ですよね?アラン王子。貴方が愛しているのはこの私ですよね?」
何だろう?この雰囲気は・・・。アメリアとソフィーから只ならぬ気配を感じる。そう、この2人に抗ってはいけないような・・・。
私は隣にいるアラン王子をチラリと見て、息を飲んだ。
アラン王子の目はトロンとし、熱に浮かされたかのような眼差しをアメリアに向けている。
「ああ・・・。やはり俺の愛する女性は・・アメリア・・お前だ。俺にはもうお前しか見えない・・・っ!」
そう言うとアメリアへ歩み寄り、強くアメリアを抱きしめたのだ。
「ジェシカさん、これでもうお分かりになったでしょう?いつまでもしつこくアラン王子の傍を纏わりつかないで下さいね。」
何故か勝ち誇ったかのように言うソフィー。
「ジェシカ・・・。悪いがお前とはもうここまでだ。一時の迷いでお前を選ぼうとしていたなんて、俺はどうかしていたのだろうな。」
アメリアを抱きしめたまま、冷たい視線で私を見つめるアラン王子。やっぱりおかしい。こんなに突然に人の心が変わってしまうとは到底思えない。しかし、目の前で起こっている出来事は現実なのだ。だとすると、私に出来る事は・・・。
「分かりました。アラン王子がそう仰るのであれば、私達がこうして会うのも今宵限りで終わりに致しましょう。ネックレス、どうもありがとうございました。大切にしますね。アメリアさんとお幸せに・・・・それでは失礼致します。」
そして頭を下げると3人からクルリと背を向けて、その場を立ち去った。
うん、これで良かったのだ。でも本来アラン王子が結ばれるお相手はアメリアではなくソフィーなのだが・・これはちょっとした手違いなだけかしれない。
やはりこれが何らかの見えない力で働いている修正力なのかもしれない。
けれどこれで良かったのだ。アラン王子もいつまでも私に未練を残していると物語がどんどん違う方向へ進んでしまう。
そして私の進むべき道も見えてきたような気がする。
悪女に仕立て上げられないように振舞い、魔界の門が開かれる前に静かに皆の前から消え去る・・・。
その為にジェシカの住む国に戻ったら準備を始めて、金目になりそうな物は全て現金化しなければならない。
「忙しくなるな・・・。」
私は下を向いて思わず口に出していた。
「何が忙しくなるのかな?」
突然の聞き覚えのある声に思わず顔を上げると、何とそこに立っていたのはジョセフ先生だった。
「こんばんは、リッジウェイさん。」
穏やかに微笑むジョセフ先生。
「こんばんは、ジョセフ先生。今から家に帰られるのですか?」
ジョセフ先生は大きな紙袋を抱えていた。
「うん。買い物も済んだし、これから家に帰る所だったんだけど・・・珍しいね。君1人なのかな?」
「え・ええ・・・。先程までアラン王子と一緒だったのですが・・。」
そこから先は言葉を濁すと、ジョセフ先生は何かを察したかのように言った。
「リッジウェイさん。良かったら今夜僕の家で一緒に夕食を食べていかないかい?今から帰宅して料理を作るから大したおもてなしは出来ないけども・・・。」
「でも・・・ご迷惑ではありませんか?」
私は伏し目がちに言った。あまりジョセフ先生と親しくなっても別れが寂しくなるので、これ以上関わらない方が良さそうだ。
「もう夜なのに、リッジウェイさんを1人で学院へ帰す事なんてさせられないよ。それに・・・僕が君と一緒に夕食を食べたいんだ。駄目かな?」
ジョセフ先生は分厚い眼鏡のレンズ越しから優し気な眼差しで私をじっと見つめる。
ああ、そうだ。私は先生のこの全てを包み込んでくれるような黒曜石の瞳が・・・好きなのだ・・。
「は、はい。それではお言葉に甘えてお邪魔させて・・下さい。」
「良かった、受けてくれて。もし断られてしまったらどうしようって思っていたんだけど。それじゃ行こうか?」
こうして私は急遽、ジョセフ先生の家にお邪魔する事になった。
路面電車を乗り継ぎ、ジョセフ先生の自宅に着いた時はもう星が沢山夜空に現れていた。
「相変わらず星空が素敵な場所ですね・・・。」
私は夜空を眺めながら言った。
「この景色・・・気に入ってくれているんだね。」
ジョセフ先生の問いに私は返事をした。
「ええ、当然ですよ!だってこんなに美しい夜空を見る事が出来るんですよ?」
「そうなんだね。それじゃ・・・ここで僕と一緒に暮らさないかい?」
「え・・・ええっ?!」
あまりにもサラリと言ってのけるジョセフ先生に私は驚愕してしまった。
すると先生は急に笑い出した。
「アハハハ・・・。冗談だよ。第一ここから学院に行くには時間がかかり過ぎるよね。」
「何だ、冗談だったんですね。あ~びっくりした。」
胸をなでおろす私に、何故か無言のジョセフ先生。
「ジョセフ先生?」
急に黙り込んでしまった先生に私は声をかけた。
「あ、何でも無いよ。それじゃ早く家に帰って夕食の準備をしないとね。」
慌てて家に入るジョセフ先生に私も続き、その後は2人で夕食の準備をし、ささやかなディナーを開いた。
鶏肉のグリル焼き、サラダにミネストローネ、マーケットで購入して来たパン、そして私が買ってきた果実酒で乾杯して、私とジョセフ先生はささやかなディナーを堪能するのだった―。」