第1章 2 アラン王子の要求
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一体、アラン王子は今更何を言い出すのだろう?マリウスの話では生徒会長もノア先輩、そしてダニエル先輩まで私が原因?で引きこもってしまったというのに、アラン王子だけ特別扱いにしては、彼等まで同じ要求をしてきそうだ。
特に生徒会長とは二度と関わり合いたくは無いというのに・・・。
「アラン王子、それはマリウス達に相談してみない事には私の一存では決められません。」
この言い方ならアラン王子も引き下がると思っていたのだが、王子の口からは意外な言葉が飛び出してきた。
「ああ、彼等に相談して貰っても構わない。よろしく頼む。」
何と!アラン王子が頭を下げるなんて。
そして今、談話室には新たにマリウス、グレイ、ルーク、ライアン、他には・・・。
「ケビンさん、何故貴方迄ここにいるのでしょう?」
私はライアンの隣に座っているケビンに尋ねた。
「すまん、ジェシカ。こいつ、勝手に俺にくっついて来たんだ。いくら追っ払っても言う事聞かなくて・・・。」
「いえ、私は別にライアンさんを責めている訳では・・・。」
言いながらケビンをじろりと見る。
当の本人は知らんぷりで明後日の方向を見ている。全く何を考えているのやら。
「それで?アラン王子はジェシカお嬢様と冬の休暇が始まるまでの数日間を一緒に過ごす権利が欲しいと仰っている訳ですね?」
言い方は丁寧だが、腕と足を組んでいるマリウスは随分横柄な態度を取っているように見える。
相手は仮にも王族なのに、よくもそのような態度を取れるものだ。
「ああ・・・。そうだ。ジェシカが自分1人では決められないと言うからお前達にも話を聞いてもらいたくて呼び出して貰った。」
アラン王子の方は若干いつもよりも腰が低めに感じる。
「それにしても、アラン王子・・・随分外見が変わってしまいましたね。そんなにお嬢様を失ってしまった事がショックだったのですか?でもそれは自業自得だと思いますけどね。」
どこまでも容赦ない言い方をするマリウス。ねえ、あまり無礼な言い方をしては不敬罪に問われてしまうんじゃないの?何だか聞いてるこちらがハラハラしてくる。
現に他の人達はマリウスの雰囲気にのまれているのか、誰1人言葉を発する事が出来ない状態だ。
あ~あ・・・グレイとルークなんか小刻みに震えているじゃ無いの。可哀そうに。
「私としては、アラン王子にジェシカお嬢様を託すのは正直に言いますと反対ですが、他の皆さんはどうなのですか?」
マリウスはぐるりと周囲の人達を見渡した。
「あ、あの・・・俺はジェシカがそれでよければ、構わないと思い・・・ます。」
何故か丁寧語で語るグレイ。
「お、俺もグレイと同意見です。」
ルークまでグレイと同じ口調でしゃべっているよ。
まあ、それも無理は無いか。何せ相手は雇用主でもある王子なのだから。
「チッ!」
おお!マリウスがまた舌打ちした!何と恐ろしい男なのだ・・・!アラン王子の前で堂々と舌打ちをするなんて。本当にこんな男の側にいれば今にとんでもない事に巻き込まれてしまいそうだ。
命が幾つあっても足りないかもしれない。
「ではライアン様と・・・ところで貴方はどなたですか?何やら初めてお会いする方のようにも御見受けしますが・・・?」
ライアンはケビンを見ると首を傾げた。
それはそうだろう。ケビンはマリウスの預かり知らぬ所で勝手にライアンとの約束の日にくっついてきては無理やり私を連れ去って行くような男なのだから。
「ああ、俺はライアンの親友でケビン・コールマンだ。一応ジェシカの彼氏候補だから、よろしくな。」
「「「「「「はああっ?!」」」」」」
私達全員の声が一斉にはもる。
慌てて私は否定した。
「ち、ちょっとっ!何てこと言うんですか!私はそんな事初耳だし、了承していませんよ?!」
マリウスは恐ろしい形相でケビンを睨み付けている。
顔が美しいだけに、怖さ倍増だ。
「それじゃ、今から宣言しとくよ。でも、俺は心が広い男だからジェシカがアラン王子を助けてあげたいって言うなら別に構わないぜ。それじゃ、言いたい事は言ったから俺は帰る事にするよ。」
ケビンは立ち上がると、去り際に私にヒラヒラと手を振って言った。
「またな、ジェシカちゃん。」
そしてドアを開けて、そのまま出て行ってしまった。
後に取り残された私達は呆然とするばかりだが・・・最初に我に返って問い詰めてきたのは、やはりマリウスだった。
「ど、どういう事なのですか?!お嬢様!何故私に何も言わずにあのような軽薄そうな男が彼氏候補に名乗りを上げるなんて・・・っ!」
今にも私に掴みかかりそうな勢いだ。
「し、知らないってばっ!大体、あの人と知り合ったのだってほんとについ最近なんだからね?!むしろ私よりも彼の事を知っているのはライアンさんなのよ!」
「お、おい!ジェシカッ?!」
ライアンが悲鳴交じりの声を上げる。
一方のマリウスは怒りに身体を震わせてライアンを睨み付けた。
「あ・・・貴方と言う方は一体どこまでお嬢様を翻弄するつもりなのですか・・!」
これでは全く話が進まない。肝心のアラン王子はすっかり蚊帳の外だし・・・。
マリウスをここに呼んだのが、元々間違いだったのかもしれない。
こうなったら、覚悟を決めよう。
「マリウスッ!いい加減にして!」
私は立ち上がるとマリウスを睨み付けた。
「お、お嬢様・・・。」
途端にマリウスの顔が紅潮し始める。
あ、ヤバイ。また変なスイッチが入りそうだ。
「グレイとルーク、それにケビンさんがアラン王子との時間を作っても構わないと言ってるので、私は冬の休暇が始まるまでの数日間はアラン王子のお側にいようと思います。それで王子が元気が出て来ると仰るのであれば・・・。」
私はアラン王子の方を向いて言った。もうマリウスの言葉は無視しよう。
「ほ、本当か?ジェシカッ!」
途端に顔をほころばせるアラン王子。
「お嬢様?!何を仰っているのですか!私は絶対に反対です!」
「マリウスは黙っていて。」
ピシャリと言うと、流石のマリウスもついに黙ってしまった。
「ありがとう・・・ジェシカ。」
アラン王子は私を見上げながら言った。
こうして私とアラン王子は冬の休暇に入るまでの数日間を一緒に過ごす事になった。
セント・レイズ学院は学期末試験が終わった後、授業は無くなるがすぐに冬の休暇に入る訳ではない。
学院側が成績を付けて結果を渡すまでに5日間の時間を必要としているからだ。
そしてその5日間の間に赤点を取ってしまった者達は追試を受けたり、出席日数の足りない者達はレポート提出の為に寮や図書館に缶詰状態となる。
そして、それ以外の学生達はそれぞれ国に帰省するまでの5日間を自由に過ごす事が出来るようになっている。
この間はセント・レイズシティへの門は開きっぱなし状態になっているので、学生達はこの町で存分に羽を伸ばして遊ぶことも出来ようになっていた。
私もアラン王子も成績上位なので、当然追試は愚か、レポート提出等の必要は一切無い。最も私は魔法の実技試験は全く駄目なのだが、そこは以前私が作り出したオリハルコンを魔法学の教授に見せた所、教授はパニックを起こしかけるくらいに驚き、それで試験は合格となったのだ。
私に具現化する能力があって、本当に良かったとつくづく思った。
6日後にはジェシカの住んでいた屋敷に戻り、ようやく落ち着いた暮らしが出来るのか・・・。冬の休暇を前に私の心も浮足立っていた。
しかし、この時の私はまだ何も知らなかった。この後にとんでもない事件に巻き込まれ、マリウスが今迄私に隠し続けていた驚愕の真実を知る事になるとは―。
2
学院が冬の休暇を迎えるまでの5日間をアラン王子の望み通りに一緒に過ごす事になった私達。
初日の本日はアラン王子からセント・レイズシティの雪祭りに誘われていたので出かける準備をしていると、ドアが激しくノックされた。
「ジェシカさんっ!大変よっ!」
私は慌ててドアを開けると、息を切らしながらそこに立っていたのはエマだった。
「ど、どうしたの?エマさん。そんなに慌てて。何があったの?」
「ジェシカさん、アラン王子と生徒会長達が門の所で騒ぎを起こしているのよっ!どうも誰かがジェシカさんとアラン王子の事をあの3人に話してしまったらしくて。」
エマにはアラン王子が国に帰るまでの間、2人で一緒に過ごす事になった事を事前に説明しておいたのだ。
初めにその話をしたときはエマは大反対したのだが、学院内で偶然アラン王子を見かけたらしく、そのあまりの変貌ぶりに驚き、ようやく今回の件を納得してくれたという訳なのだが・・・。
「ええ?!」
何となくアラン王子との事は生徒会長達にばれてしまうのでは無いかと思っていたのだが、まさか騒ぎにまで発展するとは・・・。でも噂の出どころは誰なのか、おおよその検討は付いている。きっとばらしたのはマリウスに違いない。
私は心の中で舌打ちした。全く厄介な事をしてくれる男だ。この件が片付いたら、覚えていなさいよ。
私が門の前へ行くと、物凄い剣幕で怒鳴り合うアラン王子に生徒会長、そしてそれをオロオロしながら見守るグレイにルーク。そしてノア先輩とダニエル先輩が静かに傍観している。
何、あれ。どうして大の男が4人も揃ってアラン王子と生徒会長の口論を止めない訳?まるで今にも喧嘩が始まりそうな勢いだというのに。
「アラン王子っ!」
私が大きな声で呼びかけると、彼等が一斉に振り向いた。
「ジェシカッ!」
アラン王子が笑顔で私の名前を呼ぶ。途端に険しい顔で私を見る生徒会長。
ノア先輩とダニエル先輩は驚いたようにこちらを振り向いた。
「やめて下さいよっ!こんな人目の付く所で・・・物凄く目立ちまくってますよ!皆さん恥ずかしくは無いんですか?」
私は全員を見渡しながら言った。
「おい、これで分かっただろう?ジェシカは今日から休暇に入るまで俺と一緒に過ごす事になったというのが。」
何故か私の肩に腕を回しグイッと自分の方へ引き寄せながら生徒会長に言うアラン王子。あの、勝手に触らないで欲しいのですけど。
「おい!勝手にジェシカに触るな!」
そこで文句を飛ばす生徒会長。いやいや、貴方にとやかく言われる筋合いは無いのですが・・・。
「ジェシカッ!何故アラン王子は良くて僕は駄目なんだ?!」
悲痛な声で訴えるノア先輩。あ、なんかヤバイ。ノア先輩の目に少しだけ狂気の色を感じるのは気のせいだろうか・・・・。
「可哀そうにジェシカ。アラン王子に脅迫されたんだろう?もう僕の気持ちは二度とぶれないから、もう一度初めからやり直さないかい?」
何故か私の前に両手を広げているダニエル先輩。いやいや・・・もう恋人の振りをするのはとっくに終わっていますよね?
「うるさい!お前ら!ジェシカは今回俺を選んでくれたのだ。今更お前たちが出て来た所で無駄だ。」
そしてアラン王子は、これみよがしに私を腕に囲いこむ。ちょ、ちょっとっ!何するのよ!この俺様王子め。
「アラン王子!ジェシカに必要以上に触れないで頂けますか?」
その時、強い口調でルークが言った。それを聞いて、私はギョッとした。
何言ってるの?ルーク!相手は仮にも貴方の主君、王子様でしょう?そんな事言って首が飛んだらどうするのよ!
この言葉に流石のアラン王子も私を離すとルークを見た。
グレイも驚いてルークを見る。勿論生徒会長達も一瞬固まってしまった。
「ルーク・・・お前、王子であるこの俺にそんな口を聞いてもいいのか?」
アラン王子が怒りを抑えた口調でルークを睨み付けながら言った。
「お、おい・・。ルーク、流石に今の台詞は・・ほら、王子に謝れ。」
グレイも焦りながらルークに言う。
「・・・・。」
それでもルークは何も答えない。
「へ~え・・・これは面白い展開になってきたね。」
ノア先輩だけは楽しそうに言った。本当にこの先輩は相変わらずだ。
「ふん、仮にも主である王子に逆らうとはな・・・。」
生徒会長、貴方はこれ以上その愚かな口を塞いでください。
正に一種即発の状態だ。ここは私が何とかしなければ・・・っ!
「さ、さあ!アラン王子。早く出かけましょう?2人でセント・レイズシティの雪祭りを見に行くの楽しみにしていたんですよ。」
私はアラン王子の手を繋ぐとわざと楽しそうに言った。
「え・・?ほ、本当か?ジェシカ。」
アラン王子は目を見開いて私を見た。
「え、ええ。勿論ですよ!だから、皆さん!」
私はその場に居た男性陣を見渡すと言った。
「絶対に、今後(残り5日間)は私とアラン王子の邪魔はしないで下さいね。」
それを聞いた彼等は皆一斉に凍り付いた―ような気がした。
「では、皆さん失礼しますね。早く行きましょう、アラン王子。」
これ以上私は揉め事が起こる前にと思い、アラン王子の手を引くと逃げるように門の向こうをくぐったのである。
門をくぐると私は後ろを振り返った。
どうやら誰1人私達の後を追ってくる人物はいない様だ。
「ふう・・・。」
私は溜息をつき、アラン王子の手を放そうとしたのだが・・・。
「あの、アラン王子。そろそろ手を放して下さいませんか?」
私の右手はしっかりとアラン王子にホールドされている。
「何故だ?」
心底不思議そうに私を見つめるアラン王子。
「いや、何故って・・・。私は確かに休暇までの5日間はアラン王子と一緒に過ごす事を約束しましたけど、不必要な接触はしない約束でしたよね?」
「これは必要な接触だと思うがな?ほら、こんなに大勢の人々がいるのだ。途中ではぐれてしまったらどうするのだ?」
「まあ、確かにそうではありますが・・・。」
言い淀むと、アラン王子はより強く私の手を握りしめて人混みを縫うように歩きながら白い息を吐いて嬉しそうに笑った。
確かにアラン王子が言うように、セント・レイズシティはいつにもまして多くの人々で賑わっている。町中には至る所に可愛らしい木製のらんたんが飾られている。おそらく夜になるとこの中のロウソクに火が灯され、幻想的な美しい光に町が包まれるのだろう。・・・どうせなら夜に来てみたかったな。
さらに町の中の街路樹は美しい装飾が施され、クリスマス一色に染まっている。
日本にいた頃とはまた違った町並みの美しい光景に私は目を奪われていた。
「そうだろう?何処に行こうか?ジェシカの行きたい場所があるならどんな所だっていいぞ?」
私の手を引きながら歩く今のアラン王子はまるで別人のようだ。
王子のあまりの変貌ぶりに私はただ驚くしか無かった。本当にあの俺様王子っぷりはいったいどこへいってしまったのだろう?ひょっとするとアラン王子がここまで変わったのは・・・。
「アラン王子・・・随分性格が穏やかになられましたね。」
私は失礼を承知で言った。
「そうか・・・?」
アラン王子は立ち止まり、私を振り返った。
「これもひとえに・・・アメリアさんのお陰でしょうか?」
「な!な、何故・・・そこでアメリアの名前が出てくるのだ?!」
アラン王子は心底驚いたような素振りを見せた。あれ?やはり図星だったのかな?
「いえ、何となくそう思っただけですが・・・。」
「ち、違うっ!それは絶対に無い!俺は・・・ジェシカに嫌われたくは無いから・・だから・・女性の心理・・・と言うのを勉強して・・・。」
後の台詞はゴニョゴニョと口籠るだけで何を言っているのかは聞き取れ無かったのだが、今まで自分の事しか考えてこなかった俺様王子としては、人間的にかなり進歩したのかもしれない。うん、これなら・・将来的にアラン王子はソフィーとの仲も良くなり、いずれは恋愛関係に至る事が出来るかもしれないな。私は1人納得するのだった。
「で、どうする?ジェシカ。これから2人で何処へ行こうか?」
アラン王子の問いかけに私は言った。
「それよりもアラン王子、まずは2人でゆっくり話が出来る静かな場所へ行きたいのですが・・・。」
何せ、アラン王子には色々と質問したい事がある。取りあえず落ち着いた場所で話を聞かない事には何も始まらない。
私の言葉に、何故か顔を真っ赤にする王子。
「ジェ、ジェシカ・・・お前、本気でそんな事言ってるのか・・?」
「はい?そうですが?」
「わ、分かった・・・行こう。」
アラン王子は私の手を強く握りしめると、早足で歩き始めた。
はて?一体何処へ行くつもりなのだろう・・・・?
3
私がアラン王子に連れられてやってきたのは立派な門構えに紋章が刻まれた巨大な屋敷であった。屋敷の前には1人の門番が立っており、アラン王子を見ると素早く敬礼した。
「これはアラン王子様!よくぞいらっしゃいました!」
「ああ、今夜この屋敷で休ませてもらうぞ。」
「はい!承知致しました!すぐに執事を呼んで参ります!」
門番は素早く屋敷の奥へと走り去って行く。
「あ、あの~ここは何処なのでしょう?」
私が恐る恐る尋ねると、アラン王子は当然のように言った。
「ああ、この屋敷はセント・レイズシティにある王家の別宅だ。」
「そ、そうなんですね・・。」
ああ~やはりそうでしたか。けれどいくら静かな場所で話がしたいと言ったけど、わざわざ王族の別宅に私を連れてこなくても良かったんじゃ無いの?その辺のカフェで十分だったのに・・・。
そんな事を考えていると、奥からバタバタと誰かが走って来る足音が聞こえてきた。
そして髪をオールバックにしたロマンスグレーのおじ様が現れた。
おおっ!これはなんと・・・渋い方なのでしょう・・。
黒の仕立ての良い上下のスーツに真っ白なワイシャツ。きちんと結ばれたネクタイ。
極めつけはその顔だ。今も十分素敵なお顔だが、若い時は相当モテたのではないだろうか?
「これは、アラン王子様。お久しぶりでございます。入学されてからはまだ1度しかこの屋敷に足を運んで頂けておりませんでしたので、もういらして頂けないのではと思っておりましたが・・・、再びこちらにお越し頂き、感謝致します。」
深々と頭を下げる。そして私をチラリと見ると、早速アラン王子に尋ねてきた。
「あの・・アラン王子様、こちらの女性はどちら様でしょうか?」
「ああ、彼女の名前はジェシカ・リッジウェイ。俺の大切な客人だ。今日はもてなしをしたくて彼女をここに連れて来たのだ。」
「何と!ついにアラン王子様にそのような女性が・・・!はい、承知致しました!すぐに応接室にご案内させて頂きます!」
すると何故かそれを制するアラン王子。
「いや、応接室には俺が連れて行く。お前はお茶のセットを用意してくれれば良い。それじゃ行こうか。ジェシカ。」
「はい、承知致しました。」
ロマンスグレーのおじ様は深々と頭を下げると、すぐに去って行った。
「あの・・・今の方は・・?」
アラン王子に案内され、歩きながら私は尋ねた。
「ああ、彼はこの屋敷を管理している執事だ。」
なるほど・・・執事ですか。道理で品のある方だと思いました。
それにしても何と立派な屋敷なのだろう。日本にいた時に私が一時夢中になって見ていた王宮ラブロマンスドラマに出てくるような作りだ。廊下の床にはビロードの真っ赤な絨毯。天井には立派なシャンデリア、大きなガラス窓からは温かな日差しが差している。
こんなに立派な別宅があるのに、何故アラン王子は1度しか訪れていないのだろう?この屋敷を管理している人達の為にも、もう少し足しげく通って上げても良いのに。私がアラン王子の立場だったら、きっと休暇の度にこの屋敷へ来ては泊まっていくのにな・・・。
等と考え事をしている内に、アラン王子に声をかけられた。
「着いたぞ、どうしたんだジェシカ?何やら考え事をしていたようだが・・?」
突然顔を覗き込まれて私は驚いた。
「ア、アラン王子・・。お、驚かさないで下さいよ。」
「いや?別に驚かせたつもりは無いが・・・それじゃ、中に入ってくれ。」
アラン王子はドアを開けながら言った。
そして目の前に広がった光景に私は思わず感激の声を上げてしまった。
「う・・うわあ・・!何て素敵な応接室・・・!まるで一流ホテルみたい・・!」
巨大な室内は清潔そうな真っ白なカーペットにはアクセントの赤いラグマット、柄の美しい2脚のソファセットの中央にはこれまた豪華な丸テーブルが置かれている。
大きな掃き出し窓からは外へと出る事の出来るバルコニー。そこからは庭園が見える。
部屋に中は大きな暖炉が赤々と燃え、室内を温めていた。
アラン王子は私がこの屋敷に感動しているのを見てか、照れ臭そうに言った。
「そう・・・か、こんなにジェシカが喜ぶならもっと早くここに連れて来るべきだったな。」
「いえいえ、そんな恐れ多い事ですよ。でも・・王族の別宅に私みたいな者を招き入れても良かったのですか?」
すると何故か顔色を変えるアラン王子。
「な・・お、お前・・本気でそれを言っているのか?ジェシカは王族の次に爵位が高いじゃないか。ジェシカを連れてこずして、他に誰を連れて来ると言うのだ?!」
あ、そうか。自分で自分の爵位の事すっかり忘れていた。何せ最近は私とマリウスの主従関係が崩れてきているような気がしていたからなあ・・。
「と、とに角座ってくれ。」
アラン王子に勧められてソファに座る私。おおっ!さすがは一流の家具!座り心地が全然違うっ!
その時、ドアがノックされて声が聞こえてきた。
「アラン王子様、お茶のセットをお持ち致しました。」
「そうか、入ってくれ。」
直ぐにドアが開けられ、姿を現したのは先程の執事と少し年配のメイド長・・さんかな?がお茶のセットが乗ったワゴンを押して入って来た。
「失礼致します。」
メイド長(仮)さんは次々とお茶のセットをテーブルの上にどんどん乗せて行く。
スコーンにプチケーキ、小ぶりサイズのサンドイッチ、クッキー、マカロン・・
あれよあれよという間にテーブルの上は一杯になってしまった。
あの~まだ朝ですよ?私朝食を摂ってまだあまり時間が経過していないのですが?
アラン王子も何故か渋い顔をしている。
きっとあの顔は・・・私と同じ事を考えているのかもしれないな・・。
「アラン王子様、他に御用命は・・・?」
執事さんが言いかけたのをアラン王子は手で制すると言った。
「ああ、後は大丈夫だ。それと・・この後は誰もこの部屋に来るなよ。」
「は、はい・・。承知致しました・・・。」
執事さんは首を傾げながらも承諾し、メイドさんと一緒に頭を下げると退出して行った。
「ジェシカ・・・。朝食を食べて間もないと思うが・・気が向いたら適当に食べてくれ・・。」
アラン王子はげんなりした顔で言う。そういう私だってこんなに沢山甘い食べ物ばかり並べられても困る。飲んべの私としてはどうせならしょっぱいものが欲しいなあ・・・。そう、この間食べ損ねてしまった<ラフト>みたいな物を・・。
「ま、まあ食べ物は置いておくとして・・・話と言うのは何だ。」
コホンと咳払いするとアラン王子は私に尋ねてきた。
「アラン王子がアメリアさんを好きになった経緯を教えて頂きたいのですが・・。」
「な・・・何故またその話を蒸し返すのだ?!お、俺はもう彼女の事は何とも思っていないのだぞ?!」
思いきり否定するアラン王子。しかし、傍から見るとこれでは最低な男では無いだろうか?自分からあれ程アプローチをしていたにも関わらず、あっという間に興味を無くして、まだ私に未練を残しているなんて。
まあそれはアラン王子に限らず、生徒会長やノア先輩、ダニエル先輩にも言える事なのだが・・。
しかし私が聞きたいのは言い訳とかそんなものでは無い。
「アラン王子・・・アメリアさんを見た時に何か感じませんでしたか?抗ってはいけない雰囲気とか、後は例えば、甘い香り・・とか・・?」
「甘い香り・・・?」
「はい。」
そう、私の考えではひょっとするとアメリアをアラン王子達が一瞬で恋に落ちてしまったのは催眠暗示をかけられたのではないだろうか?
以前私をこの町で襲って来た4人組の学生・・・ソフィーからお金を受け取り、私を怖い目に遭わすように依頼を受けた時に漂っていたという甘い香り・・・。
それでも腑に落ちない事には変わりは無いのだが。アメリアがそんな真似をするとは到底思えない。
「言われてみればそんな気がしないでも無いが・・・すまん。よく覚えていない。」
「そうですか・・・。」
まあ、あれからひと月以上も時が流れているのだ。覚えていなくても仕方が無いのかもしれない。
それなら後聞きたい事は・・・。
「アラン王子、本当に学院を辞めなくてはならないのですか?たった1度成績が上位から落ちだけで退学しなくてはならないのですか?」
今王子に学院を辞められては・・・正直困るっ!私の小説の展開が全く変わってしまう!仮に魔界の門が開いてしまった場合・・・唯一門を封印する事が出来るソフィーとアラン王子がいなくては、この世界はとんでもない事になってしまう。
するとアラン王子は急に立ち上がり、私の傍へ来ると突然ギュッと手を握りしめて言った。
「そうか、ジェシカ。お前はそれ程迄に私に学院を辞めて欲しくは無いのだな?そこまでしてこの俺を・・・思っていてくれたのか・・・っ!」
何だか果てしなく勘違いをされてしまっているような気がする・・・・。