第2部 第1章 1 初めて2人が出会った場所へ
1
早いもので入学してから3か月が経過した・・・・。
あの忘却魔法?事件以降は目立ったトラブルも無く、身辺穏やかに学院生活を送れるようになっていた。その大きな要因の一つは、やはりアラン王子以下3名(生徒会長、ノア先輩、ダニエル先輩)からの付きまといが無くなったからであろう。
初めの頃は彼等も諦めが悪いのか、何度か私にもう一度考えを改めてくれないかと懇願する訴えがあったのだが、私がこれ以上しつこくするとあなた方の事を嫌いになりますよと伝えた所、付きまとわれる事も無くなったのである。
そして今の私のライフスタイル?はランチはエマ達と過ごし、夕食時間は毎日日替わり?でマリウス、グレイ、ルーク、ライアン、そして何故か時々ケビンか、ジョセフ先生と一緒に夕食を取るようになっていた。
(しかし、ジョセフ先生はいいとして、何故ケビン迄加わってしまったのかは未だに腑に落ちないのだが・・・。)
そして本日は前期試験も無事終了し、その結果が廊下に貼りだされる日である。
「お嬢様、自信のほどはいかがですか?」
試験順位が貼りだされる掲示板へ向かって歩きながらマリウスが尋ねてきた。
「う~ん・・・。どうかな?一応全部解いた事は解いたけど・・・。」
「大丈夫です、お嬢様なら確実トップを狙えますよ。」
マリウスは嬉しそうに言う。確かに今回の試験には自信があるが、そう言うマリウスこそ本来の実力を隠しているような気がする。
試験が開始される2週間前からはエマ達とマリウスで一緒に試験勉強を行っていたのだが彼女達から質問された時には、分かりやすく丁寧に教えていたからだ。
恐らく、マリウスは勉強が得意だ。なのに私以上の点を取らないように調整しているのではないか・・・?最近はそう思うようになっていた。
「あ、お嬢様。もう貼り出されている様ですよ?」
マリウスの差した方向には確かに人だかりが出来ていた。そこでは喜びの声や悲痛な声も聞こえてくる。
「マリウス、私達も見に行って見ましょう。」
私とマリウスは人混みを掻き分けながら掲示板へと向かった。
「あ!御覧下さい!お嬢様!お見事です、1位ですよ!」
マリウスが嬉しそうに言う。確かに私は堂々の1位を取っていた。しかも全ての科目が満点だった。え~と・・・マリウスは・・。
「マリウスも凄いじゃない!3位ですって!」
「いえ・・只のまぐれですよ。」
まぐれなどとマリウスは謙遜するが、まぐれで3位など取れるはずが無い。しかも全科目の点数から見ると、たった3つ間違えているだけだ。
そして私は驚いたことがあった。当然アラン王子が1位か2位になるはずだと思っていたのに、何と大幅下落で37位となっているのだ。
2位はマシュー・クラウド。まるで聞いたことがない人物だ。
え・・・・?一体どういう事・・?
入学試験の時だって万点で合格し、新入生代表挨拶をした。それに小説の中でも文武両道のヒーローとして書いてきたのに、何故これ程までに成績が下落してしまったのだろうか?
アラン王子はこれを見てどう思うのだろう?私は溜息をついて顔を上げると、人混みに紛れて真っ青な顔をして掲示板を見つめているアラン王子を見つけた。
頬は痩せこけて、まるで別人のように変貌しているアラン王子を見て私は驚いてしまった。
アラン王子は試験の1月程前から寮に引きこもり、レポートを提出する代わりに出席日数を免除されていたのだ。グレイとルークにアラン王子はどうしてしまったのかを1度尋ねたときに、2人は何故か言葉を濁し、少し体調を崩しているから今は復学できない状態だと教えられていた。
アラン王子は自分の結果を確認したのか、ため息をつくとフラフラと何処かへ行ってしまった。どうしよう、後を追うべきなのだろうか?私は迷い・・・やはり放っておけないと思いアラン王子を追う事にした。
「マリウス!」
私は隣にいたマリウスに声をかけた。
「どうされたのですか?お嬢様。」
「アラン王子の様子がおかしいの・・・。私後を追って話を聞いてくるから。」
すると途端にマリウスの顔色が変わる。
「お嬢様?何を言ってらっしゃるのですか?本気なのですか?あの時、アラン王子を含め、アメリア様に心変わりをされた方と全員縁を切ったはずですよね?」
あの・・・別に私は彼等と縁を切った等と一度も言ってはいないし、そんな大げさなことを言ったわけではない。ただこれからは良いお友達でいたいですね。と言っただけなのだが・・・。でもアラン王子があのように変貌してしまったのが私のせいだとすると、責任を感じてしまう。それを確かめるためにも今はアラン王子の元へ行き、話をしてこなければならない。
「ねえ、聞いて。マリウス。アラン王子が何故1カ月も学院に来なかったのか気にならないの?それにあんなに成績が落ちたのも・・・マリウス、貴方はアラン王子がさっきまでここにいたの、気が付いていた?」
「え?アラン王子が来ていたのですか?確か試験も別の場所で1人で受けられたはずですよね?」
「そうよ、でもさっきまで自分の結果を確認する為なのか、ここに来ていたの。初めは誰か分からないくらい変貌していたんだから。もし、これが私のせいだとしたら・・アラン王子の国の国王陛下に呼び出されてしまうかもしれないじゃない!そうなったら私・・・きっとただでは済まされないよ!」
わざと大げさに言ってみた。最も賢いマリウスがこのような言葉で言い含められるとは思えないが・・・。
「ええ?!そ・それは大変です!もし仮にお嬢様が囚われでもしたら最悪、処刑されるかも・・・!」
何て恐ろしいことを言うのだ、この男は。本気でそのような事を言っているのだろうか?
でも、ここで反論してはいけない。
「そ、そうよ!だからその為にもアラン王子を追わないと!」
切羽詰まったように言う。早くしないとアラン王子を見失ってしまうかもしれない。
「分かりました、お嬢様。ではすぐにアラン王子を追いましょう!」
え?何?もしかしてマリウス・・・ついてくるつもりなの?この男がついて来れば嫌な予感しかしない。
「あ、あのね・・・。マリウス。悪いけど、私1人でアラン王子の元へ行かせてくれる?」
「何故ですか?!お嬢様がアラン王子に襲われでもしたらどうするのですか?!」
あのね・・・少なくとも私にとって、一番危険な人物は貴方ですよ?そんな男が一体何を言っているのだろうか?本人に自覚が無いというところが一番恐ろしい。
「それは駄目よ!だってマリウスがいたらアラン王子が警戒して逃げてしまうかもしれないじゃない!だから私1人で行かせてもらうから。いい?これは主としての命令よ。」
私が命令と言う単語を出すと、途端に顔を赤らめてプルプル震えだすマリウス。出たよ、相変わらずの変態M男め。どうも命令と言う単語にMスイッチが入るようだ。
「わ・・・分かりました。ではお嬢様・・お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
私は急いで校舎の出口を飛び出し、辺りを見渡した。アラン王子は一体何所へ?しかし一向にアラン王子の姿が見つからない。
どうしよう。考えてみれば私は小説の作者であるのに、実際、この世界で生きているアラン王子の事を殆ど何も知らない。
俺様王子ぶりに辟易して、生徒会長同様に彼を避ける傾向にあった。
余程彼の従者であるグレイやルークとの方が親しくしていたような気がする。あれ程はっきりとアラン王子から好意を寄せられていたにも関わらず、彼が小説通りに夢の中で私を裁く人物だったから・・。
アメリアが現れたことにより、アラン王子の気持ちが一気に彼女に向いたのをいい事に縁を切ろうとした私の方が余程ひどい人間ではないだろうか?
こんな広い学院を探すなんて無理に決まっている。でも何としても彼を見つけなければいけない・・・!何故かその時の私はアラン王子の事しか頭に無かった。
その時、私はある場所を思い出した。それは彼と初めて出会った場所・・・見晴らしの丘。
この世界で私が初めてここに住む住人であるアラン王子と出会った場所・・・!
木枯らしが吹いて、雪がちらつくような寒い日だった。私は上着すら来ていなかったけども、急いで見晴らしの丘へと走って行く。
どうかアラン王子がそこにいますように―それだけを祈りながら・・・・。
2
見晴らしの丘―
学院から走っても10分近くはかかる場所にそこはある。
アラン王子がいるとは限らないし、徒労に終わる可能性もある。けれども何故か私には確信があった。
アラン王子は必ずそこにいるのではないかと―。
ジェシカの身体はあまり運動が得意ではないようだ。5分程走ったところでもう息切れがしてきた。それに小雪が舞う程度だったのが、少しずつ雪が降る量が増え始めている。
私は必至で走った。
私とアラン王子が初めて出会った季節は9月。まだ緑が草原に沢山生えていたが、今は枯草となっている。草が生い茂っていないのですぐに見つかるのではないかと思ったのだが、アラン王子は何所にもいない。やっぱりここにはいなかったのだろうか・・・?
それでも私は諦めずに辺りを歩き回り、息をのんだ―。
茂みの間から男性の足が2本飛び出ているのが見えたのだ。
「!」
私は恐る恐るそこへ近づき・・・やはり予想通り、そこに横たわっていたのはアラン王子だった。
アラン王子は防寒用のマントを羽織り、青ざめた顔で目を閉じている。
両手は胸のところで組んでいた。それはまるで棺に納められた死者のようにも見えた。
ま・まさか・・・?
「ア・・・アラン王子・・・?」
私は恐る恐る声をかけたが返事が無い。ま、まさか・・・?
さらに近づいて再び声をかけるが反応は全くない。そんな・・・っ!
「王子!アラン王子っ!!」
私はアラン王子の両肩を掴むと激しく揺さぶりながら声をかけた。
「う・・・。」
やがてゆっくりとアラン王子は目を開けた。
「よ・・・良かった・・・!アラン王子・・・。」
安堵の為、私はその場でへたり込んでしまった。
「ジェ・・ジェシカ・・・か・・?これは・・夢じゃないのか・・?」
アラン王子は横たわったまま虚ろな目で私を見ている。
「夢じゃありませんよ。アラン王子。」
私は優しく微笑んだ。
「ジェシカ・・・。」
アラン王子がまるで子供の様にクシャリと顔を歪めて私を見る。
「本当に・・・夢じゃないかどうか確かめたい・・。抱きしめさせて貰っても・・いいか・・?」
アラン王子の問いかけに私は黙って頷いた。するとアラン王子は身を起こし、恐る恐る私に触れ、やがて強く抱きしめてきた。
「ジェシカ・・・ジェシカ・・ッ!」
私の髪に顔をうずめて泣きじゃくるアラン王子はいつもの俺様王子ではなく、まるで少年のようだった。だから私は小さな子供をあやすように背中を優しく撫でながら言った。
「アラン王子・・・。どうして真冬の見晴らしの丘に来ていたのですか?こんな場所にいたら寒さで死んでしまうかもしれませんよ?帰りましょう。学院に・・・グレイもルークも・・皆心配しますよ。」
するとアラン王子は嫌だと小さく言った。
「え?」
「嫌だ・・・ジェシカの口から他の男の名前なんか聞きたくない・・!」
まるで駄々っ子のように同じ台詞ばかり繰り返す。だから私は黙って次のアラン王子の言葉を待った。
「ジェシカ・・・さっき、どうしてこんな場所に来ているか聞いてきただろう?」
アラン王子はまだ私を抱きしめたままポツリと言った。
「は、はい。」
「本当はお前だって分かっていて、ここに来たんだろう?」
「・・・。」
何と答えたらよいのか分からず、思わず黙ってしまう私。
「ジェシカ・・・お前と初めて会った場所だから・・・もう二度とこの場所には来れないんじゃないかと思って・・最後にどうしても来てみたかったんだ・・。」
え?どういう事?もう二度とこの場所には来れない?最後に来てみたかった?私にはアラン王子の話している意味が全く理解出来なかった。
「アラン王子、待って下さい。最後ってどういう意味ですか?」
私は驚いて顔を上げた。するとアラン王子は悲し気に笑うと言った。
「父上に言われていたんだ・・・。常に成績上位を維持しなければならないと。もしそれが出来ないのならば退学して、国で帝王学を学ぶようにと言われている。何、俺がこの学院で役立て無くとも、2年後には俺の弟のクリストフがこの学院に入学してくるから、国の対面は保てるしな。」
え・・・?そんな・・っ!
アラン王子がもしこの学院から去ってしまったら?私の小説の世界が変わってしまう。そうなるとどんな影響を及ぼしてしまうか想像もつかない・・・・。
アラン王子はこの学院の学生として、存在していなければならない重要人物なのだから!
「そ・・それだけは駄目ですっ!アラン王子・・・貴方はこの学院に必要な方です!絶対にこの学院をやめてはいけませんっ!・・・お願いですから・・・。」
私はアラン王子に縋るように言った。ショックで最後の方はかすれ声になってしまった。
そんな・・・アラン王子がこんな風になってしまったのは私のせい・・?
するとアラン王子はフッと笑うと言った。
「初めてこの学院に入学してきた時、俺はこれから毎日が窮屈で退屈な日々が始まると思い、正直憂鬱でたまらなかったんだ・・・。常にグレイとルークの監視があったしな・・。」
アラン王子の告白に私は驚いていた。グレイとルークがアラン王子の付き添いをするのを嫌がっていたように、アラン王子も同じ事を考えていただなんて・・・。
「式が始まる前に俺は少しでも息抜きがしたいと思って、グレイとルークの目を盗んで外へ出たんだ・・・。その時空から一筋の光がある1点に降り注いでいるのを見つけた。何事かと興味を持って、そこへ行ってみると・・ジェシカ・・お前が光の中で眠っているのを見つけた。」
アラン王子はようやくそこで身体を放すと私の瞳をじっと見つめながら言った。
え・・・?
私は衝撃を受けた。どういう事だ?アラン王子が私を見つけたのは偶然ではなかったのか?光が降り注いでいた場所に私が眠っていた?
今までどうしてアラン王子があの場所にいたのか等疑問に思ったことすらなかった。
「あの時は初対面なのに乱暴な口を利いて本当にすまなかったと思っている。ただ・・あれは照れもあったんだ・・・。」
アラン王子は言葉に詰まりながら言った。
「照れ・・・・?」
「光の中で眠っているジェシカが・・・あまりにも綺麗だったから・・つい見惚れてしまっていたんだ・・。そして入学式前なのに幸せそうな顔をして眠っているから独り言を言っていたらジェシカが目を覚ました。・・つい照れくささからあんな喧嘩腰の話し方をして・・本当にすまなかったと思っている。」
アラン王子は頭を下げた。信じられなかった。あんなに俺様王子が人に素直に頭を下げるなんて・・・。
「アメリアと出会って・・・一瞬ジェシカの事が全て頭の中から消し飛んでしまって、つい自分でも制御が出来ない行動を取ってしまった。本当に自分でもあの時はどうかしていたんだ。その為に・・・ジェシカを失ってしまったんだからな・・。」
悲し気な笑みを浮かべて私を見るアラン王子。
「アラン王子・・・信じては頂けないかもしれませんが・・・アラン王子の運命のお相手は私では無いのですよ?それこそ・・磁石が引き合うように、一目でお互いに恋に落ちてしまう相手がアラン王子にはいるのです。・・・私はアラン王子にとっては単なるクラスメイトの1人でしか過ぎません。」
こんな話をアラン王子にしても信じてはくれないだろう。だけど、この物語の均衡が崩れてしまってはどんな結果になるか想像が出来ない。だからアラン王子にはどうしてもソフィーと一緒になって欲しかったのだ。
最も2人の出会いは最悪だったかもしれないが、この先2人が交流を深めれば・・・。いずれアラン王子もソフィーを愛するようになるのでは?
どのみち、私の書いた小説通りに話が進んで魔界の門が開けられてしまった場合、ソフィーと・・・いずれ聖剣士になるアラン王子がいなければ門を封印する事等不可能だ。
そう・・・むしろ学院を辞めるべき人間は私なのだから・・・。
「だから、お願いです。アラン王子、学院をやめないで下さい。そして・・・本来のお相手と・・!そうしなければ世界が・・・っ!」
そこまで言いかけた私をアラン王子は険しい顔で私を見つめると言った。
「ジェシカ・・・?お前、一体何を言ってるんだ?」
「え・・・?い、いいえ・・何でもありません・・。それよりも、もう戻りましょう。雪の降る量が増えてきましたし・・この話の続きはまた後で・・しませんか?」
言い終わるや否や、私はくしゃみをした。
「ジェシカッ!お前・・・こんな薄着で俺を探しに来ていたのか?!」
その時になってアラン王子は初めて私が制服だけでここへやって来た事に気づいたようだ。
「すまなかった、すぐに学院へ戻ろう。」
アラン王子は私を抱き寄せると言った。
「ジェシカ、転移魔法を使うから少しだけ目を閉じていてくれ。」
言われた通り私は目を閉じる。
「もう、目を開けていいぞ。」
私が目を開けると、そこはもう学院の門の前だった―。
3
お嬢様、何故私もアラン王子との話し合いの場に同席させてもらえないのですか?仮にも私はお嬢様の下僕なのですよ?」
マリウスは尚もしつこく食い下がって諦めない。そして私達の前方では、アラン王子がグレイとルークに挟まれて説得されている。
「アラン王子、俺達も話を聞く権利がありますよね?」
グレイは必死でアラン王子に詰め寄っている。ルークは何も言わないが、頷いている。
「う、煩い!お前たちは俺がジェシカと2人きりで話をするのが気に入らないだけなのだろう?」
途端に黙り込むグレイとルーク。そして何故かマリウス迄もが黙ってしまう。どうやら図星だったようだ・・・。
「大体、ジェシカとアラン王子が話をする事が他の3人に知られたらどうするつもりですか?」
ルークが気になる事を言った。
「え?他の3人て・・・ひょっとすると生徒会長とノア先輩にダニエル先輩の事を言ってるの?」
私は尋ねた。
「そう・・か・・。ジェシカは何も知らなかったんだな・・・。ハハ・・・ある意味、それだけもう俺達に関心が無くなっていたって事か・・。」
自嘲気味に笑い、がっくりと肩を落とすアラン王子。とても今の状況のアラン王子に生徒会長達の事を尋ねる雰囲気では無かった。
「ねえ、マリウス。貴方なら知ってるんでしょう?教えてよ。」
私は傍に立っているマリウスに尋ねた。
「ええ、お嬢様のお願いならどんな事でも。」
大袈裟に頭を下げるマリウス。どうでもいいから早く教えて欲しい。
「生徒会長は最近、既に自室と化してしまった生徒会室に引きこもったままでろくに生徒会会議にすら顔を出さないそうです。そして副会長のノア先輩もセント・レイズシティの隠れ家に引きこもったままなので、今生徒会が殆ど機能出来ていない為、役員の方々が困り切っているそうですよ。ダニエル先輩に関しては消息不明状態です。」
何とも無いようにさらりと言ってのけるマリウスだが、事の内容の重大さに私はのけぞりそうになる程驚いてしまった。ええええっ?!何それ!
「し、知らなかった・・・・。」
私は呆然と呟いた。
「ええ、そうでしょうとも。お嬢様の頭の中はお酒と食べ物の事で常に頭の許容量が一杯ですので、ご自分に関係が無いと思われる情報は遮断される傾向にありますから・・最もそれを補うためにこの私が常にお嬢様の御側に使えているのですが。これも役得ですね。」
マリウスは嬉しそうに言うが、生憎こちらはちっとも嬉しくは無いし、むしろ今の言葉は物凄く馬鹿にされているような気がする。マリウスめ、最近は主である私に随分な態度をとるようになったではないか。でもここで文句を言ったり睨み付けるような真似は絶対にやらない。そんな事をすればかえってマリウスを喜ばせるだけだからだ。
「それにしてもダニエル先輩が消息不明なんて・・・。」
私は震え声で言うと、アラン王子が驚いたように言った。
「おい?!誰が消息不明だって?ダニエルなら校舎に姿を現さないだけで男子寮に引きこもってるだけだぞ?」
「な・・何ですって・・?!マリウスッ!貴方何故平気でそんな嘘をつくのよ!」
信じられない。仮にも主に向かってそこまで堂々と嘘をつくなんて。
ジロリと睨み付けてやると、マリウスは・・・。
「嬉しそうに喜ぶのはやめて!」
事前に釘を刺してやった。
「すみません・・・。彼等が消息不明と言う事になりましたら、もう二度と会いたいとは言い出さないのではと思いまして。」
悪びれも無く言うマリウス。本当に今後はこの男の言う事は信用しない方が良いかもしれない。しかし、これだけは言っておかなければ。
「別に会いたいとは言わないけど、今後一切私に嘘を言ったら二度とマリウスとは口をきかないからね。」
「え?!そんな、お嬢様!」
何とも、情けない声を上げるマリウス。しかし、私はそれを無視するとアラン王子が声をかけてきた。
「ジェシカ、個室の談話室を借りたから、よければそこで話をしないか?」
「そうですね。私は別に構いませんよ。」
答えるとアラン王子は嬉しそうに笑い、(本当に今迄の俺様王子ぶりは何処へいってしまったのだろう)案内をしようと、私に手を伸ばした。
するとたちまちマリウス達から抗議の声があがった。
「アラン王子、お嬢様に触れないで下さいませんか?」
マリウスが厳しい声で言う。
「そうですよ。いくらアラン王子でも認められません。」
グレイが言う。
「あ、あの・・・俺もグレイと同じ意見です・・・。」
ルークが遠慮がちに言った。やれやれ、この分では、見晴らしの丘での出来事は絶対知られる訳にはいかない。
それにしてもアラン王子があのような失礼な事を言われて手を引っ込めるなんて・・
相当今回の事がこたえたようだ。
「お嬢様、どうかお気を付けて下さいね。何か不埒な事をされそうになった場合、例え王子とは言え、遠慮されずに平手打ちをなさって下さい。」
談話室に向かう途中で、マリウスが私の耳元で恐ろしい言葉を囁いたが、王子にそんな事ができるはずがないだろう。仮にそんな事をした日には不敬罪で囚われてしまいかねない。全く・・本当にマリウスは何を考えているのだろう。こんな男が下僕だなんて私は本当に運が悪い。
いや、もしかすると私を酷い目に遭わすのが本来の目的では無いだろうかと最近は思ってしまう。
談話室の前で待つと言って聞かないグレイとルークはアラン王子が説得し、私はしつこいマリウスの足を踏みつけ、ようやく彼等は渋々納得したのか、新設されたカフェテリアで待つと言って去って行った。
そして今、談話室のソファで向かい合って座っているのは私とアラン王子の2人きり。
「何だか・・先ほどもそうだったが、こうして久しぶりに2人きりになると・・何を話せば良いのか分からなくなってしまうな・・。」
アラン王子は私から視線を逸らすように言った。
改めてよく見ると、本当に今は別人のように見える。頬がやせこけ、青白い肌には目の下にクマが出来ている。
「アラン王子・・・食事はきちんととられていますか?夜は眠れているのですか?」
健康状態が気になってしまい尋ねてみた。でも・・・恐らくこの見た目では食事は愚か睡眠もとれていないのではないだろうか?
「ハハ・・・。今の俺は健康そうには見えないか?」
覇気の無い声で笑うアラン王子。
「はい、とてもではありませんがそうは見えません。後数日で冬の休暇に入ります。そのようなお身体でお国に帰省されれば、さぞかし皆さま心配されるのでは無いですか?」
これが私の責任だと言われればたまったものではない。残り僅かな日数しか無いが、何とか元の健康そうな王子に戻って貰わないと我が身が心配になって来てしまう。
「そうか、ジェシカはそれ程までに俺の身体の事を心配してくれているのか?」
アラン王子が嬉しそうに顔を上げた。
「ええ。心配ですよ。」
私は即答した。
アラン王子が心配?当然心配に決まってる!仮にアラン王子がこの状態で国に帰れば当然国王陛下は何があったと尋ねるだろう。女性に冷たくされたからです等とアラン王子が言って、その矛先が私に向いてきたとしたら?門が開かれる前に私は罪人として裁かれてしまうかもしれないからね。
「そうか・・・でも、それを聞けただけでも少し元気が出てきたような気がする・・。」
よしっ!これならもう大丈夫だろう。それならそろそろ本題に・・・私がそう思い、話を切り出そうとした矢先・・・。
「ジェシカが帰省するまでの間・・・俺の側にいてくれたら、もっと元気になれるし、安心して眠る事が出来る。それに食事もとれるようになれると思うのだが・・・駄目か?」
アラン王子はとんでもない事を言いだしてきた―。