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第11章 4 ついに小説と同じ展開へ?

1


 教室に入ると、既にエマが先に席へ座っていた。私も隣に座ると、アラン王子がグレイとルークを連れて教室へ入ってきたのが気配で感じた。アラン王子は私に視線を送っているようだったが、ここはあえて気付かない振りをしてエマと会話をしていた。アラン王子は私が一向に自分の方を振り向かない事に諦めたのか、ため息をついて席へと座った・・・らしい。エマが後で詳細を詳しく説明してくれたからだ。


「全く、アラン王子のあの未練たらしい眼つき・・・是非ジェシカさんに見せたかったわ。自分から他の女性に目移りしておいて、まだ縋るような眼つきでジェシカさんを見ていたのですから・・・!」


との事だった。しかし、もう私には関係が無い事。


1限目の物理学、そして2限目のジョセフ先生の天文学の授業が終了した。

しかし、この後4限目の始まる120分間の休み時間にちょっとした事件が起こっていた事を私は後で身を持って知るのであった・・・。


「ジェシカさん、よろしければ私達と一緒にランチに行きませんか?」


3限目の授業が終わり、教科書を片付けていると、エマに声をかけられた。うん、やはり女子同士で仲良くしていた方がずっと楽しい。


「はい、是非。」


私は笑みを浮かべて席を立とうとして、エマの顔つきが変わった事に気が付いた。


「どうしたのですか?エマさん?」


「ジェ、ジェシカさん・・・う、後ろ・・・。」


エマの声が震えている。


「え?後ろ?」


 言われて振り返った私は凍り付きそうになった。何といつのまに現れたのか、そこにはアラン王子を始め、生徒会長、ノア先輩、ダニエル先輩が私の背後に立っていたのだ。しかも全員が険しい顔で私を見ている。

え?な、何・・・。これは・・?

私は急いで助けを求める為、マリウスにグレイ、ルークの姿を探したが、運悪く何故か彼等の姿が教室には見えなかった。


他のクラスメイト達も只ならぬ雰囲気に固唾を飲んで見守っている。


「ジェシカ・リッジウェイ、俺達についてきてもらう。」


厳しい声で私を見つめる生徒会長。うう・・・やはり強面の生徒会長に睨まれるのは恐怖だ。まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。


「な・・・何故ですか・・?」

まずい、声が完全に震えている。


「重要な話だ。お前に拒否権は無い。」


俺様王子は腕組みをして私を見下ろしている。ダニエル先輩もノア先輩も妙に冷たい目で私を見下ろしている。まるで別人のようだ。

それにしても、何故急に彼等の態度が豹変したのだろうか?アメリアに恋慕したのは別にいいとして、彼等に目の敵にされるような態度を取られる言われは私には全く身に覚えが無い。けれども・・・いきなり重要な件だの、拒否権は無いだの、これではあまりに理不尽だ。

 

しかし、私はこれと似たような状況を知っている。

そう、まさに私が書いた小説「聖剣士と剣の乙女」のワンシーンにあまりに似ている。だが、あの小説の中では2学期に入って起こる事件である。

これではあまりに早過ぎる・・・何らかのタイムラグが発生したのだろうか・・?

等と考えている場合では無い!

もし、あの小説通りの話だとすると、今私は非常にまずい立場に置かれている事になる。


「わ、私にお話があるのでしたら、こ、ここでお願いします。」

冗談じゃない、誰も来ない様な場所に連れて行かれたらどんな目に遭うか分からない。それにマリウスやグレイ・ルークの助けも得られない可能性がある。


「ふん、いいんじゃないの?別にここでもさ。」

 

ノア先輩は投げやりに言うと、空いている椅子に座ると、エマを見て言った。


「ねえ、君。いつまでそこにいるのさ。早くカフェにでも行って来たら?」


「ジェ、ジェシカさんを・・・ど、どうするつもりですか?」


震えながらも強気な目で4人を見渡すエマ。私は親友の勇気に胸が熱くなった。


「君には関係無いだろう?これは僕たち5人の問題なんだから・・・。早く行きなよ。」


ダニエル先輩はジロリとエマを睨み付けて、手で追い払う仕草をした。

エマは震えながら鞄を抱えると逃げるようにその場を去って行く。うん、エマ。それが正しい行動だよ。流石の彼等も女の私に暴力は振るってこないはずだから・・。


「・・・フン。よし、全員いなくなったようだな。」


生徒会長は辺りを見渡すと、教室の2か所の出入り口に鍵をかけてしまった。


「!」

全身に恐怖が走る。一体これから私はどんな目にあうのだろうか?


小説の中では彼等4人に生徒会室に呼び出されたジェシカは、今までソフィーに嫌がらせをしてきた罪状を幾つも告げられる。

けれどもそれらの罪状に一切心当たりのないジェシカは必死で否定するのだが、信じて貰う事が出来ずに学院での地位を取り上げられ、最下層の貴族が使うみすぼらしい部屋をあてがわれる事になってしまうのだ。

しかも家族からの手紙のやり取りは一切禁じられ、リッジウェイ家ではジェシカがそのような目に遭っている事は知る由も無く、物語は次の段階、魔界の門を開くという話へと進んでいく・・・。


もう、いよいよここまでなのか?こんな事になるのならさっさとジェシカの持っている衣装を全て売り払って、資金を作りこの学院から逃げ出すべきだったのだ。

今からでも間に合わないだろうか?何も身に覚えが無いけれども、取り合えず謝罪しまくって(元は日本のOL、謝罪位お手の物だ)この学院を出て行くと約束すれば・・・あ、その際にアメリア?それともソフィー?そしてアラン王子達にも二度と会う事が無い辺境の地へ去りますと伝えれば・・・。見逃してくれるのではないだろうか?


「ジェシカ、実は・・・。」


最初に口火を切ったのはアラン王子だった。


「申し訳ございませんっ!!」

私は机に手を突いて、大きな声で謝罪した。


「「「「え・・・?」」」」

全員が何やら戸惑った声を出すが、そんな事気にしている場合では無い。


「本当に申し訳ございませんでした!いくら私がやっていない事だとは言え、私の名前が独り歩きをして、彼女を深く傷つけてしまったのであれば、それは全て日頃の私の行動に問題がある為だと重々承知しております。そこでつきましては深い謝罪の意を込めて、この学院を早々に退学させて頂こうと思いますので、どうか私に温情を頂けないでしょうか?この地を去った後はどこか辺境の地へ赴いて、もう永久にあなた方の前に姿を現さないし、人様に御迷惑をおかけしない人生を歩んでいくと誓いますので、どうかお許しいただけないでしょうか?お願い致します!」

私は頭を下げたまま、一気に謝罪の言葉を述べた。

彼等は押し黙ったままだ・・・。私の心が通じたのか・・?と思いたい。とに角今の言葉で許しを得られたなら一刻も早く寮へ戻り、残りの衣装からアクセサリーまで金目になる物は全部ボストンバッグに詰めて門を開けて貰おう。マリウスにバレると厄介なので誰にも内緒で実行しなければ・・・。でもせめてエマ達にはお別れを言いたかったなあ・・等と考えている内に自然に目頭が熱くなってきた。

そうか・・・私はいつの間にか、ここの生活が気に入っていたんだ・・・。


「な・・何馬鹿な事を言ってるんだ?!この学院を出て行くだって?!そんなのこの俺が許すとでも思っているのか!」


突然大声で叱責するアラン王子。え・・?私は顔をあげた。全員がはっとしたように私の顔を見る。

・・・不覚にも涙目を見られてしまった。私は急いで下を向いて目を擦った。


「ジェシカ・・・ッ!僕たちがおかしな態度を取ってしまっていたせいで、こんなにも君を追い詰めてしまっていたんだね?!お願いだからこの学院を去るなんて事言わないでよ!」


ノア先輩の方こそ、泣いている。そして泣きながら私の両手を取った。


「どうかしていたんだ・・・っ!僕は・・!何故急にあの女性に夢中になってしまっていたのか、自分で自分が良く分からないんだ!でも、こうして君を前にしてようやく気付いた。やっぱり僕には君だけだっ!」


ダニエル先輩は言うと、強く私を抱きしめてきた。


「こら!どさくさに紛れて俺のジェシカに抱き付くなっ!」


生徒会長が喚く。


「離れろっ!王子である俺の言う事が聞けないのかっ?!」


アラン王子も必死になってダニエル先輩から私を引き剥がそうとしている。

そして気が付けば・・・いつものように4人は言い争いを始めてしまった・・・。

一体、私は何故こんなにビクビクしながら居残りさせられたのだろう・・?

お腹空いたな・・・。早くお昼を食べに行きたい。

最早私は別の事を考えていた。


うん、決めた。やはり彼等だけは何があってもお断りだ!





2



あの後・・・

私はアラン王子を始め、3人から詳しく事情を聞かされる事になった。別に私としては彼等の恋愛事情など聞く気も無かったのだが、強引に話をするので渋々聞いてあげる事にしたのだ。


ダンスパーティーでアメリアを見た途端、アラン王子は雷に打たれたような衝撃を受け(自分でこの表現をして語った)、もうアメリカしか目に入らなくなってしまったそうだ。そこで翌日の休暇に強引にデートに誘った所、そこを偶然通りかかった生徒会長が、アメリアに一目ぼれして強引に町まで付いてきてしまった。

そして今度はたまたま一緒にいたダニエル先輩とノア先輩が(逆に私としては何故この2人が町で一緒だったかの方が気になって仕方が無い)アメリアを見て、これまた強く惹かれてしまい、恋に落ちた?らしい。

彼ら曰く、何故あの時自分がそのような気持ちになってしまったのかはいまだに理解できないと語っている。

そして今朝もアメリアを取り合っていた所に、彼等が私とマリウスが一緒の所を目撃して再び私への愛情が募ったそうだ。


けれども突然手の平を返すには体裁が悪いのでこのような手段を取ったらしいのだが・・断じて!私は彼等を許す訳にはいかない。

彼等がアメリアを好きになった事等は私にとってどうでも良い。ただ、今回の紛らわしい態度だけは頂けない。

ある意味、この小説の展開を知っている私にとってはこの呼び出しは寿命が縮まる物だったのだ。なので自分たちの都合だけで、あのような脅迫?めいた態度を取る彼等の身勝手さが許せない。


それにしても・・・アラン王子の話しぶりから、昨夜の出来事が出てこなかったと言うのはやはり、確実に記憶を消されているに違いない。本当に一体誰なのだろうか?一晩で大勢の記憶を消し去る事が出来る人物なんて・・・。この人物が味方についてくれればこの先も私は裁きを受けなくても済むのではないだろうか?

 

私が黙りこくって考え事をしていると、突然生徒会長の爆弾発言が飛び出した。


「で、どうだ?ジェシカ。当然俺達の事を許してくれるのだろうな?人間誰しも過ちは犯すものだ。そしてそれを許す事が人としての度量を試されるのだと思わないか。」


はあ?何言ってるの?このポンコツ生徒会長め。

あのですねえ・・・許しを請いたいならそのような相手を威嚇するような眼つきに、そんな傲慢な態度を取ってはいけないのですよ。本当にこんな人間が会社にいたとしたらすぐにリストラ確実だろう。


「別に・・・もういいですよ。」

私は溜息をつくと言った。こんな男に言い聞かせても時間の無駄だ。


「本当だね?それじゃ今まで通り・・・。」


ダニエル先輩が嬉しそうに身を乗り出してきた。先輩・・・世の中そんなに甘くはありませんからね。


「はい、これからも皆さんとは良いお友達でいたいですね。」


「「「「お友達・・・。」」」」


4人全員がショックを受けた顔で私を見る。でも当然でしょう?どうか私以外で素敵な恋人を見つけて下さい。


「あの・・・。そろそろいいですか?お腹が空いたのでお昼を食べに行きたいのですけど・・。」

もうこんな無駄な時間を過ごしていたら貴重なランチタイムが無くなってしまう。


「そ、それなら俺達と一緒に・・・っ!」


生徒会長の言葉を私は制した。

「いいえ、遠慮致します。お昼は私抜きで皆さんで食べて下さい。それでは失礼致します。」

冗談じゃない。彼等と一緒に食事など気疲れするだけだ。

丁寧に頭を下げると、呆気に取られる彼等を残し、教室の鍵を開けると出て行った。

後に残された教室からは男達の叫び声が響き渡るのだった。

あー煩いなあ・・。



全くあの4人のせいで色々酷い目に遭ってしまった。厄病神どもめ。

何故あのままアメリアの元にいてくれなかったのだろう?ひょっとすると誰かに何らかの暗示でもかけられていたのだろうか?

それとも本来のヒロインであるソフィーが、私というイレギュラーな存在によって話のバランスが崩されてしまい、強い補正力が働いた結果ヒロインがアメリアにとって代わった・・・?


けれどもどのみち、私はもう彼等と必要以上に親しくするつもりは無い。でも夢で出てきたジェシカが裁かれる場面では一生懸命彼等は(ただし、アラン王子を除く)ジェシカを庇ってくれていたから、あまりつれなくするのはやめておこうかな。


そう言えば・・・何故あの時、マリウスやグレイ、ルークが居なかったのだろう?彼等は一体どこへ・・・?

「まあ、いっか。それより何処かでランチを・・・。」

食べる場所を探す為にキョロキョロしていると、目の前に今週オープンしたばかりのカフェが目に入った。ガラス張りの店内はピーク時を過ぎた為か、まだ座席に余裕がみられたので、此処に入る事に決めた。


店内に入ると、メニュー表の横に内容が詳しく説明されていた。

あ、これなんか良さそう。私はミートパイとサラダにフライドポテトとスープのランチセットを注文した。 




「美味しい~っ。」

私は熱々のミートパイを食べながら、思わず声に出してしまった。このカフェ、気にいった。また来ようかなと考えていた時だ。


「よう、ジェシカ嬢。昨夜は大変だったな?」


突然声をかけられた。見上げると、そこにはニヤニヤと笑っている男子学生が立っていた。

あれ・・・何だか何処かで見たような顔だな・・・?

すると男子学生は私が何も言う前から勝手に椅子を引くと、目の前の席にドカッと座ってくるではないか。

「あの~・・・。どちら様でしょうか?」

って言うか、何故そこに座る?空いてる席なら他に沢山あるでしょう?!


「まあ、いいから、いいから。」


よく見ると、その男子学生もランチを食べるつもりなのか、目の前にはキングサイズのハンバーガーセットが乗っていた。


「ほら、コーヒーあるぞ。確か、コーヒー好きなんだよな?」


男子学生は追加でコーヒーを頼んでいたのか、私のトレーに乗せた。


「この店はな、セント・レイズシティでコーヒー豆を扱っているカフェなんだ。学生達に好評だったから、新しくこの学院内にチェーン店として出店してきたんだぜ。」


「うわあ、そうなんですか?随分詳しいんですね。それではありがたく頂きます・・って言うか。貴方誰なんですか?私の事知ってるみたいですけど・・・。」

いけない、いけない。ついコーヒーで絆されそうになってしまった。どうも私は飲食物につられやすい。


「あれ?それは寂しいなあ・・・。本当に俺の顔、見覚えが無い?」


え・・・・?私は改めてマジマジと顔を見つめて・・・。

「あ~っ!!」

思わずガタンッと立ち上がって指を指してしまった。


「なんだ、やっと思い出してくれたみたいだな?」


一方の男子学生は何だか嬉しそうだ。

お、思い出したっ!この男は昨夜私とライアンがサロンにいた時に入り口付近でお酒を飲んでいた人物だ。

そして途中でアラン王子達が乱入してきて、揉め事に・・。

彼等にバレない様にこっそりライアンと2人で逃げ出そうとした所、私達の存在をバラし、そのお陰で私達は酷い目に・・・!


「あ、貴方ねえ・・・っ!昨夜は一体どういうつもりだったんですか?!貴方のせいで酷い目にあったんですよっ!」

私はテーブルをバンッと叩いて目の前の男を睨みつけた。


「うん、実にいいな~美人に睨まれるのは。何だかゾクゾクする。」


妙に嬉しそうに言う男。え?何それ?もしかしてこの男もマリウスみたいにヤバイ性癖の持ち主なのだろうか?私の相手を見る目がドンドンと冷めていく。


「あれ?今俺の事、こいつヤバイ奴じゃね~?みたいに思ったりした?その冷たい視線もそそられるね~」


あ、駄目だ。この男もマリウスと同類のM男だ。私はジト目で相手を見ると言った。

「貴方、そう言えば見覚えがあると思っていたらライアンさんの友達の1人ですよね?何故親友のライアンさんを困らせるような真似をしたのですか?」


「そんなの簡単だ。吊り橋効果だよ。」


「吊り橋効果?」


「ええ?あんたもしかして吊り橋効果を知らないのか?」

男は驚いたように目を見開いた。


「いいえ、知っていますよ。一緒にいた相手と危険を共有し、ピンチを切り抜けた時に芽生える恋愛感情の事ですよね?それが何か?」


「鈍いな~ジェシカ嬢は。そんなの決まってるだろ?ライアンの為さ。何せライアンはあんたにベタ惚れしてるから何とか力になってあげたかったのさ。」


何だか飄々と話す口ぶりはどこか軽い男のように見えてしまう。ライアンは真面目なのに、どうしてこういうタイプが親友なのだろう?

けれども、昨夜の事を覚えていると言う事は、この目の前の人物が『忘却魔法』を使ったに違いない。


「まあ、もうその話はいいです。ところで、貴方が使った忘却魔法について教えて頂きたいのですけど・・・。」


「え?忘却魔法?何の事だ?俺がそんな魔法使える訳無いだろう?」


男はきょとんとした顔で言った。

え?それではあの魔法を使ったのは一体誰なのだろう―?





3



目の前の男性が忘却魔法を使っていない・・・?では何故彼と私だけが昨夜の事を覚えているのだろうか?いや、でも他に昨夜の事を覚えている人間がいるのかもしれないが、私の知る限りでは記憶があるのは彼と私のみだ。

う~ん・・・謎だ。

でも取り合えず、目の前の男の名前だけは聞いておこう。


「あの、すみませんがお名前を教えて頂けますか?」


「お?俺の名前が知りたいのか?嬉しいな~俺に興味を持ってくれたって訳か?それじゃあ・・・当ててみてごらんよ。ヒントは・・・。」


「・・・いえ、なら教えて頂かなくて結構です。」

Mの要素も備えつつ、軽いノリのタイプの男であるようだ。まあ、どうせ今後関わる事が無いだろうし、名前はもうどうでもいいか。


「そんな拗ねるなよ~。ま、拗ねた顔も可愛いけどな。」


男はパチッとウィンクしてくる。何、この男。もしかしてナンパしているつもりなのだろうか?もう、この男の事は無視しよう。そうだ、地蔵が目の前に座っていると思いこめばいいのだ。

私は黙って黙々と食事の続きを再開した。


「あれ?どうしちゃったのかな?俺の事無視?お~い、ジェシカちゃ~ん。」


馴れ馴れしい呼び方をするが、ここは無視だ。温かいうちに食べて、さっさと退散しよう。


「ねえ、ジェシカちゃん。無視しないでよっ!」


尚もしつこく話しかけて来る。あ~煩い。

「お地蔵さんは黙っていて下さい。」


「え?何?オジゾウさんって?」


男は首を傾げる。まあ知らなくて当然だろう。ここは日本ではないのだから。あれ?これ私の苦手なレバーのパテだ。う~ン・・残すのも悪いし・・・。


「お地蔵さん、お供え物をどうぞ。」

私はレバーのパテが乗った器を目の前の男にプレゼントした。


「?だから、オジゾウさんって何の事なの?!」


「どうしても知りたいなら当ててみて下さい。」

やり返してやった。


「う~分かった、悪かったよ。俺の名前は『ケビン・コールマン』って言うんだよ。」


ついにケビンは観念したかのように言った。


「そうですか。コールマンさんですね。コールマンさん、私その食べ物苦手なので代わりに食べてください。」

私はテーブルナプキンで口元を拭きながら言った。


「ああ・・別に構わないが・・・って言うか、俺も名前教えたんだからオジゾウさんって何か教えてくれよ。」


懇願するケビン。何だ、まだそこに拘るのか。もう面倒くさいから適当に答えてやれ。


「とっても慈悲深くてありがたい人の事ですよ。」

まあ、お地蔵さんの例えとしてはあながち間違えてはいないだろう。


「そうか~俺って慈悲深い人間なのかあ・・・。」


しかし、何を勘違いしたのかケビンは嬉しそうにしている。しまった、もっと別の物に例えるべきだった。面倒臭くなる前に早々にこの場を立ち去ろう。

私は黙々と食事を終え、コーヒーをグイッと飲み干した。あ、確かに美味しい・・。


ケビンはキングサイズのハンバーガーを食べながら、チラチラと私の様子を観察している。一体何なんだ?この男は。


「それではご馳走様でした。」

食事を終えた私はガタンと椅子を動かして立ち上がり、空になったトレーを持って移動しようとして・・・引き留められた。しかもスカートの裾を引っ張られて。


「ち、ちょっとっ!どこ掴んでるんですか?!」

私は睨み付けて抗議する。


「あ~すまん。だってあんたがあまりに早く席を立とうとするから引き留めようとして、つい・・。」

パッと手を離したケビンが言った。


「何ですか?まだ私に何か用があるのですか?」

溜息をつきながら言った。


「ああ、昨夜の続きを聞かせてくれよ。なあ、なあ。あの後はどうなったんだ?ライアンと良い雰囲気になれたのか?教えてくれよ。」


興味津々に尋ねて来るケビン。やっぱり、彼は本当に昨夜の事を覚えている様だ。でも何故・・・?あ、もしかすると・・・。

「コールマンさん。」

名前を呼ぶと不機嫌そうに言われた。


「コールマンじゃなくて、ケビンって呼んでくれよ。」


「分かりました、ケビンさん。昨夜あの騒ぎの後もずっとサロンにいたのですか?」


「ああ、いたよ。」


そうか、あのド修羅場の場面を見ていなかった人物達は忘却魔法にかかっていないと言う訳か。何しろ、現場を見ていないのだから。となると・・・やはり無意識に魔法を使ったのは、この私という事になる・・・のかも。


「で?うまくいったのか?」


「・・・ご想像にお任せします。」

考えてみれば何故彼に状況を説明しなければならないのだ。そんな義理は無い。

第一、あんな目にあった元々の原因は目の前にいるケビンでは無いか。


「そうか、ならライアンに聞くか・・・。」

ポツリと言うケビン。な・・何ですと?ライアンに聞くだあ?ま、まずい。ライアンにも下手をすると忘却魔法がかかっているのかもしれない。下手にケビンが尋ねて、記憶が戻ってしまえばまた大騒ぎになって私の安泰な学院生活が乱されるかも・・。

ならば、ここは私が説明するしかない。

「分かりましたって、説明するので絶対ライアンさんに聞かないで下さいよ?!」


「ああ、早く聞かせてくれっ。」


「別に、特に何もありませんでしたよ。」


「何?」


ポカンと口を開けるケビン。


「ですから、別に二人の間に何か発生する事はありませんでした。」


「う・・嘘だろう?!」


「嘘じゃありませんってば。ライアンさんの瞬間移動魔法で女子寮付近まで送って貰った後、普通に別れただけです。」

別に半分は間違えた事は言っていない。


「そっか・・つまんねーの。」


「すみませんね、面白い話では無くて。」

もう今度こそいいだろう、私は再び立ち上がろうとするが、今度は上着の裾を引っ張られた。


「ちょっと、待てってば。」


「いい加減にして下さい、今度は一体何ですか?」


「また一緒に昼飯食おうぜ。あんたと話してると、ちっとも飽きなくて面白いからさ。」


「・・・もし、お断りしますと言ったら?」


「あんたの教室まで迎えに行く。」


とんでもない事を言う男だ。教室にはアラン王子にマリウス、グレイにルークがいる。ケビンが私を迎えに教室へ来ようものなら、またどんな騒ぎが起こるか分かったものではない。


「分かりましたよ・・・。近いうちにいずれ。」

社交辞令的に返事を交わして置く。しかし・・・。


「いつがいい?」

いつの間にかケビンは手帳を取り出して、メモを取ろうとしている。


「はあっ?!」

こ、細かい男だ・・・っ。


「週に1度は一緒に昼飯食べようぜ。ライアンには内緒にしておいた方が後々、面倒くさい事にならないからな・・。」

ケビンはメモ帳を見ながらブツブツ何かを言っている。


「週に1度なんて無理ですよっ!ライアンさんと親しいなら、私の下僕のマリウスの事は知っていますよね?もしマリウスに知られようものなら・・・。」


「そこはジェシカ嬢が適当にごまかして何とかしてくれよ。」


うう~っ、それにしても何というやつだろう?週1でランチなんて、無理に決まっている・・・とそこまで考えて私は冷静になった。


待てよ・・?私は別にケビンに何か弱みを握れらている訳でも無いし、それをネタに脅迫を受けている訳でもない。

だったらこんな約束初めからする必要性は全く無いのである。いかんいかん、危うくケビンにいいように誘導されそうになった。ここはやはり、きちんと初めに断りを入れておこう。


「すみませんがケビンさんとお昼をご一緒する理由が無いし、マリウスの許可を得るのも大変なので、お断りさせて頂きます。それでは、失礼致します。」

私は深々と頭を下げると、トレーを持って、さっさとその場を立ち去った。

後には1人残されたケビンのみ・・・。



それにしても大きな謎が残った。やはり忘却魔法を使ったのは、この私なのだろうか・・・?




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