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第11章 3 月夜に二度目のマーキング 

1


「一緒にお酒ですか・・・?何か面白い話を聞かせてくれるなら飲んでもいいですけど?それも私が聞きたそうなお話に限りますよ?そうでなければお断りです。」


私は上目遣いに彼等を見る。私は魅了の魔力の持ち主だと言われた。それなら彼等にも通用するのでは・・・?

予想通り、彼等が私を見る目つきが変わった。何故なら全員の顔が赤くなっているからだ。ひょとすると、その気になれば自分で魅了の魔力をコントロールする事が出来るのだろうか?照れた素振りも見せているので昼間のような真似をされる心配もこれなら大丈夫だろう。


「あ、ああ・・。俺達に聞きたい事があるなら何でも話してやるよ。何せあんたは俺の右腕が折られそうになったところを助けてくれたんだしな。」


「ああ、本当にあんたのお陰だよ!俺達を逃してくれたからだ!」


「正に命の恩人だ。」


「さあ、何が聞きたいんだ?好きなだけ教えてやるよ。」


・・・何だか、彼等の態度が昼間と全然違ってしまい、正直気味が悪くなってきた。

私の魅了の魔力と言う物はそれ程強い力を持っているのだろうか?


「そう?それなら貴方達と一緒にお酒を飲んでもいいわよ?」

まるでこれでは本当に悪女の台詞そのままだなあ・・・。私がそう思っている合間に彼等はいそいそと自分たちの飲み物を持って私のテーブルに移動してくる。

一方のライアンは爪を噛みながらこちらを見ている。・・どうやらかなりイライラしているようだ。

今私の座っている丸テーブルには4人の男性達が座っている。名前を聞くのは面倒だから向かって右側から時計回りにA・B・C・Dと勝手に名前を付けてしまおう。

どうせこの小説のモブキャラなんだしね。


「ねえ、確か貴方私と出会った時に探す手間が省けたって言ってたわよね?あれはどういう意味なの?」

Bに尋ねた。


「ああ、言葉通りの意味さ。俺達はあんたを探すように頼まれたんだ。」


「頼まれたって・・誰に頼まれたの?」


「あんたと同じ学年のソフィー・ローランて名前の女だよ。」


Aが答える。


「もともとジェシカ・リッジウェイは有名人だったからな。名前を聞いただけですぐに誰の事か分かったよ。」


Dが言った。


「俺達はまあ・・・あの学院では、はみ出し者だから授業にも出ないで、よく誰も使っていない校舎でさぼっていたんだ。そしたら今朝突然その女が現れて、あんたを探し出して、ちょっと怖い目に遭わせてくれって頼まれたのさ。金と引き換えにな。」


Cの言葉に私は危うく非難の言葉を投げつけそうになり・・・やめた。折角彼等がここまで話をしているのに、今下手な行動は取れない。


「あ、でも言い訳するつもりは無いんだが、あの時どうしても逆らえない気分にされたんだよな・・・。甘い香りも漂っていたし・・。まるで逆らったら命が無いような危険性を感じさせる妙な気持ちにさせたな・・。あれは催眠暗示だったのかも!」


Bの言葉に他のメンバー全員が同調した。


「ああ、そうだ!そうに決まってる!」


「そうでなきゃ、あんな卑怯な真似普段の俺達はしないもんな?」


「でも、本当に悪かったと思ってるよ。あんたを怖い目に遭わせて。」


「すまなかった、ジェシカ。」


そうか、やはり主犯はソフィーだったのだ。でも本当に一体何故なのだろう?

何故彼女は毎回私を罠に陥れようとするのだ?私は彼女に対して何一つ嫌がらせをした記憶が無い。それなのに、どうしてソフィーは・・・?何を考えているのか全く掴めない。


「もう一つ、教えてくれる?」


「おう、知っている事なら何でも答えるぜ。」


Dが言った。


「アメリアって女性の事知ってる?ソフィーの近くにいる女性で・・・メガネをかけているのだけど?」


「アメリア・・・?う~ん・・。知らないなあ・・・。」


Aは暫く思い出すように考え事をしていたが、首を振った。他のメンバーも首を振る。


「ああ!もしかしてアメリアって・・・あれか?あんたに付きまとっていた男達が今朝から急に別の女にしつこく言い寄っていたのを見たぞ?あの女の事なのか?」


突然Cが大きい声で言った。


「あ~あれかあ!俺も見たぞ。あいつら有名人だしなあ・・。しかし驚いたぜ。まさかあんな野暮ったい女に我が学院の有名人たちが現を抜かすなんてな。」


Aが言うと、


「全くだ!とうとう焼きが回ったんだろうな!特にあの生徒会長の騒ぎは見ものだったぞ!」

Dも大笑いして、彼等は勝手にアメリアを巡るアラン王子達の話題で盛り上がり始め、私の存在すら忘れてしまったかのようだ。

そこでこれはチャンスとそろそろと私はその場を抜け出し、ライアンの元へと戻って行った。


「ああ、良かった!心配していたんだぞ!ジェシカッ!」


私がライアンの隣に戻って来ると、いきなり力強く抱きしめてきた。

「ラ・ライアンさん・・・く、苦しいですよ・・。」


「あ!ご、ごめんっ!」


私の苦しげな声にすぐ身体を放すライアン。しかし・・・ここの小説の世界の人物達はどうしてこうも簡単に強く抱きしめてくるのだろうか?


「で、どうだった?何か分かったのか?」


ライアンは小声で尋ねてきた。


「はい、でもその話は後にしましょう。彼等に気付かれる前にすぐこの店を出て・・・。」

そこまで言いかけた時だ。


「ウワアアアアアッ?!」


「?!」

突然背後で悲鳴が上がった。私やライアンを含め、サロンにいた全員が一斉に声の方向を振り向くと、そこには恐ろしい表情のアラン王子に生徒会長、そしてダニエル先輩にノア先輩が先程のA・B・C・Dを囲むように立っていたのだ。

え・・・う、嘘でしょう・・・?何故この4人が揃ってこの場にいる訳・・?


「おい!貴様ら・・・!よくも俺のアメリアを侮辱してくれたな!」


怒りに身体を震わせたアラン王子が男性Dを締め上げている。


「違う!アメリアは俺の物だ!しかし貴様ら許さんぞ!」


生徒会長はカンカンになって全員を威嚇するように睨みを利かせている。


「君達・・・僕の魔法で黒焦げにしてやろうか?」


ノア先輩が言えば、ダニエル先輩も負けてはいない。


「それなら僕は氷漬けにしてあげるよ。」


この学院で有名な凄腕の4人に睨まれては彼等もたまったものでは無いだろう。全員ガタガタと震えて必死に謝罪の言葉を繰り返している。


「ライアンさん・・・。私達もここにいてはまずい気がしませんか・・・?早々に出ましょうよ。」

私はこっそり耳打ちをすると、ライアンは頷いて私の手を握って立ち上がった。


「よし、それじゃ行くぞ。」


そして誰にも気づかれないようにソロリソロリと店の出口へと近づき、ドアを開けようとしたところ・・・。


「おや?あそこにいるのはジェシカとライアンじゃないか?」


この店にいた野次馬の1人がわざとらしく大声で言った。


「「「「何っ?!」」」」

一斉にアラン王子、生徒会長、ダニエル先輩、ノア先輩がこちらを振り向く。


ば、馬鹿!あの男、なんて余計な事を言ってくれるのよ!私は思わず、その学生を睨み付けて・・・え?その人物に何か違和感を感じた。彼は一体・・?

しかし、今はそんな事を言ってる場合では無い。


「逃げるぞ!ジェシカッ!」


突然ライアンは私を抱えると、目の前がグニャリと歪み・・・・気が付くと私は女子寮の近くに立っていた。



「うっ!」

ライアンはうずくまると、ハアハア荒い息を吐いている。


「ライアンさん!大丈夫ですか?!一体何をしたのですか?」

私はライアンの背中をさすりながら言った。


「あ、ああ・・・ちょ、ちょっと瞬間移動の魔法を・・こ、この魔法ってアルコールを飲んでると異常な程体力を消耗するんだ・・・。」


青ざめた顔で苦し気に言うライアン。


「大丈夫ですか?立てますか?」

ライアンの身体を支えて起こしてやると、私の方を見て言った。


「大丈夫・・・だ。でもこれでジェシカを助ける事が出来た・・・かな?」


苦しいくせに無理に強気な笑顔で言うライアン。2人で向かい合って見つめていると・・・


「そんなところで何をしているのですか?お嬢様。」


背筋が凍り付きそうになる程に冷たい表情を浮かべたマリウスがそこに立っていた・・。




2



「そんなところで何をしているのですか?お嬢様。」


まるで作り物のような美しい顔に冷たい表情を張り付かせたマリウスに私は言い知れぬ恐怖を感じ、思わず一歩後ずさった。


「マリウス!やめろ!ジェシカが怖がっているだろう?!」

ライアンが私を背後に庇うと言った。


「おや・・?誰かと思えばまた貴方ですか・・・。どうしていつもいつも貴方は私とお嬢様の仲を邪魔しようとするのですか?全く、貴方もアラン王子達のように別の女性に心変わりしてくれれば良かったのに・・・!」


憎悪を込めたような目でライアンを見るマリウス。その迫力に押される私。


「煩い!俺をあいつ等と一緒にするな!」


吐き捨てるように言うライアン。その時だ。


「いたぞ!あそこだ!」


生徒会長の声が聞こえた。ああ・・!何てことだろう。タイミング悪くアラン王子達が現れたのである。

今、私とライアンの前にはマリウス。そして背後にはアラン王子以下3名に挟まれた状態だ。

それにしても何故・・・何も悪い事はしていないのに、どうして彼等から追われたり睨まれなければならないのだろう・・?しかも場所が女子寮の近くなので、いつの間にか大勢の生徒達がベランダから高みの見物をしているじゃない。ああ、もう恥ずかしい。ついに私もここまでか・・。そう思い、観念して目を閉じると・・・。


「おい!ライアン!貴様、何をしている!ジェシカから離れろ!」


暴君生徒会長が駆け寄って来ると、ライアンを怒鳴りつけた。はい?生徒会長っ!貴方はもう私達にとやかく言う資格は無いですよねえ?


「そうだ!図々しい奴だ!早く離れろっ!!」


俺様王子がやってきて無理やり私とライアンを引き剥がし、私の腕をつかんで離さない。い、痛いってばっ!


「アラン王子こそ、ジェシカから離れろよ。」


静かな怒気を含んでダニエル先輩が言う。


「そうだ!早く離れろ!」


喚く生徒会長。


「アラン王子、その手をどけた方が君の為だよ?」

今にも魔法攻撃を仕掛けかねないノア先輩。


「な・・何なんだよ。お前たちは・・ジェシカから離れて行ったくせに・・!」

ライアンは拳を握りしめて唇を噛み締めている。


これ以上彼等の身勝手さに我慢できない!

「いい加減にして下さい!アラン王子、生徒会長、そしてノア先輩にダニエル先輩!何故まだ私に構うのですか?今更関係無いはずですよね?あなた方はアメリアさんを選んだのですから、もう私を解放して下さい!」

1人1人に目を向けながら私は言い放った。月明かりを背にした彼等に向かって叫んだ私には皆がどんな表情をしていたのかは伺い知る事が出来なかった。

しかし、全員が気まずそうに下を向いているのだけは分かった。

荒い息を吐きながら言い終わると、じっとマリウスがアラン王子達を見つめていた。


「お嬢様は誰にも渡しません。大体別の女性に思いを寄せたあなた方にはジェシカお嬢様の側にいる資格など一切無いのですよ?」


言うと、突然マリウスが右手の人差し指をクイッと曲げた。途端に私の身体はふわりと宙に浮かぶ。

「?!」

自分の足元から地面が消えた恐怖に私は軽いパニックを起こしかけ、文句を言ってやろうと思いマリウスを見た瞬間、そのままグインッと目に見えない強い力で引っ張られ、気が付けばマリウスの腕の中に捕らえられていた。


「や、やだっ!離してよ!」

バタバタとマリウスの腕の中で暴れる私。


「いいえ、放しません。」


マリウスは耳元で囁くように言うと、アラン王子達をキッと睨み付けた。


「いいですか、皆さん。よく聞いて下さい。あなた方は別の女性に恋をした。お嬢様から心変わりをされたのです。違いますか?お嬢様の側にいられる資格等、もう無いのですよ?」



「「「「・・・・。」」」」

全員、口を閉ざし俯いている。


でもただ1人納得していないのはライアンだ。


「マリウスッ!てめえ・・・っ!ジェシカから離れろっ!嫌がってるじゃ無いか!それに俺はお前が相手だなんて認めないからな!他の女に心変わりしたあいつらと一緒にするな!」


そこへ騒ぎを聞きつけたのか、グレイとルークまで駆けつけてきた。ああ!ますます面倒な事に・・・。


「おい、グレイ!ルーク!マリウスからジェシカを引き離せ!」


俺様王子が駆けつけてきた2人に命令する。当然グレイとルークは面食らっている。


「え・・・?確かにマリウスがジェシカを抱き寄せているのは気に入りませんが、何故アラン王子がそのような事を言うのです?」


心底理解できないとでも言うようにルークが言う。


「アラン王子はもう別の女性を好きになったのですよね?でしたら俺は自分の意思でマリウスからジェシカを奪うだけです。」


おおっ!仮にも雇用主である一国の王子に楯突くなんて・・・正直驚き以外の何物でもない。


「な!何・・・?お前達、この俺にそんな口を叩くのか・・?だ、第一・・あれは魔が差しただけだ!今、こうしてジェシカを目の当たりにして、はっきり気付いた。俺にはジェシカも必要なのだ!」


はあああ?!何身勝手な事言っちゃてるの?余りの言い分に呆れて物も言えない。


「勿論俺もだ!」


え?!生徒会長・・・まだそこにいたんだ。


「僕にだってジェシカは必要だよ。何せ女神様だからね。」


ノア先輩!まだ女神呼ばわりですか?!


「そうさ。第一僕とジェシカは恋人同士だったんだから。」


ダニエル先輩・・・確かに貴方とは色々あったかもしれませんが、もうそんなの無効ですよ・・。


 今まさに月夜の寒空の下で再び、ど修羅場が起こっている。ギャラリー達はますます増えてきているし・・・。

もう嫌だ、毎回毎回どうして私が振り回されなければならないのだ?ようやくあの4人から解放されたと思っていたのに!でも、今回の件ではっきり断言できる。少なくとも、この場で誰か1人自分のパートナーを選べと言われた場合、はっきり言ってあの4人だけはあり得ないと・・・。



「全く・・・騒がしくていけませんね・・。もうすぐ門限だと言うのに・・。」


それまで黙って傍観していたマリウスが首を振って言った。相変わらず私はマリウスの腕の中に捕らえられている。


「黙れ!そもそもお前がジェシカを離せば事は済むのだ!」


私達を指して怒鳴る生徒会長。これには我慢できない。

「生徒会長!貴方は黙っていて下さいっ!」


「ぐうっ!ジェシカ・・・また何故お前は俺に対してだけ、つれない態度を取るのだ?!」

しかし、その問いには答えない私。その代わりマリウスに懇願した。


「ねえ、お願いマリウス。もう私を離して貰える?ますます騒ぎも大きくなっているし、ほら・・・。それにあんなに大勢の人が見ているじゃない。だから、もう終わりにして寮に戻りましょうよ・・・ね?」

必死でマリウスに愛想笑いを振りまく私。ああ、嫌だ。何故主であるはずの私が下僕である変態M男のマリウスに媚を売らなければならないのだ・・・。一体何がここまでマリウスの態度を豹変させてしまったのだろう?それともこれが素のマリウスだというのだろうか?


「成程・・・。確かに大勢人が集まっていて注目の的を浴びているようですね。それにおあつらえ向きにお嬢様に群がっていた男性達も全員揃っておりますし・・。丁度良いですね。」


何かを含んだような笑みを浮かべるマリウス。え?え?何?その笑みは。何だかとてもすごーく嫌な予感がする・・。


「マ、マリウス・・・?」

震える声で名前を呼んでみる。


「お嬢様にかけたマーキングは先程の魔法で全て使い切ってしまいました・・。なので再度マーキング致しましょう。」


言うが早いか、マリウスは私の頭を掴むと、強く唇を押し付けてきた。

「!」


「「「「「「「!!」」」」」」」


その場に居た7人の男性全てが衝撃で息を飲む気配が伝わった。一方、女子寮からは見物していた女生徒達から黄色い悲鳴が夜空に響き渡る。

ば、馬鹿マリウス!!なにやってるのよ!必死でマリウスの胸を押し返し、引き離そうとしても所詮男の力には勝てない私。益々強く唇を押し付けてくる。


<は・離れなさいよ~っ!!>


「・・・・。」

胸をドンドン叩いたりしても、ちっともマリウスは気にしない様子だ。

やがて・・・。


「ぷはっ!」

ようやく唇を離して貰えた時には、私は呼吸困難一歩手前でフラフラになっていた。

足元がよろつく私をマリウスは抱きとめると言った。


「さあ、お嬢様。これでたっぷりマーキングさせて頂きましたので、いつでもお嬢様に対して魔法を行使する事が出来ますよ。」


そして頬を赤らめてマリウスは微笑んだ―。




3



「もう嫌だ・・・消えて無くなりたい・・・。」

私は自室の机に突っ伏して嘆いていた。

あの後・・・騒ぎを聞きつけた寮長や生徒会役員達がやってきて、強引にその場で解散させられたのだ。私的には、それはとてもラッキーな事だったのだが、納得いかないのがマリウスを除き、その場に居た男性陣全員だった。

特にアラン王子と生徒会長の暴れようは凄かった。




アラン王子は寮長達に取り抑えられながら激怒して暴れるものの、最後は国王に連絡を入れられそうになり、ようやく観念したのかグレイとルークを連れて大人しく帰って行った。

そして生徒会長とライアン、そして何とノア先輩までもが他の生徒会メンバーに魔法で気絶させられ、彼等は生徒会委員達に身体を引きずられて寮へと連れて行かれた。

本当に相変わらず過激な生徒会である。あんな場面を目の当たりにしては、益々生徒会に入ろうとする気は失せてしまう。

そしてダニエル先輩に至っては私からの拒絶の言葉で傷付いていたところに、マリウスとのキスシーンを見たのがよほどショックだったのか、青ざめた顔でフラフラと寮へ帰って行ったのである。


後に残されたのは私とマリウス。


「さて、どうしますか?お嬢様。まだ門限迄は若干時間がありますが、このまま2人で一緒に朝を迎えましょうか?」


色気を含んだ笑みを浮かべるマリウス。瞬時に彼が何を言いたいのか理解した私は背中が総毛立つのを感じた。もう限界だ。この男はあんなに大勢いる人前で、またもや強引にキスをし、悪びれる様子も見せない。おまけにこちらは恥ずかしくてたまらないのに、むしろ喜んでいるようにも見えた。

駄目だ、根っからのどM男だ。しかし、自分の嗜好をこの私に迄押し付けて来ないでほしい。明日からどのような顔で皆の前に姿を現せば良いと言うのだ・・・?

もうマリウスに対して怒りしかこみ上げて来ない。

ドスッ!ドスッ!

そこで私は重いきり踵でマリウスの足を交互に踏みつける。


「うっ・・・!」


痛みで前のめりになるマリウスに言い放った。

「いい?マリウス!明日から1ヶ月間、接近禁止令を命じるわ!もし私の半径10m以内に近付こうものなら退学して貰うからね!」


「そんな!お嬢様っ!」




まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの、マリウスの悲痛な叫びを無視し、私は寮へと戻ってきて今に至ると言う訳なのだが・・・。

「明日から、どうやって学院生活を過ごせばいいのよ・・・。」

冬の休暇までは、残り1ヶ月半。寮生活なので、この状況から逃げる事も出来ない。

とにかく今はお風呂に入ってゆっくりしたい。

バスルームへ向かい、コックを捻って浴槽にお湯を溜めながら、歯を磨いたり、パジャマの準備をする。お湯が溜まったらお気に入りの入浴剤を投入して、ゆっくりとバスタイムを楽しみながら、今日の出来事を振り返る。

昼間は4人組の男達に襲われ、危うい所をマリウスに助けられ、彼の強さを目の当たりにする。その後はマリウスに危うく貞操を奪われそうな場所に連れて行かれそうになり、逃げ帰る私。そして先程の騒ぎ・・・。

本当に身も心も疲れた1日だった。


それにしても、この世界の住人達の魔力保持者は皆魔力が高くて羨ましい。マリウスもさることながら、ライアンですら瞬間移動魔法を使う事が出来る。かく言う私はと言うと、魅了の魔力とか訳の分からない魔力と、(恐らく)眠っている間に強く念じた物を具現化する魔力を持ってはいるようなのだが・・・はっきり言って、今の私の危機的状況を回避出来る魔法は使えない。

 私はため息をついてお風呂からあがると、再び打開策を考えたのだが・・・結局何も思い浮かばなかった。


「あ~あ・・・昨夜の一件で明日全員の記憶が消えてくれていればいいのに・・・。」

私は憂鬱な気持ちでベッドに入り、眠りについた。


 翌朝―。

あれだけ悩んでいたのに、ぐっすり眠ってしまった・・・。ノソノソと起き上がり、朝の支度を済ませ、ホールに恐る恐る朝食を取りに行ったのだが・・・誰も私の姿を見つけても騒ぐどころか、呆気ない程普通だった。

試しに一緒に食事をしているエマ達に質問する事にしてみた。

「あの~昨夜の件なのだけど・・・。」


「昨夜の件?」


エマが不思議そうに首を傾げた。


「何か、ちょっとした騒ぎが無かったかと思って・・・。」

尚も質問を続ける。


「え~と、何かありましたかしら?」


クロエも同様に首を傾ける。


「あら、私はありましたよ!」 


リリスが嬉しそうに言う。


「え?な、何があったのかしら?」


思わず身を乗り出す私。


「ウフフ。彼氏からデートの申し込みがあったんですよ!」


「そ、それは良かったですね。おめでとうございます。」


意外な返答に咄嗟に言葉が詰まるが、何とか祝いの言葉を述べる。


「いいですね~リリスさんは。そういうジェシカさんは昨日珍しくお一人で休暇を取られていましたね。本当にアラン王子達は何考えてるのかしら。ジェシカさんの方がずっと素敵なのに!」


シャーロットはぷんぷん怒りながら、カチャカチャと忙しそうにフォークを動かしながら切り分けたウィンナを口に運ぶ。


え?これは一体どういう事なのだろう?彼女達は愚か、ここのホールにいる全員が昨夜の騒ぎをまるで知らないかの様に振る舞っている。いや、もしかして知らないでは無く、忘れてしまったのではないだろうか?

この事が事実か調べるのは簡単だ。彼等の様子に何も変化が無ければ・・・ここにいる女生徒同様に忘れている事になる。

よし、ここは待つ事にしよう・・・。


やがて、登校する時間になったので私はカバンを持ち、緊張しながら女子寮を出た。すると、すぐに目の前にマリウスが現れたのである。ヒッ!出た!


「おはようございます。お嬢様、今朝も気持ちの良い朝ですね。」


マリウスは全く悪びれた様子も無く、ニコニコと話しかけてくる。やはり昨夜の事を忘れているのか・・・?いや、でもこの男は得体の知れない化物じみた所がある。私はジロジロとマリウスを凝視していると、何故か顔を赤らめるマリウス。


「お、お嬢様・・・。そんなに穴の開く程見つめられると私の心臓の鼓動が早くなりすぎて胸を突き破って飛び出てしまいそうですよ・・。」


ああ、そうですか。是非ともそうなった姿を見て見たいものですね。それにしても今朝のマリウスは至って普通だ。いや、むしろ普通過ぎて反って気味が悪い。もうこうなったら直接本人に問いただすしかない。

「あの・・・ね、マリウス。昨夜の事なんだけど・・・。」


「え?昨夜ですか?昨夜がどうかされたのですか?」


「何か・・あったでしょう?ほら、外で・・。」


「何か・・とは?え?外でですか?」


ああ!もうもどかしい!こうなったら直接問いただし・・・ん?

何やら前方で騒ぎが起こっている。何だろう?


「ああ・・・また彼等ですか。全く・・・ジェシカお嬢様から簡単に乗り換えた挙句に朝早くから1人の女性を奪い合っているなど、恥を知らないのでしょうか?」


マリウスが眉をしかめて言う。あ~成程・・・。確かに目立つなあ。彼等は・・。

そこには思った通り、アメリアを中心にアラン王子、生徒会長、ダニエル先輩、ノア先輩、そして場違いなグレイとルークがそこにいた。

グレイとルークは何故自分たちはこの場にいなければならないのだと顔にはっきり不満が浮き出ている。あ~あ・・気の毒に。あんな俺様王子なんか放って置いてさっさと教室へ行けばいいのに。でも、あの様子だとやはり昨夜の事は皆きれいさっぱり忘れている様だ。

 

ひょっとすると・・・私の新しい魔力が解放されたのだろうか?相手の記憶を消してしまうという魔法が・・・。


「お嬢様、彼等に見つかると面倒なので遠回りをして教室へ入りましょう。」


ほお、たまにはまともな事を言うじゃ無いの。

そこで私とマリウスは彼等に見つからない様に迂回して校舎へ向かった。


「ねえ、マリウス。相手から記憶を消し去る・・・魔法ってあるの?」

歩きながら私はさり気なくマリウスに尋ねてみた。


「ええ、ありますよ。」


さらりと答えるマリウス。何と!本当にそんな魔法が存在するのか!


「それは『忘却魔法』と言われている魔法ですが、かなり高度な魔法で今では誰一人使いこなせないと言われている幻の魔法ですよ。」


「忘却魔法・・・・。それって一度に大勢の人数にかける事が出来るの?」

マリウスやアラン王子達の様子から、恐らく彼等は全員忘却魔法にかかったに違いない。かけたのは・・・私になるのだろうか?


「まさか!忘却魔法にかけることが出来る対象はせいぜい2~3人が限度ですよ。それぐらい難しい魔法なのですから。」


え・・・?そうなの・・?それなら私にこんな魔法をかける事が出来るはず無い。

だとしたら一体誰が忘却の魔法を使ったのだろう・・・?


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