第10章 1 マリウスの変貌
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夜7時―
談話室には私を含め、エマ、リリス、クロエ、シャーロットが集まっている。
今夜はセント・レイズシティで彼女たちがテイクアウトしてきてくれた美味しそうな料理を前にささやかなディナーを開いている最中である。
チキンの照り焼きにミートパイ、フルーツサンドにフレッシュサラダ、スコーンが所狭しと並べられている。
「ですから、私達マリウス様を思い切り締めてやりましたわ!」
開口一番口を開いたのはクロエだ。
「え?と、突然何を・・・。」
マリウスの名前がいきなり出てきて焦る私。
「いいえ、言わなくても大丈夫ですよ。ジェシカさん。私達、昨夜の事全てマリウス様から白状させましたから!」
シャーロットもプンプンしながら言う、
「本当に、あれだけ美しい顔をしていれば何をしても許されると思っているのでしょうか・・・?」
リリスは溜息をつきながら残念そうに言う。
「あ、あの・・・ひょっとして・・・。」
もしかすると、彼女達は昨夜マリウスが私に対して取った行動の事を話しているのだろうか?どうしよう・・詳しく聞きたいけど、何となく尋ねるのが怖い。
「ジェシカさん、落ち着いてよく聞いて下さいね。本来ならこんな話聞かされたら不愉快な思いをしてしまうかもしれませんが、ジェシカさんの事を思えば、教えて差し上げるべきだと思いますので、話をさせて頂きますね。」
エマが有無を言わさないような強い決意を込めた目で私に言った。
「は、はい・・。よろしくお願いします・・。」
私はエマに向き直ると言った。
「では、昨夜ジェシカ様とマリウス様に何があったのかお話させて頂きます。」
コホンと咳払いするエマ。そしてゴクリとつばを飲み込む私。
「昨夜私達とマリウス様が部屋の前でお会いしたことはお話ししましたよね?」
エマの問いかけに頷く私。
「え、ええ。聞きましたよ。」
「初めはどなたか分からなかったのです。でもそれは当然ですわ。だってジェシカ様を背中におんぶしていた方が魔法の薬で女性の姿になっていたマリウス様だったなんて。」
エマが言うとリリスが続いた。
「でもあの時は本当に驚きましたわ。今迄見た事も無い程の美女でしたから。」
「それで、貴女はどなたですか?初めてお会いするように見えますが?と尋ねたところ、魔法薬を飲んで女性になったマリウス様だったと言う訳です。」
クロエが説明してくれた。
「とにかく、今日マリウス様と町へ行った時に昨夜はあの後どうしたのか気になって皆で問い詰めましたの。」
シャーロットは若干興奮気味になっている。
「そ、それでマリウスは・・・何と答えたのかしら・・?」
恐る恐る私は尋ねると・・・。
「全く、いくら従者とはいえ・・よりにもよって意識を無くして眠ってしまっているジェシカ様の制服を脱がせてパジャマに着替えさせたとあっさり白状しましたのよ!」
リリスはカンカンに怒りながら言う。
ああああっ!やっぱりぃぃぃっ!!おのれマリウスめ、一体何て事をしてくれたのだ?正直に話せば済むと思っているのだろうか?相手の事を思うならむしろ話さないでおくべきか、もしくは制服がシワになっても構わないからそのままの状態で寝かせて欲しかったっ!!
皆の前だったので私は顔を引きつらせ、笑みを浮かべながらも内心は激しい怒りに燃えていた。
このままでは私の気持ちが収まらない。何かマリウスにはきついお仕置きを・・駄目だ!そんな事をしたらM男のマリウスを無駄に喜ばせてしまうだけだっ!
「私達、それはもうマリウス様に対して怒りましたわ!意識の無いレディの服を勝手に脱がせて着替えさせるとは貴族の風上にも置けないですって!」
気の強いクロエはいつになく激しく怒っている。
「そしたら、マリウス様・・・何と答えたと思います?」
シャーロットが言う。
「さ、さあ・・・・?」
私にはマリウスの考えていることがさっぱり理解出来ないので首を傾げた。
「あの時、私は女性の姿になっておりましたので、何の問題も起こるはずありませんし、問題も無いはずですよって答えたのですよ!」
エマは悔しそうに言った。
成程、言われてみればあの時のマリウスはエマ達の証言によれば確かに女性化していた・・・・となると何も2人の間に問題など起きる訳も無く・・って違うっ!
そもそもそういう問題では無い。これはもうマリウスを取っ捕まえて縛り上げるしかない!かな・・・?
こうしてこの日の夜は最初から最後までマリウス談義で話は終わったのだった。
自室に戻ると、私はマリウスの事でイライラする気持ちを抑えるためにシャワーを浴びた後、以前アラン王子から貰ったウィスキーボンボンを口に入れた。
甘みの中に芳醇なウィスキーが口の中に広がる。美味し~い。
1つ、2つ、3つ・・・気付けば4粒も食べてしまっていた。いけない!今夜はお酒を禁止して「オリハルコン」を具現化させる予定だったのに・・・。
慌てて歯磨きを済ませ、テーブルに座るとオリハルコンのページを読む。何度も何度も繰り返し読み、頭の中にイメージする。よし、これ位でいいかな?
ベッドに入ると明かりを消して布団を被ると目を閉じた。
どうか、明日オリハルコンが具現化していますように・・・。
と、ところが・・・ね、眠れない・・・。
マリウスの件でイライラしているのもさることながら、オリハルコンを具現化させなければというプレッシャーの為か、今夜に限って全く眠くならない。
私は溜息をつくと、とうとうベッドから起き上がりガウンを羽織るとそっと窓を開けた。
今夜は上弦の月夜だった。月の明かりが弱いせいか一段と星が輝いて見える。
私はこの学院に入学してきた時に、マリウスに案内された高台のテラスで眺めた星空を思い出していた。
マリウス・・本当に一体彼は何を考えているのだろう。普段はM男全開なのに、時折真面目になったり、怖い雰囲気を身に纏う事もある。それに気になる事がある。
それはジョセフ先生の言った台詞だ。私が信頼して良い人物なのかと聞いてきた。
先生にどういう意味かと尋ねた時、何故かうまい具合に先生に話をはぐらかされてしまったように感じる。
私は深いため息をついた時・・・女子寮の向かい側にある男子寮付近で2人の人影を見つけた。
え・・・?あれは誰だろう?何故だか嫌な胸騒ぎがする。
私は天体観測の授業で使った小型天体望遠鏡を持って来ると、照準をその2人の人物にあてた。
「!」
私は息を飲んだ。2人の男性の内、1人が壁際に追い詰められて襟首を相手の男性に掴まれ、怯えた様子で何かを話している。そして襟首を掴んでいるのは・・マリウスだったのだ。
え?嘘でしょう?マリウスは今迄に無い位に恐ろしい目つきで締め上げた男性の顔を睨み付けている。一方、片方の男性は可哀そうな位震えているのが分かった。
あれはどう見てもマリウスだ。けれど一体何をしているのだろう?傍から見ればマリウスが相手の男性を威嚇?脅迫しているようにも見える。
どうしよう、あの場所へ行ってマリウスを止めようか?でも今のマリウスは尋常ではない。
下手に口を出してもあの状態のマリウスでは私の話を聞き入れて貰えるとも思えない・・・。
その時、月の光が反射したのか私の天体望遠鏡がキラリと光った。
マリウスがこちらを振り向く。
「!」
私は慌てて隠れるが・・・どうしよう、今私がマリウスを覗き見していたことがバレてしまったかもしれない。
私は暫く窓の下に座り込み、隠れているしか無かった。
やがて・・そろそろと頭を上げて、もう一度窓の外を見ると、彼等の姿は消えていた。
よし、決めた。明日は一切、マリウスに問い詰めるのをやめようと。
私は窓とカーテンを閉めると、ベッドに飛び込み、オリハルコン・オリハルコン・オリハルコン・・・・と必死で頭の中で唱え続けた。
やがて眠気が襲ってきて、私は眠りについた・・・。
2
カーテンの隙間から眩しい太陽の光が私の顔に差し、一気に目が覚めた。
どうやら、昨夜はきちんとカーテンを閉めて眠らなかったのか目覚ましが鳴る前に意識が覚醒してしまった。
私の頭の中にはまだ昨夜寝る前に見てしまったショッキングな映像が残っている。
それにしてもマリウス・・・あんな時間に一体何をしていたのだろう?それに首を締め上げられていた人物は誰だろう?何処かで見たことがあるような気がするのだが、思い出せない。そんな事をボンヤリ考えていた時、私は重要な事を思い出した。
「そ、そうだ!それよりも・・・オリハルコンは?!オリハルコンはどうなったのかな?!」
慌てて飛び起きると、私は部屋中をくまなく探した。散々探したのに・・・・結局オリハルコンは何処にも無かった。がっくり肩を落とす私。
あ~あ・・・。結局私は魅了の魔力をだだ漏れさせるしか能力のない人間だったようだ。
溜息を一つつくと、私は制服に着替えベッド下に置いた靴に履き替えようと下を向くと・・・え?何やらベッドの下にキラリと光る物を発見した。
しゃがみ込んで中を覗き込むと、何とそこには鈍い金色の光を放つ鉱石が数個転がっていたのである。
「ま、まさか・・・。」
私は震える身体を何とか抑えつつ、転がっている鉱石を拾い上げた。
鉱石の数は親指程の粒が5粒だった。
「オ・・オリハルコン・・・?」
私は興奮を抑えきれず掌の鉱石をギュッと握りしめ・・・・取り合えず朝食を食べにホールへ行く事にした。
エマ達と朝食を食べ終えた後、私は魔法学の先生に用事があるからと彼女達に伝え、いつもより30分程早く寮を出た。
昨夜のマリウスの事などすっかり忘れ、足取りも軽く教授達のいる校舎へと向かって歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「今朝はご機嫌だな、ジェシカ。早起きもいい事があるんだな。こうしてお前に会えたんだから。」
「!」
そ、その声は・・・・。ゆっくり振り返ると・・そこにいたのはライアンだった。
「お、おはようございます。ライアンさん・・・。」
じわじわ私の顔が赤くなっていく。いけない、この間の夜のマリウスの言った台詞を思い出してしまった。ライアンが私に結婚を前提に付き合って欲しい相手と見ているだなんて余計な事を言うから無駄に意識しまくってしょうがない。
どうかライアンには私の心境の変化に気が付かないで欲しい・・・と思っているのに、あっさり見破られてしまったようだ。
「あれ?どうしたんだ?・・・いつもと何だか様子が違うように見えるな?」
「べ、別にそんな事ありませんよ?」
うっ!中々ライアンは勘が良いようだ。
「ふ~ん・・・そうか・・?おい、ちょっと顔見せて見ろよ。」
「な、何故ですか?私これから授業が始まる前に行く所があるので。」
ライアンの側をすり抜けようとするが、ガシッと手首を掴まれてしまった。
「おい、待てってば。ジェシカ。」
私はそのままグルリとライアンの方を向かされ、空いてる手で顎を掴まれ、ライアンの方を向かされた。
「ッ!」
私の顔をみて、ライアンの顔も一瞬で真っ赤になる。ああ・・・ライアンに私の顔が赤く染まっているのが完全にばれてしまった。
「ジェ、ジェシカ・・・。」
「はい・・・。」
観念して私は返事をする。
「な、何だか今日はいつも以上に一段と・・・その・・か、可愛く見える・・な・・。」
ライアンは真っ赤な顔で、口ごもりながら言う。うう・・・その台詞を聞かされ、私ははっきり悟った。ライアンは私の事を好きなのだと。
「あ、あの・・・手・・。」
必死で私は言葉を紡ぐ。
「手?」
「手・・・は、放してもらえますか・・?私、これから魔法学の教授の元へ・・い、行かなくてはならない・・ので。」
「・・離したくない。」
ライアンがぶっきらぼうに言う。
「はい?!」
思わず声が上ずってしまう。
「だって・・・いつもいつもジェシカの周りには色々な男がいて・・・2人きりになれるチャンスだって、滅多に・・無くて・・。」
ライアンの切なそうな声が私の胸に突き刺さる。そんな事言われても困る。だって私は私自身の心が分からないのだから。ジェシカの中に私の意識が入り込んでしまった弊害なのかもしれない・・。
私が黙ったままなのが、傷つけてしまったのかと勘違いしたライアンがそっと手を離すと言った。
「ごめん・・。悪かった。無理強いしても駄目だよな・・・。俺は・・他の奴等よりも遅くジェシカと知り合ったけど・・・でも、俺は・・・!」
「ライアンさん・・・。」
その時だ。
風に乗って冷たい声が聞こえた。
「ライアン様。お嬢様に何か御用でしょうか?」
「マ、マリウス・・・ッ!」
何だろう、いつものマリウスと全然雰囲気が違う。その事をライアンも感じたのか、一歩後ずさりすると言った。
「な、何だ・・・。マリウスかよ・・。何だかお前・・今朝はいつもと雰囲気が違うようだけど、一体どうしたんだ?」
「雰囲気が違う?それは一体どなたのせいだと思っているのですか?ライアン様。本日ジェシカお嬢様をエスコート出来る当番はこの私なのですよ。横からお嬢様を奪うような真似はしないで頂けますか?」
思わず背筋がぞっとするような言い方だ。何・・?どうしてそこまでライアンを敵視するの?まるで昨夜見たマリウスそのものだ。
「お、俺は別にそんなつもりは・・・っ!」
「大体、ライアン様は知り合ってまだ間もない方では無いですか?しかも初めての出会いは指導員としてお嬢様を監視する立場にあった・・・いわゆる我々にとって敵のような存在でしたよね?それを良い事にお嬢様に近付くなんて・・・!」
ギリリと歯を食いしばるように話すマリウス。思わず私とライアンはその雰囲気にのまれそうになる。
「挙句にお嬢様が何もご存じないのを良い事に、クリスマスにご自分の領地に誘われたのですよね?ライアン様はご存知だったのでしょう?未婚の女性をクリスマスに自宅に誘うと言う行為が何を表しているのかを・・・!随分と卑怯な真似をされましたよね?」
マリウスは皮肉たっぷりにライアンに言う。
「ち、違う!ただ・・・俺は・・俺の国は深い雪国で、クリスマスの祝いは、それこそ観光名所になるくらい美しく、有名だから・・それをジェシカに是非、見せたかったんだ。本当に最初はただそれだけの理由だった。マリウスの言っていた話はすっかり忘れていたんだ。」
ライアンは必死で弁明する。
「どうでしょうね・・?口では何とも言えますから・・。」
私は目の前のマリウスを信じられない思いで見つめていた。何故今日のマリウスはこれほどまでに辛らつな言葉をライアンに投げつけているのだ?それともライアン個人にだけ、このような酷い言葉をぶつけているのだろうか・・・?でもこれ以上マリウスがライアンを傷つけるのを見過ごすわけにはいかない。
「待って!マリウス!やめて!それ以上ライアンさんを傷つけるような事言わないで!忘れたの?彼のお陰で私達、謹慎部屋から出る事が出来たのよ?そして私達の為にライアンさんは入院しなければならない程の怪我を負ってしまったのよ?!」
しかし、マリウスは私の両肩をガシッと掴むと言った。
「お嬢様!どうしてお嬢様はそれ程までに隙だらけなのですか?!だから・・・色々な男性方に付け込まれるのですよ?!私の役目はお嬢様をお守りする事なのです!何故私の気持ちが分からないのですか・・・。」
最期の方はまるで消え入りそうな声だった。私もライアンもマリウスの変貌ぶりに唖然とするしか無かった・・。
「悪かった・・・。今日は俺・・・退散するよ。またな、ジェシカ。」
ライアンはマリウスの尋常ではない様子に今日はこの場を去る事を選択してくれた。
「ありがとう。・・・ごめんなさい、気を遣わせてしまって・・。」
「いいや、気にするなよ。」
言うとライアンは踵を返して、立ち去って行った。マリウスの顔色はとても青ざめており、私は何と声をかければよいか分からなかった・・・。
3
ライアンが去ると、途端にマリウスの態度が一変した。
「さ、お嬢様。行きましょうか?」
男性でも思わず見惚れてしまいそうな美しい顔に笑みを浮かべながら私に話しかけるマリウス。でもそのギャップが逆に私は怖かった。何とかマリウスから離れる事は出来ないだろうか・・・?
「あ、あのね・・・マリウス。」
おっかなびっくり私は話しかけた。
「はい、何でしょう」
「じ、実は私ね、魔法学の教授に用事があって・・・これから行かなくちゃならないの。だ、だから先に教室に行っててくれる?」
「はい、存じております。ですが、それが何か?私はお嬢様の下僕ですから当然付き添いますよ。それに少しでも目を離せば、スキだらけのお嬢様にここぞとばかりに抜け駆けする輩が現れるかもしれませんので。」
涼し気な顔で言うマリウス。や、輩って・・・。何やら先程から背筋が寒くなるような台詞ばかり言っている。それにいつから私とライアンの会話を聞いていたのだろうか?
「おや?お嬢様。どうされたのですか?先程から顔色が悪いようですが、また何か拾い食いでもされましたか?お嬢様は意地汚い所があるので、そこが心配です。まず始めに私が毒味致しますので必ずその後口にするようにして下さいね。」
いつもの私ならここでマリウスを睨みつけてやる所だが、今朝はとてもそんな気分になれない。昨夜のマリウスの鬼気迫る様子と、今しがたのライアンに対する冷酷な態度・・・。微かに自分の身体が小刻みに震えている。
「おや?どうされたのですか、ジェシカお嬢様。何だか震えているようですが・・・。寒いのですか?それにますます顔色も悪くなってきているようですね。」
先程から無言の私に反比例するかの如く、饒舌に話すマリウス。明らかに誰が見ても違和感がありすぎる2人だろう。ううう・・。嫌だ、今日のマリウスは何だか怖い。早く何処かへ追っ払いたい位だ・・・。よ、よし。ここはいつもの強気な態度で・・・。
「マ、マリウス!」
あ、ヤバイ。声が裏返っちゃった。
「はい、何でしょうか?お嬢様?」
「き、今日はね、私は1人になりたい気分なの!貴方は私の下僕なら主の言う事を聞くべきでしょう?そ、そうだっ!校内の落ち葉を全部かき集めて・・わ、私に焼き芋を焼いて持って来て頂戴!」
私は震えを隠して何とか強気で言うが、ところどころ声が上ずってしまった。
「お嬢様・・・。」
いつになく真剣な表情のマリウス。
「は、はい?!」
思わず背筋をピンと伸ばして返事をする私。
「折角の申し出ですが・・・いくらお嬢様の命令とは言え、今回ばかりは聞き入れる事が出来ません。申し訳ございません。」
頭を下げるマリウス。
「え・・え?な、何で・・・?」
「はい、何故なら今日は1日お嬢様の御側を絶対に離れないと決めた日ですから。お嬢様をお守りするのは下僕であるこの私の役目なので。」
ニコニコしながらマリウスは言うが・・・こ、怖いよ・・・。その無駄に笑顔を振りまくマリウスが今の私にとっては非常に怖い!
「ね、ねえ・・・守るって、ちなみに一体何から私を守るの・・・かな?」
恐る恐る尋ねてみる。
「そんなこと分かり切っているではありませんか。お嬢様に不用意に近付く輩ですよ。」
グッと拳を握りしめるマリウス。何だか身体から黒いオーラまで見える気がする。
だが、私もここで引いてはいられない。今の私にとって一番危険な人物はどう見てもマリウス以外にあり得ない。
「そ、それを言うならね。マリウス。今のマリウスの方が私にとって余程危険人物に見えるんですけど?!」
思い切って言ってやった。
「私が・・・ですか?」
途端にピーンと張り詰める空気。しまった・・・私は今言ってはいけないタブーの言葉を発してしまったのかもしれない。・・終わった・・・。
「お嬢様。」
マリウスが一歩私に近付く。ヒイイイッ!思わず後ずさる私。それでもマリウスはジリジリと私ににじり寄って来る。気が付けば校舎の壁際まで私は追い詰められていた。
「お嬢様・・・私が危険人物とは一体どういう事でしょうか・・・?」
マリウスは笑っている、笑ってはいるが・・・目だけは笑っていない!
「あ、あの・・・そ、それは・・。」
口籠る私。でも、こうなったら言うしかない。
「だ、だってマリウス!私が酔い潰れて意識を無くしてしまった所を・・制服をか、勝手に脱がしてパジャマに着替えさせたでしょう?!」
「あ、ああ・・。その件でしたか?あれは仕方が無かったのですよ。お嬢様が完全にサロンで眠り込んでしまったのですから、やむを得ず私が女子寮へ運ぶための苦肉の策だったのですから。丁度たまたま女性になれるドリンクを持っていて良かったですよ、あの飲み物のお陰で女子寮へと入る事が出来たのですから。」
何だか開き直ったような言い方をするマリウスに私は思わずムッとして睨み付けてしまった。すると、途端に頬を染めて嬉しそうになるマリウス。
「でもご安心下さい。お嬢様の身体を見ないように私は目隠しをしてお嬢様の着替えをさせて頂きましたから。それにあの時の私は女性の身体に変わっていたので、お嬢様が心配されているような間違いは起きておりませんよ?」
何だか人の心を見透かしたような言い方に再び寒気が走る。一体どこまでマリウスは私の心の内を読んでいるのだろう・・・。この分では昨夜私がマリウスの暴挙を見ていた事もバレているのでは・・・?相変わらず私は壁際に追い詰められている。
「ねえ・・・マリウス。私、そろそろ行かないといけないのだけど・・・。」
「お嬢様、お言葉ですがもうそのような時間はありませんよ。後10分で授業が始まります。」
はめていた腕時計を見ながらマリウスが言った。
「ええ?!そ、そんな・・。」
マリウスに捕まったせいで魔法学の先生の元へ行く事が出来なかった。仕方が無い・・お昼休みに行くしか無いか・・・。あ、でも授業が終わった後、魔法学の先生の所へ行けば夕方には別れる事が出来るかな?そう考えていた時である。
突然マリウスが両手を壁について、私を壁に囲い込んできた。
「!」
か、壁ドンだ・・・。
そして背の高いマリウスは身体を折り曲げ、私の耳元すぐ近くまで自分の唇を寄せると言った。
「お嬢様、今夜は2日後に迫った仮装ダンスパーティーの打ち合わせと事前準備があるので逃げないで下さいよ?」
半分脅迫めいた言い方に、コクコク首を縦に振る私。
そ、それにしても・・マリウスは他の男性陣とは違い、どこか得体の知れない所がある。そこが非常に怖いんですけど・・・。
またしてもチワワの様にプルプル震える私を見るとマリウスは言った。
「おや?先程から時々お嬢様は震えてらっしゃいますね?まさかお風邪を召されたのでしょうか?」
マリウスは壁から手を離すと、自分の着ていた上着を脱いで私の肩にかけると言った。
「お嬢様、そろそろ教室へ参りましょう?授業が始まってしまいますから。」
そして私の肩に手を回すと自分の方へグイッと引き寄せて歩き始める。それはまるで逃がさないぞと言わんばかりの態度だった。
傍から見れば、女性にとっては思わず二度見してしまう程の美青年にエスコートされる羨ましい女性・・・と見られるのかもしれないが、私としてはこんな状況、冗談ではない。
まさに囚われの身、状態だ。
ああ・・・こんな時に限ってどうして俺様王子や暴君生徒会長、及びその他の男性陣が姿を見せないのだろうか・・・。
最悪の1日の幕開けとなりそうな気がする―。