第9章 4 危機管理ゼロの私は狙われやすい
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「え~と・・・つまりマリウスは仮装ダンスパーティーで私の姿に化粧で変装したいっていう事なの?」
私は腕組みをして尋ねた。
「はい、その通りです。」
大真面目な顔で頷くマリウス。う~ん・・・。一体マリウスは何を考えているのだろう。
「ねえ、マリウス。」
「はい、ジェシカお嬢様。」
身を乗り出すマリウス。
「もう一杯カクテル頼んでもいい?」
何だかシラフの状態では聞きたくないような話になりそうな予感がする・・・。
「お嬢様・・・少し飲み過ぎでは無いですか?と言うか、私の話をちゃんと聞いていましたか?」
マリウスは心配そうに私を見つめている。テーブルの上には私が飲んで空になったグラスが1、2、3、4・・・もういいや。数えるのやめよう。
「へーきへーき、大丈夫よ~ちゃんと話聞いていたから。つまり、仮装パーティーでマリウスが私そっくりに変装してしまえば、アラン王子たちはマリウスを私だと勘違いして、捕まえるだろうって事でしょう?」
酔いが回っていい気分になった私はマリウスの話を復唱した。
「はい、きっとこの方法ならジェシカお嬢様がパーティー会場に仮装して紛れ込んでいたとしても、彼らの注目は私に来るはずなので、きっとお嬢様は最後まで見つかることは無いと思います。」
マリウスは言うと、握りしめていたグラスの中身を一気にあおった。
それにしてもかなりマリウスはアルコールに強いようだ。あれだけ飲んでいるのに、顔色一つ変えずにいる。
「私は・・・何としてもお嬢様を冬の休暇にはリッジウェイ家の邸宅にお連れしたいのです。絶対に彼らとの賭けに負けてはいけないのですよ?お嬢様、今自分がどれ程危うい立場に置かれているのかお分かりになっているのですか?もし負けてしまえばそれこそ取り返しのつかない事になってしまうかもしれないのですよ?どうして・・・お嬢様は私に一言も相談せずにそんな大事な事を決めてしまわれたのですか・・?」
最後の方はまるでこの世の終わりとでも言わんばかりの絶望した様子のマリウスを見て、流石の私もいささか不安になってきた。大体相談も何も、私の意思とは無関係に話を進めていったのは彼らなのに、何故私が責められるのだろう?
「え?だって仮に誰かに私だと見破られたとしても、その相手の領地でクリスマスの2日間を過ごせば良いだけの話でしょう?」
しかし、マリウスは深いため息をつくと黙ったまま首を左右に振った。
え・・・?ちょっと今の態度は一体どういう意味なの・・・?
何だか今の様子で一気に酔いが冷めてしまった気がする。
「ねえ・・・マリウス・・。なぜクリスマスに誘われた男性の領地に行くことが危うい状況になるのか・・教えてくれる?」
恐る恐る尋ねる私。
「お嬢様・・・やはり何もご存じなかったのですね。ちなみに・・・ですが最初にお嬢様をクリスマスに自分の領地に来て欲しいとお願いしたのはどなたなのですか?」
ググッと真剣な表情で私に顔を近づけ、何故か小声で私に尋ねてきた。
「え・・・?ラ・ライアン・・・さんだけど・・・?」
首をかしげながら答えると、マリウスは目を見開いた。
「ま、まさか・・・あの方が・・?本当に?信じられない・・・。」
余りにショックが大き過ぎたのか、マリウスの身体がグラリと揺れる。
「ちょ、ちょっと大丈夫?一体どうしたのマリウス。何故そんなに驚いているのよ?」
「い、いえ・・・あまりにも意外な人物だったので・・・・。てっきりアラン王子か生徒会長あたりだと思っていたので・・・。しかし、まさかライアン様だったとは・・・。」
何だろう?あまりにもマリウスのもどかしさに、ついに私は痺れを切らした。
「ねえ、いい加減に教えてよ。何故私が危険な立場に置かれているのか理由を聞かせて!」
またまた私はマリウスの首を締めあげていた。
「わ、分かりました・・・お嬢様・・く、苦しいです・・。」
「ご、ごめんなさい!」
慌ててパッと手を放すと、マリウスは若干顔を青ざめてネクタイを緩めると言った。
「いいですか?お嬢様。未婚の女性がクリスマスに誘われた男性の邸宅で過ごすと言う事は、相手の男性と結婚しても良いとの意思表示を表すのですよ?!」
マリウスの言葉に私の頭の中は真っ白になってしまった。はい?今マリウスは何と言ったのだろう?クリスマスを男性の邸宅で過ごすと結婚の意思表示?それってつまり・・・ライアンは私に・・結婚を前提に付き合って欲しい相手と見ているっていう事なの?!
いやいやまさかね・・・さすがにそれはないだろう。だから私は言った。
「あのライアンさんが?そんなはずないでしょ~。だって今まで一度も彼は私に好意があるような態度を取った事が無いんだよ?マリウスの考え過ぎじゃないの?」
「お嬢様・・・本気でそう仰られているのですか?」
マリウスは信じられないとで言わんばかりの顔で私を見ている。
「もちろん、そうだけど?」
「まさか、お嬢様がここまで異性の機微に疎く、周囲の人々に無関心だとは思ってもいませんでした・・・。これではライアン様があまりにもお気の毒です・・・。」
そして深いため息をつく。
何だろう?何だかものすごーく今マリウスにけなされているように感じたのは気のせいだろうか?しかし仮にも私は主、マリウスは下僕。その主人に対してここまでの物を申すとは・・・私はマリウスを睨み付けようとして・・・やめた。ここで睨み付けてマリウスのM心に火をつけて喜ばせるのも何だか癪に障る。
「いいですか?ジェシカお嬢様。ライアン様は間違いなくジェシカお嬢様に恋しています。彼の態度を見れば一目瞭然です。だからこそアラン王子達をはじめ、他の男性方も皆必死になってジェシカお嬢様を探す賭けに臨んでくるはずです。」
え・・・・?そ、それはちょっと・・・かなり嫌だ!と言うか、絶対にお断りである!!仮に私がアラン王子か、生徒会長と結婚でもしたとする・・・。ダメだ!私の想像力が限界で全く何も情景が浮かんでこない。考えただけで全身に怖気が走る。
私の様子が変化したのに気が付いたのか、マリウスが声をかけてきた。
「ジェシカお嬢様、ようやくご自分の今置かれている状況が理解出来たようですね?いいですか?今回の賭けはそれこそお嬢様の将来にかかってくる事なのですよ?」
「そ、そんな・・・どうしよう・・マリウス・・。」
気付けば私は何とも情けない声を出していた。
「お嬢様・・・私が必ず何とかしてさしあげます。私を信じて頂けますか?」
マリウスは熱のこもった眼で私を見つめる。
お酒の力も加わってか、いつものM男とはまるで別人の頼りがいのある1人の男性に見えるじゃないの。
「うん・・・よろしくね。マリウス・・。」
私はコクンと頷いた。
「それで・・条件を変更して頂きたいのですが・・・。」
マリウスが口ごもりながら言う。
「え?条件って?」
「お嬢様、もしやお忘れなんじゃないでしょうね?確か最初に私が仮装ダンスパーティーで女装をして参加するという話の中で、私に3人の男性から声をかけられてみなさいとおっしゃったではありませんか。」
あ~確か、言ったような気がする。そんな事・・・。今まで色んなことがありすぎて、今まですっかり忘れていたよ。
「あ・あはは・・・。いやだな~覚えていたわよ・・?」
ごまかし笑いをするが、マリウスにはばっちりばれていたようだ。
「その様子ではやはりお忘れだったみたいですね・・・。とにかくその条件を変更させて下さい。3人の男性から声をかけられるのではなく、仮装ダンスパーティーの時間、私の正体がアラン王子達にばれない事に条件を変更させて下さい。でもお嬢様の言う通り、何とかアラン王子を誘い出してソフィー様と言う女性と引き合わせる事はやり遂げてみせます。」
おおっ!何と頼もしい言葉。よし、それならば・・・。
「マリウス、私達の勝利を目指して乾杯するわよ!さあ、マリウスもグラスを取って・・。」
「は、はあ・・・。」
私に言われるままウィスキーのグラスを手に持つマリウス。
「「かんぱーい!」」
2人でグラスを鳴らし、私は先程頼んでおいたカクテルを一気に飲む・・・あれ・・?視界が回る・・・。
へなへなとソファに崩れ落ちる私。
「お、お嬢様?!一体今何を飲まれたのですか?」
あれ・・マリウスが2人に見えるなあ・・・。
「何って・・・以前・・バーテンの人に勧められた・・事のあるカクテル・・らよ?確か名前は・・<ホワイトレディ>?だったっけ・・?」
「ええ?!そんなアルコールがきついカクテルを飲まれたのですか?!そんな強いカクテルを飲まれたら・・・!」
あ・・何だか急激な眠気が・・・・。
目を閉じる私に誰かが近付く気配を感じた。
「お嬢様・・私は必ずお嬢様を・・・・貴女は私にとって・・・・・。」
マリウスの声が段々遠くなっていく。ねえ・・・最後の台詞は何て言ったの・・・?
そして私の意識はブラックアウトした―。
2
う~ん・・・。何だか身体がフワフワするなあ・・・。
何処かで誰かの話し声が聞こえてくる・・・。けど瞼が重くて目を開けていられないからこのまま寝てしまおう・・。
ジリリリリ・・・
目覚ましの鳴る音で私はパチリと目が覚めた。慌てて飛び起き、バチンと目覚まし時計を止めて、辺りを見るとそこは見知ったいつもの自分の部屋である。
「あれ・・・?私、いつの間に自分の部屋に・・・?」
よく見ると制服はきちんとハンガーにかけられているし、一応パジャマも着ている。
謎だ・・・。
ひょっとすると昨夜は無意識の内にマリウスと別れて、寮に帰ってきたのかもしれない・・・かな?でも誰かに運ばれてきた気もするし・・。
う~ん・・・。何故か私の中で、これ以上昨夜の事は思い出すなと警鐘を鳴らしている。
もう深く考えてもしょうがない。それにしても頭が重いなあ・・・。シャワーでも浴びて来よう。
私はベッドから起き上がり、何気なくベッドサイドのテーブルに目をやり、メモが乗っている事に気がついた。
「・・・?」
不思議に思い、メモを手に取って中身を読む
ジェシカお嬢様、本日の体調はいかがでしょうか?
お酒はほどほどになさって下さいね。
本日も魔法の補講訓練を受けられるのでしょう?どうか頑張って下さい。
私はエマ様達とセントレイズ・シティへ行き、<ジェシカお嬢様へ変身作戦>の為の必需品を買って参ります。
お嬢様、本番の日は私をお嬢様そっくりに仕上げて下さいね。よろしくお願い致します。
本日は補講訓練が終わりましたらアラン王子達に狙われる前に速やかに女子寮へ戻られるようにして下さい。夕食の心配はなさらなくて大丈夫です。エマ様達にお願いしてありますので。
貴女の下僕マリウスより
PS:
申し訳ございません。制服のまま眠られてはシワになってしまいますので、失礼ながら着替えさせて頂きました。
ハラリ
私の手元からメモが落ちる。
一気に眠気は吹き飛び、代わりに全身に嫌な汗が滲み出る。
え?なになに?どういう事?マリウスが制服を脱がせて、尚且つパジャマに着替えさせたって言う訳?
でも・・絶対お互いの寮には異性が入って来てはいけないのでは無かったっけ?
あ!考えてみれば今女子寮には寮母がいない。その隙を狙って女子寮に入り込んだのだろうか?
おまけに・・・このパジャマ、まさかマリウスが着替えさせたっていうの?!
し、信じられない・・・。やはり2人の間には何かがあるのだろうか?
マリウスの話では「夜のお務め」なるものをかつてのジェシカは毎晩命じていたようだし・・。この夜のお務めと言うのがそもそも謎に包まれているのだ。どんな内容なのか尋ねる事も出来ない。
や、やっぱりジェシカとマリウスは主人と下僕の仲を超えた、男女の関係が・・?
「う、嘘でしょ~っ!!」
私は思わず頭を抱えて叫んでいた。い、いや。落ち着け私。あの変態M男のマリウスをジェシカが相手にするようには思えない。大体2人が男と女の関係にあるのだろうか?いや、絶対にそれはあり得ないし、あってはならない!!
「な、悩みすぎて頭痛がしてきた・・・。」
私はズキズキと痛む頭を押さえてベッドに座り込んでしまった。
と、とにかく様々な理由から私は・・。
「そうよ!こ、こんな時こそシャワーを浴びて頭をすっきりさせるのよ!」
クローゼットから着替えを引っ張り出し、シャワールームへ直行。
パジャマを脱いで、下着姿になった私はまじまじと自分の身体を見つめる。
うん、大丈夫。多分異変は・・無い・・・。何も問題はおきていないはず。
シャワールームで熱めのお湯を頭から被ると、徐々に頭痛は消え、頭も冴えて来る。
「そうよ、絶対マリウスと私の間にはそんな不健全な関係は無いに決まっている。だからマリウスと顔を合わせても、冷静に・・ポーカーフェイスを貫き通すのよ!」
私はシャワーを浴びている間に自分に言い聞かせるのだった・・・。
制服に着替え、朝食を食べにホールへ降りて行くと、何やらちょっとした騒ぎが起きていた。
「ねえねえ、昨夜物凄い美人の女性が校内を歩いているのをご覧になりましたか?」
「ええ!月の光に照らされて、まるで女神の様に見えましたわ。」
「まさに男装の麗人でしたね!」
「それにしても、ジェシカ様の知り合いだったとは・・・。」
え?何?今私の名前が聞こえたような・・・?
驚いてホールの前に立ち尽くしていると、噂をしていた女生徒達が私の姿に気が付き、駆け寄ってきた。
「ねえねえ。ジェシカ様。昨夜一緒にいた女性はどなたですの?」
「驚きましたわ。あれ程の美女がジェシカ様をおんぶして女子寮に入って来られたのですから。」
「それにしてもあのような細腕なのにとても力持ちの様に見えましたわ、ねえ。ジェシカ様。あの女性はどなたですの?」
矢継ぎ早に話しかけて来る女生徒達。
「え?あ、あのちょっと待って下さい!私をおんぶしていた美しい女性?女子寮まで私を運んでくれたのですか?」
むしろこちらが聞きたい位だ。
その時、エマ達が私を呼ぶ声が聞こえた。
「ジェシカさん!こっちこっち!」
見るとリリスが私に向かって手を振っている。他にもクロエ、シャーロット、エマの姿も見えた。
「あ、あのすみません。今呼ばれたので失礼致しますね。」
頭を下げると、急いで私はエマ達の元へ向かった。
「おはようございます、ジェシカさん。」
エマが笑顔で挨拶すると、他のメンバーも声を揃えて言った。
「あ、あの・・・所で昨夜の事なのですが・・・どなたか事情を知ってる方はいらっしゃいませんか?」
恐る恐る皆に尋ねる私。
「え・・・?」
クロエの顔色が変わる。
「知らないのですか?」
シャーロットは驚いている。
「でも、ジェシカ様・・・完全にあの時泥酔していたように見えましたし・・。」
クロエが躊躇いがちに言う。
「ジェシカさん。それでは私達から知ってる範囲内でお話致しますね。」
エマが私を見ると言った。
「お、お願いします。」
私は両手を握りしめ、覚悟を決めた・・・・。
フウ・・・・。ホールで食事を終え、1人女子寮へと戻って来た私はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。
昨夜、どうやら私はサロンで強いカクテルを飲んでしまったせいで、泥酔してしまったらしい。
困ったマリウスは女子寮へと私を運ぶ為、何とジョセフ先生から頂いた女性化する為のマジックアイテムを少しだけ飲んだそうだ。
見事女性へと変身したマリウスは私をおんぶして女子寮へと入り・・・私の部屋の前に立っていた所をエマ達に見つかり、事の顛末を説明した。
エマ達が私を代わりに部屋まで運んでおくとの申し出をマリウスは断り、私をおんぶしたまま部屋へと入り・・・。
その後の出来事はエマ達にも分からない。
と言う事は・・・やはり私の制服を脱がせてパジャマに着替えさせたのはマリウスだったと言う事になる・・・。
「マ、マリウス・・・一体何を考えているのよ・・・っ!」
まさか、昨夜そんな出来事があったなんて。それは確かに泥酔した私をここまで運んできた事には、確かに感謝する。感謝するが・・・しかしっ!
勝手に制服を脱がして、パジャマに着替えさせるなど、私達は恋人同士でも何でも無いのに普通そんな事をする?!
いや、絶対にそんなのあり得ないでしょう?!日本だったらこんなの犯罪だ、訴えてやってもいいくらいだ。だがしかし、悲しい事にここは私が書いた小説の中の世界。
そして・・・恐らく私とマリウスの間に昨夜は何も無かった・・・はず。
だとしたら、私の取るべき行動は1つしかない。
「もう、昨夜の事は忘れよう・・・無かった事にするのよ。実際何も無かったわけだし・・・。そう、何も知らないフリをしていればいいのだから!」
私はそう言って、無理に自分を納得させるのだった。
3
朝の挨拶を交わした私は質問した。
「あの、今日は昨日の先生と違うのですね。」
教室に入ってきた先生は割と年配の女性だったので意外だった。昨日の先生はどうしたのだろう?たった2日間で担当教諭が3人も変わるなんて、少し尋常では無い気がする。
「ええ、昨日貴女が魅了の魔力の持ち主だと分かったので男性教師は全て貴女の担当から外される事になったのです。」
当然だろうと言わんばかりの口調だ。でも言われてみれば確かにそうかもしれない。学院は私の魔力をどう思っているのだろうか?
「はい、それでは魔法の補講訓練を行いますね。昨日に続き、火を灯す訓練と水を作り出す訓練を行いますよ。」
「・・・やはり、駄目ですねえ・・・。」
先生はため息を付きながら言った。
「は、はい・・・。す、すみません・・。」
私は肩でハアハアと息をしながら言った。ああ、やっぱり駄目だったか・・・。
あれから3時間、私は先生に習って魔法を習得しようと頑張ったが結果は散々たるものだった。もはやお手上げである。
「この魔法は貴女には無理なのかもしれないですね・・・。何か他の対策を考えてみないと・・。」
先生の言葉で私はある事を思い出した。
「先生、そう言えば眠っている間に魔法が発動する事ってありますか?」
「え?睡眠中にですか・・・?」
「は、はい。実は以前に朝目覚めたら、不思議な・・夢で見たのと同じ物が出現した事があったんです。」
まさかパソコンが欲しくて念じていたら翌日本当に出現したとは言えないので、この辺りは何となく胡麻化して説明した。
「それは今日深いですね。では今夜試してみませんか?」
先生は何を思い立ったのか、持参してきた魔法学の本をパラパラとめくると、あるページを指した。
「もし今の話しが本当であるなら、この鉱石を出してみて下さい。」
そこには金とも銅とも取れるような微妙な鉱石の絵が描かれていた。
「あの、先生・・・これは何ですか?」
「これは、かつてこの世界に存在したオリハルコンという鉱石です。」
「ええ?!こ、これがオリハルコンですか?!」
驚いた・・・まさかこの世界にはかつてオリハルコンが存在していたなんて。だって地球ではオリハルコンは本当に存在していたかどうかも定かではない伝説上の鉱石だったのだから。
「ええ。この本を特別に貸し出しますので、よーく目を通して置いて下さいね。もしこのオリハルコンを具現化する事が出来れば、これは本当に凄い事ですよ!今夜早速試してみてください。」
かなり興奮気味になって言う先生。成程、それなら今夜はアルコールなど飲まずに早めに寝る事にしよう。
「と、言う訳で魔法の補講訓練は終わりにしましょうね。」
突然の先生の言葉に唖然とする。
「は?あ、あの・・・終わりと言うのは・・・?」
「はい、後は休暇を自由に過ごして大丈夫ですよ。それではリッジウェイさん、ごきげんよう。」
そしてさっさと去って行く先生・・・・。
「え・・?一体何なのよ・・・?」
教室に1人残された私は暫く呆然と立ち尽くしていた。
すっかり暇人になってしまった私。今頃町へ1人で出かける気にもなれず、取り合えず今日はカフェでランチを食べ、後は部屋でゆっくり休もうかな・・。
鞄を持ってブラブラ校内を歩いていると、美味しそうな匂いが漂って来た。
も・・・もしや、この匂いは・・・。
匂いにつられてやってきた場所・・・そこはダニエル先輩と初めて会った南塔にある校舎前の中庭だった。そして、そこにいたのは・・・。
「ああ、やっぱりジェシカだ!良かった。ここで焼き芋を焼いていれば、必ず君がやってくると思っていたよ。」
満面の笑みを浮かべて、立っていたのはやはりダニエル先輩だった。
「そ、そうですか・・・。」
若干顔を引きつらせながら私は言った。先輩、私を匂いでおびき寄せたと言う訳ですか?一体先輩の中で私はどういうポジションとして見られているのだろうか・・・?
私とダニエル先輩は焚火の近くのベンチに座っている。
「はい、食べるよね?熱いから火傷しないように気を付けてね。」
ダニエル先輩はニコニコしながら手頃な長さの枝に刺した焼き芋を私に手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます・・・。」
私は熱々の焼き芋を受け取ると、フウフウ冷ましながら皮をむいて一口パクリ。
う~ん・・甘くてすっごく美味しい!これはまさに蜜芋だ!
一方のダニエル先輩は自分の焼き芋を食べる事無く、じ~っと私が食べる様子を見つめている。
「あ、あの・・・ダニエル様・・。食べないんですか・・?」
どうにも先輩の視線が気になって仕方が無いので私はごまかすように尋ねた。
「うん、だって君を見ているだけで、もう胸が一杯だからね。」
頬を赤らめながら言うダニエル先輩。
うっ!相変わらず破壊力抜群の物言いをする。けど・・・彼等が私にこのような態度を取るのは・・全て私が無意識に発している<魅了の魔力>のせいなのだ。そう思うと何故か罪悪感を感じる。そう、勘違いしてはいけない。彼等が私に好意を寄せるのはあくまで私自身を見ているのではない、私の魔力にあてられているだけなのだから・・・。そう考えると、やはり彼等と私は距離を置かなければいけない関係なのだ。
突然黙り込んでしまった私を心配そうに覗き込み、ダニエル先輩は労わるように声をかけた。
「ジェシカ、どうかしたの?急に黙り込んで・・しかも元気が無いようだけど。どこか具合でも悪くなったの?」
「い、いいえ、大丈夫です。何でもありません。」
私は首を振った。駄目だ、やっぱりこれ以上皆と深入りしてはいけない。このままでは皆を傷つけてしまう・・。
「・・・・。」
ダニエル先輩は黙って私を見つめていたが、そっと手を伸ばし、私の両頬を包み込むと言った。
「ねえ、何か不安な事があるなら・・・僕に全て話してくれない?一体何故君はそんな風に悲し気な顔をしているの・・・?」
「ダニエル様・・・。」
駄目だ、私はどうもこの先輩の前だと弱い自分が出て来てしまう。でもこれ以上心配をかけさせてはいけない。私は先輩の両手を取ると、そっと降ろして言った。
「いいえ、本当に大丈夫です。ちょっと魔法の訓練が上手くいかなくて落ち込んでいただけですから。」
そう言うと、私は立ち上がった。
「え?何処へ行くの?ジェシカ。」
ダニエル先輩は私の右手を掴むと声をかけてきた。
「あ、あの・・・。教室へ戻ろうかと・・・。」
咄嗟に嘘をつく私。
「嫌だ、行かせない。」
ダニエル先輩は益々私の手を握る力を強める。
「ダ、ダニエル様・・・。私、用事があるんです・・。」
ダニエル先輩に視線を合わせないように私は言った。
「用事ってどんな・・・?」
ダニエル先輩が更に問い詰めてきた時・・・。
「あ、良かった。ここにいたんだね。リッジウェイさん。」
手を振りながら私達の前に現れたのはジョセフ先生だった。
「先生!」
つい、感情を込めた声で呼んでしまい、咄嗟に口を閉じる。
「え・・?確か貴方は天文学の臨時講師の・・?」
ダニエル先輩は眉を潜めながら、言った。そう、私とジョセフ先生の関係を知る人物は恐らく誰もいないはず。
「リッジウェイさん、この間レポートの件で僕に質問したい事があるって言ってたよね?丁度良い資料が見つかったから、今から講師室に一緒に来ないかい?」
ジョセフ先生は困っている私を助けようとしてくれているのが分かったので、先生に話を合わせる事にした。
「本当ですか?それは助かります。」
私はジョセフ先生に言うと、ダニエル先輩に向き直った。
「すみません、ダニエル様。これからジョセフ先生とレポートの件でお話があるのでこれで失礼しますね。焼き芋、どうもありがとうございました。」
「!」
ダニエル先輩は何か言いかけたように見えたが・・やがてためいきをつくと私に言った。
「うん、分かったよ。ジェシカ、それじゃまたね。」
ダニエル先輩は私に寂しげに手を振って見送ってくれた。
「・・・・先程はありがとうございます。ジョセフ先生。」
歩きながら私は先生にお礼を言った。
「いいんだよ、君が何となく困っていたように見えたからね。」
「はい・・・。」
「リッジウェイさん、元気が無いね・・。ひょっとすると昨日の<魅了の魔力>の事を気にしているの?」
「!どうしてそれを・・・?」
「それは簡単な事だよ。君の考えている事なら手に取るように分かるよ。だってリッジウェイさんは僕の愛しい女性だからね。・・・それに1つ言っておきたいけど、僕は君の<魅了の魔法>にかかったから、君を好きになったわけじゃ無いよ。君自身に魅力があるから・・・好きになったんだよ。おそらく彼等も皆同じだよ。僕には分かる。何故なら皆君の事を想っているからね。」
ジョセフ先生の言葉の1つ1つが心に染みていく。皆を騙しているようで複雑な気持ちだったのだが、私はジョセフ先生の言葉を信じても良いのだろうか・・・。
「それじゃ、僕はもう行くね。あまり2人きりで校内を歩いていると、何処でどんな噂を立てられるか分からないからね。でも・・・たまには2人になれる時間を取って貰えると嬉しいかな?」
言うと、先生は軽く私を抱き寄せて、言った。
「またね。リッジウェイさん。」
「・・・!」
先生の不意打ちに心臓が止まりそうになる。そんな様子に先生はクスリと笑うと、すぐに私から離れ、別の方向へと去って行く。
やはりジョセフ先生には敵わない。私は先生の後姿を見ながら思うのだった。