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第9章 3 君が好きだよ

1


ふう・・・疲れた・・・。

結局、あの後も魔法の補講訓練を受けたが、ランプに火を灯すどころか、マッチに火をつける事すら出来ずに昼休みとなった。


余りの出来の悪さに午後からは違う先生が変わりに教えてくれる事に決まったが、恐らく無理だろう。

「このままだと退学かな・・・。」

思わず、口に出していた。折角仲の良い友人達が出来たのに早々とお別れする事になるかもしれない。そうなったとしたら、マリウスはどうするのだろう。

「きっとマリウスも退学すると言い出すかもね。」

ポツリと言った。


考えても仕方無い、お昼は何かボリュームのある食事にしよう。

思い立つと、私は学食へと向った。 



「え・・・・?そ、そんな・・・。」

学食へ来た私は絶句していた。


〈本日は学院の休暇日となっておりますので学生食堂は定休日となっております。尚、学院併設のカフェテリアは営業しておりますので、飲食をご希望の方はそちらをご利用下さい。〉


学食前に貼られた「お知らせ」に思わず私はその場にへたり込みそうになった。

う、嘘でしょう?お昼にハンバーグステーキランチを楽しみにしていたのに・・・。

でも休みならば仕方が無い。スゴスコとその場を立ち去り、私はカフェに移動しようとした時に前方からジョセフ先生がやってきた。


「リッジウェイさん、実はさっき家に戻ってマジックアイテムを取って来たんだ。お昼も用意してあるからこれから講師室で食事した後、リッジウェイさんの魔法の識別をしてみないかい。」


にこやかに言うジョセフ先生は手にした藤の籠を見せてきた。


「ええ?先生、宜しいのですか?一緒にお昼を頂いても?」

私は思わずお腹が鳴りそうになった。


「うん、勿論だよ。実は今日はお弁当を多めに作ってきたんだよ。今日は講師室には誰もいないから遠慮しなくていいよ。」


おおっ!私はなんてラッキーなのだろう。喜んでジョセフ先生の後を付いて行った。




「先生・・・相変わらず先生は料理がとってもお上手ですね。」

色とりどりの具材がたっぷり入ったサンドイッチを食べながら私は言った。


「そうかい?喜んでもらえて良かったよ。良かったらこのマフィンも食べてみてよ。」


ジョセフ先生は他にもサラダや、手作りのドライナッツやドライフルーツ等様々な手料理を振舞ってくれた。


「でも先生、こんなに沢山の料理を家に帰ってすぐに用意出来たなんて凄いですね。」

何気なく私の言った言葉に先生の手がふと止まった。


「先生・・・?どうしたんですか・・?」

先程までにこやかだったジョセフ先生の雰囲気が突然変化したので、私は戸惑いながら声をかけた。


「あ、ごめんね。実は・・・今日だけはどうしても家に1人でいたくなかったから夜まで学校に残ってここで食事して帰ろうと思っていたんだ。それで・・今朝多めに作っておいたんだよ。」


寂しそうに笑うジョセフ先生。何だろう・・・・すごく気になってしまう。

「あの・・・先生。もし、差し支えなければ・・いえ、誰かに話す事で気が楽になるのなら、私でよければ話して頂けますか?」

思い切って私は先生に言った。


「リッジウェイさん・・・。」


ジョセフ先生は一瞬、驚いたような表情を見せたが、やがて小さくフッと笑うと言った。


「僕はね・・・人殺しなんだよ。」


先生の言葉に私は我が耳を疑った。


「え・・?せ、先生・・。今何と言ったのですか?人殺し・・・って嘘ですよね?」


震える声で私は先生に尋ねた。嘘だ、嘘に決まっている。こんなに穏やかな先生が人殺しなどするはず無い。

すると先生は悲しみの表情を浮かべて言った。


「僕の・・独り言だと思って聞いてくれるかな・・・?」


先生の言葉に私は黙って頷いた。



「僕にはね・・・妻がいたんだよ。僕が24歳、彼女が23歳の時に2人は一緒になったんだ。彼女はね、この学院の卒業生だったんだよ。彼女は貴族の出身だし、僕は商人の息子。しかも彼女は魔力持ちだけど、僕は魔力保持者でも何でも無かった。僕たちは幼馴染同士だったんだ・・・。2人がお互いの事を意識しだしたのは18歳の時、彼女がここの学院に入学が決まった日だったよ。君もこの学院の生徒だから分かるよね?学生達の中にはこの学院で恋愛して、結婚も許される場所。だから僕は焦ったんだ。彼女がこの学院に入学したら他の誰かに奪われてしまうんじゃないかって。」


ジョセフ先生はそこまで言うと、ため息をついた。


「思い余った僕は彼女が明日入学するという前夜に思い切って彼女を呼び出して告白したんだ。そしたら・・彼女も僕と同じ気持ちだって泣いて喜んでくれて・・。だから卒業したら結婚しようって誓い合ったんだ。」


 なんてロマンチックな話なのだろう・・・。私は黙って先生の話の続きを聞く。


「4年間、離れ離れだった間に僕は教諭の資格を取り、彼女は立派に役目を果たし、誰とも恋仲にならずに卒業してきてくれたよ。そして僕たちは互いの両親に結婚を許して欲しいってお願いに行ったけど、当然両家の親に大反対されたよ。でもお互い別れる事が出来なくて・・・駆け落ちしてしまったんだ。」


 意外な話だった。この穏やかなジョセフ先生が駆け落ちをするまで愛した女性がいたなんて・・私は息を飲んだ。


「僕はその頃にはもう、この学院の臨時教諭だったからね、学院のつてであの家に住むようになったんだよ。とても幸せだったな・・・。」


先生は眼鏡を外し、遠くを見るような眼つきで窓の外を見た。眼鏡を外した先生は本当に幼く見え、私と同じ年齢くらいにしか見えなかった。


「でもね・・・。2人の結婚生活は1年で終わってしまったんだ・・・。新しくお腹に宿った小さな命と共に・・・彼女は死んでしまったんだ。元々身体が弱くてね、出産に耐えられる身体じゃ無かったんだよ。」


いつしか、先生は涙声になっていた。先生の深い悲しみが伝わり、聞いてる私も胸が押しつぶされそうになった気分がする。


「それが、今から2年前の出来事だったんだ・・・。今日が彼女の命日だったんだよ。彼女の両親は娘が早死にしたのは僕のせいだと言って、僕はお葬式にも出席させて貰えなかったんだ・・・。彼女を殺してしまったのは僕なんだよ。だから辛くても悲しくても僕には彼女と、僕たちの生まれてくることが出来なかった子供を偲んで泣くこともしてはいけないんだって自分自身に言い聞かせてこの2年を生きてきたんだよ。」


そして顔を上げると先生は言った。


「だから・・・今日は1人であの家に居たくなかったんだ。リッジウェイさん、君には感謝しているよ。君のお陰で・・・今日と言う日を独りにならずにすんだから。」


「先生・・・。」


私はそっと先生の手に触れると言った。


「先生の奥さんとお子さんが亡くなったのは絶対に先生のせいではありません。それに先生・・泣く事は出来ないって言いましたよね?でも自分に嘘はつかないで下さい。だって・・・さっきから先生、ずっと泣いてるじゃないですか。」


「え・・・?僕が・・・・泣いてる?」


先生は自分の目元を指先で触れて、初めて自分が泣いていた事に気付いたようだ。


「先生・・・もう自分の心に素直になって下さい。気がついてましたか?先生は笑う時、まるで泣いてるような笑い方してたのを。」


先生は嗚咽を堪えて泣いている。


「これからは自分の心に正直に生きて下さい。独りが辛い時には・・私に声をかけて下さい。私でよければ先生のお話、聞きますから・・・。」


私もいつしか泣いていた。先生の深い悲しみを少しでも私が無く事で半減出来れば良いのにと、心の底から願わずにはいられない。


 やがて先生と私は散々泣いて、いつしか泣き止み、2人で顔を見合わせて笑いあうのだった・・・。




2



お腹一杯先生の手作りランチを食べ、2人で散々泣いた後は妙にすっきりした私達。

そこで私は先生に尋ねてみる事にした。

「あの、ジョセフ先生。一つお聞きしたい事があるのですが・・いいですか?」


「うん。いいよ。僕に何を聞きたいの?」

先程の悲し気な声とは反対に明るい声の先生。


「ジョセフ先生・・・。先程リングの付いたネックレスを握りしめていましたけど、あれはもしかすると結婚指輪だったのですか?」


私が質問すると先生はきょとんとした表情を見せた。

「え?もしかして・・僕はそんな事していたの?」


「先生、気が付いていなかったんですか?」

今度は私が驚く番だった。


「そうか・・・無意識のうちに僕はネックレスを握りしめていたんだね・・。」


言うと先生は再びネックレスの先に付けられたリングを強く握りしめた。


「そうだよ。リッジウェイさんの言う通り。これは僕の妻の形見の品なんだ。ネックレスは僕が妻に結婚前にプレゼントとしたもので、このリングは結婚指輪だったんだ。僕に残された妻の遺品は・・これだけだったんだ。残りは全て彼女の両親が持ち去ってしまったからね・・。」


「ジョセフ先生・・・。」

ど、どうしよう。また先生の辛い過去を掘り返してしまった!


「フフ。そんなに慌てた顔をしなくても大丈夫だよ。リッジウェイさんのお陰で、妻の思い出だけでも僕はこの先やっていけそうな気がするから。」


そう言ってほほ笑むジョセフ先生にはもう以前のような陰りのある笑顔では無くなっているように感じた。


その後も2人でたわいのない話をしている内に気が付けばもう午後の魔法の補講訓練が開始される時間となっていた。


「先生、午後の訓練がそろそろ始まるので、私もう行きますね。お昼ご馳走様でした。とっても美味しかったです。」

お礼を言って立ち上がると、先生が私を呼び止めた。


「リッジウェイさん、僕も一緒に行ってもいいかな?」


「え?ジョセフ先生が・・・ですか?」

急に何を言い出すのだろう?


「うん、実はね。僕が持ってきたマジックアイテムで君の魔法の能力の鑑定を魔法学の先生と一緒に検証したいと思ってね。


おお~っ!それは素晴らしい考えです!確かに魔法学の先生に私の魔法の能力がどのようなものかを見て貰えれば、私の特性に合わせた訓練を考えてくれるかもしれない。




「先生、どうぞよろしくお願いします!」

そして私は今、教室でジョセフ先生と午後から担当が変わった魔法学の男の先生と一緒にマジックアイテムを使い、魔法能力鑑定を行おうとしている。


「ほう・・・これは今迄見たことが無いアイテムですねえ。」


口髭を生やし、まるでマジシャンのような衣装を着た年齢不詳の先生が感心したように言った。

ジョセフ先生が持ってきたマジックアイテムはまるで地球儀のような形をしていた。台座に丸い大きな水晶が周囲を軸のようなもので囲まれ、上下で水晶が固定されている。しかもその丸い水晶の中にはさらに二回りほど小さい球体が閉じ込められている不思議な構造をしていた。


「このマジックアイテム『アプレイザル』に触れると、触れた相手の能力に反応して様々な色に発光するようになっているんだ。魔法の能力はオーラの色によって決まっているんですよね?」


ジョセフ先生は魔法学の先生に尋ねた。


「ああ、そうだな。ちなみに私は水の属性が強い魔法能力を持っているので、オーラカラーは当然ライトブルーだ。」


「では、試してみてください。まずはこの水晶に触れてみてください。」


ジョセフ先生に言われた、魔法学の先生は頷くと水晶玉に手を添えた。すると途端に水晶玉の中央に埋め込まれている球体から青い海のような色が滲みだし、徐々に水晶玉全体を水色に染めた。


「おおっ!確かに間違いない!こんなマジックアイテムアあるとは知らなかった!」


魔法学の先生はすっかり興奮している。


「ちなみに僕のように魔力が無い人間が触っても、この『アプレイザル』は何の反応もしないんだよ。それじゃ、リッジウェイさん。君も試してごらんよ。」


ジョセフ先生に勧められる私。


「は、はい・・・・。」

しかし、返事をしたものの私は触れるのをためらってしまった。もし私が触れても何の反応も無かったら?すぐに学長に話が届き、よくて退学、最悪この学院を騙したと言う事で裁かれてしまうのでは・・・?けれども迷っていても仕方が無い。ここは覚悟を決めよう。

「で、では・・触れてみます・・・ね・・。」

そ~っと手を伸ばし、水晶にピタリと触れる。

2人の先生は私の左右から水晶玉を覗き込み、事の成り行きを見守っている。


 すると・・・徐々に水晶玉に変化が表れ始めた。

水晶玉の中央からじわじわと赤い色が滲み始め、やがては水晶全体に広がり始めた。

さらに赤い色が水晶玉を完全に満たすと、何と今度は水晶玉からピンク色のモヤが漏れ出してきたのである。

えええ?!な、何よ!これ!まるで部屋中がピンク色のスモークをたいているかのような状態になっていく。


「お、おい!君!早くその水晶玉から手を離すのだ!ピンク色の煙のせいで何も見えんぞ!」


もはや部屋中はピンクの煙に包まれ、お互いの姿が見えない状態になっていた。


「リ、リッジウェイさん!水晶玉から手を放して!」


見えない場所でジョセフ先生も慌てている。


「は、はい!」

手を離すと、すぐに辺りに立ち込めていたモヤは掻き消え、いつもの見慣れた教室に戻っていた。


「い、今のは一体・・・?」

訳が分からず呟く私。すると、魔法学の先生が大声で叫んだ。


「な、何てことだ!君・・確か名前はリッジウェイさん・・・でいいんだっけ?」


「はい、そうです。」

先生・・・補講を受け持っている生徒の名前、きちんと覚えてくださいよ。


「君の魔力は・・・『魅了』だ。しかも魔力がダダ洩れ状態じゃ無いか!これでは君の魔力にあてられ、魅了されてしまう人間がいてもおかしくはない。何か心当たりは無いかね?」


「はあ・・『魅了』の魔力ですか・・。」

でも、待って。確かに心当たりならあり過ぎる。アラン王子や生徒会長、そしてその他の男性陣達・・・・私は無意識のうちに彼等を魅了の魔法にかけてしまっていたと言う訳なのか?でも、はっきり言ってそんな魔力なら私は欲しくない。


「君の持つ『魅了』の魔力が強すぎるので、他の魔法の能力を開花させる事が恐らく出来ないのだろう。」


何だか絶望的な事を言われている気がする。

「そ、そんな・・・それじゃ私これからどうすればいいのですか?」


「う~ん・・・。」


魔法学の先生は腕組みをして、暫く考え込んでいたがやがて言った。


「それは分からん。」


「「ええ?」」


私もジョセフ先生も困惑した声を思わず上げてしまった。しかし、私達の困惑を気にする事も無く魔法学の先生は言った。


「まあ、君が強い魔力保持者だと言う事は取りあえず分かったのだから、良しと言う事にしておこう。訓練を続けて行けばその内、別の魔力にも目覚めるかもしれないし・・・。と言う事で、今日の訓練は終わりにしよう。何だか君の魔力にあてられたようで、フラフラするのでね。」


 そして魔法学の先生は私の返事も聞かずによろよろと教室を出て行ってしまった。

後に残されたのは私とジョセフ先生。でもどんな魔力がある事は確認出来たので、私は先生にお礼を言った。


「ジョセフ先生、ありがとうございました。先生の持って来てくれたマジックアイテムで私が魔力保持者である事が確認出来たので、取り合えず退学は免れそうです。」


「うん、それは良かったよ。でも・・・これで納得出来た。」

ジョセフ先生は私を見つめると言った。


「え?納得出来た・・・ってどういう意味ですか?」


「うん、初めてリッジウェイさんを見た時、何故か懐かしさを感じたんだ。あの時はどうしてそんな風に感じたんだろうって思ったけど・・・今になってようやく分かったよ。リッジウェイさん・・・。君は僕の妻だった女生と同じタイプの魔力保持者だったんだね。だから、こんなにも強く・・・僕は君に惹かれてしまったのかもしれない。」


え?先生、今何を・・・?

そしてジョセフ先生は私の耳元に口を寄せると言った。


「君が好きだよ。」


と―。




3


「あ、あの・・・ジョセフ先生・・今の意味は・・・?」 

聞き間違いだろうか?先生が私を好きだなんて・・・まさか・・・ね・・。

しかし、先生は口元に笑みを浮かべるとメガネを外して私の顔をじっと見つめた。

その目は真剣そのものだ。

先生の黒曜石の瞳には、困惑した私の姿が映っている。


「僕は、君を1人の女性として好きだよ。」


ジョセフ先生は、もう一度、はっきり答えた。先生のストレートな物言いに私は自分の顔がみるみる赤面していくのを感じた。こんな突然に、しかもよりにもよって先生から告白されるなんて思いもしていなかった。


「ごめんね。君を困らせるつもりは全く無いんだ。ただ、僕の気持ちを君に知っておいて貰いたいと思っただけなんだよ。」


先生の声はあくまで穏やかだった。


「君の返事は聞かせて貰わなくても大丈夫だよ。ただ・・・。」   


先生は私に近付くと背中に手を回し、そっと抱き寄せると耳元で囁くように言った。


「僕の事を選んで欲しいって願わずにはいられないよ。」


「!!」


先生からの突然の抱擁と台詞に身体が硬直してしまう。

そんな私の様子に先生はクスリと笑うと、身体を離してメガネをかけ、何事も無かった様に言った。


「今日は色々あって疲れたんじゃ無い?明日も魔法の補講訓練があるんだよね。無理しないようにね。それじゃ僕はそろそろ戻るよ。またね、リッジウェイさん。」


「は、はい・・・。」


先生の言葉等ほとんど頭に入って来なかった。そしてジョセフ先生はニッコリ笑うと教室を出て行った。

1人になった私は椅子に座り込んでしまった。胸の動機は止まらないし、顔の火照りは治まらない。

「な、何だったの・・・?今のは・・・。」

こんなにも動揺するのはこの世界に来て初めてだ。この気持ちは一体・・・?もう自分で自分の気持ちが分からない。そう、だったらこんな時は・・・。

「今夜は・・サロンに行こうっ!」

私はカバンを持つと、颯爽とした足取りで女子寮へと戻って行った。




 時刻は夕方5時。

何故か私は今、マリウスと一緒にサロンに来ている。他の誰かに見られるとマズイと言う事で、特別に個室を借りて、私とマリウスはテーブルを挟んで向かい合って座っている。 


そもそも何故私がマリウスと2人でサロンに来ているのかと言うと、事の発端は・・・。



私が校舎から出て来ると、聞き覚えのある声が建物の陰から聞こえてきた。


「お嬢様・・・。」


不意に脇から声をかけられた私は驚きのあまり、叫びそうになった。

「キ・・モゴッ!」

咄嗟にマリウスによって口を塞がれ、そのまま茂みに引っ張り込まれる私。


「お、お嬢様!お願いですからお静かにお願いします!」


マリウスが小声で私の口を抑えながら慌てて言う。く、苦しいってばっ!物凄く強い力で口を抑えるので息が詰まる。私は必死で首をコクコク縦に振ると、やっとマリウスは手を離してくれた。


「ち、ちょっと!突然何するのよ!死ぬかと思ったじゃないの!」

思わず涙目になって睨みつけて抗議すると、やはりMスイッチが入ったマリウス。


「お、お嬢様・・・ッ!その潤んだ瞳で、睨まれるなんて・・今迄に無い程、ゾクゾクします。どうかこのまま、罵詈雑言を浴びせて頂けませんか?!お願いしますっ!」


プッチーンッ!

私の中で何かが切れる音がした。何?コイツ。顔を真っ赤にしてハァハァ興奮しているなんて。このド変態M男め。


「ねえ・・・マリウス。毎度毎度口を開けばドMな発言ばかりして・・・この変態男!そんな事ばかり言って、余程自分の価値を下げたいの?!ねえ、貴方馬鹿なの?そうよ!やっぱり馬鹿だったんでしょう?!」

 

はっ・・・!

そこまで言って私は自分の失敗に気がついた。しまった・・・これではますますマリウスを喜ばせるだけではないか!

案の定、マリウスは両手で顔を隠し、プルプルと嬉しそうに震えていた・・・。

ああ、もう本当に嫌になる。こんなヤツ、相手にするだけ時間の無駄だ。そう思った私はそのまま茂みから出て、女子寮へと戻ろうとすると、我に返ったマリウスに再び茂みに引っ張り込まれる。


「ちょっと、さっきから一体何なのよ?!」

流石に我慢の限界だ。


「ま、待って下さい!ジェシカお嬢様!実は今度の仮装パーティーの事で2人きりで話したい重要な事があるのです。」


先程とは違い、真剣な目で私を見るマリウス。これ程折半詰まったマリウスは初めて見る。

「わ、分かったわよ・・。でもだからと言って、何故こんな茂みに引っ張りこむ訳?」


「ええ、それが実は・・・。」


その時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「おいっ!見つかったか?!」


アラン王子の声が聞こえた。


「いえ・・。」

「それがまだ・・・。」


あ、あの声はグレイとルークだ。


「おい!マリウス!何処へ行った?1人だけ抜け駆けは許さんぞっ!」

 

叫んでいるのは生徒会長だ。


「おかしいな・・・。さっきこの辺りで見た気がするんだけどなあ。」


ノア先輩・・・。何してるんですか?


「マリウスを探す位なら僕はジェシカを探しに行くよ。」


ダニエル先輩の声に続き、ライアンの声も聞こえた。


「それなら俺もジェシカを探しに行く!ジェシカは俺に言ったんだ。仮装した自分を誰よりも早く俺に見つけて欲しいと頼んできたんだからな。」


え?ライアン、何を言ってるの?何か変な風に私の話を歪曲しているんじゃないの?ああ、いますぐ誤解を解きたい・・・。


「よし、皆で手分けしてマリウスとジェシカを探しに行くぞ!きっと2人は一緒にいるに違ない!」


アラン王子が指揮を取る声が聞こえる。相変わらず俺様王子だな・・・。

やがてバタバタと大勢の足音が走り去る音が聞こえて、辺りは静かになった。


「ねえ、マリウス。一体どういうことなのよ?」

私が口を開くとマリウスは言った。


「それより、お嬢様。一刻も早く彼等が戻ってくる前に移動しましょう。どちらへ行こうと思っていたのですか?」


マリウスは切羽詰まったように言う。

「え・・と・・ちょっとサロンにお酒を飲みに・・。」

それを聞くとマリウスは大袈裟に驚いた。


「ええ?!何を言ってるんですか!そんな所に行けば、あっという間に皆さんに見つかってしまうではありませんか。お嬢様がうわばみで酒豪なのは皆さんご存知なのですよ?!」


「ちょっと・・・それはあまりの言い方じゃ無いの?」

うわばみで酒豪などとそれは仮にも女性に対してあまりの言い方では無いだろうか?一応私はマリウスにとっては主人に当たるべき存在なのに、何故か非常に馬鹿にされているように感じる。恨めしそうにマリウスを見ると、一瞬マリウスのMにスイッチが入りかけ・・・我に返ったように言った。


「!そんな事をしている場合では・・・え・・?でもサロンですか・・・?うん、使えるかもしれません。」


ブツブツ何事か呟いていたマリウスは私を見ると言った。


「お嬢様!今すぐサロンに行きますよ!恐らく彼等はお嬢様を探しに校舎へ向かったと思いますから。」


「え?何処からそんな自信が?」


「お嬢様、確か今日は夕方5時までは魔法の補講訓練があると仰っていたじゃ無いですか?ですが、まだ4時半ですよ。何故訓練が早く終わったのかは後で伺いますが、彼等はまだジェシカお嬢様は教室にいると思って、校舎へ向かったはずです!早く移動しましょう!」


言うが早いか、マリウスは私の腕を取って立ち上がると、サロンへ向かって走り出す。ち、ちょっと!走るの早過ぎだってば!


 約5分後・・・息を切らしながら私はマリウスとサロンの前へ立っていた。

マリウスは私を連れて店の中へ入ると、スタッフと何か一言二言会話を交わし、すぐに私達は個室へと案内されたのだ。

・・もしや、ここはVIP席では?何時の間にマリウスは・・・。時々マリウスは謎の男になる。


そして、私達は今サロンの個室で向かい合わせに座っていると言う訳だ。


「マリウスとサロンへ来るのは、そう言えば初めてだね。」

私は先程注文したジン・トニックを飲みながら言った。


「ええ、そうですね。」

マリウスは何とボトルでウィスキーを注文し、ロックで飲んでいる。マリウスめ、そんな注文の仕方をするなんて、中々やるじゃないの。


「それで、わざわざ皆から隠れるようにして私をここに連れて来たという事は何かあるんじゃないの?」

私はカクテルを飲み終えると尋ねた。


「はい・・・。お嬢様。お嬢様にお願いがあります・・。」

マリウスはグラスを置くと、真剣な表情で私を見た。


「今度の仮装ダンスパーティーですが・・・私をお嬢様にそっくりになるように化粧をしていただけないでしょうか?」


「・・・・。」

私は絶句してマリウスを見つめた。


カラン・・・・。


マリウスの置いた空のグラスから氷が揺れる音が聞こえた―。


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