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第1章 3 1日目、ようやく終了 

1



教科書の配布も済んで、これから寮のオリエンテーションが始まる。もうここまでのスケジュールだけでヘトヘトだ。これも全て私を振り回すマリウスのせいだ。おのれ、マリウスめ。後で文句の一つでも言ってやりたいところだが、返ってマリウスを喜ばす事になってしまうので、ここは我慢しておこう。

ぞろぞろと寮へ向かって歩く他の女生徒達に混じってついて行くと、突然声をかけられた。


「少しよろしいでしょうか?301号室のジェシカ様ですよね?」

声をかけたのは長い黒髪が印象的な清楚な美女だった。


「え、ええ・・・。そうですけど。」

曖昧に返事をしながら、私は頭の中を整理する。誰だろう?こんなキャラ、小説の中で書いたっけ?

私の訝しんだ視線に気付いたのか、彼女は言った。


「私はナターシャ・ハミルトンと言います。305号室でジェシカ様と同じ階の部屋なんです。これから新入生同士、仲良くして頂けますか」

そして微笑んだ。


「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

私も何気なく挨拶を返したが、頭の中で何度も彼女の名前を繰り返した。それでもちっとも思い浮かばない。彼女はきっとこの世界のオリジナルキャラクター、いわゆるモブという存在なのかもしれない。

それにしても3階に自室があると言う事は、彼女もかなりの家柄なのだろう。基本的に3階に住むことが出来るのは公爵・侯爵・伯爵家までである。このナターシャと言う女性はかなり良い家柄の令嬢なのであろう。


「それにしてもよく私の事をご存知でしたね。」

相手が令嬢であるならば、こちらもそれ相応の態度で接しなければならないだろう。会社に勤めていた頃を思い出して、出来るだけ丁寧な言葉遣いで対応する。


「ええ、それはもうジェシカ様は有名人ですから。」


「そうなんですか?」

参った、こんな初日から初対面の相手に有名人だと言い切られるとは。やはり入学前からジェシカは悪女として名が通っていたのだろうか?でもそれだったらこのような深層の令嬢が私のような人間に声をかけて来るのは考えにくい。

しかし、ナターシャの返事は意外なものであった。


「この名門の学院にトップの成績で入学される事もそうですが、一番印象に残ったのは本日のあのスピーチです。本当に素晴らしく、私は心の中で盛大な拍手を送ってしまいましたわ。未だにこの世界は女性が軽んじて見られがちです。私自身、学問よりもこの学院で良き伴侶を得る様にと父に無理やり入学させられた身です。本当は私にはもっと他の夢がありましたが断念せざるを得ず、半ば諦めて入学してまいりました。けれどもジェシカ様のあのスピーチを聞いたときは感動で身が震えました。まさに男性顔負け・・・いいえ、どんな男性よりも男らしいスピーチでした!」

ナターシャは瞳をキラキラさせて雄弁に語った。


「あ・・ありがとうございます・・・。」

ごめんね、そんな風に期待を持たせるようなスピーチをしてしまって。あの時は何も思い浮かばず、咄嗟に男性新入社員の言葉そのままをちょっとだけ変えてスピーチしただけ。私自身は志も何も持っていないのだ。でも、そんな目で見つめられると罪悪感で正直胸が痛む。


その後、私達は全員寮のホールに案内されるとそこで寮母からのオリエンテーションが始まった。

ここで寮の規則、シャワールームと入浴施設の使い方、起床時間や就寝時間、門限の時間等を事細かに説明された。まあこの小説の作者である私は今更聞く事では無いのだが。最後にサロンの説明が始まると、周りはざわめき立った。実はこのサロンと言うものはお酒が飲める男女の出会いの場の施設である。女子寮と男子寮の中間地点に作られた建物・・・まあ、日本で言うバーのようなものを小説の中で私は書いたのだ。この世界での成人年齢は18歳。なので学生たちは全員成人年齢扱いでアルコールが飲めるようになっている。何故、そんな設定をしたかって?簡単な事。

それは私がお酒が大好きだからである。

ただ、このサロンには使用制限を設けてある。爵位の高い人間や成績優秀者等は週に多く利用できるが、爵位の低い人間や成績不良者はせいぜい月に数回程度と言う具合に。

勿論ジェシカは爵位も高いし成績優秀なのでサロンを多く利用する事が出来る。

早速今夜行ってみようかなと私は心の中で思った。勿論、断じて言うが私は出会いを期待しているのではなく、単にお酒が飲みたいから行くのである。


・・・等と余計な事を考えていたらいつの間にか休憩時間になっていた。

ナターシャはかなり友好的な人物らしく、すでに何人かの友達が出来ていた。

この休憩時間の合間にナターシャは彼女たちを私にも紹介してくれたのだ。でもいきなり5人も紹介されたので顔と名前が全く一致しない。う~ん・・・やはり全員モブキャラだ。

小説の中ではジェシカと仲の良い女性達とは一致しない。彼女たちはどこにいるのだろう?でも仲が良いと言っても所詮彼女たちはジェシカの取り巻きに過ぎなかったし、最後には全員ジェシカを裏切って去って行ったのだから、関わらない方が身の為の様だ。

ふとその時、人混みの中からストロベリーブロンドの女性の後姿が目に入った。

ソフィーだ!

やっぱり珍しい色の髪だから中々一目に付くなあ・・・。彼女にはもう親しい友人が出来たのだろうか?小説の中ではジェシカは爵位の低いソフィーを事あるごとにいじめていた。この小説を書いていた当時は一ノ瀬琴美によって心当たりがない嘘によって会社を辞める羽目になったし、健一まで奪われて自棄になって書いた小説だったから最後は悪女ジェシカが不幸になる結末を書いたんだっけ。


 そうこうしているうちにオリエンテーションは終わった。時刻は18時。


「ジェシカ様。これから私の部屋で皆様とお茶を頂くのですが、ご一緒にどうですか?」

ナターシャが声をかけてきた。


一瞬、考えたが自室の部屋が散らかっているのを思い出す。

「それが・・・申し訳ございませんが、まだ自室の片付けが終わっていないものでして。」


「まあ、そうでしたの?残念でしたわ。色々お話をしたかったのですが・・・。」

ナターシャは心底がっかっりした様子だ。


「それでは又の機会にお誘い頂けますか?ではごきげんよう。」

歯の浮くような台詞を言うと私は背を向けて自室へと向かった。う~ん、やはり私にはあのような会話をいつまでも続けるのは無理だ。気が張るし、肩が凝ってしょうがない。

私は部屋に戻ると腕組みをした。マリウスとの待ち合わせ時間は6時半。後30分でどれだけ片付けられるのか・・・。部屋に散乱した着たくもないドレスの山。私は溜息をつくのだった。

取りあえず散らかった衣装をトランクに戻し、隅の方に片付けて筆記用具を必死で探した。何とか見つかったので、それを部屋に備え付けてあるデスクに置いて時計を見ると、もうマリウスとの待ち合わせ時間になっていた。

 

 女子寮を出た私は出入り口付近が物凄い騒ぎになっている事に気付いた。

うん?一体何事だろう?気になって近くに寄ってみると、そこには大勢の女生徒に囲まれたマリウスが困り顔で対応に追われているのが見えた。

私はほくそ笑んだ。フフン、マリウスめ。女生徒たちに囲まれて困っているようだ。

今日は1日マリウスのMっ気に振り回されてきたから、いい気味だ―。

そこまで考えて、はっとした。え?私他人の不幸を喜ぶような性格はしていなかったはず。もしかしてマリウスか、もしくはこの身体の持ち主であるジェシカの影響で私自身にS寄りな考えが・・・・?必死で頭を振ってその考えを打ち消す。

いや、違う。私はただ人に迷惑をかけられるのがどれ程嫌な事なのかマリウスに身体を持って知ってほしかっただけなのだ。うん、そうに決まっている。


 そして私は女生徒にもみくちゃにされているマリウスをその場に残し、一人学食へと向かったのだった。

さて、何を食べようかな。





2




私は学食へ足を踏み入れた。お昼の時は時間がかなり遅かったので生徒たちが殆どいなかったのだが、今は大勢の学生たちで賑わっている。

ここの学食は日本で言うフードコートの様な物。食事は全て学費から出ているのでお金を払う必要は無い。この設定は自分でも中々気に入っている。

体育館のように広い食堂は中央に螺旋階段が設けられ、2階建てになっている。なのでこれだけ十分なスペースがあれば余裕で学生たちは食事を取る事が出来るのだ。

更にケータリングシステムも導入されているので、希望者は自室でゆっくり食事を取る事も出来るようになっている。


 お昼はスープリゾットの上、アラン王子の邪魔が入った為にろくに食事を取る事が出来なかったので、もう私はすきっ腹だ。ここは何かボリュームのある食事を取りたい。一通り見て回り、私は肉厚ステーキセットを注文した。

・・・・待つ事30分。長い。こんな時にスマホがあれば時間つぶしが出来たのに。次からは図書館で何か本を借りて持って来ることにしよう。

出てきたステーキセットはそれはそれは見事な物だった。肉厚ステーキから漂う美味しそうな匂い、そして付け合わせの野菜にこれまた美味しそうなテーブルパン・・。私はトレーに乗ったステーキセットを持って、空いてる席を探していると窓際の席から声がかけられた。


「俺の隣の席が空いている。良かったらここに座るといい。」


うん?何処かで聞いた声だな・・・。あ・あの男性は・・!


「どうした?早く座らないと席が無くなるぞ?」

そこにいたのは生徒会長だった。


「はい・・・それではお言葉に甘えて座らせて頂きます・・・。」

うう、嫌だ。こんな席座りたくない。何が悲しくて怖そうな生徒会長の隣に座らなければならないのだろう。でも背に腹は代えられない。私は大人しくステーキセットを手に生徒会長の隣に座った。


「ほう・・・中々女の割にボリュームのある食事を選んだのだな?旨そうだ。」


生徒会長は無遠慮に私のステーキセットをジロジロと見る。


「・・・あげませんよ。」

失礼な事を言う生徒会長だ。せめてもの抵抗をする。


「ハハハッ。やはり面白い女だ、お前は。」


面白い女―今日は一体何回この台詞を言われたのだろう。私は別に面白い人間では無いし、自分で言うのも何だが真面目な方だと思っている。


「いや、やはりお前は女にしておくのは勿体ない。あの勇ましいスピーチにその選んだメニュー。実に残念だ。」

笑いながら言う生徒会長。何がそんなにおかしいのだろう。この世界の男性はそれ程笑いに飢えているのか?いつまでもこんな会話を続けていたくは無いので私は話題を変えた。


「そういう生徒会長さんは何を食べられたのですか?」

見ると彼のテーブルにはコーヒーカップしか乗っていない。まさか食事をしなかったとか?


「ああ。俺はサンドイッチを食べた。」


は?サンドイッチ?あまりにも生徒会長には似つかわしくないメニューだ。

私は一瞬フォークとナイフの手が止まってしまった。


「うん?どうした?手が止まっているぞ。・・・もしかすると俺に似つかわしくない食事だと思っていないか?」


はい、図星です。その通り。等とはとても言えず・・・・・。

「いえ、そんな事はありません。サンドイッチは中々合理的な食事ですよね。」


「何故、そう思うのだ?」

生徒会長は興味深げに尋ねて来た。


「だってサンドイッチなら片手で食事する事が出来るじゃ無いですか。生徒会長さんなら色々お仕事抱えているでしょうし。忙しい時でも食事しながら仕事をする事が出来ますよね」


「成程・・・今まで考えたことが無かった。」


嘘?無かったの?こんな考え一般常識でしょうが。生徒会長はまだ何か考え事をしているようだ。私はそんな彼を無視して食事に集中する。ああ・・・美味しい、幸せ。

いつの間にか、私は綺麗に料理を平らげていた。


「それではお先に・・・。」

席を立とうとしたら、腕をグッと掴まれる。痛い・・・。


「あの・・・まだ何か私に用でもあるのですか?」

私はわざと迷惑そうな顔で言った。


「コーヒーでも飲んでいけ。今持って来る。」


生徒会長は言うと、私の食べ終わったトレーを持って席を立つ。あれ?返してくれるのかな?


「あ・あの・・ありがとうございます。」

慌てて礼を言うと生徒会長はニヤリと笑って言った。


「・・・逃げるなよ?」


ヒイイッ!何、その冷たい顔は!やはりイケメンの冷たい笑い顔は怖い!


「に・逃げませんから!」


ここで逃げたら後でどんな酷い目に遭うか分かったものじゃない。それにしても生徒会長は一体私に何の用があると言うのだろう。私と会話しようなんてもの好きにもほどがある。


「待たせたな。」

数分後、生徒会長がコーヒーを持って戻って来た。

「ミルクと砂糖はいるか?」


「いえ、いりません。ブラックで結構です。」


「女のくせにブラックを好むとは変わっているな。」


「・・・・。」

私は返事をしなかった。はいはい、どうせ変わり者ですよ。でも生徒会長さん、貴方は知らないでしょうけど、会社勤めをしてると色々大変なんですよ?急な残業が入る事なんて日常茶飯事。眠気と戦うには濃いブラックコーヒーが一番効果があるんですから。


「どうした?気に障ったか?」


「別に気に障ってなんかいませんよ。」

あ~それにしても私って仮にも年上の生徒会長さんに随分ぞんざいな口を聞いてるよね。でも仕方ないのだよ。だって私の実年齢は25歳なんだもの。


「実は相談があるのだが・・・。」

生徒会長がいきなり切り出してきた。


「お断りします。」

私は即座に返事をする。


「まだ何も言っていないが?」


「聞かなくても分かりますよ。」

だって私はこの世界の作者なんだから。小説の中でジェシカは生徒会長にも目を付けて生徒会に入るんだよね。そこでまだ登場してこないけど副会長にも色目を使って・・・・ああ嫌だ嫌だ。


「実は生徒会に・・。」


「お断りします。」

生徒会長が言い終わる前に私は断りを入れた。


「何故だ?!お前ならきっと生徒会を盛り上げてくれると確信している。あの時のお前のスピーチが何よりの証拠だ!」


いちいち芝居がかった言い方するよね、この人。それで私の気持ちを動かせるとでも思っているのだろうか?私の目標はただ一つ。卒業するまでの4年間を波風立たせず、目立たないように生きる事なんだから。美形揃いの生徒会に入ろうものなら、周囲からどんなやっかみを受けるか分からない。

私はコーヒーを飲み終えると、席を立った。


「生徒会長様、コーヒーありがとうございました。」

深々と頭を下げて歩き出したその背中を生徒会長の声が追って来る。


「待て!せめて・・・せめて名前で呼んでくれ!」


何言ってるの?この人。でも・・・仕方が無い。私は生徒会長に向き直った。

「ごきげんよう、ユリウス様。」

作り笑いをすると、再び背を向けて食堂を後にした。

ん?何か忘れているような気がする・・・・。



 女子寮の前でマリウスが突っ立っているのを見て思い出した。そうだ!待ち合わせをしていたんだった!


「お、お嬢様!」

マリウスは疲れ切った表情で私を呼んだ。


「ご、ごめんなさい!マリウスが他の女生徒たちにあまりにも囲まれていて近寄る事が出来なかったから・・・。」

どこかやつれたような顔のマリウスを見て、流石に罪悪感で私は素直に謝った。


「いいんですよ、お嬢様。だってこれは放置プレイなのでしょう?最後まで放置していないとプレイの意味が無いですからね?」

笑顔で答えるマリウス。

・・・懲りない男だ。






3



マリウスに悪い事をしてしまったので私は彼の食事に付き合う事にした。

食堂に戻ると、先程の混雑とは打って変わって、学生の数はかなり減っている。


「何かメニュー残っていればいいね。」

私はマリウスとフードコーナーを見てまわる。

「私はお嬢様と一緒ならどんな食事でも構いませんよ。」

マリウスが私の目をじっと見つめて言う。


「マリウス・・・・。」

なんて一途な台詞を言うのだろう。イケメンからそのような言葉を言われれば少しだけ胸がときめき、私もマリウスを見つめ返す。


「例えばお嬢様が残飯を食べろと仰るなら・・・・。」


ん?何だか雲行きが怪しい。


「私は何杯でもお代わりして食べ続けるでしょう!」


・・・やはり、そうきたか。マリウスから見た私はさながら女王様にでも見えるのだろうか。確かにやや釣り目ではあるが、生憎私は誰かを虐めたいと言う趣味は無い。


「どんなものでもいいのなら私が選んでも良いの?」


グズグズしていれば残りのメニューも完売してしまうかもしれない。取り合えず私は残り僅かとなっていたライスと白身魚のムニエルのセットを注文した。

しかしマリウスだけ食事となると私は手持ち無沙汰になってしまうので、本日2杯目のコーヒーを注文する。


「マリウス、私は先に席について待ってるからね。」

私はコーヒーを店員から受け取ると、窓際の眺めの良い席に座った。そして何気なく窓の外を眺める。時刻は19時半を指していた。ここから見える外の景色はとても幻想的である。

食堂前には丸い噴水がライトアップされている。灯りが照らす先にはベンチが置かれ、仲睦まじそうなカップルたちが寄り添いあって楽し気に話をしている姿も見られた。日本に住んでいた時の記憶に思いを馳せる。今頃ならこの時間、私はどんなふうに過ごしていたっけ・・・。私は余程ぼんやりしていたのか、この時外を通りかかったアラン王子が私に手を振ってる事など、全く気が付いていなかった。


 ガタン!椅子が引かれる音がして私は顔を上げた。

「マリウス。早か・・・・・・え?」

私の隣に座っていたのはマリウスではなく頬杖をついてこちらを見ているアラン王子だったのだ・・・。


「今外からお前の姿が目に入ったので手を振ってみたが気付いてくれなかったようだから寄らせてもらった。何だ。またあの男と一緒なのか」

マリウスに間違えられたアラン王子は何故か不機嫌そうだ。


「そうだったのですか?気付かず申し訳ございませんでした。確かにマリウスを待っておりますが?」

中々勘の良い王子だ。


「いつも2人は一緒に居て飽きないのか?」

そう言えばアラン王子は今も1人だ。一国の王子を1人にして大丈夫なのだろうか?


「アラン王子様は今も御1人なのですね。」

私はコーヒーを一口飲んだ。


「ああ、この時間は自分のプライベートな時間だからな。」


どこか嬉しそうに目を細めながらアラン王子は言う。成程、王子ともなれば中々1人になれる時間が取れないのかもしれない。


「そうですね。私にもプライベートな時間が必要ですから。」

だから何処かへ行ってくれよと遠回しに言っているのですけど。王子と一緒にいるだけで厄介ごとに巻き込まれそうだ。


「それはそうだな。俺達気が合いそうだ。」

しかし何をどう勘違いしているのか、アラン王子は私の言葉を聞いて機嫌が良くなってきているようだ。・・・どうもこの王子は物事を都合の良いように解釈する傾向があるようだ。兎に角王子と一緒に居ては私の気が休まらない。まだマリウスと一緒にいたほうがマシだ。そう言えばマリウスは何処に行ったのだろう?そう思った矢先に

料理を受け取ったマリウスが見えた。

よし、マリウスの側へ行く振りをしてさり気なくこの王子から離れよう。

ガタン!私は席を立った。


「おい、何処へ行く?」

アラン王子は驚いた風に私を見た。


「料理を受け取ったマリウスが私の事を探しているので行ってきます。」


「彼をここへ呼べばいい。」


「王子様と食事をするのは気が弱いマリウスには負担ですので。」

実際はマリウスの気が弱いかどうかなんて、この際知った事では無い。


「俺はそんな事少しも気にしないぞ?」

しつこく食い下がる王子。


「アラン王子様が良くても、マリウスが気にするので。」

もういい加減にしてよ~私には構わないで欲しい。下手に王子と関わって悲惨な末路をたどりたくは無いのだから。


「お前・・・そんなにあの男が大事なのか?」


は?突然何を言い出すのだろう?この王子は。まさか私とマリウスが恋人同士では無いかと疑ってるのか?でもそのように思ってくれていた方が私としては都合が良い。


「ええ、マリウスは私にとって大事な人(下僕)ですから。」

にっこり笑いながら言った。


「・・・そうか。」

何故か残念そうな表情を浮かべるアラン王子。


「それでは失礼しますね。」


「待て。」

踵を返そうとする私をアラン王子は引き留めた。


「ジェシカ、酒を飲むのは好きか?」


じっと真剣な眼差しで私を見る王子。お酒か・・。そうだ、今夜はサロンに飲みに行こうと思っていたのだ。

「ええ。大好きです。」


「なら、これをお前にやろう。」

王子は懐から1枚のチケットを取り出した。それは1時間アルコールフリータイムと書かれたチケットであった。この学院では学食は学費に含まれているがアルコールだけは実費がかかる。しかも割と値段が張るものばかりだ。でもこのチケットがあれば最低1時間は料金を気にするこ事なく好きなだけアルコールを飲むことが出来る。


「い、いいのですか?このようなチケットを頂いても。」

自然と私の声が興奮で震える。


「ああ、本日の詫びの印として受け取ってくれ。何、安心しろ。このチケットはまだ沢山もっているのだから1枚ぐらいどうって事は無い。」


おおっ!さすがは王子。太っ腹である。それなら話は早い。


「では、遠慮なく頂きます・・・。」

恭しくチケットを受け取ると、私は再度頭を下げてマリウスの元へと向かった。

やった!今夜はタダでお酒が飲める!私はその場で小躍りしたい気分だった―。



「何だか嬉しそうですね。お嬢様。」

マリウスはフォークとナイフを使い、器用に料理を食べている。さすがはマリウス。テーブルマナーは完璧である。


「やっぱりわかる?実はね、アラン王子に1時間アルコールフリーチケットを貰ったのよ!」

私はチケットを見せながらマリウスに言った。


「そうなんですか?でも何故アラン王子はお嬢様にチケットを差し上げたのでしょうね。少し見せて頂いてもよろしいですか?」


「うん、いいよ。はい。」


私はマリウスにチケットを渡した。チケットを受け取ったマリウスはじ~っと眺めているが、やがて顔を上げた。


「お嬢様・・・。」


「何?」


「このチケット・・・。」


「うん。」


「有効期限切れてます・・・よ。」


な・何い?!間違えて私に有効期限が切れているチケットを渡したのか?それとも嫌がらせのつもりでわざと期限切れのチケットを渡してきたのか・・・でもあの最後に見た王子のずる賢そうな顔。やはり私を喜ばせておいて、どん底に突き落とすつもりだったのだろう。やはり原黒王子だったのかもしれない。

そんな悔しそうな私の様子を見てマリウスは突然頭を下げた。


「すみません!お嬢様!。」


え?何故貴方が私に謝るの?


「お酒の事になると見境が無くなり、注意散漫、我を忘れてしまうお嬢様にアラン王子からチケットを頂くときに私さえ側にいればお嬢様をこのように不愉快な思いをさせる事等無かったのに・・・・。使い物にならない私をどうぞいつものように言葉のムチで打ちのめしてください。四つん這いになって3回まわって犬の鳴きまねをしろと言うなら喜んでそのように致します。さあ、どうか愚かな下僕の私に命じてください!」


私の事を慰めてるのかけなしてるのか分からないマリウスの言動に思わず鳥肌が立つ。この男、やっぱりおかしい。マリウスの言う言葉が段々過激になってくる。彼は定期的にジェシカから甚振られないとMのリバウンドが起きてしまうのだろうか?もうこうなったら自棄だ。


「マ・・マリウス・・・。お手!」

半ば自棄になってマリウスに右手を出すと、当然の如くマリウスは笑顔で私の手のひらの上に自分の手を乗せるのだった―。

私にはこれが限界。






4



マリウスは私を待たせてはいけないと思ったのか、その後は物凄い速さで食べたりしたものだから、途中喉を詰まらせかけたトラブル?があったものの何とか完食し、テーブルナプキンで口元を拭くと言った。


「お嬢様、この後の御予定はどうされるのでしょうか?」


今の時刻を見ると20時を過ぎていた。本来ならサロンにお酒を飲みに行く予定だったのだが、アラン王子の嫌がらせにより行く気がすっかりそげてしまった。


「今夜は部屋に戻ってから入浴して明日の為に休もうかな・・・。」


明日からは本格的な授業が始まる。この世界に全く慣れていないのにいきなり学院に入学して勉強しなくてはならないのは非常に辛い。おまけに私は悪女で何故か私を破滅へ導くアラン王子に目を付けられるわ、生徒会に誘われるわで散々な1日を過ごしてしまった。挙句に・・・私はチラリと向かい側の席に座っているマリウスに目を向ける。私の下僕であるこの男、イケメンなのに中身は最悪。そんな男がほぼ1日中私についてまわるのだから疲れる事この上ない。せめてもう少しまともな性格だったらな・・・。

一方のマリウスは時々何故か私の方をチラチラと見ている。何か話したい事でもあるのだろうか?


「何?私に話したい事でもあるんじゃないの?」


マリウスから声をかけられないのなら、主人である私の方から話を振ってあげるしかない。

すると一瞬、マリウスの顔がパッと明るくなった。それは今迄に見せた事が無い表情だった。


「あの・・・でしたら少しだけ散歩をしませんか?」


マリウスから出てきた言葉は意外な台詞だった。どうせ今夜はサロンへお酒を飲みに行く予定は無しになったので私は快く返事をした。


「うん。別にいいけど。」


「本当ですか?お嬢様、ありがとうございます!」


マリウスは心底嬉しそうな笑顔を見せた。私は何故かその笑顔を見て少しだけ心臓の鼓動が早くなるのを感じた。一体、どうしたと言うのだろう・・・?


 二人で一緒に食堂を出ると、マリウスは言った。


「お嬢様、とっておきの場所があるんです。一緒に行ってみませんか?お嬢様とお話もしたいですし。」


「そうなの?それは楽しみ。是非行ってみたいな。」


 

 数分後―

私達は学院の高台にあるテラスに来ていた。この世界は日本の東京と違い、満天の輝く星空が見える。まるで無数のダイヤモンドが空に輝いている様だ。


「うわあ・・・!凄く綺麗!」

まるでプラネタリウムの星空に、大きな月が浮かんでいるみたいな光景に私は目を奪われた。この世界の月は東京の月に比べて大きい。月明かりに照らされて、私たちの影が大きく伸びている。



「良かった、お嬢様に気にいって頂けて。」


マリウスはにっこりと笑って私を見つめている。何だかおかしい。今日1日マリウスと一緒にいたが、こんな彼を見るのは初めてだ。それともこの姿が本来のマリウスなのだろうか・・・?

月の色と同じ銀色の髪のマリウスはまるで月からやってきた王子様と言っても過言ではない。


「そ、それで他に何か私に話があるんじゃないの?」

内心の照れ臭さを隠しながら私はマリウスに問いかけた。


「ええ・・・。実は昼間話した件についてなのですが・・・。」


「昼間?」

色々な話をしたので、どの件についての事なのか私には思い当たる節が無い。


「夜のお務め・・・の件です。」


「え?!」

まさかここでその話が出て来るとは。落ち着け、落ち着け。私は次のマリウスの言葉を待った。


「この学院にいる間は夜のお務めが出来ませんが、次の休暇で帰省すれば毎晩お務めを果たす事が出来ますので、それまで我慢して頂けますか?」


マリウスは申し訳なさそうに私に言う。え?ちょっと待てーっ!!何それ?一体どういう意味?今の口ぶりではまるで私が毎晩マリウスにその・・・・せがんでいるように聞こえますけど?!私が書いた小説の中ではジェシカとマリウスのそういった背景は書いていない。けれども実際の世界では・・・2人はそういう関係だったのか?!

いや、ちょっと待って。ここで言う夜のお務めと言う行為は私が考えている内容とは全く別の事なのでは無いか?今なら本当の事を確かめるチャンス―。ああ、でも駄目!やっぱり私の口から確認する事なんて絶対無理!


マリウスは黙って私を見つめている。私の返事を待っているのではないだろうか?

そこで私は当たり障りのない返答をする事にした。

「あ・・はは・・・。そうだね。ここは学院だからそういう事も仕方無いよね・・?」

自分でも何を言っているのかよく分からない。けれどもその返答でマリウスは納得したのか安心したような表情を浮かべる。


「ああ、良かった。てっきりお叱りを受けるのかと思いました。いえ、でも私的にはそれでも全く構わないのですけどね。お嬢様から侮蔑の目で見られるのは・・・最高ですから・・。でもご自宅に帰省した際には思い切りサービスを致しますので楽しみにしていてくださいね。」


「そ、そう・・。期待してるね・・。」

ああ!私の馬鹿!何が期待してるね、だ!他に何か適切な表現があったのではないか?それにしてもマリウスめ・・・。どうしてわざわざこんな素敵な場所で、そのような思わせぶりな台詞を言うのだ?そんなに何も知らない私を翻弄するのが楽しいのだろうか?・・・1発殴ってやりたい。気が付いてみると頭の中で私は物騒な事を考えていたのだった―。



 その後はマリウスに女子寮まで案内されると、私は彼の顔も見ずに挨拶だけすませると急いで自室へと向かった。ドアを開けて中へ入るとズルズルとその場で崩れ落ちる。

「一体、何なのよ・・・・。」

私は思わず口に出していた。心臓は早鐘を打ったようにドキドキしている。何故だろう?何も知らない小娘でもあるまいし・・・。でも悩んでいても埒が明かない。

「よし!お風呂に行こう!」

こういう時はお風呂に入ってゆっくり身体を休ませるに限る。私は制服から比較的落ち着いたデザインの洋服を選ぶと着替えた。そしてトランクの中からナイトウェアと替えの下着を探しだし、意気揚々と入浴施設へと向かったのである。


 女性用入浴場へ着くとドアを開けた。

「おお~!これは凄い!」

学院の脱衣所はまるで日本の高級ホテルのように化粧水やら乳液等々・・全てが揃っていた。うん、やはり小説の中で入浴施設を立派に書いておいて本当に良かった。

脱衣所を見渡すと誰一人としていない。他の人達は個室にあるシャワールームで済ませているのだろうか。でも私はゆっくり手足を伸ばして入りたい。


衣服を脱いで脱衣籠に入れると風呂場へと足を運ぶ。凄い、これまた目を引く立派な風呂場である。大理石で作られた洗い場はピカピカに磨き上げられ、お湯がこんこんと湧き出ている。ハーブの香りのする石鹸は洗い上りが素晴らしい。


「ふ~最高。」

私は全身をくまなく洗った後、お湯に浸かって身体を伸ばした。


「本当、最高ですね。」


その時私に答えるように湯気の向こうから声がした。え?嘘!てっきり自分一人きりだと思っていたのに・・・。

そして姿を現したのは、この小説のヒロイン、ソフィーであった・・・。


「また会えるなんてこんな偶然あるんですね。」


ソフィーは気さくに話しかけて来る。


「え、ええ・・。ほんと、そうですね。」

私は内心の動揺を押さえつつ返事を返した。しまった、まさかこんな所でソフィーに会うとは思わなかった。


「ジェシカさんはお風呂が好きなんですか?」


「そうですね、身体を伸ばして入りたいタイプなので。」

私は必死で会話の糸口を探そうとしたが、幸いなことに彼女の方から話題を提供してくれた。

そして気が付いてみれば、明日もこの時間に二人で入浴場で会う約束をしていたのだった・・・。






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