第9章 1 週末、彼等は大忙し
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結局、この後はマリア先生がアメリアの勤務先の図書館館長とに連絡を入れると、初老の図書館館長である男性と、彼女の直属の上司を名乗った女性が彼女を迎えに来て、そのまま連れて帰る事になった。
「今日は色々とお世話になり、ありがとうございました。それと・・ジェシカ・・・さんですか?ごめんなさい・・・。貴女の事覚えていなくて。」
アメリアは申し訳なさそうに言うが、私は何と声をかけたらよいか分からなくて、気にしないで下さいとだけ言うのがやっとだった。
その後、アメリアは迎えに来た女生と一緒に医務室から去り、後に残ったのは私とマリア先生。そして図書館館長だった。
「本当に皆さんにご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。」
図書館館長は私達に深々と頭を下げた。
「いえ・・・所で、一つ伺っても宜しいでしょうか?」
私はじっと図書館長を見つめると尋ねた。
「はい、何でしょう?」
「初めて図書館でアメリアさんにお会いした時に聞いたのですが、何でも彼女はこの学院の前で記憶を無くして倒れていた所を学院長に助けて頂いたと伺ったのですが?」
「ええ・・・その通りです。ただし、倒れていた彼女を見つけたのは学院長では無く私です。そして名前も忘れ、行き場も無かった彼女に新しい名前を付けて、ここの図書館の司書の仕事を与えたのも私です。いわば・・・私が親代わりみたいなものですな。」
おもいがけない話を聞かされて私は息を飲んだ。マリア先生は黙って話を聞いている。
「可哀そうな娘なんです・・・。時々、記憶が混濁するのか、それまでの事を全て忘れてしまう事が度々あるのですよ。その度に研修と言う形で仕事を休ませ、もう一度初めから名前から仕事の内容まで全て教えるようにしているのです。」
図書館長は深いため息をつきながら言った。
まさか、研修とはその事だったのか・・・。しかし、何故図書館長はそこまでして・・・?
それを不思議に思ったのかマリア先生が私が考えている事と同じ質問を図書館長に問いかけた。
「失礼を承知で伺いますが、何故赤の他人である貴方がそこまでして、彼女に尽くしてあげるのですか?本当は他に何か事情でも?」
「いえいえ・・深い事情等ありませんよ。只・・・あの子が・・私の亡くなった娘に良く似ていたので・・・そのことが頭に浮かび、同じ名前を付けたんです。」
「あの・・・結局アメリアさんの本当の名前って分からないんですよね?何か身元の確認になりそうなもの、所持していませんでしたか?」
私は尋ねた。もし、あのアメリアが私の夢の中に出ていた人物と同一なら、彼女の名前さえ分れば、私の最悪な結末も、そしてアメリア自身の記憶に関する問題も全て解決するのではないだろうか?倒れる直前、『記憶の書き換え』と話していたが、ここに重大な何かが隠されているような気がする。
ひょっとして、アメリアは誰かに記憶を書き換えられているのではないだろうか?
「いえ、残念ながら手掛かりになりそうなものは何も所持していませんでしたね・・。」
「そうですか・・・。」
私は落胆してしまった。残念だ。何か身元の確認が出来そうな物を所持していれば謎が解明出来たかもしれないのに。
「では、これで私は失礼します。」
頭を下げて立ち去ろうとする図書館長に、私は再度質問した。
「あ、あの!『記憶の書き換え』ってご存知ですか?」
「記憶の書き換え・・・?はて・・?何の事でしょうか?」
図書館長は訳が分からないと言う風に頭を捻る。そうか・・・やはり知らないのか。私は落胆した。
「私からもいいでしょうか?アメリアさんと親しくしていた方はいらっしゃいますか?」
「親しくしていた・・・ですか?う~ん・・・・。どうでしょう?親しくしていたと言っていいのでしょうかね・・?たまにある女生徒がアメリアに会いに来ていましたね。」
「どんな女生徒ですか?」
マリア先生の質問は続く。
「それが・・・珍しい髪の色の女生徒さんでしたよ。金色にピンク色の髪で・・名前は存じませんが、たまにアメリアに会いに来ていましたね。」
え?金色にピンク・・・?ストロベリーブロンドの髪・・。まさか・・・。
「ソフィー・ローラン・・・?」
私はその名前を口にしていた―。
カチカチカチカチ・・・・。静かな医務室に時計の音だけが響ている。
「・・何を考えているの?ジェシカさん。」
不意にマリア先生が声をかけてきた。
「あ、い、いえ。」
私は顔を上げた。
「隠さなくてもいいわよ。ジェシカさん・・・あなた、そのソフィーと言う女生徒を疑っているのでしょう・・?」
「は・はい・・・。」
俯いて返事をする私。
「マリア先生・・・『記憶の書き換え』って可能なんでしょうか・・・?」
つい思っていた疑念を口に出してしまう。
「そうね・・・。『記憶の書き換え』と言ってよいかどうか分からないけれど、強い催眠暗示で人を操る事は可能でしょうね。」
「催眠暗示・・ですか?」
「ええ、例えばあるキーワードや、映像によって催眠状態に陥る・・・。これはあくまでたとえ話になるけれども、誰かがアメリアさんに暗示をかけ、その記憶も消す事は可能かもしれないわよ。」
「もしかすると、アメリアさんに催眠暗示をかけているのはソフィーさんかもしれません。」
私は震えながら言った。これは確証に近いが、何も証拠が無い。でも・・・今の所私の中では彼女は限りなくクロに近い。
「そうね。確かにジェシカさんの言う通り、彼女は怪しいわ。だから・・・私がソフィーさんとアメリアさんの事を調べてあげるわね。」
「あ、ありがとうございます!マリア先生!」
ああ、なんて素晴らしい先生なのだろう。まさにマリア先生こそ、私の女神様だ!でもふと、疑問に思う。
「マリア先生・・・何故そこまでして私の為に?」
すると、先生は意味深な笑顔を浮かべて言った。
「何故かって・・・ふふふ・・。それはね」
う、何だかすごく嫌な予感がする・・・。
「勿論、貴女の恋の話しが聞きたいのよ~っ!」
あ・・・やっぱりそうなるのね。
「それで、ジェシカさんの本命は誰なの?貴方の従者?それとも逢瀬の彼氏?アラン王子・・・は無いか。生徒会長にも追われてるのよね?あ、そういえば他にも色々噂を聞いてるわよ。アラン王子のお付きの2人の男性にあの、ノア君でしょう?あっ!ねえねえ、この間サロンでお酒飲んでた相手は誰よ?後ね・・・臨時講師とも仲が良いって聞いたけど・・。」
うわああっ!一体マリア先生はどうしてそこまで詳しく知ってるの?!もしかしたら私の知らない所で監視してるのだろうか?
「だ、だからっ!彼等はそんなんじゃ無いんですっでは!だからこそ私は仮装ダンスパーティーに出たくないんですよっ。」
この後もマリア先生の追求はやまず、開放されたのは本日の授業が全て終了した時間となっていた・・・。
2
「な、何だって?ジェシカ。もう一度言ってくれないか?俺の聞き間違いでは無いだろうな?」
アラン王子は私を羽交い絞めにした状態で狼狽している。私は溜息をついてアラン王子を見上げて、再度同じ台詞を言葉にすると、みるみる内にアラン王子の顔色が青ざめてくる・・・。
それは明日が休暇日の前日の朝の出来事。
この日は運悪く、私の担当者?がアラン王子だったのだ。朝から憂鬱な気分で女子寮を出て、街路樹を抜けて校舎を目指して歩いていると、突然茂みから両腕がヌッと飛び出てくると私の腕をムンズと掴むと茂みの中へ引っ張り込まれた。
余りの驚き様に悲鳴を上げそうになった時、背後から何者かが私を羽交い絞めにして声をかけた。
「落ち着け、ジェシカ。俺だ。」
そ、その声は・・・・。
私は恐る恐る振り返ると、やはりそこに立っていたのは俺様王子のアラン様。
「ア、ア、アラン王子・・・と、突然何をするのですか!あ、危うく心臓が止まりそうになりましたよ。」
本当に心臓に悪い。叫び声をあげなかっただけ、自分を褒めてあげたくらいだ。
「仕方が無いだろう?最近のお前は俺を見る度逃げ出すのだから、こうでもしないとまた逃げてしまうだろう?」
ちなみに・・・今の私達の恰好はというと、私は背中を木に押さえつけられたうえに両手首をがっしりアラン王子に掴まれ、完全に囚われの身となっている。これは相当絵面的にヤバイ光景だ。
「さあ、どうした。この間の返事を聞かせてくれ。当然明日は俺の誘いを受けるのだろう?ペアルックを着て今度の仮装パーティーの衣装を俺と一緒に買いに行こう。聞くところによると、お前はまだ明日の予定、誰からの誘いも断っていると聞いてるぞ?それは明日俺と一緒に出掛けようと言う事なのだろう?それともまさかお前は一国の、やがては王になるこの俺の誘いを断るつもりでは無いだろうな?もしそのような事をすれば・・・賢いお前の事だ。どうなるか当然分かっているだろう?」
まるで脅迫とも取れる言葉でジリジリと私を追い詰め、暗示をかけるように囁くアラン王子。普通の女性ならば、金の髪にアイスブルーの瞳、そして端正な甘いマスクの正真正銘本物王子様にこんな風に迫られればポ~ッとなってしまうのだろうが・・
こ、怖い・・・。生徒会長とはまた別の怖さを感じる。アラン王子の逆鱗に触れたら命がいくつあっても足りないだろう。しかし、ここは勇気を振り絞ってはっきりと伝えなければ。その為に、わざわざメアリ先生が協力してくれたのだから。落ち着け、私。深呼吸して・・・伝えるんだ。演技だと分からないように、アラン王子を怒らせないように・・・。
「あ、あの。アラン王子。」
う、まずい。声が震えそうだ。
「うん?どうした?さあ、話してみろ。」
アラン王子は私から片時も目を離さずに手首を握りしめる指先に徐々に力を込めていく。まるで逃がさないといわんばかりだ。
「じ、実はですね・・・。私が魔法を使いこなせない事はご存知ですよね?」
愛想笑いを浮かべつつ、必死で言葉を綴る私。
「ああ、そうだったな。でもそれ位気にするな。俺は魔法を使うのも得意だ。お前の事くらい俺が1人で守ってやれる。だが、今その話は何か関係があるのか?」
首を傾げるアラン王子。ええ、あります、大いにありますとも!
「そ、そこで・・魔法学の教授の特別補講を明日の休暇日を2日間使って受ける事になったんです。」
そして話は一番初めに戻る事に。
「な、何だって?ジェシカ。もう一度言ってくれないか?俺の聞き間違いでは無いだろうな?」
狼狽しているアラン王子にとどめを刺すべく、再度同じ台詞を私は言った。
「魔法学の教授の特別補講を明日の休暇日を2日間使って受ける事になったんです。」
「そんな補講など、今すぐやめてしまえ!」
「無理です!」
アラン王子の命令にあっさり歯向かう私。
「く・・・っ。ジェシカ・・・間髪おかずに、すぐに否定したな・・・。」
私の手首を外すとアラン王子は自虐的に笑みを浮かべた。
「ですから、アラン王子はどうぞ私の事等お気になさらずに明日の休暇を楽しんできてくださいね。」
「それは出来ない!俺もお前と一緒に補講を受ける!」
アラン王子の口から飛んでもない言葉が飛び出した。
「な、何言ってるんですか?アラン王子の魔法の成績結果は全てが<オールA>ではありませんか。そんな方が補講を受けられると思っておいでですか?」
成績優秀者のアラン王子を前に面と向かって補講だなんて、これでは流石の教授も委縮してしまうに決まっている。
「ふん、俺は王子だ。俺が補講に参加すると言って断れるような教授はいない。いいか?ジェシカ。この俺には出来ない事など何一つ無い。」
腕組みをして、ほくそ笑む俺様王子。あ~出ちゃったよ。我が儘王子の無茶ぶりが。
しかし・・・アラン王子は大事な事を忘れている。
「アラン王子、明日は何の日か覚えてらっしゃいますか?すごーく重要な日ですよ?」
「明日・・・明日は・・・あっ!」
アラン王子はようやく気が付いたようだ。そう、実は明日はセント・レイズシティの町が出来た300年目の大事な記念すべき日。そして明日、明後日と盛大な式典が行われ、王族代表としてアラン王子が出席しなければならない大事な日だったのである。
全くアラン王子にも困ったものである。学院の仮装ダンスパーティーよりも、こちらの記念式典の方が余程大事なのに、そんな一大イベントをすっかり忘れて私とペアルックで仮装する衣装を買いに行こうだなんて。
仮に明日私がアラン王子とペアルックで式典に参加しようものならバカップルとして周囲から白い目で見られていたかもしれない。何せアラン王子がこの間私に持ってきて見せてくれたのだ。アラン王子の服は全身金色のピカピカ光るスーツに、私は金色にフリルをふんだんにあしらったワンピース。これが太陽の光に当たると、半端なく眩しい光を放って眩しいったらありゃしない。
けれど、この式典のお陰で私も助かった。実は私自身もこの式典の事を昨日まで知らなかったのだ。だって、小説の中ではこんなイベントなど書いていないからね。でも最近の私は予定外の事が起こってもあまり慌てないようになってきた。う~ん・・人の順応性って案外怖い。
この式典の情報筋はエマからもたらされたものだった。
恐らくグレイとルークはこの式典の事を当然知っていて、アラン王子に何度も話をしていたに違いない。王族出席なので彼等もアラン王子の付き添いとして式典に出席するはずだ。その証拠に明日・明後日の休暇の外出のお誘いがこの2人からは無かったからだ。
「くっ・・・!な、何てことだ・・!この俺がそんな大事な事をすっかり忘れていたなんて!」
アラン王子は下を向いて何やらブツブツ呟いている。
あ~きっとそうでしょうね。アラン王子、貴方はその大事な式典よりも仮装ダンスパーティーで着ていく衣装についての事しか念頭に無く、重要な予定を頭から追い払っていたのだろうから。これではグレイやルークの気苦労が絶えない事だろう・・。
私は溜息をつくと言った。
「ですから、どうぞアラン王子はそちらの式典に出席なさり、重要なお役目を果たしてきて下さい。私も魔法の補講訓練頑張りますので。」
よし、これでアラン王子も納得するだろう。
「さて、それでは教室に行きますよ。」
しかし、アラン王子はまだブツブツ何かを呟いている。私の声が耳に届いていない様だ。よし、先に教室へ行ってしまおう。アラン王子に付き合っていたら、こちらまで遅刻しかねない。
「アラン王子、私は先に教室へ行ってますね。それでは。」
ペコリと頭を下げて、私は逃げるようにその場を立ち去った。
よし、今日1日どうかアラン王子が呆けた状態で居てくれることを祈ろう。
3
今朝は朝から私の元へアラン王子から始まり、次から次へと登校中に男性陣から声がかけられまくるスタートとなった。
「お早う、ジェシカ。」
突然ポンと肩を叩かれる。ヒイイイッ!何の気配も感じられずに突然肩を叩かれた私は先程のアラン王子同様、悲鳴を上げそうになる。しかもその声は・・・。
「何だ?その露骨に嫌そうな顔は?」
やはり・・・生徒会長だった。
「お早うございます・・・ユリウス様・・。お願いですから気配を消して、背後から突然肩を叩くのは止めて頂けますか?はっきり言って心臓に悪いです。」
恨めしそうに私は言う。
「そうか、朝から俺に会えて心臓が止まりそうに成程嬉しかったんだな?相変わらず素直になれないな、お前は。」
どこをどうとったら、そのような解釈に至るのだろうか?もういよいよ生徒会長は脳の検査と難聴の検査を受けないと手遅れになるのではないかと余計な心配をしてしまう私。
「それで、明日明後日の休暇の件なのだがな、何故俺の誘いを断るのだ?」
そこへ・・・。
「生徒会長!馴れ馴れしく僕の女神に近付かないで欲しいな。」
おおっ!そこに立っていたのは眩しい朝日を前に一段と美青年オーラを放つ怪しくも美しいノア先輩!
「本当に生徒会長は乱暴な態度しか取れないんだね。いい?女性に対してはもっと優しく扱ってあげないと駄目なんだよ。ね、ジェシカ?」
ノア先輩は優雅なしぐさで私の右手を取ると言った。
「ねえ、ジェシカ。もう一度尋ねるよ。どうして僕の誘いを受けてくれないの?」
「そ、それは・・・。」
ノア先輩のオーラにおされつつ、返事をしようとした矢先・・・。
「あ!こんな所にいたんですね!生徒会長!副会長!」
背後から数名の男性の声が聞こえた。私達3人が一斉に振り向くと、何故か彼等は物凄い勢いでこちらへ向かって駆けてくる。えええ?!い、一体何なの?
戸惑う私をよそに、何故か生徒会長とノア先輩はそれぞれ学生達によって捕らえられた。
「こ、こら!何をする!」
暴れる生徒会長。
「は、放せってばっ!」
ノア先輩ももがく。
すると彼等は言った。
「いいえ、放しませんよ!いつもいつもそうやって逃げて!」
「もうすぐ、大事なイベントがあるのは当然分かってるでしょう?!」
「我々生徒会が一致団結しないと仮装パーティーを開けないじゃ無いですか!」
「あなた方がいないので、ちっとも準備がはかどらないんですよ!」
等と口々に言われ、2人は問答無用で連れ去られていった・・・。今のは一体・・?
やれやれ、でも静かになった。再び歩き出そうとした私を次に呼び止めたのはダニエル先輩だった。
「ジェシカ、おはよう。今日もとっても素敵だよ。」
笑顔で私の前に現れ、さり気なく肩に手を回すダニエル先輩。うっ・・私はその笑顔に弱い。思わず顔が赤くなる。
「お、おはようございます・・。ダニエル様。」
「フフ・・赤くなっちゃってやっぱり君は可愛いね。」
相変わらずダニエル先輩のデレデレモード。これはいつまでたっても流石の私も中々慣れない。
「ところで、ジェシカ。本当に明日は僕と一緒に出掛けられないのかい?」
悲し気に言うダニエル先輩に思わず心がグラリと傾きそうになるが、これではいけない。明日・明後日は大事な補講があるし、1人ダニエル先輩の誘いを受けようものなら、この先にとんでもない修羅場が待ち構えているような気がする。
「はい、すみません・・・。明日から2日間は大事な補講があるので。」
「ふ~ん。それじゃ僕も出掛けるの辞めようかな・・・。」
ダニエル先輩がそこまで言った時・・・。
「そうだ、ブライアント。お前明日出掛けられると思っているのか?」
ん?誰だろう?いつの間にか私達の前に3人の男子学生達が立っている。あれ・・でもこの人達、何処かで見たような・・・?すると、その内の1人の男子学生が私に声をかけてきた。
「やあ、また会ったな?」
あ、思い出した!サロンで飲んでいる時に会った人達だ。その翌日もダニエル先輩とランチの時間にばったり会ったっけ。
「何だ・・・君達か。」
うんざりしたように言うダニエル先輩。
「何だじゃないだろう?今年は俺達がイベントの実行委員に選ばれたんだから、ちゃんと責任を果たせよ。いつも会議に顔を出さないし、準備があるのに逃げ出しやがって。」
「え?ダニエル様、実行委員だったんですか?」
意外な事実。全く知らなかった・・・。
「そうなんだよ・・・。今回は運悪くくじ引きでイベントの実行委員をやらなければならない事になって・・ね。」
ダニエル先輩は心底嫌そうに言う。
「何言ってるんだ!俺達だって好きでやってるんじゃないぞ?ほら、行くぞ!今後の予定が詰まってるんだ。当然明日だって準備があるから外出なんて出来ないからな?」
そしてダニエル先輩も拉致?されていく・・・。1人残った私は再び歩きながら校舎へ向かう。これまでのパターンを考えると、アラン王子、生徒会長、ノア先輩、ダニエル先輩、グレイとルークは除外するとして・・・となると最後に残るのは・・・もう嫌な予感しか無かった。
昇降口を抜けて、教室へ入ると案の定だ。
「ジェシカお嬢様!お早うございます!」
まるで餌を与えてくれる主人の元へ走って来る犬のように猛ダッシュで私の所へ走り寄って来るマリウス。出た。究極M男のマリウス登場だ。
「お嬢様、明日は私とセント・レイズシティへ絶対に行って下さいますよね?魔法の補講訓練があると聞いておりますが、何も1日中訓練を受ける訳では無いですし。それにお嬢様が一緒に来て頂けないと仮装パーティーで私の着るドレスを買いに行く事が出来ません!」
まるで縋りついてくるような犬だ。ギョッとする私。ちょ、ちょっと・・・人前で何言ってくれるの?恥ずかしいじゃ無いの!
しかもクラスメイトの何人かに今のマリウスの話が聞かれたのか、薄気味悪そうな目で私達を見つめる学生が何人かいた。ああっ!聞かれてしまった!
この馬鹿マリウスめ!思わず抗議の目でマリウスを睨み付ける。途端にピシッとマリウスのMスイッチが入るような音が聞こえた・・・・気がする。こ、このままではま・まずい!
時計を見るとまだ授業開始まで15分はある。よし、まだ余裕がある!
「マリウス・・・ちょ~っとこちらへいらっしゃい。」
私は手招きをして教室の外へと連れ出す。すっかりマリウスは従順な犬のように私の後を付いて来る。もしマリウスに尻尾があれば、きっとさぞ嬉しそうに振っていただろう・・。
廊下へ出ると私はマリウスの左手を掴んで、屋上へと向かって行く。
お嬢様どちらへ?と若干興奮気味に呼びかけるマリウスを無視して、私は屋上のドアを開ける。
「マリウスッ!あんな教室の目立つ所で仮装パーティーのドレスを買いに行くだなんて大きな声で言わないでよ!クラスの皆に知れ渡ったらどうするの?!私達変人扱いされてしまうかもしれないわよ?!」
気が付くと私はマリウスを壁際に追い詰め、襟首を掴んでいた。マリウスの顔が眼前に迫っている。すると何故か顔を真っ赤に染めて目を閉じるマリウス。
「ねえ・・・?マリウス。それは一体何の真似・・かしら?」
私は顔を引きつらせながらなるべく穏やかに問いかける。
「お嬢様・・・さあ、どうぞ今すぐ私の両頬を平手打ちして下さい。そして、この間抜け、私に恥をかかせるなッ!このミジンコめッ!!と存分に罵って下さい。さあ、今すぐに!」
あ、駄目だ。これ以上何か言ってもマリウスを喜ばすだけだ・・・。
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「マリウス・・・もう、いいわ。」
私は溜息をつきながら言った。
「え?いいとは?」
不思議そうに首を傾げるマリウス。
「私は別に貴方を虐めたいとかそんな気持ちは無いって事。まあ、貴方が焦るのも仕方が無いわよね。だって誰だって男性が1人でドレスを買いに行くなんて恥ずかしい真似出来る訳無いし。」
「お嬢様・・・。」
一瞬、マリウスの目に動揺が走った。
「でも、安心して頂戴。私はセント・レイズシティに行かないけれど・・・ちゃんと女装した貴方に良く似合う衣装を見立ててくれる私の友人達が明日付いてきてくれるようにお願いしてあるから、マリウスは何の心配もいらないわよ。」
フフンと私は両手を腰に当てた。何だか自分でも言ってる事が滅茶苦茶だと思うが、まあこの際、どうでも良い。私の一番の目的はアラン王子を誘惑し?ソフィーの元へと誘導してもらう事なのだから。
「でも・・大丈夫でしょうか・・?」
不安気なマリウス。
「大丈夫だってば。それにマリウスはとっても綺麗な顔をしているから女性になったら、どれ程美しくなれるか今から楽しみだわ。それじゃ、教室に戻ろうか?そろそろ授業が始まる・・・?どうしたの?マリウス。」
何故かマリウスが下を向いて震えている。え・・?一体どうしたというのだろう?
「もしかして具合でも悪いの?それなら医務室にでも行く?」
「どうして、お嬢様は・・・そんな風に言われると・・・・・です。」
マリウスはまるで消え入りそうな声で何かを話しているが、最期の方は声が小さ過ぎて何を話しているのか聞き取る事が出来なかった。
「え?何?マリウス。今なんて言ったの?」
もう一度聞き直そうと私は問い返した。
「いえ、何でもありません。」
マリウスはパッと顔を上げると何事も無かったかのように笑顔で私を見た。
「そ・・・そうなの?それじゃ、教室に戻ろうか?」
「はい・・・。」
最期のマリウスの反応が少し気になったが、私達は屋上を後にした・・・。
その日の昼休みの事・・・。
アラン王子とグレイ、ルークは明日・明後日とセント・レイズシティで開催される式典の打ち合わせの為に外出し、生徒会長とノア先輩は生徒会に拉致?され、ダニエル先輩は実行委員会の準備に駆り出され、マリウスは我が友人エマ達と明日買いに行く衣装はどんなものが良いかの話し合いにと連れ出され、私は久しぶりに1人きりになった。
本来ならこの時間を有効活用し、図書館へ行くべきなのだろうが、肝心のアメリアがまだ司書の仕事に復帰していない。
仕方が無い・・・。今日は図書館から借りておいた本を持ってカフェテリアでランチを食べながらのんびり過ごそう。
この世界の10月は日本に比べるとかなり肌寒い。校舎の外へ出るとひんやりとした風が吹いている。しまった、何か上着を持って来るべきだったかも。寒さにぶるっと震え、鞄を抱えて小走りに一番近くにあるカフェテリアに駆け込んだ。
さて・・・何を食べようかな?私はトレーを持ってメニュー表をじっと見ていると、突然隣に立っていた男子学生が声をかけてきた。
「あれ?ジェシカじゃないか。」
その声に私は見上げると、驚いたことにそこに立っていたのはライアンだった。
「あ、ライアンさん。こんにちは、偶然ですね。」
「珍しいな?1人なのか?」
「ええ。今日は皆色々と用事がありまして。そういうライアンさんは?」
「ああ、俺はこいつ等と一緒に来てるんだ。」
ライアンは自分の後ろにいた数名の学生達を振り返ると、1人の学生が私を見て言った。彼等はカレーを注文したようだ。
「あれ?この間の女の娘じゃ無いか?」
「ああ、そう言えばそうだな。」
あ、この人達は見覚えがある。ライアンとサロンへ行った日に出会ったんだっけ。
「こんにちは。この間はお気を使わせてしまい、すみません。」
ペコリと頭を下げて挨拶をする。
「こんにちは。」
「この間はどうも。」
「1人なんだろ?もし良かったら、俺達と一緒に食事するか?」
ライアンが言うと、友人たちが交互に言った。
「いや、俺達はいいよ。」
「ああ。2人でごゆっくりな。」
そして、声をかける間もなく、店頭でカレーを受け取った彼等はあっという間に立ち去り、二人掛けのテーブルについてしまった。
「あいつら・・・。」
何だか悪い事をしてしまった。
「すみません・・・。私のせいで気を遣わせてしまいましたね。私に構わず早くお二人の所へ行って下さい。あ、でもその前に。」
私はある事を思い出し、肩に下げていたショルダーバッグを開けてある物を取り出した。
「これ、この間のお詫びの品です。」
私は紙袋に入った品物を手渡した。
「え?これは何だ?」
不思議そうに品物を見るライアン。
「これは私の好きなコーヒーです。とっても美味しいですよ。」
「え・・・?もしかして俺の為に・・?」
意外そうな顔をするライアン。
「はい、この間は私のせいで折角サロンに誘って頂いたのに不愉快な思いをさせてしまってずっと気になっていたので。それにお酒もご馳走するって・・言ってたのに。また機会があれば今度こそ奢らせて下さいね。あの時は本当にすみませんでした。」
「え・・それじゃまた俺がジェシカを誘ってもいいってことか?」
「はい。そうですね。」
だってこのまま約束を破る訳にはいかない。
「そうか・・それは嬉しいな。それとこのコーヒーだけど、もしかすると毎日持ち歩いていたのか?」
「ええ、いつ渡せるか分からなかったので。でも早めにライアンさんに渡す事が出来て良かったです。それでは失礼しますね。」
頭を下げて、オーダーカウンターへ行こうとした私の右腕をライアンが掴むと言った。
「なあ、どうせ1人なんだろ?良かったら俺と食事付き合ってくれよ。」
カフェの窓際、日が差す温かい場所で私とライアンさんは向かい合わせで食事をしていた。
「ライアンさんは生徒会役員なのに仮装ダンスパーティーの準備に参加しなくても良いんですか?」
熱々のドリアをフーフー冷ましながら私は尋ねた。
「ああ、あの準備・・・と言うか生徒会長達の仕事は予算の分配なんだよ。俺達は生徒会指導員だから、仕事は当日だけかな?」
大きなホットドックを食べながら、ライアンは言う。
「仕事って、どんな事をするんですか?」
「そうだな・・・。あまりにも風紀を乱すような過激な衣装はご法度になってるんだ。そういう輩がいないか見回るんだ。」
「そうなんですか、それじゃ折角のパーティーなのに楽しめませんね。」
しんみり言うと、返ってきた言葉は意外なものだった。
「いや、そうでもないぜ。見回りって言っても2時間で交代だからな。別にそれ程大変じゃないさ。ここだけの話だけど、別に見回りしながらだってアルコールを飲んだり、食事する事だって可能なんだ。」
ライアンはそっと耳打ちするように私に教えてくれた。
「成程・・・それなら楽しめるかもしれませんね。でもライアンさんも参加するって事はダンス得意なんですね。」
「いや・・・得意って程ではないけど・・ん?もしかすると仮装ダンスパーティーって言う位だからダンスを必ず踊らなければならないと思ってるのか?」
「違うんですか?」
だってダンスパーティーとはそういうものだろう。
「まあ、踊りたい奴らは踊るんだろうけど・・・ほとんどの連中は踊りよりも・・・あれだな。お酒を飲みながらまあ・・無礼講で騒ぐって感じだな。何せ仮装してるから皆大胆にもなるさ。」
何と!そんなものだったのか。私はてっきり本格的な舞踏会のようなものを想像していた。それこそ、ヨハンシュトラウスのようなワルツを踊り・・・。
「それで・・・ジェシカは誰を・・その、相手に選んだんだ?」
何故か言葉に詰まりながら私に質問して来たライアン。
「え?私ですか?私は仮装ダンスパーティには1人で参加しますよ?」
ただし、メイドの恰好でね。
「ええ?!ひ、1人で参加するのか?!し、信じられない・・・。」
ん?気のせいだろうか・・・心なしかライアンが嬉しそうに見えるのは・・?
「ええ、そうです。でも私がどんな仮装をして参加するのかは秘密ですよ?絶対見つからない自信ありますから。」
「そうか・・・それじゃ、仮にもしも・・俺がジェシカを見つけられたらどうする?」
ライアンは意味深な顔で聞いてきた。
「う~ん・・突然そんな事言われても何も特に考えていなかったので・・。」
私が首を捻ると、ライアンは真面目な顔で言った。
「そ、それじゃ・・賭けをしないか・・?もし俺がジェシカを見つける事が出来たら今度の冬の休暇の時に3日・・・い、いや、2日でもいいから・・俺の住む領地に・・来て欲しいんだ。」
え?!
ライアンの意外過ぎる提案に私は危うくスプーンを取り落しそうになった。
一体どういうつもりで・・・?私は真剣な表情でじっとこちらを見るライアンの姿に戸惑うばかりだった。