第8章 4 アラン王子の脅迫状
1
「ねえ、ちょっと待ってよ、ルーク!」
無理矢理私の腕を引っ張って女子寮へと向かって歩くルークに声をかけるが、私の声に耳を貸さずに黙って前を向いたまま、私を引きずるように歩き続けるルーク。
「待ってって言ってるでしょ!」
私は思い切り腕を振り払うと、ようやくルークが立ち止まってこちらを見た。
文句の一つでも言ってやろうとしたが、あまりにもルークの顔色が悪いのを目にし、言葉を飲み込んでしまった。
「ジェシカ・・・ごめん。悪かった。」
今にも消え入りそうな声で謝るルーク。その様子を見ると、何と声をかけたらよいのか分からなくなってしまった。
「もう女子寮はすぐそこだから、俺はこのまま帰るよ。じゃあな。」
私の返事を聞かずにくるりと背を向けたルークを思わず私は呼び止めた。
「ねえ、ちょっと待って。」
「・・・悪い、1人にさせてくれ・・。」
こちらを振り向きもせずに去って行くルークを黙って見守るしか無かった。それにしてもライアンにはまた酷い事をしてしまった。楽しかった雰囲気をぶち壊してしまったし、挙句に食事をご馳走するなんて言っておきながらお金を払うどころか、置き去りにして帰って来てしまったのだから。
「今度会ったら、きちんと謝罪してお金払わなくちゃ・・・。」
溜息をつくと夜風にブルリと震え、急いで寮の中へと入って行った。寮に戻ると時刻はもう夜の9時半をさしていた。冷えた身体を温める為にバスルームへ行くと、コックを捻り、バスタブにお湯をはりながら明日の準備を始めた。
「あ・・・明日は苦手な魔法の実践授業だ・・・。」
途端に憂鬱になる。実は未だに簡単な魔力を持つ者なら誰でも使える魔法すら、私は今だに出来ないのだ。いくら頑張ってもこれはもうどうしようもない。一体どうすればいいのだろう・・・。誰が一番魔力が強いのか?最近エマは倶楽部活動で忙しいし、私自身ライアンから見たらお邪魔虫?に囲まれているから魔法の訓練どころではない。一時は本気で彼等から魔法の訓練を受けさせて貰おうかと考えたこともあったが、それはそれでまたトラブルが起きそうだったので断念する事にしたのだ。
「そうなると、やっぱり教授に特別訓練を受けさせて貰うしか無いかな・・?」
そこまで考えた時、バスタブにお湯をはっていたのを思い出し、慌てて見に行って見ると丁度頃合いで良い具合にお湯が溜まっていた。
「ふう~温かい。」
バスタブに身体を沈めて、手足を伸ばした。本当は大浴場に行ってのんびりお風呂に入りたいのだが、万一ソフィーに会った時の事を考えると、やはり行く事を躊躇してしまう。しかも何故かここの学院の女生徒達は大浴場へあまり行きたがらない。何故だろう?すごく広くて気持ちいいのに。
「今度エマ達を誘ってみようかな?」
そして私は目を閉じてささやかなバスタイムを楽しむのだった・・・。
翌朝—
私はエマ達とホールへ朝食を食べに下の階へ降りていくと、女生徒達の会話はもうすぐ開催される仮装ダンスパーティーの話でもちきりだった。
「ねえ、私今年はフェアリーの衣装を着て参加するつもりなの。」
「あらやだ、私と同じじゃないの。まさか衣装まで同じじゃないでしょうね?」
「私は今回薔薇のようなドレスを着るわよ。」
等々・・・。
「皆すごく盛り上がってるわね。」
リリスが朝食の乗ったトレーをテーブルに乗せて座ると言った。
「それはそうですよ。だって1年に一回の大イベントですもの。どれ程すごいイベントかこの学院に入る前から耳にしていたもの。」
クロエはサラダを食べながら言う。
「私も早く婚約者に会いたいわ・・・。」
エマはうっとりと目を閉じた。
「ジェシカさんは本当にメイドの恰好をするつもりなんですか?」
突然シャーロットが私に話を振って来る。
「え、ええ・・・まあ。一応は。」
そうよ、私は所詮元は平民の日本人。日本ではメイドの恰好なんて人気なんだからね。そう言えば・・前から一つ疑問に思っていたことがある。このセント・レイズ学院は学生で夫婦のカップルもいるし、子供がいるカップルもいるはずだ。それなのに一度も会った事が無いのは何故だろう?小さい子供がいればパーティーに参加するのも無理なのでは無いだろうか?
私は疑問に思い、皆にその話をしてみると、意外そうな顔をされた。
「え・・?もしかしてジェシカさん知らなかったんですか?」
クロエが言う。
「え?ええ・・。」
頷くと一斉に彼女たちは目を見開いた。そしてエマが説明を始めた。
「ジェシカさん、セント・レイズ学院は姉妹校があるんですよ。結婚したカップルはそちらの姉妹校に移動して教育を受けるようになっているんです。勿論子供が生まれた場合はちゃんと保育所もあるので、そこで授業を受けている間は預けておけますし、ファミリー向けの間取りの部屋に住めるんですよ。学院同士は門で繋がっているので、行き来は出来るのですが、あまり交流する事は無いですね。あるとしたら交代で魔界を閉ざす門を守る時くらいでは無いですか?」
そうか・・・だから今まで学院内で一度も会った事が無かったのか・・・って何を言ってるのよ、私!自分で小説の中で書いておきながら、そんな細かな設定をしてこなかったんじゃないの!でも実際小説の世界に紛れ込んでみると、うまい具合に設計されていたので驚いた。
それじゃあ、きっと彼等は家族で仮装パーティーに出席するのだろうな。可愛らしい衣装を着た幼児たち・・きっとすごーく可愛いんだろうな。ああ・・是非この目で見て見たい・・・。
よし、念の為に聞いてみよう。
「あの・・・ちなみに、そこの姉妹校の人達と合同で仮装パーティーは行われるのかしら?」
「それはないですね・・・あちらは小さいお子様たちが多いので、パーティーを開催する時間帯がそもそも違うので。」
リリスが説明してくれた。
「そうですか・・・無理なんですね。」
あ~あ・・・がっかりだ。私は小さい子供が大好きで、一時は保育士を目指したことがあった位なので残念で仕方が無い。
でも1年に1度だけ交流会があるようなので、その時は小さい子供達にも会う事が出来るらしいので、今から楽しみにしておこう。
その時、ふと別のグループの会話が耳に飛び込んできた。
「それにしても、一大イベントに準男爵家まで集まるのは嫌だわ。」
「そうよね~あの人たち、マナーが悪いから嫌だわ。」
「全くその通りよ。大体身分がすごく低いくせに、高位貴族の男性達に色目を使ってくるのがすごく不快だわ。」
「ほんとにその通りよ、ほら。最近ここのホールに食事に来ていた準男爵の子がいたじゃない。」
「ああ、あの女生徒でしょう?確かソフィーとか・・・。」
え?ソフィー?!突然耳に飛び込んできた名前に私は驚き、彼女たちの会話に耳を傾ける。
「そうそう、最近伯爵家以上の爵位の男性ばかりにあちこち声をかけているのよ。」
「知ってるわ!しかも声をかけた学生は生徒会の役員が多いそうじゃないの。」
「嫌だわ・・・何を考えているのかしら・・・。」
その後の彼女たちの話題はそれきりで、後は違う話に切り替わってしまった。
残念。もっと色々話を聞いてみたかったのに・・・。
でも彼女たちの話が事実だとしたら、きっとソフィーは今度の仮装パーティーの時に何かしらの行動を起こすはず。高位貴族ばかりに声をかけているのだとしたら、彼女の一番のターゲットになる相手はアラン王子に違いないのだから。
2
昨夜の事と、今朝のソフィーの噂話、おまけに本日は魔法の実践授業ともなると自然に重い足取りになる。確か、今日の私の担当は・・(随伴者から担当者へ格下げ)
あ、ルークだった。う・・・ますます憂鬱になってくる。昨夜あんな事があったから顔を合わせにくい。でも、それを一番感じているのは彼の方かもしれない。
よし、ここは実年齢年上の私が大人の対応で・・・と思ったが、今日はいつもの私達の待ち合わせ場所に(女子寮近くのベンチ)誰もいない。
あれ?おかしいな・・・?いつもなら必ず誰かしらあそこにいるのに・・でも辺りを見渡しても誰も居ない。
という事は今日は誰にも構われず、自分だけの時間を作れるのかもしれない。だとしたらそれはそれで嬉しいかも。
思わず鼻歌を歌いながら、校舎へ向かって歩いていると、突然背後から声をかけられた。
「おい、ジェシカ。」
その声に全身から血の気が引く私・・・恐る恐る振り向き、心臓が止まりそうになる。
「キャアアアアッ!せ、生徒会長・・・っ!」
思わず絶叫する私。
「お、おい!まるで化け物を見たかのように俺を見て叫ぶな!それに生徒会長では無くユリウスと呼べと言ってるだろう?!」
両手で耳を塞ぎながら、しかめっ面で言う生徒会長。うん・・?この様子だと昨日の件、あまり怒っていないのかな?それとも軽い認知症を患っている可能性があるので昨日の事はもうきれいさっぱり忘れているのかもしれない。いやいや、いくらなんでもそれは無いか。だって逃げる時にグレイが攻撃魔法を繰り出したのだから、これで忘れていたのならいよいよ本格的に生徒会長は脳の検査を受けるべきだ。それにしても・・・。
こんな時に限って、何故今日は彼等が誰も居ないのだ?あまりにもタイミングが悪すぎる。
私は仁王立ちになっている生徒会長を前にまるで生贄に出されたウサギのような気分になってプルプル震えながら立っているのがやっとだ。
「うん?何故そんなに震えているんだ?もしかして寒いのか?風邪でも引いたのか?」
不思議そうに尋ねて来る生徒会長。いいえ、震えているのは風邪のせいではありません。それもこれも全て貴方が怖い顔で私の前に立ち、退路を塞いでいるからです。
等、とても言える雰囲気では無く、私は青ざめながら必死で偽の笑顔を作るのが精一杯だった。
「何だ?もしかして声も出ないのか?それ程重病なのか?」
生徒会長が一歩前に進み出て来る。ギャアアッ!お願いだから距離を詰めないで!
私は風邪を引いてるわけでは無いと伝えたく、必死で首を左右に振る。
「そうか・・・?風邪で無いのなら良かった。所で、昨日の件なのだが・・。」
顎に手をやる生徒会長。あああっ!いきなりそれを尋ねて来るのね?うう・・胃が痛い。今にも穴が空きそうだ。どうしてグレイは逃げる時に攻撃魔法を当てたのだ?しかも私がこれ程困っているのに、グレイは、そしてルークは一体何処にいるのだろう?万一私に何かあった場合、一生2人を許さないからね。
「そんなに俺の事を意識していたのだな?」
次に出てきたのは意外な生徒会長の台詞だった。はい?今何と仰いましたか?
「照れるあまり、俺に対してあり得ないとか、頭に血が上るとか・・つまり、俺はあり得ない位情熱的な男だと褒めていたのだろう?」
何、この人。物凄いドヤ顔で何か言ってるよ。やはり生徒会長の思考回路はまともじゃない。ヤバイ人一歩手前だ。ここが日本だったらほんとにストーカー被害で訴えてやりたい位なのに・・・!私はギュッと両手の拳を握りしめた。ああ・・誰か、誰でもいいから知り合いがいないだろうか?この生徒会長から逃れる術を持つ相手は―!
必死で辺りをキョロキョロする私の目にある人物が飛び込んできた。
おおーっ!何てラッキーなの!
「ジョ、ジョセフ先生!!」
私は遠くから必死で両手を振り、先生に呼びかけた。
「?」
私の声に気付き、立ち止まると笑顔で私に手を振るジョセフ先生。
「何だ?講師に用事があるのか?」
訝し気に言う生徒会長。よし、いいぞ。
「は、はい。そうなんです!実は天文学の講義の件でどうしてもレポートで不明な点があって・・では、失礼します!」
私は頭を下げると逃げるようにその場を去って、ジョセフ先生に駆け寄る。
「ハア、ハアッ。お、おはようございます・・・ジョセフ先生。」
息切れしながらなんとか挨拶をする。
「だ、大丈夫かい?リッジウェイさん。そんなに息を切らして・・・。」
何故かオロオロする先生。
「はい、大丈夫です・・・。で、でも先生のお陰で助かりました・・・。」
「え?僕はリッジウェイさんに何かしてあげた覚えは無いけど?」
「いえいえ、先生に会えたお陰で生徒会長から逃げる口実を得られることが出来たので。」
言いながら私はチラリと生徒会長の方を振り向くと、もう何処かへ消えていてくれたようだ。ホッ。良かった・・・。
「ああ・・そうなのかい?何だかよく分からないけど、リッジウェイさんの役に立てたなら光栄だけどね。」
うん、うん。やっぱり先生は無自覚化もしれないけど、優しい。流石大人の対応だ。
「あ、でも丁度良かったよ。僕もリッジウェイさんに用事があったから。ちょっと、手を出してみてくれる?」
そう言うとジョセフ先生は白衣のポケットから何やら手の平サイズの瓶を2本取り出した。
「はい、これ。頼まれていた品だよ。」
私の広げた手の上にジョセフ先生は2本の瓶を乗せながら言った。
「こ、これってまさか・・・?」
私は先生の顔を見上げながら尋ねた。
「うん、そのまさかだよ。これを飲むと約5分後ぐらいに効果が出始めるんだ。全部飲み干すと・・・そうだな~効果は約4時間ってところかな?」
男性の性別を女性の性別に変えてしまうマジックアイテム・・・。まさか本当に手に入れてくれたとは・・・。そこで、はたと気が付いた。
「ジョセフ先生、これっていくらしたんですか?きっとかなり高額品なのではないですか?!」
「あはは・・そんなの君は気にしなくていいよ。だって僕が言い出したことだしね。」
笑いながら言うジョセフ先生だが、そうも言ってられない。
「何言ってるんですか?頼んだのは私なので、お金お支払するので金額を仰って下さい。」
私の真剣な態度に、参ったな~といいながら頭をポリポリとかく先生。
「いや、実はね・・・・。非売品だったんだよ。この商品は。」
「え?!ひ、非売品なんですか?!」
もし非売品だとしたら、いったい先生はどうやってこの品物を手に入れたと言うのだろう?そんな私の不安な気持ちを感じ取ったのか、先生は言った。
「ああ、リッジウェイさんは何も気にする事は無いんだよ。前回のマジックカードの件からあの店の店主さんと親しくなってね・・・。何か必要になったマジックアイテムが出た時は僕の実家に相談して下さいって話をすると、すぐにこの瓶を2本くれたんだよ。」
う~ん・・・本当にそれだけなのだろうか?実は怪しいネタをジョセフ先生は握って、それを元にゆすりをかけたのでは・・・?でも、そんな事はどうでもいい。いくらお金を支払っていなくても、きちんとお礼をしなくては。
どうしても引き下がらない私に、先生はついに根負けしたのか、それなら今後1週間は先生の代わりにランチを買ってきて、臨時講師室まで届ける事で手を打ってくれた。
先生曰く、どうしてもお昼は抜いてしまいがちになるから、私が届けてくれればお昼を食べ損なう事も無くなるからだと言う事だった。
そして、最後に先生は意味深な事を私に言った。
「ねえ、リッジウェイさん。この間、一緒にいた君の従者・・・確かグラント君・・?だっけ?」
「ええ。マリウスがどうかしましたか?」
「彼は・・・本当にリッジウェイさんが信頼して良い人物なのかな・・・?」
え・・?先生の突然の質問に、私は咄嗟に言葉が詰まってしまうのだった・・。
3
「ジョセフ先生、マリウスを信頼しても良い人物かって一体どういう意味ですか?」
私は驚いて尋ねた時、授業開始5分前の予鈴が鳴ってしまった。
「ああ、ごめんね。リッジウェイさん。僕はこれから1限目の講義に出ないとならないから。君も講義があるんだろう?遅れないように早く教室に行った方がいいよ。後・・ごめんね。さっきの話の件はもう忘れてくれないかな?それじゃあね。」
言うと、そそくさと先生は立ち去ってしまった。何?さっきのはどういう意味なのだろう?大体何故まだ会って間もない、殆ど面識もないマリウスの事をそんな風に言うのだろうか?もしや、マリウスがMだと言う事に気が付いたのか?
いや、恐らくそれは無いだろう。女生徒はきっとマリウスの本性を知らないだろうし、アラン王子達にしても気が付いているかどうかさえ分からない。
もしかすると、ジョセフ先生は潜在的にMを見分ける事が出来る才能でも持っているのか・・?
いや、恐らくそれは違う。ジョセフ先生が言いたいのはそんな事では無いはずだ。だとしたら、もっと別の意味合いの・・・何かマリウスには私の知らない何かがあるのかもしれない。でも、あったとしてそれを私が知らないのは当然だ。何故なら私は本物のジェシカでは無いからだ。
「マリウス・・・。」
私は思わずマリウスの名前を口に出していた。
授業開始ギリギリ前に教室に滑り込んだ私を待っていたのはエマだった。
「ああ、良かった、ジェシカさん。遅刻してしまうのかと思ったわ。」
「え、ええ・・。ちょっとジョセフ先生と会ってお話していたものだから。」
詳しい話は聞かずにそれだけ伝えると、エマは納得したように頷いた。
「ああ、それで遅くなってしまったんですね。」
席に着くと、私は前方に座っているマリウスの姿を見つけた。でも何も変わったところは感じられない。が・・・何故かルークがいない。あれ・・?もしかすると病欠なのだろうか?それで今朝は現れなかった・・・?
その時、後ろを振り向いたアラン王子と目が合った。王子は何か言いたげに私を見ると、机の中を指さすジェスチャーを示し、再び前を向く。
今のは一体何だろう・・・?首を傾げながら机の中に手を入れると、何か固い紙が指先に触れるのを感じた。
うん・・・?何か入ってるみたいだけど・・・?
そ~っと出してみると、それは手紙で私宛だ。おまけに『必ず読め』とご丁寧に書いてある。
やれやれ・・・王子様の命令に逆らう訳にはいかない。でもこの手紙、いつまでに読めばいいのだろう?今日中?それともこの授業中にでも読めと言ってるのだろうか?
でも俺様王子の事だ。きっと授業中に読めと言う事なのかもしれない・・。
まあ、いいか。今の授業はこの国の歴史について。この世界の創造主たる私には歴史の授業を受ける必要など無いからだ。
幸い?手紙には封をしていなかったので、そっと手紙を取り出すと、机の下で隠す様に私は手紙を読みだした・・・。
ジェシカへ
最近、今自分が置かれているこの状況がおかしいとは思わないか?何故お前と同じクラスなのに一緒に登校するどころか、昼食や夕食、そして夜まで一緒にいられる回数迄制限されなければならないのだ?仮にも俺は一国の王子だぞ?
ジェシカ、お前も理不尽だとは思わないのか?今朝はルークがお前に付き添う予定だったのに具合が悪いので今日は学校を休ませて下さいと俺に言って来たのだ。だったら俺がルークの代わりにジェシカを迎えに行こうとすると、アイツらが寄ってたかって引き留めたんだぞ?仮にも王子の俺に対してだ。あまりにも理不尽だと思わないか?
だから、俺は決めた。ジェシカ、来週行われる仮装ダンスパーティーだが、今度の休暇に俺と一緒に着ていく衣装を買いに町へ二人きりで行こう。勿論ペアルックで買い物へ行くからな。この日の為にお前に似合いそうな服を選んで王宮御用達の衣装係に作らせておいたのだ。きっと感動で震えるだろう。
そして、仮装パーティーについての衣装だが・・そうだな。お前には一体どんなドレスが似合うだろうか。
お前はどこか妖艶なイメージがあるから、男を誘惑する魔女のようなドレスなんてどうだ?そして俺はお前に誘惑され、心を奪われてしまった哀れな男・・・お前の瞳は珍しい紫の色をしている。その瞳と同じパープルカラーの衣装を勧める。
いいか、今度の休暇・・・絶対時間を開けとくように。これは命令だ。
怖っ!!何、この手紙、すごーく怖いんですけどっ?!これはもはや手紙でもラブレターでも何でもない、単なる脅迫状だ。それにいつこんな長文の手紙を書いたのだろう?怖い・・・底知れぬ闇を感じる。この手紙には・・。
理不尽に思わないか?ええ、思いますとも!どうして私がアラン王子に脅迫まがいの扱いを受けなければならないのかと言う事にね!今度の休暇に一緒に町へペアルックを着て出かけるだあ?言っておきますけど日本にいた時だってね、彼氏と出掛ける時にペアルックなんて着た事ありませんけど?しかも只でさえ、コスプレの様な服の世界観、しかも王宮御用達?想像もつかない服を着させられそうな気がする・・。
おまけに人の事を妖艶だとか、男を誘惑するだとか・・これでは完全に悪女では無いか。確かに外見はこんなかもしれないけれど、私には誰かを誘惑する気などさらさら無いと断言する。
一体何の罰ゲームなんだろう。あんな俺様王子と2人きりで町へペアルックを着てお出かけなんて考えただけで胃潰瘍になってしまいそうだ。
それに二人で仮装パーテーの衣装等買いに行けば、絶対に俺様王子と一緒に参加しなければならないでは無いか。嫌だ、絶対にそれだけは阻止したい、一体どうすればこのピンチを切り抜ける事が出来るのだろうか・・・?
私は歴史の授業を悶々とした気持ちで過ごす事になった・・・。そんな私を時折心配そうに横目でエマが視線を送っているのに気が付いていた。ごめんね、エマ。休み時間に本当は相談したいけど、私はこの後の授業・・・ボイコットさせて頂きます!アラン王子に掴まっては元も子も無い。何とか今日1日逃げきって、対策を考えなければ・・・。
授業終了のチャイムが鳴ると同時に、私はエマに今日は用事が出来たので帰らせてもらうとだけ告げ、鞄を抱えると逃げるように教室を飛び出した。
何やらアラン王子の呼び止める声が聞こえたような気がしたが、そんな事は構っていられない。
結局、私が逃げ出した先は・・・学院の図書館だった。
本の匂いをかげば、心が落ち着く。静まり返った空間・・・。ドアを開けて中へ入るとカウンターがある。そして、そこに座っているのは司書員の制服を着たアメリアが座っていた。
え?彼女がいる?実は最近図書館に来てもアメリアが居る事は無く、別の司書員がいたので、てっきり辞めてしまったのかと思っていたのだ。
「こんにちは、アメリアさん。」
私はそっと声をかけた。
「まあ、お久しぶりですね。ジェシカさん。」
本の整理をしていた彼女は私を見ると笑顔で挨拶をした。
「またアカシックレコードについての本を探しに来たのですか?」
「ええ・・・まあ、そんな所です。所でアメリアさん、最近こちらに足を運んでもいらっしゃらなかったのですが・・・何処かへ行かれていたのですか?」
何故最近姿を見せなかったのか気になった私は質問した。
「はい、実は研修に行っていたんです。」
意外な答えが返ってきた。
「研修?それは一体・・・?」
「ええ、研修と言うのは・・・・。うっ・・!」
そこまで言いかけて、急にアメリアは頭を押さえてテーブルに突っ伏してしまった。
「ど、どうしたの?!アメリアさん!」
「き、記憶・・・の書き・・換え・・・・が・・・・。」
とぎれとぎれに聞こえてきたアメリアから謎めいた言葉が出てくる。
え?記憶の書き換え・・・?
そして、アメリアはそのままテーブルの上に倒れて気を失ってしまった。
4
私は今医務室に来ている。カーテンを引かれた奥ではアメリアがベッドの上で寝かされていた。
「大変だったわね。はいハーブティーをどうぞ。」
温かい湯気からハーブの良い香りが部屋を満たしている。
「ありがとうございます。」
私はマリア先生からハーブティー入りのカップを受け取ると、一口飲んだ。
「美味しい・・・。」
酸味のある中に、少し甘みを感じられて私は少しだけ気分が落ち着いた。
アメリアが倒れたあの後は、大変だった。図書館にたまたまいた数人の男子学生達に声をかけ、皆で医務室から担架を借りて4人がかりでここへと運んできたのだった。マリア先生と2人で彼等にお礼を言うと、安心したように帰って行った。
そして、今は奥のベッドで眠っているアメリアと私、マリア先生の3人きりとなっている。
「でも、一体どうしたんでしょうか・・・。私と普通に会話していたのに、突然苦しみだして『記憶の書き換えが』と言って倒れてしまったんですよ。」
私はマリア先生に信じて貰えるかどうかは分からないが、これまでの経緯を全て説明した。初めて会った時はソフィーと言う女子学生と同じ制服を着て一緒にいた事、
一度だけホールで会った事や、町で出会った時「信頼できる仲間を増やして」と書かれたメモを貰った事、私の予知夢?に出てきて助言をくれた事等全てを。
マリア先生は驚きながらも最後まで私の話をじっくり聞いてくれていた。私の説明の後、しばらく先生は腕組みしながら目を閉じていたが、やがて口を開いた。
「そうねえ・・・。確かにジェシカさんの言う通り彼女は謎だらけの人物ね。でもまさか彼女がジェシカさんの夢に出てきた人物だったなんて・・・。恐らく彼女は何か隠された、それこそ貴女の運命を左右する重要な秘密を持っているのかもしれないわ。それに最後の言葉が引っかかるわね。」
真剣な眼差しで話すマリア先生。確かに私もアメリアが気を失う前に言った最後の言葉がどうしても気になって仕方が無かった。
いや、そもそもアメリア自体が謎だらけなのだ。入学当初はソフィーと一緒に学生服を着ていたし、一度は何故かホールで1人でいた時もある。それに私に訳の分からないメモを渡して来たり、夢にも出てきた事がある。本当に不思議な存在だ。
けれども、私もアメリアの事を言える立場では無い。それは私自身も本来ならこの世界にいてはいけない存在なのだから。
「でも、職員名簿を見ると確かに彼女はこの学院の図書館司書になってるわね。半月ほど前から勤務しているみたいだけど・・・。随分半端な時期よね。本来なら新学期と同時に勤務が始まるのに。」
職員名簿を見て首を傾げながら言うマリア先生。言われてみれば確かにそうだ。でも新学期早々にアメリアと会った時には彼女はこの学院の制服を着ていた学生だった。それが何故突然、記憶を無くして学院の前に倒れていたのだろう?あの時そう話してくれたアメリアは嘘をついていたようには見えなかった。
「結局、彼女が目覚めるまでは何も分からないわね。で、どうする?ジェシカさん。ここにまだいる?それとも・・・授業に戻る・・・って感じでは無さそうね?白状なさい?どうして2限目の授業をさぼって図書館にいたのかしら?」
マリア先生の目が好奇心でキラキラと輝いている。う・・・こ、これは白状するまで解放してもらえなさそうだ。仕方が無い、私は観念してマリア先生に何故図書館に居たのかを話す事にした。す~っと深呼吸すると私は言った。
「アラン王子から脅迫状を受け取ったんです。」
「ふ~ん、そう。脅迫状を・・・えええっ?!き、脅迫状ですって?!」
マリア先生は危うく手に持っていたハーブティーを驚きのあまりこぼしそうになった。
「これです・・・。」
私はそっとマリア先生にアラン王子の手紙を渡した。
「私が読んでもいいのかしら?」
「はい、どうぞ。今朝私の机の中に入っていたんです。」
「どれどれ・・。」
マリア先生はアラン王子からの手紙を読み始めたが、すぐに見る見るうちに顔色が変わっていく。終いには肩を震わせ始め・・・・。
「アハハハハハッ!!何、これ!おっかし~いっ!!」
目に涙を浮かべ、お腹を抱えて大笑いを始めたのだ。え?私が思っていた反応と違う?先生、ここは怖がるべきじゃないですか?
「ちょ、ちょっと、先生!何笑ってるんですか!人の事だと思って・・ちっとも笑い事じゃないですよ?!」
「だ・・・・だって、これ!どう見てもおかしいでしょう?!アハハハッ!あ~もう駄目!おかしすぎて死にそう!」
未だにヒ~ヒ~言いながら笑ってるメアリ先生。全く・・・もういいわ。先生の笑いが治まるまでそっとしておこう。
・・・それから約10分後、ようやく笑いが治まったマリア先生は言った。
「しかし、流石に我儘王子様ね。彼、本当にこれでも18歳なのかしら?まるで子供ね。大好きな物を取られたくないような。」
マリア先生は椅子に座り、笑いを堪えながら話している。
「だから、苦手なんですよ。いくら王子様だからって性格に欠陥があるような人間は絶対に受け入れられませんからね。」
私はぬるくなったハーブティーを飲んだ。
「う~ん。確かにこの手紙はちょっと無いわね。プ、しかしペ・ペアルックって・・・。」
再び両肩を震わせるマリア先生。
「先生、笑ってばかりいないで何か対策一緒に考えてくださいよ!このままじゃ私ペアルックを着させられたうえに仮装ダンスパーティーの衣装までお揃いにされて、挙句の果てにはアラン王子と強制参加させられそうなんですから。」
私は藁にも縋る思い出必死に懇願した。
「そうね・・・、よし。分かったわ。今度の休暇の前日までに必ずアラン王子と一緒に町へ行く事が出来なくなる口実を作ってあげるわ!」
私に任せなさいと言わんばかりに自分の胸を叩くマリア先生。お~っ!これは頼もしい!流石はマリア先生。
「はい、よろしくお願いします。」
頭を下げる私にマリア先生は言った。
「ところで、これからジェシカさんはどうするのかしら?アメリアさんが起きるまでここで待つ?」
「そうですね。下手にここから動いてアラン王子に見つかるのは非常にまずいので、アメリアさんが目を覚ますまではここに居させて下さい。」
「フフフフ・・・。いいわよ~。その代わり、た~っぷりジェシカさんのお話聞かせてね?」
あ・・・何だか非常に嫌な予感がする・・・・。と、その時。
「う・・・ん・・・。」
ベッドが置かれているカーテンの奥から呻き声が聞こえた。あ、あの声は・・・?
まさかアメリアさんの目が覚めた?
「アメリアさん?目が覚めたのかしら?開けるわね。」
ベッドに近寄るとカーテンをマリア先生はシャッと開ける。
「あ・・・こ、こは・・?」
アメリアがベッドに寝たまま辺りを見渡し、小さく呟いた。
「良かった、目が覚めたんですね?アメリアさん。」
私はアメリアに近寄ると声をかけた。しかし、彼女返事をしないばかりか、キョトンとした様子で私を見ている。
「アメリアさん?どうしたの?」
もう一度声をかけても、やはり何も言わず不思議そうな顔で私を見つめる。
「あら、どうしたのかしら?アメリアさん。覚えている?貴女は勤務する図書館で急に意識を失って、ジェシカさんによってここに運び込まれたのよ?」
「あの・・・アメリアって誰の事ですか・・・?貴女方は誰ですか?どうして私はこんな所に居るのでしょうか・・・?」
え―?
アメリアの問いに私は背筋が凍りそうになるのを感じた・・・・。