第8章 3 仮装ダンスパーティーは誰と行く?
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夜の9時-
部屋着に着替えた私達はリリスが持って来てくれたワインとカフェからテイクアウトしてきた軽い食事を前にお喋りに花を咲かせていた。会話の内容は来週行われる仮装パーティーの事でもちきりだった。
「エマさん、仮装パーティーはどうするの?」
私が尋ねると、エマはポッと顔を赤く染めてポケットから手紙を大事そうに取り出した。
「あの・・・実は、私婚約者に仮装パーティーの招待状を送ったんです。そしたら是非、参加するって彼からお返事が来たんです。」
「え?仮装パーティーってこの学院に通っている人だけが参加できるパーティーだとばかり思っていたわ!」
驚きだ。招待したい人は誰でも誘えるなんて・・・知らなかった。本当に私は自分の書いた小説に入り込んでしまったのに、我ながら無知過ぎる。
「私は1学年上の同じ倶楽部に所属している先輩に誘われたんです。」
少し照れながら言うのはクロエだ。
「そういえばクロエさん、最近ある特定の男性とすごく親しくしていたと思っていたら・・・そういう事だったのね。」
うんうんと頷いているのはリリス。
「あら、そんなこと言ってリリスさんだって同じクラスメイトの男子学生と最近一緒にいるじゃない。昨夜一緒に夕食を食べに行ったのよね?」
シャーロットはビスケットを飲み込むと言った。
「シャーロットさんはどうなの?誰か気になってる人とか・・いないのかしら?」
リリスはワインを飲みながら尋ねた。
「え、ええ・・・。実は1人気になる方がいて・・・。わ、私勇気を出して、その方を誘ってみたの・・・。」
モジモジとスカートを握りしめながら顔を真っ赤にしているシャーロット。
「それで・・・どうなったの?」
私が尋ねると、シャーロットはパッと顔を上げて言った。
「OKしてくれたの!ありがとう、是非一緒に行こうって!」
キャーッ!途端に私達の間で沸き上がる歓声。しかし・・次の瞬間皆の視線が一斉に私に集中する。
「さあ・・・ジェシカさんの番ですよ?私達ジェシカさんのお話が聞きたくて、今日の女子会を開いたのですから・・・。」
フッフッフッと含み笑いをする彼女達。ああ・・・やっぱりそういう事だったのね・・・。
私は観念するしか無かった。
「え~と、つまりジェシカさんはあの殿方達とは交際する気は無いと・・・。」
クロエが言う。
「まさか、生徒会長がそんな人だったとは思いませんでした・・・!私だってそんな男性ならお断りですよ!」
シャーロットはプンプン怒っている。
「でも確かにアラン王子・・・あれは無いかもしれないですね・・といけない!大国の王子様をあれ呼ばわりしてしまったわ。誰かに聞かれてないかしら?」
キョロキョロ辺りを見渡すリリス。どうやら彼女達の間でアラン王子はかなり残念なキャラクターに成り下がってしまったらしい。小説の中ではイケメンヒーローだったのに。でもアラン王子、貴方がそんなに評価が下がったのは自業自得なのだよ。
「それでジェシカさんは仮装ダンスパーティーはメイドの姿をして紛れ込むんですよね?」
エマの話に驚いたのはリリス達だった。
「「「え!本当ですか?!」」」
「は、はい・・・。絶対彼等が当日誘ってくると思うので。パーティー会場にメイドとして潜り込んでいれば、恐らく誰にもバレないと思うんですよ。」
私は彼女達に事情を説明したが、絶対に誰にも言わないで欲しいと念押しをしたのだった。
それから夜の10時半まで楽しくおしゃべりをして過ごした私達は、ほろ酔い気分で各々の部屋へと戻って行った。今夜は久々に楽しい夜だったなー。私は幸せな気持ちで眠りについた・・・。
次の日の朝・・・女子寮を出た先に私を待っていたのはグレイだった。
「おはよう、ジェシカ。」
どこか照れたように笑って手を振るグレイ。私は、グレイの側まで行くと
「おはよう、グレイ。」
と、笑顔で挨拶した。2人並んで歩き出すと私はすぐに質問した。
「アラン王子とルークはどうしてるの?」
「アラン王子はルークと一緒に教室へ向かったよ。なにせアラン王子が憤慨していたからな。・・必死で宥めていてくれてたよ。今夜ルークにはよく謝らないとな。」
元気なさげに言うグレイ。全く・・・あの俺様王子め。だから私は言った。
「あのね、グレイ。言っておくけど私はアラン王子の所有物でもなんでも無いんだからね?逆に思い切り迷惑してるんだから。」
「そ、そうなのか?」
どこか嬉しそうなグレイ。
「当たり前じゃない。あんな俺様王子は絶対お断りだから。私が他の誰かと付き合うような事になったとしてもアラン王子だけはお断りよ。あ、ついでに言うと生徒会長もあり得ないかな~。ねえねえ、そう言えば最近アラン王子と生徒会長って何処か似てると思わない?あのすぐに頭に血が登るところとか・・・。ってグレイ?どうしたの?」
何故か私を見て青ざめているグレイ。いや・・・私を見ているのでは無い。視線はもっと上を見ている・・・え?上?恐る恐る後ろを振り返りると、そこには恐ろしい剣幕で立ち尽くす生徒会長だった。
「ジェシカ・・・お、お前・・・。」
まるで鬼のような形相で私を睨み付けている生徒会長。
「キ・・・キャアアアッ!!」
思わず悲鳴を上げて後ずさる。
「お前・・今何て言った・・?」
にじり寄る生徒会長。
「ジェシカッ!」
私に手を伸ばすグレイ。
「グレイ!助けて!」
私がグレイに手を伸ばすと、左手で力強く握りしめて走り出す。
「待て!お前達!」
嫌だ!追い掛けて来た!すると、グレイが私を連れて走りながら、右手から突然光り輝く球体を出現させ、何と生徒会長目掛けて投げ付けたのだ。
「うわあああっ?!」
球体は生徒会長にぶつかると、眩しい光を放ち、堪らず悲鳴をあげる生徒会長。
うわっ!生徒会長を攻撃しちゃったよ!!
・・この後、どうするんだろう・・・。でも少しはいい気味だ、と思ってしまう私であった。
そして、時間は流れ・・・。
「なあ、ジェシカ。じ、実は・・来週の仮装パーティーの事なんだけど・・・さ。」
グレイが口ごもりながら声をかけてきた。
私達は今、2人で夕食を食べに学食へ来ていた。生徒会長の行方?は知らない。
「うん、皆仮装パーティーの件で盛り上がってるよね。わあ~この新商品のメニュー美味しい!」
私は魚介のスープパスタに舌鼓を打った。
「あのなあ・・ジェシカ。俺の話聞いてるか?」
呆れるように言うグレイ。
「勿論聞いてるよ。仮装パーティーがどうしたの?」
半分しらばっくれるように言う私。ごめんね、グレイ。私は誰の誘いに乗る訳にもいかないのよ。
「あ、あのさ・・・ジェシカさえよければ、お・・俺と一緒に参加しないかな~っと思って・・・。」
必死に勇気を振り絞って誘っているのが手に取るように分かる。でも、グレイってこんなにシャイなキャラだったっけ?ルークじゃあるまいし・・・。
でも、そんな私の考えを見透かしたのか、グレイが髪をぐしゃぐしゃと描き乱すと言った。
「だあーっ!やっぱ駄目だ、俺!」
突然大声を出すグレイに私は慌てる。
「ど、どうしたの?グレイ?」
「ハハッ・・・以前の俺ならジェシカの事何も意識せずに話が出来たのに、いつの間にかジェシカの周りに他の男達が集まりだしてから・・・妙に焦っちゃって、どうすればお前に嫌われないか、俺を意識してくれるのかって考えていたら・・今まで以上にジェシカに接する事・・・出来なくなったよ・・・。ほんと、情けないよな、俺って・・・。」
「グレイ・・・。」
「いや、でもこんなんじゃ駄目だ!いつもの俺に戻らないと。」
何故か1人で喋って。1人で納得しているグレイ。
「ジェシカ!」
私の方を向くと、突然大声で私の名前を呼んだ。
「は、はいっ!」
私も居住まいをたたして、返事をする。
「俺と・・・俺と一緒に仮装パーティーへ行ってくれ!」
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「俺と・・・俺と一緒に仮装パーティーへ行ってくれ!」
グレイはテーブルの上にこすり付けるように頭を下げきた。周囲で食事をしていた学生達は驚いたように私達の様子をジロジロ見ている。
「ね、ねえ。グレイ、皆見てるから、恥ずかしいからちょっと頭を上げてくれる?」
私は焦って必死で懇願した。
「え・・・そ、それじゃ俺と一緒に仮装パーティーへ行ってくれるのか・・?」
グレイは信じられないと言わんばかりにキラキラと目を輝かせて私を見つめる。
「あ・・・あの、実はその事なんだけど・・・。」
私はごにょごにょと口籠る。
「そうか・・・やっぱりもう誰かと約束してしまったのか・・?誰なんだ?ノア先輩?それともダニエル先輩か、生徒会長・・・いや、あれは無いな。そうでなきゃ今朝逃げる訳無いし、アラン王子だけはお断りだとすると・・・マリウスか・・もしかすると・・・はっ?!ひょっとしてルークなのか?!」
何やらブツブツと独り言を言いながら、最期にはガバッと顔を上げて私に詰め寄るグレイ。
「ね、ねえ!ちょっと落ち着いて話を聞いてよ、グレイ!」
必死でグレイを制止する。
「あ、ああ・・。分かった・・。話・・聞くよ。」
椅子の背もたれに寄りかかり、ため息をつく。
「とりあえず、私はアラン王子と生徒会長、そしてマリウスとだけは絶対仮装ダンスパーティーに一緒に行く事はあり得ないから。」
「え?マリウスもか?」
意外そうに言うグレイ。
「うん・・・。そ、それにね。私・・・仮装ダンスパーティーには参加するつもりはないの。」
私の言葉を聞いて驚いたのはグレイである。
「えええ?!本気で行ってるのか?ジェシカ!いいか、よく聞けよ?この学院で行われるイベントとしてはすごく人気がある仮装パーティーなんだぞ?それを分かっていて言ってるのか?」
信じられないと言わんばかりの口調で言う。でも仕方が無いじゃない。私はダンス等踊れないし、仮に誰かを選んで一緒に参加しようものなら、他の全員から恨まれてどんな目に遭うか分かったものじゃない。特に要注意人物はアラン王子と生徒会長だ。と言うかこの2人はメンバーの頭数にすら数えたくない。でも何と言えばグレイを納得させる事が出来るのだろう?私は本当は絶対に仮装パーティーには出たくないのでメイドの恰好で給仕をし、皆さんにバレないようにイベントに参加します等とは言えない。
「ほ、ほら・・・私、ダンスパーティーとか、そう言うのは苦手だから・・。」
何とかあやふやにしてごまかそうとしてもグレイは追及してくる。
「ジェシカ?分かってるのか?この仮装パーティーは余程の事が無い限り、全員参加が必須なんだぞ?それにこの日は防犯の為に寮に残ってはいけないんだ。聞いた話によると魔法で封印をして立ち入り禁止エリアに指定されるらしいぞ?」
ひえええ!何それ、その徹底ぶりは!それじゃあ寮の中で閉じこもっていると言う選択肢はやはり無いわけね・・・。
「ほ、ほら。誰かを選んで参加すればアラン王子や生徒会長の恨みを買ってしまうでしょう?私、ほんとにあの2人が苦手だから・・・。」
「それなら、大丈夫だって!仮装して参加するんだから絶対に俺やジェシカだと分からない格好をしてくればいいんだから。あ、でも顔は隠しちゃいけないんだよな・・。」
また何やら考え込むグレイ。でも、そうなのか。仮装ダンスパーティーと言っても仮面舞踏会のように顔に仮面を付けてはいけないという訳か。それなら相当念入りに自分だとばれないように仮装、もとい変装しなければ・・。
「ねえ・・・1人で行ってもいいんだよね?その仮装ダンスパーティーへは。」
「あ、ああ・・。それは勿論大丈夫だけど・・。何も全員が一緒にイベントに参加するパートナーが決まっている訳なじゃいし・・パーティー会場で相手を見つける参加者が半々ってところらしいから。」
うん。確かにそうだよね。何も全員がペアで参加できるとは限らないし、会場で誰か良い人を探すかもしれないし。もしくは初めから立食パーティーのみが目的の学生もいるだろう。それにマリウスには最低3人の男性から声をかけられてみなさいなんて自分で言ってた事をすっかり忘れていた。それならこの手を使わせてもらうしかない。
「先に私がパーティー会場へ行ってるから、私を見つけられたら・・一緒に参加してもいいかなあ?」
「よし!分かった!それじゃ皆で競争して先にジェシカを見つけた奴がその日、お前を独占してもいいんだな?!それじゃ、早速皆に話して来るよ!今日は俺に付き合ってくれてありがとな!」
え?何それ?私そんな事一言も言ってませんけど?今の言葉はグレイに対してだけ話したつもりだったのに、どうやら激しく勘違いされてしまったようだ。いや、それとも私の話し方がまずかったのかもしれない。
そして言うが早いか、グレイは食べ終えたトレーを持ってじゃあなと言って、さっさと立ち去ってしまった。後に一人取り残される私。
「ふう・・。全く・・。」
私は溜息をつくと、食事の続きを再開した。
そして食後のコーヒーを飲んで一息ついていると、突然声をかけられた。
「あれ・・もしかするとジェシカか?」
聞き覚えのある声に顔をあげると、目の前に立っていたのはライアンと・・後は誰だろう?見知らぬ男子学生が2人いた。
「ああ、やっぱりジェシカだった。」
笑顔で話しかけるライアン。
「お久しぶりですね、ライアンさん。もう怪我の具合は大丈夫なんですか?」
「え・・・この子がジェシカって言うのか?」
「へえ~あの例のねえ・・・。」
何故か意味深な言い方をする2人の男子学生達。まあ、どうせまた私の噂が独り歩きしているから、そのような言い方をしているのであろう。
「ああ、お陰様でね。あれ・・・そう言えば今日は1人・・なのか?」
辺りをキョロキョロ見渡しながら尋ねて来た。
「ええ、さっきまではグレイといましたけど、先に帰ったので1人でコーヒーを飲んでいました。私もこれを飲んだら寮に戻ろうかと思っていまして。」
「へえ~珍しいな。お前が1人なんて。ほら、いつも誰か男が必ずお前の側に張り付いていたじゃないか。」
ライアンは意味深に言う。
「また、そんな誤解を招くような発言を・・・。所でライアンさんはお友達とこれから食事ですか?」
時刻は夜の7時。すると、それまで黙っていた男子学生達が口を開いた。
「おい、ライアン。俺達別の店に行くわ。」
「ああ、ちょっと気が変わったからな。」
それを聞いて慌てたのがライアンである。
「お、おい?お前ら一体どうしたんだよ。ここで食べるって・・。」
しかし、とつぜん一人の学生がライアンに耳打ちした。
「ほら、お前ジェシカ嬢にお礼を言いたいって言ってただろう?今がチャンスじゃないか?」
あの~・・・全部聞こえてますけど・・・。でも聞こえていないフリをしてあげようかな。
「悪い、ジェシカ嬢。そういう事だからコイツの事よろしく頼みます。」
「こいつ、すごくいい奴だから。」
口々に言うと2人はさっさと店を出て行ってしまった。後に残されたのは私とライアン。・・・あんな言い方されたら、私寮に帰れないじゃないの。これでライアンを置いて帰ったら私も生徒会長のような鬼になってしまう。
「・・・。」
2人きりになると急に黙り込んでしまったライアンに私は尋ねた。
「ライアンさん、食事・・・注文に行かないんですか?」
少しためらったあと、ライアンが言った。
「あの・・・さ、俺と・・今から飲みに行かないか?確かお前お酒好きだったんだよな?」
ライアンのアルコールの誘い・・・当然飲みに行くでしょう!
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私は今、ライアンと一緒にサロンへ来ている。二人でカウンター席に着くと彼が言った。
「ジェシカには色々、世話になったからな。一度ちゃんと会ってお礼をしたかったんだ。でも、いっつもお前の周りには誰かしら男がひっついていたから、なかなか2人で会うチャンスが無かったけど、今夜は運が良かったよ。だからここは俺の奢りだ。好きなだけ飲んでくれよ。」
笑顔で言うライアンだが、むしろ巻き込んでしまい怪我を負わせてしまったのは私の責任だ。
「いやいや、それじゃあかえって悪いですよ。だって私に係わらなければライアンさんはあんな病院送りにされるような酷い怪我をする事無かったんですから。」
「まあ、いいから。大体今夜誘ったのは俺なんだし、奢らせてくれよ。」
ライアンもなかなかひかないので、私は言った。
「それならこういうのはどうでしょう?ライアンさんはまだ食事をしていないんですよね?ここで私が食事を御馳走させて下さい。その代りライアンさんにはお酒を奢ってもらう・・・と言うのは?」
「う~ん・・。お前がそう言うのなら・・・。じゃあ、ご馳走になるかな。」
「はい、好きなのをどうぞ。」
ライアンは厚切りベーコンとウィンナーにサラダのセットメニュー、それにフライドポテトを注文して食事をしている。
「あの・・・もしかして私に気を使って、安いメニューを選んでませんか?」
私は頼んだマティーニを飲みながら尋ねた。
「え?何でそう思うんだ?」
ライアンはワインを飲むと不思議そうに言った。
「だって・・・そのメニュー一番安いじゃないですか・・。」
「ハハッ。お前って変わってるよな。何て言うか・・男みたいな考えだ。第一、男に女が奢るなんて聞いた事も無いし、初めての経験だよ。」
ふ~ん・・・この世界ではそんなものなのだろうか?日本では割り勘等は普通の事なのに。
「でも、それって男の人にとって不公平だと思うんですよね。やっぱり男女平等じゃないと・・。」
「まあ、お前にはお前の考えがあるんだから別に良いんじゃないかな?それに勘違いするなよ?俺はこれが食いたかったから注文しただけなんだから。そういうお前も俺に遠慮せずにもっと飲めよ。」
ライアンは私にメニュー表を渡してきた。
「それでは、お言葉に甘えて・・・。」
何杯目かのカクテルを飲み終えた頃にはライアンも食事を終えており、今はウィスキーを飲んでいる。
「なあ、ジェシカ・・・。サロンにはよく来るのか?」
「いいえ?まだ3回目ですけど?」
私は指を3本立てて言った。
「へえ?意外と少ないんだな。ちなみに・・・3回とも誰かと来たりしたのか?」
「う~ん・・・。どうなんでしょうねえ。それがちょっと微妙でして。」
「え?何だよ?微妙って。その言い方気になるな。」
何故か食いついてくるライアン。
「え?気になりますか?」
「あ・ああ・・まあな。」
まあ別にいいか、隠す事でも無いし。
「初めて来たときは1人で来たんですよ。でも・・・ちょっとノア先輩に絡まれてしまって・・・当時、私ノア先輩が苦手だったんですよ。でもそんな私を助けてくれたのが丁度1人で飲みに来ていたルークだったんです。だからその後二人で少しだけ飲み直したのが1回目です。あ、でも別に今はノア先輩の事苦手とか思って無いですよ?」
「そうか。で、2回目は?」
「2回目は普通にダニエル先輩に誘われて来ただけですよ?」
まあ、そこでどんな会話をしたかは言う必要も無いだろうし、その後の出来事は人前でおいそれと話すべき事ではないだろう。
「へえ。それじゃ俺とで3回目か?」
意外そうに言うライアン。
「そうですよ。何も毎晩飲みに来てるわけじゃ無いです。大体回数制限だってあるじゃないですか。」
「でも、お前は成績優秀なんだろう?有名な話だぜ。」
「まあ、それはそうですけど・・・。」
あの後も学院内では何度も様々な小テストが行われているけれども、いずれも私は成績トップでアラン王子と並んでいた。
「でも、いいんですよ。自分の部屋で1人飲みしてるので、それほど飲みに来なくても。」
私はストロベリー果実酒を飲みながら言った。
「ふ~ん・・・それは勿体ないな。・・・・のに・・。」
ライアンが小声で言った。
「え?勿体ないって何がですか?」
最期の方の言葉は小さすぎて聞き取れなかったので、私はグイと顔をライアンに近付けて尋ねた。
「うわっ!ジェシカ!顔を近づけるなって!・・・お前、酔ってるだろう?」
ライアンが私から距離を置くように言った。
確かに・・・今のアルコールは度数が強かったのかな?急に酔いが回ってきた気がする。この間みたいな失態は繰り返したくないので、この辺でお酒を飲むのはやめておこう。
「そうですね・・・。ではライアンさん。私はもうそろそろ帰らせて頂きますね。
あ、食事の伝票だけ頂いて行きます。はい、ちょっと失礼しますね・・・。」
私は2人の間に置かれた伝票立てから伝票を抜き取ろうとして、グラリと足元が揺れ、思わずドサリとライアンの胸に倒れ込んでしまった。
「お、おい・・!大丈夫か?ジェシカ!」
私を支えながら、明らかに動揺しているライアン。
「へーき、へーき。これ位大丈夫れすよ。」
ありゃ?舌が上手く回らない。その時、私の後ろで声が聞こえた。
「おい・・・一体何をやっているんだ?」
若干怒気を含んだような声。ん・・?何処かで聞き覚えがあるような・・?
「おい、お前・・。何か俺達の事、勘違いしてないか?」
私を支えたままのライアンが誰かと話をしている。一体、誰と会話をしているのだろう?ライアンの腕の中にいた私は何気なく後ろを振り返ると、そこに立ってたのは何とルークだった。しかも何やら怖い顔をしている。
「あれ・・?ルークがいる・・。どうしたのお?怖い顔して・・。」
「ジェシカ・・・お前、酔ってるな?」
そしてライアンから引き剥がすように私の腕を掴むと自分の元へと引き寄せた。
「お、おい・・酔ってるんだから、あまり乱暴にするのは止めろよ。」
ルークを咎めるように言うライアン。
「何言ってるんですか?貴方がジェシカを酔わせたんじゃないですか?しかも生徒会指導員のくせに。」
益々語気を強めていくルーク。どうしたのだろう?いつも冷静沈着なはずのルークが・・・らしくもない。
でも流石にライアンもカチンときたようだ。
「ああ、確かに誘ったのは俺だ。俺を襲った犯人を見つけ出してくれたお礼にサロンへ誘ったんだ。いつもお前らがジェシカの側に張り付いていて、中々ジェシカが1人になる機会が無かったから今迄誘えなかったけど、今日はラッキーだったぜ。お邪魔虫がいなかったからな。」
「何・・?俺達がお邪魔虫だと・・・?」
う、何?この淀んだ空気は・・・。流石の私も酔いが一気に冷めていく。ここは何とか2人を止めないと・・・。
「あのね、違うのよ。ルーク、誘われたのは確かだけど。ライアンさんがお礼にお酒を奢ってくれるって言う物だから、調子に乗って飲みすぎちゃっただけだから・・。悪いのは私なんだってば。」
「ジェシカ、お前この男を庇うのか?忘れたわけじゃ無いだろう?こいつらが俺達を罪に陥れたんだぞ?」
「違う!確かに俺は組織の人間ではあるが・・・俺は関与していない!」
ま、まずい!このままでは喧嘩になりかねない。
「待ってよ、落ち着いて、ルーク。ライアンさんのお陰で私達、謹慎室から出られたのよ?しかも私達のせいでライアンさんは大怪我までしたんだからね?」
私がルークの瞳を覗き込むように話すと、ようやく冷静になれたのか、ルークの表情から険しさが消えた。
「悪かった・・ジェシカ。どうもお前が絡むと冷静になれなくて・・・。」
溜息をつくとルークは素直に頭を下げた。
「すみませんでした、失礼な事を申し上げてしまって。」
「あ、ああ・・。分かったならそれでいいが・・・。」
ライアンも納得したようだ。
「それじゃ、俺が責任を持って寮まで彼女を送り届けるので。」
ルークは私の腕を取ると、歩き出そうとする。その後ろをライアンの声が追った。
「お、おい!誘ったのは俺だから俺がジェシカを寮まで送る!」
立ち上りかけたライアン。だが、ルークはそれを言葉で制した。
「いいえ、貴方は部外者ですからここは俺に任せて下さい。」
「・・・っ!何だよ・・その部外者って・・!」
苦し気に言うライアン。余程今の言い方が癪に触ったのだろう。
「ライアンさん、ごめんなさい。今夜は誘って下さってありがとうございます。」
ルークの代わりに私は謝罪した。
「いや・・・お前が謝る事じゃないよ。またな、ジェシカ。」
悲し気に手を振るライアン。
「またはもうありませんよ。」
冷たく言い放つとルークは強引に私を連れてサロンを出た。
あの・・・お金支払っていないんですけど・・・・。