第8章 2 事件の幕引きと新たな展開
1
ジョセフ先生の名推理で、ここから先は驚くほどにトントン拍子に事件は解決へと向かって進んだ。
遠隔攻撃用カードのマジックアイテムは、購入時に必ず身分証明書を店で提示しなければならない。学生達が簡単に行き来出来る町と言えば「セント・レイズシティ」でしか無く、そしてその店はたった1軒しか存在していない。
早速店へ向かったジョセフ先生は店主に今回の件を説明し、購入者名簿を見せて貰うよう頼んだ。
始めは名簿を見せるのを渋っていた店主だったが、犯罪に関わる事になるかもしれないと、ちょっとだけ?脅すと、途端に青くなった店主が店の奥から名簿を持って来たそうだ。名簿を確認してみると、炎の攻撃カードを2人の学生が購入していった記録が残されていたらしい。(攻撃用カードは1人につき1枚しか販売できなという規則がある。)
名前が挙げられたのは2名の男子学生で、やはり生徒会役員だった。
そして、今彼等は生徒会室へと呼び出されている。
「さて、君達2人が今回ライアンを襲った事に間違いは無いね?ここに2人の名前が名簿に残っているからね。」
2人の学生を前に購入記録の写しを見せながら質問をしているのはノア先輩。
おお~こんな風に真面目な先輩は滅多にお目にかかる事はないだろう・・・。私は感心しながらノア先輩を見つめていた。
生徒会室にいるのは、私、ノア先輩、ジョセフ先生、そして襲撃犯男子学生右からA、Bとしておこう。ついでにマリウスとルーク、謹慎室から出された生徒会長もいた。
最初、生徒会長は何故A、Bを尋問(?)するのが自分では無いのだと騒いでいたが、今はまだライアン襲撃の疑いが完全に晴れていないので、任せられないと無理やり役員達に押さえつけられて、渋々納得した次第である。
「はい・・・。」
「その通りです・・・。」
証拠となる購入者名簿の写しを見せられたからだろう。学生A、Bはあっさりと罪を認めた。
「何故だ!何故俺を嵌めるような真似をした?!それ程この俺に恨みでもあるのか?!」
これに激怒したのは生徒会長だ。すると2人は開き直ったのか、ギラッと生徒会長を睨み付けると機関銃の如くまくしたてた。
「貴方に恨みですって?ああ、そうですよ!恨みだらけです!どれだけ俺達が貴方に恨みを持ってるかなんて、貴方には一生分かるはずなんてありませんよ!この際だからはっきり言わせてもらう!あんたはいつも生徒会の予算編成の会議で、経費と称し、自分の思うように自由に予算を使って、完全に私物化していたじゃないか!」
学生Aが言う。
「そうだ!他の倶楽部がギリギリの予算で運営しているから、もっと予算を回してくれと頼んでも、今まで一度もあんたは訴えを聞き入れたことが無かったよな!その為、俺達がどれだけ逆恨みされて、クラスでも居心地の悪い立場に置かれていたか等あんたは知る由も無いだろう!」
学生Bが言う。
「しかもあんたは面倒な仕事は全て俺達下っ端に押し付け、優雅にコーヒーや自分の好きな菓子を運営費で購入し、生徒会費を横領していたよな!」
学生A。
「ああ、そうだ。俺達を顎でこき使い、誰一人として意見を述べても聞く耳なんか一度も持ったことが無い身勝手な人間だ!貴様には生徒会長を務める資格など一切無い!」
学生B
学生A、Bの生徒会長への言い分はますますヒートアップしてくる。もう誰も彼等を止められない。と言うか、あそこにいる役員は何やら彼等を応援しているようにも見えるけど?でもそういう私も密かに心の中で彼等の事を応援しているのだけどね。
だって気持ちはすごく良く分かる。私も生徒会長と知り合ってから、どれだけストレスが溜まっている事やら・・・。
しかし・・話を聞けば聞くほど、やはりこの生徒会長はクズ人間だった。こんなでよくもまあ、今まで暴動が起きなかったものだとつくづく思う。
ほら、ジョセフ先生なんかドン引きしてるし、ノア先輩だって開いた口が塞がっていませんよ。先輩、美しい顔をしてるのですからどうぞお口は閉じておいて下さいね。
彼等も余程腹に据えかねていたのだろう。最初は貴方と呼んで敬語も使って話しているのに、最期は貴様呼ばわりで敬語どころか、最早完全に喧嘩を打っているかのような口調だ。
「お、おい・・・お前らさっきから一体何を言ってるのだ?それではまるで俺が最低な人間みたいな言い方じゃないか・・?」
生徒会長がいつもと違い、語気を弱めている。おや?やはり心当たりがあるようだね?
「「そうだ!!」」
綺麗にハモる2人。
「ねえ、君達・・・ちょっと冷静になろうよ。今はそんな事を話しているんじゃないよね?2人がライアンを襲った事に間違いが無いって事は確認出来たんだから。」
その場を収めるように言うノア先輩。そして、黙って頷く学生A、B。
「じゃあ、何故マリウスとルークがナターシャの下着を盗んだと思わせる為に、2人の鞄に女性用下着を入れたんだ?」
ノア先輩の質問に、2人は中々答えない。
「答えないと、ますます罪が重くなるよ?」
ニコニコしながら言うその言葉とは裏腹にノア先輩は恐ろしいほどの強い緯線で2人を射抜く。
「そ、それは・・・。」
「頼まれた・・・からです・・・。」
「頼まれた?誰に?」
両手を顎の下で組み、質問を続けるノア先輩。
「ソ・・。」
言いかけた学生Aが頭を押さえる。
「ソ?」
首を傾げるノア先輩・・・だが私は気が付いていた。きっと彼等の背後にはソフィーがいるのだ。でも・・何か暗示でもかけられているのだろうか?名前を言おうとすると、酷く彼等は苦しみ始める。
「ナ・・・ナターシャに頼まれました・・。マリウス・グラントに恥をかかされたから・・その主人であるジェシカ・リッジウェイにも恨みがある・・と・・。」
学生Bが顔を歪めながら言う。
「ええ?!私がですか?!」
突然自分の名前を出されて素っ頓狂な声を上げるマリウス。あ、そう言えばいたんだっけ。あまりにも静かだからその存在を忘れる所だった。
「ええ?それじゃあ俺は?!」
ルークが小声で驚いたように言う。ごめんね、ルーク。貴方は完全に私達の巻き添えになってしまったのよ・・・。恨むならどうかマリウスを恨んでね。私だってマリウスのせいで散々な目にあっているのだから。
「ふ~ん・・本当にそうなのかな?君達・・誰かを庇っていない?」
その時、今まで一度も口を開かなかったジョセフ先生が言った。
「い、いえ!とんでもありません!」
「はい、ナターシャに頼まれたのです!」
学生A、Bは顔を真っ赤にしてむきになっているようにも見える。
「何故、自分たちが罪を犯してまでナターシャの悪だくみに乗ったわけ?」
じっと2人を見ながら問い詰めるノア先輩。
「「彼女を愛していたからです!!」」
あ・・・今この2人堂々と嘘をついているよ・・・。でもこれ以上追及しても恐らくソフィーの名前が彼等の口から出てくることは無いだろう。
ノア先輩も深いため息をつく。きっと先輩も分かっている。これ以上こんな茶番劇に付き合っていられないのだろう。
「分かったよ。それで2人がマリウスとルークの鞄に下着を混入した情報をライアンに握られたので、生徒会長の仕業に見せかけて君たちがライアンを攻撃したと言う事だね?」
ノア先輩の言葉にあっさり頷く学生A、B。
「はい。」
「その通りです・・・。」
「分かった、それじゃ君達の事は学院長に報告させて貰うよ。ライアンを攻撃し、その罪を生徒会長に被せた罪は重いよ。覚悟しておくんだね?」
がっくり項垂れる学生A、B。
こうして事件は解決した。
生徒会長は元の役職へと復帰し、怪我が回復したライアンも無事復学する事が出来、今回の件は幕引きとなったのである・・・。
2
季節は10月になっていた。衣替えも行われ、制服は白から紺色へと変わった。
あの事件から早いもので半月が経過しようとしている。結局ナターシャは学院に戻って来ることは無かった。風の噂で、やはりエマが話していた通り彼女は婚約者と無理やり結婚させられ、遠くの地へ嫁がされたらしい。そして寮母の方だが、彼女はナターシャよりも早く学院を去って行き、今は寮母が不在の状況である。
しかし、寮母がいなくても別に不便な事は今のところ起きてはいないので、もしかすると二度とこのまま寮母不在の状況が続く事になるかもしれない。
ナターシャは今どうしているのだろう。幸せに暮らしているとよいのだけれど。
私は隣のベンチに座って教科書を読んで勉強しているノア先輩の顔をチラリと見た。今、ノア先輩の心に宿るのは何だろう?少しはナターシャの事を思っていてくれているのだろうか・・・?
「何?ジェシカ?僕の顔をそんなに見つめて。」
ニコリと笑いながら私を見るノア先輩。先輩は時々、子供の様に笑う時がある。それはやはりノア先輩の精神はもしかすると13歳のまま止まっているのではないだろうかと時々、錯覚してしまう。
「い、いえ。何でもありません。」
私は本に目を通して再び続きを読む。今私が読んでいるのはアカシックレコードについて何か手掛かりが書かれているかもしれない本なのだ。しかし・・・。
「あ、あの。ノア先輩・・・あまりジロジロ見られると集中して本を読む事が出来ないのですが・・・。」
私は視線を上げてノア先輩を見上げた。すると、突然私の頭に手を伸ばした。
「な、何ですか?」
驚いて声を上げる。
「葉っぱ。」
「え?」
「ジェシカの髪の毛に葉っぱが付いてた。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
「何?びっくりした?」
目を細めて笑うノア先輩。
「あ、当たり前じゃないですか。突然髪の毛に触れてくれば誰だって驚きますよ。」
私は動揺を隠すために平常心で言う。
「ふ~ん・・。そっか。少しは意識してくれてるのかな?」
「え?」
でもノア先輩には聞こえていないのか、遠くを見るような眼つきで語りだした。
「それにしても・・・やっぱり1週間待つのは辛いな・・・。ジェシカと2人きりで過ごせるのはたったの1日しか無いんだから。」
ため息交じりに言う先輩。しかし、そんな事を言われてもこちらとしても困ってしまう。
結局、ライアン襲撃事件の真犯人を見つけたのはジョセフ先生だったので、私は誰の所有物?になる事も無かった。本当にジョセフ先生には感謝だ。何はともあれ俺様王子やドMなマリウスとずっと過ごさなければならないという最悪の事態を防ぐ事が出来たのだから。
あの日・・・。 賭けに勝ったのは、結局誰でも無かった。
なので、私は皆の前で宣言したのだ。
「ライアンさんを襲った人物を見つけたのはジョセフ先生だったので、今回の賭けの話しは無かった事にして頂きます。私は静かな学院生活を送りたいので、どうか皆さん。もう私の事は放っておいて下さい。お願いします。」
丁寧に頭を下げて皆にお願いしたのに、誰一人として、承諾してくれた人はいなかった。
特に猛反対したのは言うまでも無く、アラン王子。そしてマリウス、ついでにどうでもよい生徒会長まで、それでは納得いかないと言う事で、結局私の意見を完全に無視し、日替わりで毎日誰か1人が私の側にいられる権利を持つ?・・・という事が決定してしまった。
そして今日はノア先輩が私の側にいる日なのである。
アラン王子達が勝手に決めてしまったので、私はエマ達と過ごす事は愚か、1人きりになる事すら出来なくなってしまった。こうなったのも全ては俺様王子のせいだ。
おのれ、アラン王子め・・・。いい加減私から離れ、ソフィーの元へ行ってくれないだろうか?このままではますますソフィーに恨まれて夢の通りになってしまう気がする。
私には何故か確信?みたいなものがあったのだ。アラン王子がさっさとソフィーの元へ行ってくれれば、あのような夢の結末にはならないだろうと。これは原作者の勘ともいえる。
しかし、本来小説の中でアラン王子とソフィーが出会うシーンはダニエル先輩が絡んできてしまった為に無くなってしまった。
となると、次に二人が出会う場面は何処だっただろうか?
「ジェシカ・・・ジェシカッてば!」
気が付くと私はノア先輩に顔を覗き込まれていた。思いもよらに距離の近さに私は心臓が大きく飛び跳ねた。
「キャアッ!お、驚かさないで下さいよ、ノア先輩!」
私はドキドキする胸を押さえながら言った。
「ごめん、でもジェシカがあまりにもボ~ッとしていたものだから。」
「すみません。少し考え事をしていたものですから。」
「考え事?どんな?」
ノア先輩は身を乗り出してくる。
「いえ、何でもありません。」
やはり相談するのは止めた方が良さそうだ。どういう条件が整えば、一目で会った瞬間にお互いが恋に落ちるシチュエーションを作り出せるのでしょうか・・・?なんてノア先輩にはとても相談できる内容では無い気がしたからだ。
「そう言えば、ジェシカ。もうすぐ仮装パーティーがやってくるね。」
突然話題を変えてきたノア先輩。
「ああ・・・そう言えばそうでしたね。」
そうだ、確か今月は仮装パーティーが開催される月だったのだ。ここの所ライアン襲撃事件で謹慎室に入れられたり、真犯人を探す為に奔走したりで、すっかり忘れていた。
「ねえ、ジェシカ。仮装パーティーは僕と2人で出席しないかい?他の誰にも僕らだとバレないような恰好をして行けば、誰にも邪魔されずにパーティーを楽しめる事が出来るよ。」
何故か私の耳元で囁くように言うノア先輩。あの・・・くすぐったいのでやめていただきたいのですけど・・・。でも、ごめんなさい。ノア先輩。私はそのパーティーに出席したくないからメイド服を着て参加する予定なんです。だってパーティーと言ったら、絶対ダンスがあるでしょう?生憎私はダンス等踊れません。せいぜい学生時代に参加したキャンプでフォークダンスを踊ったくらいなのですから。
ん?そこで私はある事に気が付いた。確か小説の中でソフィーがアラン王子とダンスを踊るシーンを書いたっけ。あれは仮装パーティーでは無く、セント・レイズ学院の創立記念パーティーでの話だった。
身分があまり高くないソフィーは安っぽいドレスしか持っていなかったので、意地悪な高位貴族達に笑いものにされる。恥ずかしさのあまりソフィーはパーティ会場に顔を出す事が出来ずに会場の外の庭にいた。そこを偶然通りかかったアラン王子が見つけ、ソフィーに声をかけてパーティー会場へとソフィーをエスコートする。そこで2人は一緒にダンスを踊るのだ。ソフィーのドレスはみすぼらしかったものの、踊りがとても優雅で素晴らしかったので、会場にいた全員の注目を浴びる事になり、アラン王子との距離がまたそこで縮まるのだった。
「そうよ・・・仮装パーティーよ・・。」
気付けば私は口に出していた。
「ジェシカ?一体どうしたの?」
ノア先輩は心配そうに私に声をかけてきた。
「い、いえ。何でもありません!そう言えば・・・ノア先輩は毎年仮装パーティーに出席されているのですか?」
もしノア先輩がこの仮装パーティーの事をよく知っているなら、詳しく教えて貰いたい。
「実は、僕は今迄一度も学院のパーティーに参加した事は無いんだ。だって僕が会場に姿を見せるだけで、色々な女性たちが一斉に集まって来るから正直鬱陶しくてたまらいんだ。おまけに他の男子学生達からは嫉妬の目で見られることがあるしね。」
気だるげに話すノア先輩。おお~やはり美形キャラは凄い!こんな言い方をしても嫌みにとれないのだから!
「でも・・・ジェシカと一緒だったら、パーティーに出てもいいかなって気持ちになれるよ。」
言いながらノア先輩は私の両手を包み込むようにそっと握ると笑みを浮かべた。
「う~ん・・・そうですね・・・。少しだけ考えてみます・・・。」
私は曖昧に返事をするしかなかった。
ま、まずい・・・。このままだったら絶対アラン王子やダニエル先輩たちも首を突っ込んでくるに違いない。嫌だ、絶対にアラン王子だけはお断りだ―。
3
「お早うございます。お嬢様。」
学生寮を出て、校舎の入り口付近でマリウスが声をかけてきた。あ~そうか、今日はマリウスが随伴者(?)だった日か・・・。
「お早う、マリウス。」
マリウスは嬉しそうに私の側に寄って来た。
「さ、一緒に教室へ参りましょうか?」
「うん、そうだ・・ね・・?」
その時背後から刺すような視線を感じた私は後ろを振り返った。
「「・・・・。」」
マリウスと2人で思わず無言になってしまう。そこにはアラン王子と従者のグレイにルーク、そして何故か生徒会長までが木の陰に隠れるように私達を見ている。
特に、アラン王子と生徒会長の視線が非常に怖いんですけど・・・。何故、そのような視線で相手を見る事が出来るのだろう?本当にあの2人は良く似ている。似すぎていて怖い位だ。
それに引き換え、グレイとルークは困ったような、申し訳ないような視線を私達に送っている
全く、何故アラン王子と生徒会長はそれ程までに私に固執するのだろうか?ここが仮に日本だったとしたら、ストーカー疑惑で警察に被害届を出すのに・・・。
「はあ~っ。」
私は思わずマリウスにも聞こえる位の大きなため息をついていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?それにしてもアラン王子と生徒会長は酷いですね。全く・・お嬢様が魅力的だからといって、あんなに露骨な視線を送って来るなんて。これではいくらお嬢様が鈍くても気が付きますよね?」
何だか褒めてるのか、けなしてるのかよく分からない事を言うマリウス。
「もう、いいわ。いちいち相手にしてたらこっちの身が持たないから。」
「おおっ!流石は寛大な心を持つお嬢様ですね!ところで・・・最近めっきりお嬢様と2人で過ごす時間が無くなってしまい、ずっと私の中で何かが物足りないと感じていたのです。酸素が足りず空気が必要なように、渇いた砂漠の中に放り投げられ、水を追い求めるようなこの激しい渇望・・やはりこうしてお嬢様の御側にいると改めて感じられます。私にはお嬢様が永遠に必要な存在なのだと!」
並んで歩きながら、マリウスはペラペラと喋りだす。
「・・・・。」
もしや、この傾向は・・・。何だか嫌な予感がする。
「お嬢様、やはり10年もの間ずっと一緒にいたこの私を選んで頂けませんか?彼等は所詮この学院で知り合った、ただの御学友でしかありません。ずっと私を御側に置いて頂けませんか?そして以前のように私を激しく詰り、踏みつけ、氷点下の視線で私の心を氷漬けにして下さい!」
益々ヒートアップしながら、私に詰め寄って来るマリウス。
あ~っ!鬱陶しい!よくもジェシカは今迄こんなM男を傍に置いておけたな。私だったらこんな付き人いらない、と言うか言葉を交わしたくも無いし、近寄りたくもない。
「マリウス・・・。」
私はジロリと睨み付けてやった。
「!」
全身を硬直させるマリウス。あ、肩プルプル震えっちゃってるよ。興奮を抑えているのが良く分かる。だって顔が赤く紅潮してるもの。
「ねえ、マリウス。もう仮装パーティーで着るドレスは手に入れたの?」
私はゆっくりとマリウスの全身をくまなく見つめる。
「い、いえ。まだ・・・です。」
「ふ~ん・・・。そうなんだ・・。あ、そうだ!いい事を思いついたわ。」
私はパチンと手を叩いた。
「お嬢様?いい事とは?」
「仮装パーティーで女装したら、アラン王子を誘惑してよ。それで、頃合いを見つけて、ある女生徒と引き合わせて欲しいのよ。」
「はい、分かりました・・・って?え・・ええ~っ!ゆ、誘惑ですか?!」
マリウスはのけぞらんばかりに驚き、口を魚のようにパクパクさせている。
そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。
「しっ!静かにしてよ!」
私は咄嗟に背の高いマリウスの口を必死で押さえる。マ、マズイ・・・。まだ後ろにアラン王子達がいるのに、この会話が聞かれたら厄介だ。
私達が必要以上にくっついているのが気に食わないのか、アラン王子と生徒会長の目がますます険しくなっていく。
「と、とに角・・・詳しい事は後で説明するから。ほら、早く教室に行きましょう!」
私はまだ固まっているマリウスの手を引くと、急いで教室へと向かった・・・。
「お早うございます、エマさん。」
教室へ行くと、もうエマが先に来て椅子に座っていた。
「お早うございます、ジェシカさん。あの、ジェシカさん。実は今夜リリスさん達と談話室で女子会をするんですけど、ジェシカさんも是非参加しませんか?」
「え?本当ですか?ええ、是非参加します!」
女子会・・・実はこれは私が提案した日本では定番の会だ。以前から親しい女友達が出来たら、日本にいた頃のように女子会を開きたいと常々思っていた。そこで私はつい最近、彼女達に女子会の事を話してみたのだ。皆はそのはなしにとても興味を持ってくれて週に1~2回は女子会を開くようになっていた。
「実はね、リリスさんの家から領地で栽培されたブドウで造られたワインが送られて来たんですって。だから皆で飲みながらお話しましょうって事になったの。」
「ええ!ワインですか?美味しそう・・今からとっても楽しみです!」
そして私達は夜の9時に談話室集合という約束を取り付けたのだった。
お昼休み―
私とマリウスは学食へ来ていた。学食は大勢の生徒達で賑わい、混雑していた。どうにか窓側の日差しが差す温かい席を確保した私達は向かい合って昼食を食べている。
「お嬢様、今日召し上がっている食事は何ですか?」
マリウスが不思議そうに突然尋ねてきた。
「あ、これね。すごく美味しいよ。」
切り分けながら私は答えた。実は今私が食べているのはお好み焼き?もどきだ。
見た目は、お好み焼きに近いのだが、大きくカットされた厚切りベーコンや魚介類、そして野菜がたっぷり入った洋風お好み焼きに近いかんじだ。
「はい、マリウスも食べてみる。」
私は何の気なしに一口大にカットしたお好み焼きもどきをマリウスの口元へと持って行く。
「!お、お嬢様・・・!」
何故か真っ赤になるマリウス。
「どうしたの?いらないの?」
「は、はい!い・いります!」
妙に大きな声で返事をすると、マリウスは観念したかのように口を開けた。そこへ私はマリウスの口の入れてあげる。
マリウスはゆっくり咀嚼すると、ごくんと飲み込んだ。
「どう?美味しかった?」
「はい・・・お、美味しかった・・・です・・。」
真っ赤になった顔に口元を押さえて答えるマリウス。その時だ。
「あ~ッ!!お前達!一体何をしているんだ!!」
ガターンッ!!椅子が激しく倒れる音と同時にアラン王子の喚き声が学食に響き渡る。ま・まさか・・・。
恐る恐る声の聞こえた方角を見ると、そこにはグレイとルークに取り押さえられているアラン王子がいた。
しかも、何故か他にもまるで人を射殺さんばかりの恐ろしい目で睨み付ける生徒会長や、呆気に取られた顔でこちらを見るノア先輩とダニエル先輩まで一緒にいたのだ。
え・・?何時の間に彼等は昼食を一緒に食べる程仲が良くなったのだろうか?
それにしても凄いメンバーが揃っている。学院の中で有名人揃い、しかも全員がイケメンとなると周囲の視線も集まる。おまけにアラン王子の大騒ぎだ。
流石にこれはマズイと思ったのか、グレイとルークはアラン王子を引きずるように、無理やり学食の外へと連れ出していく。そして何故か後を追う生徒会長達。
一体今のは何だったのだろうか…。
4
一体、今の騒ぎは何だったのだろう・・・。でもアラン王子達が居なくなってくれたのは好都合だ。
「ねえマリウス。朝の話の続きをしてもいい?」
食事を終えた私は食後の珈琲を飲んでいる。ちなみにマリウスが飲んでいるのはミルクティー。う・・・何だかマリウスの中に私には無い乙女を感じる。でも、これならいけるかもしれない。
「はい。あの・・・・アラン王子を誘惑するっていうお話ですよね・・・。」
途端に表情が曇るマリウス。まあ確かに仕方が無いか。マリウスにはMっ気はあるが、女装癖も無いし、男に興味があるとも思えない。私は一度だけ生徒会長を男色家と勘違いしてしまった事はあるけれど・・。少しマリウスには気の毒かもしれないが、ここは協力してもらうしかない。
「ところで、お嬢様。その話をする前に私から質問してもよろしいですか・・?」
「え?う、うん。別にいいけど?」
いささか元気が無い様子で私に尋ねて来るマリウス。一体どうしたのだろう?
「ジェシカお嬢様は・・・私に女装をさせて、それで別のどなたかと仮装パーティーに参加されるのですか・・?」
悲しげに、最期の方は消え入りそうな声だった。
「え?私が?まさか!ドレス姿で私が参加するなんてあり得ないでしょう?第一ダンスなんか踊れないもの。」
意外そうに言う私にピクリと反応するマリウス。あ・・何か余計な事を口走ってしまった気がする・・。
「ダンスを踊れない・・・?」
一瞬、マリウスの声色が変わった気がする。が、しかしすぐに元に戻った。
「ああ、そうですよね。お嬢様は記憶喪失になられているのですからダンスだって当然忘れてしまいますよね?でも安心しました。お嬢様は誰とも仮装パーティーに出席しないという訳ですね?」
何故かぎこちない笑みを浮かべるマリウス。何かマズイ事でも言ってしまっただろうか・・?
「う、うん。勿論そうだけど?」
「ではどうされるのですか?お1人で参加するという方は殆どいらっしゃらないと思いますが・・・?」
本当は女友達以外には内緒にしておきたかったのだが、マリウスには黙っている訳にはいかないかもしれない。(なにせ女装をして貰い、アラン王子を誘惑するという大役を任せるのだから。)
私はぐいと身を乗り出し、マリウスの耳元で囁いた。瞬間、マリウスの身体がビクッとなる。
「誰にも、絶対言ったら駄目だよ?」
何故か耳まで真っ赤にしてコクコクと頷くマリウス。
「私ね、メイドの恰好するの。」
「え・・・?」
マリウスの身体から離れた私だが、彼の目が点になっている。
「聞こえなかったの?だから、私はメイドの恰好をするのよ。」
「お嬢様・・・な、何故メイドの恰好をするのですか・・?」
明らかに動揺しているマリウス。
「何故って、変装してメイドになってパーティー会場に紛れ込めば、誰も私だと思わないし、ダンスに誘われる事も無いでしょう?」
平然と答える私だが、マリウスは非常に焦っている様だ。
「お嬢様。本気で言ってらっしゃるのですか?仮にも名門リッジウェイ家のお嬢様がメイドとしてお客様に飲み物をお配りする仕事をするおつもりですか?」
「勿論、そんなの当然じゃない。それがメイドのお仕事でしょう?」
一体何を言い出すのかと思えば・・・。私は学生時代はずっとファミレスでアルバイトをしたいたのだ。接客業務などお手の物。
「やはり、お嬢様は・・・入学されてから・・変わりましたよね・・。」
「そ、それはそうよ!記憶喪失になってるって話はしてるよねえ?」
マリウスには初めて出会った時に記憶喪失になって、何もかも覚えていないと言う事は説明してあったのに、何故今頃そのような事を言ってくるのだろう?何だろう・・
今日のマリウスはいつもと違う感じがする。
「と、とに角、仮装パーティーまでもう日にちが無いから、今度の休暇に町へ行ってドレスを買ってきてよね。」
コーヒーを飲み終えた私は席を立つと、マリウスに尋ねた。
「ねえ・・・身長を小さくする魔法って・・・あるの?」
今、私とマリウスは臨時教員室の入り口に立ってい居る。
マリウスに身長を小さくする魔法があるかどうか確認してみたのだが、彼にも分からなかったので、臨時教員室にいるジョセフ先生を尋ねたのだ。何せジョセフ先生はマジックアイテムのエキスパートだ。先生ならきっと何か良いアイテムを知っているかも知れない。
コンコン。
私がドアをノックすると、中から男性の返事があり、ガチャリとドアが開かれた。
「あれえ?どうしたの?君達。」
部屋から出てきたのはジョセフ先生本人だった。
「ふ~ん・・・。身長を低くするマジックアイテムか・・・。」
ジョセフ先生はまだお昼を食べていないとの事だったので、私達は今カフェに来ている。先生はサンドイッチを注文し、私とマリウスはそれぞれハーブティーを注文した。
「身長を小さくするマジックアイテムは無いけどね、もっと面白いアイテムならあるよ?」
ジョセフ先生はいたずらっ子のように笑っている。
「面白いアイテムですか・・・?あの、それは一体どういうものでしょうか?」
マリウスは真剣に聞いている。でも、それは当然かもしれない。何せ実際にマジックアイテムを使うのはマリウス本人なのだから。
「それはね、性別を一定時間変えるアイテムだよ。」
「「え?!」」
同時に声を上げる私とマリウス。ま、まさか性別を変えるアイテムが存在するだなんて・・・。
「そのマジックアイテムってセント・レイズシティにも売っていますか?!」
これは是非買わねば!何としてもそのマジックアイテムでマリウスを女にしてみたい。きっと、とんでもない美女になるに決まっている。
「お嬢様・・・何だか楽しんでいませんか・・・。」
マリウスが恨めしそうにこちらを見ているが、ここは見なかった事にしよう。
「べっつに!それで、ジョセフ先生。マジックアイテムって同じの売ってますか?」
「うん、多分売ってると思うよ。今日店によって取り扱いしてあるか確認してきてあげるね。それで・・・使用するのは誰なんだい。」
「はい、マリウスです。」
即答する私。
「ああ、君が使うんだね。実はこのマジックアイテムは男性用と女性用で違う品物になるからね。確認しておきたかったんだ。」
「そうなんですか・・・。でも何故、性別を変えるアイテムが存在するのでしょうね・・・。」
「「・・・・・。」」
私もジョセフ先生もマリウスの素朴な疑問に答える事が出来なかったのは言うまでもない―。
午後の予鈴が鳴った。
私とマリウスはジョセフ先生と別れてあまり人通りのない裏道を通って教室へと向かって歩いていた。
「あの・・・お嬢様。」
遠慮がちにマリウスが声をかけてくる。
「なあに?」
振り向いた時に、突然強い風が吹き、私の長い髪の毛が勢いよく舞い上がる。
「キャッ!」
私は思わず目を閉じると・・・。
え?
いつの間にかすぐ目の前にマリウスが立っていて、私の髪の毛がなびかないうように両手で押さえつけている。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「う、うん。だ・大丈夫・・・・。」
しかし、何故かマリウスは突然私の手首を掴むと自分の方へ強く引き寄せた。
「!」
自然にマリウスの身体に倒れ込む形になる。すると突然私の背中に両腕を回し、強く抱きしめてきた。
「マ、マリウス?!どうしたの?」
何?一体マリウスは何をしているの?
「は、離れてってば!」
しかし、幾ら言ってもマリウスの耳に私の声が届かないのか抱きしめる腕の力が一向に弱まらない。
「良かった・・・。」
やがてマリウスが口を開いた。
「え?」
一体何が良かったのだろう?マリウスは私からゆっくり身体を放すと、言った。
「お嬢様が誰とも仮装パーティーに参加する意図が無いと言う事を知る事が出来て、本当に良かったです・・・。だって、私と参加して下さらないのなら、いっそ誰とも参加して欲しくなかったから・・・。」
「マリウス・・・・。」
これだ・・時々、マリウスはギャップが酷くて困る。どうせならいつものようにMっ気全開でいってくれればいいのに、時々こんな風に真面目モードに入るから、こちらだって対応に困ってしまうのだ。
でも、寂しげに笑うマリウスは、こちらとしても見ていたくはない。だから言った。
「当たり前でしょう?マリウスを女装させておいて、仮装パーティーを楽しむなんて事する訳無いでしょう?」
と―。