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第8章 1 俺様王子と暴君生徒会長の命令は絶対

1


誰が一番早く真犯人を見付ける事が出来るのか、私を賭けた?競争が始まって、早5日間が経過した。その間にも様々な出来事があった。今私の席の隣に居るのはエマである。何故そうなったかというと、アラン王子が王族という自分の権利を無理やり行使して席替えを行ったからである。そしてマリウスの隣にいるのがアラン王子、そ

の後ろにグレイ、ルークが座っている。

(恐ろしい事に席替えを行ったのは私を含め、マリウス、グレイ、ルーク、エマの5人のみであった。)流石は俺様王子である。エマには巻き込んでしまって申し訳ないと思っていたが、私の隣になれて嬉しそうだった。

さらにアラン王子はライアンを襲った襲撃犯を見つけない限りは不用意に(挨拶ぐらいは可)私に近付かないように強引に協定を結ばせたらしい。


 いくら新入生とはいえ、ダニエル先輩やノア先輩まで言う事を聞かせてしまうとは流石王子である。しかしこのままではまずい。もしアラン王子以外の誰かが先に真犯人を見つけたとしても、この分ではアラン王子は納得がいかず、強引に手柄を奪い、私を自分の所有物扱いにしてしまう可能性があるかもしれない・・・。

こうなったら誰よりも早く私がライアン襲撃犯を見つけるしかない様だ。

折角煩わしいアラン王子達がいないので図書館でアカシックレコードについて調べたくても、そんな事をしている余裕は無い。その為、今の私は授業が終わった後はエマの協力の元、ライアンが襲撃された時の状況を色々調べている真っ最中という訳である。


 しかし、私を含め他のメンバーも一向にライアンを襲撃した犯人を特定出来ずにいた。何故なら、ライアンが襲撃された場所での目撃情報を辿ってみても現場を見た学生達は全員口を揃えて、生徒会長がライアンを襲っていたと話しているからだ。

何故助けに入らなかったのかと尋ねても、『残虐な笑みを浮かべた生徒会長が魔法弾に倒れたライアンにずっと攻撃を続けていたのが怖くて手を出せなかった』と、これまた同じ内容を語るのみであった。彼等の話が一様にしてほぼ同じ答えであるのが気になる。

唯一、違う答えを出したのが襲撃された本人ライアンなのが皮肉な物である。

おかしい・・・。絶対これは何か裏があるに違いない・・。


 そういえば、ジョセフ先生も犯人捜しをしてみると言っていたけれども、何か進展はあったのだろうか?先生と話がしたいのだけれども、どこから聞きつけて来たのか、私がジョセフ先生と手を繋いで学院内を歩いていた事や、その日の夜町へ行った事も後日彼等に知れ渡り、経緯を説明するのに散々な目に遭った事も相まって、私はジョセフ先生に近付く事すら出来ないでいた。


 そして今日・・・。

私は放課後エマと寮へ戻る為に学院内を歩いていた。すると突然背後から女性の声で呼び止められた。


「ジェシカ・リッジウェイさん。」


振り向くとそこに立っていたのは以前私が謹慎室に閉じ込められていた時、面会に来たノア先輩を招き入れた女生徒だった。


「ああ、あの時の・・・。何か私に御用ですか?」

質問すると何故か彼女は言いにくそうにもじもじしている。


「ジェシカさん、私先に寮に戻っていますね。」


気を利かしたエマが口を開いた。

「ごめんなさい、エマさん。今日は私も例の件調べるのお休みにするので、エマさんもどうぞゆっくり休んでね。」

私達は手を振り合って別れを告げると、女生徒の方を向いた。

すると、何か困っていたかのような生徒会指導員の女性は突然私に手紙を差し出してきた。その手紙は可愛らしい猫のイラストにハートや星のマークが描かれている。


「あの・・・?この手紙は一体何でしょうか・・・?」

私は恐る恐る尋ねてみた。も、もしかしてこの先輩は・・・わ、私にラブレターを・・?い、いやああっ!私にそんな趣味は無いのよおっ!!

心の中で絶叫しつつ、冷静を装い私は尋ねてみた。すると彼女からの返答は意外なものだった。


「その手紙は・・・生徒会長からなのです。どうしても・・貴女に渡して来るように命令されて・・!でも、確かに渡しましたからね?!後はその手紙、破るなり、燃やすなり、どうぞジェシカさんのお好きなように処理して下さい!」


そう言うと、彼女は逃げるように走り去って行った。あ・・・行っちゃった。そういえば今の彼女の名前、聞いてなかったなあ。それに生徒会長からの手紙を破るなり、燃やすなり好きなように処理して下さいと言うなんて・・・。そこには手紙を読んであげて下さいって言う選択肢はきっと先程の女性の中には無かったのだろう。


 それにしても・・・私は改めて封筒をよく見なおした。

ピンク色の封筒に猫に星とハート模様。あの強面生徒会長からはまるで想像も出来ないファンシー系な封筒である。22歳にもなる大の男がこんな封筒を使うなんて、抵抗ないのだろうか?というよりは気色が悪い。

私はなるべく指に封筒が触れないように封筒の上の部分を指先2本で破り取った。

何故そんな封筒の破り方をしたかって?そんなの気色悪いからに決まってる!なるべく封筒や手紙が自分の手、指が触れる面積を最小限に抑えたかったからだ。2つ折りになっている手紙を慎重に広げる。うげ・・・これまたファンシー系な柄だ。一体どの面を下げて、このようなレターセットを購入するのだろうか・・・。

ああ、読みたくないけど仕方が無い。


 そして覚悟を決めた私は中を見る・・・。



ジェシカへ


 おい、ジェシカ。お前は何故一度も俺に会いに来ないのだ?まさかノアという悪魔のような男からお前の貞操を守ったこの俺への恩義を忘れたわけではあるまいな?

と言う訳で、早速だがお前に頼みたい事がある。

 学院内に併設してあるカフェ『ドルチェ』があるだろう?そこでアップルパイを買って俺に持って来てくれないか?俺はお前の事を散々面倒見てやってきたのだから、それ位の事をするのは当たり前だと思わないか?あ、でも何故俺がこんな事を言ってるか分かるか?それはだな、恐らくお前は俺に会うのが照れ臭いので面会に来れないのだろう?だから俺から差し入れを持って来るように言ってるんだ。お前が俺に会いに来れる口実を作ってやっているのが分かるか?

 それじゃ、待ってるからな。言っておくが今日中に必ず、だぞ!

大体、ここの連中は生徒会長の俺に敬意の一つも払いはしない。ここに入れられてから毎日スイーツを出せと言っているのに、一度も出てきたことが無い。

最近は夢にまでスイーツが出てくるようになってノイローゼになる寸前なのだ。

ジェシカ、知ってたか?俺の身体の半分はスイーツで構成されているという事を。

さあ、急げジェシカ!17時の鐘が鳴るまでに俺の元へスイーツを届けるのだ!  

これはお前に課せられた大事なミッションだという事を忘れるなよ?

       

                         お前のユリウスより



 ビリビリッ!!

あ、いけない・・・。思わず手紙を半分に破ってしまった。後でこの手紙は焼却炉へ持って行き、綺麗に燃やし尽くしてしまおう。

 何がおいジェシカだ!会いに来れる口実?ミッション?それが人に物を頼むときの態度なのだろうか?ふざけないでよ!!

 私は興奮して荒くなった呼吸を整える為に深呼吸する。

それにしても・・・あのバカ生徒会長は自分の置かれた立場を未だに理解出来ていないのだろうか?このままだとずっと謹慎室に閉じ込められてしまう可能性がある事が分かっていないのか?私的には本音を言えば永遠にその部屋から出てこないで貰いたい位だが、犯人捜しをしている皆の手前、口が裂けてもそんな事は言えない。

 全く忌々しい生徒会長め・・・スイーツスイーツスイーツ・・・ああ、鬱陶しい。

このポンコツ生徒会長の頭の中はどうしようもない。スイーツの事しか頭に無いのだろうか?この分だと将来は恐らくメタボリックシンドロームになり、糖尿病を併発する可能性もあるだろう。まあ、そんな事はどうでもいいが・・・。

私は時計を見た。

後30分で糖分過多で少々頭がいかれてしまった生徒会長の指定した時間だ。

このまま無視しておくのも手だが、後でごねられても厄介だ。仕方が無い・・・買いに行くか・・。私は重い足を引きずるように、カフェ『ドルチェ』を目指した―。





2


 私は生徒会長から頼まれたカフェ『ドルチェ』のアップルパイを持って、彼が軟禁されている謹慎室のドアの前に立っている。

ああ・・・憂鬱だ。あの強面の生徒会長に呼び出されるなんて。

溜息を一つつき、大きく深呼吸すると、ドアをノックした。


コンコン


「ジェシカか?!」


 部屋の中から嬉しそうな声が上がり、ガチャリとドアが開かれた私の目の前には満面の笑みを浮かべた生徒会長が立っていた。そんなにここの店のアップルパイが食べたかったのね・・・。


「こんにちは、お久しぶりですユリウス様。手紙に書かれていた通り、17時までにカフェ『ドルチェ』のアップルパイをお持ちしました。」

私は事務的に話すと、手に持っていた紙袋を生徒会長に押し付けるように渡した。


「では失礼します。」

一礼して、立ち去ろうとすると明らかに狼狽した生徒会長。


「え?お、おい、ちょっと待てジェシカ。一体何処へ行こうとするのだ?」


私の左腕をガシイッと掴む生徒会長。・・・腕が痛い・・。


「何処って・・・?寮に帰るのですが・・・?」


「な、何だと?何故帰ると言うのだ?」


ギリリイ・・・私の腕を掴む指に力が入って来る。ち、ちょっと!痛いですってば!私は痛みで顔を歪める。

「ユ、ユリウス様。腕が痛いので離して頂けますか?」


「あ、ああ。すまなかったな。ジェシカ。」


ぱっと私の腕から手を放す生徒会長を恨めしそうに見ながら言った。


「あの、まだ何か私に用があるのでしょうか?ユリウス様のお手紙では私にアップルパイを持って来るように書かれていただけだと思いますが?」

もうお使いは済んだのだから早く寮に戻らせて欲しい。こんな上から目線の強面生徒会長と2人きりで部屋にいると息が詰まりそうだ。


「まあ、そう言うな。今お前の為に飲み物を入れてやるから。」


何故かウキウキしながら言う生徒会長。でも私は先程破った手紙が制服のポケットに入っているので気が気じゃない。ま、まずい。もしあの真っ二つに破れた手紙が万一この生徒会長の目に触れたら・・。


「さあ、ジェシカ。どんな飲み物がいいか?言っておくが俺は少々飲み物にも煩い。甘いアップルパイに合う飲み物として、俺がお勧めするのはやはりダージリンだろうか?そこにレモンを絞って入れるとまた風味が出て、甘いアップルパイにはお勧めなんだ。あ、でもお前はコーヒー派だったか?そうだな・・・コーヒーだとしたらやはりじっくり焙煎された・・。」


 生徒会長が飲み物に対して、うんちくを述べている間に私は生徒会長のいる部屋を眺めた。え?何よあれは・・・。猫のぬいぐるみ?それに隣にあるのはクマのぬいぐるみにも見える。さらに部屋の中を見渡せば、夜寝るときに履くのだろうか?スリッパは可愛らしい星の模様、え?あのハンガーにかかっているのは・・・?淡いクリーム色のパステルカラーのフワフワしたガウン?!

部屋の至る所がファンシーグッズで溢れているでは無いか。・・・もうすっかりここの部屋を私物化している。いっそ、このままずっとこの部屋の主になったらどうだろう?


「おい、ジェシカ。どうした?」


生徒会長が私に声をかけてきた。


「あ・・・いえ、何だか凄いお部屋だなあと思いまして・・・。」

私が曖昧に答えると、生徒会長はその意味を好意的に受け取ったのか、さらにテンションが上がって来た。


「そうか、やはりジェシカもそう思うか?やはり可愛らしい物に囲まれていると疲れ切った心も癒されるという物だ。普段から生徒会長という重い責務を課せられた俺には心を穏やかにする時間が必要だ。その為にこの子達を傍に置いて癒してもらっているのだ。」


 生徒会長は手近にあったぬいぐるみを5、6個掴むと抱きしめて頬を摺り寄せる。

ゾワゾワゾワッ!背中に悪寒が走る。今ぬいぐるみ達をこの子達って言ってたよね?こ、怖い・・気色悪い・・・別の意味でマリウスとは違う恐怖を感じる。しかしここまでおかしな趣味嗜好を私の前でひけらかして良いのだろうか・・・?


「ん?どうした、ジェシカ。何か言いたい事があるようだな?」


不思議そうに尋ねて来る生徒会長。よし、ならば言ってやろう。

「あの・・・・生徒会長・・もとい、ユリウス様。私の前で、このような少女趣味的偏愛をひけらかしても良いのですか?」

丁寧な言葉で、なるべく嫌みな言い方で言ってやった。


「ああ、その事か。確かに他の者の前ではあまり見せてはいけない姿なのかもしれないな。」


何と!自分の趣味がおかしいという事に自覚があったのか!


「だが、しかし!ジェシカ、お前の前では嘘偽りない自分を見せようと決めたのだ!」


あ~・・・そうですか・・はっきり言って大迷惑なんですけど。生徒会長の話はまだ続く。


「やはりお前と俺の仲は他の誰にも無い深い絆で結ばれている。そうだろう?ジェシカ?」


ガシイッと私の両手を握りしめ、顔をグググッと近づけて来る生徒会長。だから、距離が近すぎるって言ってるじゃ無いの!


「わ、分かりましたから、離れてください。確かお茶を入れて下さるんですよね?それを飲んだらもう私はおいとましますので。」

生徒会長の両手を振りほどいて言った。


「あ、ああ。そうだったな。今回は俺とお揃いの紅茶にしよう。ほら、こんな時の為にお揃いのティーカップセットを買っておいたのだ。」


自慢気に言う生徒会長は私の前に紅茶の入ったティーカップテーブルを置いた。


え?今何と言った?お揃いのティーカップセットだあ?私は目の前に置かれたカップをよく見る。カップの側面にはそれぞれ色違いの可愛らしい猫のイラストが描かれていた。


「どうだ?可愛らしいだろう?以前町へ出た時に雑貨屋でこのお揃いのティーカップセットを見つけ、即買いしたのだ。」


私はかろうじて冷静さを保ちつつ、生徒会長に言った。


「ユリウス様・・・。」


「ん?どうした?」


「猫がお好きなんですか?」

生徒会長のもはや個室と化した謹慎室は、よく見ると猫グッズで溢れている。


「ああ、ジェシカ。お前に出会って猫が好きになった。」


へ?私に出会って?一体どういう意味なのだろう。


「ほら、よく見て見ろ。」


生徒会長は1体のリアルな猫のぬいぐるみを手元に引き寄せた。


「この茶色の美しい毛並みは、まるでお前の髪の毛の様だし、少々釣り目な所もお前に良く似ている。そして一番の特徴は、その性格だ!」


ビシイッと私を指さした。だから、人の事を指さしてはいけないんですってば。

「せ・・性格・・・ですか・・?」


「そう、その気まぐれな性格がまるで猫なのだ!だから俺は猫を愛でる事が好きになったのだ。」


そう言うと生徒会長は猫のぬいぐるみに顔を埋め摺り寄せた。

き、気色悪い・・・!もうこうなったらさっさと紅茶を飲んでこの部屋から出て行かなくては。何だか空気まで淀んでいるような気がする。

私は返事もせずに紅茶をグイッと一気飲みをすると席を立った。


「それではユリウス様。ごきげんよう。」



「お、おい!もう帰るのか?ケーキはどうした?食べないのか?!」


慌てた生徒会長は私に声をかける。そこで言った。


「ユリウス様、よく袋の中をご覧になって下さい。アップルパイは元々私の分は買ってきておりません。アップルパイを届けたら部屋に入らず、すぐに寮へ戻る予定でしたので。」


「な、何だと?!俺の分しか買ってきていなかったのか?一体何故だ?そんなに早く帰ろうと思っていたのか?!な・何という事だ・・。ジェシカ、お前はそれ程迄、この俺と話をする気は無かったと言う事か?!」


 出たよ。またまた大袈裟なリアクションでよろめく生徒会長。もういつまでも生徒会長という役職にしがみ付くのは止めにしたらどうでしょう?どうせ貴方は他の役員からは信用されていないお飾り生徒会長なのですから、いっそ演劇部に入部してはいかがですか?きっと人気が出るかもしれませんよ?私は心の中で毒づいてみたが、口には出さずに胸の内にしまっておくことにした。そして、コホンとせきばらいをすると生徒会長に向き直った。


「ユリウス様。今ご自分の置かれた立場をご存知ですか?ライアンさんを襲撃した現場を目撃した学生達の話では皆さん、ユリウス様が犯人だと仰っているのですよ?今、私を含めアラン王子達が真犯人を探している最中です。なのでユリウス様とのんびり過ごす時間は取れないのです。お分かりいただけましたか?」

何て半分ほんとで、半分は帰る口実なのだけどね。


 しかし、私の話を聞いた生徒会長は感動したのだろうか・・・。目を輝かせて私を見つめている。う・・な、何その目つきは・・。


「ジェシカ・・・そこまでお前は俺の事を思っていてくれたのだな?!よし、確かにお前の気持ち、受け取った。では、早く寮に戻って事件解決への糸口を見つけて来るのだ!」



 こうして面会時間ぎりぎりで私は生徒会長の元から去る事が出来た―。





3


「う~ん・・・・。」

私は外に出ると思い切り伸びをした。やっと煩わしい生徒会長の部屋から(正確に言うと謹慎室)解放されて安堵する。

制服の中のポケットに手を入れるとカサッと紙片の触れる音がした。さあ、さっさとこの手紙を焼却炉で燃やしてしまおう。

辺りはすっかり暗くなっていたが、学院内の至る所にはガス灯が灯っているし、周囲には大勢の学生が行き交っているので、まだまだ賑やかな時間帯である。


 焼却炉の前に着いた私はポケットに入っている生徒会長からの手紙を取り出した。そこで火を付ける道具を持って来るのを忘れてしまった事に気が付く。

「え~と・・・何か火を付ける道具は・・・?」

辺りをキョロキョロ見渡していると、突然背後から声をかけられた。


「どうしたの?リッジウェイさん。こんな場所で。」


 振り向くとそこに立っていたのはジョセフ先生だった。先生とはクラスの授業で会ってはいたが、直接話をするのは久しぶりだ。


「こんばんは、ジョセフ先生。実はちょっと燃やしたい物があって焼却炉に来たんです。でも火を付ける道具を何も持って来ていなかった事に気が付いて・・・。」


「その為にわざわざ焼却炉まで来たの?ゴミ箱に捨てておけばいずれ用務員さんが焼却炉に運んで燃やしてくれたのに。」


不思議そうに尋ねるジョセフ先生に私は曖昧に返事をした。


「はあ・・・まあ、確かにそうなんですが・・・ちょっと人目につくと困ると言うか・・。」


私の手に持っている手紙に気が付いたのか、ジョセフ先生は小さく笑うと、ポケットからマッチを取り出し、手渡してきた。


「はい、どうぞ使って。」


「あ・・・ありがとうございます。」

もしかすると、先生は煙草を吸うのだろうか?何だか意外な気がする。


「言っておくけど、僕は煙草は吸わないよ。」


私の表情を見て取ったのか、笑みを崩さずジョセフ先生は言った。


「そう・・だったんですか・・。所でジョセフ先生は何故ここにいらしたのですか?」



「うん、実は確認しておきたい事があってね。でも・・・まだ残っているかな?てっきりそれでリッジウェイさんもここに来ていたのかと思っていたんだけど、目的は違っていたんだね。」


そして先生は焼却炉の脇に置いてある火掻き棒を手に取り、焼却炉の中を覗き込んで灰を次々と掻きだしていく。


「あ、あの・・・先生、一体何を・・?」


私の問いかけに返事もせず、先生は灰で身体が汚れる事も厭わずに一生懸命何かを探している。が、やがて・・・。


「あった!」


先生が灰の中から拾い出したのは2枚の薄い金属?のまるでトランプのようなカードだった。


「ジョセフ先生・・これは一体何ですか?」


「リッジウェイさんは知らないかな?これはマジックアイテムなんだよ。」


そう言うと先生は灰で真っ黒になったカードを白衣のポケットから取り出した布で一生懸命に拭いて、ススを落していく。

やがてススが取れると、そこには表側と裏側でそれぞれ違う絵柄が掘られたカードだと言う事が分かった。


「これはね、表と裏側でそれぞれ違う意味合いを持つカードなんだよ。取り合えず、もう少し明るい場所へ移動しようか?」


先生の提案で私達は人通りの少ないガス灯の下に設置されているベンチに座った。


「ほら、これが表のカード。」


先生が見せたカードには丸い球がまるで炎をまとっているかのような絵が刻まれている。


「そしてこれが裏のカードだよ。」


裏側にはまるで弓を打つ時の的のようなデザインが刻まれていた。


「あの・・このカードって一体何ですか?」

私には先生が何を言いたいのかさぱり分からないので質問してみた。


「リッジウェイさんはあまりマジックアイテムの事を知らないのかな?まあ、すごく高価な物ばかりだから、このアイテムの事を知ってる人はあまりいないかもしれないね。特にこの『遠隔攻撃カード』はとても貴重なアイテムだから滅多に買えるような代物じゃないんだ。それに、攻撃力と打てる魔法弾の数によって値段は大きく変わるんだよ。う~ん・・・・。このカードを見る限り・・・ランクは下の方なのかもしれない。そしてこのカードの種類は炎の遠隔攻撃をすることが出来るみたいだよ。」


穴が空くのではないかと思う位、じっくりカードを見つめていた先生は、やがて顔を上げると私に言った。


「先生・・・すごくマジックアイテムについて詳しいんですね・・・。」


「うん、実は僕の両親はね・・マジックアイテムの店を経営してるんだ。小さい時から色々なマジックアイテムに接して来たから知ってるだけの事だよ。」


何故か寂しげに笑う先生。


「先生は・・・お店を継がなかったんですね・・。」


「うん。僕は両親の事は大好きだったけど・・・どうしても父の仕事だけは好きになれなかった。だってマジックアイテムは便利な品物も多いけど、それだけじゃない。中には人を傷つけたり、時には戦争を起こしかねないような強い力を持つアイテムだってあるからね・・。」


「ジョセフ先生・・・。」


先生の横顔は凄く悲し気に見えた。


「誰かが、この仕事をしなければならなかったんだ。僕の住んでいた町はあまり裕福では無くて・・・僕の町を治めていた領主様から直々に言われたんだよ。町の収益を上げるためにマジックアイテムの店を開業してくれって。僕の父親は町長だったんだ。だから皆が嫌がる仕事を引き受けて、店を開く事になったんだよ。」


皆が嫌がる仕事を率先して引き受けたジョセフ先生の両親・・・多分今まで色々と嫌な目に遭った事もあるに違いない。だから私は言った。

「先生・・・私は・・先生の両親は立派だと思います。だって皆が嫌がる仕事を引き受けたのだから、それってすごい事ですよ。だから・・・先生はもっとご両親の事を誇っていいと思います。」


「ありがとう、リッジウェイさん。」


ジョセフ先生は照れたように笑うと言った。


「それでこのカードの使い方なんだけどね。」


ジョセフ先生はターゲットのマークか刻まれている裏側を見せた。


「ほら、ここに名前が刻まれているのが分かるかい?」


え・・・?そこにはライアンの名前が刻まれていた。


「ジョセフ先生・・・一体これはどういう事ですか?」

未だに状況が良く理解出来ていない私は戸惑いながら先生に尋ねた。


「うん、このカードを持つ人物はターゲットとして名前を書かれた人物を遠隔で攻撃する事が出来るんだ。最も使う範囲には制限があるんだけどね。多分半径1Km圏内なら使用可能なんじゃ無いかな?使い方は意外と簡単で、表側には自分の名前を刻み、裏側にはターゲットの相手の名前を刻む。そして例えば冷気の攻撃をターゲットに与えたいなら、冷気攻撃専用のカードを冷やせば相手は冷気の攻撃を受けるし、熱の攻撃専用のカードを熱すれば熱風や炎の攻撃を相手に与える事が出来るんだ。

ただ・・・このカードの弱点は攻撃をする相手の姿が何故か幻影として周囲に映し出されてしまうって事かな?だから相手には誰が自分を攻撃したのかが、すぐにバレてしまうのが弱点のマジックアイテムだよ。」


「そうなんですか・・・。」

全然そんなマジックアイテムの事等知りませんでしたよ。この小説の原作者であるという私なのに・・。


「このカードは使い捨てなんだよ。・・・多分カードのレベルから考えると効果が続いたのは10秒程だったのかもね。」


カードをまじまじと見つめながら真剣な表情で語るジョセフ先生。


「多分犯人たちはあらかじめこのカードを入手しておき、シュタイナー君に呼び出された日に、焼却炉でカードを混ぜたゴミを燃やして貰うよう生徒会長に頼んだんだろうね。」


ジョセフ先生は一旦ここで言葉を切ると、続けた。


「そして何も知らない生徒会長は頼まれた通りにゴミを燃やし・・・。炎で焼かれたマジックアイテムの効力が発動してシュタイナー君に向けて炎の弾が飛んで行き、攻撃を受けてしまった・・・と考えるのが真実なんじゃ無いかな?」


私は黙ってジョセフ先生の推理を聞いていたが、確かに先生の話は全てつじつまが合う。何故なら生徒会長はライアンに向けて残虐に炎の魔法攻撃をし続けたというのだから・・・

 でもおかしな点がある。

「ジョセフ先生、では遠隔魔法の効果が消えた場合、その幻影はどうなってしまうのですか?突然消えたりしたら現場を見ていた皆さんはさぞ驚いたのではないでしょうか?」


「うん・・・その事なんだけどね・・。僕も目撃情報者を色々探して話を聞いたんだけど、どうも最後に爆発音と共に激しい煙が立ち込め、辺り一帯が見えなくなったらしいよ。そして煙が消えた後に残されたのは地面に倒れていたシュタイナー君ただ1人きりだったらしい。」


  ジョセフ先生の名推理で徐々にこの事件の真相に近付いてきた瞬間であった―。

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