第7章 2 君の為なら
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ドンドンドン・・・・ッ!
ドアが激しく叩かれている。もう誰だろう?折角の読書の時間が・・・今丁度物語が佳境に入っている所だったのに。
「大丈夫か?!ジェシカ!無事か?!」
え?あの声は・・・ライアン?私がドアを開けると息せき切って部屋の中に飛び込んできたライアン。その慌てぶりに何事かと私はすっかり驚いてしまった。
「どうしたんですか?ライアンさん。」
「ジェシカ!大丈夫だったか?何も無かったか?!」
ハアハア荒い息を吐きながら私の肩をバシバシ叩くライアン。一体彼はどうしたというのだろう?
「あの~ライアンさん?」
「何だ?」
未だに私の事を上から下までジロジロ見ているライアンに声をかけた。
「一体どうしたっていうんですか?そんなに慌てて。」
「これが慌てずにいられるか!ジェシカの所にノア・シンプソンが面会に訪れたって話を聞いて急いでお前の所へやって来たんだぞ?!」
「ええ、そうですよ。確かに午前中ライアンさんがいなくなってから、割と早い時間に尋ねてきましたね。」
「何故だ?!あいつはお前にとって危険人物だろう?どうして自分の部屋へ招き入れたりしたんだ?何かあったら遅いんだそ!幸い・・・今回は何事も無かったみたいだが・・・。」
心底ほっとしたように溜息をつくライアン。もしかして、それで慌てて私の部屋へやって来たと言うのだろうか?
「ライアンさん・・・もしかすると私の事心配して、急いで戻って来たのですか?」
まさかな~と思いつつ一応確認の意味で聞いてみる。
「そんなの当たり前だろう?」
返ってきた言葉は予想外な回答だった。え?嘘。何で?
「ああ、もしかすると私とノア先輩の風紀の乱れを心配していたのですね?それなら御心配には及びませんよ。」
私はにこやかに答えるが、何故か気に入らないと言う風にライアンは言う。
「違う!俺はお前がノア・シンプソンに襲われたりしていないかどうかが心配だっただけだ!」
え?私を心配?う~ん・・・。いわゆる生徒会委員の使命感というものだろうか?流石生徒会委員は正義感の固まりだ。
「成程、さすが生徒会の指導員をやっているだけの事はありますね。」
「え?」
ライアンは私の顔を見る。
「学生の身の安全を守るのも指導員の仕事の一つですからね!」
私は元気よく言うと、ライアンの顔を見た。
「あ?ああ・・・ま、そうだな。」
何故か歯切れが悪いライアン。それよりも私は確認したい事がある。
「ライアンさん、所で私の私物の洋服の件はどうなりましたか?後、エマさんから借りられる予定のノートの件もですが。」
「ああ。その事ならもう連絡済みだ。実は真っ先にジェシカに伝えたい事があってここへやって来たんだ。」
嬉しそうな顔で言うライアン。
「私に・・・。ですか?」
「ああ、喜べ、ジェシカ!実はあんた達が話していた天体観測のスケッチブックだが、ジョセフ講師が素晴らしいスケッチだと感動していた。ほぼ寸分の狂いもなく記入出来ているとべた褒めしていたんだ。だからグラントの罪状は取り消されたぞ!」
え?ちょっと待って・・・グラントは。って・・それじゃ私やルークはどうなのだ?
「あ、あの・・ちなみに私やルークの罪状は・・どうなっているのでしょうか・・・?」
何故か嫌な予感がする。すると私の言葉を聞いた途端に顔が曇るライアン。
え?ちょ、ちょっと待って・・・。
「あ、あの。ライアンさん、私とルークは一体どうなるのですか?マリウスと一緒にここを出られるんですよね?」
いつの間にか私はライアンの制服を握りしめ、縋るように見詰めていた。冗談じゃない。何故マリウスだけがここを出られて、私とルークが出られないのだ?こんなの納得出来る訳が無い。だって私達はナターシャやソフィー、ついでに寮母によって濡れ衣をきせられてこんな所へ閉じ込められたのだから。
「お、おい!落ち着けって!ジェシカ!」
一方、慌てているのはライアンの方だ。でもこれがどうして落ち着いていられよう。
あの変態M男を1人、学院に野放しにするなんて、そんな状況絶対に認めるわけにはいかない。
「いいか、良く聞け。ジェシカ。」
突然ライアンは私の両肩をガシッと掴むと言った。
「必ず俺が何とかしてお前とハンターをここから出してやる。だから心配するな。」
「え?どうし・・・て?」
私はライアンの言葉を信じられない思いで聞いた。今の言葉は聞き間違いでは無いだろうか?そもそも私達をここに入れたのはライアン達だ。そのライアンが私達をここから出してやるだなんて・・・。
「大丈夫、俺を信じろ。」
いつになく真剣な眼差しのライアン。これは・・・彼を信じて良いのだろうか・・?
「本当に・・・信じていいのですか?」
私は再度ライアンに確認する。
「ああ、当たり前だ。俺は絶対お前に嘘はつかない。」
頷くライアンはとても嘘をついている人物とは思えない。
「で、でもどうして?ライアンさんは私達の罪状を認め、この謹慎部屋に閉じ込めた指導員でしょう?」
本当に彼を信じていいのだろうか?まだ私の中ではライアンを疑う気持ちが残っている。
「そうだよな。お前が俺の事信用出来ないって気持ちは分かるよ。だってお前達の言い分を聞く事も無く、強引にここへ連れて来て閉じ込めたんだからな。今では・・・後悔してるよ。」
フッと自嘲気味に笑うライアンの顔には後悔の念が宿っていた・・ように見えた。
「ライアンさん・・・?」
私が名前を呼ぶと、ライアンはこちらを振り向いた。
「グラントの星座のスケッチのお陰で、アイツは罪状を免除されたが、実はまだ危うい立場にあるんだ。知ってるかもしれないがグラントとハンターの鞄から女性用下着が出てきたからな。けれど、それは仕組まれた罠だ。俺は現場を直接見てはいないが、俺達の仲間内が二人の鞄を探すふりをして下着を中に忍ばせたらしい。そしてさもカバンの中から見つかったように見せかけたそうだ。」
私はライアンの話を聞いて息を飲んだ。やはりクロエの話しは事実だったのだ。
でも生徒会の人間がどうしてそんな真似を・・・?
「俺はその2人に心当たりがある。必ず2人を問い詰めて、下着を入れた事を認めさせる。そうすればあんた達全員、晴れて自由の身だ。だからジェシカは安心して待っていろよ。」
俺に任せろと言わんばかりのライアン。でも何故だろう・・・。何だかすごく嫌な予感がする・・。私はこの世界に来て、第六感・・と言うか、直感が良く当たる気がしている。この胸騒ぎは一体何だろう。
「ライアンさん・・・。」
私はライアンに近付くと、そっとライアンの腕に触れた。
「ジェシカ・・・?どうしたんだ?」
不思議そうに私を見るライアン。
「あ、あの・・・。こんな言い方すると、不安にさせてしまうかもしれないけど・・。」
私はライアンを見上げた。
「何だか、すごく嫌な予感がします。だ、だから・・・あまり無理な事はしなくていいですからね?危険だと感じたら・・やめていいですよ?」
「ジェシカ・・。もしかして俺の事心配してくれているのか?」
驚いたように言うライアンの言葉に私は黙って頷く。
「ありがとな。あの・・さ、ジェシカ。無事に今回の件が片付いたら、俺・・お前に伝えたい事があるんだ。だから・・そんな心配そうな顔するな。」
ライアンの笑顔に私も笑顔で返す。
そして、その夜。
ライアンは大怪我を負い、意識不明で町の総合病院へと運ばれたのだった―。
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ライアンが大怪我を負って意識不明となり、町の総合病院へ運ばれていったという話は私達のいる謹慎部屋にまで届いた。
そして何故か、ライアンに傷を負わせた犯人は生徒会長だというから驚きだ。
どうしよう!きっと私のせいだ。私が何故自分とルークが謹慎部屋から出して貰えないのか問い詰めたから、ライアンは危険を承知で動いて・・・そして大怪我を負わされたのだ。私が頭を抱えて悩んでいたその時、突然部屋の外が騒がしくなった。
「やめろ、お前達!何故俺がライアンを傷つけなければならないのだあっ?!離せっ!この俺を誰だと心得る?生徒会長ユリウス・フォンテーヌだぞっ?!」
謹慎部屋の廊下から生徒会長の喚く声が聞こえてきた。ははあ~ん・・・早速ここへ連れてこられたのか。何だか何処かの時代劇で聞いたような台詞を言ってるなあ。でもいくら生徒会長が愚かだとしてもライアンを病院送りにする程の怪我を負わせるような馬鹿な真似は絶対にする訳が無いと私は信じていた。
だって、私の小説の中で書かれた生徒会長は正義感が強く、誰かを傷つけるような事等ぜったにしない人だったから・・・・。でもこの世界に来てみて実際の生徒会長に会った時にはあまりにも小説とのギャップが酷すぎて、失望以外の何物も無かったけれども。
大体ライアンを傷つけて生徒会長にどんなメリットがあると言うのだ?それにしてもまだ何か喚いでいるよ。煩いなあ。私は生徒会長が何を騒いでいるのかドア越しに聞き耳を立てた。
「ま、待てっ!どうせ俺を謹慎部屋に入れるなら、せめてジェシカの隣の部屋に入れろ!あ、後この謹慎部屋でもスイーツは食べる事が出来るんだろうな?!」
ガクッ。私は生徒会長のあまりのクズっぷりに床に座り込んでしまった。
何が部屋は私の隣にしろだ?スイーツは食べる事が出来るのかだあ?
ふざけないでよ!少しはライアンの怪我の心配をしてみれば?
そもそも自分が何故犯人にされてしまったのか理由は問いただしたのか?
大体、自分がこんな目に遭うのは普段生徒会からの人望が無いからなのでは?
ああ、だから手紙に書いてあったアラン王子とマリウスが生徒会に入ってくれれば敵の急襲から真っ先に戦力になって生徒会を守ってくれるだろうと書いたのか。あれは生徒会では無く、自分の事を守ってくれるだろうという意味で書いたのだな?そうだ、絶対そうに決まっている。
生徒会長の喚き声しか聞こえないと言う事は、恐らく他の生徒会役員達に無言で強制連行されているのだろう。やがて喚き声は遠くなっていき・・・聞こえなくなった。恐らく一番奥の部屋にでも閉じ込められたのだろう。
良かった。私の隣の部屋にされなくて。もし生徒会長の願いが叶って私の隣の部屋にされようものなら、しょっちゅう壁を叩いてきて、うるさくされたに違いない。
それにしても心配なのはライアンの方だ。意識が無いという事は怪我の状態が酷いのだろう。こんな時、魔法で傷を治す事が出来たら・・・え?
そう言えば何故この世界には魔法があるのに、癒しの魔法が存在していないのだろう?私は小説の中で確かに癒しの魔法の存在も記述したはずなのに・・?
とにかく何とかしてこの部屋から出る事は出来ないだろうか?マリウスやルークは今部屋でどうしているのだろうか・・・?
時刻が夜の19時になった時、女性の生徒会指導員が夕食のトレーを持って部屋を訪れた。
「あ、あの!ライアンさんの怪我の具合はどうなんですか?!」
食事を届けて、下がろうとした女生徒に私は質問をしてみるも、返って来た返答は
今回の事件の詳細は生徒会の中で誰にも口外しないように口止めされているので答える訳にはいかないとの、あっさりとした回答だった。そして、女性の淡々とした口調はライアンに対して、何も思う所は無いと言わんばかりの話し方だった。
この分では恐らくマリウスやルークの事も何一つ教えてくれないだろうな・・。
私は溜息をつくしか無かった。
そして翌日、事態は大きく動いた―。
「ジェシカ・リッジウェイ。貴女の疑いは晴れましたので、謹慎処分は解かれました。」
翌朝、私の部屋へ朝食を届けに来た女生徒が部屋へ入るなり突然言ったのである。
「はい?い、今何と言ったのですか?」
私は驚きの余りに受け取った朝食のトレーを取り落しそうになった。
「ですから、貴女方にかけられた嫌疑は全て晴れたのでもうここから出る事が出来ますと伝えているのですが?」
何度も言わせないでという感じで話す女性生徒会役員。
「で、でも何故突然に・・・?」
私は不思議で不思議でたまらなかった。
「それについては副生徒会長が朝食後、貴女にだけ直に話したいと言っているので、後程生徒会室へ行って下さい。他の2名に関しては朝食後、そのまま寮に戻るように説明しておきますので。」
え?ノア先輩が直に私にだけ説明するっていうの?一体何故・・・?でもノア先輩に会えればライアンがどうなったのか、何故生徒会長が捕まったのか情報が得られるかもしれない。
「分かりました、朝食後すぐに生徒会室へ向かいます。」
女性生徒会役員は頭だけ下げると部屋を出て行った。早く食事を済ませてノア先輩に会いに行かなくちゃ・・・・。
私は急いで朝食を口にした。
私は今生徒会室前にいる。
コンコン。ドアをノックすると中からノア先輩の声がした。
「ジェシカかい?」
「ええ、そうです。ノア先輩からお話があると言われたので、参りました。」
私はドア越しに返事をする。
「じゃ、入って。」
「失礼します。」
ドアを開けて中へ入るとノア先輩は書類を見ながら、何か書き物をしていた。
その表情は真剣そのものだった。こんな表情のノア先輩を見るのは初めてだ。
「ちょっと待っててね。この書類だけ書いてしまうから。」
ノア先輩は下を向きながらペンを走らせているが、やがて書き終えたのかフウーッとため息をつくと、顔を上げて私を見た。
「やあ、おはよう。ジェシカ。君に朝から会えて嬉しいよ。」
朝日の下でほほ笑むノア先輩はまるで天使の様だった。
「い、いえ。この度は私達の処分を解いていただいて有難うございます。」
慌ててお礼を言うと、ノア先輩は首を振った。
「何を言ってるの?僕は君の為ならどんな事だってする、絶対君を守り抜くってあの日決めたんだよ。」
ノア先輩は私に歩み寄ると髪を一房すくい上げ、目を閉じて髪に口付けしながら言った。
「だって、ジェシカ。君は僕の女神様だからね。」
ノア先輩の行動、台詞に思わず心臓が飛び跳ねる。駄目だ、私。雰囲気にのまれたり、流されたりするのは絶対に駄目だ。
「そ、そんな事よりノア先輩。一体何故私達の疑いが晴れたのですか?この間ノア先輩・・何か気になる事を言って帰って行きましたよね?必ず自分が私達の疑惑を晴らしてあげるって・・。先輩、もしかして何か・・・しましたか・・?」
すると、何故か突然目を逸らすノア先輩。そこで私は言った。
「ノア先輩、目を逸らさないで下さい。私はただ、理由が知りたいだけなんです。」
ノア先輩は私の言葉に一瞬苦し気に顔を歪め、自分の顔を右手で覆い隠すと、苦し気に言った。
「僕は・・・・ナターシャを・・・抱いた。」
え?もしかして先輩―?
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ナターシャを抱いた・・・・。ここまでくれば何があったのかは嫌でも分かる。
「先輩は、ひょっとして私の話を聞く前からナターシャさんを疑っていたのではないですか・・・?。それで真実を話させる為に・・・?」
私は先輩の顔をじっと見つめながら一語一句、ゆっくりと語った。
黙って私の話に頷くノア先輩。その顔はまるで叱られて泣きそうになっている子供の様な顔だった。
「僕を・・軽蔑するかい?でも仕方が無かったんだ。だって僕は今迄こうやって生きてきた。こんな生き方しか知らないんだ!」
「ノア先輩・・・。」
「ナターシャは僕が誘ったら喜んでついてきたよ。でもその前に白状させたんだ。本当の事を教えないと、二度と君を誘わないと。」
私は目を逸らさずに黙って先輩の話を聞いている。
「それを言ったら、ナターシャはペラペラと喋りだしたよ。今まで自分は一度も大浴場に行った事などないってね。だから下着だって盗まれるはずは無いって。寮母が盗み見たメモの件もそうだ。受け取った時間もジェシカ達に疑惑を向けるために偽って報告したし、メモの内容もマリウスがジェシカを呼び出す内容だったと寮母が話していたらしい。」
ノア先輩はそこまで話すと息を吐いた。
「先輩・・・ソフィーさんは?彼女の件については何か話していましたか?」
「そうだね。ナターシャはソフィーの事は徹底的に庇っていたよ。メモを見た寮母がソフィーに連絡を入れたらしいんだ。こんな夜更けに2人は逢引するようだから、何か弱みになるような証拠写真が撮れないか、2人を監視してくれないかと寮母がソフィーに頼み込んだってナターシャは言っていたよ。強引にソフィーに頼み込んだのは自分と寮母の2人だから、どうかソフィーの罪は問わないで欲しいと懇願してきたしね。」
ノア先輩は溜息をつき、少しの間口を閉ざしていたが・・・やがて決心したかのように言った。
「そして、僕は・・・ナターシャからの自白を聞きだしたから・・・約束通りにナターシャを・・抱いたよ。本当は途中で彼女の気が変わるのを僕は願っていたのだけどね・・。僕を軽蔑する?ジェシカ・・・?」
自嘲気味に言うノア先輩の顔には後悔の念が強く刻まれているように見えた。
私はノア先輩が気の毒に思えた。こういう形でしか手段を選べなかったノア先輩。
だから・・私は首を振って答えた。
「大丈夫です。私はノア先輩の事を軽蔑なんてしませんから・・。」
「ありがとう・・・。」
ノア先輩は私を見て、寂しげに笑みを浮かべる。
それにしても、私はノア先輩の話を聞いてソフィーの事を考えた。絶対に首謀者はソフィーに決まっている。何故か私はこの世界のソフィーに物凄く嫌われている・・というよりは憎しみの対象にされている気がする。でも何故そこまでして彼女に憎まれなければならないのだ?
そこで、ある事に気が付いた。あれはいつの時だったか―そう、ダニエル先輩と2人でカフェテリアにいた時、ソフィーがあの場に現れて、ダニエル先輩に親し気な態度を取ろうとしていた。そして私達が食事に行くと言った時に何故かついてこようとしたソフィーをにべもなく冷たく断ったダニエル先輩。
さらにその後私たちが去り際に、ソフィーが私に向けて言った言葉・・
『ジェシカさん・・・。貴女ダニエル様にまで・・・?』
確かにそう言った。あれは一体どういう意味だったのだろうか・・?
「もしかすると、ナターシャは強い暗示をかけられているのかもしれない。」
突然ノア先輩が気になる事を言った。
「え?暗示?」
「ソフィーを庇うように話をしていた時のナターシャのあの目・・・まともじゃなかった。暗示で無ければ、もしかして脅迫か弱みを握られているのかも。」
ノア先輩の言う通りかもしれない。そもそもあのプライドの高いナターシャが準男爵であるソフィーと友達は愚か、上下関係などになるはずもない。でも・・・脅迫か。私には思い当たる節がある。でもそれをノア先輩に言うべきなのだろうか。
「どうしたの?ジェシカ。何か知ってる事があるなら僕に隠さないで教えて貰えないかな?」
不安そうに揺れるノア先輩の目・・・。でも話せばきっとノア先輩は傷つく。だけど黙っていてもいずれは耳に入るかもしれない。他の人からこの話を聞かされるくらいなら私から話したほうがノア先輩の心の傷も少なくて済むのではないだろうか?私は覚悟を決めた。
「ノア先輩・・・・。実は・・ノア先輩とナターシャさんが2人で町を訪れた時、誰かは分からないのですが、ナターシャさんがノア先輩に振られたところを見ていたらしく・・その次の日から彼女の立場が悪くなったんです。もしかするとそれを見ていたのがソフィーさんで、ナターシャさんの事を脅迫していたとしたら・・・?」
私の話を聞いて、顔色が青ざめていくノア先輩。
「それじゃ・・・今回の件を引き起こしたのは、全て僕の責任だったのかもしれないって・・事?」
「それは違います!」
私は自分でも驚くぐらい、大きな声で否定していた。でもはっきり言わなければけない。ノア先輩のせいではないって。
「ナターシャさんが今回の件を引き起こしたのはノア先輩のせいではありません。以前から何故か私はソフィーさんに目の敵にされていました。ノア先輩は知らないかもしれないですが、以前ソフィーさんが落とし穴に落ちて足を怪我したという、ちょっとした事件がありました。それすら私が彼女を突き落としたと言われたんですよ?でもある人がそれをはっきり否定してくれたし、学院側からも私に何の通達もありませんでした。いずれにしろ、私は何らかの形でソフィーさんの罠に落とされていたと思います。それに、この先だって・・。」
そこまで言って私は口を閉ざした。しまった、言い過ぎてしまった。
「何?この先って一体どういう事なの?もしかして今後またジェシカの身に何かが起こるかもしれないって事?」
ノア先輩は私の両肩を掴むと、私の顔を覗き込むと言った。
「そ、それは・・・。」
駄目だ、絶対にこの話はしてはいけない。だって私が見た夢は不確定未来の話だ。普通の人にこんな話をしても、そんなの只の夢だろうと一喝されてしまうのがオチだ。
それに余計な話をしてここにいるノア先輩や他の皆に心配かけさせてはいけない。
「ジェシカッ!僕には何も話してくれないのかい?そんなに僕が信用出来ないっていうの?!それとも・・・僕がこんなだからやっぱり受け入れてくれないの?」
そう言うと、私の事を強く抱きしめてきた。ノア先輩の身体は小刻みに震えている。
「嫌だよ・・。僕を嫌わないで・・。ジェシカに嫌われたら僕は何もかも失ってしまう・・・。」
ノア先輩は必死で私に縋りついている。それはまるで13歳のあの時の子供のままに感じられる。やはりノア先輩の心の成長はあの日の夜で止まってしまっているのだろうか?
だから私はノア先輩を安心させる為に言う。
「大丈夫です、私はノア先輩を嫌ったりなんかしません。安心して下さい。」
「本当に・・・?」
ノア先輩は私を抱きしめる腕を緩めると、泣きそうな顔で私を見下ろして尋ねて来た。
「はい。本当です。」
私が笑いかけた、その時・・・。
「ノア・シンプソンッ!!俺のジェシカから離れろ!!」
バタンッと大きくドアが開かれた。・・・何だかものすごーく嫌な予感がする。
私とノア先輩がドアを振り向くと、そこに立っていたのは・・・
俺様王子
マリウス
グレイ
ルーク
ダニエル先輩
・・・が勢揃いしていたのだ。ああ、益々話がこじれていきそうだ・・・。でも熱血生徒会長がいないだけ、マシ・・・かな?
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「ノア・シンプソンッ!!俺のジェシカから離れろ!!」
またいつもの俺様王子の怒声が飛び交う。あ~もういやだ!私が、いつ、アラン王子の物になったのですか?というか勝手に人を物扱いしないで欲しい。
「ジェシカッ!!」
おおっ!なんと仮にも王子を押しのけて私の所へ駆けつけてきのはダニエル先輩だ。
「ノア・シンプソンッ!よくも僕の恋人を抱きしめていたな?勝手に触るな!君の事をジェシカがどれだけ怖がっているのか分からないのか?!」
「な、何?!恋人だとおッ?!認めん!絶対に俺は認めんぞ!!」
真っ青になって喚くアラン王子。
「嘘だろう・・・?」
「もう望みは無いのか・・・?」
ルーク、グレイが何か呟いているが、外野が煩くてよく聞こえない。
ダニエル先輩は私をノア先輩からもぎ取るように奪い取ると自分の腕に囲いこんだ。
「ダ、ダニエル様・・・?!」
ちょ、ちょっとまだ恋人ごっこ続いているんですか?もう終わっていいはずですよ?
「大丈夫だったかい?ジェシカ?今まで大変な目に遭ってさぞ怖かっただろう?ねえ、僕にもっと君の顔をちゃんと見せてくれるかい?」
デレデレモードのダニエル先輩は熱を込めた瞳で私の顔を両手で包み込むと言った。
うっ・・・は、恥ずかしい・・!そうだった、この先輩はこういう事を平気で出来てしまう人だったんだ。
「おい!そこのお前!勝手に僕の女神に触るな!」
ノア先輩!お願いだから私の事を女神だなんて言うのは止めてください!
こんなに周りが煩いのに、それを気にする事も無くダニエル先輩は私から目を逸らさず、熱く語る。
「おや?赤くなっているね?それ程僕の事を意識してくれているんだね?すごく嬉しいよ。ジェシカ・・・。」
うっとりと言うダニエル先輩から無理やり私を引き離すのは意外な事にマリウスだった。
「いい加減にして下さい!ダニエル先輩。私の主人にこれ以上不必要な接触をするのは止めて頂きます!」
そしてマリウスは私の両手を握りしめ、跪くと言った。
「ジェシカお嬢様、私はジェシカお嬢様の所有物ですよね?だから私を好きなようにして下さって結構なんですよ?椅子になれ!と言えば貴女の前で四つん這いにもなりますし、虹の向こうへ連れて行け!と仰れば何処までも貴女を連れて2人きりで旅にも出ましょう!!」
あ~!ますますマリウスのM度が増している!私が椅子がわりに座れば周囲からどんな目で見られるか分かっているの?虹の向こうへ連れて行け?2人きりで旅をする?冗談じゃない!マリウスと旅に出る位なら気まぐれな猫を連れて旅に出る方が百倍マシだ。大体、私は貴方を自分の所有物としてなんか、一度も思った事がないのよ!
「おい!ジェシカから離れろ!」
俺様王子。
「アラン王子、落ち着いて下さい!」
グレイ。
「僕の恋人に馴れ馴れしくしないでくれるかなあ?!」
ダニエル先輩。
「いつ、貴方がジェシカの恋人になったと言うんですか?」
ルーク。
「これ以上馴れ馴れしい態度で僕の女神に触るな!」
ノア先輩。
「永遠にお嬢様の御側にいられるのは、この私だけですからね!」
マリウス。
いつの間にか6人全員が生徒会室で互いに睨みあい、文句を言い合う場へとなってしまった。ど、ど修羅場だ・・・・。
誰もが私の存在を無視して白熱して議論を続けている。よし、今のうちに・・・。
私はそっと生徒会室を抜け出すと、女子寮まで走って逃げたのだった―。
女子寮の寮母室の前を通りかかった時、何気なく寮母室を覗くと、いつも偉そうにしている寮母が私にも気が付くことなくぼんやりと椅子に座り、宙を見ている。
「・・・?」
訝しみながらも私は自分の部屋へと入った。
「ふう~っ・・・。」
ドアを閉めると私はそのままそこに寄りかかり、大きなため息をついた。
「たった数日部屋を開けただけなのに、随分長い時間かかってしまった気がするわ。」
私はベッドにゴロンと転がると天井を見上げた。ライアン・・・一体今どうしているのだろう?意識は戻ったのだろうか?怪我の具合はどうなのか?誰にやられたのか・・・。
「ライアンの面会に行けないかな・・・?」
でも誰に言えば町へ行く許可がもらえるのだろう?やはり生徒会の人間に言うのだろうか?しかし肝心の生徒会長はライアン襲撃の濡れ衣を着せられて今は謹慎処分を受けて謹慎室に入れられてるし、副会長のノア先輩の元へ戻る訳にはいかない。恐らく今も生徒会室は修羅場真っ最中のような気がするし。
他にも気になるのは先ほどの寮母の様子だ。絶対に何かあったに違いない。嘘の告発をしたから何か罰でも下されたのだろうか?だとしたらナターシャにも言える事だ。いや、恐らく生徒会はナターシャを首謀者として見ているので、寮母よりも重い罰が下るかもしれない。
今ナターシャはどんな気持ちで、過ごしているのだろうか?不安に怯えている?それともひょっとすると、ノア先輩への自分の望みが叶って本望なのかもしれない。
ふと時間が気になった。今何時だろう?私はベッドサイドに置かれた時計を見ると
時刻は10時40分を指している。今から授業に出ても中途半端な時間だし、今日は色々あって疲れたので授業に出るのはやめにしようかな?
うん?でも待てよ・・・?確か次の授業は天文学の授業だったはず。ジョセフ先生の授業だ!あの先生には今回の件で色々助けて貰ったので、是非御礼を言っておかなくては。
「授業出よ。」
カバンに筆記用具を入れると私は寮を出た。
幸い?教室に入ると面倒くさい俺様王子やドMマリウスがいなくてホッとした。けれどグレイやルークがいないのも気になるな・・・。あの後皆どうなったのだろう。
その時だ。
「ジェシカさん!」
背後から私を呼ぶ声が聞こえた。振り向くとそこに立っていたのはエマだった。
「良かった・・・!ジェシカさん!疑いが晴れたって、今朝寮で聞いてジェシカさんを慕っいた皆で大喜びしたんですよ!」
エマは私に飛びついてきた。他にも私に気付いたクラスメイト達が何人も話しかけてきた。皆誰もが私やマリウス、ルークの事を疑っていなかった事が何よりも嬉しかった。
「皆さん。ありがとう。私達の事信用してくれて。」
集まって来てくれたクラスメイトにお礼を言うとエマから意外な言葉が飛び出した。
「これもみんなアラン王子様のお陰なんですよ。」
「え?どういう事なの?」
「ジェシカさん達が絶対にそんな卑劣な真似をするはずが無い、これは何かの間違いだって、教壇に立って演説をしたんです。」
「ああ、さすが王子だな。見事な熱弁だったよ。」
「俺は必ず無実を証明する証拠を探し出してやるっていきまいてましたよ。」
「そうそう、おまけに最期はそんなにお前たちが疑うっていうなら今すぐ俺の前に証拠を持って来ーいって大騒ぎしていたよ。あれは見ていてすごかったなー。」
「ええ。王子様自らが色々な人達に聞き込みをしている姿をあちこちで見かけましたよ。」
「最後は女子寮まで押しかけて、寮母さんに詰め寄って白状させたみたいだしね。」
口々にその時のアラン王子の行動をクラスメイト達は思い出しながら、おかしそうに笑って話してくれた。信じられなかった。まさかあの俺様王子が私達の為に奔走していたなんて・・・。だってアラン王子は私に会った時、そんな事一言も口に出さなかったし、グレイも何も話してくれなかったからだ。
「あ、でも今の話はアラン王子には内緒にしておいて下さいよ。絶対ジェシカさんに話すなと口止めされているので。」
最期にエマが私に言った。
私はこの時初めて少しだけアラン王子を見直した。