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第6章 3 証拠として使えないなんて

1


「な・・・何だ、この訴状は・・・?こ、こんな不愉快な訴状、破棄してやる!」


怒りでわなわなと身体を震わせ、訴状を破り捨てようとするルークをマリウスと生徒会長が必死で止める。


「お、落ち着け!ルーク!」


おおっ!あの生徒会長がまともな行動を取っている。


「俺だって、この訴状を初めて読んだ時にはヤギの餌にしてやろうかと思ったくらいなのだ!」


・・・・前言撤回。やはり生徒会長は生徒会長だった。大体ね、実際はヤギに紙を食べさせるとお腹を壊してしまうらしいですよ。絶対にやらないで下さいね。


「落ち着いて下さい!もし破り捨てようものなら、益々不利になるのはこちらですよ?!」


 マリウスは至極まっとうな事を言っている。覗き見した等と濡れ衣を着せられて怒りが湧かないのだろうか・・・?はっ!そうだ!マリウスはM男だった。自分の評判が地に落とされるのはマリウスにとっては願ったり、叶ったりなのかもしれない。よく見るとルークを止めるその横顔に笑みが浮かんでいるような気がする・・・。


 一番反応がまともなのはやはりルークだ。顔を真っ赤にして怒りを抑えている。

そして問題なのは私の方。大体、この内容が事実だと仮定して、私にいったい何のメリットがあると言うのだ?こんなでたらめな訴状がまかり通るはずが無い。どうして女である私が女性の入浴の覗き見や下着ドロの片棒を担がなくてはならないのだろう?これではまるで私が異常者のように世間に見られてしまうでは無いか。そうまでして私を陥れたいのか?そもそも、何故私はここまでソフィーに目の敵にされなければならないのだろう?ここまで嫌がらせをされる理由が全く分からない。


「ユリウス様、当然こんなでたらめな訴状、通用しませんよね?」

私は生徒会長に向かって言うが、何故か生徒会長の顔色は優れない。まさか・・・。


「す、すまない・・・。実は俺が極端にジェシカに肩入れしていると言う理由でこの訴状の方が信憑性が高いと他の役員たちに押し通されてしまったのだ・・・。」


はああ?!貴方生徒会長でしょう?一体今迄何をしてくれば、それだけ人脈を失う訳なの?恐らくこの能天気生徒会長は最早お飾り人形と言えるのかもしれない。それに気づいていないとは・・・本当に愚かな生徒会長だ。全く話にならないし、肝心な所で使えない。


「それで、お前たちの罪状だが・・・。」


「罪状?!いきなりですか?ちょっと待って下さいよ!」

私は声を上げた。

何故一方的に呼び出されて、こちらの訴えも聞かずに罪状を述べられなければならないのだ。これではあまりに横暴すぎる。ここまで無能な生徒会長とは・・・。


「とりあえず、お前達には1週間の謹慎処分として、授業へ出る事が禁じられる。そしてペナルティとして、取得しなければならない単位を一つ増やされる事になるだろう。」


私の訴えも聞かず、一方的に罪状を述べるお飾り生徒会長。ここまで冷静な判断が出来ない男だとは思いもしなかった。


「生徒会長!貴方は・・・それでもこの学院の生徒会長なのですか?!」


マリウスも余りの横暴ぶりに流石に我慢の限界か、声を上げた。それはそうだろう。授業に1週間欠席するだけでも私たちのカリキュラムはぎっしり詰め込まれているので、落してしまう可能性がある。それなのにさらに今から新しい取得単位を増やされるなんて、相当努力しない限り次年度進級出来なくなってしまう可能性がある。

それが、ここ「セント・レイズ学院」なのである。


「貴方を見損ないましたよ、生徒会長。」


 ルークは最早生徒会長をクズでも見るかのような冷たい視線で見つめている。

でも、私は絶対に諦めたくない。1週間も謹慎処分となると、図書館に出入りする事すら出来なくなってしまう。私にはグズグズしている時間等無いのに、こんな罠で足をすくわれる事なんて、絶対にごめんだ。

こんな事したくは無いが、こうなったらあのポンコツ生徒会長に媚でも何でも売るしかない。


「ユリウス様!お願いです、せめて3日・・・いえ、5日待って下さい!訴状の相手の話ばかり鵜呑みにせず、どうか私達の訴えも耳に入れてください!必ず私達では無い証拠を見つけてきます。それまではどうか猶予を下さい!」


私は頭を下げて必死でお願いする。うう・・・嫌だ、こんな生徒会長に頭を下げるなんて、本当なら絶対にやりたくない行為だ。


「ジェシカお嬢様・・・。」


「ジェシカ、お前・・・。」


マリウスとルークが私の真剣な様子を見守っている。一方、困り顔なのは生徒会長だ。


「し、しかし・・・。」


尚も言い淀む。よし、それならもう一押しだ。


「ユリウス様。もし私のお願いを聞いて下さり、私達の無実が晴らされた暁には・・

一緒にスイーツを食べに行きましょう!」


途端に生徒会長の目が輝きだす。

「な・何?俺とお前二人きりでか?!」


え?二人きり?エマと3人でじゃ無いの?


「どうなんだ?ジェシカ。俺と二人きりで行ってくれるのだろうな?!」


「そ、それは・・・。」

言い淀む私。


「さあ、俺の選んだ服を着て、俺と一緒に二人きりでデートをすると誓えるのだな?!」


は?何それ。私そこまで言ってませんけど?!

すると再び、生徒会長は以前のように私の両肩をガシッと掴むと睫毛が触れそうになるくらい顔を一気に近づけて来る。ギャ~っ!だから、距離が近すぎるってば!!

そこをマリウスとルークのお陰で一気に距離を離される私達。ほっ・・助かった・・・。


「な、何をするのだ!ルーク!」


怒る生徒会長を冷静な目で見るルーク。


「いや。別に。ただ二人の距離があまりに近すぎたので引き離しただけですが。」


至って真顔で言うルークだが、眉間に青筋が立っている。あ~これは相当怒っているようだ。


「大丈夫でしたか?ジェシカお嬢様?」


マリウスが心配そうに覗き込む。だから、貴方も距離が近すぎるのよ!

結局、生徒会長の特権乱用で私たちは5日間の猶予を無理やりもぎ取って、自分達の濡れ衣を晴らす為に自由に動ける時間を獲得する事が出来たのだ。

しかも私はその見返りとして生徒会長に誓約書を書かされてしまった。内容は・・・ああ、もう思い出したくも無いから記憶の隅に追いやってしまえ。



「ところで、ナターシャ様の盗まれた下着と言うのは、結局どうなったのですか?」


マリウスが尋ねると、生徒会長は溜息をつきながら言った。


「だから、昨日ルークとマリウスのカバンの中から出てきたのだ。」


「は?」


マリウスはぽかんとした。


「おい、嘘だろう?」


ルークは苦笑いをする有様だ。


「ま、まさか・・・生徒会は勝手に俺とマリウスのカバンを漁ったと言う事か?!」


怒気を含んだ声で言うルーク。彼が起こるのも無理は無い。勝手に本人たちの了承も得ずに、他人の持ち物を漁るなんて事が許されていいはずが無い。


 それにしてもカバンから下着が出て来るなんて・・・何てベタなお決まりパターンなの!大体カバンの中なんて、隙を見れば教室の中にいる誰もがこっそり入れる事だって出来るじゃ無いの。そんな単純な事なのに疑いもせずに信じるという事は・・・彼等はどうしても私達を罪に陥れたいのだろう。それに、あの寮母もそうだ。何故かは知らないが私は相当嫌われているらしいが理由が全く分からない。

おまけにあのメモのどこが暗号のような文なのだ。マリウスが書いたメモの中身は噴水前広場の前で待っているとの内容だったのに。・・・こうなったらもう明白だ。

きっと生徒会も寮母もナターシャもソフィーによって懐柔?もしくは買収か脅迫でもされて動いているに違いない。

けれど今は彼等を何とかするよりも自分たちの身の潔白を晴らすための証拠を見つけるしかない。

さて、どうすれば疑いを晴らす事が出来るのだろう―?





2



自分たちの身の潔白を証明する為、行動を始めた私達。校舎の外へ出ると、何故だか周囲の学生達から遠巻きにジロジロ見られている。

おまけに何事かヒソヒソと話しているでは無いか。まあ・・・どんな事を話しているのかは聞かずとも想像がつく。私は溜息をついた。折角努力して少しずつ周囲から信頼して貰えるようになってきたのに、今までの努力がこれでは水の泡だ。


「とにかく、一刻も早く私たちが犯人では無いと証明できるアリバイを見つけないと・・。」

私が呟くと、男2人は首を傾げる。


「アリバイ?」


「アリバイとは何の事ですか、お嬢様。」


そうか、彼等はアリバイという言葉の意味を知らないのだ。え~と、アリバイとは・・。

「あ、あのね。アリバイっていうのは何か犯罪・・・例えばこの場合は覗き見と下着泥棒ね。これを私たちが、その時間に犯行現場にいなかったって事を証明する意味の言葉なの。」

そうなのだ、第一私はあの日20時半に入浴をしに行っていないのだから。

始めはあの時間にナターシャの元へ行こうかと考えていたのだが、迷惑になるだろうと思い、部屋を訪れるのをやめにした。そしてお風呂へ行こうと準備を始め、部屋を出たのが20時40分。部屋を出る時に時計を確認して出たのでこの時間は間違いない。

だから時間的に矛盾が生じる。ナターシャは何時に大浴場へ行ったかは訴状に書いていない事自体が怪しいのではないだろうか?

それに私は自分がお風呂に入っている間は誰一人として会っていないし、当然ナターシャにだって会っていない。私は21時20分にお風呂を出たけれども、大浴場を使える時間は22時と決まっている。まさかあの時間から浴室を使う女生徒がいるとは到底思えない。

でも何故、私が詳細に入浴時間を覚えているかと言うと・・・それには明確な理由がある。学院の入浴施設を使用するときは入り口にかけてあるボードにいつ、何時に入浴をしたかを記載する黒板があるからだ。それにはっきり時間を書き込んでいるので忘れるはずが無い。ああ・・あれが黒板で無ければ、例えばノートのように紙に書き込みをするようになっていれば時間の証拠が残っていたのに・・・。


ずっと私が難しい顔をして考え事をしていたからだろうか?マリウスが声をかけてきた。


「大丈夫ですか?ジェシカお嬢様。」


「うん、大丈夫・・・じゃないかな?あんまり・・・。アハハ・・・。」


無理に笑ってみてもちっとも不安は拭えない。


「すまなかった、ジェシカ。俺があんな時間に女子寮に近付きさえしなければ良かったのにな・・。」


申し訳なさそうに言うルーク。


「何言ってるのよ。ルークはちっとも悪くないから。そう、悪いのは・・・。」


そこではたと気が付き、私はゆっくりマリウスの方を振り向く。


「ええ?!わ、私が悪いのですか?!」


 マリウスは情けない声を上げて自分を指差す。私はキッとマリウスを睨み付けると言った。

「そうよ!元はと言えばマリウスが全部悪いのよ!ナターシャさんにしっかり自分の意思を告げられなかった事も、一緒に町へ行きたくないって言えなかったのも・・・そのせいで私は酷い目に遭ったのよ!ルークがいなければあの時どうなっていたか分からなかったし・・!」


「お、おい。ジェシカ・・あまりマリウスを責めても・・ん?」


そこでルークははたと気が付いたようだ。そして顔をひきつらせた。何故ルークがそんな表情になったかって?答えは簡単。


「お、お嬢様・・・。さあ、もっと私に言いたい事があるのですよね?!さあ、遠慮せずにもっともっと私を激しくなじって下さい!」


真っ赤な顔で興奮してプルプルとチワワの様に震えるマリウス。よし、貴方がそこまで言うなら、こちらも遠慮などしないからね。ルークの前だろうと構うものか。

私だっていい加減ストレスたまりっぱなしなんだから!


「あの日の夜だって、マリウスが私を夜呼び出さなければ、あまつさえ私に罰を与えてくれだなんて頼まなければ私だって、芝生公園で星の数を数え・・・ん?」

そこで私はピンときた。


「どうした、ジェシカ?」


ルークが声をかけてきたが、今はそれどころではない。


「そうよ・・・星よ!」

私はマリウスの腕を掴むと激しく揺さぶった。

「ねえ、マリウス。確か星の数を数えた時、スケッチブックに書き込みをしたと言ってたわよね?」


「え、ええ・・言いましたけど・・・。」


マリウスは私にガクガク揺さぶられながら答える。


「どんなふうに書いたの?!」


「え?どんな風とは・・・?」


「う~それじゃ、貴方が書いたスケッチブックを今すぐ持って来て頂戴!」


「は、はいっ!お嬢様!」


元気よく?返事をしたマリウスは一目散に寮へ向かって走って行った。

後に残されたのは私とルーク。彼は全く訳が分からないという具合で私を見ると言った。


「ジェシカ、一体どういう事なんだ?俺にも分かるように説明してくれないか?」


「うん、勿論。でもその前に・・・お昼食べない?」

私はにっこり笑って言った。だってもうお腹が減って限界だったからだ。


 マリウスが分かるようにと、先程別れた場所のすぐ近くのベンチに座っている私。

ルークは今3人分のランチを買いに行ってくれている。

ふう~・・・うまくいくといいけど・・・。

私がため息をついて下を向くと、不意に私の視界が暗くなった。


「?」

不思議に思って顔を上げると、そこにはかつてナターシャの取り巻きをしていたグループの女生徒達が私の周りを囲むように立っていたのだ。

え~と・・・ごめんなさい。顔は分かりますけど、名前がちっとも出てきません。

私が黙ったまま彼女たちを見上げていると、吊り上がった目に、金髪縦ロールヘアの髪型をした女生徒が話しかけてきた。


「リッジウェイ様。貴女ついにやってくれましたのね。」


え?やったっとは一体何の事でしょう?


「ほんと、あのナターシャさんに随分すごい嫌がらせをしたんですね。しかも他の男性2人を巻き込んで。」


ストレートヘアを肩先で切りそろえた女生徒が言う。


「まあ、私達としてはいい気味だと思いますけど。リッジウェイ様も一度はマリウス様やノア様をナターシャ様に獲られて仕返しをと考えられたのでしょう?」


は?仕返し?一体何の事でしょう?私は逆にナターシャとソフィーに罠に嵌められて大ピンチになっている所なのですが。


「でも少々やり過ぎたようですね。あのままナターシャさんが泣き寝入りするような女性だと思っていたのですか?」


クスクス笑いながら言うのはセミロングの垂れ目の女生徒。


「男子学生ばかりに愛想を振りまいていれば今に足元を救われますのよ?どうです。私達と手を組んで、もっとナターシャさんを追い詰めてやりたいと思いませんか?」


う~ん・・この女生徒は・・・一番大人し気な顔をしているのに、誰よりも怖い台詞を吐いているような気がするよ。

私があんまり黙っているので、痺れを切らしたのかリーダー各の女生徒が言った。


「リッジウェイ様、いつまでだんまりを続けているつもりですか?何か仰ったらいかがですか?」


イライラしながら私を睨んできた。はあ・・仕方が無い。


「あの、少しよろしいですか?」

私は立ち上がると言った。


「私はナターシャ様を陥れるような真似はしていません。むしろ勝手にあの方に恨まれ、罠にはめられたのです。そのせいで、今の私と・・・マリウスにルークは危機に追いやられています。今は自分たちの濡れ衣を晴らす為に考えている最中です。それに第一、私はナターシャ様を追い詰めてやろう等という気は一切ありませんので、私に構わないで頂けますか?それ程暇人ではないので。」


一気にしゃべってやった。そうよ、私は貴女方と違って誰かを陥れるな程の暇人では無いのだ。そういう嫌がらせをやりたいのなら、どうか私に聞こえない様な場所でやってもらいたい。

暇人と言われプライドが傷つけられたのか、彼女たちはブルブル顔を赤く染めて震えている・・・。


「あ・・貴女!私達を馬鹿にするのですか?!」


え?釣り目の少女が私に向かって手を上げようとして・・・・。

ガシッ!腕を掴まれ、止められた。

そこに立っていたのはマリウスだった。




3



「マ、マリウス様・・・!」


腕を掴まれた釣り目の女性は明らかに動揺している。が・・その動揺の中にマリウスに見つめられ、頬を染めている姿もばっちり確認できる。う~ん、やはりイケメンは気の強い女性の心も一発で射止めてしまうのだろう。


マリウスは掴んでいた女性の手を離すと言った。


「貴女方・・・一体何をされていたのですか?ジェシカお嬢様は私の大切な主です。その主を傷つけようとする者は例え女性であれ、見過ごす事が出来ませんよ。」


 冷たい声で言い放つマリウス。そう、今のマリウスは以前に私がノア先輩に手を出されそうになった時と同じ表情をしている。

マリウスに睨まれ、途端にしおらしくなる令嬢達。


「い、いえ・・私達は別にその・・・。」

「少しだけリッジウェイ様とお話していただけですわ。」

「そ、そうなんです。お友達になれるかと思いまして。」


「その割に随分剣呑な雰囲気でしたよ?5人でジェシカお嬢様を取り囲んで・・・。」


 相変わらず冷たい瞳のマリウス。彼女達の私に対する態度が許せない様だ。

中には憧れ?の王子様的存在のマリウスに冷たい態度を取られ、ショックなのか目に涙を浮かべている女生徒までいる。あ~あ・・。ちょっとやり過ぎだよ。


そこへルークが3人分の昼食を持って登場。


「悪い、ジェシカ。遅くなって。ところで・・・・何があったんだ?」


私を庇うように女生徒5人を睨み付けているマリウス。それはルークにしてみれば正に??な出来事であろう。


「いえ、何でもありません。ああ、ルーク様。ランチを買ってきて下さったのですね。丁度向こうの公園でテーブルと椅子が置いてある公園があるので3人でそこで食事にしましょう。」


マリウスは言うと、わざとらしく私の肩に手を回し、女生徒5人に言った。


「よろしいですか?貴女方。もう二度と私の大切なジェシカお嬢様の側に近付かないで下さいね。さ、参りましょうか、お嬢様。」


 最期に彼女たちに爆弾を投下した。

ちょ、ちょっとっ!あまりにもそれは彼女達にあんまりな態度では無いの?

しかも何よ、肩に手を回すのはやめてくれる?

私は思わず彼女たちを振り返った。あ~あ・・・。可哀そうに皆涙浮かべてるよ。

ほら、あの女の子なんか思い切りすすり泣いてるよ。マリウスめ。なんて厄介な真似をしてくれるのだ?毎朝ホールで朝食を食べ、彼女達と顔を合わせなければならないこちらの身にもなって欲しい。


「マリウス・・・お前って案外怖い奴だったんだな・・・。」


 ボソリと呟くルーク。うん、そうなんだよ。マリウスって色々な意味で実は怖い男だったんだよ・・・。



「それで、マリウス。私が言ったスケッチブック持って来てくれたの?」

私はルークが買って来てくれたクラブサンドを食べながら尋ねた。


「ええ、勿論ですよ。御覧になりますか?」


ぺらりとスケッチブックをめくるマリウス。


「おおっ!」


「す、すごい・・流石ね、マリウス。」


 ルークと二人で歓喜の声を上げる私達。マリウスのスケッチは完璧だった。星空を観測した日付と時間、座標がきっちり書き込まれ、丁寧に星の位置を描いている。

ご丁寧に観測した場所まできちんと記入されているし・・・。


「お嬢様、もしかしてこれが・・・?」


マリウスの言葉に私は大きくうなずいた。


「そうよ!この日付は私たちがナターシャさんに訴えられた日付と同じ、しかも時間を見て。寮母さんの話とでは辻褄が合わないわ!つまり、ナターシャさんがお風呂場を覗かれ、そして下着を盗まれたとする時間はマリウスはこの場所にいたって事になるのよ!」


「おお!すごいじゃないか!ジェシカ!」


ルークは大喜びしている。それはそうだ。だってこれは明白な証拠。これさえ持って見せればきっと私達のアリバイは証明され、嘘をついていたのはあの3人という事になるのだから・・・。


「それではお二人とも、昼食を食べ終えたらすぐにこのスケッチブックを持って行き生徒会長の所へ参りましょう。」


マリウスもすっかりご機嫌だ。良かった、こんなに早く誤解を解く事が出来るとは。

これで明日には謹慎処分も解けて授業に再び出る事が出来るだろう。

私達はそう思っていた。この時までは・・・・・。



「何故だ?!何故この星の観測スケッチが証拠にならないと言うんだ?!」


 ここは生徒会室。そして生徒会長に詰め寄っているのはルークである。

ほんと、たった1日で実はルークは情熱溢れる若者だったと言う事が良く分かった。


 あの後、私達は喜び勇んで、昼食後に生徒会室を訪れた。そして早速マリウスが描いた星空観測のスケッチブックを見せたのである。


「し、しかしだが、このような天体観測の絵がれっきとした証拠になると言い切れるのか?俺が彼等・・・この彼等と言うのは生徒会の連中の事だぞ?このスケッチブックを、はい。この星空観測の絵がナターシャが風呂を覗かれたと言っていた時間はこの広場にいた事を現しているので、犯行は不可能でした、等と説明して納得できると思うのか?」


生徒会長は冷汗をかきながらも反論してくる。ねえ、一体貴方はどちらの味方なのですか?やはり所詮は生徒会長。私達を裏切るのか?


「生徒会長、貴方はどちらの味方なのですか?!」


流石にマリウスも口を挟んできた。


「う、煩い!俺はどちら側の味方でも無い!大体あの生徒会の連中がこの俺の話を信じてくれるとでもお前たちは思っているのかあっ?!あいつらが俺の言う事に耳を全く傾けない事等所詮部外者のお前たちには知る由も無いだろうっ!!」


 やけくそのように喚く生徒会長。

あ、何だか身も蓋も無い話にすり替わってるよ。と言うか、貴方仮にも生徒会長でしょう?その生徒会長が誰からも信頼されていないなんて・・・もうこの人も終わりかな・・・。ひょっとすると今回の私達の事件のせいで失脚させられちゃったりしてね。大体、自分の話を誰も信じてくれない等と偉そうに言わないで貰いたい。


 生徒会長の余りの言い分にマリウスもルークも開いた口が塞がらない様子でぽかんとしている。それは驚いたでしょうね。でも私は2人よりも前からこの人はクズ生徒会長だと言う事を知っていたのだよ。はあ・・・しかし相変わらず本っ当に使えない生徒会長だ。もしこの生徒会長が失脚したなら、今度こそ絶対にまともな人に生徒会長を務めて欲しい・・。


「ん?しかし・・・待てよ。そうだ!あの人なら・・・!」


急に何かを閃いたかのような生徒会長。え?何か良い考えが浮かんだのですか??


「どうした?早く教えろ!生徒会長。」


あ~あ・・・。ルーク。とうとう敬語も使わず、完全にため口使ってるよ。しかも命令口調だし。でもそれは当然だ。こんな生徒会長に敬語使う事すら勿体ないって誰でも思うもの。私でさえ、表面上は一応生徒会長だし、先輩なので敬語を使って話をするけれども、心の中では毒づいてばかりだ。まあ、今は兎に角生徒会長の話の続きを聞かなければ。


「ユリウス様、その方とは誰なのですか?」


「う、うむ・・・。その人は学生では無く、天文学を教えている講師なのだが・・。名前はジョセフ・ハワード。お前達も知っているだろう?新入生は全員その講師の授業を受けるのが必須科目となっているからな。」


生徒会長はゴホンと咳ばらいをして言った。


「ええ?その講師なら今朝の講義を受講しましたよ?」


マリウスは驚いたように言った。


「そうか、なら今からその講師の部屋へ行けばきっと会えるな!恐らく彼なら科学的にその天体観測のスケッチが正しいかどうか判断してくれるに違いない!」


ルークは立ち上がると言った。


「そうね!それじゃ今から皆でその講師の元へ行きましょう。」


しかし、ここで水を差す生徒会長の言葉があった。


「それが・・・申し訳ないが、彼のスケジュールを今確認したのだが、臨時講師なので、次にこの学院にやって来るのは・・・後2日後なんだ・・・。」


「「「え~ッ?!」」」


私達の驚きの声が一斉にハモった・・・。




4



ガチャッ!

その時、突然ノックも無しに部屋のドアが開いた。そして私は入ってきた人物を見て背筋が凍り付きそうになった。そこに立っていた人物は・・・。ノア・シンプソンだったのだ。


「へえ~。何か騒がしいと思って生徒会室に来てみたら・・・君が来ていたんだね。初めてじゃないの?こんな所で会うなんてさ。」



「「!」」

マリウスとルークが咄嗟に私を背後に庇う。


「ノア!お前・・・!言ったはずだろう?本日は生徒会室へは出入り禁止だと!全く普段はちっとも顔を出さないくせに・・・こんな時だけ・・!」


 生徒会長が苦々し気にノア先輩を見つめて言う。え・・・?生徒会長、貴方そんな余計な話をしたのですか?そのような意味深な言い方をされたら誰でも気になるのが人間の性。

だから理由を探るためにこの生徒会室へとやってきたのだろう。誰だって考えれば分かるようなものなのに・・・。恐らくこの生徒会長は人の心の機微に最も疎い人物ではないだろうか?それとも何か深~い訳があって・・・?いや、この生徒会長に限ってそんな事は無いだろう。考え無しに本能のまま行動するような人間なのだから。


「ねえ・・・ずっと君に会いたかったんだよ?会いたくて会いたくて、どうにかなりそうだった・・・夜も眠れない程にね・・僕をこんな風にした責任・・君に取って貰いたいなあ?」


そう言って妖艶に笑うノア。やっぱり嫌だ、この人は怖い・・・!全身に鳥肌が立つのが分る。返事をせずにマリウスとルークの背後に隠れて2人の背中にしがみ付く。


「ノア先輩・・・いい加減お嬢様に付きまとうのは止めにしていただけませんか?」


私を背に庇いながらノアと対峙するマリウス。


「そうだ、俺はあんたと勝負に勝ったんだ。だからもうジェシカの前に姿を現すな。」


怒気を含んだ声で言うルーク。


「ああ、何だ。誰かと思えばまた君達か?そうやってまた彼女のナイト気取りをしているんだね?」


ルークとマリウスの事を思い出したノア先輩に生徒会長は言った。


「いい加減にしろ、ノア!お前にジェシカは渡さない!何せジェシカは俺の物だからな!!」


「「「違うっ!!」」」

私とマリウス、ルークで同時に生徒会長の言葉を遮る。


「煩いなあ。今まで僕はね、どんな女性も黙ってたって勝手に相手から寄ってきてたんだよ。僕の意思なんか完全に無視してね・・!僕の家はね、伯爵とは名ばかりの貧しい貴族だったのさ。でも僕が、色々な女性から色目を使われているのを家族はいい事に、家の家紋を守る為にお金と引き換えに家族に売られ、色々な女性の相手をさせられてきたんだ。信じられるかい?それも僕がたったの13歳の時からだよ?それがどんなに嫌だったか・・・君達には分からないだろう?毎晩のように好きでも無い女性を相手にしなくてはならない僕の気持ちなんてね・・・。だから僕は全ての女性を軽蔑して今迄生きてきた。でもね、ジェシカ。君が初めてだったんだよ?僕を拒絶したのは。だから・・・僕は君に興味を持った。そして、どうしても手に入れたくなったんだ。」


 私達は息を飲んで黙ってノア先輩の話しを聞いていた。知らなかった・・・。そんな壮絶な過去を持っていたなんて。 


「だから・・・ね。ジェシカ。僕を・・。」



ノア先輩の瞳に狂気の色が再び宿る。


「「「!」」」

私の前に生徒会長、マリウス、ルークがノア先輩から庇うように立ちはだかる。


「ジェシカ・・・。」


ノア先輩が私の名前を呼ぶ。

「嫌!来ないで!」

怖い、怖い!お願いだから私の名前を呼ばないで!


「ジェシカ・・・。何故そこまで僕を拒絶するの・・?」


その時、私は聞いた。余りにも悲しげなノア先輩の声を。


「ほら、ジェシカがどれだけお前を怖がっているかこれで良く分かっただろう?!お前のような男には俺達の大切なジェシカは渡せない!それに俺達は今、大事な話し合いの最中なのだ。分かったら早くここから立ち去れ!」


そこへ追い打ちをかけるような生徒会長の叱責が飛ぶ。


「クッ・・・!」


 ノア先輩は悲し気に顔を歪めると走り去って行った。その表情を見た時、私の胸は何故か締め付けられるように苦しくなってしまった。どうしよう、いくら怖かったとは言え、ノア先輩を傷付けてしまった・・・。


「大丈夫でしたか?お嬢様。」


「大丈夫だ。ジェシカ。またあの男がお前の前に現れても必ず俺が守るから。」


マリウスとルークが私を気遣ってくれる。だけど私の頭からはノア先輩の悲しそうな表情がどうしても頭から離れない。


「全く、ノアにも困ったものだ。自分の置かれた立場をまだ理解していないらしい。相手にどれだけ嫌われてるか気づいていないとは愚かな奴だ。」


・・・生徒会長、私も人の事言えませんが、空気読んで下さいよ。あんな傷付いた顔してる人に残酷な台詞を投げつけるなんて。絶対生徒会長の前世は鬼に違いない。この鬼畜め。こんな男に気に入られるとは、私はなんて不幸な女なのだろうか・・・。私は深いため息をついた。


「まあ、あれだ。話はそれてしまったが、後2日はジョセフ講師はこの学院には来ないのでそれまでは各自寮で謹慎している他ないだろうな。」


生徒会長の言葉に私たちは唖然とした。


「ち、ちょっと待って下さい!5日間の猶予を生徒会長から頂きましたよね?それなのに何故ジョセフ講師が来るまで謹慎処分を受けなければならないのですか?!」


私はあり得ないと思い、興奮して思わず声を荒げてしまった。


「ジェシカ・・・だから俺の事は生徒会長ではなく、ユリウスと呼べと前から言っているだろう・・?」


生徒会長の自分の名前の呼び方についての言い分はこの際、完全に無視して私は頭を抱えてしまった。


「し、仕方が無いだろう。いくら俺が五日間の猶予を与えても生徒会の審議委員会にかけてOKが貰えるまでには二日間かかってしまうのだから・・・。これで証拠が見つかっていれば、すぐにでもお前たちの罪状を取り下げる事が出来たのだが・・。」


 その時だ。突然ドアが開けられ、先程生徒会長から追い出された3人の指導員がズカズカと部屋へ入って来た。


「何事だ!お前達にはこの部屋から出ていくように命じたはずだが?!」


生徒会長は睨みを利かせて指導員達に言った。それを見て私は思った。何と強気な態度なのだろう・・・。まるで軍人のような言い方だ。強面顔で軍人のようなコスプレに軍人の様な話し方をする生徒会長。に、似合い過ぎている・・・!

しかし、3人はそれに動じる事も無く、交代で話始めた。


「ところが、そうはいかないんですよ。生徒会長。只今我々は貴重な昼休みの時間をわざわざ割いて、生徒会審議委員会を開いて話し合いをしていたのですよ?ああ、今何故自分を会議に参加させないのだと思いませんでしたか?私情まみれの今の貴方を会議へ出席させるわけにはいかないんでねえ。」


「ええ、そこにいるジェシカ嬢にすっかりのぼせてしまった今の貴方じゃ全く使い物にならないんですよ。審議委員会にかけた結果、この3名の疑いが晴れなかった場合は、責任を取って生徒会長、貴方の任も解く事に決定しましたよ。何せ強引に五日間の猶予を与えるなんて書類を勝手に作って・・・最後の文章にきっちり署名してありましたよねえ。『彼等の疑いが晴れなかった場合は全ての責任は自分が取る』とサインされてますよ。」


「ま、貴方みたいなお飾り生徒会長はこちらとしても操作しやすかったですね。

それにしてもこんなにも上手くいくとは思いませんでしたよ。やはりあの人物の言う通りに動いて正解だったな。」


「あの人物だと?」


ルークの眉がピクリと動いた。


「ば、馬鹿!お前何余計な事口走ってるんだ!」


最期に話をした男子学生をリーダー格と思われる学生が叱責した。

おかしい・・・絶対に彼等は何かを隠している。しかし・・・。


「お前たちは寮ではなく、謹慎部屋へ連れて行く事が決定した!」


もう1人の指導員が無情にも私達に言い渡す。


 謹慎部屋・・・。以前グレイが閉じ込められていた部屋だ。まさか自分がそこへ入れられるとは思いもよらなかった。



こうして私、ルーク、マリウスは指導員達に謹慎部屋へと連れて行かれる事となったのだ―。

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