第6章 2 私達は罠に嵌められる
1
ここ数日、周りが静かになり私の中で平穏な日常が続いている。
それは何故かと言うと・・・。
いつものように授業に出る為に寮を出るとそこに立っていたのはルークだった。
「おはよう、ジェシカ。」
照れたように笑うルーク。
「おはよう、ルーク。」
私も笑顔で返す。
「ジェシカ、一緒に教室まで行かないか?後・・昼も出来れば一緒に食べたいんだが・・。勿論、ジェシカの友達の中に混ぜて貰えれば構わないから。それで、夜はサロンに酒を飲みに行かないか?実は新種のカクテルが増えたらしいんだ。」
え?新しいカクテル?それは是非試さなくては!
「うん、勿論行くわよ!新しいカクテルか・・今から楽しみ。そうだ、ルーク。この間合宿所から送ってくれた果実酒、ありがとう。ごめんねお礼を言うの遅くなって。とっても美味しかったよ。あのお酒町でも売ってるかなあ?もし売ってるなら今度の休暇に買いに行こうかな?」
私はあのお酒の味を思い出す。本当に凄く美味しかった。あんまり美味しくてたったの1週間で飲み干してしまったくらいだから。
それにしても・・・私は視線が気になり後ろをチラリと振り返った。
すると何故か私たちから20m程の距離をあけて、建物の影から彼らが後を付けているのが確認出来た。勿論彼等と言うのはマリウス・アラン王子・グレイ・ダニエル先輩・そしてついでに何故か生徒会長だ。特に気になるのはアラン王子と生徒会長の視線だ。かなり敵意を持った視線をルークに向けているようで、気の毒になって来る。後でアラン王子に酷い目に遭わされなければいいのだけど・・・。
「ねえ・・・?あの人達、一体あんな所で何してるの・・?」
私はルークに尋ねてみた。
「ああ、それは・・。以前ジェシカが俺達に毎日取り囲まれていたら、周囲の注目も浴びてしまうし、静かに学院生活を送れないので構わないで欲しいって言った事があるだろう?」
ルークは困ったように言った。あーそう言えば、そんな事言った気がする。だって6人の男性達に始終付きまとわれていたら、エマや新しく出来た女友達に敬遠されてしまう。私だって時には女子会等を行って楽しみたいのに、アラン王子達のせいで、女子会どころではない。それに、私にはアカシックレコードについて調べなければならない使命?と記憶を無くしたアメリアと仲良くなり、何とか彼女に記憶を取り戻してもらい、本当の名前を聞きださなくてはならないのだ。
「だからアラン王子の提案で皆で話し合いをして、ジェシカが嫌がらないように日替わりでジェシカの側についてノア先輩から守るようにしたんだ。」
成程、交代で私の警護をしてくれると言う訳ね。ありがたい事だ・・。それにしても早くノア先輩の事、解決して欲しいものだ。もういい加減私の事は諦めて別の女性に興味を持ってもらえないだろうか。
「ノア先輩も物好きだよね。私なんかよりよっぽど魅力的な女生徒が沢山いるのに。私が興味を持たなかった事が余程自分のプライドが傷ついたんでしょうね。意地を張って私を自分に夢中にさせたいのかもね。」
笑いながら言うと、ルークは真顔で言った。
「いや・・・俺はそう思わないけどね。だって俺から見てもジェシカは魅力的な女性だと思う・・・から・・。」
顔を赤らめながらも必死で言葉を探すルーク。
「ルーク・・・。」
そこで私達が見つめ合うと・・・。
「コラ!そこの2人!必要以上に見つめ合うな!」
暴君生徒会長の喚き散らす声が聞こえた。
あ~もう、うるさいなあ。
「ルーク!それ以上ジェシカに近寄るな!距離が近過ぎる!」
アラン王子に叱責されて、ルークの肩がビクリとする。他のメンバーは傍観者に徹していると言うのに・・・。
私はため息をつくと、ルークに言った。
「ルーク、ちょっと待っててね。アラン王子と話をつけてくるから。」
そして私はアラン王子達の元へ向かった。
「ん?どうした?ジェシカ?」
声をかけてきた生徒会長を無視し、私はアラン王子の前に立った。
「アラン王子、お話しがあります。」
「ああ、ジェシカの話しならどんな事でも聞くぞ?」
嬉しそうなアラン王子。そうか、それなら遠慮なく言わせて貰おう。
「アラン王子。今日はルークが私の護衛をして下さる日なんですよね?」
「そうだ、不本意ながらな。」
頷くアラン王子。何それ?不本意ながらって。どうにもアラン王子の言い方が気に入らない。
「アラン王子、ルークに聞きましたが、アラン王子の提案で私を交代で警護する事をとり決めたと聞きましたよ?それなら本日は私とルークの2人きりにさせて頂けますか?アラン王子にそう睨まれてはルークが気の毒です。勿論、他の方々にも言える事です。」
私は毅然とした態度で全員を見渡しながら言った。
「う、し・しかし・・・。」
尚も言い淀むアラン王子。そこで私は念押しする。
「い・い・ですね?」
「わ、分かった・・・。」
仕方無く頷くアラン王子。
「なるほど、確かにジェシカの言う通りだ。」
生徒会長の言葉に私は切り返した。
「ユリウス様、それは貴方にも言える事ですよ?それと、ユリウス様は私の警護よりノア先輩を何とかして頂けますか?」
「何故だ?!何故俺の警護はいらないと言うのだ?そんなにこの俺では頼りにならないと言うのかぁっ?!」
またまた大袈裟によろめくリアクション生徒会長。ほら、マリウスやグレイ、ダニエル先輩だって呆れているよ。こんなウザイ生徒会長に警護されるなんて御免こうむる。こんな男に付きまとわれるなんて冗談じゃない。
大体、貴方は生徒会長。忙しい身分なのでは無いですか?
「生徒会長、ご安心下さい。私はジェシカお嬢様の下僕ですから、その分しっかり警護させて頂きます。」
出た、変人M男マリウス。すると今度はダニエル先輩が言う。
「元々は僕が先にジェシカの警護を言い出したのだから、僕に生徒会長の分まで任せてくれれば良いよ。だって僕達は君たちよりずっと親しい間柄だしね?」
「何をおっしゃるのですか?ダニエル先輩。私は10年前からずっとお嬢様付だったのですよ?」
マリウスが前に出てくる。
「な、なら俺も・・・。」
グレイが手を挙げるが
「グレイ!お前は黙っていろ!!」
アラン王子に一喝され、しゅんとなる。これにはもう我慢出来ない。
「もう警護をしてくれる方は私が選ばせて頂きます!ルークとグレイ、そしてダニエル先輩とマリウスにお願いします!アラン王子と生徒会長にはご遠慮願います。」
「「何故だ!!」」
またまた綺麗にハモる2人。案外彼らは気が合うのかもしれない。
まさか俺様王子と暴君生徒会長はお断りと言えないので私は最もらしい理由を述べる。
「アラン王子は一国の王太子様です。そのような方に警護をお願いするなど恐れ多い事は出来ません。またユリウス様は生徒会長なのですから、副会長のノア先輩を何とかして下さい。」
アラン王子達はがっくり肩を落としているが、やむを得まい。なにせ一番危険な相手はアラン王子なのだ。あの夢が正夢なら下手に側にいると身の危険を感じるし、ソフィーが何より恐ろしいからだ。
一方、嬉しそうなのはマリウス達だ。
何か妙な言葉を口走りそうなマリウスを手で制し、よろしくねと3人に握手すると私はルークの元へ戻った。
勿論、今日はこれ以上私とルークに付きまとわないように言い聞かせてから。
すごすごと去って行く彼等の後ろ姿を見送りながら、ルークは私に言った。
「ジェシカ、今日は俺とだけで過ごしてくれるのか?」
「勿論、だってあまりに大勢に付きまとわれてたら気が休まらないもの。今日はよろしくね。ルーク」
言うと、ルークは照れたように笑うのだった・・・。
2
「ジェシカ、さっきはありがとう。その・・・アラン王子に意見を言ってくれて。」
歩きながらルークが私にお礼を言う。やっぱりルークもアラン王子に対しては色々言いたい事があるのだろうな。
「ルークもグレイも大変だよね。アラン王子が相手なら苦労が絶えないでしょう?こんな学院にまで付き合わされて・・・。」
「いや、でもアラン王子には感謝してるんだ。俺もこの学院に入りたかったから。勿論グレイもそうだけど。」
それは意外だ。この学院はもしかすると若者たちの憧れの学院なのかもしれない。
「そうだったの?全然知らなかった。でもこんな言い方したらいけないのだろうけど、アラン王子はあまりにもルークやグレイにきつく当たり過ぎてると思うのよ。だからルークとグレイには一時的になるだろうけど私の警護をお願いしちゃったんだよね。だって私の警護をしてる間はあのアラン王子から離れていられるわけでしょう?」
それを聞くとルークの目が丸くなった。
「ジェシカ・・・もしかして俺達の事を考えてお前の護衛に選んでくれたのか?」
「うん、まあそんな感じかな。」
でも本当はアラン王子と生徒会長だけは絶対お断りしたかったからでもあるのだけど。でもそこは伏せておこう。だってルークが何だか嬉しそうな顔をしていたからわざわざ余計な事は言う必要はあるまい。
やがて私たちは教室の前までやってくるとルークが言った。
「それじゃ、今日の昼食・・一緒に食べていいか?」
「うん、大丈夫。でも友達数人と一緒でも大丈夫?」
女だらけの空間に男1人は居心地悪いのではないだろうかと思い、私は尋ねた。
けれども、全く問題は無いとの事だったので、ランチを一緒に食べる事を約束し、私達は教室の中へと入って行った。
ルークは一番前の座席で、アラン王子とグレイのすぐ傍の席である。着席するやアラン王子から何事か責め立てられているような・・・?もういちどアラン王子には強く抗議しておく必要があるかもしれない。
「お嬢様・・・。少し教室に入るのが遅かったのではありませんか?」
着席するや否や、いささか不満げな目で私を見つめて来るマリウス。う、何故マリウスにそのような言い方をされなくてはならないのだろう。
「そうかな?別に普通に歩いてきただけなんだけど?」
「あの後、アラン王子が荒れて大変だったのですよ?私達だけでなんとかアラン王子を治めましたが・・・。でもいささか疲れてしまいました。もうこの疲れを癒すにはお嬢様からきつーいお仕置きをしていただく他ありません。さあ、以前のようにお願いします!」
さあさあと私に強請るマリウス。くっ・・・・本当にこの男は救いようが無いM男だ。よし、それならば・・・!私はある考えが閃いた。
「ねえ、マリウス。もうすぐ仮装パーティーが行われるのよネ?」
「ええ!今からとても楽しみです。お嬢様、当然エスコート役はこの私に任せて頂けますよね?!ああ・・・今からとても楽しみです。お嬢様の手を引いてダンスホールに入場する瞬間が・・・。」
マリウスはうっとりしたように語っている。だけど、残念だったね。マリウス君。私は仮装パーティーになんて、これっぽちも出たい気持ちがないのだから。
そこで私は言った。
「ねえ、マリウス。私素敵なお仕置きを考えたのよ。」
「そ、それはどんなお仕置きですか?」
嬉しそうなマリウス。そこで私はすかさず言う。
「そう、今回のお仕置きはこうよ。貴方は仮装パーティーで女装してドレスで出席する。そして最低3人の男性からダンスを申し込まれなけばならない事。そして、最後まで女装だとばれてはいけない・・・どう?」
「え?ええ?!私に女装しろというのですか?!」
情けない声をあげるマリウス。ここですかさず追い打ちをかける。腕組みをすると私は冷たい瞳でじろりと睨み、吐いて捨てるように言った。
「何?もしかして貴方・・・ご主人様の命令が聞けないとでも言うの?」
「い、いえ!そんな事ありません!つ、謹んでお受けいたします!」
マリウスは顔を真っ赤にさせ、興奮に震えている・・。まあ、マリウス程の美形だ。女装すればかなりの美人になるだろう。私も密かにマリウスの女装を拝みたいと思っている。メイドの恰好をして安全な場所から・・・。ただ問題は、マリウスの身長である。どうみても180㎝越えの身長で男と言う事がばれないだろうか・・・?まあ、バレたらバレたでその時はその時だ。何せ、マリウスは極度のM男。周囲から軽蔑の眼差しで見られる事はマリウスに極上の喜びをもたらしてくれるに違いない。
隣に座っているマリウスを見ると、もうすでに彼は仮装パーティーで自分がどのうような恰好をすれば良いか計画を練っているようだった・・・。本当に変な所が生真面目なので、私には未だにマリウスと言う人物が理解出来ない。
今日の1限目の授業は天文学。この学院では天文学は必須科目となっているが、やはりこの天文学は、中々難解な授業で毎年落第点を取る学生が少なからずもいる。
その為、誰もが真剣になってこの授業を受けているのだ。かくいう私も天文学には少々抵抗があるので、これに関しては真剣に講師の話に耳を傾けている。
ちなみにこの天文学の臨時講師は分厚い、まるで牛乳瓶の底のような眼鏡をかけているし、無造作に伸ばした髪の毛のせいで表情も読み取れないし、年齢不詳の男性講師である。
「え~ですから、大きな満月と、最も光り輝く恒星が多い月は宇宙からの恵みの力を多く得られ、魔力も高まると言う仕組みになっております・・。」
教室に良く響き渡る声が耳に心地よく聞こえる。確かこの教授は天文学倶楽部の顧問もしてると言っていたっけ・・・。でもこんな堅苦しい倶楽部、入部している学生はいるのいだろうか・・・。ふと隣の席のマリウスを見る。マリウスは一生懸命授業を聞き、ノートもきっちりまとめて書いている。そう言えば以前、マリウスが私に謝罪したいと言ってきた時、スケッチブックに夜が明けるまで星の数を数えさせたことがあった時、綺麗に座標まで書き込んでいたっけ・・・。きっとマリウスは天文学が好きなのだろう。それなら私の事等気にせずにさっさと天文倶楽部に入部してしまえば良いのに。
私も何か倶楽部に入るつもりだったのだが、アカシックレコードの件、および図書館司書のアメリア(仮称)と親しくなると言う目的が出来たので、倶楽部に入部するのは当分お預けとなりそうだ。いや、そもそも呑気に倶楽部活動をしている余裕など今の私には無い。今後1年以内に必ず私が悪女として裁かれる未来がやってくる。裁判にかけられたら間違いなく私は罪人になってしまう。それを回避するためには周囲から足を引っ張られる事の無いよう、そして一刻も早くアメリアの記憶を取り戻し・・
私を罪人に陥れるソフィーと、まだ出会っていない黒髪の男性と決着をつけなければならない。
そう思っていた矢先、事件は起こった・・・・。
1限目の授業が終わり、ルークとお昼ご飯に行こうとした矢先に突然、以前グレイを拘束した「生徒会所属学生指導員」を名乗る3名の男子学生が教室に入って来ると、声を張り上げて言った。
「ジェシカ!マリウス!ルーク!至急生徒会指導室へ来るように!」
「「え・・・?」」
私とルークは思わず顔を見合わせた。マリウスとグレイは怪訝そうな顔をしているし、アラン王子に至っては顔をしかめている。
一体何があったというのだろう―?
3
私とルーク、マリウスは何故か連行されるような形で「生徒会所属学生指導員」(ああ、長ったらしい!)の彼等に周囲を固められ、生徒会指導室へと連れてこられた。
「生徒会長、例の3名を連れてきました。」
1人の男子学生がドアをノックする。え?生徒会長が?もしや先程自分が私の警護から外された事を恨みに思って呼び出したのだろうか・・・?いや、いくら生徒会長が愚かでもわざわざそんな事で私たちを呼びだす訳が無い。となると他の理由があるのだろう。けれど私には全く身に覚えが無かった。
「よし、入れ。」
中から生徒会長の声がする。学生はドアを開けると私達に中へ入るように促した。
「3人とも、来たか。」
生徒会長は豪華な机に両手を口元で組み、これまた豪華な椅子に座って私達を待っていた。初めて入る生徒会室は豪華なインテリアで飾られている。
あの・・・もしや生徒会運営資金として、横領したりしてませんよねえ?
「よし、お前たちは下がれ。」
生徒会長は私達を連行して来た「生徒会所属学生指導員」以下、指導員達に全員部屋から出るように言った。
「え?生徒会長本気ですか?」
「我々で尋問するはずでは無かったのですか?」
「そうです、彼等は重い罪を働いたのですよ?!」
指導員達は口々に生徒会長に意見する。え?尋問?重い罪?一体どういう意味なのだろう?
「黙れ!お前達は黙って俺の指示に従っていれば良いのだ!いいから下がれ!」
指導員達に一喝する生徒会長。おお~っ!何と横暴な口の利き方だ。これでは人望もへったくれも無いだろう。よくも彼等はこんな生徒会長の下で言いなりになってる・・・?ん、ちょっと待って。何だか彼等は凄く憎しみを込めた目で生徒会長を睨んでいるよ。恐らく私の見立てでは生徒会長には人望が全く無い。どんな姑息な手を使って生徒会長になったのかは知らないが、この分だと生徒会でクーデターが起こるものなら、あっという間に失脚する事になってしまいそうな気がする。
「く!分かりましたよ。」
「どうなっても知りませんからね。」
「チッ!」
彼等は言うとドアを乱暴に閉めて部屋から出て行った。ちょっと待ってよ・・・最後の人、舌打ちしていったんですけど・・・。
それなのに生徒会長は全く気にする素振りが無い。駄目だ、この生徒会長は鈍すぎる。絶望的だ。
生徒会長は私達に豪華なソファに座るよう促すと、私に話しかけてきた。
「コホン。さて、ジェシカ?あれから何か恐ろしい目に遭ったりしていないか?そこにいる男、ルークでは護衛が物足りないのではないか?今から俺がジェシカの全ての護衛を1人で引き受けてもいいのだが?」
ニコニコと笑顔で言う生徒会長。う、普段強面だけに笑顔になられると非常に恐ろしさを感じる。
「勝手な事を言わないで下さい、生徒会長。」
マリウスがはっきり物申した。
「俺にはジェシカを守る自信はあります。」
ルークは力強く言うと、私の方をじっと見た。
「全く、お前達2人は・・。折角この俺が任せろと言っているのに・・・。」
尚もブツブツ呟く生徒会長に私は言った。
「そんなことより、ユリウス様。私達をここにわざわざ呼び出したと言う事は何かあったのですよね?先程彼等が気になる事を言っていましたが、それと関係するのですか?」
私は生徒会長をキッと見ると言った。
「うん?気になる事・・・?」
首を傾げる生徒会長。ねえ、頭大丈夫ですか?それとも認知症か難聴が悪化したのではないですか?本当は中身はお爺ちゃんで外見だけ魔法を使って若く見せかけているのかもしれない。最もそんな魔法があるかどうかなんてしらないけどね。
「そうだ!何故ここへ呼び出したのか思い出したぞ!お前達、9月4日の夜何をしていた?」
ようやくここへ呼び出した理由を思い出した生徒会長。開口一番突然質問をしてきた。
「え?9月4日の夜・・・ですか?」
う~ん・・・あの日何があったっけ?急に日にちだけ指定されても何があったのかなんて思い出せない。
「9月4日と言えば、私達が初めて町へ出た日の夜ですよね?」
おお!流石は記憶力抜群のマリウス。さすがは伊達に下僕をしている訳では無い。
「ああ、忘れる訳が無い。何と言ってもあの日はジェシカがノア先輩に攫われた日だったからな。」
そうか、ルークもちゃんと覚えていたのか?
「それで9月4日の夜、私達が一体何をしたと言うのですか?」
一体生徒会長は何を言おうとしているのだろう。不吉な予感が沸き起こって来る。
「ナターシャと言う女生徒から被害届が出ているぞ。ジェシカの手引きでマリウスとルークに風呂場を覗かれた挙句、下着まで盗まれたと。」
「「「えええ?!」」」
私達は一斉に驚きの声を上げてしまった。
「ど、どういう事ですか?!私たちがナターシャ様のお風呂を覗き見だなんて!」
マリウスは青ざめている。
「大体、ナターシャという女生徒なんか俺は知らないぞ?!覗き見どころか、下着すら盗んでもいない!」
いつもは冷静沈着なルークが珍しく興奮して生徒会長に詰め寄っている。
「生徒会長!どうして私が2人を手引きした疑いをかけられているのですか?!私達全員全く身に覚えがありませんよ?!」
生徒会長と呼ぶな、名前で呼べと言われたが、そこはもう完全無視だ。
冗談じゃない、どうして私が手引きしたなんて根も葉もない噂が飛び交っているのだろう?大体そんな話は初耳だ。
「そ、そうだ!私たちが犯人だと言われる証拠はあるのですか?!」
私は更に生徒会長に詰め寄った。
「そうだ!ジェシカの言う通りだ!証拠を出せ!」
ルークも完全に頭に血が上っている。ふーん、彼にもこんな情熱的な一面が・・・なんてそんな事今言ってる場合ではない!
一方のマリウスは完全に頭を抱えている。
「私がナターシャ様のお風呂を覗き見し、下着を盗むなど・・そんな事全くする気も起きないのに・・・私がこの世で興味を持てる女性は唯一ジェシカお嬢様只1人だと言うのに、どうしてそのようなデマが・・・。」
何やらまた私が鳥肌を立てるような恐ろしい呟きをしているマリウス。お願いだから今はそんな気持ち悪い事を言わないで欲しい。
生徒会長は私たちの興奮が治まるのを待ってから・・・おもむろに口を開いた。
「残念だが・・・証拠はある。」
「はあ?!」
と私。
「嘘だ!先程も言ったが、第一俺はナターシャなんて女は知らない!」
ルークが切れてる・・・。
「私はもう二度とナターシャ様とは関わりたくないのに・・・。」
落ち込むマリウス。
「落ち着け、3人とも。今から事の経緯を説明する。」
生徒会長は言うと、卓上に置いてあったレポート用紙をパラリとめくった。
「ナターシャの言い分によるとだな・・・9月4日、入浴する為に大浴場へ行った際に窓の隙間から2人の男が自分を覗き見している姿を発見したそうだ。」
「そんな!」
「嘘に決まってる!」
交互に喚くマリウスとルーク。
「まあ、落ち着け。話はまだ続く。時刻は21時だったそうだ。大浴場の入浴時間は22時までなので、この時間ならまだ余裕で入浴出来ると考えたらしい。ナターシャは特にマリウスの事を気に入っていたからあの姿は見間違いようが無いと言っていた。それにルーク、お前もアラン王子の従者だから顔はよく覚えていると言ってたぞ。」
何か言いたげな様子の2人だが、ぐっとこらえて話を聞いている。
生徒会長は今度は私を見ると言った。
「次に登場するのがジェシカ、お前だ。あの日、お前は寮母の経由でマリウスからメモを預かっただろう?」
あ・・・そう言えばメモ、預かったっけ・・・。
「寮母の話だと、メモにはマリウスから暗号とも取れる内容が書かれていたそうだ。つまり、寮母の話とナターシャの話から、お前が二人を入浴施設へ案内する手はずを整え、下着を盗ませる手伝いをしたと2人は訴えている。」
「そんな!滅茶苦茶です!大体あのメモは私に謝罪したいから噴水前広場に来て欲しいと書かれたメモだったのですよ!」
「では、そのメモは?」
生徒会長に尋ねられるが・・・私は口籠る。
「す、捨てました・・・。」
はあ~っ。男3人の盛大なため息が聞こえた。だって仕方無いじゃない。たかがメモだと思っていたのだから。
生徒会長の話はまだ続く。
「それで、最期はOKサインをベランダにいるジェシカにルークが出している姿をソフィーという女生徒が目撃していたのだ。証拠写真もある。」
生徒会長が私達に見せた写真・・・それはルークとマリウスの後姿で、ベランダには確かに私の姿が写っている。そしてルークはOKサインを出していた―。
4
① 寮母イサベラの訴え
ええ、ジェシカ・リッジウェイの事はよく知っていますよ。あの学生は成績は優秀らしいですが、ある意味問題のある学生ですからね。入学式初日は入寮後直ちに昼食の時間までに荷物の整理をしなくてはならないのに、あの学生は何をしていたと思いますか?トランクの中の衣類をベッドやソファに放り投げたまま、猫のように丸くなってベッドで眠っていたんですよ。まあ・・・眠ってる姿は可愛らしいのに、よくもあんな散らかった部屋で平気で眠っていられますよ。あんな学生を見るのは私がここに勤務してン十年になりますが、初めてでしたよ。
それにしてもあの女生徒の男に対する手の速さは驚く限りです。入学してたった数日で何人もの男を手玉に取るのですから。確かにかなりの美人ではありますが、彼女のあの口元ですよ!あの口元のほくろがきっと男を惑わすのです。どうみても女生徒は魔性の女です。現に入学後、すぐに行われる男子学生だけの合宿に参加した男性達から日を開けず、連日手紙が届いたのですから。しかも5人もの男性ですよ?
全く羨まし・・・いえ、この話は聞かなかったことに。とにかく、あのジェシカと言う女生徒はあばずれもいいとこです。随分個人的に恨みを持ってるように聞こえるかもしれませんが、決してそんな事はありません。全ての女学生はここに住む間は私にとって可愛い娘たちのようなものですから・・・。
前置きが長くなってすみません。9月4日の事ですよね?あの出来事は忘れる事はありません。あの日、ジェシカ・リッジウェイは20時半に大浴場へ行きました。寮生達の中で準男爵家以上の人間が大浴場を利用する事等今迄一度もありませんでしたから、良く覚えています。本当に何から何まであのジェシカと言う人間は変わり者ですよ。まあ、とにかく彼女は20時半に大浴場へ行きました。その間に私は20時45分に男子寮のメッセンジャーからマリウスという男子学生がジェシカ・リッジウェイ宛てに書いたメモを預かったのです。改めて言いますが、私は決してそのメモを盗み見するつもりなど毛頭無かったのですよ?ただ、メモを床に落としてしまい、拾い上げた時に偶然中身を見てしまったのです。それを見て不思議に思ってしまいました。まるで暗号のような文章が羅列してあるのですから、何事なのかと思ってしまいました。
しかし丁重に預かり、ジェシカ・リッジウェイの戻って来るのを待っていました。
そして彼女が戻って来たのは21時15分。ええ、時計を見ていたので間違いはありません。きっちり彼女にメモを手渡しました。
その後、約15分程経過した時ジェシカ・リッジウェイは上着を羽織ると寮の外へと出て行ったのです。あの時は多分マリウスと言う従者と逢引でもするのかと思っていました。従者にまで手を出すなんて呆れた学生だと思っていましたが、まさか自分で手引きしてナターシャさんの入浴を覗き見させたり、あまつさえ下着を盗む手助けもしていたなんて・・・一体あの女生徒は何を考えているのでしょうね。全くまだ18歳の小娘のくせに将来が心配になりましたよ。
②ナターシャの訴え
はい、私は普段は部屋に備え付けのシャワーで済ませていました。でもあの日だけは違っていました。一度大浴場でゆっくりお湯に浸かってみたいと思った私は入浴準備と着替えを持って部屋を出ました。初めて入るお風呂はそれはそれはとても気持ちの良いものでした。幸い、月も星もとても綺麗な夜だったので私は窓を少しだけ開けて外の景色を眺めながら入浴タイムを堪能しておりました。その時です。窓の湯気の向こうで2人の人影がこちらを見つめている事に気が付きました。途端に私は恐怖で全身から血の気が引きました。一体そこにいるのは誰なのだろうと身じろぎせずにじっとしていると、ふいに風が吹き、湯気が横に流されました。その時、はっきり見たのです。その人影はマリウス様とアラン王子の従者の1人、ルーク様だったのですから。本当にびっくり致しました。二人とも紳士だと思っていたのに酷い裏切りをされた気分です。マリウス様とルーク様は私がこちらを見ているのに気が付いたのか、すぐに窓の視界から消えました。そこで慌てて私は窓を閉め、少しの間お湯に浸かりながら恐怖で震える身体を抱きしめておりました。
ようやく気分が落ち着き、お風呂から上がって脱衣所へ戻ると・・・私の替えの下着が2枚消えていたのです。盗まれたのだとすぐに私は気が付きましたが、私のお風呂を覗き見している2人の人物を偶然後ろから見ていた方がいらっしゃったのです。
そう、ソフィー様です。ソフィー様の話では寮の入り口にいたジェシカ様がマリウス様達を中へ招き入れるのを見たそうです。そして最後、ベランダの自室に移動したジェシカ様にルーク様がOKサインを出している姿をしっかりと見て、証拠として写真に収めてくれたくれたのです。
何故ジェシカ様がそのような真似をしたのか・・・それは恐らく私とマリウス様の仲を嫉妬したジェシカ様が強引に私たちの仲を引き裂き、あまつさえ下着を盗ませたのでしょう。何故、マリウス様が私の下着を盗んだのか定かではありませんが、恐らくまだ私に未練があるからなのではないでしょうか?でも覗き行為に加え、下着を盗む事は決して許されない事だと思います。あの3名は正当に裁かれ、反省して頂きたいです。
③ソフィーの訴え
はい、私は2回程ジェシカ様とお風呂をご一緒させて頂いたことがあります。高位貴族でありながら気さくな方だったのでお慕いしておりましたが、徐々にあの方は変わってしまわれました。常に複数の男性を傍に侍らす姿はこの学院の風紀を乱してしまうのではと日頃から心配しておりました。でも、その私の考えが正に当たりました。
まさか私の親友のナターシャさんの思い人・・・マリウス様との仲を強引に引き裂いてしまうなんて。あの時はナターシャさんは泣いて悲しんでいました。でもそんな彼女にも新しい恋が始まったのです。誰だと思いますか?あの麗しの貴公子、ノア様です。どうもノア様はナターシャ様を好きになったらしく、思いを告げようとしていたそうです。偶数、ナターシ様に一目惚れしたアラン王子様の従者であるルーク様とサロンで鉢合わせしたらしく、ナターシャ様をかけてお酒の飲みくらべを行い、勝利したのはノア様。晴れてナターシャ様とノア様は交際へと話が進む矢先、ジェシカ様が現れてノア先輩を誘惑し、2人は破局してしまったそうです。
これは私事になりますが、私自身もダニエル様と言う方と思いを通じあわせておりましたが、ジェシカ様に奪われただけでなく、落とし穴に突き落とされて怪我までさせられました。それなのに彼女はお咎め無しでした。やはり高位貴族の方は羨ましいです。だって悪事を働いても、揉み消されてしまうのですから。
話がそれてしまい、すみません。それであの日の事ですが、私は夜空が綺麗だったので、散歩をしておりました。その時、見てしまったのです。マリウス様と、もう1人男性がお風呂を覗いている姿を。さらに女子寮から出てきたジェシカ様が2人を女子寮に招き入れたのですよ。何事かと思い、私はその場で待機していました。そしてマリウス様達が少ししてから外に出てきました。その後、1人の男性が上を向いて、サインを出しているので私も見上げるとベランダにジェシカ様がいたのです。何か不穏な空気を感じた私はたまたま手元にあったカメラで撮影しました。
まさか、この写真がナターシャ様の下着を盗んだ証拠になるとは思いもしませんでした。
どうか、証拠として収めて下さい。