第6章 1 きっとそれは恋じゃない
1
じっと見つめる私とダニエル先輩。
その時・・・・
「お嬢様~っ!!」
うん?何やらあの聞き覚えのある声は・・・・?嫌な予感がする。振り向いた私の眼に映ったものは・・・。
「お嬢様!ジェシカお嬢様!!」
何とこちらへ向かって物凄い勢いで走って来るのは美しき銀の髪、眉目秀麗変態M男マリウスではないか!!
「ああ、やっとお会い出来ました、ジェシカお嬢様。さあ、貴女のお顔をよく見せてください。そして『この馬鹿男!いつまで私を待たせていたのよ!!』と激しく罵って下さい!」
ハーハー息を吐きながら瞳をキラキラ輝かせて言うその姿は正にM男だ。
嘘だ、どうしてマリウスが?だって今は合宿中で山籠もりをしているはずでは・・・?
ゾワワッ!背中に鳥肌が立つ。久しぶりの感覚だ。でも、冷静さを取り戻し、私はマリウスに尋ねた。
「マ、マリウス?!な、何でここに・・・・?!」
と、その時だ。
「ジェシカ!一体誰なのだ?その男は!!」
う・・・・そ、その声は・・・。
「ア、アラン王子・・・・。」
燃える様な鋭い瞳でアラン王子はダニエル先輩を睨み付けている。
「な、何故こちらにいらっしゃるのですか?まだ合宿中でしたよね?」
しかし俺様王子は私に目もくれず、ダニエル先輩に激しく詰め寄っていた。
「おい!誰だ貴様は!よくも俺のジェシカに手を出してくれたな!!」
ダニエル先輩の襟首を掴んで、頭から湯気が出るのではないかと思う位、激怒している。え?あの~いつから私がアラン王子の物になったのですか?そ、それよりダニエル先輩が・・・・。何とかしなくては!
「お、おい。ジェシカ・・・お前、さっきその男と何してたんだ・・・?」
呆然としているのはグレイ。
「ジェシカ・・・もしかして俺達がいない間に・・・?」
ルークの顔色は真っ青だ。ああ、もう何でよりにもよって、こんな時に!!あ、そうだ!この二人にアラン王子を止めてもらおう!
「ジェシカ!そんなに俺がいなくて寂しかったのか?だから手近にいた男に手を出したのかあ!!」
その時、突然ガバッと後ろから抱き付かれた。ギャーッ!!生徒会長だ!何故?何故抱き付いてくるのよっ!!
「く、苦しいですってば!ユリウス様!離してください!」
それを見たダニエル先輩の顔色が変わる。
「生徒会長!ジェシカから離れろ!!」
アラン王子の手を振りほどくダニエル。しかしアラン王子に羽交い絞めにされる。
それでも必死で私に手を伸ばそうとするダニエル先輩。
「ダ、ダニエル様!!」
私もダニエル先輩に向かって手を伸ばす。
「生徒会長!お嬢様から手を放してくださいっ!!」
生徒会長を私から引き離そうとするマリウス。よし、マリウス!頑張れ!
「お・・・お前ら・・・絶対に俺は2人を認めないぞ!!」
アラン王子はダニエル先輩を両手でがっしりホールドしながら言う。
「く・・は、放せ!アラン王子!」
「何してるのよ!グレイ!ルーク!アラン王子を止めてよ!!」
「「え・・・?俺達が・・・?」」
何故か綺麗にはもる2人。ああ、なんて使えないのよ!
こうなったら・・・・大声で叫んだ。
「私は今、ダニエル様の恋人(仮)なのよ!!」
「「「「「え・・・・?」」」」」
ああ、言っちゃった・・・。
私とダニエル先輩以外、全員その場で凍り付いたのは言うまでも無かった・・・・。
<スクープ倶楽部の新聞より一部抜粋>
―女子学生Aの証言―
ええ、勿論見ましたよ。あの騒ぎ。だってあれだけ人目に付く場所で騒いでいたら誰だって見るじゃないですか。それにしても意外でした。まさかあの女性嫌いで有名なダニエル様がジェシカ様のハートを射止めていただなんて・・・。アラン王子は手が付けられない位暴れていましたよ。何だか少し子供っぽいなと思いました。そうですね・・・例えば、お気に入りのおもちゃを誰かに取られてしまったかのような、そんな感じです。あ、でも失礼ですね。大国の王子様に子どもっぽいお方なんて言ってしまうのは。どうか、今の話はここだけにしておいて下さいね。
―男子学生Aの証言―
今朝の騒ぎ?あれは見ていて面白かったな。だって女一人を6人の男が取り合ってるんだぜ?まあ相手はあのジェシカ嬢だから無理も無いけどな。俺だって縁があればお近づきになりたいって思ってるくらいだし。それにしても流石王子に生徒会長だよ。ジェシカ嬢を襲ったノアが停学処分が明けて今日から登校するって話を聞いただけで、強制的に合宿を終わらせてしまうんだから。でも他の学生達にとっても喜ばしい事なんじゃ無いかな?何て言ったってあの合宿は本当に辛いからな。あーあ。今年の新入生がほんと羨ましいぜ。
―女子学生Bの証言―
ねえ、これって絶対顔写真載せないって約束して下さいね?え?安心して良いって?それならこちらもお話いたしますわ。私、実はジェシカ様とダニエル様が抱き合ってるところから見てましたの。ああ、2人は本当に愛し合ってるんだと思い、陰からこっそり観察していたのに・・・それをあのお邪魔虫たちが・・あ、今のお邪魔虫ってところは絶対カットして下さいよ、お願いしますからね?!
え?もうお話結構ですって?まあ。なんて失礼な人なんでしょう!
―男子学生Bの証言―
もう今朝は大変だったんですよ。僕たちはいつものように朝6時に起床して早朝訓練を始める予定だったのですが、突然先生から今回の合宿はこれで御終い。後1時間でここを出るって言うんですよ。理由ですか?そんなの聞ける雰囲気じゃ無かったですよ。だって全部アラン王子の指示なんですから。僕たちがそれに逆らえるはずが無いでしょう?その後は大変でしたよ。皆で必死になって後片付けをして、転移魔法で全員一気に学院へワープですからね。あの魔法に慣れてない学生は気分が悪くなって着いた途端、医務室に運ばれた学生がどれだけいると思ってるんですか?あんな思いするのは二度とごめんですね。あの・・・そろそろいいですか?僕すごく疲れているので、少し寮へ戻って身体を休めたいので。え?お大事に・・・ですか?はい、ありがとうございます。では、失礼します。
―女子学生Cの証言―
愛の力って凄いんですね。だって皆さんノア様からジェシカ様をお助けする為に先生方を説得して、急遽合宿を強制終了させたのですから。大勢の男性から愛されるジェシカ様って凄い方なんですね。え?羨ましくないのかですって?そんな事ありませんわ。だって私にも愛する殿方がいるんですもの。あの方々のお陰で半月ぶりにやっと彼に会えますわ。本当なら後半月は会えないはずだったのに、本当にアラン王子様達には心から感謝申し上げたいです。
―男子学生Cの証言―
今日は久々に凄い物を見たよ。そりゃ、この学院は色恋沙汰の激しい学院だけど、今回のような騒ぎは初めてだったな。歴史に残りそうだよ。それにしても、あのジェシカという女はなかなかやるな。流石は魔性の女だ。え?その呼び名は初めて聞いたって?マジかよ。あんたらスクープ記事ばかり書いてるのに知らなかったのか?
え?ああ。お前らの倶楽部、ゴシップ記事ばかり発行してるから学院から正式な倶楽部として認められてないんだっけ?でもよ、こんな記事発行してみろよ。あっという間に潰されてしまうぜ?何て言ったって王子が今回の件に絡んでいるんだからな。
部を存続させたいなら、今回の記事は没にした方が良いぜ。これは俺からの忠告だ。
諸事の理由により、今回の記事は見送りにする事を通達する
スクープ倶楽部より
2
豪華な皮張りのソファ、立派な調度品に家具・・・ここは学院の応接室である。
俺様王子と熱血生徒会長が強引に学院側から貸し切ってしまったのだ。
ソファに座らされた私の左右にはそれぞれ、俺様王子にスイーツ大好き生徒会長、そして俺様王子の隣にマリウスが座っている。
一方、大きなテーブルを挟んだ向かい側のソファには中央にダニエル先輩、そして彼を挟むように座っているグレイとルーク。
グレイやルークは何故、俺達がここの席に・・・等と小声でぼやいていたようだが、その場にいる全員は聞こえないフリをしていた。
「さて、ダニエル・ブライアント。何故お前がジェシカの恋人になっているのか説明して貰おうか?」
アラン王子は腕組みをしながらダニエル先輩に命令口調で言う。おおっ!完全にこの場をしきっているよ。
それにしても、あの・・・・貴方は王子様かもしれませんが、仮にも相手は先輩ですよ?そんな口の利き方をするなんて・・・。私はチラリと恨めしそうにアラン王子を見る。
「何故、貴方に説明しなくてはならないのですか?」
ダニエル先輩はため息の後、私に微笑んだ。
「大丈夫、ジェシカ?」
「!貴様・・・!勝手に俺のジェシカを見つめるな!」
今にもソファから立ち上がりそうな勢いで怒鳴る俺様王子。だから、私は貴女のジェシカではありませんてば!
「アラン王子、落ち着いて下さい。」
マリウスは興奮しているアラン王子を宥めている。よし、その調子だマリウス。やっぱりマリウスをアラン王子の隣に座らせたのは正解だった。
「ダニエル、ジェシカは俺の預かる生徒会候補の大事な一員だ。勝手に手を出されては困る。」
生徒会長・・・・やっぱり貴方、頭のネジが1、2本外れてしまっているのでは無いですか?絶対生徒会には入らないと何度も言っているでしょう?
「ジェシカは生徒会には入りたくないと言ってると聞いていましたけど?」
ダニエル先輩も負けてはいない。
「大体、彼女を襲おうとしたノア先輩がいる生徒会に誘おうとするなんて、どうかしてると思いますよ。なので絶対に僕はジェシカを生徒会に入れる事に反対します。」
「な、何?貴様、神聖なる生徒会を愚弄するのか?!」
興奮して立ち上がる生徒会長。ねえ。ダニエル先輩は生徒会をそこまで酷く言っていませんよねえ?やっぱり一度耳の検査を受けた方がいいのではないですか?
私はダニエル先輩の両隣に座らされているグレイとルークを見た。可哀そうに、彼らが一番居心地悪そうにしているよ。
本当に誰かこの俺様王子と暴君生徒会長を何とかして欲しいものだ。
「ジェシカ、可哀そうに。今までこんなに横暴な彼等に付きまとわれていたんだね。本当に同情するよ・・・。」
ダニエル先輩は私をじっと見つめて言う。
「ダニエル様・・・。」
私が思わず名前を呼びかける。
おいそこの2人、勝手に見つめ合うなと小姑のような生徒会長が隣で文句を言ってるが、ここはスルー。その時だ。
「失礼ですが、あまり私のジェシカお嬢様に馴れ馴れしくしないで頂けますか?」
それまで静かだったマリウスが言った。ちょっと!だから誤解されるような言い方はしないでよ!私は貴方みたいなM男は側に置いておきたくないんだからね!!
グレイやルークも何か言いたげにソワソワしているが、恐らくアラン王子の手前、何も言えないのだろう。ストレスたまるだろうな・・・。気の毒に。
「あの・・・もうそろそろ次の授業が始まるので、これで終わりにしませんか・・・?」
私がうんざりしたように提案する。
「「駄目だ!!」」
アラン王子とポンコツ生徒会長に一括される。
「もういい、ジェシカ。お前に直接聞く。」
突然アラン王子は私の方を向くと、右手を取り自分の両手で包み込んだ。
「な、何するんですか!アラン王子!!」
慌てる私。
「アラン王子!その手を放せ!」
ダニエル先輩は声をあげた。
しかし、グレイとルークに取り押さえられてしまう。
「さあ、どうしてお前があの男と恋人同士になったというのだ?もしかしてあの男に脅迫されたか?優男に騙されたのか?怒らないから2人の経緯を詳しく俺に話してくれ。」
「そ、それは・・・。」
優し気に言うアラン王子。何ですか?その態度は。私とダニエル先輩とでは180度態度が違っていますよね?しかも先輩に対するその物言い、あまりに失礼だ。
「いい、僕から全て話すよ。」
ダニエル先輩は溜息をつくと言った。
「僕はね、ソフィーという女がいてしつこく付きまとわれ、困っていたんだ。しかもあの女は落とし穴に落とされて足首を怪我したと出まかせを僕に言ってきたんだよ。挙げ句に突き落としたのはジェシカだと言うんだ。」
「馬鹿な!ジェシカがそのような卑怯な真似をするはずが無い!」
またまた大声を出す生徒会長。まあ、確かに私は生徒会長とは違って卑怯な人間ではありませんけどね。
「そしてその事をジェシカに話す為に2人でサロンに行ったのさ。」
サロンと聞いてルークがピクリと反応した。
「ノア先輩が学院に戻る事も決まって、僕等はサロンで話し合って、僕はソフィーをあきらめさせる為、そしてジェシカをノア先輩から守る為、お互いに恋人同士のフリをして側にいる事に決めたんだ。あの2人に怪しまれないようにね。」
ダニエル先輩は説明した。あれ?でも肝心の俺様王子達が合宿から戻ってくるまでと言う部分は抜けてますよ?
「本当にそれだけか?」
アラン王子はまだ私の手を握りしめている。それが気に入らないのかダニエル先輩は更に話を続けた。
「いや、それだけじゃ無いよ。」
何を言うつもりなんですか?ダニエル先輩・・・。果てしなく嫌な予感がする。
「僕たち2人は楽しくサロンでお酒を飲んで、逢瀬の塔で一晩共に過ごしたんだ。」
「「「「「何だって?!」」」」」
全員が大声で一斉にハモる。あの・・・耳が痛くなるんですけど・・っというか、そんな事言ってる場合ではない!!
「ダ、ダニエル様・・・な、何と事を言うのですか・・・。」
私は冷汗を流しながら言う。
生徒会長は魂が抜けたように呆けてしまうし、マリウスは石のように固まっている。グレイとルークは・・・あれ?何だか涙ぐんでないか・・?そして・・・。
「な・な・な・・・何だとお~ッ!!」
アラン王子は今にも掴みかかりそうな勢いで立ち上がり、我に返ったマリウスに取り押さえられている。
「お、お、落ち着いて下さいッ!アラン王子!」
私は必死で宥めようとした。なのに声が届かないのか、ダニエル先輩を射殺さんばかりの目で睨み付けている。
「ジェシカ、その話・・・本当なのか・・?」
グレイは青ざめた顔で私を見た。
「あ、あの、確かに行ったのは事実だけど・・・。」
答えると、アラン王子がまた喚く。
「何いっ!やはり行ったのか!!」
「あーもう、少し静かにして下さい、アラン王子!これでは説明する事も出来ないじゃ無いですか!」
私がピシャリと言うと、ようやくアラン王子の興奮が治まった。
「わ・・分かった。弁明なら聞く。」
ちょっと、何ですか?その弁明って。少し言い方が気に入らないのですが・・・。
私は溜息をつくと言った。
「私がサロンでお酒を飲みすぎて潰れてしまったので、仕方が無くダニエル様が逢瀬の塔まで運んでくれたんです。私をベッドに寝かせてくれて、ダニエル様はソファで休まれた、それだけの事なんです。」
そうですよね?ダニエル先輩。私は先輩の顔をチラリと見たが、何故か先輩は意味深な笑みを浮かべている。
「そ、そうか・・・。それだけの事なのか・・。」
何故かルークがほっとしたように言うが、納得しないのはアラン王子と生徒会長である。
「いや、しかし!若い男女があのような場所で2人きりで過ごして健全でいられるのか?!」
と、生徒会長が言えば
「お前・・・ジェシカが意識を無くしているのを良い事に本当は何かしたのではないだろうな・・?」
アラン王子はマリウスに押さえつけられながら、ダニエル先輩を睨み付けている。
ねえ・・・アラン王子、ちょっと怖いんですけど・・。
「さあ、それはご想像にお任せします。」
所がダニエル先輩はお道化たように言う。
「「「「「はあ?!」」」」」
もう、何度目だろう・・この繰り返しは・・・。
挙句にとどめの最後の言葉。
「だって僕たちはキスした仲だから。ね?ジェシカ?」
そして私にほほ笑みかける。
ピシイッ!
ダニエル先輩を除いたその場に居た全員が凍り付く音が聞こえた―。
3
ああ・・・今この応接室にはブリザードが吹き荒れている・・。
ほら、見てよ。全員凍り付いちゃってるじゃないの。余裕の笑みを浮かべているのはダニエル先輩ただ1人。ねえ、先輩。女性にシャイな人だったはずですよね?昨夜の一件で随分人が変わってしまったじゃないですか。
沈黙を破ったのはやはりダニエル先輩だった。
「でも、安心したよ。ジェシカ。」
「はい?」
何が安心したのだろうか?
「ここにいる人物は全員黒い髪じゃないね・・・君が一番近い色の髪をしているようだけど、どうやら違うようだしね。」
何故かルークを意味深に見るダニエル先輩。ルークの方は何が何だかさっぱり分からないという顔をしている。
さっきまであれ程威勢の良かった俺様王子と生徒会長は今のところ静かにしている。あれ?もしかして魂が半分抜けてしまっていないよねえ?
そして、ここでダニエル先輩の第2弾の爆弾投下。
「良かったよ。ジェシカの運命の相手がここにいなくて。これなら僕にも望みはあるのかな?」
ダニエル先輩はニコニコしながら言った。
「はい?!」
も、もしかすると逢瀬の塔で私が去り際に言ったあの台詞の事を言っているのだろうか・・・?
「「「「ジェシカ?!運命の相手って誰の事だ?!」」」」
マリウス以外の4人から叱責される・・・。
ああ、胃が痛くて胃潰瘍になりそうだ。本当にもう勘弁してほしい・・。
「ああ、もう駄目だ!人数が多すぎて話が出来ない!ルーク、グレイ、お前達席を外せ!」
アラン王子がイライラした様子でルークとグレイに命令する。
「ええ?!」
「そ、そんなアラン王子!」
ルークとグレイが情けない声を上げる。出たよ、俺様王子の我がままぶりが。何て気の毒な・・・。このまま見過ごすのはあまりに2人が気の毒だ。
「ごめんね、グレイ、ルーク。後で2人にはきちんと話をするから・・・。」
「本当か?ジェシカ。」
グレイがすがるような眼つきで私を見る。
「絶対に教えてくれよ?」
ルークが言うと、アラン王子が叱責する。
「お前達!ジェシカに馴れ馴れしくするな!」
途端にシュンとなる2人だが、これではあまりに酷い。
「いい加減にして下さい。アラン王子。私は今グレイとルークに話をしているのです。これは私達だけの話です。アラン王子には口を出す権利は無いと思うのですが。」
王子に対して失礼な言葉かもしれないが、これはルークとグレイ、そして私の問題だ。
「うっ!し、しかし・・・。」
言い淀むアラン王子。そこへ生徒会長が口を挟む。
「まあ待つのだ。アラン王子。ジェシカの話は最もだ。あの2人にも説明を聞く権利がある。例えアラン王子の番犬だろうが、彼等も1人の人間だ。」
番犬と呼ばれてムッとするグレイとルーク。本当にこの生徒会長は鬼だ、前世はきっと鬼だったに違いない。
「わ、分かった・・・。後でお前たちはジェシカから話を聞け。」
「「はい、分かりました。」」
2人が応接室を出ると私はマリウスを見た。
「マリウス、貴方もよ。」
「はい?」
マリウスはキョトンとしている。
「だから、貴方も席を外してと言ってるの。」
「そんな、お嬢様!」
マリウスは悲痛な声をあげた。
「お嬢様、私とお嬢様は一蓮托生、一心同体、身も心も貴女に捧げたこの私を追い払うと言うのですか?!」
な、何ぃ?!身も心も?!嘘だ、嘘に決まってる!!私がマリウスとなんて有り得ない。どうせいつもの世迷言に決まってる。あ、でも以前夜のお努めがどうとか、訳の分からない事を言っていたけど、まさにその事だったのか?!い、いやあああっ!
私が頭を抱えている間、今度はマリウスがアラン王子と生徒会長、さらにダニエル先輩から詰め寄れていたのは言うまでも無い・・。
結局マリウスも部屋から出され、今部屋にいるのは私と生徒会長にダニエル先輩。
カチコチカチコチ・・・。
時計の音だけが静かな部屋に規則的に響き渡る。誰もが口を開かない。1人余裕の表情を浮かべているのはダニエル先輩ただ1人。
痺れを切らしたのか、ついに口を開いたのは強面生徒会長だった。
「ジェシカ・・・。」
はい?!私に話を振るんですか?!一体私に何を聞くつもりなのだろうか。嫌だ、聞きたくない聞きたくない・・・。
「どうしてお前はこの男とキスしたのだっ!何故だ?何故なのだ?そこに2人の愛があったのか?!」
何だか一昔前のドラマのような台詞を言う生徒会長。けれど何故、こんな事を説明しなければならないのだ?生徒会長にしろ、アランにしろ、これではあまりに横暴だ。
「いい加減にして下さい。こんなのプライバシーの侵害です。」
つい、口から出てしまった。
「プライバシーとは何だ?またお前は不思議な言葉を使うな?」
アラン王子が口を挟むが、言葉を続けた。
「でも俺には聞く権利がある。」
何故?何故得意気に言い切れる?やはり俺様王子だ。ほんといい加減にして欲しい。
「もういい加減にしてくれない?ジェシカが困ってるのが分からないの?僕から説明するよ。」
ダニエル先輩は生徒会長とアラン王子を非難する目付きで睨むと言った。
「昨夜僕と彼女はデートをしたんだ。2人で予約制のレストランで食事をした後、映画を観に行った。とても素適な映画だったよ。」
アラン王子と生徒会長はイライラしながらも黙って話を聞いている。一方の私は落ち着かない気持ちで話を聞いていた。でもそんなの当然だ!これからどんな話をダニエル先輩が話すかと思うと生きた心地がしない。
「映画を観終わった時、隣にいたジェシカを見て驚いたよ。だって泣いていたから。」
「何?!泣いていたのか、ジェシカ?泣くほど悲しい映画だったのか?」
私を見て大袈裟に驚く生徒会長。あ~鬱陶しい。
「うるさい、少し静かにしてくれ、生徒会長。」
おおっ!ナイスフォロー。アラン王子。しかし今はそんな事言ってる場合ではない。
「泣いてるジェシカはとても・・・綺麗で、愛しくて・・気が付いたらキスしてた。」
顔を赤く染めて、俯き加減に言うダニエル先輩。う、その態度は反則です。そんな言い方されると私まで意識して顔が赤くなってしまうじゃないですか。
「な、な、何ぃ?!それではお前は強引にジェシカの唇を奪ったと言うのかあッ!」
あ~お願いだから私の耳元で叫ばないでよ。
一方、怖い位に冷静なのがアラン王子だ。さっきのように激昂してくれていた方がどんなに良いか・・・。
「ジェシカ・・・。」
呟くように私の名前を呼ぶアラン王子。
「はいいッ!」
思わず返事する声が上ずる。うう・・こ、怖い。何を言われるのだろう。そこへすかさずダニエル先輩。
「やめるんだ、アラン王子。ジェシカが怖がってる。」
「煩い、これは俺とジェシカの問題だ。」
え?!何故?何故アラン王子と私の問題ですか?そもそも私とダニエル先輩との話でアラン王子には全く関係無い話ですよねぇ?
駄目だ、ここにいる人間でまともな話しが通じるのは今のところダニエル先輩しかいない。
「ジェシカ、そもそもお前はあの男にキスされて嫌じゃなかったのか?」
アラン王子は真剣な瞳で聞いて来る。あれ?言われてみれば、ちっとも嫌じゃなかった。もしかして恋人同士のフリをしていたからだろうか?
「そうですね・・・恋人同士のフリをしていた・・・?からではないでしょうか?それにきっとダニエル様は泣いてる私を慰めようとしてくれて・・・。」
「だが、あの男はそう言う意味でお前にキスした訳では無さそうだが?」
うぐっ、そ・それは・・・。
「まあいい。」
え?いいの?
急にアラン王子の態度が軟化した。
「つまり、お前はただ雰囲気に流されてあの男とキスしただけという事だ。安心しろ、お前は悪くない、悪いのはあいつだ。女はその場の雰囲気に流されやすい。時には目の前の男に自分は恋をしてるのだと勘違いする場合もあるだろう。」
アラン王子はビシイッとダニエル先輩を指差すと言った。ちょっと、人を指差してはいけません。
「俺は心が広い男だから、今回だけは許してやるが、次にジェシカに手を出したら、ただではすまないからな!」
かくして、生徒会長はまだブツブツ文句を言っていたが、今回の件は幕引き?となったのだった・・・あ~疲れた。
「ところで黒い髪の運命の男とは誰だ?」
生徒会長、そこは蒸し返さないで下さい・・・・。
4
今日は怒涛のような1日だった。生徒会長とアラン王子のせいで結局私は本日の授業は全て欠席してしまった。昨日だって授業を欠席してしまったのに、これで出席日数が足りなくなってレポート提出か試験でも受けさせられたら、アラン王子は責任を取ってくれるのだろうか?本当に俺様王子は困る。あんなんで将来自国を背負えるのだろうか?余計なお世話かもしれないが心底アラン王子の国の行く末を案じてしまう。それにあの生徒会長も問題だ。絶対自分の私利私欲を肥やす為に生徒会長になったに決まってる。どうか次年度は優秀な人材が選ばれますようにと願わずにいられない。
グレイとルーク、そしてマリウスは2限目から授業に出席していた。そして彼等には事の顛末を昼休みと、授業を終えた後に話をした。その頃、アラン王子はどうしていたかと言うと、強制的に合宿を終わらせ、その上強引に応接室を貸し切らせたという事で生徒会長と共に1日かけて学院長からたっぷり油を搾られ、更には反省文まで書かされたらしい。まさに自業自得だ。でも俺様王子と暴君生徒会長にとっては良い経験になったのではないだろうか?
夕食はエマと食べようと思っていたのに、そこへマリウスとグレイ、ルークが首を突っ込んできた為、返ってエマが遠慮してしまい、結局マリウス達と食べる事になってしまった。後からアラン王子に生徒会長、そしてダニエル先輩が加わったのは言うまでも無い。女1人に男6人、しかも学院で有名な人物だらけとくれば当然周りから目立ちまくる。お陰で最近自分が魔性の女と呼ばれている事実を耳にしてしまった時には心底彼等を恨みたくなってしまった。
今となっては最早静かに過ごせるのは自室のみ・・・。
そして今、私は欠席してしまった分のノートをエマとマリウスから借りている。
目の前には私が日本で使用していたPCとプリンター。
さて。私はPCを起動させてパスワードを打ち込む。プリンター用紙は有り難い事にセット済みだったしインクもたっぷり入っている。私のPCなので資料作りに必要な作成ツールはインストール済み。
だとしたら、もうやる事は1つ。
「ふふふ・・・。これでもう面倒な手書きはしなくて済むわ。」
この世界の言語は、私が今迄いた世界とは全然違う。何故なら文字が一度も見た事が無い字体だからだ。しかし不思議な事に何と書かれているかは見ただけで私には容易に理解出来た。これは恐らく私がこの世界の作者だから都合良く作られているのだろう。
肝心なのは、このPC。無事起動出来て次に私が考えた事、この世界の言語に変換されているのだろうか?初めにPCが使えるようになった時、頭をよぎった。そこで恐る恐る文書作成ツールを起動させると、きちんと言語がこの世界に変換されていたのを知った時は大喜びしてしまった。
マリウスはM男という変わり者ではあるが、几帳面なので、きっちりまとまった読みやすいノートだ。一方勉強家のエマは板書以外に自分で気が付いた点をコメントとして書き込んである。流石、二人共優秀だ。
「さて、それじゃノートのまとめをしようかな?」
キーボードをパシパシ、マウスをカチカチ。よし、ここの文章は太文字にして、ここはアンダーライン、そうだ。この部分は表を挿入してみよう。
それを印刷にかけて・・・・よし、出来た!
「おお~。何て素晴らしい出来栄えなの!これは教科書より分かりやすい完璧なノートだわ。しかも所要時間は、僅か40分程度。やっぱり文明の力って、大事だわ。思えば地球では魔法なんて物は存在しない世界だったから、文明が発達したのかもね。」
1人、ウンウンと納得する私。 けれど・・・・。
「ネットは繋がっていないんだよね・・・。まあ、当然か。この世界でもインターネットが使えれば、アカシックレコードの事だってすぐに調べられたのに・・・。」
こんな事になると分かっていればPCに辞書やその他諸々の役立つソフトをインストールしていたのに。そうすればオフラインでも色々な事が出来たのになぁ。改めて日本での生活が恋しくなり終いには炊きたてご飯に焼き鮭、納豆、お味噌等々の和食が恋しくなってしまった。
「この世界でも食べられたら良かったのに・・・。」
私は日本での生活に思いを馳せ、今夜は嫌な夢を見ないようにと願いながら眠りに就いたのだった。
身体がちっとも動かない・・・。意識はあるのに目を開ける事も出来ない。
ヒック、ヒック・・・。誰かが泣きじゃくる声が聞こえる。
「遥、遥・・・。目を覚ましてくれよ。」
え?その声は・・・健一?
「ごめんなさい、先輩・・・私、先輩に酷い事、沢山して・・・。だ、だって私、すごくショックだったんです。先輩は私の憧れの人だったのに、私の事、少しも覚えていなかったから、辛くて、悔しくて、あんな真似をして・・・。お願いだから、どうか目を開けて下さい・・!」
振り絞るような悲しげな声。
もしかしてその声は一ノ瀬さんなの・・・?
そして私の意識は闇に溶け込んだ・・・。
ジリリリリ・・・
枕元で激しく目覚ましが鳴っている。手探りで時計をバチンと止めて起き上がる。
う~ん・・・何か大事な夢を見たはずなのに、ちっとも思い出せない。
「でも、懐かしい声を聞いた気がするんだけど・・・。」
気付けば私は言葉に出していた。
いつものように朝食を食べる為にホールへ行くと、何故か大勢の女生徒が一斉に私に向かって駆け寄ってきた。彼女達の目的は昨日の朝の大騒動。
どうも彼女達の見解では、愛し合う2人(私とダニエル先輩)が邪魔者達に無理矢理引き離される悲劇の恋人達として今一番熱い注目の的になっていたらしい。勿論、邪魔者達と言うのは他でも無い、アラン王子と生徒会長である。
「それにしても、やはり生徒会長は横暴な人でしたわね。」
「アラン王子にも驚きましたわ。やはりこの学院一の才女であるジェシカ様を自分の将来の后にと考えていのでしょうね。あの国は代々、お相手の后となる方は優秀な人材でなければ王位を継ぐ資格を与えられないらしいですからね。」
え?!そうなの?自分の小説の事なのに相変わらず知らない事だらけだ!
「それにジェシカ様の従者であるマリウス様。いくらジェシカ様が大切でもべったりしすぎですよね。あまりに野暮と言う物ですわ。」
等々・・・もう朝食どころではない大騒ぎとなっていた。しかし、不思議な事に誰一人私を魔性の女だとか、(日本だったら)男に媚を売る嫌な女という目線で訴えられることが今回は全く無かった。ほんの少し前までは非難めいた視線を送られていたのに、彼女達の心境の変化はいったいどういう事なのだろう?
「どうもアラン王子と生徒会長がジェシカさんの件で合宿を強引に切り上げた事で、男子学生達が半月早くこの学院に戻って来れた事に感謝している女生徒達が沢山いるそうですよ。それで皆さん、ジェシカさんに感謝してるんですよ。」
後でエマがこっそり理由を教えてくれたので、納得。
どうも来月開催される仮装パーティーのパートナーをお互い探すのに、毎年この時期に行われる合宿のせいで相手を見つけられない学生達が続出していたらしい。
しかし、今年は合宿が早く終わったので、パートナー選びに時間を取る事が出来るので男子生徒からも安堵の声があがっているそうだ。
それならむしろ感謝されるべき相手は私では無くアラン王子と生徒会長でなければならないのに、何故彼等が避難される事になったのか・・・・?
「それは、ジェシカ様とダニエル様が情熱的に抱き合ってるのを見れば、2人を引き離そうとするあの方々が悪人に見えて当然です!」
そう答えてくれたのは情熱的な恋に憧れるリリス・モーガンだった。
成程、そういう事だったのね。
でも私はその時気が付いていなかった。私の事を恨めし気に見つめていたナターシャの姿に―。