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第5章 1 悪女ジェシカ、裁きを受ける

1



 冷たい石畳、私は裸足でひざまずかされている。寒い・・・。私の着ている服は色あせた灰色の膝下迄の長袖薄絹姿1枚のみ。両脚は逃げられない様に鉄の足枷をはめられ、その先には鎖で結び付けれた鉄球。

そして両腕は後ろにロープで縛り上げられている。

周りは薄暗い靄に包まれているのか、全く見えない。ここは何処なのだろう・・・何故自分はこんな姿をしているのだろう・・・。


「ジェシカ・リッジウェイ!!」


聞き慣れない、良く通る声が私の名前を呼んだ。え・・・誰・・・?


「聞こえなかったのか?ジェシカ・リッジウェイ!顔を上げろッ!!」


強烈に批判するような声。私はゆっく顔を上げた。やがて靄がゆっくり晴れていき・・・。


 そこはまるで映画や写真、本で見たことがある中世時代に行われた魔女を裁く裁判所のような場所だった。私の正面に座っている黒髪の若い男性は恐ろしいまでに冷たい瞳で私を射抜くように見ている。背筋がゾクリとする。こ、怖い・・・。


その時、私は黒髪男性の左右に座る人達を見て息を飲んだ。


 マリウス、グレイ、ルーク、ノア、ダニエル先輩、エマ、生徒会長、そしてアラン王子とその隣に寄り添うように座るピンク色のドレスに身を包んだストロベリーブロンドのヒロイン、ソフィー・・・。

後ろを振り向くと席に座ったクラスメイト達の姿が見える。誰もが沈痛な表情で私を見ていた。

黒髪の青年は怒りの眼差しで私を見ている。他の人達は・・・皆辛そうに視線を私から反らしていたが、ついにマリウスが声をあげた。


「皆さん、誤解です!ジェシカお嬢様は門の封印を解くなんて、そんな事する訳ありません!!」


マリウスのあげた声をきっかけに次々と皆が声をあげた。


「そうです!ジェシカさんではありません!」


「そうだ!これは何かの陰謀だ!生徒会長の俺の言う事が信用出来ないのか?!」


「彼女を離せ!」

叫ぶノア先輩。


「君たち、本気で彼女が犯人だと思ってるの?」

怒りを押さえた様に言うダニエル先輩。


「アラン王子!貴方は・・・ジェシカを忘れてしまったのですか?!」


え?ルーク・・・どういう意味なの?


「王子!目を覚まして下さい!」

血を吐くようなグレイの悲痛な叫び・・・。


ああ、何か言わなければならないのに私は声を発する事が出来ない。何か、何か言わなければならないのに・・・。


黒髪の青年は叫ぶ。


「黙れ!!貴様らも謀反の罪で拘束させて貰う!!」


 途端に左右から現れた兵士達に捕らわれる皆。やめて!皆に酷い事しないで!!

兵士達に無理矢理連行されるマリウス達。そしてそれを冷ややかな目で見るアラン王子・・・。何を見ているのか、その瞳には生気が感じられない。まさか、本当に操られているの?   

 

「この女をどうする?聖なる乙女、ソフィーよ。」


黒髪の青年はソフィーに優しく問いかける。


「アラン王子様はどうすれば良いと思われますか?」


ソフィーはアラン王子に甘えた声でしなだれかかると尋ねた。


「その女は・・・。」


アラン王子の表情が苦悶に満ちてきた。が、やがて声を振り絞るように言った。


「この・・く、国の遥か・・西の塔に・・数年間のゆ、幽閉を・・・。」


それを聞いたソフィーの顔色が変わる。


「アラン王子様?あの方は門を開くという大罪を犯した罪人ですよ?本当に西の塔にたった数年間の幽閉だけでよろしいのですか?」


一気にまくしたてるようにアラン王子に訴えるソフィー。成程・・・そんなに貴女は私を重い罪にしたいのね?


「そうです、アラン王子。よく考えてみてください。あの悪女のせいで、危うくこの世界が存亡の危機に晒される所だったのですよ?我々聖剣士と、乙女達・・・その中でも聖なる乙女に選ばれたソフィーのお陰でこの世界は守られたと言う事実を忘れたのですか?あのような悪女は処刑するべきなのです!」


黒髪青年は私を指さしながらアラン王子に訴える。え?今何と言ったの?処刑?私を処刑すると言ったの?そ、そんな・・・・!!


 処刑という流石に物騒な台詞が飛び出してきたせいか、周りにいる学生たちが途端に騒めき立つ。中にはシクシクと泣きじゃくる女生徒の気配を感じた。


それに気が付いたソフィーは歯を食いしばり、拳を強く握りしめている。

しかし、やがて顔を上げると言った。


「いいえ、××××様。流石に処刑はやりすぎだと思います。なので、これは私の意見ですが・・・世界の果てにあると言われる北の海に浮かぶ『流刑島』、そちらにこの方と親族の方々を送る・・・と言うのはどうでしょうか?二度と謀反を起こさないように領地から財産まで全て没収するという形で・・・。」


美しい笑みを浮かべながら、悪魔のような提案をしてくるヒロイン、ソフィー。


「おおっ!流石は心優しきソフィー。俺もその意見に賛成だ。アラン王子、異論は無いですね?」


 この黒髪男とソフィーは・・・恐らくグルだ。どんな手を使ったのかは知らないが、何としても私だけでなく、親族全員を流刑島に流したいようだ。

最早この場で私を救えるのはアラン王子しかいない。私は必死でアラン王子を見つめる。本当は呼びかけたいのに、肝心な声が出てこない・・!

 そんな私の思いも空しく、アラン王子は黙って頷く。それは私の罪が承認されてしまった証でもある。


 判決に打ちひしがれる私をソフィーは見下すように見て笑みを浮かべた。それはまるで私を嘲笑っているかのように見えた。


「よし!稀代の悪女、ジェシカ・リッジウェイ!貴様を流刑島に送る事が決定した!それまではこの国の監獄に幽閉する!おい、連れて行け!」




 黒髪青年の合図と共に現れる学院の兵士達。無理やり立たされると後ろ手に縛られていたロープを切られ、今度は前に腕を組まされると再びロープで縛り上げられる。


「ほら!さっさと歩け!!」


 ロープを引っ張られ、無理やり歩かされる私。痛い、足が。鉄球が取り付けられた足かせは足首に食い込むし、重すぎて歩く度に足は耐えがたいほどの痛みを生じる。しかも吐く息が見える程の寒さ。そこを裸足で歩かされるのでたまったものではない。まるで氷の上を裸足で歩かされているかのようだ。冷たさと激痛で身体が悲鳴を上げる。

 それでも無情に引っ張られるロープ。私は耐えて歩くしかなかった。

去り際にアラン王子をチラリと見るが、その瞳には何も映してはいない。完全に心を無くしてしまったかのように見える・・・。



 窓が無い、鉄の格子戸がはめられた監獄。寒くてたまらないが、固いベッドに布団代わりの薄い布が1枚だけ。このままずっとこの場所に入れられていれば、流刑島に送られてしまう前に私は死んでしまうかもしれない・・・。

身体を縮こませて、ベッドで丸くなり、うつらうつらしていると・・・幻覚だろうか?眼鏡をかけたあの女生徒が私の前に立っている。


<今のままでは、近い未来貴女はこの結末を辿ってしまうわ・・・。だから早く私の本当の名前を呼んで・・・。そして彼の心を・・・・ソフィーよりも早く・・。>



チュンチュン・・・

鳥のさえずりが聞こえる・・・。

「!」

私の意識は一瞬で覚醒し、ガバッ!と飛び起きた。何、今のは夢・・・?でもあまりにもリアルすぎる。覚えている、あの光景、あのセリフの一言一句まで余すことなく全て・・・。あれは私の近い将来に起こる出来事なのだろうか?生徒会長があの夢に出てきたと言う事は今から1年以内に起こる事なのだろう。そして季節は冬・・・。

夢にしてはあまりにリアルすぎる。心臓は恐怖で激しく波打つし、あの黒髪青年は今も脳裏にはっきり焼き付いている。一体彼は・・・?


 その時、私はある事に気が付いた。

ここは自分の部屋では無いと言う事に・・・。初めて見る場所だ。一体ここは・・・

そう思った時、ベッドの側に置かれているソファにダニエル先輩が毛布にくるまって眠っている姿を発見したのだった―。




2



 先程の夢も衝撃的だったが、今の私は目の前の状況を整理するので精一杯だった。

え~と、昨夜はソフィーの事でダニエル先輩とサロンでお酒をしこたま飲みながら話をして・・・?その後の記憶が全く無い。それにこの場所は一体どこなのだろう。

自分の部屋では無い事は確実だし、ダニエル先輩の部屋で無いのも確かだ。何故なら男女はお互いの寮を行き来出来ないのが校則だから。

 私は部屋の様子をキョロキョロ見回す。私が寝ていたベッドはやたら大きな上質のキングサイズのベッド。温もりのある板張りの床。その他の調度品は申し訳ない程度の物しか置かれていない。う~ん・・・?ここは一体何処なのだろう。


 ふと、私は自分の今の姿に気が付いた。下着にスリップドレス姿・・・良かった。

制服のまま寝ていたらシワだらけになっていただろう。ほっと安心して溜息をつくが、そこで気になるのはやはりソファで眠っているダニエル先輩。


 もうここまできたら・・・うん、考えるのはやめにしよう。いや、考えてはいけない。時計はベッドサイドに置いてあった。時刻はまだ5時半。

今からこっそり戻ってシャワーを浴びて寮に戻れば、何てことは無い。

けれど・・・私は自分の身体の匂いをクンクン嗅いだ。少し・・・アルコールの匂いがきついかも。ここがどんな場所なのか、もう私には分かっていた。そして、多分2人の間には何も無かった。よし、こうなったらここでシャワーを浴びて、すっきりしてから寮に戻ろう。

幸い?ダニエル先輩はまだ眠っているし・・・。



 コックを捻ると、熱いシャワーが出てきた。う~ん、やはり朝シャワーは気持ちよい。さすがここの部屋のバスルームには上質な石鹼が揃っている。

とにかく、シャワーを浴びて脳内を活性化せてあの予知夢?の回避方法を探さなくては・・・。身体をゴシゴシ、髪をシャカシャカ・・・・。


「ふ~気持ち良かった。」

バスルームを出てバスタオルで身体もしっかり拭いて・・髪の水分も落としてタオルで上に巻き上げる。ふと、目の前におあつらえ向きなバスローブを発見。

おおっこれは良い品だ。私は早速腕を通してみる。肌触りが良くてフカフカだ。気持ちいい~。そうだ、今度町へ出た時はバスローブも買おうかな。

そして私はバスルームを出た。


「う、うわああっ!き、君!何て恰好してるのさ!」


 部屋に入ると、私を見たダニエル先輩が顔を真っ赤にして叫んだ。

・・・そうだった。ダニエル先輩がこの部屋にいたのだ!実は私はシャワーを浴びている間にすっかり忘れてしまっていた。一人では無いと言う事に・・・。

でもいつの間に起きていたのだろう・・・?


「な、何やってるのさ!早く制服に着替えて来てよ!」


尚も慌てている先輩。


「す、すみません!!先輩がいたの忘れてました!」

私は慌てて壁にかけてあった制服をつかむとすぐにバスルームへ戻り、急ぎ制服に着替えると恐る恐るバスルームから出てきた。

ダニエル先輩はムスッとした様子で足を組んでコーヒーを飲んでいる。


「あ、コーヒーがあるんですね。先輩、お湯はまだありますか。私もコーヒー飲みたいので。ところで先輩もシャワーいかがですか?とても気持ちが良いですよ?」

ダニエル先輩の向かい側の席に座ると私は言った。


「ねえ・・・。」


ジロリと私を見る先輩


「はい。何でしょう?」


「他に何か言う事・・・無いの?」


「言う事・・・?そうだ。おはようございます、先輩。」

ペコリと挨拶するも何故かダニエル先輩は益々不機嫌になって来る。


「そうじゃなくって!大体男と二人でこんな場所にいるのに、君は自分が無防備すぎると思わない?今だってバスローブを着て部屋に入って来るし、恥じる様子も無い・・・!それに昨夜なんか・・・!」


 そこまで言うとますます顔を赤らめるダニエル先輩。そう言えば昨夜サロンでお酒を飲んでいたのに、何故か途中から覚えていない。私は恐る恐る先輩に聞いてみることにした。


「あの・・・昨夜私ひょっとして何か・・しましたか・・・?」


「やっぱり君は何も覚えていないんだね?」


 ダニエル先輩は呆れた顔で溜息をついた。うう・・流石に昨夜は飲みすぎてしまったのかもしれない。


「君はね、途中から眠ってしまったんだよ。いくら揺すっても起きないし・・仕方ないから僕が君をおんぶしてここに連れて来たんだよ。あの状態の君を女子寮まで連れて行けば大騒ぎになるんでね。全く・・・この僕がこんな所に来る羽目になるとはおもいもしなかったよ。」


 後半部分は顔を赤らめながら言うダニエル先輩。

あ~やはり、そうだったのね。ここは『逢瀬の塔』で間違いない。女子寮に連れて帰る訳にも行かず、ここに連れて来たと言う訳だ。うん?だったら私だけ残して自分は男子寮に戻れば良かったのに・・・?


「そ、それにね・・・一度目が覚めたとき、君は僕が同じ部屋にいるのも構わずに、制服がシワになるからと制服を脱いで下着姿になったんだよ?!僕がどれだけ止めようともね!」


コーヒーを手にブルブル震える先輩。さらにダニエル先輩の話は続く。


「君は下着姿になったら、すぐにベッドに潜り込んだんだよ。だから僕は君を置いて寮に戻ろうとしたのだけど・・・。」


そこで突然ダニエル先輩の口調が変わる。


「眠っていた君が突然酷くうなされ始めて、それでつい心配になって1人にしておけないって思ったから・・。僕もやむを得ず、ここに泊ったのさ・・。」


 照れたように私に視線を合わせない先輩。そうだ、やっぱり先輩は優しいツンデレキャラだった。


「あ、ありがとうございます。沢山お話したい事はありますが、そろそろお互いの寮に戻りませんか?そうしないと朝食を食べ損ないますので。」


 時計を見ると、もう6時半になろうとしている。早くチェックアウト?しなければ朝食にありつけない。


「大丈夫、食事ならここで食べて行った方がいい。」


え?意外な事を言う先輩。


「君がシャワーを浴びている間にルームサービスを頼んでおいたから、そろそろ届く頃だよ。下手にこの時間に寮へ戻って、周りから好機の目で見られるくらいなら、ここで朝食を食べて何事も無いように授業へ出る方がずっとマシだからね。」


え?そんな事が出来るの?もしや先輩は・・・・。


「言っておくけど、こんな所利用するの僕は初めてだけどね。」


ジロリと睨まれる。・・・心を読まれていた。


 数分後―

私とダニエル先輩はルームサービスの朝食を二人で向かい合わせで食べていた。

どうも今朝の夢の事が気になり、いつもより食が進まない。そんな私を気遣ってか、先輩が話しかけてきた。


「昨夜・・・うなされていたよね?何か嫌な夢でも見たの?」


先輩の言葉に私の肩が大きく跳ねる。


「は、はあ・・・。まあ、そんなところ・・・です・・。」


「まあ、言いたくないなら別に言わなくてもいいけどさ。」


ダニエル先輩はオムレツを切るとフォークで刺して口に運ぶ。


「1人で悩むより、誰かに相談した方が良いと思うよ。君は僕と違って信頼出来る人たちがいるみたいだから。」


先輩の言葉にあの夢が思い出された。夢の中ではダニエル先輩は私を必死で助けようとしてくれていた・・・。だから、私は言った。

「わ、私は先輩の事だって、信頼してますよ?なので先輩も私の事信頼してくれたら嬉しいかな・・・って思います。」


 そして私はフレンチトーストを口に入れた。甘い味が口の中に広がり、温かい気持ちにさせてくれる。そうだ、私は絶対にあんな未来を迎えたくない。絶対に回避して、穏やかな学生生活を送るのが目標なのだから・・・・。


 ダニエル先輩は呆気に取られたように私を見つめていたが、やがて言った。


「まあ・・・君がそう言うなら・・・少しは信頼してあげてもいいかな?」


そして私に笑いかけるのだった―。




3



「先輩は授業に出る前にシャワーを浴びなくて良いのですか?」


 今の時刻は7:30。他の学生は今頃ホールで朝食をとっているはずだ。この時間に寮に戻れば誰にも会わずに部屋へ戻れそうだ。特にソフィーにね。


「僕の今日の授業は2限目からだから、急ぐ必要は無いよ。」


道理で余裕そうなのか。でも何それ。羨ましいな。私だってあんなつまらない授業出たくない。簡単すぎて出席する意味を感じないし、一番辛いのは眠気との戦いだ。


「君、今羨ましいと思ったでしょう?」


さすが、ダニエル先輩。勘が鋭くていらっしゃる。

「はい、おっしゃる通りです。」


「君、成績は優秀なのに案外不真面目だよね。それとも天才過ぎて授業に出ていられないのかな?そんな事よりも寮に戻るなら今のうちだよ。」


はっ!そうだった!

「それでは先輩、お先に失礼します。」

ペコリと頭を下げて部屋を出ようとして、私は尋ねておきたい事を思い出した。

「先輩、この学院には黒髪の男子学生はいますか?」


「黒髪の男性か・・・分からないなあ。大体黒髪は珍しいからね。どうしてそんな事聞くのさ?」


「ええ・・・。気になる黒髪の男性がいるので。・・どうしても彼に会いたいんです。私の(生死に関わる)運命の人なので。」

大真面目で言う私。


「え゛・・・?」


何故か顔面蒼白になるダニエル先輩。


「き、君・・・本気で言ってるの?」


更にぐらりとよろめくダニエル先輩。


「はい、本気も本気。大真面目です。では失礼しますね。」

そして1人頭を抱える先輩を残し、私は足早に寮へと戻って行った・・・。




「おはよう、ジェシカさん。」


教室に入るとエマが声をかけてきた。


「おはよう、エマさん。」

私も笑顔で返す。


「ねえ、それよりジェシカさん。今朝はホールに朝食を食べに来なかったわね。何かあったのですか?」


「え、ええまあ。ちょっと・・・ね。外で食べたい気分だったので。」

まさか昨晩はダニエル先輩とサロンでお酒を飲み、意識を無くして逢瀬の塔で一晩一緒に過ごしました等と言える訳が無い。そんな事を言おうものならエマは驚いて腰を抜かしてしまうかもしれない。


「そうだったのね。来ないから心配しましたわ。でもたまには朝食を外で食べるのも気分転換になっていいかもね。」


「ええ、そう思うわ。」

ごめんなさい、ごめんなさい。嘘をついてしまって。私は心の中で必死にエマに謝罪する。


「ところで・・・聞きたい事があるのだけど・・今日もソフィーさんはナターシャさんと一緒にホールに食事に来ていたの?」


「ええ、来ていたました。そう言えば初めて私に話しかけてきましたよ。」


エマは意外そうに言う。ドクンッ!私の心臓が跳ね上がる。


「そ、それでソフィーさんは何て話しかけてきたのですか?」

動揺を押し隠しつつ、私は尋ねた。


「今朝、ジェシカさんはホールに姿をみせませんけど、一体どうされたのですかって?」


「そ、それでエマさんは何て答えたのかしら?」


「昨日の夕方から会っていないので分かりませんって答えましたよ。」


「そうなの・・・。」

まずい、昨日ソフィーはダニエル先輩が私と一緒に食事に行くと言ったのをしっかり聞いている。ダニエル先輩と私の仲を疑っているのはまず間違いないだろう。

ストーカーのソフィーの事だ。今後の彼女の取る行動がますます不安になってくる。


「だ、大丈夫?ジェシカさん。顔色が真っ青ですよ?具合でも悪いのですか?」


 青ざめている私を見てエマはかなり驚いたようだ。今日の講義は全て休んだ方が良いと半ば強引に寮へ戻された。

エマ曰く、ジェシカさんは勉強が良く出来るから、少しぐらい講義を休んだって大丈夫よ。との事だった。

でも確かに昨夜は少々・・と言うか、かなりお酒を飲みすぎてしまったのは事実。

実は軽い二日酔い症状があったのである。う~ん・・・そうだ!医務室へ行って二日酔いに効果のあるハーブティーでも頂いてこよう。

早速私は医務室へと向かった・・・。


 

「マリア先生、いらっしゃいますか?」

私は医務室のドアをノックした。すると中から声が聞こえる。


「開いているわよ、どうぞ。」


「失礼します。」

私はドアを開けると、そこにはハーブを調合しているマリア先生がいた。


「まあ?あなたはジェシカさんね?」


何故か嬉しそうなマリア先生。


「はい、ジェシカ・リッジウェイです。」


「貴女は確か、以前ハンサム男性にお姫様抱っこされて、ここに運ばれてきたわよね?」


ウッ、そんな事は覚えていてくれなくて良いのに・・・。

「はい・・おっしゃる通りです。」


「それで?今日はどうしたの?ウフフ、丁度良かったわ。」


入ってらっしゃいとでも言わんばかりに私を手招きするマリア先生。はて?丁度良かったとは一体何の事だろう。

 取り合えず私は中へ入った。医務室はハーブの良い香りが漂っている。


「実は昨夜少々お酒を飲みすぎてしまいまして、何か二日酔いに効くハーブがあれば頂けないかと思いまして・・・。」


「そうね、言われてみればあなた方相当お酒飲んでいたわね。」


「え?!マリア先生。何故それをご存じなのですか?」

まさかと思いつつ、念の為に私はマリア先生に尋ねてみた。


「だって、私昨夜私もあの場にいたのよ。その時サロンでお酒を飲んでいる貴女と男子学生を見たんだもの。それにしてもあなた方、相当飲んでいたわよね?しかも中々良い雰囲気だったじゃないの?相手の男性もすごく素敵だったし、絵になっていたわよ。周囲の人達もあなた方を見てお似合いカップルだと囁いていたんだから。気が付かなかったの?」


マリア先生は意味深な表情を浮かべると言った。はい、お恥ずかしながら全っく!気が付いておりませんでした。


「それで?どちらが本命なのかしら?この間医務室に運んで来てくれた彼と、昨夜一緒に飲んでいた彼とでは。」


「な、何を言い出すんですかマリア先生?!あの2人はそんな関係じゃ無いですよ!」


「そうかしら・・・?だって昨夜貴女と一緒にいた男子学生、貴女が酔いつぶれて眠ってしまった後、自分の上着を貴女にかけてあげていたのよ。羨ましいわね~。モテる女って。」


え?嘘。あのダニエル先輩が?だって酔いつぶれたら置いて帰ると言っていたのに。

でも結局は私を逢瀬の塔迄おんぶして運んでくれたわけだし・・・。


「あの彼の貴女を見る目・・・・。きっと貴女に気があるわ。だって眠ってしまった貴女の頭をずっと愛おしそうに撫でていたのだから・・。うん、そうに決まってる。」


腕組みしながらうんうんと1人納得しているマリア先生。どうもこの先生は恋バナが好きなようだ。

そ、それにしても・・・イヤアッ!!ダニエル先輩、何て恥ずかしい事を!きっと私がお兄ちゃんなんて呼んでその気にさせてしまったからだ。あの先輩が人目のある場所でそんな事をしていたなんて!ツンデレキャラはデレると怖いもの知らずになるのかもしれない。


「そして、完全に眠ってしまった貴女を彼はおんぶして・・・。」


うっとりしたように言うマリア先生。一体どの位私達の事を観察していたのだろう?


「で?彼とはどこまでいったの?2人で逢瀬の塔に行ったんでしょう?」


かなりヒートアップしてきたのか、マリア先生は私の肩をガシッと掴むと言った。

え・・?先生、何故その事をご存じなのでしょうか?ここは絶対確認しなければならない。


「あの・・・?マリア先生。どうしてその事を知っているのですか・・・?」

何だか嫌な予感がする。


「テヘッ。」


マリア先生は頭に手をやり、舌をペロっと出した。テヘッじゃ、ないでしょう~!!ま、まさか・・・?


「マリア先生・・・ひょっとして・・ダニエル先輩の後をつけたのですか・・・?」

私は震える声で尋ねた。


「ええ・・・。どうしても気になって。それで・・ね。後をつけちゃった。可愛かったわ~彼氏。」


いつの間にかマリア先生の中でダニエル先輩は彼氏呼ばわりされている。


「今夜一つ空いてる部屋はありますか?って真っ赤な顔で受付で尋ねてるんですもの!」


マリア先生・・・貴女何処まで後をつけていたのですか・・?

でもダニエル先輩には相当迷惑をかけてしまったようだ。近いうち何かお詫びをしなくては・・。私はため息をつくのだった。





4



「はい、ドクターマリアの特製ハーブティーお待たせ。」


マリア先生は得意げに私の前に置かれたカップにハーブティーを注いだ。柑橘系の良い香りが辺りに漂う。

「いただきます。」

私はフウフウ冷ましながら一口飲んだ。柑橘系の味の中にほのかに甘みの香りを感じる。

「先生、この中身は何ですか?」


「ふふ。よくぞ聞いてくれました。この中身はレモンとライムのエッセンスの中にハイビスカス、ペパーミント、ターメリックにカモミールがブレンドされているのよ。」


 おお~っ何と、そんなに沢山のハーブが!うん、やはり将来はハーブを扱う仕事で生計を立てられたら良いかな・・・。でもその前にあの予知夢を回避しなければ私の将来もへったくれも何も無い。誰かに相談出来ればなあ・・・。


「あら?どうしたのかしら?何か元気が無いように見えるけど?」


マリア先生が心配そうに私を覗き込んだ。


「ええ・・・。ちょっと夢見が悪かったもので・・。」

ポツリと一言。


「夢?どんな夢なのかしら?」


マリア先生は興味深げだ。どうしよう・・・話してみるべきか・・?


「ほら、ドクターマリアは学生たちの悩みも聞くのがお仕事なのよ。これでも心理学だって研究しているんだから。」


どーんと来なさいと言わんばかりに両手をめいっぱい広げて言うマリア先生。


「わ、分かりました・・・。では・・・。」


 私は詳しい事は伏せて、かいつまんで今朝見た夢の話をした。夢の中で大罪を犯して裁判にかけられ監獄に入れられた事、足かせの重さと痛み、そして凍えるような寒さを夢の中で体験した事。そして最後に現れた女性がこのままでいくと私が近い未来この結末を辿ってしまうと言われた事等を・・・。


「・・・・。」


 マリア先生は私の話をじっと聞いていた。・・やはり信じて貰えなかったのだろうか?それは当然かもしれない。だって私だってこの話を聞かされたら、どうせ夢なのだから気にする事は無いと言っていただろう。だがマリア先生から出た言葉は意外なものだった。


「確かに、ただの夢と片付けられない話かもしれないわね。」


マリア先生は自分のカップにコーヒーを注ぐと私の向かい側の席に座った。


「貴女は『アカシックレコード』と言う話を聞いたことがあるかしら?」


アカシックレコード・・・?何処かで聞いたことがあるような、無いような・・?


「アカシックレコードとは、この世界が誕生してからの全ての事が記録されている宇宙図書館とも呼ばれているわ。今まで起きた歴史、人々の記録、そしてそこから先の未来まで・・ありとあらゆる全ての情報が皆書き記されていると。それこそ別の次元の世界の記録も記されているのかもしれない。」


別の次元の世界の記録・・・?私の心臓の動悸が早まって来る。


「普通の人達にはアカシックレコードの記録になんて触れる事は到底不可能だけど、例えば貴女方のように、強い魔力保持者なら・・・?眠っている間に潜在意識の中で自分のこれから先に起こる事象のアカシックレコードを覗く事が出来るかも・・・

そう思わない?」


そ、それではやはり・・・?

「つ、つまりマリア先生は私が見たあの夢は・・・?」


「多分、予知夢なんでしょうね。貴女の見た夢はあまりにもメッセージ性が強いわ。

夢の中の出来事をまるで本当に体験したかのような感覚を身体に感じるなんて普通はあり得ないと思うのよ。」


カチャン。

マリア先生はコーヒーカップを皿の上に戻した。


「私・・・でも絶対に自分から門を開く事なんてしません!第一場所だって分からないし・・。」

ギュッとスカートを強く握りしめる。嫌だ、あんな未来絶対に。


「そうね。私も貴女がそんな大それたことをするなんて、とても思えないわ。だとすると・・・何者かが貴女を陥れる為にやった事なんでしょうね。と言うか・・この先行動すると言う事になるわね。」


「そんな・・・。私、どうすればいいんでしょう・・。」

まさか自分がジェシカを悪女にした小説の中に入り込んでしまうとは思わなかったから。ジェシカ本人になってしまうなんて考えたことも無かったから。一体どうしてこんな事に・・・・。


「でも、過去は改変する事は出来ないけど、未来なら絶対変える事が出来るわ。」


私を元気づける為なのか、マリア先生は力強く言った。


「私が今一番怪しいと思っているのは、そのソフィーって言う女生徒ね。まだ黒髪の青年の事は何も分からないのよね?フフフ・・・。私に任せておいて頂戴。幸い私はこの学院の医師という立場だから、学生達の情報を集めるなんて事造作ないわ。」


マリア先生は面白くなりそうだと言わんばかりにウキウキと話をする。

あの~でも、勝手に学生の個人情報を見るなんて・・日本だったら罰が下るかもしれませんよ?


「後は・・・黒髪の男性よね?その人物って本当にこの学院の生徒なのかしら?それともこれから転入してくるとか・・?」


「さ、さあ・・・。私にはさっぱり。でも顔ははっきり覚えているので探してみようかとは思っていますけど。」


「それと、これが一番重要ね!ソフィーの側にいた眼鏡の女生徒ね。貴女、最近その女生徒と会ったの?」


「いえ、実は・・この頃殆ど姿を見かける事が無いんです。でも以前にその女の子からメモを貰った事があります。『もっとお互いを信頼出来る仲間を増やして』って書かれていました。」


すると途端にマリア先生の目が輝きだす。


「えーっ!嘘、本当の話なの?それって。」


「は、はい・・・。」


「何?だとしたらこれって凄い話かもしれないわ。そのメガネの女生徒はソフィーとどういう関係か分からないけど、多分あの2人には上下関係があるわ。勿論立場が下なのはメガネの子。そして彼女はソフィーの悪だくみを知っていて、貴女を助けようとしている。それにもしかすると・・・メガネの子は只者では無いかもしれないわ。最もこれは私の勘だけど。」


何やらかなり興奮してきたようなマリア先生。


「とりあえず、今の貴女に出来る事は彼女の言う通り信頼できる仲間をもっと作る事ね。後はメガネ女子の名前よね?本当の名前を呼んでと言われたのでしょ?」


「はい。でも最近のソフィーはナターシャと言う女子学生とばかりいっしょにいるんです。そのせいでしょうか?彼女を見かけなくなったのは。」


「あら?ナターシャって誰かしら?」


「私と同じ階に住む新入生です。以前はかなりプライドが高くて、自分より爵位の低い人達を見下していたのですけど、ある日を境にソフィーと仲良くなったんです。」

言いながら私は気が付いた。あれ?いつの間にか私呼び捨てで呼んでるよ。マリア先生の言い方がうつってしまったのかもしれない。


「そう・・・。ひょっとすると、そのナターシャと言う女生徒もソフィーに従わされているのかもしれないわね。」


「!良く分かりましたね。そうなんです。マリア先生のおっしゃる通り、何だかソフィーの言いなりにされているように感じる部分があります。」

すごい、マリア先生。まるで名探偵だ。


「何か弱みでも握られているのかしら・・・?普通に考えて貴族と言う立場にある人物達はみんな気位が高いから、自分よりもずっと爵位が低い人間と仲良くなることもないし、ましてや言いなりになる事等普通に考えてもあり得ないもの。」


おお~。ますます探偵みたいだ。しかも医者であり、心理学術にも長けている。尊敬してしまう。


「いずれにせよ、夢の中の季節は冬なんでしょう?今年の冬か、もしくは来年年明けに大きく事態が動くかもしれないわ。だからそれまでに貴女のするべき事は2つ。

1つは信頼できる仲間をもっと作る事、2つ目はメガネ女子を探す事ね。黒髪男性とソフィーの事はこの私に任せておいて。」


言うと、マリア先生は私にウィンクした。

ねえ先生。私・・・先生の事、仲間と思っていいんですよね・・・?


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