第4章 3 彼は主要キャラでした
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「あら?ダニエル様。そちらの女性は・・・?」
どうやらソフィーは私が背中を向けて座っているので、誰なのか分からないらしい。
うう・・・。何故よりにもよってここにソフィーが現れる?でも仕方無い。振り向いて挨拶しようとする前に焼芋さん・・・もとい、ダニエル先輩は言った。
「ああ、この人はジェシカ・リッジウェイだよ。君の良く知ってるね。」
意味深な台詞を言うと、何故かダニエル先輩は私に近付き、腕を掴んで立たせると肩を掴んで引き寄せた。
「あ、あの?!」
突然の事に驚く私。なのに私の声が耳に入らないのか、ダニエル先輩は言った。
「ソフィー。見ての通り、僕達これから2人で食事に行くんだ。悪いけどもう僕に付きまとわないでくれないかな。ハッキリ言って迷惑だから。」
えええっ?!ち、ちょっと仮にも相手はこの小説のヒロインですよ?美少女ですよ?
「あ、あの。ダニー様。私もご一緒しては駄目でしょうか・・・?」
ええ?ダニエル先輩を愛称で呼んでるの?二人は近しい間柄なのだろうか・・?
松葉杖を握りしめ、必死の眼差しでダニエル先輩を見つめるソフィー。
「嫌だね。僕はジェシカと二人きりで過ごしたいんだ。それに君にダニーなんて呼ばれる筋合いは無いよ。」
冷たい声で言うダニエル先輩。うわっ!言っちゃったよ!この先輩。鬼だ、鬼のような人だ。優しい人だと思っていたのに・・・私の中でダニエル先輩のイメージがガラガラと音を立てて崩れて行く。ほら、ソフィーを見てよ。下を向いて震えているじゃないの。流石に気の毒になってくる。
「そ、そんなダニエル様。私、何度もお話しましたよね?ジェシカさんは・・・。」
ソフィーは何か気になる事を言いかけた。え?私が一体どうしたと言うの?ダニエル先輩に何か私の事を話していたの?心当たりがあるような無いような・・・き、気になる・・・!
「悪いけど、僕には関係ない話だし、第一君の話は一切信じられないよ。」
ソフィーの言葉をぴしゃりとはねつけるダニエル先輩。ねえ、一体先輩はソフィーに私のどんな話を吹き込まれたと言うのですか?
「ジェシカさん・・・。貴女ダニエル様にまで・・・?」
その時である。ソフィーが小さく呟いた。え・・・?何が言いたいの?
だが、ソフィーは俯いているからその表情は伺えない。
「さ、行こうか?ジェシカ。」
はい?!何?その甘ったるい声は?その優しげな眼差しは?!今迄の冷たい態度は何処へいった?!
ダニエル先輩は私の肩を抱くと、さっさとソフィーの側を通り抜ける。その時はっきり私は聞いた。
「どうして・・・。いつも貴女は私の・・・。」
私はカフェテリアを出る直前に振り向いた。ソフィーは何故か私の事を非難するような目で見ていたのだった・・・。
私とダニエル先輩はサロンに来ていた。食事に行こうと言っていた割に、連れて来られたのはサロン。お酒が好きなのですかと尋ねると、酒はあまり好きではないが、やむを得ず来ただけだと何だか訳の分からない事を言う
私達の前には度数の強そうなウィスキーにおつまみのチーズ、ピザ、ウィンナーとスティックサラダが並んでいる。ちなみに私の飲み物はソルティドック。
そう言えばサロンに来るのはノア先輩に絡まれて以来だ。あの時、もしルークがいなければどうなっていた事か・・・。
「やっぱり君は変わっているよね。」
ダニエル先輩はウィスキーを飲みながら私に言った。一瞬驚いてグラスを取り落としそうになる私。
「何故ですか?」
今迄私の周りには変わり者の男性ばかりだったが、男性の方から変わり者と言われたのは初めてだ。
「だって僕とこうして今2人きりでお酒を飲んでいるっていうのに別の事を考えているからさ。しかも・・・その様子だと男の事だね。」
じっと私を見つめているダニエル先輩。
「な、何故分かったのですか?!」
ま、まさかこの先輩の魔法の能力は人の心を読む能力が・・・?
「そんなの様子を見ていれば分かるよ。心ここにあらずって感じだから。」
「す、すみません・・・。少し前の出来事を思い出してしまって・・・。」
「ノア先輩の事だろう?飛んだ災難だったね。君も厄介な男に目をつけられたね。」
え?!何故ダニエル先輩が知ってるのだろうか?もしかして・・・。
「あ、あの・・・先輩。もしかしてあの時ここに居たのですか?」
「うん、いたよ。」
何ともなしに言うダニエル先輩。えええ?!それなら何故助けてくれなかったの?
私は顔に不満が出ていたのだろう。
「何?その顔は。言って置くけど僕を責めるのはお門違いだからね。」
「何故ですか?」
余りの冷たい言い方に私は少しむっとして思わず言い返してしまった。
「だってその頃の僕は君の事を知らなかったし、相手は僕より学年も上のノア先輩だよ。どうして君の事を助けに入れるのさ。でもあまりに先輩の行動が行き過ぎと感じたら流石に止めに入ってたと思うけど。」
あまり信用できない話だが、取り合えず私は黙って聞いている。
「それに結局、別の王子様が助けに入ってくれたじゃないか。彼、アラン王子の従者だろう?王子という恋敵がいるのに彼は君にベタ惚れなんだね。」
え?誰が恋敵だって?おかしな事をいう先輩だ。ひょっとしてルークの事を言ってるのだろうか?
「別に王子は私の事を好きでも無いし、ルークだって私の友人の1人ですよ。」
私はカクテルを一気にあおると言った。
「君、本気でそんな事言ってるわけ?」
何故か目を丸くして驚くダニエル先輩。当たり前だ。だってアラン王子の恋のお相手は私では無くソフィーなのだから。ん・・・?待てよ。だったら何故ソフィーはダニエル先輩に懐いて?いたのだろう。
「まあ、いいよ。別に僕には関係ないからね。」
ダニエル先輩はおつまみのピザを食べると言った。
「ところで、ジェシカ。」
あ、名前呼ばれるの二度目だ。
「はい、何でしょうか?」
「君・・・ソフィーと何かあった?」
またまた妙に気になる事を言う先輩。
「どういう事ですか?」
ズイイッと身を乗り出して私はダニエル先輩の顔を覗き込む。
「うわ・・・。ねえ、君。もしかして、酔っぱらっている?」
嫌そうに私から離れるダニエル先輩。
「お?珍しいな。ブライアント。お前がサロンに現れるなんて。しかも・・何だよ。女連れか?初めてじゃないか?女連れなんて。」
「本当だ。珍しい事もあるもんだ。」
「お前、ついに女嫌い辞める事にしたのか?」
その時、数名の男子学生が現れてダニエル先輩に声をかけてきた。
ダニエル先輩は露骨に嫌そうな顔をしながら言った。
「僕だって来たくて来たわけじゃ無いし、好きで誘った訳じゃない。どうしてもあの女の事で相談しておかないとならない事があったからさ。ほら、だからあっちへ行ってろよ。」
何だか失礼な事を言われているような気がするけれども、何も言うまい。
先輩はシッシッと友達たちをまるで犬のように追い払ってしまった。ん?待てよ。
彼等は先輩の事をブライアントと呼んでいた。ブライアント・・ダニエル・ブライアント・・?。
「ねえ?どうしたのさ。急に黙り込んで。」
突然ダニエル先輩に話しかけられた。水色の髪、深い緑をたたえた瞳に中世的なその美貌・・・。間違いない、ダニエル・ブライアント。彼はこの小説のメインキャラクターの内の1人だ・・!
「い、いえ。な・何でもありません。」
私は動揺を隠す為、追加で注文してあったマルゲリータを一気飲みした。
「ねえ、そんなにお酒飲んで大丈夫なの?」
流石に心配してくれるのかダニエル先輩は私に声をかける。
「いいえ。私、この程度では酔いませんので。」
と言うか、飲まずにいられない。こんな状況でシラフでなんかいられない。
「ジェシカ、さっき君にこのサロンへ来たのはやむを得ず来たと話したよね?」
「え、ええ。そうお話されていましたよね。」
私はさっきの話を思い出した。
「僕が学食へ行かなかったのはソフィーに今から君に話す内容を聞かれたくない為だ。」
突然ダニエル先輩は意味深な事を口にした―。
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ソフィーに話を聞かれたくない?それにカフェテリアで会った私にソフィーが投げかけた言葉・・・今からダニエル先輩が話そうとしている内容に関連しているのだろうか?
「君・・・ソフィーに何をしたの?」
神妙な顔つきで開口一番ダニエル先輩が言った。え?何の事?
「あの・・・おっしゃっている意味が良く分からないのですが・・・?」
この人は何を言いたいのだろう?ソフィーは一体ダニエル先輩に何を話したのか?私には全く思い当たる節が無い。だってソフィーとはクラスも寮の場所も違うのだから、接点等殆ど無い。せいぜいあるとしたら、2回だけ一緒にお風呂に入っただけだ。
「やっぱり・・・そう言うと思ってた。あ、ブランデー、ロックで。」
話の途中でカウンター越しに居たバーテンダーにアルコールを注文するダニエル先輩。お酒は好きでは無いと言っておきながら、中々強いアルコールを飲むじゃないの。それともシラフで話せない内容なのだろうか?よし、それならこちらも・・・。
「すみません、私にはスクリュードライバーを下さい。」
「ちょっと、ジェシカ。君そんな強いカクテルを・・・。それ、何て呼ばれてるか知ってるの?」
お互いのアルコールが目の前に置かれるとダニエル先輩は言った。
「勿論、知ってますよ。別名『レディー・キラー』と呼ばれてるんですよね?」
ふふん。これぐらいのお酒で酔いつぶれてしまうような私では無い。やれるものならやってみろと言う感じだ。
「あ、そう。でも酔いつぶれたとしても僕は知らないよ。置いて帰るから責任持てないよ。いいね?」
「ご心配なく、先輩に御迷惑をおかけする事はありませんから。」
私とダニエル先輩は無言で一口アルコールを飲むと、やがてダニエル先輩が口を開いた。
「彼女の足の怪我・・・見た?」
「いいえ。足はギプスで固定されているので見ていませんが。」
「・・・そう。僕は・・見た。と、言うよりも見させられた。」
「はい?!」
思わず大声を出してしまった。見させられた?一体いつどこで?二人はそうとう深い関係にあるのだろうか・・・?う~ん、気になる。だってソフィーの相手は小説通りならアラン王子ではないか。この世界では相手役がダニエル先輩に変わってしまったのだろうか?
「あ、あの・・・ど、何処で見させられたのですか?!」
「ねえ・・・。君さ、もしかして凄く勘違いしてるんじゃないの?僕と彼女の事。」
溜息をつきながら、冷たい目つきで私を見るダニエル先輩。うん、マリウスが好みそうな視線だ。
「・・・と、言いますと・・?」
気を取り直して続きを促す私。
「今から2週間位前の話かな・・・。男子新入生が合宿に行く前の話だね。その時僕は君と初めて会った場所で焚火をして芋を焼いていたのさ。」
「はあ・・・お芋ですか・・?」
この先輩は2週間前もあそこで一人焼き芋をしていたと言う訳か。
「その時裏手で悲鳴が聞こえたんだよ。何事かと行って見れば地面に深い穴が空いていて、そこに彼女が落ちていたと言う訳さ。」
グラスを持つ手が震えてきた。やはり、ソフィーは小説通り落とし穴に落ちていたのか・・・。
「穴の底から覗き込んだら彼女が僕に向かって助け求めてきたんだ。仕方なく浮遊の魔法で彼女を穴の底から持ち上げて助けてあげたんだけどね。」
私は黙ってダニエル先輩の話を聞いていた。小説通りなら爵位の高い女生徒達が仕組んだ事になっているが、果たしてここの世界ではどうなっているのだろう・・・。
「足をすごく痛がっていたから見て見ると足首が腫れていたんだ。これまた仕方なく
医務室まで浮遊魔法で運んであげようとしたら、彼女何て言ったと思う?」
嫌そうに眉をしかめながらダニエル先輩はブランデーを一気飲みする。
「ソフィーは・・・何と言ったのですか?」
私もカクテルを飲みながら先を促した。
「抱き上げて、医務室まで運んでほしいって言ったんだよ?!この僕に!」
忌々し気にダンッ!と空になったグラスを置くダニエル先輩。カラン。グラスの中の氷が鳴る。
ヒ、ヒエエエエッ!初対面でいきなりダニエル先輩にそんな難易度?の高いセリフを言ってしまったの?ソフィーは。
だってこの小説の中のダニエル先輩は男性登場人物の中で一番ヒロインに対する好感度が低い人物なんだから。それが物語が進むことによって、徐々に心を開いていき・・ヒロインに対するジェシカの嫌がらせの証拠を掴みアラン王子に報告する。
最後、アラン王子とソフィーが互いに愛し合っている事実を知った時、『大好きだったよ』と初めて想いを伝えながらも、二人の事を祝福する・・・いわゆるツンデレタイプのキャラクターなのである。
イライラしながらまだダニエル先輩の話は続く。
「全く、彼女ときたら図々しいよ。穴に落ちたのだから当然制服だって汚れているよね?しかも白い制服だから当然汚れは目立つでしょ?抱き上げりしたら僕の制服だって汚れてしまうじゃないか。だから断ったら、『そんな、酷い。痛くて歩けないので抱き上げてください』って半泣きになるんだもの。仕方が無いから抱き上げて医務室へ運んで行ったよ。お陰で僕の制服は土汚れがついて、クリーニングに出したんだからね。ほんとに請求してやりたいぐらいだよ!」
益々ヒートアップしてくるダニエル先輩。バーテンを呼んで又注文。
「すみません、テキーラ一つ。」
「あ、では私にはソルティ・ドッグを。」
「ふ~ん・・・。君も中々飲むね。」
何故か楽しそうにニヤリとするダニエル先輩。
「ええ、そうですね。お酒、好きなので。そういう先輩もお酒好きじゃないなんて言いながらかなり強いじゃ無いですか。」
「僕がお酒を好きじゃないって言ったのは楽しい気分で飲めた事が無いからさ。」
ブスッとむくれたように言う先輩を見て思った。それなら今はさぞかし嫌な気分で飲んでるのだろうな・・・と。
「何?言いたい事があるなら言えば?」
あ、またしても心の中を読まれた気がする。
「先輩って、人の心を読むの得意みたいですね。」
「そうかもね・・・。よく言われる。だからかもね、親しかった人達がいつの間にか僕の側から離れていくのは。」
おや?何だか意味深な言葉を言う。そう言えばダニエル先輩は小説の中でいつも1人でいる描写で書いていたっけ・・・。成程、人の心を読むのが得意なので周囲から孤立してしまったのが孤独へと繋がったのか。自分で作った小説なのに、我ながら1人で納得してしまった。
「それでは、今もさぞかし嫌な気分で飲んでいるのでしょうね。ソフィーさんとの嫌な思い出の話をしているのですから。」
いつの間にか目の前に置かれていたカクテルを飲みながらダニエル先輩に言った。
「いや。それがそんなには嫌な気分で飲んでいる訳でも無いんだよね。もしかすると・・・一緒に飲んでる相手が君だからなのかなあ?」
不思議そうに首を傾げながらテキーラを飲むダニエル先輩。うん?何だか妙な事を言い始めた。私と一緒だから楽しい気分?多分先輩は酔いが回って来た為からおかしな台詞が出たのだろう。よく見れば、先輩の瞳は潤み、白い頬は赤みが増してきた。う~ん・・・。やっぱりこうしてみると美形だ・・・と、言うか美人だなあ。
「とにかく、その後医務室へ連れて行く途中、彼女は何て言ったと思う?」
再び話を元に戻す先輩。
「さあ・・・?何と言ったのですか?」
「彼女はね・・・ジェシカ・リッジウェイに落とし穴に突き落とされたと言ったんだよ。」
え・・・・?聞き間違いでは無いだろうか・・・?
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「あ、あの。もう一度言って頂けますか?」
私は声が震えそうになるのを押し殺して尋ねた。もしかすると私も先輩も相当酔いが回っているのかもしれない。そうだ、きっとこれはお酒のせいだ。
「彼女は僕に言ったんだ。自分が穴に落ちたのは君に突き落とされたからなんだって。」
何度も同じことを言わせるなと言わんばかりにイライラしながらダニエル先輩は繰り返した。
「全く・・・。」
あ、相当機嫌悪い。きっとダニエル先輩は目の前にいる私が全ての原因だ言う事を今更ながら感じたのかもしれない。ここは、何としても誤解を解かないと・・!
「せ、先輩!それは私じゃ・・・。」
そこまで言いかけた所をダニエル先輩の言葉で遮られた。
「全く、あの嘘つき女め!」
「え?」
「誰が、そんな話を信じるとでも思っているんだ?大体僕は殆ど毎日あの場所に来ていたけど今迄一度も君を見た事等無い。あそこの塔は教室として機能している塔では無いからね。備品室や用具入れ・・・そんな教室ばかりだ。余程の物好きでしかあの場所には来ないよ。寮生活以外で僕が唯一、一人になれる場所だったのに・・。
それをいつの間にかあの女を度々見かけるようになって、一度何をしているのか、こっそり後を付けたことがあったよ。そうしたらあの女は何をしていたと思う。僕が枯葉を集めていたあの土地を女3人で掘り始めて・・いつの間にか大きな穴を掘っていたんだよ?あんなところに穴が空いていれば危ないじゃないか。だから一度は穴を塞いでやろうかと思ったんだけど・・・何故僕がやらなければならないのだと思い、馬鹿らしくてやめにしちゃったけどね。」
ダニエル先輩は徐々にその時の光景を思い出したのか・・・ヒートアップしてくる。
「テキーラお代わり!」
「私にはモスコミュールを!」
2人とも、ピッチが上がる上がる・・・・。
「そして、あの事件が起こった。」
ダニエル先輩の話をまとめると、穴を掘っていたのはソフィーとナターシャ、そしておそらくメガネの女生徒、この3人。そしてソフィーは恐らく自分からわざと落とし穴に落ちた。それもダニエル先輩が近くにいた時を狙って。
「あの足首の怪我・・・あれは恐らく魔法によって、怪我をしたという風に見せかけた物だ。あの怪我をしたという場所からは魔力を感じる。恐らく、あの女は怪我なんかしていない。」
「そんな事が出来るのですか・・・?」
まさか、魔力で怪我をしたように見せかけるなんて・・・それは余りにも酷い魔法の使い方だと思う。
「少し魔力が高めの人間ならどうってことないさ。なのに・・・あの女は君にやられたと言ってるのさ。君が突き落としたのを見ていたと言ってる目撃者が多数いるらしいんだ。全員・・・旧校舎にいる準男爵家の人間達ばかりだ。何故かこの日は南棟の向かい側にある棟で実習訓練があったとかで、全員集まっていたらしい。その時悲鳴が上がった方角を見ると、君が逃げていく後ろ姿を全員が見たってね。誰かがご丁寧に魔法で証拠映像も記録していたらしい。全部あの女が僕に説明して来たよ。」
聞けば聞くほど、私は随分と危うい立場に立たされていたようだ。でも学院側からも寮でも何も聞かされていなかった。
「わ、私・・何も聞かされていないし、初めてそんな話聞きましたよ?!」
思わず声が上ずる。
「彼等は学院長に証拠映像を見せたらしいんだけど、後ろ姿だと言う事と、君の爵位が高かったと言う事で、今回の話は証拠不十分だと言う事で取り上げられなかったらしい。その代わり・・・と言う事で、あの女は朝食を一般寮生達とホールで食べられるようになったそうだね。」
私はホールでのソフィーとナターシャの会話を思い出した。穴が掘られていて落ちたと言う話・・・・あれはわざわざ私や他のあの場にいた女生徒全員に知らしめる為だったのか。全員を味方につけ、私を悪女に仕立てるつもりで・・。けれども結局は誰からも相手にされなかった。あの時、2人はどんな思いだったのだろう。それに、何故ソフィーは私を悪女に仕立てようとするのか?何か気に障るような事をしてしまったのだろうか?でも自分には思い当たる節は何もない。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、ダニエル先輩は言った。
「僕は、あの女のことは一切信用しない。正直言って迷惑してるんだ。あの時以来、やたらと僕の周りをうろついて・・・目障りでしょうがない。」
ふう~っと深いため息をつくダニエル先輩。私は黙って先輩の話を聞いている。この先輩は人と・・特に女性と関わるのが大嫌いな人だ。よし、私は今この場で空気になろうと決め込む。
「でも・・・。」
不意にダニエル先輩の口調が変わる。
「ジェシカの事は別に嫌だとは思わない。・・何故だろう?」
さ、さあ・・・。急にそのような事を言われても私にはさっぱり分かりかねますけど?私は無言でいたが、ダニエル先輩は1人で納得したかのように言った。
「そうか、ジェシカは他の女達みたいに僕に纏わりつこうともしないし、サバサバしていて女を感じさせないからだ。」
はいはい、どうせ私は女らしくいないですよ。今だってこうしてぐびぐびお酒を飲んでいるし。
「うん、これって・・・何だか楽しい気分だ。」
「え?」
隣に座っているダニエル先輩を思わず見ると・・・そこには今迄見た事もない位笑顔の先輩がそこにいた。その笑顔を見ていたら、今まで不安に思っていた気持ちが嘘のように落ち着いてきた。
「せ、先輩は・・・私がソフィーを突き落としたという話は信じます・・・か?」
いけない、思わず声が震えてしまう。
「何言ってるんの?信じるはず無いでしょう?あの女はとんでもない大嘘付きだ。」
大真面目で言うダニエル先輩。では、今日会ったばかりの私の事は信じるとでも言うのだろうか?そう尋ねようと思った時に先輩は言った。
「でも、ジェシカの事は信じる。君は誰かを突き落とすような事をする人間じゃない。」
「だ、だけど・・私は先輩にとって今日初めて会った人間ですよ・・・?」
「僕を見くびらないで欲しいかな。こう見えても勘は鋭いから人を見る目はあるつもりだよ。大体、あの生徒会長や、ノア先輩、それにアラン王子・・・皆が君を慕ってるって事は、君がそれだけ素晴らしくて、人望もある魅力的な女性って事だろう。」
「っ・・・!」
意外な程優しい言葉に思わず目頭が熱くなるのをぐっと我慢して私は言った。
「あ・・ありがとうございます・・・。」
少し、躊躇っていたダニエル先輩は何を思ったか、私の頭をそっと撫でた。
「だ、大丈夫。ジェシカには大切に思ってくれている人が周りにいるから・・。」
「フフ・・・。」
私は思わず笑いが込み上げてきた。
「な、何?何がおかしいのさ。」
動揺したダニエル先輩は顔を赤くしている。でも・・お酒のせいなのかもしれない。
「何だか、先輩・・・お兄ちゃんみたいですね・・。」
「えええっ!!」
真っ赤な顔で大きな声を上げるダニエル先輩。
「今夜だけは私のお兄ちゃんです、先輩は。本当にありがとうございました。」
私は素直な気持ちを伝え、頭を下げた。うん、私には皆が付いている。エマやマリウス、ちょっとウザイけど生徒会長にアラン王子、グレイ、ルーク・・。
「ぼ、僕は君の兄なんかじゃない・・・!」
赤くなりながらも満更じゃなさそうなダニエル先輩。それはそうだ。ぶっきらぼうだけど、本当は優しいツンデレキャラなのだから。
「いいじゃ無いですか・・今夜は兄妹の関係でも・・・。これは、きっとお酒のせいなのですから・・・。」
そして私の意識はそこで途切れた―。