※第10章 2 アカシックレコードに最後の願いを
曖昧な性描写有ります
1
何処までも深く深く潜っても、中々あの光に届かない。
時々意識が遠くなっていく感覚に襲われそうになって来る。その度に歯を食いしばって首を振って何とか自分の意識を正常に保とうと試みた。
やがて・・・とうとう意識の底に辿り着いたのか、地に足が付く感覚を感じた。
何処かで水音でもするのだろうか・・・時折高い場所から水が垂れて来る音が聞こえて来る。
アカシックレコードは・・・・テオは何処に?
当たりをキョロキョロと見渡していると、前方に明るく光り輝く物体が浮いているのが目に入った。
ま・・・まさか、あれは・・・・!
あれはアカシックレコードなのかもしれない!
急いで駆け寄ろうとすると、いきなり前後左右から黒い影が現れた。
「キャアアッ!!」
突然の事に驚き、思わず悲鳴を上げる私。
そして両手、両足を巻き取られて、私は派手に転んでしまった。
「う、いた・・・・。」
その時、私の両手、両足に絡みついた黒い影がゆらりと動く。
<返して・・・・私の身体を・・・・。>
え・・?その声は・・・・?
やがて4つの黒い影は徐々に形を成していき・・・色も少しずつ薄れてついに正体を現した。
そこに立っていたのは4人の私・・・・ジェシカ・リッジウェイだった。私と違うのは、彼女達の髪は以前のジェシカのように長く、そして・・・吊り上がった目をしている点であった。
「え・・ええ?!ど・どうしてわ・・私が・・・4人もいるの・・?!ひょっとして私の偽物・・?」
すると1人のジェシカが私を指さして言う。
「・・・何を言ってるの?偽物は貴女の方でしょう?」
「そうよ、貴女の魔女が勝手に私達の身体を奪ったのよ。」
「よくも今迄人の身体を好きに使っていたわね・・・。」
「一体私の身体を使って何人の男達と関係を持ってきたのかしら・・・?」
「!」
彼女達は・・・・入学式の時に命を落としたジェシカなんだ・・・!!
「「「「さあ、早く私の身体を返してよ・・・っ!」」」」
4人のジェシカは私にじりじりと近付いてくる。
「お・・・お願い!もう少しだけ待って!今・・・アカシックレコードの呪いで苦しめられている女性がいるの・・・!どうしても私はその女性を助けたい。そして、私の為にこの場所へ閉じ込められてしまった人がいるの!その人も・・助けたいのッ!だから・・・もう少しだけこの身体を・・・どうか貸してください!それが済めば・・・貴女達に・・・身体をお返しします・・・。」
私は必死で4人のジェシカに頭を下げた。
「それじゃ、貴女の願いが叶えば・・・・必ずその身体を返すと言うのね?嘘ではないのね?」
1人のジェシカが尋ねて来る。
「はい、勿論です。それだけが・・・私の望みです・・・。」
瞳を閉じて私は言った。
そう、私は所詮ジェシカの偽物・・・本当の私は日本から呼ばれてこの世界にやってきた川島遥なんだから・・・。
「フン・・・。本来なら今すぐにでも身体を返して貰う所だけど・・・。」
「貴女のお陰で色々な男性から私は愛されているようだしね・・・。」
「ほんと、こっちから男を誘惑する手間が省けたわ。」
「その点を考慮して・・・後少しだけその身体を貸してあげる。」
4人のジェシカは交互に言う。
「「「「せいぜい・・・頑張る事ね・・・・。」」」」
そう言うと、彼女達は姿を消した。
「・・・・。」
少しの間だけ、私は立ち止まっていた。・・・もうすぐ・・・・私はこの世界とお別れするんだ・・・。ジャニスの呪いを解いて、テオをここから助け出せれば、私の役目は全て終わり。後は・・後は?
本来のジェシカに身体を返せば私は一体どうなるのだろう?元の世界に帰れるの?
それとも・・・このままここで消えてしまう?
でも本当に・・・ここで私の全てが終わってしまうのなら・・・最期にもう一度だけ・・・私の愛する人達に・・大切な人達にきちんと別れを告げたかった。
気付けば私は声も出さずに涙を流していた。私はいつの間にか・・・こんなにもこの世界を愛していたのだと言う事が改めて痛切に感じる。
皆に最後の別れを告げる事が叶わないなら・・・どうか、私の記憶を皆から消し去って貰いたい。
だって、きっと私がいなくなたら、マシューも公爵も、アラン王子も・・デヴィットやダニエル先輩、ノア先輩・・・・グレイにルーク・・・・それに私の友人達・・・皆がきっと悲しむだろうから・・・!
溢れる涙をぬぐい去ると、私はアカシックレコードのある場所へと向かって走り出した。
走り続けていると、徐々に光が大きく、強くなっていく。
そしてついに私はアカシックレコードを発見した。
私が手に入れたアカシックレコードは赤い立派な背表紙の分厚い本であった。
光の粒子を纏いながらキラキラと輝くその本はとても神聖なものに思えた。
恐る恐る軽く触れると、アカシックレコードは空中に浮かびながら自然にページを開いた。そこには今迄目にした事が無い不可思議な文字が浮かんでいたが、何故か私にはその内容が手に取るように理解出来た。
アカシックレコードはまるで私が読みたいページが分かっているかのようにある文章をキラキラと光らせていた。
私はアカシックレコードが指し示している文書を覗き込むと息を飲んだ。
「こ・・・これはまさしくジャニスに関する記述っ!」
本にはこう記されていた。
『・・・アカシックレコードを手に入れるのに失敗してしまったジャニス・オルソンは身体中にその呪いを受ける事になってしまった。その呪いはまずは体表一体に広がり、やがて内部を侵食し身体の内側から腐ってゆく、恐ろしい呪いである・・・。』
「!!」
その内容は衝撃的なものである。だけど・・・私は息を飲むとアカシックレコードに語り掛けた。
「お願い・・その話を書き換えて。アカシックレコードを手に入れるのに失敗してしまったジャニス・オルソンは一時は呪いを身体の全身に受けてしまう。しかし、聖女ソフィーの祈りによって奇跡的に回復する事が出来、それからは心を入れ変え、その生涯を困った人達に捧げるのであった・・。」
すると・・・目の前でアカシックレコードの文字が書き換わっていく。
きっと、これでジャニスは助かるはずだ。次は・・・。
「テオ・・・テオは何処・・・?!」
すると再びアカシックレコードが別のページをゆっくりと開いた。
そこにはテオの記述がある。
『アカシックレコードを体内に取り入れたジェシカは体内でアカシックレコードが暴走して、死を待つばかりであった。その暴走を止める為にテオ・スペンサーは己の魂をジェシカの中に送り込み、自らの命を捧げて愛する女性の命を救った・・・。』
私はその文章を読み、再び涙が溢れてきた。
愛する女性・・・テオ・・本当に私の事を愛してくれていたんだね?
でも大丈夫。貴方が私を救ってくれたように、今度は私が貴方を救う番だから。
「お願い、アカシックレコード・・・。この文章を書き換えて・・・。」
私はアカシックレコードに願いを掛けた。
「アカシックレコードを体内に取り入れたジェシカは体内でアカシックレコードが暴走して、死を待つばかりであった。その暴走を止める為にテオ・スペンサーは己の魂をジェシカの中に送り込み、彼女の体内で暴れるアカシックレコードを静める事が出来た。そして今度は魔法を自在に使えるようになったジェシカは自らの命を捧げて、テオを救った。テオの魂は再び神木の前で蘇り、再び彼は人間界に戻る事が出来た・・・・・。』
最期の方は、私は泣きながらアカシックレコードに願いを掛けた。
本当はこんな終わり方をしたくなかった。だけど私はこの身体を本物のジェシカに返す約束をしている。
『ワールズ・エンド』の門も無事修復され、マシューも公爵も・・・人間界へ戻ってきて欲しいと思った。そして私は・・・自分の心を・・・身体を・・分離させる事が出来たなら・・・どんなにか良かったのに。
元の・・・川島遥に戻る私、マシューだけを愛する私、公爵だけを愛する私、そして・・誰かと旅をする私・・・誰のものでもない私・・・。それぞれの新たな物語を描く事が出来れば・・・どんなにか幸せな未来が待っていただろう。
「あ・・・・。」
私は自分の手を見つめた。いつの間にか私の身体は温かい光に包まれている。そして右手がまるで光の粒子になったかのように徐々に崩れて、上空へ向かって飛んでいる。
「そうか・・・・私はここで・・・今消え去るんだ・・・・。そして・・・この身体は・・・オリジナルのジェシカの物に戻るんだ・・・。」
徐々に自分の意識が遠くなっていく。
記憶が薄れていくのが分かる。
そして、最後に私の脳裏に浮かんだのは・・・。
マシュー・・・公爵・・・・テオ・・・。
私は貴方達の事を・・・愛しています―。
2
「諦めるのはまだ早いぞ。」
突如、薄れかけていた意識が戻って来ると同時に、誰かに力強く抱き締められた。
え・・?その声は・・・?
真っ白になっていた視界が徐々にはっきりと視えて来る。
そしてその視界の先には・・・。
独特のアベニューグリーンの髪にアッシュグレイの瞳・・・・・。間違いない・・。
「テ・・・テオ・・・・?!」
「ああ、そうだ。ジェシカ・・・。お前を助けに来たぞ?」
え?助けにって・・・?誰から・・・?テオは何処から来たの?
その時・・・4人のジェシカの声が頭上から聞こえてきた。
「約束が違うわ!早くその身体を返しなさいよっ!」
「そうよ!今まで散々好き勝手に使っていたくせに!」
「返さないと言うなら無理やり奪ってやるわ!」
「この偽物め・・・っ!早く元の世界へ帰りなさいよっ!!」
するとテオが私を抱きかかえたまま不敵に笑みを浮かべると言った。
「悪いな・・・。あんた達に取ってはこの女は偽物かもしれないがな・・今の俺達の世界にとっては、この女が本物のジェシカなんだよっ!お前達はもう必要無いんだっ!さっさと今のジェシカに吸収されちまえっ!!」
「な・・・何ですって・・・?!」
1人のジェシカが怒りを露わにして、こちらを睨み付けた。
「今まで貴女の中に閉じ込められていた私達の気持ちが分かる・・?」
「私が得るべきものを全て奪ったのよ?」
「アカシックレコードごと・・引き渡しなさいっ!」
「ご、ごめんなさい・・・っ!!」
私は両耳を押さえてジェシカ達に叫ぶ。
「ジェシカッ!あの女達の言う事に耳を貸すなッ!あいつらが何を言おうと・・・俺にとって・・いや、俺達皆にとっての本物のジェシカはお前なんだよっ!!」
そしてテオは私の顔を両手で挟んで覗きこむと言った。
「ジェシカッ!お前の・・・お前の望みをアカシックレコードに訴えるんだっ!!」
「わ・・・・私の・・・望みは・・・・。」
そう、私の・・・心から望んでいる事は―。
私はアカシックレコードに望みを唱えた・・・・。
「ジェシカ・・・・ジェシカ・・・。」」
誰かがすぐ側で私の名前を呼んでいる・・・。誰・・・?
「ジェシカッ!目を開けろっ!俺だっ!テオだよっ!!」
え?テオッ?!
一気に私の意識が覚醒し、眼を開けると私を抱きかかえて覗き込んでいるテオがいた。
「テ・・・テオ・・・・?」
震える声で名前を呼ぶ。
「ああ・・・俺だよ、ジェシカ・・・。お前のお陰で・・・帰ってこれたよ。」
「テオ・・・・。お帰りなさい・・・。」
私の目にみるみる涙が溢れて来る。
「ただいま。ジェシカ。」
そしてテオは強く強く私の事を抱きしめた―。
今私とテオは『ワールズエンド』の『神木』の前に座っている。精神世界に行っていた為か、私もテオも疲弊しきっていたからだ。けれど不思議な事にこの『神木』の側にいるだけで、身体に気力が戻って来るのを感じる。
初めは会話する気力も無かった私達であったが、ようやく会話を交わせるまでに体力も戻っていた。
「ジェシカ・・・。お前は・・・この世界の人間じゃ・・・無いんだろう?」
テオが私に話しかけてきた。
「うん・・・そうだよ。私は・・・エルヴィラによって別の世界からこっちの世界にやってきたの。テオも見たでしょう?4人のジェシカ達・・・。彼女達が正真正銘、本物のジェシカなのよ・・・。でも・・やっぱり本物のジェシカは・・綺麗だったな・・・。」
私は瞳を閉じて、精神世界で出会ったジェシカ達の姿を思い浮かべた。
やや釣り目ではあったが、紫色の瞳に・・・栗毛色の波うつ長い髪のジェシカは私ですら見惚れる程に・・・。
その時、突如としてテオが私を強く抱きしめて口付けをすると、そのままの体制で組み伏せてきた。
そしてさらにテオは深い口付けをしてくる。
テオ・・・・。
私もそれに応えるように、テオの首に腕を回すと深い口付けに応じた。
やがてテオが唇を離すと私に言った。
「俺にとっては・・・・あのジェシカ達よりも・・・お前の方がずっといいけどな。だから・・お前の事をいつでも欲しいと思ってる。」
テオは真剣な眼差しで私を見つめる。
「わ・・・私は・・偽物のジェシカなのに・・それでも・・?」
するとテオは言う。
「ああ。前にも言っただろう?ジェシカ程・・・魅力的な女はいないって・・・忘れてしまったか?忘れたなら・・俺が今思い出させてやるよ。」
テオはフッと優しく笑うと、再び強く唇を重ねてくる。
そして深い口付けをしながら、テオが私の服に手をかけた―。
青白く光り輝く『神木』の前で私とテオは肌を重ねた。
テオの私に優しく触れる手が、口付けが泣けてくる程嬉しくて、途切れ途切れに愛していると囁いて来るテオの言葉が私の頭をとろけさせていく。
テオに抱かれ、甘い声を上げながら私は思った。
テオ・・・私も貴方を・・・愛しています。
ごめんなさい、マシュー。公爵。
今この瞬間・・・私の心は、身体はテオだけのもの・・・。
そして私とテオは『神木』に見守られながら、この日初めて結ばれた―。
『神木』からワールズエンドへ戻って来ると、驚くべき光景が広がっていた。
何と、壊れていたはずの『門』が以前と同じ佇まいでそこに存在していたのだから。
「え・・?嘘・・・・!どうして、門が・・・?」
「おい、ジェシカッ!あれを見ろ。」
テオが指さした先には・・大切な人達が集まっていた。エルヴィラ、アンジュ、ヴォルフ、そしてアラン王子、ソフィー、デヴィット、ダニエル先輩にノア先輩、グレイ、ルーク、魔界城で再会したレオ、ライアン、ケビン・・・。
「あ・・・あれは・・!」
私は息を飲んだ。
門のすぐ側には・・・マシューが・・そして公爵が立っていたのだ。
マシューは笑顔で私に手を振り、公爵は少し複雑そうな顔をしながら、私の事を見つめていた。
「マシュー・・・・。ドミニク様・・・・。」
彼等の名を呼ぶ私を見て、テオは意味深に言った。
「どうだ?ジェシカ・・・。『ワールズエンド』の門も・・見ての通り、無事に修復されたみたいだし、聖女ソフィーもこの世界に現れた。魔王だったドミニクはその魂を封じ込めて・・・人間として、再びこの世界に戻ってくる事が出来たんだ。」
「テオ・・・・?何故・・・その話を・・・?」
一方、アラン王子やデヴィットは何やらこちらに向けて叫んでいるが、エルヴィラに魔力か何かで引き留められているのか、誰一人私とテオから距離を取り、近付いて来るの誰もいない。
テオはそんな彼等を遠くに眺めながら言った。
「何故知ってるかって?だって俺の魂は・・・ずっと・・ジェシカ・・お前の中いたんだぜ?だから・・・俺は何でも知ってるんだ・・・・ドミニクとの事も・・そしてマシューとの事もな・・・。」
「テ、テオ・・・ッ!」
耳元でささやかれて、私は一瞬で顔が真っ赤になってしまった。
そんな私を遠くで怪訝そうに見つめるマシューや、公爵。一方のアラン王子やデヴィットは2人とは対照的に何やら怒っているように見える。
「嫉妬で・・俺はおかしくなりそうだったけど・・でも・・ジェシカはマシューに言ったよな?マシューの事も・・・ドミニクの事も・・・そして俺の事も愛してるって。最初はその言葉を疑ったけど、『神木』の前でジェシカを抱いた時、はっきり分かったよ。やっぱり・・・お前は俺の事を愛してくれてるんだなって事が・・・。」
「う、うん・・・。私はテオの事・・愛してるわ・・・。それに・・・。」
彼等に申し訳なくて私は目を伏せた。
「別にいいさ。ジェシカを責めるつもりなんか俺にはこれっぽっちも無いんだから。それよりも・・・ジェシカ。アカシックレコードに願ったお前の望みは・・叶いそうか・・・?」
え・・・?
テオの意味深な言葉に私はアカシックレコードに無意識で願った自分の望みを思い出した。
それは・・・神様にだってきっと願ってはいけない望みを―。
次話で完結です