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第9章4 魔界の封印、そして私の還りたかった場所

1


 私と公爵は魔王城の玉座へと戻って来た。


「ドミニク様、これからどうするのですか?」


「ああ、まずはここにいる魔族全員に呼びかけてみる。今すぐ戦いをやめるように・・・果たしてうまくいってくれればいいが・・・。」


そして公爵は私を見つめると言った。


「ジェシカ・・・。お前は今ここにいるとまずい。皆の元へ・・戻っているんだ。」


「でも・・・一人で大丈夫ですか?」

大勢の魔族たちがいるのに・・・もう、魔王ノワールは公爵の中で眠りについてしまったのに・・・彼らは公爵の言う事を聞くだろうか?


「大丈夫だ。ジェシカ・・・実は俺には魔王だった時の記憶が残っているんだ。だから・・・知っている。お前に酷いことを沢山してしまった事も・・・。本当に・・すまなかった・・・。」


公爵は私を抱きしめると髪に顔をうずめて悲し気な声で言う。


「・・・操られていたので・・仕方ないですよ。私は何一つ公爵の事を恨んだりもしていませんから。」


公爵の背に腕を回し、私は言った。


「ありがとう、ジェシカ・・・。俺なら大丈夫だから・・ジェシカは仲間と一緒に人間界へ戻るんだ。」


公爵は強く私を抱きしめてきた。


「え・・・ドミニク様・・・?」


「ジェシカ・・・さよならだ・・・。」


その言葉に顔を上げると公爵は私を見つめながら悲し気に微笑んでいる。


「ド・・ドミニク・・様・・・?さよならってどういう事ですか?」

公爵に縋りつくと見上げて尋ねた。


「俺は・・・・沢山罪を犯してしまった。人間界には・・・もう戻れない。ここで・・この世界で罪を償って生きていこうと思っている・・。だから・・最後にもう一度お前を抱いておきたかったんだ・・・。その願いもかなったし・・。思い残すことは何もないよ。今まで・・本当にありがとう。ジェシカ・・。」



「な・・・何を言ってるんですか?ドミニク様。貴方は・・・魔王でも魔族でもありません。人間ですっ!帰りましょう・・・私たちと一緒に・・!どうしても罪を償うと言うなら人間界で・・・償って下さい!ドミニク様、貴方が戻らないというなら・・私もここに残ります!」


半ば怒ったように私は公爵に訴えた。どうして?どうして皆そんな勝手な事ばかり言って・・・いなくなろうとするの?!


「ジェ、ジェシカ・・・?」


公爵は私の今までにない行動に戸惑ったかのように私を見つめる。


「勝手に・・・いなくならないで下さい・・。お願いします・・・・。ドミニク様の居場所は・・・魔界ではありません。人間界なんです・・・・っ!」


言いながら、思わず目に涙が浮かんでくる。


「ジェシカ・・・・。俺の為に・・泣いてくれてるのか・・・分かった・・。お前がそう言ってくれるなら・・俺は・・戻ってもいいんだよな・・?」


公爵も目に涙を浮かべている。


「はい、そうです。」


「分かったよ・・・。でも今ジェシカはここにいたら危険だ。これから俺は魔族たちをこの広間に呼び寄せる。魔族の男たちは・・・皆人間の女性に異常な執着を持っている。だから・・・ジェシカ。お前は先に皆の処へ戻っていてくれ。」


「わ・・分かりました。必ず・・・戻ってきてくださいよ?」


「ああ、必ず・・・学院に戻って来る。その時は・・・。」


公爵は私の両肩に手を置くと言った。


「その時は・・・?」


けれど、公爵はそれに答える事無く、唇を重ねてきた。そして私に言う。


「ジェシカ・・・皆と一緒に学院へ戻るんだ。」


「・・・はい。」


そして私は皆の元へ飛んだ―。




 突如として私がエルヴィラ達の元へ戻ってくると、全員が驚いたように私を見る。


「ジェシカッ?!無事だったのか?良かった・・・!」


真っ先に私に飛びついてきたのはデヴィットだった。


「おい!デヴィットッ!ジェシカから離れろっ!」


いつものごとく声を荒げるのはアラン王子。


「そうだっ!ジェシカは僕の姫なんだからな!」


ついに私はダニエル先輩から見て、『恋人』から『姫』になったようだ。


「ジェシカ。僕は・・・誰かを愛した記憶があるんだけど・・・でもやっぱり君は特別な存在だよ?」


ノア先輩は笑顔で言う。


「ジェシカ。僕はいつだってカトレアと離婚してもいいよ?」


アンジュは飛んでも無いことを言ってくる。


グレイとルークはいつものように何か言いたげにしていても、アラン王子に遠慮して何も言う事が出来ない。

レオもジェシカのナイトは俺だと言い出す有様だ。

そんな彼らを見て私は思った。

ああ・・・これが私の日常。ここが私の住む世界・・・。エルヴィラは元の世界に戻ることは可能だと言っていたけれども・・・私はもうこの世界に長くいすぎてしまった。初めの頃は、元の世界に戻りたいと願ってばかりいたけれども、今の私はこの世界を・・こんなにも愛してしまっているんだ・・・。


「お前たち!いい加減にしないかっ!ジェシカ様が困っているだろう?!」


そこへエルヴィラが声を荒げて、ようやく全員がぴたりと静かになった。

すると私を見てエルヴィラが言う。


「ジェシカ様・・・何かお話があるんですよね?さあ・・どうぞ話して下さい。」


「はい。分かりました・・・。皆さん、聞いてください。ドミニク様は・・・魔王を自分の中に封印しました。もう二度と魔王は復活することはありません。そして、私に言いました。ここにいる魔族全員を集めて、今すぐ戦いをやめて二度と人間界には手を出さないように説得すると言ってくれました。」


「ジェシカ様、その話は本当ですか?魔王・・いえ、ドミニク様はそう言ったのですか?」


エルヴィラが尋ねてくる。


「はい、確かに約束してくれました。」


私が言うと、デヴィットが鼻で笑う。


「ふん、そんな事信じられるか。何せ、未だに他の聖剣士やソルジャーたちは魔族たちと戦っているはずだぞ?」


「ああ、俺も信じられないな・・・。」

アラン王子が言いかけた時だ。


「いや。その話は・・事実だな。」


奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。え・・?そ、その声は・・・?


「ジェシカ・・・やっと会えたな。」


現れたのはケビンと・・・。


「今更だけど・・お帰り、ジェシカ。」


少し照れたように笑うライアンだった。


「ケビンさん・・・・ライアンさん・・・っ!」


私は二人の処へ駆け寄り・・・彼らの手を取った。


「良かった・・・二人とも・・無事だったんですね・・・。良かった・・。」


思わず泣きじゃくると、ケビンが私を抱き寄せて、髪を撫でながら言った。


「なんだ?ジェシカちゃん。そんなに俺に会いたかったのか?」


「おい!ケビンッ!何を言ってるんだっ!」


ライアンが声を荒げる。そしてずかずかと2人に近寄って来るのはデヴィットだった。


「おい!ジェシカに触るなっ!ジェシカは俺の聖女だっ!」


ケビンから無理やり奪い返す。


「ちょ、ちょっと・・・デヴィットさん・・・!」

折角の再会を喜んでいるのに・・・!


「おい、お前・・・はじめはジェシカの事を目の敵にしていただろう?」


ライアンが言うとデヴィットは言った。


「うるさい!俺は・・・!」


ああっ!また・・・何かデヴィットはとんでもない事を言ってきそうな気がする。何とか止めないと・・・!


「そ、それよりもライアンさん、ケビンさん!何が・・・あったんですか?」


「ああ、それが・・・突然俺たちが戦っていたら魔族たちが一斉に姿を消したんだ。」


「え?」


すると、その時・・・公爵の声が響き渡った。


「人間界、そして狭間の世界の者達・・・聞いてくれ。もう魔界の者達は二度と人間界にも狭間の世界にも手を出さないと誓う。この戦いは・・・終わりだ。今から魔界は何所の世界とも行き来が出来ないように封印する・・・。すぐにここから立ち去ってくれ。後5分で完全にこの魔界は封印される。早くいかないと・・閉じ込められるぞ。」


私は耳を疑った。

え・・?それって・・・・公爵はここに残るって事なの・・・?


その場にいた全員がざわめいた。


「ジェシカ様ッ!すぐ逃げましょう!私とアンジュで全員を・・・人間界へ転移させますっ!」


エルヴィラが私の腕を掴む。


「だ・・駄目よっ!公爵を残して・・行けないっ!」


「いいえ、行くのですっ!」


エルヴィラは強引に私の腕を掴むと叫んだ。


「ワームホールッ!!」


途端に視界はぐにゃりと歪み・・・・私は意識を失った―。





2


「ジェシカ、ジェシカ・・・。」


誰かがすぐ側で私を揺すぶって名前を呼んでいる。


「う・・・ん・・・。」


ゆっくり目を開けると、真上に私を心配そうに覗き込んでいるマシューの顔があった。どうやら私は芝生の上で横たわっていたようだった。


「マシュー・・・?」


呼びかけると彼は黙って頷いた。


ゆっくり芝生から起き上がり、辺りを見渡してみるが、青空の下に草原が広がるばかりで、私とマシュー以外人の姿は見えない。遠くの方には湖が見え、美しい城がそびえたっている。

「え・・・?ここは・・・?」


立ち上がって、再度じっくりと周囲を見渡す。何だろう・・・?この景色を見ていると何故か胸がざわついてくる。戸惑っている私にマシューが声を掛けてきた。



「ジェシカ・・・。どうやらエルヴィラの魔法が原因で俺達2人は別の場所へ転移してしまったらしいんだ。」


マシューが背後から声を掛けてきた。


「え・・?そうなの?」


「うん、この地に着いた時・・・エルヴィラが頭の中から語り掛けて来たんだ。君は・・・意識を失っていたからその声は聞こえなかったと思うけど・・。」


「そう・・・。でも転移魔法で学院へ戻ればいいだけの話じゃないの?」


「それが・・やろうとしたんだけども・・出来なかったんだ。」


マシューは視線を逸らせると言った。


「出来なかった・・?」


「ああ。君が意識を失っている時、俺は転移魔法を使おうとしたんだけど、不思議な力が働いているのか・・魔力が消されてしまうんだ。」


「消されて・・・しまう?どういう事なの?」


「・・・それが、俺にも分からなくて。それに・・・さっきまで聞こえていたエルヴィラの声も何故か今は完全に聞こえなくなってしまったんだ。」


何となく腑に落ちない。マシューは半分魔族なので『ワールズ・エンド』でも魔界でも魔力を使えたはずなのに・・・?


「マシュー・・・。皆それぞれ別々の場所に飛ばされたって言っていたけど・・何故私と貴方は一緒にいるの?」


すると私の質問に何故か深く傷ついた表情を見せるマシュー。


「ジェシカが・・・俺の事を不審に思う気持ちは・・良く分かるよ。だって俺は・・ソフィーに操られて、彼女の虜にされてしまったんだからね。しかも・・皮肉な事にジェシカと両思いになれたと思ったその直後に・・・。」


マシューは悲し気な瞳で私を見つめながら言う。


「エルヴィラが魔法を唱えた直後に突然大気が歪んだんだ。そして彼女は言った。『この大気が歪んでいる間に自分が還りたいと思っている場所・・・学院へ還る事を強く願えば、この城にいる全員が一瞬で学院へ戻れるって。恐らく・・その場にいた全員はセント・レイズ学院の事を強く願ったと思う。だけど・・・ジェシカ。君は・・・。」


「私・・・は?」


「今の話・・・聞き覚えはある?」


マシューが真剣な瞳で尋ねて来た。


「・・・無いよ。だって・・そんな話、今初めて聞いたもの。」


「そうだよね・・・。だってジェシカ、君は・・あの時気を失っていたから。あの時、俺はたまたまジェシカのすぐ側にいたから、咄嗟に手を伸ばして、君の腕を掴んだんだ。・・・そこから先は俺も気を失ってしまって・・・何も分からない。気が付いたら、ここにいたんだ。」


「そう・・なんだ・・・。」


恐らくマシューの言葉に嘘は無いのだろう。エルヴィラが使用した魔法は確かに戻りたい場所を思い浮かべれば、確実にその場所へ転移出来る魔法だったのだ。

だけど・・・私は・・・?私は何故か分からないが、エルヴィラの術が魔王城全体にかかっている時に・・・気を失っていた。その時、私は何を思っていたのだろう?何処へ行きたいと思っていた?

そして、私自身が不思議な感覚に囚われていた。何故・・・?この景色を前にすると私の心はざわついてくるのだろう?そして・・どうしてずっとこのままこの場所にいたいと願っている自分自身がいるのだろうと―。


気付けば、私はふらふらと湖の方へ何かに引き寄せられるかのように歩いていた。


「ジェシカッ!何処へ行くんだ?!」


そんな私を見て、マシューは焦ったのか、背後から突然抱きしめてきた。


「駄目だ、ジェシカ。向こうへ行かないで。何故か分からないけど・・・この場所は・・・不安を感じてならないんだ・・・・。俺をここに置いて行かないで・・・。」


マシューは私を抱きしめたまま、髪に顔を埋めて声を震わせている。


「マシュー・・・。」


名前を呼び、何か話しかけようとした時・・・私は突然ある記憶を呼び起こした。

それは私が大学を卒業する年・・・3人の友人達と卒業旅行と言う事で、ヨーロッパの古城巡りをする計画を立てた時の記憶。

3人とも、中世のロマンス小説のファンだったので、トントン拍子に話は決まり、2月に友人達とヨーロッパ旅行へと出発したのである。

 4人で有名な古城や、それこそ名も無き小さな城・・・私達はその城で様々な物語を空想した・・・。


あの湖の先に見える城は・・・私が一番気に入ったお城・・・!そして私はその城を写真に撮り、イメージを膨らませて・・小説『聖剣士と剣の乙女』を書き上げた―。


「ま・・・まさか・・・。」


私は声を震わせた。


「ジェシカ・・・?どうしたんだい?」


マシューが顔を上げて、私の耳元で語り掛けた。


「あの城へ・・・あの城へ私は行かなくちゃっ!」


私はマシューの腕を振り払うと、城へ向かって駆けだした。


「ジェシカッ!待って!何処へ行くんだっ?!」


マシューが慌てて追いかけて来る。

ハアハアと息を切らせながら古城を目指して走る。


そして、ついに私はその城の前に辿り着いた。城の入口には『Keep out』と書かれた黄色に黒字のテープがクロスして貼られていた。



「え・・・?これは何だろう・・?初めて目にするな・・・文字・・なのかな?」


首を傾げるマシューに私は言った。


「これは・・キープアウトって書かれているの。『立ち入り禁止』って言う意味・・・。」


「立ち入り禁止?この城が・・?」


マシューは不思議そうに城を見上げ・・・私に向き直った。


「ジェシカ。俺は・・・こんな文字初めて見る。この文字は何て言う文字なのか君には分かるの?何故・・?」



「この文字は、英語で書かれているの。そして、貴方達が住んでいる世界では使われない文字。だから・・・マシュー。貴方がこの文字を読めなくて当然なのよ。それに魔法が使えないのも・・・。」


私は城を見上げながら思った。

ああ・・・やはり、私は心の何処かで元の世界へ戻りたいとずっと願っていたんだ・・。

だけど・・・今居る世界にだって未練がある。その世界には大切な人達が沢山いる。

真っ先に頭に浮かんだのは公爵の姿だった。そしてアラン王子、デヴィット、ルーク、グレイ、ライアン、ケビン、レオ・・。

今迄この世界で出会って来た人達の顔が次々と思いうかんでくる。

それに・・・私は目の前に立っているマシューを見つめた。

マシュー・・あの世界の住人で・・・・かつて私が初めてあの世界で愛した男性・・・。


「ジェシカ・・・?」


マシューが不思議そうに首を傾げて私を見つめている。

ああ、そうだった。以前の私は・・・その優しい声が・・私を見つめるその瞳が・・そしてマシューの魔族の香りが大好きだったのだ・・。だけど・・・私はその思いを捨てた。

だって、マシューが私の事を好きになってくれたのは、魅了の魔力を持っていたから・・彼はその魅了の魔力にあてられてしまっていただけだと言う事に気が付いたから。

だからマシューが私の魅了の魔力を奪った偽ソフィーを愛した瞬間に、もうこの世界にはいたくないという気持ちが芽生えて、エルヴィラの魔法で現実世界へと来てしまったのだと思う。

よりにもよって、今の世界へ戻って来た原因となったマシューと一緒に・・・。

私は瞳を閉じて思った。


何て皮肉な話なのだろう―と。



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