第9章 2 魔王城のショータイム
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玉座の前に無理やり連れて来られると、公爵・・・いや、魔王はそこにドカリと座り、あろうことか私を自分の膝上に座らせると背後から抱きしめてきた。
「は・・・離して下さいっ!」
こ、こんな格好・・・屈辱的だ。魔王の膝上で逃れようともがくも、全く力で叶わない。
「ふん、静かに奴らの死に様を俺と一緒に見ているんだ。何、酒の余興とでも思えばいい。」
「な・・・何ですって・・?」
見ると魔王の右手にはいつの間にかワインの入ったグラスを手にしている。
そして、それをおいしそうに口に流し込みながら、尋ねてきた。
「どうだ?女。お前も飲むか?」
「いいえ。結構です。それに女と呼ばないで下さい。私にはジェシカと言う名前があるのですから。」
毅然とした態度で断る。
「ほう・・。ジェシカか・・・。だが、果たしてそれがお前の本当の名前なのかな?」
「え?」
その言葉に振り向くと、魔王の口元が何所か楽し気に口角を上げて私を見つめている姿が目に入った。
そして魔王は残りのワインを口に含むと、いきなり私に口付けてきた。
「ん!」
な・何を・・・。口付けされながら無理やり口を開けさせられると、そこからワインが流し込まれる。
甘苦いワインが喉元を通り、思わずゴクンと飲み込んでしまった。
途端にきついアルコールで頭がグラリとする。
「あ・・・。」
「フフ・・・どうだ?今のは魔界で作られたワイン・・。人間の口にも合うはずだ。どうだ?美味かったか・・・?まあ人間界よりは少々アルコール度数が強めかもしれないけどな?」
楽しそうな目で私を見つめる魔王。
少々・・・・?そんなはずはない。これは・・・かなり度数が強いに決まっている。
その証拠にあれだけしか飲まされていないのに、もう頭がぼんやりして思考能力が衰えてきたのが分かる。こんな・・・アルコールに酔わされている場合では無いと言うの・・・何故魔王は私にまでワインを飲ませたの?
意識をしっかり保たなくては・・。だが、アルコールのせいで魔王の膝上に今も座らされているのに、抵抗する気力が失われてしまった。
突如魔王が私の耳元に囁いた。
「ジェシカ・・・もうすぐ面白いショータイムが始まるぞ?さあ、俺と一緒にその様子を眺めるか・・。」
そして魔王がパチンと指を鳴らすと、私たちの前にある映像が浮かび上がった。
「まずは1人目だ。」
私は映像に映る人物を見て息を飲んだ。そこに映っていたのは・・・。
「ル・・・・ルーク・・・?」
映像に映っているルークは荒い息を吐きながら、剣で自分の身体をようやく支えるような形で何とかその場に立っていた。
そして彼の足元には魔物達の死骸が何体も転がっている。
「ほう・・・・。ルークというのか?あの男・・・。魔力を奪われておりながら、1人であれだけの魔物を倒したのか・・・なかなかやるな・・。」
魔王はクックッと嬉しそうに笑っている。
ルークは鎧を身にまとってはいたが、その鎧にはいく筋もの爪痕が残され、身体のあちこちからも血がにじみ出ている。その時、また別の魔物が彼の背後から襲い掛かり、鋭い爪で彼の利き腕を切り裂いた!
途端に痛みで顔を歪めるルーク。
「お、お願です!魔王!やめて!これ以上は・・・ルークが・・・ルークが死んでしまうっ!」
「やめる?こんな面白い余興を辞めろと言うのか?それより、目を反らしていいのか?ほら、奴を見て見ろ。」
魔王に言われて、慌てて、映像に目を戻すとそこには血だまりの中、うつ伏せに倒れているルークの姿が映っていた―。
「キャアアアアッ!ルークッ!!」
思わず私は絶叫してしまった。
「ほう・・ついに倒れたか。まあ・・・あれだけ大量に出血しては助からないだろう。では次の映像だ。」
先ほどの映像のショックが抜けきらないまま、無情にもルークの姿は消え去り、別の映像が映る。
「え・・・?ま、まさか・・・・レオ・・・?」
長い髪を一つに結んだあの後姿は間違いなくレオだった。だがすでに彼はあおむけで倒れて・・・ピクリとも動かない。首からはおびただしい血が流れており、その出血の量を見れば・・・彼の死は一目瞭然だった。
「う・・・嘘でしょう・・・?レオ・・・・。」
思わず目に涙が浮かぶ。どうしよう・・・・私のせいで巻き込んでしまった
レオ・・・・。
しかし、感傷に浸る時間すら魔王は与えてくれない。次にきり変わった映像はグレイだった。彼は獣人のような魔族に首を締め揚げられている。何とか振り放そうと暴れていたグレイの身体がやがてビクンビクンと痙攣し・・・やがて動きが止まり、獣人はグレイの首を離し、そのまま床に落下する。
「グ・・・グレイッ!!」
顔を覆って、彼の名前を叫ぶ。嘘だ、こんなの絶対に信じない!夢よ・・私は悪い夢を見ているんだ・・・・っ!
「ジェシカ、顔を上げろ。お前の大切な仲間たちの・・・死に際をしっかり目に焼き付けるんだ・・・。」
魔王は私の耳元でささやき、無理やり顎を掴むと、映像の方に顔を向けさせる。そこに映っているのは聖剣士の姿をしたアラン王子だったのだ。
「ア・・・アラン王子っ?!」
映像に映るアラン王子は骸骨のような剣士と必死に戦っていた。鈍く光り輝く剣を握りしめ、骸骨の姿をした魔族相手に戦っている。
「ほう・・・人間のくせになかなかやるな。しかもあの剣・・・魔力を帯びているぞ?この戦いは楽しめそうだな?」
楽しい?どこが楽しいのだ?こんな・・・殺人ショーのようなものを見せられて・・・すでに3人もの大切な人達の死を見せられて、もう私の心は今にもおかしくなってしまいそうだ。
その時、デヴィットがアラン王子の元へ駆けつけてくる姿が映りこんだ。
「デヴィットさん?!」
「ほう。あの男・・・・あそこにいた魔物を倒したのか?魔力も封じられていると言うのに・・・なかなかやるな?」
魔王は感心したように言う。
私は必死に心の中で祈った。お願い、どうか・・・どうかデヴィットを・・・アラン王子を・・・守って下さいっ!
すると映像の中にある変化が現れた。アラン王子とデヴィットの持つ剣が偶然なのか突如として強く光り輝いたのだ。
「何っ?!」
それを見ていた魔王の中に初めて焦りの色を感じ取った。
アラン王子とデヴィットも不思議そうな表情を一瞬浮かべたが・・・互いに目配せして、頷きあうと剣を振りかざして前後から骸骨の剣士に向かって剣を振り下ろした。
すると途端に灰のように崩れ落ちる骸骨・・・。
「ば・・・馬鹿なっ!あの魔族が倒されるとは・・・っ!まさか・・・聖女が現れたのか?!」
魔王はギリギリと歯ぎしりしながら、私を抱きしめる腕に力をこめる。思わず苦し気に咳き込むと、一瞬腕が緩んだ。
「!」
今なら・・・逃げられるかも・・・・っ!
魔王の腕を振り払い、膝から逃れると私は一目散に駆けだした。
「逃がすかっ!」
しかし私は10mも逃げない内に魔王に捕まり、そのまま床の上に組み伏せられてしまった。
「逃がすか・・・・。この俺から逃げられると思っているのか・・?」
魔王は私の両手首を強く握りしめた。・・・気のせいだろうか・・・その顔は苦悶に満ちている。
「何故だ?何故俺から逃げようとするのだ?今も・・・300年前も・・・。そうやってお前は俺から逃げるのか?お前は俺に・・・愛を誓ってくれただろう?あれは・・・嘘だったのか?!」
え・・・?300年前・・・一体魔王は何を言ってるの?私を誰かと・・・勘違いしているの・・?
「ド・・ドミニク様・・・?」
声を掛けると魔王は激しく首を振る。そして・・・凄みのある声で怒鳴った。
「違うっ!俺は・・・俺はドミニクなどと言う名では無い・・・!お前は俺の事を忘れてしまったのか?!300年間・・・・俺はお前の事を一度たりとも忘れた事等無かったと言うのに・・・!」
そして魔王は乱暴に口づけをしてきた。
それは息も止まるような深い口付けだった。ろくに呼吸も許さないような深い口付けに意識が遠のきかけた時・・・何者かが玉座の間へ飛び込んできた。
「た、大変ですっ!魔王様っ!シールドが・・・人間の魔力を封じるシールドの封印が何者かに破壊されてしまいましたっ!」
「何だって?!」
それを聞いた魔王が私の身体を離し、立ち上がった。
「どこのどいつだ!シールドを破壊したのは・・・!魔鏡よ!映像を映せっ!」
するとそこに映し出されたのはエルヴィラの姿だった。
エルヴィラ・・・良かった、無事だったんだ・・・!私の目にみるみる涙が貯まって来る。
それと同時に、私は死んでいったルーク、グレイ、レオの事が脳裏に浮かぶ。
嫌だ。彼らが死んだなんて信じたくない・・・!彼らの元へ行きたい・・っ!!
強く願った時、突然目の前の光景がぐにゃりと歪み・・・・。
「ジェシカッ!行かないでくれっ!!」
悲痛な顔を浮かべて私に手を差し伸べる公爵の顔を最後に・・・・目の前の景色が変わった―。
2
気が付いてみると私は見知らぬ部屋に立っていた。部屋中には錆びた鉄の様な臭いが漂っていて、床も壁も天井も全て石造りの部屋はまるで牢屋を思わせるようで心が不安な気持ちになってくる。
薄暗い部屋に徐々に慣れてきて、視界がはっきりとしてくる・・・。
そして私は見た。床の上に血だまりの中でうつ伏せなって倒れているルークの姿を。
「イヤアアアッ!!ルークッ!!」
名前を呼びながら、まるで転がるように彼の元へ駆け寄る。血まみれのルークの身体を何とかあおむけにした
そしてルークの顔をのぞき込む。ルークの顔色は土気色に染まり、生きた人間のそれとはまるで異なっていた。・・・誰の目から見ても、彼がもう死んでいるのは明らかだった。
「嫌・・・。ルーク・・・目を開けてよ・・。お願い、死なないで・・・っ!!うっ・・・うっ・・・。」
ルークの頭を抱えながら、激しく嗚咽する。彼の冷たい血が・・・自分の手を、服を真っ赤に染めていく。それがまた悲しくてたまらない。
嫌だ、信じたくない。私を助けに来た為に死んでしまったなんて・・・誰か、誰か嘘だと言って・・・。
「誰でもいいから・・・ルークを・・・皆を生き返らせてよっ!!」
私はルークの頭を胸に抱きしめたまま、涙を流しながら天を仰いで叫んだ。
すると、突然自分の身体が強く光輝くのを感じた。それは目を開ける事も困難になる程の眩しすぎる光だった。光は洪水の如く、自分の身体から放出される。それと同時に胸が焼け付きそうになる程に熱くなってきた。熱い・・・苦しい・・・。まさか、またアカシックレコードが暴走を・・・?
そして目の前が真暗になり、意識がブラックアウトする直前・・・。
誰かに名前を呼ばれた気がした―。
<ジェシカ・・・・。>
誰かが私を呼んでいる。
誰・・・?
<ジェシカ・・・・目を開けろ・・・。>
嫌。もう放っておいて・・・。
私の為に人が死んでいった。
ルーク・・・グレイ・・・レオ・・・。
それだけじゃない、他の人達も・・無事ではすまなかったかもしれない。
皆私を助ける為に死んでしまった。
・・・テオも・・・。
<ジェシカ・・・皆、ジェシカのそばにいるぞ?お前が目を覚ますのを皆待っているぞ・・?>
すぐそばで声が聞こえた気がした。ゆっくり目を開けると、私は不思議な空間に浮いていた。
上も下も分らない青白く光り輝く不思議な空間・・。中を漂う水の球体・・・。
ここは一体・・・?
すると背後で声が聞こえた。
「目・・・開けたな?ジェシカ。」
え?その声は・・・?
振り向くとそこに浮かんでいたのは・・・
「テ・テオ?!」
次の瞬間私はテオの腕の中にいた。
「ジェシカ・・・また会えたな。」
優しい声で私に語り掛け、頭を撫でてくるテオ。
「テ・・・テオ・・・!!」
テオの胸に顔をうずめ、私は激しく泣きじゃくった。
「馬鹿だな、ジェシカは・・・・こんな奥深くまで入り込んでしまうなんて・・・。」
テオは何所までも優しい声で私に語り掛けてくる。
「テオ・・・こ、ここは一体どこなの・・?」
テオにしがみついたまま、尋ねた。
「ここは・・・ジェシカ、お前の中に埋め込まれたアカシックレコードの世界さ。」
「え・・?この不思議な空間が・・・アカシックレコードの世界・・なの・・?」
辺りを見渡してみるが・・本当にこの世の物とは思えない不思議な空間がどこまでも広がっている。
「ああ。そうさ。お前・・・自分の意思でここまでやってきたんだぜ?」
「自分の意思・・・?まさか・・アカシックレコードが暴走して・・・?」
「いや。暴走なんかしていない。ジェシカ・・・。お前は自分の意思でアカシックレコードを使って・・・運命を書き換えたんだよ。」
テオは私の頬に手を添えると笑みを浮かべた。
「運命を・・書き換えた・・・?」
「ああ、そうだ。ジェシカ・・・・・。今のお前なら、きっともう誰にも負けない。
魔王だって・・・・お前の力できっと・・・。」
その時、フワリと身体が宙を浮いてテオの身体から離れた。
「え?テオ?」
「・・・そろそろ時間だな。」
「え?時間・・・?時間て何の事?」
言いながらも私の身体はどんどんテオの身体から離れていく。
「嫌っ!私を何所へ連れて行こうって言うの!テオッ!お願いっ!私の・・・私の手を取って!一緒に帰りましょう?!」
しかし、テオは黙って首を振って私を見上げる。
「ジェシカ・・・ほんとに短い時間だったけど・・・お前とこうして又会えて嬉しかったよ。みんながお前の事待ってる。早く戻ってやれよ。」
「何言ってるの?!テオッ!」
「ジェシカ・・・・幸せになれよ。」
そしてテオは笑顔で私に言い・・・・やがて私の視界は光で覆われ・・・世界が戻ってきた。
「う・・・。」
ゆっくり2、3度瞬きをして目を開けると、そこには大勢の仲間たちが私を見下ろしていた。そして真っ先に飛び込んできたのはエルヴィラの姿だった。
「エ・・・エルヴィラ・・・・?」
「ジェシカ様・・・。」
エルヴィラの目にみるみる涙が貯まり・・・次の瞬間エルヴィラは私を抱きしめてきた。
「良かった・・・!ジェシカ様・・・。このままアカシックレコードに飲み込まれてしまうかと思っておりました・・・・っ!そ、そんな事になったら、わ・・・私は・・・生きていけませんっ!」
「エルヴィラ・・・。」
エルヴィラに抱きしめられながら辺りを見渡すと、そこにはアラン王子、マシュー、デヴィット、ノア先輩にダニエル先輩・・・そして・・・。
「え・・・?嘘・・・・?」
私は目を見開いた。
するとエルヴィラは何かを感じたのか・・・私から身体を離した。
私の目に飛び込んできた人たちは・・・。
「ルーク・・・グレイ・・・レオ・・・・?」
そこに立っていたのは、いつもと変わらぬ3人の姿だった。すると3人が私に近づいてくるとルークが言った。
「・・ありがとう、ジェシカ・・。俺たちの事・・助けてくれて・・・。目を開けた時・・ジェシカが俺の上に倒れていたんだ。ジェシカの力が俺たちを生き返らせてくれたって、エルヴィラから聞いたよ。」
「ル・・・ルーク・・・。」
気が付けば、私はルークの首に腕を巻き付け、彼の胸に縋って泣いていた。
「ジェ、ジェシカ・・・。」
ルークの戸惑う声が頭上で聞こえ・・・ルークが私の身体に手を添えた時・・・。
「おい!ルークッ!!俺の前でジェシカに触れるなっ!!」
アラン王子が声を荒げ、無理やりルークから引き離されると私はアラン王子の腕に囚われていた。
「ジェシカ・・・本当に無事で良かった・・・。お前のお陰で俺たちは戦えた。」
そして私の髪に顔をうずめてくる。
「アラン王子っ!ジェシカから離れろっ!」
怒気を強めるデヴィットの声を皮切りにその場にいた男性陣全員が口論を始め・・・。
「お前達!いい加減にしないかっ!!」
エルヴィラの一括で、その場が静まった。その時、私はある事に気が付いた。
「あれ。アンジュ・・・アンジュはどこ?一緒に来ていたでしょう?」
「ええ。アンジュは・・・・ルークの部屋に転移したジェシカ様を追おうとした魔王の前に立ち塞がり、自分ごと魔王を連れて別の空間に転移して・・今まさに戦っているところです・・。」
エルヴィラが目を伏せて答えた。
「そ、そんな・・・っ!」
その直後・・・城が大きく揺れてグラリと傾く。
「ジェシカ様!」
咄嗟にエルヴィラが私を受け止めてくれた。辺り一帯がものすごい喧噪に包まれた。
「ね、ねえ・・。この部屋の外が何だかすごく騒がしいようなんだけど・・?」
「ああ。そうだ、今・・・全ての聖剣士と『狭間の世界』のソルジャーと呼ばれる者達が魔族たちと戦っているんだ。」
デヴィットが答えた。
「え?そ・・そうなの?!な、何故そんな事に・・・。魔族たちの中にだって・・・悪者ばかりじゃないのに・・!!」
「・・・それはね、ジェシカ。魔王・・ドミニクが降伏しないからだよ。」
マシューが言う。
「そ、そんな・・・。」
私は下を向いて。ギュッと両手を握りしめた。
「行かなくちゃ・・・・。」
「ジェシカ様?」
エルヴィラが私に声をかけてくる。
その場にいた・・・アラン王子。デヴィット。マシュー。ノア先輩、ダニエル先輩。
そしてグレイ、ルーク。レオ・・・全員の視線が一斉に私に集中する。
「私・・・公爵の処へ行かなくちゃ!」
そう叫んだ途端、私の身体は空間転移した-。