表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

196/206

※第9章 1 空中に浮かぶ魔王城、そして魔王との対面

1


「エルヴィラ・・・ここは・・・?」


そこは・・・私が第三階層へやって来た時に閉じ込められていた地下牢だった。


「はい、こちらはハルカ様が第三階層で過ごされていた記憶の中に眠っていた場所でございます。あまり・・・良い思い出は無い場所かもしれませんが・・・私が転移できる場所はここしかありませんでしたので・・・。申し訳ございません。」


エルヴィラは頭を下げてきた。


「何言ってるの?私は別に何とも思っていないからそんな事気にしないで。それよりも・・・こんなに簡単に魔界の第三階層へ来る事が出来るなんて・・思ってもいなかった。本当に凄いのね。エルヴィラは・・・・・。」


「い、いえ。そんな事は・・・。でも嬉しいです。ハルカ様からお褒めの言葉を頂くのは・・・。」


エルヴィラは頬を染めながら言う。

それにしても・・・私は気が付いたことがあった。


「不思議・・・魔界はすごく寒い場所だったのに・・・何故なんだろう?今は少しも寒さを感じないなんて・・・。」


するとエルヴィラが言った。


「はい、ハルカ様。それはハルカ様が手にいれたアカシックレコードの力によるものでございます。」


「え?アカシックレコードの力・・・?」


「はい、ハルカ様はアカシックレコードを自分の物に致しました。それにより・・・今は膨大な魔力が体内に宿っています。その魔力が働いて、無意識のうちにジェシカ様ご自身が体感温度を変化させているのです。」


そうだったんだ・・・。でも・・何となく分かる。今の私は、以前までの私とは違うって事が・・・。


「エルヴィラ・・・。それじゃ・・ドミニク公爵がいると思われる・・かつて魔王が住んでいたという城を探しましょう。だけど・・・どうやって探せばいいんだろう?」


私が考え込むように言うと、エルヴィラが声を掛けてきた。


「ハルカ様は・・魔王になられる以前の彼を・・・・よくご存じですよね?」


「え?う、うん・・・。」


「それだけではありません。答えにくい質問を致しますが・・・何度もこの方と・・・交わっていらっしゃいまね・・・?」


エルヴィラの質問に私は顔を赤らめたが・・・頷いた。

するとエルヴィラが言った。


「それでしたら・・・ハルカ様。今は彼は魔王となってしまいましたが・・・きっと何処にいるのか居場所を探す事が出来るはずです。さあ・・・目を閉じて…まだ魔王になる前のドミニク様の事を思い浮かべるのです・・・!」


私は言われた通りに瞳を閉じて・・・公爵の事を思い浮かべた。2人で一緒に過ごした日々を・・・何度も彼に抱かれたあの記憶を・・・。

すると・・・頭の中で暗闇の世界で・・一筋の光が差すのが見えた。その光の中には・・公爵がいた。


「エルヴィラ・・・!見つけた・・・私、公爵を見つけたわ!」


目を開けてエルヴィラを見ると興奮を抑えきれず私は叫ぶように言った。


「そうなんですね?!分かりました・・・・。では、ハルカ様。」


エルヴィラは私の手を力強く握りしめると言った。


「強く・・・念じて下さい。ドミニク様の元へ飛ぶ事を・・!」


私は頷くと瞳を閉じて、公爵の事を頭に思い浮かべた。

お願い、アカシックレコード・・・・・。私を・・・私を公爵の元へ導いて・・・!!


すると、その途端・・・フワリと身体が宙に浮くような浮遊感を覚え・・・・すぐに足が地面に着地した。


そして恐る恐る目を開けると・・・・暗雲が立ち込めた空の下に立っていた。

荒廃した大地が広がり・・・その荒れた大地を見下ろすかの如く・・・何とも恐ろし気な城が・・空中に浮かんでいたのである。


「あ・・・あれは・・・?」


思わず声が震えてしまう。


「はい・・・。あの城は・・・かつて魔王が住んでいたとされる・・王城です。間違いありません・・・。魔王はあの城にいます・・!」


エルヴィラはまるで空中要塞のような城を指さすと言った。


「あの城に・・・・ドミニク公爵がいるのね・・?」


その城は・・・まるで暗黒の闇に包まれたかのような空中要塞のようにも見えた。それにしても・・。



「どうすれば・・・あの城へ行く事が出来るんだろう?」


遠目からでもはっきり分かる。

その空中要塞は地上から数キロ上空に浮かんでいる。あんな高い場所に浮かんでいる城へどのようにすれば行けるのだろうか・・・?

するとエルヴィラが言った。


「ハルカ様。ご安心下さい。私は浮遊魔法を使えますので、ハルカ様をお連れしてあの城へ行く事等造作もございません。ただ・・・あの付近で魔法を無力化するシールドが張られていなければ・・・の話ですが。どのみちここからでは遠すぎて分かりません。」


「そう・・・なら、あの城の真下迄行ってみましょう?」


私はエルヴィラと共に薄暗く荒れ果てた荒野を歩き・・・ついに浮遊城の真下へとやって来た。

改めて真下から見上げると、その巨大な城に圧倒されて目がクラクラしてくるようだった。

エルヴィラも黙って城を見上げていたが・・・残念そうに言った。


「・・・駄目ですね・・・・。ハルカ様・・・。強力な魔法が掛けられていて・・・浮遊の魔法を使う事は出来ない様です。」


「そう・・・なら仕方が無いね。・・でもひょとすると他にこの城へ行く方法があるかもしれない。階段とか・・・エレベーター?的な物がないかな・・・?ちょっとこの辺りを探してみましょう?二手に分れて探す?」


するとエルヴィラが険しい顔で言った。


「いいえ、ハルカ様。私は決してハルカ様の御側を離れません。よろしいですか?ここは人間界でも『狭間の世界』でもありません。『魔界』のしかも第三階層・・・魔王の城の真下にいるのですよ?どのような恐ろしい魔族がいつどこで私達の前に現れるか分かりません。確かに今のハルカ様は・・・アカシックレコードによって強大な魔力を持つことが出来ましたが・・・まだままだ不安定で身体に馴染んでいないので自由に魔法を使う事が出来ない状態なのです。もう少し経過すれば・・魔力が馴染んで魔法を自由自在に扱えるようになるかもしれませんが・・・それまでは危険です。なので私はハルカ様をお守りする為に一緒に行動させて頂きます。」


「エルヴィラ・・・。」


そうだったのか・・・・。自分の身体の事なのに・・・今の自分自身の身体の状況が全く分からなかった。それでは・・もう少し時間が経てば・・・私も他の人達みたいに魔法を使えるようになるのだろうか?


「分かったわ、エルヴィラ。それじゃ・・・私から離れないで側にいてね?」


「はい、勿論でございます。ハルカ様。」


その後、私達は城の真上を見上げながら・・・暫く何処か城へ行く事の出来る手掛かりが無いか探し続けたのだが・・・結局見つけることが出来なかった。


「どうしましょう・・・。ハルカ様。城へ行く方法が見当たりませんね。」


「うん・・・。困ったな・・。あ!待って!フレアさんなら・・・知ってるかもしれない!だってフレアさんは魔界に咲く不思議な花の管理人をしていたみたいだから・・・ひょっとしたらあの城へ渡った事があるのかもしれないわ!」


「そうですね!彼女なら・・・行く方法を知ってるかもしれません・・・。」


エルヴィラも笑顔で答えた。


「だけど・・・どうやって連絡を取ればいいのかな・・・?」


「ハルカ様・・・。彼女に念を送ってみます。うまくいけば・・・。」


しかし、私は最後までその言葉を聞く事が出来なかった。

いきなり視界が暗転し、次の瞬間私の目に飛び込んできたのは・・・広々としたホールにまるで玉座の様な椅子に座り、全身黒づくめの衣装を身にまとった公爵が私を黙って見つめていたのである―。





2


「何やら、強い2つの魔力を感じたので捕らえてみれば・・・まさかの女だったとはな。」


黒いマントに身を包んだ公爵は今まで聞いたこともないようなぞっとする声で言った。


「しかも・・・お前・・この世界の住人では無いな。異世界からやって来た女か?」


まるで全てを見通すような鋭い視線に私は身動きすら出来ずにいた。

公爵・・・。貴方は本当に・・・もう魔王になってしまったの?もう・・・・私の知っている公爵は何所にもいないの・・・?

絶望的な目で玉座に座る公爵を私はただ見つめる事しか出来なかった。


すると魔王の姿の公爵が言った。


「お前は何故、そのような目で俺を見るのだ?魔王である俺に怯えているようにも見えないし・・・ひょっとすると・・この男の知り合いか?」


魔王は自分の胸に手を当てると言った。


「ド・・・ドミニク様・・・。」

私は無駄と思いつつも・・・呼びかけた。


「ドミニク?ああ・・・この体の持ち主の以前の名前か・・・。あいにく今の俺はドミニクではない。この魔界の王だ。・・・しかし名を教えるつもりはないがな。俺の真名は誰にも知られるわけにはいかない。」


彼はニヤリと笑みを浮かべた。

だけど・・・いくら魔王と言われても・・・公爵の姿、声をしているのに・・私には彼が魔王なんて信じられなかった。

そして・・その時になって初めてエルヴィラが居ないことに気が付いた。


「ドミニク様っ!エルヴィラは・・・彼女は何所ですかっ?!」


すると彼は腕を組んで怒気を含んだ声で私に言う。


「だから、俺はドミニクという名では無いっ!魔王と呼べッ!それにお前が言っているのは連れの女の事か?あの女なら・・・この城にはいないぞ?お前だけをこの城に引き入れたのだからな。エルヴィラとかいう魔法使いは・・・先ほど俺の配下がその魔法使いの元へ向かった。今頃は・・・どうなっているかな?」


その言葉を聞いて、私は一瞬目の前が真っ暗になってしまった。


「そ・・・そんな・・・っ!お願いですっ!ドミニク様っ!エルヴィラに・・彼女に酷いことをしないで下さいっ!そして・・・どうか目を覚ましてくださいっ!」


すると、とうとう彼の逆鱗に触れたのか、玉座から立ちあがると辺りが震えるほどの大声を上げた。


「うるさいっ!たかが人間ふぜいが・・・この俺に命令するなっ!誰かここに来いっ!!」


すると闇の中から一人の魔族が音もなしに現れた。

あ・・あの男は・・・・。


「そ・・・総裁・・・っ!」


しかし、総裁は私をチラリと一瞥しただけですぐに

公爵に向き直ると跪いた。



「・・・何かお呼びでございましょうか?魔王様。」


「その女を地下牢に幽閉しろっ!」


それだけ言うと、公爵は身を翻して一瞬でその場から消えてしまった。


取り残された私に総裁は言った。


「フン・・・・・・。愚かな女だ。我らの手から逃げ出したのに・・またしても魔界に戻ってくるとはな・・・。貴重な人間だ・・・。我ら一族の繁栄の為に・・・・これからせいぜい役立ってもらうぞ?おとなしく我らに協力さえすれば悪いようには扱わないからな。」


その言葉の意味を・・・私は半分理解できるような出来ないような気持で呆然と聞いていた―。



 私は薄暗くて視界が悪い地下牢に閉じ込められてしまった。

これからどうなってしまうのだろう?エルヴィラは無事なのだろうか?

人間界は・・・?門の修復はどうなったのだろう?ソフィーは・・・他の皆は今頃どうしているのだろう・・?

膝を抱えながら私は無力な自分をふがいなく感じていた。

アカシックレコードを手に入れたのに、何の抵抗をすることもなく・・あっさり魔王によって地下牢へと閉じ込められてしまった。



 その時・・・何かが闇の中で蠢く気配を感じた。誰かが・・・そばにいるッ!!

そう思った次の瞬間、私は何者かに冷たい床の上にものすごく強い力で抑え込まれていた。あまりの突然の出来事に自分の身に何が起こったのか理解できなかったが、自分の服が鋭い爪のようなもので切り裂かれたときに、ようやく自分が今置かれている状況を理解することが出来た。


「に・・・人間の女だ・・・。」


荒い息を吐きながら何者かが私の耳元で囁いている。その瞬間耳たぶをかまれ、次に首筋を強く吸われた。


「!!」

あまりの恐怖で体が動かない。そして、私を血走った眼で見つめる魔族の男が馬乗りになっていることに初めて気が付いた。

その魔族の男は下卑た笑いでさらに私の服を鋭い爪で引き裂いた。


「イヤアアッ!や、やめてっ!誰か・・・誰か助けてっ!!」


ここは魔王の城。誰1人自分の見方が居ないのは分かり切っていたが・・・私は必至で誰かに助けを求めて叫んだ、次の瞬間―。


馬乗りになっていた男が突然何者かの力によって激しく吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられる姿を私は見た。さらにそれだけでは無かった。倒れてうめいている魔族の男が突如発火したのだ。


「ギャアアアアッ!!ア・・・熱い・・ッ!タ・・助け・・・っ!」


魔族の激しい断末魔はすさまじく、私は恐怖の為に両耳を抑え、目をギュっと閉じた。

やがて・・あたりに静けさが戻ると声が聞こえた。


「全く・・・俺の城で・・このような愚かな行動に出る者がいるとは・・・!長きに渡り不在にしていた為か?俺もすっかりなめられたものだ。」


吐き捨てるように言うその声は・・・。


「ド・・・ドミニク様・・・。」


え・・・本当に・・・?私を助けに来てくれたのが公爵なの?貴方は・・・まだ魔王に完全に体を奪われたわけでは無かったの・・?


「女・・・。またしてもこの俺をドミニクと呼ぶのか?何度も言ってるが俺はドミニクでは無い。魔王だ。」


しかし・・・私の前に跪き、頬に片手を添えて語り掛けるその姿は・・・先ほどとはまるで別人であった。そう・・・まるで以前の公爵のように・・。

私は思わず涙ぐんで彼を見つめる。


「女・・・。何故だ?お前は何故魔王である俺を恐れない?何故・・・そんな目で俺を・・・見つめるのだ?」


魔王は片時も私から視線をそらさずに語り掛けてくる。

だけど、私はその質問に答えることが出来なかった。何故なら・・・口を開けば、涙が溢れそうになってくるからだ。

嫌だ、信じたくない。今目の前にいる公爵が・・・もういないなんて。貴方が・・魔王なんて信じられない、信じたくない・・・!


 その瞬間・・・いつも公爵から漂ってくる魔族特有の香りが今目の前にいる公爵の姿をした魔王から漂ってくるのを感じた。

駄目・・・。この香りは私をおかしくしてしまう。この香りに・・・流されては駄目だ・・・っ!


私は彼から視線を反らして、後ずさると自分の両肩を抱きしめるように身を縮込めた。何とか・・・気を落ち着かせなければ・・この香りはまるで媚薬のように私の思考を狂わせてしまう・・・。深呼吸をして・・・気持ちを落ち着かせて・・・。


 一方の彼の方は自分から媚薬のような香りが溢れていることには気が付いていないのか・・・それとも分かったうえでの事なのか、私の肩に手を置くと言った。


「どうした・・?随分震えているな・・・?それに顔色も良くない・・・・。だが・・・何故だろう?お前を見ていると・・・触れたくなってくる・・・。ひょっとするとお前はこの男と交わった事があるのか・・?」


突然強く抱きしめてくると、私の耳元で囁くように語り掛けてくる。


「い・・・いや・・・。や・・やめて・・。」

分かっている。彼は・・・公爵ではない。この魔界の王・・・魔王なのだ。

だから、流されては駄目だ・・・!

何とかこの手から逃れようともがいても、魔王にとってはこんなのは抵抗の内にも入らなかったようだ。


「お前が気に入った・・・よし、俺の女にしてやろう。」


次の瞬間、魔王は強く唇を重ねてくると、深く口付けてきた。


こ・・・公爵・・・。


次の瞬間・・・私の意識は沈んだ―。





3


「う・・・・。」

私は自分のうめき声で目が覚めた。目を開けて最初に飛び込んできたのは見知らぬ天井。むやみやたらと高い位置にある天井は禍々しい・・どこか不安を感じさせるような色合いの天井だった。

そして気が付いた。

私はベッドの上に寝ていたという事を・・・。そして・・・下着すら身に着けていなかった。

その時、自分の意識を失う直前の出来事を思い出した。

そうだった・・・。私は地下牢でいきなり魔族の男に襲われ・・・そこを公爵の姿をした魔王が助けてくれたのだ。

そしてその後口付けされた処までしか記憶が無い。

ま、まさか私はあのまま魔王と・・・?そんなバカなと思いたい。

だが、ベッドの上で目が覚めたこと、そのうえ裸でいると言う事は・・・。

おまけに自分の身体のあちこちには情事の後の痕跡が残されている。


 おそらく私は・・・魔王と関係を持ってしまったのだ。

な・・なんて恐ろしい事をしてしまったのだろう?いくら全く記憶が無かったとはいえ、よりにもよって魔王と・・・私はとんでもない事をしてしまった!


とても今の状況を受け入れることが出来ず、頭を抱えて枕に顔を押し付けたその時・・・。

ガチャリと扉が開く音が聞こえ、思わず私は顔を上げると、そこには魔王が立っていた。漆黒の黒髪に左右の瞳の色が違うオッドアイ。

そして恐ろしいほどに整った美しい顔・・・その姿は・・どうしても公爵にしか見えなかった。


「やっと目が覚めたか?」


相変わらず黒づくめの衣装に身を包んだ魔王は私のいるベッドまで近づいてくると声をかけてきた。


「ド・・・ドミニク様・・・・・。」

ブランケットを身体に巻き付け、震える声で公爵の名を呼ぶと、魔王はうんざりした顔で言う。


「全く・・・お前はいつまでそうやって俺の事を呼ぶのだ?何度も言うようだが、俺はドミニクではない。魔界の王・・・魔王だ。それに・・・正式な名前だってある。最も誰にも俺の真名は告げたことが無いがな。」


「・・・・。」

改めて公爵では無いと告げられ・・・思わずうつむく私。


「しかし・・・お前にならドミニクと呼ばれても構わないがな。」


何所か含みを得たかのような魔王の言い方に思わず顔を上げると、いきなり顎を掴まれ口づけされた。


「!」


「な・・・何するんですかっ!」


思わず強く押しのけて抵抗しようとするも、両腕を押さえつけられてそのままベッドの上に倒された。


「フン・・・。今更照れてでもいるのか?お前は何も覚えていないだろうが・・・俺とお前は何度もこのベッドの上で交わったんだぞ?お前は始終俺の事をドミニク様と切なげに言って、自ら俺を求めてきていたっけな・・・?」


「そ・・・そんな・・・っ!」

嘘だ、そんなの・・・ああ。でも覚えている。断続的にこのベッドの上で魔王に抱かれた記憶が蘇ってくる・・。

ショックで目じりに涙が浮かぶ。すると魔王は何を思ったのか、私の目じりに口づけすると言った。


「俺はお前が気に入った。人間の女ではあるが・・お前を俺の妻にしてやろう。」

私はその言葉に耳を疑った。

そ、そんな・・・魔王の妻になれと言うの?!


「い・・・嫌ですっ!魔王の妻になるなんて・・・!お願い、魔王!彼を・・・ドミニク様を返して下さいっ!」


すると魔王は私の両手首に力を入れながら言った。


「いいか・・・何度も何度も言わせるな!この身体は・・・もともと俺の物なのだ。所詮ドミニクという男は俺が目覚めるまでのただの依代のような存在だったのだ!もう奴の意識は俺の中に・・深い、深い場所に封印された。完全にその存在が消えうせるのも、もはや時間の問題だ・・・。」


そして魔王は乱暴に口づけをしてきた。

それと同時に媚薬の香りが濃くなってくる。ああ・・まただ、また私は・・・流されてしまう・・・。

その時―。


「魔王様!侵入者がやってきましたっ!」


1人の魔族の男が部屋へ飛び込んできた。


「ふん、そうか。とうとう現れたか。」


魔王は私から離れると言った。


「そいつらは何人でやってきたのだ?」


「はい、確認できた数は全部で9名です。しかも面白いことにその中には『狭間の世界』の王までいます。」


「何?」


魔王の眉がピクリと動いた。


そ、そんな・・・!アンジュが私を助けに?!だ、だってアンジュは魔界にもう行く事は出来ないと言っていたのに・・・。


「どうやら、そこにいる人間の女を助けに来たようでございます。」


魔族の男の言葉に魔王は私の事を振り返った。


「ほう・・・。『狭間の世界』の王がわざわざ助けにくる程の女か・・・・。俺はどうやら随分と価値のある女を手に入れたようだな?」


「よし、そいつらをこの城に招いてやるか。・・・くれぐれも丁重に扱ってやれ。」


そして魔族の男と部屋を出て行こうとするのを私は呼び止めた。


「待って・・・待ってくださいっ!」


すると魔王はこちらを振り向いた。


「お願いです・・・皆に酷いことはしないで下さいっ!」

両手を前に組んで涙ながらに必死に懇願する。


「それは・・奴らの出方次第だな。」


そしてパチンと指を鳴らすと、私は魔界へやって来た時と同じ服を身に着けていた。


「お前は利用価値がありそうだ・・・・。一緒に来いっ!」


魔王は再び私に近づくと、私の腕をグイッと引っ張り上げて立たせると言った。


「俺はもう一度『狭間の世界の王』と戦ってみたかったのだ。300年前は負けてしまったが・・・今回はそうはいかない。お前は俺たちの戦いを見ていろ。奴が目の前で俺に敗れる姿を目に焼き付けるんだな・・・。今度こそ人間界を、『狭間の世界』を手に入れて見せる。そしてお前は俺の妻になるのだ。」


私はそんな魔王の言葉を絶望的な気持ちで聞いていた。

お願いだから・・・公爵の顔で、声でそんな事を言わないで欲しい。

だけど・・・こんな事になったのは全て私の責任だ。

「・・・・。」


私がおとなしくなるのを見ると魔王は気を良くしたのか、にやりと笑うと言った。


「よし!あいつらをこの城に転移させろ!そうだな・・・・それぞれこの城の別々の場所に転移させてやるか。果たして・・・俺のいる場所まで無事に全員来れるか・・見ものだな?」


そして私の腕を握りしめたまま、魔王は部屋を出ると、回廊を黙って歩き続ける。それにしても・・・腕が・・・力が強すぎる。


「い・・痛・・・っ!」


思わず痛みで顔をしかめると、突如魔王が足を止めて私を振り返った。


「ジェシカッ!すまない・・・大丈夫かっ?!」


え?今私の事を・・・ジェシカと呼んだ・・・?


驚いて顔を上げると、そこには心配そうに私を見下ろしている魔王の姿が・・・。

魔王?でもひょっとして・・・

「ド・・・ドミニク様・・?」


すると彼は私に笑顔を向けると言った。


「ジェシカ・・・。」


「ドミニク様・・?ドミニク様ですかっ?!」


思わず公爵の腕に触れた途端。


「う・・・・。」


苦し気に顔を歪め・・・その次の瞬間はあの冷酷な魔王の素顔に戻っていた。


「何だ?女?」


魔王は冷たい目で私を見下ろしていた。え?まさか・・・今の事を覚えていない?

まだ・・・公爵は魔王の言っていた通り・・・まだ完全に消えてはいなかったのだ。


「どうした?急に・・・お前の目つきが変わったような気がするが・・・?」


魔王は私を見下ろしながら語り掛けて来る。


「そ、そんな事はありません!」


顔を見られないように俯いて答えると魔王が言った。


「フン。仲間が来たから希望を持っているのか?甘いな・・・。ここは魔界だ。お前達人間は魔力を無効化させられてしまう場所だ。果たして・・・全員無事にここから生きて帰れるかな?」


そして挑戦的な笑みを浮かべると再び私の腕を掴むと歩き始めた。


「お、お願いですっ!逃げも隠れもしませんから・・・腕をはなして下さいっ!い・・痛いんです・・・。」


必死に懇願すると、ようやく魔王は私の腕を放した。


「その言葉・・・嘘では無いな?よし、それならついて来い。」


魔王は踵を返すと先に立って歩きだし、やがて正面に大きな扉が現れた。

扉は魔王をまるで迎え入れるかのようにゆっくりと開き・・・そこに現れたのは

私が最初に連れて来られた玉座の間だった―。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ