第8章 4 偽ソフィーとの因縁の対決
1
「エルヴィラ・・・。アカシックレコードのある場所へ行くにはどうしたらいいの?」
「はい、ハルカ様。まずは人間界と魔界の間に存在する『ワールズ・エンド』へ行きましょう。『ワールズ・エンド』には『神木』と呼ばれる尊い木が生えている丘があります。そこへ行くのです。そしてその木の前に魔法陣を描きます。その魔法陣の中心に座り、瞑想して下さい。深い瞑想に入り、トランス状態になった時に、アカシックレコードのある場所へ導かれます。」
「エルヴィラ・・・・。貴女も私と一緒に来てくれるの?」
するとエルヴィラは首を横に振って答えた。
「一つの魔法陣には・・・1人しか入る事が出来ないのです。そしてトランス状態中は肉体が完全に無防備な状態にさらされます。今・・『ワールズエンド』は門が破壊され・・いつ魔物が現れるか分からない危険に満ちた場所です。私は貴女の肉体が危険にさらされないように見張っております。今頃偽物ソフィーは「神木」を目指しているでしょう。ハルカ様・・・我々もすぐに行きましょう。出来れば・・ハルカ様。私以外にも誰か『ワールズ・エンド』へ連れて行きましょう。見張りは多ければ多いほど・・望ましいので。」
「うん。それじゃ、まずはアンジュたちの元へ戻りましょう?」
「はい、ハルカ様。」
そしてエルヴィラは私の手を取ると、一瞬で私達は元の場所へと戻っ来た。
するとそこにはアンジュ・テオ・フレアがソファに座っていた。
彼等は突然舞い戻って来た私達を見つめてい驚いている様子だったが・・・。
「ジェシカッ!良かった・・・。急に姿を消したから・・・心配したよっ!」
アンジュは私の姿を見るや否や、強く抱きしめてきた。
「ア、アンジュ・・・。」
私はアンジュの胸の中で彼の名前を呼ぶと、すぐ背後からテオの声が聞こえた。
「おい、ジェシカから離れろよっ!」
するとエルヴィラが言った。
「ジェシカ様、この方は如何でしょうか?」
「そうね、エルヴィラ。」
私は頷く。
「何?何の話だ?」
テオは首を捻りながら私とエルヴィラを見比べる。
「テオ、お願いがあるの。私と彼女と一緒に・・『ワールズ・エンド』へ行ってくれる?」
テオをじっと見つめながら言うと彼は頷いた。
「ああ。何処へでも行くよ。俺の居場所は・・・常にジェシカ、お前の隣なんだからな。」
「ありがとう・・・テオ。」
「ねえ。ジェシカ。僕は?僕の助けはいらないの?」
アンジュが名乗りを上げたが、エルヴィラが釘を刺した。
「駄目に決まってるだろう?貴方はここの世界の王なんだから勝手な真似をするんじゃないよ。」
「私も・・・何だか危険な香りがするからやめておくわ。第一魔力がもう無いから足手まといになるだけだし。何をするつもりか良く分からないけど・・ジェシカ。貴女の無事を祈っているわ。」
「・・・ありがとうございます。フレアさん。」
「では・・・ジェシカ様。ここから一気に『ワールズ・エンド』の神木の前まで飛びますよ。2人とも・・・目を閉じていて下さい。」
エルヴィラは私とテオの腕を掴むと、一気にその場所へ飛んだ―。
「目を開けて頂いて大丈夫ですよ。」
エルヴィラに言われて、恐る恐る目を開けると、そこには不思議な空間が広がっていた。
10m程先に青白く光り輝いた小高い丘が見える。そしてその丘の上には見事な大木が生えていた。まるで巨大な桜の木を思わせるような木は青白く発光し、キラキラと輝く光が木々から地面へ降り注いでいる。そこは・・・とても幻想的で・・美しい場所だった。
「ジェシカ様・・・・。」
エルヴィラが私を見た。
「あの木が・・・『神木』です。」
「よし、行こう。ジェシカ。」
テオが私の手を取り、3人で神木へ近付き・・・そこに3人の人影を発見した。
「「ジェシカッ!!」」
予想していた通り・・そこにいたのはアラン王子、デヴィット、そして・・マシューだった。
アラン王子とデヴィットは私の姿を見て、驚いた様に声を掛けるが・・・相も変わらずマシューだけは私をチラリと見ただけで・・無反応だった。
「ふん・・・。やはり・・すでに先客がいたようだね。」
エルヴィラは指さしながら言った。そして・・・その指さした方向には・・ソフィーが魔法陣の中心で横たわっていた。
「ジェシカ様・・・。まだソフィーは、瞑想中でトランス状態には入っていません。何とか間に合いそうですよ。」
エルヴィラは小声で私の耳元に囁く。
そしてエルヴィラは次に空中から杖を取り出すと、地面を一突きした。
すると途端に杖を中心に魔法陣が完成する。
「さあ、ジェシカ様。貴女もソフィーと同様に魔法陣の中心で横たわって下さい。」
エルヴィラに導かれて私は魔法陣の中心に立った時・・・。
「な・・何をするつもりだっ?ジェシカッ!!」
突如アラン王子が私に駆け寄って来ようとして・・・テオがアラン王子の前に立ち塞がった。
「何だ?ジェシカの邪魔をするつもりか?」
「違うっ!俺は・・ジェシカが心配になっただけだっ!」
「ああ・・・そうだ。ジェシカ。そこで何をするつもりかは分からないが・・何だかすごく嫌な予感がする。頼むからその魔法陣から出て来てくれ。そして・・もし許されるなら・・・もう一度お前の元へ戻らせて貰えないか・・・?」
デヴィットが右手を差し出しながら、悲し気に私を見つめる。
「ああ・・。俺も・・・頼む。もう一度、ジェシカ。お前の側に・・・・。」
今度はアラン王子まで私に訴えてくる。
「ふざけるなッ!お前達は・・・もうそこで眠っているソフィーの聖剣士なんだろう?彼女の護衛でここまで来ているんじゃないのか?!」
するとそれまで黙っていたマシューが静かに口を開いた。
「いや、違うよ。最初からソフィーの護衛にここまでついて来たのは俺だよ。後から俺がこの2人を呼んだんだよ。彼女が・・アカシック・レコードを手に入れて戻って来るまで。彼女の肉体を守るために・・・。」
「マシュー・・・。」
私はマシューの方を見た。
すると・・ソフィーを助け出した時以来・・初めてマシューが私を見つめた。
「ジェシカ・リッジウェイ・・・。アラン王子とデヴィットから聞いたよ。君と俺は相思相愛だったんだってね・・・?だけど、俺にはもう君を愛したという記憶が一切残っていないんだ。今の俺の心を占めているのは・・・ここにいるソフィー只1人。悪いけど・・・君を愛する事は・・この先も・・・ずっと来ない・・。だから俺の事は諦めてくれ。」
「おいっ?!マシューッ!貴様・・・何て事言うんだっ?!」
テオが憎々し気にマシューを睨み付ける。そして、何故かアラン王子も叫んだ。
「やめろっ!マシューッ!ジェシカを傷付けるのは・・・俺が許さないぞっ!!」
「ああ・・・そうだ。仮にも言っていい事と悪い事くらいは・・・区別がつくだろう?」
デヴィットも怒りを抑えた口調でマシューを見る。
「ジェシカ様・・・。心を乱されては駄目です。アカシックレコードに辿り着けません。」
少し前の私だったら・・・今のマシューの言葉で深く傷ついていただろう。だけど、今のではっきりと気が付いた。
「・・・可哀そうなマシュー・・・。貴方は・・・まだソフィーに囚われているのね・・・?ドミニク公爵と同じように・・・。だけどマシュー。安心して?私はもう貴方を愛してはいないし・・・二度と貴方を愛する事は無いから。この先もずっと・・・。」
そして笑みを浮かべてマシューを見つめる。
自分でも不思議だったが・・・今ではマシューに対する未練も残ってはいなかった。
「・・・・!!」
一瞬・・・マシューの顔が悲し気に・・・歪んで見えたのは気のせいなのだろうか?
私は魔法陣の上に横たわるとエルヴィラに尋ねた。
「エルヴィラ・・・この後はどうしたらいいの?」
「はい。ジェシカ様・・・。目を閉じて・・・アカシックレコードの事だけを考えてください・・・。もし・・成功すれば、目の前にドアが現れます。そしてそのドアを開けると・・そこは異次元の上も下も区別のつかない空間が広がっています。そこから先は・・・私にも何が起こるか分かりませんが・・・。」
突然そこでエルヴィラが言葉を切った。
「エルヴィラ・・・?」
「私は・・・必ずジェシカ様がアカシック・レコードを持って、ここに戻って来る事を信じますっ!!」
エルヴィラ・・・。
アラン王子達の喧騒には一切耳を傾けず、私は腕を胸の所で組むと、瞳を閉じて・・・アカシックレコードの事だけを瞑想した―。
2
私は目を閉じ、アカシック・レコードの事だけをひたすら考え続けた。雑念を払い・・・ゆっくりと呼吸をしながら・・・。
今の私は聖女の証である紋章以外は全て失ってしまった。だからこそ・・・自分の手でアカシック・レコードを手に入れ・・・この私の作り上げた小説の世界を守らなければ。その為に・・・私はエルヴィラに連れて来られたのだ。エルヴィラがいなければ・・私は現実世界で死んでいたのかもしれない。彼女の為にも・・・この世界を守らなければ・・・っ!
お願い・・・・。どうか・・・どうか・・・私をアカシックレコードの元へ・・・。
すると徐々に身体がふわりと軽くなっていくのを感じ始めた・・・。私の身体全体がじんわりと温かくなってきて・・気が付くと私は不思議な光彩を放つドアの前に立っていた。
もしかして・・・ここが・・・?この扉の奥が・・アカシックレコードのある異次元の空間・・・?
私はごくりと息を飲むと・・ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した・・・。
ギイイ~・・・。
軋んだ音を立てて扉がゆっくりと開き・・・中へ入り、その光景に衝撃を受けた。そこは上も下も何もかも分からない真っ白な空間。
上下左右も分からない異質の空間は・・・恐怖以外の何者でもなかった。気付けば私の両足は震えている。首をキョロキョロ動かして周りの景色を確認するのが精一杯だった。
すると所々空中に窓が浮かんでいる事に気が付いた。そして・・・その窓には様々な景色を映し出していた。青空の光景だったり・・・夜の満月の光景。海だったり山だったり・・・・。宇宙空間の映像も中にはあった。
時に窓には人物も映り込んでいる。その誰もが、見知らぬ人達ばかりだったが・・。
私は一つの窓に映る人物を見て心臓が止まりそうになった。
そこの窓に映っているのは・・私の見知った人だったからだ。
「あ・・・・赤城・・・さん・・・?」
そんな馬鹿な。何故・・・何故この空間で・・現実世界の・・実際に存在している赤城さんが窓に映っているの?
私は矢も楯もたまらず、あれ程怖かったこの空間なのに、気付けばその窓に駆け寄っていた。
「赤城さん・・・・。」
赤城さんは神妙な面持ちで何かを見下ろしている。一体何を見ているの・・?
すると視界が下にブレて、別の人物が映し出される。そこに映っていたのは・・・私、『川島遥』だったのだ。
え・・?嘘でしょう・・?何故私が・・・その窓に写り込んでいるの?
私はベットに寝かされ、沢山のチューブに繋がれている。
赤城さんは心配そうに意識の無い私の手を握りしめている。
「赤城さん・・・。何故・・?」
すると何か話しかけているのだろうか?声が聞こえてきた。
「お願いだ・・・。川島さん・・・目を覚ましてくれ・・。俺は君の事を・・・。」
え?今何を・・・?
しかし次の瞬間窓に映る映像は掻き消え、代わりに良く知っている声が背後から聞えた。
「ジェシカ・・・・とうとうここまでやって来たのね?」
慌てて背後を振り向くと・・・そこに腕組みをして立っていたのは、あの偽物のソフィーだったのだ。
「全く・・・本来ヒロインとなった私が持つべき『魅了』の魔力を・・・何故悪女のお前が持っていたのかしら?アラン王子・・・ノア・・・ダニエル・・・。彼等の心は私の物になる予定だったのに・・・私が聖女になるはずだったのに・・!やっと本物のソフィーから全てを奪い・・この世界で最も憎むお前からも『魅了』の魔力を奪ったのに、何故アラン王子は私の物にならない?一時は私の虜にしたドミニクが何故私の元を去ったの?そして・・・今は何の力も持たないお前が・・・何故この世界に来れたのよっ!!」
ソフィーは憎悪にまみれた顔で私を睨み付けた。
「そ・・それを言うなら・・貴女はどれだけの人の人生を狂わせたの?貴女のせいで私は一度命を失い・・・その為にノア先輩を巻き込んで・・・ドミニク公爵は貴女のせいで魔族の血が蘇ってしまった・・。そして・・・マシューの運命を狂わせた・・。貴女こそ・・真の悪女よ。本物のソフィーは何処なの?!」
私は偽のソフィーを指さすと言った。
「フンッ!そんな事・・・絶対にお前に等教えてやるものですかっ!」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら偽ソフィーは言い放った。
「いいわ・・・。それなら貴女よりも・・・先にアカシックレコードを見つけ出して・・・本物のソフィーを探し出すわっ!」
こんな・・・女に負けられないっ!
「馬鹿な女ねっ!お前のように何の魔力も持たない人間が手に入れられると思っているの?!」
「いいえっ!この世界を作ったのは・・・私よっ!ここは私の書いた小説の世界・・
本来、貴女は私の小説には出てこない人物なのよ・・・。私は必ずアカシックレコードを手に入れるわっ!」
私は偽ソフィーを指さして叫んだ。
その時・・・・
ズズズズズ・・・・ッ!
空気が激しく揺初め、振動が辺りに響き渡った。
「な・・何?!ジェシカ・・・お前・・一体何をしたの?!」
偽フィーの焦る声が聞こえた次の瞬間・・・突然辺りを空気が切り裂くような音が上空から降って来たのだ。
私も偽ソフィーも何事かと思い、上を見上げ・・・仰天した。
何と、大量の本が空から私達目掛けて物凄いスピードで振って来たのだ。
「そう・・・!この中から・・・本物のアカシックレコードを探せって言う訳ね?!」
偽ソフィーは叫ぶと、上から降って来た本を両手でキャッチした。
その途端、彼女の手の中で本は炎と共に消失する。
「キャアアアアッ!!ア・・・・熱いっ!!」
溜まらずに悲鳴を上げるソフィー。
そうか・・・この本は・・・間違えて触れれば燃える様になっているのか・・・。これではむやみやたらに触れる事は出来ない。
「グッ・・・・!な・・何よ・・この位の傷・・・。アカシックレコードさえ手に入れれば・・・!」
しかし、本は大量に・・。しかも物凄いスピードで振って来る。その時一瞬一冊の本が私の髪の毛をかすめていった。途端ジュッと髪の毛が焦げる臭いが鼻をつく。そ・・そんな・・偽物の本がかすめるだけで、こんな事になるなんて・・・。
もし・・上から降って来た本に頭を直撃でもされたら・・・命は無いかもしれない。
最悪の場合・・ミスをすれば私も・・・偽ソフィーも死ぬ可能性がある。
死ねない。
私は唇をかみしめ、両手の拳を握りしめた。駄目だ。絶対に私はここでアカシックレコードを手にいれる。そして本物のソフィーを助け出し、公爵を連れ戻して・・新たな門を作って人間界と魔界を・・・封印する。それが作者である私の役目!
私は少し離れた場所にある偽のソフィーをチラリと見た。
もう相当数の偽の本に触れたのだろうか?身体はあちこち火傷だらけで、あの美しかったストロベリーブロンドの髪も一部が焼けてチリチリになっている。
どうやら彼女は手当たり次第に上から降って来た本に触れていたようで彼女の身体は火傷でボロボロになっていた。
駄目だ。
あんな方法を取っても・・・・本物のアカシックレコードは降って来ない。
何故だか分からないが、私はどうすればアカシックレコードを手に入れる事が出来るのか・・理解をした。
そう・・・。本物のアカシックレコードは自分から待っているだけでは・・・決して手に入らない。
手に入れる唯一の方法は・・・。
「お願いッ!。アカシックレコードッ!私の前に・・・姿を現してっ!」
私は右手を上に高く掲げた。その瞬間・・・。私が差し出した右手が目も開けられない程に眩しく光り輝き・・・気が付けば、右手には一冊の本が納まっていた。
「あ・・・あの本は・・・っ!ジェシカッ!その本を・・・寄こせっ!」
偽ソフィーに私がアカシックレコードを手に入れた事が気付かれてしまった・。
彼女はまるで鬼女のように髪を振り乱し、掴みかかる寸前・・・私は本を開いた。
途端に周りの全てが光に包まれ・・・・。
私は私自身を取り巻く全ての事象に触れ・・・意識を失った―。
3
「ジェシカ様っ!」
「ジェシカッ!!」
突如私の名前を呼ぶ声に目を開けると、そこには私を抱きかかえて心配そうに覗き込んでいるテオとエルヴィラの姿があった。2人とも・・何故か涙を浮かべて私を見ている。
「テ・・・テオ・・?エルヴィラ・・・?」
2人の名前を口にした途端、突然むせて激しく咳き込むと同時に喉の奥から何かがせりあがり、気付けば私は吐血していた。そして身体が熱く、全身がズキズキと激しく痛み、呼吸をするのも苦しい。
え・・・?一体何・・・?何故私の身体が・・・こんな事に・・・?
「ジェシカ・・ジェシカ・・・お願いだ、しっかりしてくれ・・・。頼むから・・・死なないでくれ・・・。」
テオは私を抱きかかえたまま顔を歪めてボロボロと泣き、彼の涙が私の頬の上に落ちて来る。
テオ・・・何故そんなに悲し気に泣いているの・・?
「ジェシカ様・・・。大丈夫です。貴女は絶対に死にません。私が必ず貴女の命を救って差し上げます・・・っ!」
エルヴィラ・・・。
そこで私は再び意識を失った・・・・。
<ジェシカ・・・・ジェシカ・・・私はここよ・・。ここにいるの・・・。早く私を見つけて・・・。>
誰かが私を呼んでいる・・・?
<ジェシカ・・・・頼む・・目を開けてくれ・・・ジェシカ・・。>
今度は別の声がした。
・・・何故・・・?すぐ側で声が聞こえる・・・・。
私はその声に呼ばれて、徐々に意識が覚醒してくるのが分かった。
「う・・・・。」
2、3度瞬きをしてゆっくり瞼を開けると、そこには私のベッドに頭を付けて眠っているエルヴィラの姿があった。
「エルヴィラ・・・・?」
声を掛けるとエルヴィラはパチリと目を開けて、私を見ると目に大粒の涙を浮かべた。
「良かった・・・・ハルカ様・・・・やっと・・・やっと・・意識が戻られたのですね・・・?」
そしてぼろぼろと涙を流した。
・・・信じられなかった。あの偉大な力を持つエルヴィラが・・・こんな風にまるで子供のように泣くなんて・・・。
「泣かないで・・・エルヴィラ・・・・。私はもう大丈夫・・。どこも苦しい所は無いから・・。」
エルヴィラの頬を撫でようと右手を布団から上げると、エルヴィラがしっかりと私の手を握り締め、自分の頬に当てると再び泣き崩れた。
「ハルカ様・・・ハルカ様・・・・ご無事で本当に良かった・・・・。」
私は・・・エルヴィラが落ち着くまでは、じっと彼女を黙って見つめるのだった―。
ようやく落ち着いたエルヴィラに私はベッドに横たわったまま尋ねた。
「ねえ・・・エルヴィラ・・・。ここは・・どこなの?」
弱々しい声で私は尋ねた。
「はい、ここは・・・セント・レイズシティの病院です。ハルカ様は・・5日間意識を失って眠り続けていたのです。」
「そう・・・5日も・・・。」
まさか、そこまで自分が眠り続けていたなんて・・・。
「エルヴィラ・・・・。今『ワールズ・エンド』はどうなっているの?魔界の門はまだあのままの状態なの・・?」
「ハルカ様・・・・。ご自分の事よりも『ワールズ・エンド』の事を心配されるなんて・・・・。」
エルヴィラは一瞬声を詰まらせたが、ゆっくりと語りだした。
「魔界の門は相変わらず、あの状態のままです。ただ・・アラン王子の説得のお陰か・・聖剣士達が戻ってきて、今では彼等が交代で見張りを立て、魔界から転移して来た魔物達を相手に戦っています。実はここ数日の間に魔界からやってくる魔物の数が減って来ているのです・・。これは・・・私の勘なのですが、もしかすると魔王になったドミニクが何らかの影響を及ぼしているのでは無いかと・・・。」
「ドミニク様・・・。」
私は瞳を閉じた。何処か・・・暗い影を持っていた人だった。だけど、とても純粋で誠実な人で・・・私の全てを愛してくれた・・・・。ひょっとして、私が公爵の愛に応えていれば・・こんな事にはならずにすんだの・・・?
すると、そんな私の気持ちに気が付いたのか、エルヴィラが声を掛けてきた。
「いけません、ハルカ様。ご自分を責めないで下さい。全ては彼の運命だったのです。魔王の魂を持ってこの世に生まれてきたのも・・・あの偽ソフィーによって悪影響を与えられ・・・魔王として目覚めてしまったのも・・・全てはあの女が貴女の小説を勝手に書き換えてしまい・・・・起こってしまった悲劇なのですから・・。」
「エルヴィラ・・・。」
彼女が私の為を思って言ってくれているのは手に取るように分かる。だけど・・・公爵は偽ソフィーと出会う前から、私の事を愛していたのだ。
その時に私が公爵の愛を受け入れて・・彼の手を取ってあげていれば・・・こんな事にはならなかったのに・・。
だけど、後悔しても始まらない。今はこの先の事を考えなくては・・・。
「エルヴィラ・・・私は・・一体どうなってしまっていたの?教えてくれる?」
「はい、ハルカ様。貴女は無事にアカシックレコードを手に入れて、あの時・・御自分の身体の中に戻って来られたのです。ハルカ様は魔法陣の中に横たわると・・・10分程でトランス状態に入りました。・・あの時は本当に驚きました。そんな短時間でトランス状態になった話は今迄一度も聞いたことがありませんでした。あの悪魔の力を持つ偽ソフィーですら・・ハルカ様よりも前に瞑想に入っていたのに時間がかかったようでした。」
「そうだったの・・・。」
私は目を閉じた。
「その後です。少し時が経過し頃・・突然・・・ソフィーを見守っていた彼等が大声で騒ぎ始めたのです。何事かと思い、様子を見に行ってみれば、あの女が私達の見ている傍で次々と身体中の至る所から発火しはじめ、次々と火傷を負っていったのです・・・。そう言えば・・・ハルカ様も一房だけ髪を焼いてしまいましたね。」
「・・・。」
私は黙ってエルヴィラの話を聞いていた。
まさか・・・あの異次元空間で受けた火傷が・・実際に自身の身体に降りかかって来ているとは思いもしなかった。私は・・・髪を一房焦がしてしまった程度だったがが・・それでは偽ソフィーは?かなり酷いや火傷を負っていたはず・・・
「それで・・その直後に・・・突然ハルカ様と偽ソフィーの身体がほぼ同時に強く光り輝いたのです。そして光が静まった時・・貴女は両手でしっかりと本を抱えていたのです。それを見て私は瞬時に理解しました。ついにハルカ様はアカシックレコードを手に入れたのだと・・。」
「エルヴィラ・・・。それでは今、アカシックレコードは何処にあるの?ここには無いようだけど・・・?」
「はい、それが実は・・・確かにハルカ様は胸に抱えるようにアカシックレコードを持っていました。するとその本が徐々にハルカ様の身体の中に吸い込まれて行ったのです。」
「え?私の身体の中に・・・?」
「はい、あの時は本当に驚きました。まさかアカシックレコードが人の身体に同化するなどと言う話は・・・今まで一度も耳にした事がありませんでした。そして完全にハルカ様の身体の中にアカシックレコードが入り込んだ途端・・・ハルカ様は酷く苦しみだしたのです。私達の呼びかけにようやく目を開けられましたが、その直後にハルカ様は大量に吐血して・・・再び意識を失ってしまったのです。」
そうか・・・。あれはあの時の・・・。私が一度目を開けた時・エルヴィラもテオも酷く泣いていたっけ・・・。
「ハルカ様が何故、そのような事になってしまったのか・・・原因は明白でした。それはアカシックレコードをご自身の体内に取り込んでしまったからです。アカシックレコードは・・・それ自体に大きな魔力を持っています。そしてハルカ様は魔力がゼロでした。そこに膨大な魔力が流れ込んできた為・・・受け入れきれず、身体の内部で魔力が暴走してしまったのです。」
「!!」
私はその言葉に全身がぞっとした。魔力が体内で暴走・・・?良く助かったものだ・・・。
「エルヴィラ・・・。どうして私・・・助かったの・・・?」
すると・・・何故かエルヴィラは悲し気に顔を伏せた。
「・・・?」
その悲し気な顔を見た時・・何だかすごく嫌な予感がした。
「・・・教えて、エルヴィラ・・・。どうして私は助かったの・・・?」
「そ・・それは・・。」
その時―。
バンッ!!
激しくドアが開け放たれ、アラン王子とデヴィットが病室へ飛び込んできた。
「ジェシカッ!!良かった・・・ッ!!」
「もう・・・今度こそ助からないかと思ったよ・・ッ!!」
デヴィットもアラン王子も・・・泣いていた。
エルヴィラは席を外し、今はデヴィットとアラン王子が私の病室にいる。
けど・・何かがおかしい。私は異変を感じ、2人に声をかけた。
「あの・・デヴィットさん。アラン王子。・・・テオは・・・何処ですか?」
すると2人は顔を青ざめさせ、肩をビクリと震わせた。
「テオ・・。あ、あいつは・・・。」
デヴィットはそこまで言うと口を閉ざした。
「アラン王子?」
私はアラン王子の方を向いた。
「ジェシカ・・・・。その前に・・一つだけ聞かせてくれ・・。お前は・・テオの事をどう思っていたんだ・・?」
え?何故アラン王子はそんな事を尋ねて来るのだろうか?
「テオは・・・テオはずっと私の側にいると約束してくれました。自分の居場所は・・・私の隣だと・・・。だから私もずっと彼に隣にいて欲しいと・・願っていましたけど・・・それがどうかしたんですか?」
「テオの奴め・・・。」
突然デヴィットは俯くと肩を震わせた。
「・・・デヴィットさん・・?」
何だろう・・・?凄く嫌な予感がする・・・。
「あいつは・・・・テオという男はもういない。」
「え・・?どういう事ですか・・・?」
「テオは・・・魔法が体内で暴走してしまったお前を助けるために・・・エルヴィラの力を借りて・・・お前の中に入り込んだんだ・・・。暴走した魔力を静める為に・・・。」
私はその言葉を聞いた途端・・・意識が遠のき、気を失ってしまった―。