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第8章 3 『聖剣士と剣の乙女』の語り部 

1


 本日は英雄となった聖剣士アラン・ゴールドリック王太子と共に闇の力を持つ魔族から世界を救った美しき大聖女ソフィー・ローランとのおめでたい結婚式・・・。

そこでこの2人の出会いから今日に至るまでの物語を・・・ずっと傍らで彼等を見守ってきた私が今回特別に君達に教えてあげよう―。


― 森に住まう魔女『エルヴィラ』の手記より ―





バタンッ!!

私は勢いよく本を閉じた。心臓は激しく脈打ち、痛いくらいだ。

どうして・・・?どうして私の書いた小説が本になっているの?何故・・・この世界に存在しているの?

そして・・・目の前にいる貴女は・・・?



「あ・・・・貴女は・・私の小説の中に出てきた・・『エルヴィラ』・・?」


目の前に跪いている大木の森の魔女に震えながら尋ねた。


「はい、そうです。ハルカ様・・・・。やっと・・やっと私の名前を貴女に呼んで頂けました。」


エルヴィラは嬉しそうに微笑んだ。


そんな・・まさか。あり得ない。私は夢でも見ているのだろうか?いや、そもそも私がこの世界に存在している事自体が夢の様なのだ。だが・・・これは夢では無い。現実なのだ。何故なら私は一度この世界で死にかけた時・・・元の世界に戻ったのだから。


「わ・・・分からない。私には・・何故こんな事になってしまったのか・・・。うううん。そもそも、自分が書いた小説の世界に・・・しかもこの世界で悪女として描いたジェシカ・リッジウェイの身体になっている事自体が・・・理解出来ない・・。」


 私は思わず頭を抱え込んだ。今まで・・・ずっとこれは現実世界だと思って生きていたが・・本当は私はあの時、歩道橋から落下した時に頭を強く打って、植物状態として今も病院のベッドに眠り続け、今こうして自分の夢の世界にいるのだろうか?

 

 するとそれを見透かしたかのようにエルヴィラは言った。


「いいえ、ハルカ様、これは夢ではありません。全て・・・・現実に起こっている話ですよ。」


そう言ってほほ笑んだ。


「エルヴィラ・・・・。」

彼女を見つめると私は言った。


「お願いです。貴女の知っている事実。・・そのすべてを私に・・教えて貰えますか・・?」


じっとエルヴィラの目を見つめると言った。


「ええ、勿論でございます。ハルカ様。貴女は私の・・・この世界の創造主なのですから・・・。」


そしてエルヴィラは語りだした・・・・。




「ハルカ様・・・・。貴女はこの物語を・・それは、それは強い思い入れを込めて、この作品を書き上げました。それこそ寝る時間も惜しんで、心血を注ぐかのように・・・。」


エルヴィラの話を聞いて、思った。

ああ、確かにあの時の私はそうだったのかもしれない、恋人だった健一を失い、大好きだった仕事も奪われ・・・。その辛い出来事を忘れる為に、必死で作り上げた作品だったんだっけ・・・。


「・・・強い思い入れは・・・そのもの自体に命が宿ります。そして・・・ハルカ様の想いの強さが・・この世界を生み出しました。『聖剣士と剣の乙女』の舞台となるこの世界が誕生したのです。気が付いてみると、私はこの森に棲む魔女として存在していたのです。そこで私はここに描かれている小説通りにずっと・・・暮らしていたのです。聖剣士アラン王子と、聖女ソフィーの物語になるまでは・・・っ!」


すると突如としてエルヴィラが感情を露わにした。


「・・・私は静かにこの小説通りに話が流れて終わりを告げるまでずっと見守っていこうと思いました。現実世界の貴女と、貴女の書いた小説が無事に終わりを告げるまでは・・・と。それなのに・・・突然あの女が現れたのです・・!」


「あの女・・・?」


「ええ・・。全く予定外の人物でした。だってあんな女はこの小説には出てこない人物だったのですから・・・。それなのにあの女は聖女ソフィーの力を奪い、彼女を自分の操り人形として手元に置く事に決めたのです。その当時の私にはどうする事も出来ず、見守る事しか出来ませんでした。そして・・・この物語の真の話が始まる直前に・・・予期していなかった事件が起こったのです。」


「予期していなかった事件・・・?」

私は声を震わせて先を促した。



「ええ、そうです。それが・・・ジェシカ・リッジウェイの突然の死でした。」


「っ!」

私は息を飲んだ。・・・そうだ、そもそもジェシカは・・私の小説の中では死んでいない。死んではいけない人物だったはずなのに・・・!


「どうしたら良いか分からず・・・私は現実世界へ飛びました。貴女に助言を貰う為に。私はこの小説の語り部であり、偉大なる魔女として描かれていますが・・・創造主であるハルカ様からの意思を伺わなければ力を振るえない無力な存在です。そして私の目に飛び込んできたのはこちらの世界のジェシカ・リッジウェイと同様に、頭から血を流して倒れているハルカ様の姿でした・・・。」


「・・・・。」

もう私は何も話す事が出来ず、ただエルヴィラの話に集中する事だけだった。


「貴女は・・・その時は既に虫の息で・・殆ど死にかけていました。ですが、死にたくないと心の中で必死に叫んでいたんです。だから私は・・・死にかけている貴女の生命体を肉体から抜き取って・・この世界に戻って来たんです。今にも死にそうな生命体さえなくなれば・・・きっと貴女の命は助かるだろうと思ったので。そして・・私は貴女の命を再生し・・死んでしまったジェシカ・リッジウェイの肉体を回収して、代わりに貴女の命を移したのです。そして、私は学院に入りこみ・・貴女の事を見守ってきました・・・。でも・・貴女の意思も聞かず、勝手にこの世界へ連れて来てしまった罪悪感に耐えられず・・・私は姿を消しましたが・・。」

エルヴィラは寂しげに笑った。



「!!」

ま・・・まさか・・・そんな事があったなんて・・・っ!


エルヴィラの話はまだ続く。

「そして・・私は・・・自分の意思で貴女をこの世界へ連れてきたとばかり思っていたのですが・・それは大きな勘違いだったのです。まさか・・・この世界が、もう1つ別の世界に作り替えられていたなんて・・・。」


別の世界・・・そこで私は、ある重大な事に気が付いた。

現実世界に戻った時・・・開いた自分のパソコンに「another」と書かれたフォルダが・・。そしてそのフォルダには私が、歩道橋から落ちて、目覚めた時には自作小説の中に入り込んでいた事、そして弓矢で心臓を射抜かれてしまう所までが・・・書かれていた。

青ざめていく私の顔色を見て、エルヴィラは言った。


「聡明なハルカ様なら・・・もうお気づきになられましたよね?何者かが・・・勝手にもう1つ別のこの世界の話を作り上げていたのです。しかも貴女を巻き込んで・・・!その人物は貴女の小説の熱狂的ファンでした。貴女に焦がれるあまり・・ネットワークに侵入し、貴女の情報を奪ったのです。」


魔女のエルヴィラから「ネットワーク」という言葉が出て来るのはすごく意外だが・・でもやはり彼女の言う通り、私のネットワークは恐らくハッキングされたのだ。そし私のパソコンをリモート操作をし・・・あのフォルダも作ったのだろう。


「この世界を作り上げた人物を許す事が出来ず・・・、ついに私は現実世界へ行き、その人物を捕らえたのです。その人物は女でした。彼女は・・・貴女が弓矢で射抜かれる所まで・・・既に物語を書き終えていたのです・・・。」


エルヴィラは唇をかみしめながら言った。


「そこから先は・・もう話の続きが無かったのですから、私は焦りました。この先はもう何が起こるか分からない。全く未知の世界です。話は大きく変わり・・・次々と本来の小説には出てこなかった人物が現れました・・・。このままでは貴女を守り切れないかもと思った私は、貴女が弓矢で射抜かれた時に、魂を本来ハルカ様が住むべき場所へ・・未だに眠り続けている肉体へ戻したのですが・・・・。」


エルヴィラはじっと私の目を見つめた。


「ハルカ様は・・・ジェシカ・リッジウェイとして、この世界に留まる事を・・御自分の意思で選ばれたのです・・・。」


私は言葉を失った―。





2


「わ・・私が自分の意思で、この世界に戻って来ていたの・・・?」


するとその言葉に黙って頷くエルヴィラ。


「そんな・・・てっきり私はこの世界の皆に呼ばれて・・・そして、帰らなくちゃと思っただけなのに・・・。」


するとエルヴィラが言った。


「・・・帰りたいですか?」


「え?」


「ハルカ様は・・・元の世界へ帰りたいですか・・・?」


「帰れる・・・の?元の世界へ・・・?」


「はい、私の力は・・・もう1つの別の世界が作られた事によって力が半減してしまいましたが・・・方法が無いわけではありません。」


「どんな方法・・?」


「アカシックレコードを手に入れるのです。」


「えっ?!」


アカシックレコード・・・。マリア先生・・うううん、違う。それは・・エルヴィラが以前に教えてくれた事・・・。


「この世界が出来たばかりの頃・・・。私はアカシックレコードを所持した状態で誕生しました。けれど・・・貴女の住む世界へ移動する為にアカシックレコードの力を使いました。そして・・次にあの女を連れてきた時にアカシックレコードは次元の渦へと消えてしまいました。やはり2人の人間をこちらの世界へ連れて来るには少々無理があったのでしょうね。」


 2人の人間・・・?

「あ、あの・・・2人の人間て・・?」


「はい。ハルカ様の小説を・・・勝手に作り替えた人間の女です。私はこの世界を滅茶苦茶にした女に罰を与える為にこの世界に連れてきました。そしてジェシカ・リッジウェイの故郷であるヨルギア大陸のリマ王国の町に置いてきたのです。占い師としての能力を与えて・・・。もしハルカ様がいつか貴女の元を訪れて、彼女の力になってあげられれば、元の世界へ戻してやろうと伝えて・・・・そして彼女は何十年も貴女を待ち続け・・・ようやくハルカ様を助けてあげる事が出来た。そこで私は約束通り彼女を本来の姿に若返らせ、元の世界へ・・・同じ時間枠へと返しました。今頃はもう日本で普通に暮らしているのではないでしょうか?」


私にはエルヴィラの言ってる話が少しも理解出来なかった。

「待って、私・・・・そんな女性に会った記憶が無いのだけど?」


「ええ、そうでしょうね。あの女の記憶をハルカ様に残したくは無かったので、女の記憶は忘れるように私があらかじめ術をかけておいたのですから。」


淡々と語るエルヴィラ。


「私は・・・一体彼女に何を助けて貰ったの・・・?」

知りたい。今は記憶に残らないその女性の事を・・・・。


「ハルカ様は・・忘れてしまったノア・シンプソンの記憶を取り戻すために、その女の元を訪ねたのです。・・・あの女は何十年も貴女を待ち続けていました。・・半ば諦めて、このままこの世界で死ぬのだと思っていた矢先に貴女が尋ねてくれたのですから・・・さぞ嬉しかったと思いますよ?」


エルヴィラはニコリと微笑んだ。


「だけど・・・彼女が乱したこの世界は元には戻らない・・・。魔界と人間界を封印する門はあの女が生み出した悪しき心を持つソフィーによって破壊され・・・ずっと魔王の力を自らの意思で抑え込んでいたドミニクは、あの女の悪影響で魔王として目覚めてしまい、魔界へ行ってしまった・・。」


「エルヴィラ・・・。本当に・・・何もかも貴女は知ってるのね・・?」


「ええ。私はハルカ様が生み出した・・・『この世の全てを知る者』ですから。それで・・ハルカ様・・。どうされますか?魔界へ行きますか?」


「・・・行く。魔王になったドミニク公爵を・・・元の人間の心に戻す事は・・・出来る?」


「ドミニクは・・・まだ半分は人間としての自我が残されています。今ならまだ間に合うかもしれません。ハルカ様。行くなら是非、この私を連れて行って下さい。私は・・・必ず貴女のお役に立ちますっ!」


「本当に・・・・?本当に一緒に行ってくれるの?」


私はそっとエルヴィラの手に触れながら尋ねた。


「勿論です。私程・・・適任な者はいないと思います。」


エルヴィラは私の手をしっかり握り返すとほほ笑んだ。


「ありがとう、エルヴィラ。それじゃ、皆の元へ一度戻りましょう。」


「ええ・・・。でもその前に・・・先にやるべき事があります。」


「アカシックレコードをまずは取り戻さなければなりません。あの偽物ソフィーも今、アカシックレコードを狙っています。」


「え?ど、どうして偽物ソフィーがアカシックレコードの事を知ってるの・・・?」


するとエルヴィラが苦しそうに一瞬だけ顔を歪めると頭を下げた。


「申し訳ございません・・・・。ハルカ様。私は一度だけ・・・失態を犯してしまいました。」


「え?失態って・・・?」


「私はこの世界の誕生と共に存在していました。貴女の書いた小説の始まりは・・・今から約300年前、魔王と人間界、そしてここ『狭間の世界』を巻き込んだ戦いから始まっています。私はその時に誕生しました。・・・やがて、戦いは人間界と『狭間の世界』の勝利によって幕を閉じ・・・時が流れて、そしてついに貴女の書いた小説のヒロインがこの世界に誕生したのです。私はどうしても一目だけでも聖女ソフィーに会ってみたくなり・・・彼女が『セント・レイズ学院』に入学する10年前に・・彼女に会いに行ったんです・・・。」


エルヴィラは項垂れた。


「え・・・?会いに・・?」


「ええ・・・。小説の中ではそんな展開はありませんよね?私は只の傍観者でいなくてはならなかったのに・・・掟を破ってしまいました。でも、それも元をたどれば・・・結局はあの女の書いた小説の力が働いていたのだと思います。兎に角・・私はどうしても会いたくて、ソフィーの住む村を旅人の振りをして訪れました。そこに・・今は自らをソフィーと名乗るあの娘も同じ村に住んでいたのです。」


「えっ?!」

私はその事実に驚いた。そんなに昔からあの2人は知り合いだったの・・・?


「あの娘は・・・育った環境が悪かったのか・・・あの当時からひねくれた・・悪しき心を持った人物でした。彼女の家は宿屋で、私はそこの宿に滞在中・・・彼女は私の持っているアカシックレコードに何故か目を付け、盗み出したのです。最もそれはひょとすると親の命令だったのかもしれませんが・・。ですが、私はあの本に封印を掛けておきました。悪しき心を持った人物には決して開く事も、また誰かに開いて貰っても本の中身を理解出来ないように・・・。」


エルヴィラはそこで一度言葉を切ると、続けた。


「そこで彼女は自分の友人でもあったソフィーに頼んだんでしょうね。彼女なら代わりに本を開いて読む事が出来るのかもと直感的に何かを感じたのかもしれません。」


「・・・。」

私は黙ってエルヴィラの話を聞いていた。


「そして私が2人を発見した時には・・・・もう手遅れで2人はあの本に書かれていた内容を知ってしまいました。一度でもアカシックレコードに触れると・・・叡智が身につきます。皮肉な事に私はあの娘に・・・知恵を与えてしまったのです。すぐに私は2人からアカシックレコードを取り上げ、記憶を封印する術を掛けたのですが・・・不完全だったのでしょうね。学院に入学する時には既に2人ともアカシックレコードの記憶を取り戻していたようでした。」


「エルヴィラ・・・。」


「そこからどういう経路があったのかは分かりませんが、本物の聖女ソフィーは彼女によって全くの別人にされ、名前も記憶も書き換えられてしまい、自分自身を・・・今の偽のソフィーに奪われてしまったのです。私は・・・何とか手を打とうとしたのですが、その矢先にこの世界のジェシカ・リッジウェイが命を落とすという悲劇に見舞われ・・・、今の世界が貴女の作品を奪い、書き換えた世界にすり替わっていたのだという事実に気が付きました。貴女ならこの世界を元に戻せるのではと思い、人間界へ来てみれば・・・貴女は虫の息だったんです。」


エルヴィラは悲しげな顔で私を見た。


「この世界に2人の人間を連れてきて、アカシックレコードを失ってしまった事を今のソフィーは知っています。彼女はアカシックレコードを手に入れ、完全なソフィーになろうとしています。ハルカ様。あの女よりも早く、アカシックレコードを見つけ出して下さいっ!」


そう言うと、エルヴィラは私に頭を下げた―。


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