第7章 8 『魅了』の魔力を失った私の末路
1
「ジェシカ・・・ここを去るって・・・。学院を辞めて、この島を出るって事か?実家にも・・・戻らずに・・?」
テオは信じられないと言わんばかりの目で私を見つめて来る。ああ・・・きっと公爵令嬢が1人で生きていけるはず無いと思っているのだろう。だけど私の本来の姿は日本人。自炊だって出来るし、働く術も持っている。
「はい。生活の事なら大丈夫です。当面の生活に困らない程度の貯金もありますし・・・家事も出来るので。」
「ジェシカ・・・・。」
すると・・・何故かテオが泣きそうな顔で私を見つめている。
「テ・・テオ・・?」
するとテオが息も止まりそうな勢いで私を強く抱きしめて来た。
「もういい・・・っ!ジェシカ・・・ッ!そんな辛そうな顔で・・・言うな。俺じゃ・・駄目か?俺では・・・マシューの代わりにはなれないのか?」
「え・・・・?テオ・・・。」
突然のテオの言葉に私は驚いた。
テオは私から一度身体を離し、じっと私の目を見つめると言った。
「俺は・・・俺なら絶対に何があろうとも・・・お前の側から離れない。お前に寂しい思いをさせないし、絶対に・・・その手を離したりしない・・。お前が何処か他の土地へ行くと言うなら・・・その時は一緒だっ!俺の居場所は・・・ジェシカ・・。お前の隣だ・・・。」
テオは・・・一体どうしたというのだろう?そこまで私に同情して・・?
「テオ・・・・。私に同情して、そこまで言ってくれるんですか?でも・・・大丈夫ですよ。だって・・・もう随分前から考えていた事ですから・・。」
「違うっ!同情なんかじゃない・・・。俺はお前の事が・・・好きだからだっ!」
そして再び私を強く抱きしめて来た。
え・・?今テオは私の事を・・好きだと言ったの?もう私は全ての魔力をソフィーに渡してしまったのに?『魅了』の魔力は・・聖女の魔力が失われたと同時に私の中から消えている。それなのに・・・?テオは・・・私を好きだと言ってくれるの・・・?再び私の目に涙が滲む。彼なら・・・テオなら・・信じてもいいのかもしれない・・・。だけど・・・・。
「テ・・テオ・・・。」
するとテオは私から身体を離すと返事をした。
「うん。何だ?ジェシカ。」
「わ、私・・・どうしても貴方に話しておかなければならないことがあるんです・・。」
「ああ。分かった。どんな話でも聞く。その代わり・・・。」
「その代わり・・?」
「俺に敬語を使って話すのはやめろ。普通に話してくれ。頼む。」
テオが頭を下げて来る。
「う、うん・・・。分かった・・・わ。」
するとたったそれだけのことなのにテオは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「さ、それじゃ話してくれ。ジェシカ。」
「う、うん。実は・・私には自由に力を使える魔力は無かったけれども・・『魅了』と呼ばれる魔力があったの。」
「『魅了』の魔力・・?」
テオが首を捻る。
「そう。『魅了』の魔力は・・無意識のうちに異性を・・惹き付ける力を持っているの。だから・・・アラン王子達は・・皆私に惹かれたの。勿論・・マシューも例外では無かったけど・・・。そして今神殿にいるソフィーは・・・本物の聖女で・・・偽物の聖女に・・姿形だけでなく、聖女の持つ魔力も全て奪われてしまって・・・。だ、だから・・・私・・ソフィーを助けに行った時・・自分の魔力を全てソフィーに渡したの。そして・・・マシューは私ではなく真の聖女ソフィーに恋を・・・。結局・・・マシューは私自身を好きになってくれたわけじゃ無くて・・・。」
後の方はもう言葉にならなかった。涙が後から後から溢れ出して止まらない
そうだ。私が一番ショックだったのは・・・結局マシューが私に惹かれたのは、私自身では無く、私が持つ『魅了』の魔力に惹かれていたという事実に気付いてしまったから・・・。
その時・・・
コンコン。
生徒会室のドアをノックする音が聞こえて来た。
「誰だ?」
テオが声を掛けて来た。するとドアの外で声が聞こえて来た。
「あの・・私、ソフィーです。ソフィー・ローランといいます。少しご相談したい事があってこちらに伺いました。」
う・・嘘っ!ソフィーがここに・・?と言う事はひょっとするとマシューも一緒・・?
「何?ソフィーだと?」
テオが私を抱きしめたまま言った。
「はい。そうです。あの・・・中へ入れて頂いても宜しいですか?」
「ああ・・だが少しだけ待て。」
するとテオが生徒会室にある大型のクローゼットの中に私を入れた。
「あ、あの・・・テオ・・?」
戸惑う私に彼は言った。
「お前・・顔合わすの嫌だろう?だからここで隠れていろ。いいか・・・何を見ても耐えるんだぞ?」
そしてニコリと笑みを浮かべると、バタンとクローゼットを閉じた。
クローゼットには隙間が空いており、私はそこから外の様子を見る事にした。
テオがガチャリとドアを開けると中に入って来たのはソフィーと・・マシュー。更にアラン王子にデビット、ノア先輩にダニエル先輩が勢揃いしていた。正に私の書いた小説の主要人物達が揃った瞬間だった。
恐らく・・・彼等全員が既にソフィーに恋をしているのだろう・・・。
そう言えば、ヴォルフがいない。ひょっとすると今見張りをしているのは彼なのかもしれない。
「なんだ・・?お前ら。全員勢揃いで・・・。」
テオが彼等を前に1人で応対する。
「あの・・・生徒会の他のメンバーの方々は・・どちらにいるのですか?」
ソフィーがじっとテオを見つめながら言う。ひょっとして・・テオも私がソフィーに譲った『魅了』の魔力に・・・?
だが、テオにはその傾向は見られない。いや・・・むしろどことなく・・・敵意が籠った視線にも見えるのは・・・私の気のせいだろうか?
「おい、こんな状態で生徒会が機能していると思っているのか?大体だな・・・・。ノアッ!おまえ・・・副生徒会長だろう?何故今迄顔を出さなかったんだよ?」
テオがイラついた様子でノア先輩を指さした。
「煩いなあ・・・仕方ないだろう?僕には何故かここ数カ月の記憶がスッポリ抜け落ちているんだからさ。」
ノア先輩は口をとがらせて抗議している。ああ・・・確かにそうかもしれない。だけど・・・私の胸はズキリと痛んだ。フレアは・・・今どうしているのだろう・・・?
「兎に角・・・ソフィーを正式な聖女として皆の前で公表するには生徒会の力が必要だ。俺達に力を貸せ。お前には・・・それが出来るだろう?」
アラン王子はソフィーにピッタリと寄り添っている。間違いない・・きっとアラン王子もソフィーに恋を・・・そして2人は恋人同士にいずれなるのだ。マシュー・・。貴方の・・・恋も成就する事が・・無いんだよ・・・?再び私の目に涙が浮かんでくる。
「おい、今はヴォルフという魔族の男が1人で魔物が出てこないように門の見張りをしているんだ。だからすぐに聖女宣言を出さないと、他の聖剣士達が戻って来ない。早く全学生を招集してくれ。」
デヴィット・・・貴方ももうソフィーの聖剣士・・・やはり彼女に恋してるの?
「ねえ、所で・・・・ジェシカは何処なの?」
突然ダニエル先輩が私の名前を出してきた。え・・・・?ダニエル先輩・・?何故そこで私の名前を出すの・・・?
「何・・・ジェシカ・・・だと・・?」
テオがそこで反応する。
「うん、そうだよ。てっきり・・・生徒会室にいると思ったんだけどなあ・・。ここにはいないの?」
すると何故かそこでソフィーが反応した。
「ダニエル様・・・。今はジェシカさんの事よりも・・・。聖女宣言を・・。」
「おい、待て。今・・・何て言った?」
突然テオの反応が変わった。
「な・・・何ですか?」
ソフィーがテオの迫力に驚いたのか、上ずった声を上げた。
「今の台詞・・・とても本物の聖女が言う台詞とは思えないんだがな・・・?」
テオはソフィーを睨み付けた―。
2
「どうも怪しいな・・?お前、本物の聖女『ソフィー』なのか?」
テオは威嚇するような目でソフィーを睨み付けている。
「え・・?な、なにを言ってるのですか?私は・・本物のソフィーですよ。現に・・・彼の被せられた呪いの仮面を外したのも私ですし。」
ソフィーはまるで縋るようにマシューを見つめた。
「ええ。そうですよ、テオ先輩。彼女がいなければ・・俺は未だに仮面の呪いに苦しめられていました。」
マシューはテオからソフィーを守るように前に進み出ると言った。
マシュー・・・やっぱり貴方は・・・もう私の元へは・・帰って来てくれないんだね・・・。再び目に涙が滲んできた。
「ジェシカがここにいないなら僕はもう行くよ。彼女を探しに行かなくちゃ。」
ダニエル先輩が生徒会室を出ようとするとノア先輩が呼び止める。
「ダニエル、僕もジェシカを探しに行くよ。それじゃあね。」
「あ、ま、待って下さいっ!ダニエル様、ノア様っ!」
ソフィーが声を掛けるとノア先輩が振り返った。
「言っておくけど・・・僕は聖剣士じゃ無いから関係無いよ。大体生徒会室に一緒に来たのはジェシカがいるかもしれないと思ってついて来ただけだからね。」
どこか冷たい視線でソフィーを見る。
そして2人は生徒会室から出て行ってしまった。
え・・・・?2人とも・・どうしてしまったの?
てっきり私は『魅了』の魔力が戻ったソフィーに恋していると思っていたけど・・?
私には今起こった出来事が信じられなかった。
「へえ・・・。」
一方のテオは何故か嬉しそうにダニエル先輩とノア先輩が部屋を出て行く様子を眺めている。
「いいから。放って置け、ソフィー。あの2人は聖剣士では無いのだからな。好きにさせておけばいいんだ。」
アラン王子はどこか投げやりな感じで言う。
「ああ。別に構う事は無い。それで・・生徒会から全校生徒に呼びかけてくれるんだろうな?今は魔族の男が1人で門番をしているんだ。一刻も早くソフィーを聖女と皆に宣言し、聖剣士達を呼び集めなければならない。」
デヴィットの言葉にテオが言った。
「別に俺が呼びかけなくても、そこにいる聖女様が本物なら自分の力で聖剣士達に呼びかける事が出来るだろう?俺はお前達に力を貸すつもりはないな。」
「何だって?」
アラン王子の顔つきが険しくなる。
「今は一刻を争う事態だって分かってるのか?こうしている間にも破壊された門から魔物達が溢れてくるかもしれないんだぞ?」
デヴィットは怒りを必死で押さえながら言う。
「それなら、こんな所にいないで『ワールズ・エンド』の門を修復する方法でも考えた方がいいんじゃないか?本物の聖女様なら門を元の姿に戻すことなんかお手の物じゃないか?」
テオが挑発した様子でソフィーの方を見た。テオ・・・貴方一体何を考えているの?その言い方は・・・まるで今そこにいるソフィーは偽物だと言ってるように聞こえるけど?
「テオ先輩。まさか・・・まだ彼女の事を偽物だと思っているのですか?」
マシューの問いかけにテオが言った。
「ああ・・・そうだな。本物の聖女なら・・・ジェシカの事をないがしろにするような言い方をするとは思えない。お前の為に・・全ての魔力を捧げたジェシカを・・・。そう思わないか?ジェシカ。」
言いながらテオは私が隠れていたクローゼットを開け放った。
「「ジェシカッ?!」」
アラン王子とデヴィットが私の姿を見て同時に声をあげる。
突然クローゼットを開けられた私は驚きのあまり、固まってしまった
すると次の瞬間・・・テオは私の腕を引き寄せると強く抱きしめ、彼等に言った。
「いいか?俺の愛するジェシカを苦しめたお前達に協力する気は一切無い。何が聖女だ。ジェシカの力を平気で奪えるような女を俺は聖女だとは認めないからな。」
「テ・テオ・・・。」
一瞬私とマシューの視線が合ったが・・・やはりマシューの目には・・・何の感情も伝わっては来なかった。
「ほら!分かったらさっさと立ち去れっ!俺は聖剣士じゃ無いから・・お前の言う事等聞くつもりはないからな。」
「分かりました・・・行こう、ソフィー。」
マシューはソフィーの肩を抱きよせると言った。私は・・そんな彼の姿を見たくなくて目を伏せた。
一方のソフィーは呆然としたまま、マシューに連れられ、生徒会室を出て行った。
しかし、何故かアラン王子とデヴィットは出て行こうとしない。
「何だ?まだ何か俺に用があるのか?お前たちはもうソフィーの聖剣士なんだから早く聖女様の元へ行けよ。」
「「・・・。」」
アラン王子もデヴィットも・・・何か言いたげに見えたが、結局ソフィーの後を追うように生徒会室を出て行った。
「テオ・・・。」
2人きりになると私は彼に声を掛けた。
「何だ?ジェシカ。」
テオが優しい笑みを浮かべながら私を見た。
「な、何も皆の前であんな演技をしなくても・・・。」
「演技?ジェシカには・・・あれが演技に見えたのか?」
テオが真剣な目で私を見つめる。
「だ・・・だって、私にはもう・・・『魅了』の魔力も残っていないのだから・・。」
「だから・・俺がお前を愛するはずは無い・・・そう言いたいのか?」
テオは私の頬に手を添えると言った。
「ジェシカ。お前には・・・『魅了』の魔力なんか無くたって・・・十分に人を惹き付ける魅力があるよ。現に・・・俺がそうなんだから・・。」
テオは私を抱き寄せると耳元で囁いて来た。
「マシューは・・・馬鹿な男だ。ジェシカ程・・・魅力的な女はいないって言うのに・・あんな女に移り気するなんて・・。ジェシカ・・・。お前はこれからどうする?何か・・・考えがあるんだろう?俺は・・・何処までもついて行くよ。」
「テ、テオ・・・。」
私はテオにしがみ付くと言った。
「テオは・・・あのソフィーは・・偽物だと思うの・・・?」
「ああ・・・・。そうだ。あの女は・・俺の良く知ってるソフィーに間違いないな。何せ俺は裏生徒会のメンバーで・・・ずっとあのソフィーの側にいたんだからな。他の連中は何も気が付かなかったかもしれないが・・・あの女。俺を一目見た瞬間に顔色が変わったんだぜ?」
テオは私を抱きしめたまま語る。
「そ、そんな・・・それじゃ・・・私は偽物のソフィーに・・・自分の聖女の力と・・・魅了の魔力を渡してしまったの・・・・?」
どうしよう、私は・・・取り返しの付かない事をしてしまった。
まさか・・あの城にいたのが・・・偽物のソフィーだったなんて・・。
するとテオが言った。
「ジェシカ・・・本当にお前・・・自分の魔力を渡したのか?もう・・失ってしまったと思っているのか?」
え・・?一体どういう意味・・・?
「ジェシカ。自分の左腕を見て見ろよ。」
テオが私から身体を離すと言った。
「え・・・?」
するとテオは突然私の左の袖を上に引き上げると・・・そこにはまだ聖女になれる証の紋章が残されていた。
「いいか。ジェシカ・・・。一度身体に浮かび上がった紋章って言うのは・・絶対に消える事は無いんだ。・・・誰にも奪う事は出来ないんだよ。だからお前の聖女の力はまだ消えていない。もう一度・・・お前が聖女になれる可能性は幾らでもあるんだからな?その気になれば・・・マシューの聖女に戻る事だって・・・出来るはずだ。」
どこか悲し気にテオは言った。
「だけど・・・。俺はもう誰にもお前を渡したくは無い・・・。」
そしてテオは再び私を強く抱きしめた―。