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マシュー・クラウド(モノローグ)③

1


 え・・・?誰なんだ・・?あの男は・・・・

崩れ去った監獄塔の前で、長い黒髪の若い男がジェシカの頬に手を添えて愛おしそうに見つめている。そしてジェシカも目に涙を浮かべて男を見つめていた。

2人は一体・・・?俺は・・何か勘違いしていたのか?ジェシカの・・本当の恋人は実はあの男だったのか?

そして、俺は気が付いた。あの男は・・・人間では無い!あの異様に大きな耳・・そして圧倒的魔力・・・・。良く見れば雰囲気もドミニク公爵にそっくりだった。

ひょっとするとジェシカの恋人はあの男で・・・ドミニクは・・・ジェシカの代用品でしか無かったのか・・・?いや、彼女は・・ジェシカはソフィーのようなふしだらな女ではないっ!


すると魔族の男が俺をじっと見つめているのに気が付いた。

まさか・・・この距離から俺の気配を察したのか?男は一言二言何かジェシカに語り、彼女が俺を振り向いた。


「ま・・・まさか・・・私の事が心配で・・・来てくれたんですか?」


その目は・・・何処か嬉しそうに見えたのは・・俺がそう思いたかっただけなのだろうか?

だけど・・やはり彼女が他の男と親しくしている姿を見るのは辛かった。

なので俺は転移魔法で・・・逃げてしまった。


そして・・その後すぐに突如として俺の右腕に・・・グリップの形をした痣が浮かびあがったのだ―。


 自室に戻り、戦いで破れた服を着替える為に上半身裸になった俺は自分の右腕に奇妙な痣が浮かび上がっているのに気が付いた。

そういえば・・・神殿にいた聖剣士達全員に・・この痣があったっな。俺だけ無いことに気が付いた他の聖剣士に馬鹿にされた記憶がある。

それにしても・・・いつの間に・・?何故、このタイミングで痣が浮き出て来たのか不思議でたまらなかった。だが・・・俺はこれで正式な聖剣士になれた・・・証なのだろうか?今まで躊躇してあまり着用してこなかった聖剣士の正装に・・・俺は手を伸ばした―。


『ワールズ・エンド』へ向かおう―。

門の近くにはきっと魔物達で溢れかえっているはずだ・・・。



『ワールズ・エンド』に着いた俺は死闘を繰り広げていた。

門は俺が予想していた通り、ものの見事に破壊され、黒く渦を巻くよう空間が出来ていて、そこから魔物達が這い出て来る。必死で剣を振るって戦った。次々と俺の剣の前に倒れる魔物の群れ・・。

しかし、倒しても倒しても容赦なく魔物達が襲い掛かって来ていた。

くそ・・・っ!これではきりが無い。

その時、俺は見た。巨大な青いオオカミが突如として神殿に現れた。そして・・その背中にはジェシカと・・若い男が乗っていた。

そうか・・・。きっとあの魔族の男がオオカミに変身したのだろう。オオカミの身に纏わりついているオーラがあの魔族の男と同じだったので俺は瞬時に気が付いた。

オオカミは鋭い咆哮を上げ・・・瞬時に敵を一掃する。


す、すごい・・・流石魔族の力だ・・・。だが、俺も負けていられないっ!


俺はアラン王子達には見つからない様な場所で死闘を繰り広げ・・・ようやく全ての敵を一掃したところで・・・彼等の前に姿を現した。


俺を見ると、何故かその場にいた男達が全員口論を始めた。

一体何なのだ・・・・?戸惑っていると・・何故かジェシカが俺に近付きて来て声を掛けて来た。


「あの・・・この間は色々お世話になりました。」


ああ・・・・やはり、ジェシカは・・・美しかった。出来れば・・・ずっと側にいて彼女を見守っていたい。だが・・・彼女の周りにはあまりにも多くの男が群がり過ぎていた。とても・・・こんな不気味な鉄仮面を被らされた俺の出る幕ではない。


「後・・・、折角私を心配して嵐の晩に監獄塔に来て頂いたのに・・・あんな・・追い返すような真似をして・・すみませんでした。」


ジェシカの言葉に、あの時感じた惨めな気持ちを思い出し・・思わず視線をそらせてしまった。

するとジェシカは一瞬悲し気な顔を浮かべる。それを見て俺の胸はズキリと痛んだ。


「こちらに・・・来て頂いたと言う事は・・・この場所で見張りをして頂けると・・・解釈しても宜しいのでしょうか?」


何だ?そんな話し合いを彼等はしていたのか?だが・・・ジェシカの頼みをこの俺が断るはずがない。そこで俺は大きく頷き、自分の意思を示した。


「本当ですか?どうも有難うございます。あ、そう言えば自己紹介が未だでしたね。私は・・ジェシカ・リッジウェイと申します。よろしくおねが・・・。」


俺は目の前のジェシカが愛し過ぎて、我慢が出来ずに思わず衝動に駆られて彼女の右腕を掴んで引き寄せ・・・・強く自分の胸に抱きしめていた。

ジェシカ・・・。俺はお前を・・・


 しかし、結局それを見とがめた男達の1人が俺からジェシカを奪い去ってしまった。

そしてジェシカが俺も門番をしてくれることになったと説明しても・・・誰一人俺が仲間に加わるのを反対する。

するとそれを聞いたジェシカがとんでもない提案をしてきたのだ。


それなら自分が俺と一緒に見張りをすると・・・・。


この時ほど・・・嬉しかった事は無かった―。




 今、俺とジェシカは『ワールズ・エンド』で焚火をしながら2人きりで見張りをしていた。

ジェシカは自分はお荷物になるかもしれないと思うと申し訳なさそうにしているが・・・何故、そんな風に思うんだ?俺は・・・本当に自分でも不思議に思うのだがジェシカが側にいてくれるだけで、会話はクリアに聞こえ、閉ざされていた視界は広がり、仮面を被らされている事すら忘れられるような感覚に陥り、さらに今ならどんな敵にだって・・・負ける気はしないのに・・・。

ジェシカは自分が寝ずの番をすると言っているが・・・か弱いお前にそんな真似をさせられるはず無いだろう?大丈夫だ、ジェシカ・・・。俺がお前を守ってやるから・・・どうか側にいてくれ・・・。

ふと見るとジェシカが身体を寒そうに震えさせている。・・・毛布が必要だな・・。

魔物の現れる気配は無い。

念の為にジェシカの周囲にシールドを張ると、身振り手振りで俺は彼女に休むようにいい、毛布を取りに神殿へと戻った。


 ジェシカの元へ戻ると彼女はスヤスヤと眠っている。

そっと毛布をかけると、オオカミの遠吠えが聞こえ、同時にぱちりと彼女が目を覚ます。

そして・・・俺と会話をしたいのだろうか。筆談しようと言ってきたのだ。

これには流石の俺も驚いた。今まで・・・誰一人として俺と意思疎通を図ろうとする人間は誰もいなかったからだ。

こうして・・・俺とジェシカの一時の語らいの時間が流れたのだが・・あるきっかけでジェシカが俺の鉄仮面を外そうと試みた。

途端に激しい激痛に襲われる。締め付けた仮面の内部からは鋭い刃が飛び出し、容赦なく俺の頭部を切り着ける。

久しぶりに味わうこの激痛に・・・意識がもうろうとする。

ジェシカはそんな俺を泣きながら見つめ・・・回復するまでの時間・・・ずっと手を握りしめていてくれた。

ジェシカ・・・出来れば俺もこの忌まわしい鉄仮面を外したい・・・。お前と・・・筆談では無く会話が出来たら・・・どんなにか幸せなのに。

だけど、俺は彼女が側にいてくれるだけで、満足しなくてはいけないのかもしれない。彼女が側にいるだけで、俺が醜い鉄仮面を被らされている事を忘れさせてくれるからだ。そして・・・あの恐ろしい仮面のささやきも・・・・すっかり息を潜めている。ジェシカ・・・やはり本当の聖女は・・お前なんじゃないか・・・?

だからソフィーは・・・お前の命を狙っていたんじゃないのか・・・?


ジェシカはアメリアと言う俺を以前看病してくれた女性の話をしてきたが・・・彼女は俺にとっては何でもない間柄だ。


俺はお前さえ・・・いてくれればいいんだ―。




2


 今・・・俺の傍らでは愛しい女性が気持ちよさげに眠っている。

寝ずの番をします・・・何て言っていたが・・こんなにあっさりと眠ってしまうなんて・・・。仮面の下で思わず笑みがこぼれる。

考えてみれば、いつから俺はこの仮面を被っているのか記憶が無いので分からないが・・・こんなに穏やかな気持ちでいられるのはこれが初めての経験だった。

ジェシカ・・・彼女は本当に不思議な女性だ。彼女は何一つ魔法を使う事が出来ないそうだが・・聖女としての魔力が備わっている。人を惹き付けてやまない『魅了』の魔力を持っている。

そして何より・・・この俺を・・こんなにも穏やかな気持ちにしてくれる。

これではドミニクや・・他の男達が喉から手が出る程に彼女を欲してやまない気持ちも理解出来る。


 栗毛色のフワフワした髪にそっと触れる・・・。

彼女と話がしたい・・・。筆談では無く・・いろんな会話をしたい。

本来ならそんな悠長な事を言ってる事態では無い事位は分かっていたが、こんな事態で無ければ俺は彼女に近付く事すら出来なかったはずだから・・・。


 その時―。

かつて門があった場所から怖ろしい魔物の群れの咆哮が響き渡った。

チッ!もう次の魔物達が現れたか・・・。

何処かジェシカを隠せる安全な場所は無いか・・?キョロキョロ辺りを見渡し、彼女1人を隠すには丁度良い大きさの洞窟が目に入った。

急いで眠っている彼女を抱きかかえ、洞窟へ運ぶとそっと降ろす。

・・・ジェシカ。ここで・・・待っていてくれ。魔物を倒したら・・・お前を迎えに行くからな。


 そして俺は剣を構えると魔物の群れへ突っ込んで行った―。



どれくらい戦い続けていたか・・・最後の魔物を倒したところで、俺は洞窟から這い出してきていたジェシカと目が合った。

ジェシカッ!!怪我は無かったか?!

駆け寄って彼女の全身をくまなく確認する。

よかった・・・何処も怪我はしていないようだ。


「あ、あの・・・。私なら大丈夫です。どこも怪我とかしていないですから。」


俺の気持ちが伝わったのか・・彼女の方から怪我の有無を報告してきた。

良かった・・・。彼女の髪にそっと触れ・・今頃になって怖くなる。

もし・・・戦っている最中に彼女が洞窟から出て来て・・・魔物にやらていたら・・・!

思わず指先が震えてしまう。


「あの・・・?」


ジェシカの声に我に返り、改めて彼女を見ると・・・身体のあちこちが汚れていた。

・・・あんな狭い洞窟に入れてしまったから・・・無理も無いか。

そう言えば・・・この先に泉があったな・・・。ひょっとしたら泉を使いたいかもしれない。

確か彼女の荷物も持って来ていたし・・・よし、いまはまだ魔物が出て来る気配は無いので泉に連れて行ってやろう。


そして俺はジェシカを手招きし・・・泉に案内した。

泉を見たジェシカは驚いた様に目を見開き・・・次にとんでもないことを言って来た。


「あの・・・水浴び・・してもいいですか?」


え?い・・・今・・何て言ったんだ?水浴び・・水浴びがしたいのか?!

余程汚れが気になるのか、それとも俺を信頼してくれているのか・・・。

だが、彼女は真剣な瞳で見つめて来る。だから俺は慌てて首を縦に振り、慌ててその場を立ち去った。

しかしあまり遠くに離れていてはいざという時に彼女を守れないので・・少し離れた岩陰で俺は待機した。

が・・俺自身も魔物の血を頭に被ったりしたものだから、汚れが気になっていたので、ついでに水浴びをすることにした。


ここなら木の陰だし・・・ジェシカも気を遣う事が無いだろう。


そしてすぐ側にある大きな岩陰に脱いだ服を置くと、泉に身体を浸した―。


身体も綺麗になった事だし、そろそろ泉から出るか・・。

腰布を巻いて岩陰に向かい・・・俺はギョッとしてしまった。

何故か、そこにはジェシカが座っていて、突然現れた俺を驚いた様子で見上げていた。

・・・まずい。幾ら腰に布を巻き付けているとはいえ・・俺はほぼ裸に近い状態だ。そんな様子で若い女性の前に現れれば・・・・驚かれるし、恐れられてしまうかもしれない。


「あ、あの・・・。」


ジェシカは凍り付いた表情で俺を見上げている。

くそっ・・・!俺に言葉が話せれば・・・!

しかし、ジェシカは何かに気が付いたのか、いきなり謝罪してきた。



「あ・・・す、すみませんっ!」


スクッとジェシカは立ち上がると、慌てたように急ぎ足で立ち去って行く。

いや・・・それより俺が驚いたのは・・・何故か彼女が俺の右腕を見て、顔色を変えた事だ。何故だ?何故ジェシカは・・・・泣いていたんだっ?!


慌てて着替えると俺は彼女を追った。

ジェシカ・・・何処だ?何処へ行ったんだ?!

そして・・前方にジェシカの後姿を発見した。俺は駆けより・・・背後から強く彼女を抱きしめた。


「あ・・・。」


ジェシカが小さく身じろぎした。


そして驚いた様に振り向いた彼女は・・・頬が涙で濡れていた。


ジェシカ・・ッ!

何故だ・・?何故・・・そんな切なそうな・・・悲しそうな瞳で俺を見るんだ・・・。彼女の涙を指で拭い・・・彼女を強く抱きしめた。

ジェシカは俺に縋りつくと・・声を殺していつまでも泣き続けていた・・・。

泣くな・・・ジェシカ・・。何故そんなに泣くんだ・・・お前の心の内を教えてくれ・・・。



 その後、何事もなく時は過ぎ・・・交代の時間が訪れた。

それにしても・・・ここに集まった男達全員・・・ジェシカに熱を上げる者達ばかりだ。細かい事ですぐに痴話喧嘩が勃発するのだから見ているこっちが疲れてしまう。喧嘩が絶えないのでチームワークも良く無い。こんなに仲が悪くて何故一緒に行動しているのか・・・理由は明白だった。

全員で互いを見張り合い・・・抜け駆けさせない為に一緒にいるんだろう。

それ程・・・彼等はジェシカの事を・・・。

これでは俺には見込みは全く無いのは目に見えて分かったが・・・今、この時だけでも・・俺もジェシカの側に・・・。




 俺とジェシカは彼等と見張りを交代すると神殿へと戻った。

ジェシカは神殿につくと、俺に挨拶をして何処かへ立去ろうとする。駄目だ!

彼女の腕を掴んで引き留める。


「あの・・何か?」


ジェシカは不思議そうな顔で俺に尋ねて来るが、口を聞けない俺は首を横に振るしかない。


「・・・行くな・・・と言う意味ですか?」


ジェシカが俺の意図を組んでくれたっ!


そして俺は・・・神殿にある自室へジェシカを連れて来た。ジェシカは何故俺にこの部屋へ連れてこられたのか理解出来ていないので、紙に書いた。


『部屋から出るな』

『危ないからここにいろ』


これ等の言葉の意味は・・・女性が1人で神殿内を歩いていると、いつどこで荒くれ物の兵士に掴まって、暴行されるか分からない・・・そんな無法地帯だと言う事を知らせらかったからだ。



ジェシカを奴等から守るには・・・俺の部屋から一歩も出さない事だ。


しかしジェシカは別の意味に解釈した。


「危ない・・・?あ、ああ。魔物の群れが襲ってくるかもしれないから・・・1人になるなって事ですね?」


俺は黙って頷く。

そうだ、その考えの方が・・・まだ救われる。

この・・本来、神聖な場所でなくてはならない神殿は・・・ソフィーによって秩序が完全に壊された・・・無法地帯。

欲にまみれた・・吐き気がする程の狂った場所・・・。

ジェシカ・・・本当はお前の様な女性がいてはいけない場所なのだから。


だけど、俺がお前を守るから・・・もう少しだけ俺の側に―。

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