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※第7章 3 私は仮初の聖女

曖昧な性描写有ります

1


ザシュッ!!


 もう何体の魔物を倒しただろうか・・・。彼は冷静に残りの群れの最後の魔物を一撃で倒すと、剣を振るって鞘に戻した。

不思議な事に『ワールズ・エンド』で倒された魔物達は息絶えると同時にまるで空気の中に溶け込むかのように姿がかき消えてしまうようだ。・・・それとも彼の特殊な剣技で魔物を無に帰しているのか・・・しかしそんな事を訪ねる余裕も無いほど、連続で魔物は襲って来ていた。

 私は全くの役立たずの上、返って足手まといのような存在だったのかもしれない。けれども彼の言い分では同じ空間に私がいてくれるだけで不思議と力が湧いてくるので、ここにいて欲しいと乞われたので、彼が魔力で作り上げたシールドに守られて、岩陰に隠れて、ずっと彼の戦いぶりを見守っていた。

 

『ジェシカ。もう出て来ても大丈夫だ。』


彼が頭の中で私に呼びかけて来たので、岩陰から這い出して彼の側へ行った。


「何処も怪我は・・・しませんでしたか?」


『ああ。あれくらいの魔物は所詮俺の敵では無い。』


「そうですか。どこも怪我をされなかったのなら良かったです。それじゃ・・・私が見張りをするので、どうか身体を休めて下さい。」


今は無残に破壊されてしまった門の前へ向かおうとした時に呼び止められた。


『ジェシカ。』


「はい、何でしょう?」


振り向くと彼が手招きをして呼んでいる。


「・・・?」


首を傾げて彼の近くへ行くと、隣に座るように促された。

「どうかしましたか?」

隣に座ると彼に尋ねた。


『少しだけ・・・話し相手になって貰えないか・・・?』


彼は私の方を見つめながら語りかけて来た。


「はい、いいですよ。」


『この鉄仮面を被らされてから・・・俺はずっと孤独だったんだ・・・。仮面のせいで俺は言葉を話すことが出来なくなってしまった。そして・・・視野は半分に閉ざされ、あまり音も聞き取りにくい。本当に・・・毎日が辛かった・・。』


「そうですよね・・・。そんな頭をすべて覆いつくすような仮面を被らされては・・・どんなに辛いか・・その気持ちは計り知れないものですよね。」


私はそっと彼の仮面に触れながら言った。


『だけど・・・不思議なんだ・・・。ジェシカ、お前の側にいると・・。周囲の音は良く聞こえるし、本来なら半分に狭まっていた視野も・・何故か広がる。そして・・・何よりこうして普通に会話が出来る・・・。』


言いながら彼は私を抱き寄せて来た。


「あ、あの・・・。」


『駄目・・か?もし嫌じゃ無ければ・・少しだけこのままでいさせてくれ・・・。こうしていると・・・自分が忌まわしい仮面を付けられている事が忘れられるんだ。不思議な事に・・・。』


私の髪に彼は仮面を被った頭を埋めるように囁いてくる。


「分かりました。それで・・貴方が仮面の苦しみから逃れられるなら・・・。」

そして私は彼の胸に顔を埋めた。

・・・やっぱり知っている。私はこの腕の中を・・・この温もりを・・・。でも一体何処で?貴方の正体を知りたい・・・・。

「あの・・・本当に何も思い出せないんですか・・・?自分の事・・?」


『ああ・・・。自分でも、もどかしいぐらい何も覚えていない。だが・・・だが、お前の事は・・知ってる気がするんだ。』


そう・・・。彼も同じなんだ。私と何処かで会った事があると感じてる・・・。だけど、これ以上私は彼に深入りしてはいけない。彼を救うのは私ではなく・・ソフィーなのだから。

だから私は言う。


「貴方は聖剣士なのだから、この学院の学生だったと言う事ですよ。なら何処かで会っていてもおかしくはないんじゃないですか?」

わざと明るく言うと、軽く彼を押して私は離れた。


『ジェシカ・・・?』


「私、見張っていますから・・・どうぞ休んで下さい。魔物が現れたらすぐに起こしますから。」


『あ、ああ・・・・。それじゃ・・・休ませて貰う。』


そして彼は剣を腰から抜くと握りしめて、身体を丸めた。仮面を被っているのでその表情は分からないが・・・少し経つと彼の寝息が聞こえて来た。


「・・・おやすみなさい。」


私はそっと呟くと、空を見上げた。

ヴォルフとの交代の時間まではあと6時間だ―。



 その後、彼が仮眠を取っていた間の3時間は全く魔物が現れる気配が無かった。

そして彼は渋る私に無理やり仮眠を取らせ、こうして今回の門の見張りは終わりを告げた。




「お疲れだったな、2人とも。」


ヴォルフが『ワールズ・エンド』へ現れた。


「ありがとう、ヴォルフ。・・・こんな面倒な事に・・付き合ってくれて。所で・・ダニエル先輩はどうしたの?」


ヴォルフはダニエル先輩と組んで門の見張りをする事になっていたのに、肝心のダニエル先輩の姿が見えない。


「ああ、いいんだよ、今回は俺だけで見張りをする事にしたから・・その代わりあいつには今別の事を頼んでいるんだ。」


「別の事?」


「ああ、とに角早急にこの破壊された門を修復する方法を見つけてくれと頼んできたんだよ。俺は魔族だからこの世界でも魔法を使う事が出来るし、何より俺のオオカミの『咆哮』を浴びせるだけで、大抵の魔物なら消し去る事が出来るしな。それにたかだか6時間だ。俺一人で問題ないさ。それより・・・」


ヴォルフは先ほどから少し離れた場所で私達を見守っている彼をチラリと見ると、私に耳打ちして来た。


「本当に・・・あの男の事、ジェシカは・・・知らないのか?」


「うん、もしかしてあの人は・・・私が探していた彼かとも思ったんだけど・・。」


するとヴォルフの顔が曇った。


「彼って・・・ひょっとしてマシューの事か・・?」


「う、うん・・・。」


躊躇いながら私は頷く。


「あいつは・・・マシューでは無いって事か・・?」


ヴォルフは彼を注視しながら尋ねて来た。


「そうなの、だってマシューには無かった・・痣のようなものを彼の右腕に見つけたから。だから・・・彼はマシューのはずが無いの・・・。」


「そうか。ジェシカには悪いが・・・それならまだ俺には望みがあるって事だよな?」


そう言うと突然ヴォルフが私を抱きしめて来た。


「ヴォ、ヴォルフッ?!」

い、一体何を・・・。彼が・・彼がこちらを見ていると言うのに・・・っ!


「すまない。こんな・・・お前を急に抱きしめてしまったりして・・・だが、俺が魔界で言った事・・覚えているんだろう?お前の事を愛してるって言った事・・・。もし・・もし本当にマシューって男が見つからないなら・・・俺にもお前に好きになって貰えるチャンスがあるって事だよな・・・?」


「ヴォ、ヴォルフ・・・。」


どうしよう、ヴォルフは本気で言ってる。本気で・・私の事を好きなんだ。ヴォルフの事をどう思っているのか・・・。彼は私の大切な友人の1人・・・そして・・・。ああ、駄目だ。公爵と同様の・・魔族の香り・・。何故か分からないが私はこの魔族の香りに強く惹かれてしまう。何故なのだろう?ヴォルフなら・・・・その理由を知っているのでは無いだろうか・・・・。

気付けば私はヴォルフの胸に顔を埋めて背中に腕を回していた。


その時・・・。それまで黙って私達の事を見守っていた彼が突然近付いてくると、無理やりヴォルフから引き離してきた。

しかしヴォルフはそんな事をされても何故か冷静に彼を見つめている。



『やめろ・・・これ以上彼女に触れるな。』


彼の思念が頭の中に伝わって来る。


「ふ~ん・・・。そうか。お前ってやっぱり・・・・。』


ヴォルフはそこまで言いかけると私の方を見た。


「悪かったな。お前達・・・見張りで疲れているのに時間を取らせてしまって。後は俺に任せてゆっくり休んでくれ。」


そう言うと、ヴォルフは意味深に笑った―。





2


『ワールズ・エンド』から神殿にある仮面の剣士の自室に戻ると彼は言った。


『また仮眠を取ったら湖にある城を探しに行ってみよう。今度こそ・・アメリアを見つけ出すんだろう?』


「はい、一刻も早く見つけて・・・助け出さないといけません。」


『そうか・・・。お前はどうする?神殿内はソフィーの兵士がいて・・・危険だ。かと言って学院に戻す訳にもいかないし・・・セント・レイズシティに行って魔物が現れたりしても危険だ。・・・・出来ればお前に俺が仮眠中、この部屋にいて貰いたいのだが・・・。それにお前だって仮眠が必要だ。生憎ベッドは一つしか無くて・・狭いかもしれないが・・一緒に休むか?』


「え・・・?」


『い、いや・・・。それはやはり、色々・・・まずいか・・・。』


言いながら彼はこちらから視線を逸らせた。・・・ひょっとすると彼は照れているのかもしれない。意外と仮面の下のその素顔は顔が赤くなっているのかも・・・。


「狭くても私は別に構いませんよ。・・・貴方がそれでよければ。」


『え?』


「すみません。実のところ・・・何もしていないのに私も疲れていて・・・出来れば仮眠を取りたいなと思っていました。もし迷惑でなければ・・隣で休ませて貰ってもいいですか?」


『あ、ああ・・。わ、分かった・・。それじゃ着替えるから・・。』


彼が言ったので私は部屋の隅に移動して背中を向けると言った。

「はい、どうぞ着替えして下さい。」


『ああ・・。』


少しの間、ガチャガチャと鎧を外す音や衣擦れの音が聞こえてきて、やがて彼が声をかけてきた。


『着替えたぞ。・・・では仮眠を取るか・・・。』


「はい。」


彼がベッドに横たわり、布団をまくったので私は失礼しますと言って、布団の中に入れて貰った。

2人で背中合わせにベッドに横たわる。


『・・・・眠れそうか?』


「はい。・・・おやすみなさい・・。」

彼の隣は安心する・・・。そして私はすぐに眠りに就いた・・・。




 あ・・・まただ・・・。

また私は夢を見ている・・・。

私の目の前にはとても美しい女性が・・・ソフィーが目の前に立っている。

だけど彼女の目はとても悲しげだ。


ごめんなさいと彼女は言う。

今の自分には聖女としての力が何も残されていないと。

全てはあの人に奪われてしまったの。

力になれなくてごめんなさい・・・。


だから私は言う。

それなら・・・私の魔力を全て貴女の物にして。

元々私の持つ魔力は・・・本来は私が持つべき魔力じゃなかったのだから。

全部、貴女に返します。


けれど彼女は目を伏せて言う。

そんな事をしたら・・・貴女は今迄持っていたものを全て失う。私にはそんな真似は出来ないと彼女は首を振る。

だけど・・・ソフィー。

あなたはこの世界の真の聖女。貴女の力が無ければこの世界は救われないのだから・・。

そして私は両手をソフィーの前に差し出す。

躊躇っていたソフィーはやがて私の手を取り・・・。



「あ・・・。」

不意に私は目が覚めた。何故か頭がズキズキ痛み、頬は涙で濡れていた。


ああ・・・そうだったのか・・・。

ベッドから起き上がり、彼を見るとまだ気持ちよさげに眠っている。

彼の肩に少しだけ私は触れた。


・・・恐らく私がこうしていられるのも残り僅か・・・。

私がこの世界にやって来たのは・・ちゃんと理由があったのだ。

この物語を書いたのは他でも無い私自身。

だから・・・私は守らなくてはいけない。ハッピーエンドを迎える為に・・・。


 ソフィーの元へ向かうのだ。そして私は私自身が持つ全ての魔力を彼女に与える。

それが私に課せられた役目・・・。


ベッドの中で彼が身じろぎをして顔を私の方へ向けた。


『目・・・覚めたのか。』


「はい、たった今・・目が覚めました。』


私の手はまだ彼の肩に触れたままだった。


「あ・・・ご、ごめんなさい・・・。」

慌てて手を引こうとすると、彼にその手を強く握り締められ腕を引かれた。

そのまま私は彼の胸の中に倒れ込んでしまう

すると彼は私の頭を押さえつけ、耳元に口を付けるようにして話しかけて来た。


『俺は・・・もっと強くなりたい・・・。あの時のアラン王子・・お前に口付けしたら一瞬で体調が回復していたよな?・・お前の聖剣士になれば・・触れ合えば俺もあんな風になれるのか?・・・どうすれば・・俺はお前の聖剣士になれるんだ・・?』


私は彼をじっと見つめた。

・・・恐らく私がソフィーに自分の魔力も・・・聖女としての力も全て渡せば・・・アラン王子も、デヴィットも・・そして公爵もきっと強い絆で結ばれた彼女の聖剣士になるのだろう。今私の目の前にいる彼も・・・。

その時私の左腕が輝きだし、それに反応するかのように彼の右腕も輝きだした。


『・・・?』

彼は突然輝きだした自分の右腕を不思議そうに見つめている。


私は身を起こし、彼の枕元に自分の両腕を付いて見下ろす様に言った。


「聖女と聖剣士の・・・誓いの契りを交わせば・・・私達は正式な関係に・・なれます・・・。」


『・・・!』


彼の一瞬息を飲む気配を感じた。が・・・やがて彼は言った。


『いいか・・・・・?』


「・・・。」


『俺を・・・お前の正式な聖剣士に・・させてくれ・・・。』



 彼は私を抱き寄せると頭の中に囁きかける。

そう・・・。偽物のソフィーは恐ろしい力を持っている。彼女は封印を解いて・・・きっと魔界へ向かったに違いない。

そしてソフィーは恐ろしい敵となって・・・いずれは真の聖女、ソフィーの前に姿を現すだろう。 

その為には・・・より強い絆で結ばれた聖剣士が必要になるはず・・・。

私は彼の胸に顔を埋めると言った。


「私の・・・聖剣士になって・・下さい・・。」


その言葉を聞いた彼は私の事をかき抱くように抱きしめ・・躊躇いがちに私の服に手をかけた。


口付けは無かったけれども・・・彼はまるで大切な宝物のように・・・私を抱いてくれた。

言葉を交わす事は無かったけれど・・彼の・・私に優しく触れる手から愛を感じる。

きっと・・・彼は口にはしないけれども私の事を愛してくれている・・。

そして私は彼の胸に顔を埋め・・・大好きな匂いに包まれて、甘く・・幸せな時間に酔いしれた・・・。


・・こうして私達は正式な聖女と聖剣士の関係になった―。



それから2時間後―。


私達は再び、湖を訪れていた。


『今回は時間に余裕があるから、念入りに探す事が出来そうだ。』


馬上で彼が私の肩を抱き寄せながら言った。


『気を付けろ・・・。この辺一帯に・・・恐ろしい魔族の気配を感じる・・・。』


「え?」 


不意に恐ろしくなり、私は彼にしがみ付いた。すると彼は私を一瞬強く抱きしめると言った。


『大丈夫。怖がることは無い。俺は・・・お前の聖剣士だ。必ずお前を守り抜く。俺の剣にも・・・・お前の祝福を与えてくれるか?』


彼は私に聖剣士の剣を預けて来た。私は頷き、剣に口付けする。

すると剣は光を帯びて輝きだした。


『ジェシカ・・・お前にも俺の祝福を・・・。』


彼は仮面越しに私に口付けすると言った。


『俺の側から・・・離れるなよ?』


「・・・はい!」


そして彼は私達は湖畔の森にたたずむと言われている城を探し始めた。


『・・・東の方角から・・・強い魔族の気配を感じる。』


探索を始めて約30分後・・・彼が言った。


「え・・?ま、まさか・・・・?」


『ひょっとすると・・・あの気配の向こうに城があり、そこにアメリアが捕らえられているのかもしれない。』


一気に緊張が高まり、私は自然と彼のマントの裾を力を込めて握りしめていた。

すると彼が私の頭を撫でながら言った。


『大丈夫、なにも心配はしなくていい。必ず俺はお前を守り、ソフィーに囚われたアメリアを・・・救い出す。例えどんな強敵が立ち塞がろうとも・・俺は絶対に負けない。何故なら・・・俺には聖女がついているからな。』


聖女・・・。

だけど、今の私は仮初の聖女。

アメリアに・・・いえ、ソフィーに会ったらすぐに私は自分の持っている魔力を・・・聖女の力を全て彼女に返すのだ。


もうすぐ自分の与えられた役目を終える時がやって来る。

私は瞳を閉じて彼に寄り添った。

それまでは・・・もう少しだけ貴方の側にいさせて下さい―。





3


 禍々しい気配を感じると彼が言った東の方角へ馬をめていた。

徐々に恐ろしい気配が色濃くなっていくのを、この私ですら感じるようになってきた。私達を・・・強い殺気を込めた目で・・・何者かが見つめている・・そんな風に感じてしまう程に。

そして肝心の馬は恐怖におののき、ついに言う事を聞かずに一歩も前へ進むことが出来なくなってしまった。


『馬まで・・・この気配を感じるのか・・・。仕方が無い。ここから先は歩いて進むしか無いか・・。ジェシカ。歩けそうか?』


彼が気づかわし気に声を掛けて来た。


「はい、私なら大丈夫。歩けます。」


『そうか・・・。なら馬から降りよう。』


彼はひらりと馬から飛び降りると私の方に手を差し伸べて来た。

私も彼の手を取り、馬から降りると2人で慎重に湖畔の森の中を歩き始めた。


 霧が出てきたのだろうか・・・。前を進むにつれ、霧は濃くなっていき、恐ろしい気配は益々強くなっていく。


『くそっ・・・!これだけ霧が深ければ前が何も見えない・・・っ!』


彼が悔し気に言う。そこで私は自分の考えを提案してみる事にした。

「あの・・・その剣で・・・試しに霧を薙ぎ払ってみてはいかがでしょうか?ひょっとすると霧を消し去る事が出来るかもしれません。」


『そうだな・・・。試しにやってみるか。』


彼は剣を抜刀した。その剣は白く輝き神々しくも見える。

そして剣を構えると、彼は横一門に切り裂いた。

すると・・・驚いたことにあれ程深かった霧が徐々に晴れていき・・・私達の眼前に、高く高く聳え立つ城が建っていたのだ。

私も彼も突然出現した光景にただただ驚き、言葉を無くしてしまった。

その時・・・。


ズシンズシン・・・・


巨大な何かがまるで物を引きずってこちらへ近付いてくるような気配を感じ、私は咄嗟に彼の背中にしがみ付いた。


『ジェシカ・・・ッ!絶対に俺から離れるなよ・・・っ!』


彼は言うと、剣を構えてじっと前を見据えた。

やがて、・・・城の背後から体長10mはあろうかと思われる巨人が現れたのだ。


「!」

私はその巨人を目にし、恐怖で悲鳴をあげそうになった。ただの・・・巨人だったなら私もここまで恐怖を感じはしなかっただろう。何より私が恐ろしいと感じたのはその異形の姿であった。

その巨人は上半身こそ髭を蓄え、頭に角が生えた人型の身体をしていたが、何より奇異な姿をしていたのは下半身であった。

膝から下に生えていたのは足では無く、巨大な鎌首をもたげた2匹の蛇だったのだ。


『ギ・・・ギガース・・・。』


彼の口から言葉が飛び出した。ギガース・・・?あの巨人は・・ギガースと言うの?


『ジェシカ・・・いいか。絶対に・・・俺の側から離れるなよ・・・?あのギガースの足は・・・猛毒を吐いてくる蛇だ・・・っ!』


彼の言葉が言い終わるか終わらないうちに、2匹の蛇がいきなり口から紫色の液体を私達に向けて吐き出した。


「!」


咄嗟に彼がマントでその液体を防ぐと、液体がかかった部分がブスブスと焼け焦げていく。

違う・・・あれは・・・毒なんかじゃない・・・っ!

「酸ですっ!あの蛇がはいているものは・・・毒では無く酸ですっ!あれに触れると大変な事に・・・っ!」


『くそっ!厄介な・・・っ!まずはあの蛇を何とかしなければ・・・ッ』


彼は剣を持たない左腕を前に翳す。すると炎の弾がそこから現れ、彼はその炎を右側の蛇に向かって投げつける。

炎の弾は見事に蛇に命中し、巨人と蛇が苦痛の叫び声をあげる。

それは思わず耳を塞ぎたくなるような恐ろしい雄叫びに聞こえた。しかし彼はその悲鳴に怯むことなく、さらにもう一匹の蛇に向かって投げつける。

残りの1匹もさらに巨人と共に耳をつんざくような悲鳴を上げ・・・巨人はどさりと崩れ落ちた。


「た・・・倒したんですか・・・・?」


恐る恐る尋ねる私に彼は言った。


『いや・・・。まだだ・・・。』


彼の言う通り、やがて巨人はムクリと起き上がった。膝から下を失い、巨人の背丈は少しは縮んだが、それでもやはり見上げる程に巨大な姿をしていた。

巨人は両膝を失った痛みか、怒りの為なのか恐ろしい咆哮を挙げた。

空気はびりびりと振動し、森の木々の葉っぱが散らされる。

私は彼の身体の陰に隠れながら、巨人の首にかけられているある物を目にした。

それは・・鍵だった。


あの鍵は・・・っ!

間違いない、私はあれと同じ鍵を夢で見た。

あの鍵を使って・・・私は囚われていたソフィーを助け出したのだ。


「か、鍵を・・・っ!」


私は彼に叫んだ。


『鍵?』


彼はこちらを振り向かずに語り掛けて来た。


「巨人の首から鍵がぶら下がっています・・っ!あの鍵は・・・アメリアが捕らえられている扉を開ける鍵ですっ!」


彼は何故私がその事実を知っているのかは尋ねずに返事をした。


『分かったっ!俺が・・・あの鍵を奪う!その後はお前が・・鍵を持ってあの城に行くんだっ!いいか、その際・・俺の事は一切構うなよっ!!』


そ、そんな・・・・!また・・・またあの時と同じ事が繰り返されてしまうのだろうか?嫌だ・・・そんな事はもう絶対に!


「い・・嫌ですっ!!」


すると巨人が私達の方へ両手を前へ突き出し、突進して来た。


『ジェシカッ!下がっていろっ!!」


彼は叫ぶと、剣を構えて巨人に立ち向かっていく。巨人が鋭い爪の生えた腕を彼に向って振り下ろすのを、彼は素早い動きで避けると同時に、剣を突き出し、巨人の腕を貫いた。

痛みで咆哮を上げる巨人はそれでもひるむことなく、その巨大な身体からは想像もつかない速さで次々と左右の拳を彼に向って振り下ろしていく。

そのスピードの速さに避けるのが精一杯なのか、彼は攻撃をする事が出来ないでいた。

そして徐々に追い詰められていく彼。

ど、どうしよう・・。このままでは彼が・・・っ!

何か・・・何か・・あの巨人の気を引く方法は・・・!

ああ・・・こんな時・・私に攻撃魔法の1つでも使う事が出来れば、彼の役に立てたのに・・・っ!役立たずの自分がふがいなく、思わず目に涙が浮かぶ。

すると・・・その時、突然私の身体が光り輝いた。

それと同時に彼の身体も光り輝き、驚いた様に私を見つめる彼の姿が目に飛び込んできた。

そして次の瞬間、再び巨人が腕を振り下ろした時・・・・彼は今迄見た事も無い程のスピードで攻撃を避けると、目にもとまらぬ速さで巨人の腕を剣で切りつけた。

その攻撃がよほど効いたのか、腕から血を流しながら巨人は絶叫し、無茶苦茶に腕を振り下ろす。

そんな彼の攻撃をいともたやすく彼は避けながらその度に巨人の身体を剣で切り裂いていき・・・ついに巨人は絶命した。

彼は仰向けで絶命した巨人の身体の上に乗ると、首からぶら下がっている紐の鍵を剣でスパッと切ると、鍵を手に入れた。


『ジェシカ・・・。巨人は倒した。鍵は・・・手に入れたぞ・・・。』


鍵を私に渡すと、彼はがっくりとその場で膝をつき、地面に倒れ込んだ。


「!!」

その時になって私は初めて気が付いた。彼の背中は爪で切り裂かれたのか、鎧を貫通し、背中からは激しく出血していた。

そ、そんな・・・ちっとも気が付かなった。

こんな・・・酷い傷を負っていたなんて・・・!こんな傷付いた身体で戦っていたなんて・・・っ!

ハアハアと荒い息を吐いて地面に倒れ込んだ彼の身体に縋りついた。

彼の頭を抱えて私は涙し・・・。


「イヤアアアアッ!!死なないで・・・マシューッ!私・・・私・・貴方を・・愛しているのよっ!」


私はとうとう・・決して口にしまいと思っていた彼の名前を叫んでしまった―。


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