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第7章 1 ジェシカの涙

1


 ここは・・・何処だろう。高い城の塔のてっぺん。そこには囚われの姫がいる。

これは私がいつも見る夢の世界。最近はここが夢の世界か現実なのか、すぐに理解出来るようになっていた。

囚われている姫の部屋は花々で埋め尽くされている。・・・けれどこんなに太陽の日差しが全くささなくなってしまったこの世界では、美しいはずの花々は・・・どれも全て哀れな姿でしおれている。


 姫の部屋のベッドには誰かが横たわっていた。一体・・・誰だろう?

姫は心配そうに横たわっている誰かを椅子に座って見守っていた。

やがて彼女は椅子から立ち上がり、その誰かの姿が見えた。

あ・・・あの人は・・・・。それは仮面の剣士だった。被せられた鉄の仮面からは血が滴っている。

そして姫が洗面器を持って彼の元へ戻って来た。苦しんでいる彼の手当てをしているのだろうか・・・?血を拭い、綺麗に拭いてあげている。・・・歌を歌いながら・・・。

すると・・・彼女の歌声と共に彼女の身体が光り輝き、その光に当てられた花々はみるみる内にピンとはり、花を開き始める。さらに仮面の剣士の身体も光り輝き・・やがてベッドから起き上がると、彼女の手を取り口元に寄せる。


 私の視界からは彼女の首から下しか見る事が出来ない。


一体・・・貴女は誰・・?アメリアなの・・・?


その時、一瞬だけ私は見た。突然視界が上に上がり、振り向いた彼女と目が合う。


あ・・・。私は彼女の姿に息を飲み・・・・。


グオオオオオオーッ!!


 激しい咆哮のような叫び声に瞬時に意識が覚醒した。あれ程眠らずに火の番をすると言っていたのに、不覚にも私は再び眠ってしまったのだ。

そして叫び声の正体は第1階層から再び溢れて来た魔物達だったのである。


 気が付いてみると私は小さな洞窟の様な場所にいた。何故こんな場所に・・・?慌てて洞窟から這い出てみると、あの仮面の剣士が数多の魔物の群れを相手に1人で戦っていた。

あんな数の魔物を相手にたった1人でなんて・・・っ!

しかし、彼に対してはそんな心配は無用の様だった。彼は軽々と魔物の攻撃を避けると、1体ずつ確実に、しかも一撃必殺の剣で魔物の群れを倒していく。その余りの優雅で鮮やかな戦いぶりに目を奪われているうちに、辺り一帯は魔物の躯で溢れかえり、静かになった大地に彼は1人立っていた。


す・・すごい・・・。こんなに大勢の魔物の群れを相手に・・いともたやすく倒してしまうなんて・・・。


 やがて彼は洞窟から這い出来ていた私に気が付くと、駆け寄って来た。

そして私の前で立ち止まると、頭を動かして私を観察している。・・・怪我をしていないか心配しているのだろうか?


「あ、あの・・・。私なら大丈夫です。どこも怪我とかしていないですから。」


そう言うと彼は安堵したかのように溜息をつくのが聞こえた。

そして彼は腕を伸ばして私の髪の毛に指先でそっと触れて来た。


「・・・・?」


一体どうしたというのだろう?良く見ると・・・彼の指先は小刻みに震えていた。


「あの・・・?」


戸惑いながら声を掛けると、彼は一瞬ビクリとし、その後私から手を離すと手招きをする。

「?」

彼の後を私は黙って付いて行くと、そこには小さな泉があった。そして彼は私に泉の側に来るように手招きする。

私は泉を覗き込んで、何故彼が私をここへ呼んだのか理解した。

狭い洞窟の中にいたからなのか身体中があちこち汚れている。服まで泥が付いていた。そう言えば・・・持って来ていたリュックの中に予備の着替えが入っていたっけ・・。

するとそれを察していたのか仮面の剣士はいつの間に持って来てくれていたのか私のリュックを差し出してきた。


私は彼を見ると言った。


「あの・・・水浴び・・してもいいですか?」


すると彼は一瞬首を傾げ、その後慌てたように首を縦に振ると、すぐにその場を立ち去った。・・・きっと私に気を遣ってくれたのだろう。


 それにしてもここが『ワールズ・エンド』の世界で良かった。昼夜の区別が殆どつかないこの世界では不思議な事にこのように泉がある場所はとても温かい気候になっている。

私は汚れた服を脱ぐと、泉の中へ入った。最初は冷たさを感じたが徐々に水の温度にも慣れてきて、私は泉の中で身体の汚れを落とした。そして身体がさっぱりしたところで予備の服に着替え、汚れた服をリュックに入れると近くにいるはずの仮面の剣士を探した。


「何処に行ったんだろう・・・?」


いつ魔物がまた現れるか分からないので、門の側に戻ったのだろうか?

その時、パシャンと水音が聞こえた。え・・・?何の音だろう?

水音のする方向へいき、覗き込んだ瞬間私は慌てて岩陰に身を隠した。び・びっくりした・・・。なんとそこには仮面を被った剣士が私と同様に水浴びをしていたのである。

ど、どうしよう。ひょっとするとここにいたら覗き見をしていたと勘違いされてしまうかもしれない

だけど、彼がここにいると言う事は、私もここにいるべきなのかもしれない。遠くに離れていたら彼は心配するだろうし、まして1人でいた時に魔物が現れたら私はひとたまりもないだろう。

そこで私はこのまま岩陰に隠れ、彼のいる方向を見ないように岩によりかかり、顔を上に上げて空を眺めていた。


青い空に白い雲が浮かぶ美しい世界・・・『ワールズ・エンド』。今では私達の住む世界ではこんな綺麗な世界を見る事は出来なくなってしまったけれども・・・。

でも、きっと夢の中で見た彼女を救い出せれば・・・・。この世界は元通りに戻るはず。

私には分かった。あの夢に出てきた彼女が・・この世界の真のヒロイン・聖女なのだと・・・。

そんな事をぼんや考えてワールズエンドの景色をながめていると、不意に視界が暗くなった。


え・・?何故・・・?


そして私は顔を上に上げて驚いた。何とそこにはあの仮面の剣士が立っていた。

彼は一応腰にタオルは巻き付けてあったものの、ほぼ裸の状態で身体からはぽたぽたと雫が垂れている。


「あ、あの・・・。」

何故?どうしてこんな状態で彼は私の所へ・・・?頭がパニックになっているところで気が付いた。

何と私は彼の着替えが置いてある場所に座っていたのだ。彼は只着替えを取りに来ていただけだったのである。


「あ・・・す、すみませんっ!」


 私は慌てて逃げるようにその場を立ち去り・・・今見た光景を頭の中に思い浮かべた。

あの聖剣士の右腕に・・・聖剣士の証であるグリップの紋章が浮かんでいた事に・・。


彼は・・・マシューでは無かった・・・。

半分打ちのめされたかのように私は何処へ向かっているのかも分からずにやみくもに歩き続けていた。

心の中ではどこかで私は期待していた。彼は・・・マシューなのでは無いかと。鉄仮面の下にあるその素顔は愛する彼に違いないとずっと心の片隅で思っていた。

だが・・・現実は違っていた。

あの剣士の右腕には聖剣士になれる証である紋章が浮き出ていた。でも・・マシューには紋章が無かった。その辛い現実は私を打ちのめすのには十分だった。


 それにあの時見た夢の世界では、仮面の剣士が愛する女性は真のヒロイン・・聖女なのだろうと私には思えた。

仮に・・・あの剣士がマシューだったとしても・・・彼が愛する女性は聖女なので、私の恋が成就する事は決して無い。

それなら反って・・・彼がマシューで無かったことは・・むしろ喜ぶべき事だったのかもしれない。


 だけど・・・どうしてこんなに涙が溢れ出てきてしまうのだろう?それ程私は彼があのマシューに違いないとずっと心の何処かで期待していたのだろうか・・?

ねえ、マシュー。貴方は・・・・本当にまだ生きているの?それともやはり死んでしまってこの世界の何処にも存在していないの・・?


 その時・・・背後で誰かが駆け寄って来る気配を感じ、次の瞬間私は抱きしめられていた。


「あ・・・。」


驚いて振り向くと、逆に彼は私の顔を見て驚いた様に身体をビクリと震わせた。

そして彼は私の泣いてる顔を指でそっと拭うと、強く抱きしめて来た。


知っている。・・・私はこの腕の中を・・・。でも、どうして?

貴方はマシューでは無いのに・・・どうして私はこの温もりを覚えているの・・?

貴方は・・一体誰なの・・・?でも・・今はもう何も考えたくない・・・

そして私は彼に縋りつき・・・涙が枯れるまで泣き続けた―。




2


 半日後・・・デヴィット達と『ワールズ・エンド』で合流した私達はお互いにこれまでの経過を報告し合った。


「結局・・・この門をどうすれば修繕出来るか色々な方法で調べてみたが・・分からなかったんだ。すまない、何も出来なくて。」


デヴィットは頭を下げた。


「いいえ・・・。こんな事・・きっと前代未聞だと思うので・・・仕方が無いですよ。」

何せ、この原作者の私が門を壊された場合の話なんて、そもそも前提に置いていなかったから、修繕方法なんて不明なのは当然だ。

でも、ひょっとしたら・・・。


「全く・・・それにしても・・門の封印を解くなんて・・・本当にソフィーは最悪の人間だっ!」


ダニエル先輩がイライラしながら言う。


「やっぱりこの門の封印を解いたのは・・・ソフィーだったのですね?」

私はダニエル先輩に尋ねた。


「さあ・・・これは僕の只の勘だよ。でも絶対あの女以外は考えられないってっ!」


ダニエル先輩の言葉に異を唱える人物はその場に誰もいなかった。


「そう言えば・・ソフィーの奴は一体何処へ行ったんだ?」


アラン王子が誰に言うともなしに口を開いた。


「門を開けたと言う事は・・・そのまま魔界へ行ったのかもな。」


ヴォルフが腕組みをしながら言った。


「えええっ?!い、いくらソフィーでも・・あ、あんな暗闇の世界に覆われた魔界へ行くなんて・・。」

私は自分が初めて魔界へ行った事をを思い出していた。


するとヴォルフが言った。


「いや。ジェシカ・・・。それは違うな。今は・・・この門の奥は深い霧で何も見えないと思うが・・・門を抜けるとすぐに第1階層へ続くわけじゃないんだ。まず、ここを通り抜けると、霧が立ち込める空間に出る。そしてそこを抜けると・・・今度は『七色の花』が咲いている魔界の花畑が広がっているんだ。・・少しだけならここの世界『ワールズ・エンド』に似ているかもしれないな・・・。そのソフィーと言う女・・・何処かで隠れているんじゃないか?」


「隠れている・・・か。うん。確かにあの女ならやりかねないかもねっ!」


ダニエル先輩が同意した。


「しかし・・あの女・・・とうとうここまで頭がいかれてしまったんだな。魔界の門の封印を解くなんて・・・。何故だ?」


デヴィットが首を傾げる。

ソフィーが魔界の門の封印を解く・・・もし理由があるとしたら恐らくは・・・。


「・・・私に対する嫌がらせ・・かもしれません。」


全員の視線が私に集中する。


「皆さんも・・・ひょっとしたら私の裁判の様子を見たかもしれませんが・・・ドミニク様と皆さんのお陰で私の処分は見合わせる事になりました。ソフィーは・・私を処刑したがっていましたけど・・・。もしかすると・・門の封印を解いたという濡れ衣を着せて私を裁きたいのかもしれません。」


「ああ、お前に処刑の判断をあいつが下した時は本当に驚いたし・・・どれ程お前を心配した事かっ!」


アラン王子が言いながらどさくさにまぎれて抱き付いて来た。


「「「ジェシカに触るなっ!!!」」」


それをデヴィット、ダニエル先輩、ヴォルフから引き離されるアラン王子。

う~ん・・こういう時だけ息ぴったりだ。


「だけど・・・本当に何処かに隠れているのかな?それとも・・・他にソフィーが行きそうな場所・・心当たりは無いの?アラン王子は?」


ダニエル先輩はアラン王子を振り返り、質問した。


「いや・・・俺には何も心当たりはない。」


「あの・・・貴方は何かソフィーの行き先について心当たりはありませんか?」


私は皆から少しだけ距離を置いている鉄仮面の彼に尋ねたが、彼も黙って首を振るのみだった。

するとその様子を見ていたデヴィットが私の側に来ると言った。


「おい、ジェシカ・・・。本当にあいつを信用しても大丈夫なのか?・・・言っておくけど俺達はあいつに酷い目に遭わされたんだぞ?」


デヴィットはまだ彼を疑っている様だったけども・・・私には確信があった。


「大丈夫です、彼は・・・信用に値する人物です。・・・私が『ワールズ・エンド』でうっかり眠ってしまった時・・彼は私が安全でいられるように小さな洞窟を見つけて、そこに隠してくれたんですよ。」

鉄仮面剣士を見ながら私は言った。


「・・・そうだな。俺も・・・あいつを信用するぜ。」


意外な事に私の意見に賛同したのはヴォルフだった。


「ヴォルフ・・・。」


「俺は・・・いつだってジェシカの味方だ。お前があいつは敵じゃ無いって言うなら、俺はその意見に従うまでだ。」


そして爽やかに笑うと、デヴィットがムッとした様子で言った。


「な・・・何だよ。お前・・・1人だけ、いいカッコ見せやがって・・・。」


う~ん・・・。やはりこの男性陣は・・・全員仲が悪そうだ。こんなんで見張りの当番をやっていけるのだろうか?


「あの・・・次の見張りは誰がやるんですか?」


私が尋ねるとヴォルフが言った。


「いいぜ、俺が1人でやるよ。」


「ヴォルフ・・・お願いしても大丈夫なの?と言うか・・・昨夜は眠ったの?これから半日の間・・・ずっと起きていないとならなくなるけど・・・?」


心配そうに尋ねるとヴォルフが言った。


「ジェシカ・・・俺を心配してくれるんだな?・・・嬉しいよ。」


そして抱きしめて来た。


「おい!貴様!どさくさに紛れてジェシカに抱き付くなっ!」


アラン王子がヴォルフの肩に手を置くと言った。


「ああ、そうだっ!ジェシカは俺の聖女だっ!」


デヴィットが言う。


「違うっ!俺の聖女だっ!」


すかさず反論するアラン王子。


「だからーっ!僕はジェシカ以外の女性は受け付けないって何回同じ事言わせるんだよっ!」


ダニエル先輩が応戦し・・・そこでヴォルフを交えた4人が口論を始めてしまった。

ああ・・・こんな一大事な時に・・・。私は溜息をつくと、鉄仮面の剣士に言った。


「あの・・・それでは彼等にここを任せて、そろそろ神殿の方へ戻りませんか?私は休ませて貰ってしまいましたが・・ずっと寝ずの番をしていたのでお疲れでしょう?仮眠を取った方がいいと思いますので。」


すると私の言葉を聞いた彼は頷いたので、私達はまだ門の前で揉めている彼等を残して一足先に神殿へと戻る事にした。


 神殿には怪我をして逃げ込んだソフィーの兵士や聖剣士達が大勢いた。

皆痛々しい怪我を負っていたが、市に関わる程の大怪我を追っている人物は今のところいないようにも見えた。

神殿に着くと私は彼に言った。


「今日は本当にお疲れさまでした。それでは・・・また12時間後に『ワールズエンド』を繋ぐ門の前でお待ちしていますね。」


頭を下げて立ち去ろうとすると、何故か彼に右腕を掴まれ、引き留められた。


「あの・・何か?」


尋ねると、彼は首を横に振る。ひょっとして・・・・


「・・・行くな・・・と言う意味ですか?」

すると彼は首を縦に振ると、そのまま私の右腕を握りしめたまま歩き出す。

え・・・?一体何処へ・・・?

「あ、あの・・・何処へ行くんですか?」

彼は私の腕を掴んだまま、神殿の廊下を歩いていく。そして一つの扉の前に着くと立ち止まった。

「?」


彼は私の腕をつかんだまま扉を開けて、中へ引き入れた。

そこは広さが約6畳ほどの部屋になっていた。粗末な木のベッドに2つの木の椅子とテーブル・・・そしてタンスが置かれている。もしかすると・・・?


「ここは・・・貴方の部屋ですか?」


すると黙って頷き、紙とペンを持って来ると何やら文字を書いて私に見せて来た。


『危ないから、この部屋にいろ』


「危ない・・・?あ、ああ。魔物の群れが襲ってくるかもしれないから・・・1人になるなって事ですね?」


すると彼はこくりと頷く。

確かに・・・いつここに第一階層の魔物達が現れるか分かったものでは無い。

目の前にいるこの聖剣士は・・・私の聖剣士では無いが、彼は私を守ってくれた。


「はい・・・それでは・・この部屋に置いて下さい。」

私は頭を下げると、彼は安堵したのか、ため息をついた。

そして私は12時間後まで彼と過ごす事になった―。




3


部屋に入ると、彼はマントを外して鎧を脱ぐとテーブルに置いた。ひょっとすると・・着替えをするのだろうか?


「あ、あの・・・着替えるんですか?」


すると黙って頷く彼。


「ああ。それなら着替えが終わるまで部屋の外で待っていますね。」

そう言って出て行こうとすると肩を掴んで引き留められた。

「危ないから・・・ここにいろって事・・・ですか?」

尋ねると、やはり頷く。

・・ひょっとすると・・・この神殿の中は危ない場所なのだろうか・・・?だけど・・。着替えをしている男性と同じ部屋にいるのはやはりまずいだろう。

「大丈夫ですよ、ほんの少しの間ですから・・・。」

ドアノブを回して出ようとすると、彼はドアの前に立ちふさがり鍵をかけると何やらメモを書き出した。


『ここにいる兵士たちは皆危険だ。女が1人でいると何をされるか分からない』


私はそのメモを読んで衝撃を受けた。そ、そんな・・・。それなら絶対に1人にはなれない!

「わ・・分かりました。この部屋にいさせて貰います。」

すると彼はフウと溜息をつくと再びメモを書いてよこした。


『絶対に部屋を出る時は声をかけろ』


「はい、分かりました。」

頷くとようやく納得してくれたのか、彼は着替えを出してくると背中を向けて服を脱ぎ始めた。

私は慌てて彼に背中を向けて椅子に座り、静かに着替えが終わるのを待っていた。

そして少し待った後に肩を叩かれた。振り向くと彼は白いシャツに茶色のボトムスというラフな格好に着替え終わっていた。ただ・・やはり鉄仮面は被ったまま。


「その仮面・・・苦しくないですか?」


すると彼はメモを書いて渡す。


『初めは苦しかったけど、もう慣れた』


そんな・・・慣れたなんて・・・・・嘘に決まっている。だってこのマスクのせいで水も食事も口にする事が出来ない。いくら喉の渇きも飢えも無いと言われても・・辛いと思う。寝る時だって外す事は出来ないのだ。そしてソフィーに歯向かえば鉄仮面に締め付けられて苦しめられる。

記憶も無くし、言葉も話せなくなってしまった彼の心境を想うと・・・気の毒でならない。このマスクのせいで・・・声を奪われ、彼女は愛しい聖女に愛を囁く事だって出来ないのだ。なんて可哀そうな・・・。

 思わず涙ぐむと、彼は困ったようなしぐさをみせ・・・そっと私を抱き寄せ、頭を撫でて来た。

まるで慰めているかのように・・・。

ああ・・・・でも、やっぱり私はこの腕の中を・・・この温もりを覚えている。

でも、この人はマシューでは無い。・・・だってこの人には紋章がある。

それなら一体・・・貴方は誰なの・・・?でも駄目だ。この人の腕の中は・・私の物では無い。

「あ、あの・・・すみません。泣いたりして・・・もう大丈夫ですから。」

言いながら軽く押すと彼は静かに後ろに下がる。


「お疲れでしょうから・・・どうぞ私に構わずベッドで横になって下さい。大丈夫です。何処にも行きませんから。」


そして椅子に腰かけた。

彼はそんな私を少しだけ見つめていたが・・やはり疲れているのだろう。

ベッドに入ると、何故か私の方を見つめている。


「・・・どうかしましたか?私がいると・・寝にくいですか?それなら貴方の視界に入らない場所に移動しますよ?」

そう言ってタンスの陰に椅子を持って行こうと立ち上がると、手首を捕まえられた。

・・・引き留めているのだろうか?


『ここにいろ』


彼はメモを寄こしてきた。

・・・やっぱり彼は・・マシューでは無いだろう。彼はこんな不愛想な話し方をする人では無かったから。

「はい。分かりました。ここにいます。」

ニッコリ笑って言うと、ようやく彼は安心したのか少しだけ身じろぎすると・・・すぐに寝息が聞こえて来た。

・・・余程疲れていたのだろう。無理もない・・・・12時間も寝ずに、魔物と戦ったのだから。

「お休みなさい・・・。」

私は眠っている彼にそっと呟いた。


・・・それにしても・・・特にする事も無いし、私も正直に言えば疲れている。

少し寝かせて貰おう・・・。

私は机に突っ伏すと・・そのまま眠ってしまった。


 ああ、温かいな・・・。

ドクドクドクドク・・・・規則正しい心臓の音と、すぐ側で誰かの寝息が聞こえる。

何だかすごく安心する・・・。誰かの腕に抱かれているような感覚を覚える。

だから私は自分からその誰かに擦り寄り・・再び深い眠りに就く・・。


「う・・・ん・・・。」

気が付くと私は布団の中にいた。少しの間は自分の身に何が起こっているか理解出来なかった。

え・・・と・・・確か椅子に座ったまま机の上に突っ伏して・・そこから先は・・?

だけど今はベッドの中。しかも誰か人の気配を感じる。

ま・・・まさか!慌てて飛び起きると、私は仮面の剣士と同じベッドで眠っていたらしい。

そして彼の方は未だにぐっすりと眠っている。

慌てて時計を確認すると、あれから6時間以上経過していた。そ・・・そんなに私は眠っていたんだ。もしかして・・・テーブルに伏して眠っていた私を彼が自分のベッドへ運んできたのだろうか?自分から彼のベッドへ入り込むなんて事はとてもあり得ない。

その時、突如隣で眠っている彼が苦し気にうめき声を上げ始めた。

・・・ひょっとすると・・何か夢を見てうなされているのだろうか?


「うううう・・・。」

彼は苦し気に仮面に手を掛けた。・・・まさか・・仮面を・・・外そうとしてる?

そんな事をしたら・・・!


「駄目ですっ!」

必死で彼の両手を押さえる。仮面をはずそうとしたら、彼は・・・また頭から出血してしまうかもしれない。

それでも彼は苦し気に仮面から手を外さない。とても・・・私の手では抑えきれそうにない。


「お願い!やめて!」

私は必死になって彼に抱き付いて耳元で訴えた。


「お願い・・・仮面から手を外して。また貴方が苦しむ姿を・・・もうこれ以上見たくは無いの・・・。だから・・・お願い・・・っ!」

これはきっと仮面にかけられた呪いだ・・・。ソフィーは彼を手放した後も・・この仮面を被せ、彼を呪いで苦しめているのだ。

私は彼の上に乗って押さえつける形になっていた。・・・そうじゃ無ければとてもでは無いが私の力では彼を押さえられなかったからだ。

それでも彼はうめき声をあげて暴れるのをやめようとしない。

ひょっとすると・・・彼はほぼ毎日このように苦しめられていたのだろうか?あの時私は夢で見た光景が蘇って来る。

聖女は歌を歌って彼の治癒をしてあげていた。だけど・・・私は彼女では無い。

私には・・・今苦しんでいる彼を助けてあげる手段が無い。本当に・・・私はこの世界で・・なんて役立たずの人間なのだろうか・・・。


「ごめんなさい・・。」

何時しか私は暴れる彼を押さえながら泣いていた。

「こんなに・・・貴方が苦しんでいるのに・・・今の私は何も貴方にしてあげる事が出来ない・・。本当に・・・ごめんなさい・・。」

私の涙が彼の被らされている仮面にポタポタと垂れていく。

その時・・・私の涙が彼のマスクの隙間から流れ落ちていき・・・。

突然彼の仮面が光り輝き始めた。

「あ・・・!な、何これ・・・っ?!」

余りの眩しさに目が開けていられない。思わずぎゅっと目を閉じて・・・やがて徐々に光が消えていくのを感じ・・・ようやく私は目を開けた。

すると・・・あれ程暴れていた彼が今は穏やかな寝息を立てて眠っている。


「え・・・・?な、何?治まった・・の・・・?」

私は彼を覗き込むが・・・先程の暴れていたのがまるで嘘の様だった。


「良かった・・・。兎に角今は落ち着いて・・・。」

だが・・・いつまでも彼をこのままにしておくわけにはいかない。

一刻も早く人間界と魔界を結ぶ門の修繕方法と・・・。


「彼の仮面を外す方法を見つけないと。」


私は眠っている彼の右手を握りしめた―。







4


「あ・・・。」


突然彼の手を握りしめていると、相手から握り返してくる気配を感じられた。

恐る恐る覗き込むと彼は頭を動かして私に視線を送っている。


「あ、あの・・・目が覚めたんですか?」

尋ねると、コクリと首を振る。そして彼は起き上がると、メモを書いてよこしてきた。


『ありがとう、お前のお陰で助かった』


メモにはそう書かれていた。

「え・・・?気が付いていたんですか・・・?」


すると彼は首を縦に振る。


「私は・・・何もしていませんよ。あの時だって何があったのか分かっていませんし・・・。あ、そう言えば・・貴女の聖女は確かアメリアでしたよね?彼女は・・・今何処にいるのか・・・心当たりはありませんか?」


しかし彼は何故か無反応だ。そして何かメモを書き始め、私に手渡してきた。


『俺を手当てしてくれた女性の名前は分からないし、彼女は俺の聖女では無い。」


「え・・?で、でも・・・貴方の傷を・・歌を歌って治してくれていた女性は・・・その女性ですよね?」


「・・・。」


しかし彼は首を捻り、メモを書いて渡してきた。


『歌を歌って治して貰った事はない。彼女はいつも血を拭きとって、熱を持った身体を濡れたタオルで冷やしてくれていただけだ。』


う~ん・・・。なんか少し夢と違うような・・・?それともあの夢はこれから起こる未来の夢だったのだろうか?


「すみません。私の勘違いだったようですね。では今の貴方には聖女はいないと言う事ですね。」


「・・・。」


しかし彼は何か考え込んでいるかのようにだ俯いている。そして何かメモを書き始めた。


『お前は聖女なのか?』


「え・・・?」


彼はじっと私を見つめている。

「は、はい・・・。一応は・・そうみたいですけど・・・?」


『それなら俺の聖女はお前だ』


困った・・・。この人は・・私が聖剣士全員の聖女だと・・思っている。

「あ、あの・・・私は・・・聖剣士全員の聖女では・・・無いんです。これは聞いた話なのですが、聖女にも2種類あって・・・聖剣士全員の聖女になれるだけの力を持つ女性と・・・強い絆で結ばれた関係の・・・特定の相手だけの聖女に慣れる女性の二通りがあるそうで・・・私は後者の方です。」


彼は暫く考え込んでいたようだが・・・・再びメモを書いて渡してきた。


『それなら俺もお前の聖剣士にさせてくれ。もっと強くなりたいから』


私はそのメモの内容を読んで仰天した。きっと・・・この彼は聖女付きの聖剣士になると言う事がどういう事なのか・・・・理解していないのだろう。でも・・・何故そこまで彼は強さを求めるのだろう?今だって十分強いのに・・・。


「あ、あのですね・・・。聖女を持つ・・・と言う事は簡単な事では無いんですよ。大体・・・お互いに理解し合い、尚且つ同意の元で・・・。」

って何を言っているのだろう、私は。終いに自分で何を言いたいのか分からなくなってしまった。

「と・・・とにかく貴方と私では・・・無理ですよ。それに・・貴方には大切な方がいるでしょうから・・・。」

そこまで言うと私は椅子から立ち上った。


「アメリアさんを・・・一緒に探しに行きませんか?」



 私と仮面の剣士は森の古城へとやってきていた。この城も・・・魔物達に踏み荒らされたであろう痕跡が至る所に残されていた。

建物が崩れた場所・・・破壊された階段に大きく穴が空いた床に天井・・・。


「ここを襲って来た魔物達はどうなったんだろう・・・。」


城の中へ足を踏み入れた私は見るも無残な光景を見て呟いた。


すると彼はメモを渡してきた。


『この城を襲って来た魔物の群れは俺が全て倒した』


「え・・?貴方が魔物を・・あの・・第一階層から現れた恐ろしい異形の魔物の群れを・・・。」

私は彼を改めて見つめた。

鉄仮面の奥に見えるその目は・・・何処か懐かしさを感じる。知っている・・・。私は絶対にこの人を知っている。でも・・貴方は誰なの・・?


『どうした?』


彼は筆談で私に尋ねてきた。どうしよう・・・。彼は・・自分の記憶が全く無いと言っていたけど・・・。でも・・・無駄とは思いつつも私はどうしても確認してみたかった。


「あの・・・貴方は・・ひょっとして私の事を・・・知っていますか?」


彼はじっと私を見つめていたが・・・無言で首を振った。ああ・・やっぱり・・・。でも・・・本当は私達は既にお互いの事を・・良く知り合った仲なのではないだろうか・・?でも、それを確かめる術は・・・何も無いのだ。仮面の下の素顔さえ確認出来れば・・・全てがはっきり分かるのに、無理に外そうとしたり、外す事を考えただけで、ソフィーがその鉄の仮面にかけた呪いが発動する。 

 どうして?どうしてソフィーはここまで酷い事をこの彼にしているのだろう?

彼はそれ程ソフィーの逆鱗に触れる事をしてしまったのだろうか・・?

目の前の彼が不憫で、再び私の目に涙が滲む。


「・・・・。」


涙を浮かべている私を彼を見て戸惑っている気配が伝わって来る。


「あ・・。ご、ごめんなさい。」

涙を拭うと、彼に背を向ける。すると彼がそっと私の事を背後から遠慮がちに抱きしめて髪に顔埋めてきたのが分かった。

その時・・・私は気付いてしまった。彼は・・・仮面の下で泣いている。

どうして・・どうして彼は泣いてるの?やっぱり・・無くした記憶の中に・・わたしがいるの・・・?


 そして暫く私達は崩れ落ちた城の中で彼に背中から抱きしめられる形で・・・立っていた―。



「こんなに崩れ落ちた城の中では・・・アメリアさんがいるとは思えませんね。」


私達は瓦礫に埋もれた古城の内部をアメリアの姿を求めて歩き回っていた。


「・・・彼女の事が心配ですよね・・・。貴方の愛する女性なのですから。」


すると前方を歩く彼が急にピタリと足を止めて振り返った。


「・・・・。」


彼は何か言いたげな様子で立っている。 


「?どうかしましたか?」


首を傾げると、彼はメモを取り出し、サラサラと書くと何故か押し付けるように私にメモを渡してきた。


『違う、お前が探している女は俺が愛している女では無い』


「え・・・?」

私は思わず手渡されたメモと彼を交互で見る。そうか・・・。

やはり私が見たあの夢は・・ここから先の未来の夢なのかもしれない。それとも、只の夢だったのか・・・。いずれにしろ勘違いしてしまったのだから謝っておかないと。

「すみません。変な事を言ってしまって・・・。」


すると、彼は一瞬私の髪に触れ・・・すぐに手を引っ込めると再び瓦礫の中を歩き始めた。

だけど・・・私は大きな穴が空いている天井を見上げて思った。

とてもこんな場所にアメリアが居るとは思えない。もしかすると・・他にソフィーは隠れ家を持っていたのだろうか・・?


「あの・・・すみません。ソフィーは神殿とこの城以外に・・どこか別に拠点を持っていませんでしたか?」


彼は暫く考え込んでいたが・・・何かを思い出したかのように顔を上げた。


『俺は行った事は無いが、噂によるとこことは別に湖のほとりに小さな城があり、そこによくソフィーが出掛けていたという話を耳にした事がる。』


彼が渡してきたメモを見て、私は思った。ひょっとするとソフィーはアメリアをその城に移したのでは無いだろうか?


「あの・・・探してみませんか?その城を・・・。手掛かりは湖ですよね?私・・・絶対に彼女を見つけ出したいんです。きっとアメリアなら・・・彼女さえ見つかれば今の現状を打破できると思います。」


私は仮面の騎士を見上げると言った。

・・・私の中では確信があった。夢で見た人物は・・・アメリアでは無かった。でも私には分かった。

そう、本当の聖女は・・・アメリアだと言う事が―。



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