第6章 5 聖女の祝福と謎の聖剣士
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『ワールズ・エンド』へ到着した私達は目の前に広がる光景を見て息を飲んだ。
美しかった平原は無数の醜い魔物達によって踏み荒らされ、森の木々は破壊の限りを尽くされていた。
そして一番恐れていた事・・・それは人間界と魔界を繋ぐ『門』が無残に破壊されていた事だった。
『門』の付近では大勢の聖剣士達と神官、そして何処から来たのか魔術師の姿をした者達や・・・腕に覚えのある学生達が必死になって魔物の群れを相手に戦っていた。中には見知った学生の姿もある。
<くそ・・っ!一足遅かったかっ!門が・・・破壊されているっ!>
ヴォルフが悔しそうに言った。
「あ・・あれじゃもう・・・魔界と人間界を閉じる事なんて出来ないじゃ無いかっ!」
ダニエル先輩も悲鳴じみた声を上げた。
「そ、そんな・・・・。門が・・・門が壊されるなんて・・・・。」
知らない、私は・・こんな話知らないっ!ここは私の作り上げた小説の世界だったはず・・・・。私は小説の中でこんな話は書いていない。『門』が破壊される事なんてそもそも前提に考えた事すらなかった・・・っ!
<偶然かもしれないが・・・もしかすると第1階層に落とされた・・・高位魔族が・・まだ自我が残っていてあの門を破壊したのかもしれない・・・っ!>
ヴォルフが悔しそうに言う。
「そ、そんな事よりも早く・・速く魔物達を倒さないとっ!ここで僕たちが食い止めなくちゃ、『ワールズ・エンド』から人間界へ魔物達が飛び出しちゃうよ!そんな事になったら・・魔力を持たない人々が・・・・っ!」
そう、ダニエル先輩の言う通りここで魔物を食い止めなくては人間界へ魔物達が溢れてしまう。そうなると・・・この世界は・・・っ!
<ジェシカッ!やはり・・・お前はここにいたら危険だっ!何処か安全な場所へ身を隠さなくては・・・っ!>
ヴォルフが私に言う。
「そ、そんな事言ったって安全な場所なんて何処にあるのさっ!僕達の側にいた方がかえって安全なんじゃ無いかっ?!」
「「ジェシカーッ!!」」
するとそこへ遅れてデヴィットとアラン王子が馬に乗って駆けつけて来た。
「ジェシカ、大丈夫だったか?!」
デヴィットは馬からヒラリと飛び降りて、駆け寄って来ると私を強く抱きしめて来た。
「「おい!ジェシカに触るなッ!!」」
・・・こんな場面でも相変わらずなアラン王子とダニエル先輩。
そしてデヴィットが言った。
「ジェシカ・・・必ず俺が守るから・・・絶対に俺の側から離れるな。いいか?」
<お、おい!魔法が使えないジェシカをここに留めておくつもりなのかっ?!正気かっ?!>
ヴォルフが焦ったように言う。
「勿論・・・正気だ。何故ならジェシカは・・・俺の聖女なのだからなッ!聖女がいる聖剣士は・・・誰よりも強くなれるんだっ!」
「ああ・・・そう言えばそうだったよな。ジェシカ。お前も・・・俺の聖女だ。だから・・絶対に俺達の側から・・・離れるなよ?」
アラン王子も言う。
そしてデヴィットとアラン王子が剣を引き抜いた。
デヴィットが言う。
「ジェシカ・・・これは聖剣士だけが持つ事の出来る剣だ。これに・・・聖女であるお前の祝福を授けてくれ。」
「ああ、俺の剣にも頼む。」
アラン王子も私に聖剣士の剣を差し出してきた。そして・・・気が付いてみると私の左腕と、デヴィットとアラン王子の右腕がいつの間にか光り輝いている。
「剣に祝福を授けるって・・・一体どうすればいいのですか?」
震える声で2人に尋ねた。
「「この剣に聖女の口付けを与えてくれ。」」
デヴィットとアラン王子が同時に言う。剣に口付けを・・・?良く分からないまま私は2人から剣を受け取り、試しにそれぞれのグリップに口付けをし、2人に手渡した。
すると・・・今まで何の変哲も無かった剣が突然青白く輝きだした。
え・・・?
これは一体・・・?
デヴィットは剣を構えると言った。
「・・・聖女によって新しい命を吹き込まれた・・・『祝福の剣』だ・・。聖剣士の言い伝えになっていたが・・・まさか俺がこの剣を手にする事が出来るとはな。」
デヴィットは光り輝く剣を握りしめると言った。
「ありがとう、ジェシカ・・・。お前に出会えて本当に俺は恵まれている。」
「ああ、そうだな。ジェシカ。やっぱり俺とお前は切っても切れない絆で結ばれているって事だ。ジェシカ。全て終わったら・・・結婚しよう。」
アラン王子がどさくさに紛れてまたもやおかしな事を言っている。
「「「それは駄目だっ!!」」」
いつの間にか元の姿に戻っていたヴォルフも交えて声を揃える3人。
・・・こんな時でも・・・彼等は相変わらずだ。
「ジェシカッ!俺とアラン王子から・・・絶対に離れるなよ?」
デヴィットが言う。だ、だけど・・・。
「あ、あのっ!私が側にいたら自由に戦えないじゃないですかっ!私・・・はっきり言ってお荷物状態ですけど?!」
慌てて私は叫ぶ。私がこんな事を言うのは訳がある。何故ならデヴィットは私を自分の肩に担ぎ上げているのだから。・・・いわゆるお姫様抱っこでは無く、お米様抱っこである。
「大丈夫だ。絶対に落とさないから安心しろ。」
「そ、そんな・・・安心なんて出来るはずないじゃないですかっ!」
「そうだ、デヴィット。お前・・・ジェシカの担ぎ方がなっていない。俺の方が上手に担ぎ上げる自信がある。さあジェシカ。俺の方へ来い。デヴィットよりも安定感のある担ぎ方をしてやるぞ?」
笑顔で私に両手を広げるアラン王子。
「ヴォ・ヴォルフ・・・・。」
私は涙目になってヴォルフに助けを求めた。
「そうかそうか、やっぱりジェシカは俺が一番いいんだな?よし、分かった。さあ、こっちへ来いよ。ジェシカ。」
ヴォルフはニコニコしながら両手を広げた。
「と言う訳で降ろしてください、デヴィットさん。」
私が言うと、彼は心底傷ついた顔をする。
「ジェ、ジェシカ・・・。お、お前は・・聖剣士よりも・・・魔族の男の方が・・いいのかっ?!」
「そうだっ!ジェシカッ!人間は人間同士で一緒になる方がお互いの為なんだぞっ!」
またもや訳の分からない持論を言うアラン王子だが・・・・。
「どうか、私の事は気にされずに魔物達と心置きなく戦って来てくださいッ!」
私はヴォルフにしがみ付きながら言った。
冗談じゃないっ!あんな担がれ方をしたら2人とも危ないに決まってるっ!オオカミの姿になれるヴォルフの側にいるのが一番安全だ。
「くっそ~ッ!い・・・いくぞっ!アラン王子!ダニエルッ!」
デヴィットは剣を構えて馬にまたがると魔物の群れへ向かって馬を駆ってゆく。
「だから、俺に命令するなと言っているだろうッ?!」
アラン王子も馬に飛び乗ると後を追って行った。え・・・?馬に乗って・・・?なら最初から私を担ぎ上げる必要は無かったんじゃないの?!その事に2人とも気が付かないなんて・・・・。私は呆れて2人の背中を見送った。
「おい、確か・・・ダニエルだったか?お前は行かなくていいのか?」
ヴォルフがダニエル先輩を見て言った。
「いやだなあ~。僕は君の背中に乗ってここまで来たんだよ。馬なんか無いから彼等と一緒には行けないよ。と言う訳だから・・・」
そしてヴォルフを正面から見ると言った。
「さあ、早くオオカミの姿になって僕とジェシカを君の背中に乗せてよ。」
そう言ってニッコリ笑う。
「ま・・・全く・・・この魔族である俺にそんな口を利くなんて・・・人間のくせに・・・大した男だな。お前は・・・。」
ぼやきながらも一瞬でオオカミの姿へ変身するヴォルフ。そして私とダニエル先輩を背中に乗せると言った。
「いいか、振り落とされないようにしっかり掴まっているんだぞ?」
ヴォルフの言葉に私とダニエル先輩は頷く。
<よし・・・それじゃ行くぞっ!>
ヴォルフはオオカミの遠吠えをすると物の群れの中へと突っ込んで行った―。
2
大勢の聖剣士や学生達が魔物達の群れと戦っている最中、私とダニエル先輩を乗せた巨大なオオカミが現れると、途端に悲鳴が沸き起こった。
「うわああっ!また・・・新たな魔物がっ!」
「くそっ!こいつ等だけで精一杯だって言うのにっ!」
私達を敵と勘違いする人々が騒ぎ始めた。
<チッ・・面倒な・・・!おい!そこにいる人間共っ!俺はお前達の加勢に来たんだっ!全員耳を塞げッ!>
頭の中に直接話しかけて来るヴォルフの思念に皆は驚愕した。
「なんだっ?!魔物が頭の中で話しかけてきたぞっ?!」
「て・・敵じゃ無いのか?!」
聖剣士と学生達は半分パニックになっている。そこへデヴィットとアラン王子が叫んだ。
「大丈夫だ!あの魔物は俺達の味方だっ!」
「言う通りに両耳を塞げッ!」
デヴィットとアラン王子の言葉に従い、その場にいた全員が耳を塞ぐ。
それを見届けたヴォルフが咆哮を上げた。
すると凄まじい衝撃波が起こり、知性の低い魔物達が次々と倒れ、その姿が灰になって崩れていく。
何とヴォルフはたった1度の咆哮で、その場にいた魔物の群れを一掃してしまったのだ。
「すごい!ヴォルフ・・・。やっぱり貴方は頼りになるのね。」
私が感心して拍手をすると、ヴォルフは言った。
<ああ、そうだ。ジェシカ。俺は頼り甲斐があるだろう?だから選ぶなら俺にしておけよ。>
またまた本気なのか冗談なのか、ヴォルフが妙な事を言った。
そしてそれを聞いたデヴィット達がまた騒ぐ。
「おい!ふざけるなッ!ジェシカは俺の聖女だぞっ?!」
「違うっ!俺の后になるんだっ!」
「僕の領地に来るんだってばっ!」
そしてこの非常事態に再び彼等は口論を始める。ヤレヤレ・・・。
そんな私達の様子を遠巻きに眺めていた聖剣士や学生達は怪我の治療や、身体を休めたい等との理由で全員神殿に戻り、残されたのは私達のみとなった。
オオカミの姿から元の魔族の姿へ戻ったヴォルフが言った。
「・・・どうする?今のところ・・人間界へ現れた第1階層の魔族達は多分・・・一掃したと思うが、こんなに門が破壊されてしまっては・・・。封印する事なんか出来ないぞ。それにまたいつ魔物の群れが出現するかもしれない。」
「交代でこの門を見張るしか無いんじゃ無いの?魔物が現れたらまた倒すしかなでしょう?」
ダニエル先輩が言う。
「いや、しかしそれではキリがないだろう。根本的解決には至っていない。」
デヴィットが言う。
「そうだな・・・。この門をもう一度元の姿に戻して、完全に門を閉ざさなければ・・・意味が無い。」
アラン王子が腕組みをしながら言う。
「だ、だけど・・・こんなに大きな門を・・・作り直すなんて。大体・・どうすればこの門を作る事が出来るのですか?」
・・・情けない事にこの小説の原作者である私が・・・何の解決策も見いだせないなんて・・・ッ!」
「俺が・・・第一階層で・・あいつらが人間界へ出てかないように見張れればいいのだが・・・。」
ヴォルフの言葉を私は遮った。
「駄目よっ!ヴォルフッ!貴方はもう魔界へ戻らないでっ!だ、だって・・・もし魔界へ戻ったら・・・今度こそ・・命を狙われてしまうに決まってるっ!死んで欲しくないのよ・・・。ヴォルフ・・・。」
思わず涙ぐんでしまった。
「ジェシカ・・・。そうだったのか?お前はやっぱりそこまで俺の事を思って・・・?」
ヴォルフは嬉しそうに笑うと、突然私をきつく抱きしめて来た。
「「「おいっ!ジェシカから手を離せっ!」」」
デヴィット達が同時に叫ぶ。
「おい、ジェシカは俺の聖女だ。お前などにはやらないぞっ!」
デヴィットがヴォルフを指さしながら怒鳴る。
「いーや、違うっ!ジェシカは俺の国へ来るんだっ!」
「来るのは僕の領地だよっ!!」
「駄目だっ!ジェシカは誰にもやらないっ!」
とうとうヴォルフまで参戦してきて口論が始まる。う・・。こんな事してる場合じゃないのに・・・。
「皆さんっ!落ち着いて下さいッ!」
我慢できずに私は叫んだ。途端に静かになる4人。
「いいですか?今考えなくてはならない事は、どうすればこの門を修復し、元の姿に戻して門を閉じるかと言う事なのでは無いですか?仲たがいしている場合ではありませんよ?」
「「「「・・・・。」」」」
全員が私の言葉にシンとなる。
「兎に角・・今はいつまた他の魔物達が現れるか分からないので、ここで常に見張りを立てておかなければなりません。デヴィットさん、アラン王子。」
私は2人に声を掛けた。
「何だ、ジェシカ?」
デヴィットが返事をする。
「・・・申し訳ありませんが・・・聖剣士の方々に引き続きこの門の見張りを交代で行って頂けないか・・・お願いして頂けないでしょうか?」
「あ、ああ・・・。そうだな。よし、王子の俺が言うんだ。断る輩なんているはずが無いだろう。それじゃ早速あいつらを説得に行くぞ、デヴィット。」
「フン、いくらお前が王子でも・・・果たしてこんな状況の門の番をするような奴が出て来るとは思えないが・・・・。」
デヴィットはそこまで言うと私の方を向き、大股で近付いてくるとピタリと足を止めた。
「な、何でしょうか・・・?デヴィットさん・・・・?」
「他なるお前の頼みだ。何とか他の連中を説得してくるからな?期待して待っていてくれ、ジェシカ。」
私の両手を握りしめるとデヴィットは言った。
「フン、何だよ。カッコつけちゃってさ・・・。」
ダニエル先輩は珍しく剣の手入れをしながら冷たい視線でデヴィットに言った。
「うるさい、ダニエル。お前はそこで門番をしていろ。・・・せいぜい魔物にやられないようにな。」
不敵な笑みを浮かべるとデヴィットはアラン王子の後を追って神殿へと向かった。
『ワールズ・エンド』に残された私とダニエル先輩、ヴォルフは破壊されつくした門を見上げた。
「・・・それにしても信じられないよ。・・・まさか封印の門が・・・破壊されてしまうなんて・・・。」
ダニエル先輩がポツリと言う。
「そう言えば・・・ヴォルフ。フレアさんは・・・どうしたの?」
するとヴォルフが何か歯切れが悪そうに言う。
「い、いや・・・。実は・・フ、フレアは・・・。」
「・・・?」
何だろう?ヴォルフの様子がおかしい。
「どうしたのさ?言いたい事があるならはっきり言ったら?」
ダニエル先輩がヴォルフに言う。
「わ・・・分かった。正直に言うよ・・・。実はフレアのお腹の中に・・こ、子供がいて・・・。」
ヴォルフの言葉に私は目を見開いた。
「え・・ええええっ?!フ、フレアさん・・・あ、赤ちゃんが出来たの?!」
「あ、ああ・・・。そうなんだ。」
ヴォルフは尚も言い淀む。
「ふ~ん・・。それで父親は・・・君なの?」
ダニエル先輩は言う。
「えっ?!」
「ほ、本当なの?ヴォルフッ!」
嘘ッ!そんないつの間に・・・っ!
「違うっ!父親は俺じゃないっ!」
ヴォルフは喚く。
「え・・・?そ、それじゃ・・・まかさ・・・?」
私は声を震わせながら尋ねた。
「ああ・・・。父親は・・・ノアだ。」
ヴォルフの発言に一番驚いたのはダニエル先輩だ。
「う・・・・嘘だろうっ?!ノ・・ノアが・・魔族の女と?!そ、そんな・・・信じられないよ・・・。」
何故か腰を抜かしてしまうダニエル先輩。・・・どうしてそこまでショックを受けるのだろうか?もともとノア先輩は魔界にいた時にフレアにプロポーズをしている訳だし・・・・。
「お腹の中に赤ちゃんがいるなら、人間界へ来るのは無理だったかもね。でも・・ここにヴォルフが来れたって言う事は・・・呪いが解けたって事よね?・・良かった・・・。」
私が涙を浮かべながら言うと、ヴォルフは何故か曖昧な笑みを浮かべて笑うのだった・・・。
3
それから約1時間後・・・。
デヴィットとアラン王子が気落ちした様子で『ワールズ・エンド』へ戻ってきた。
「あ~あ・・・・。見てごらんよ、あの2人の様子・・・。きっと全員から協力を断わられたんじゃ無いかな?」
ダニエル先輩が妙に冷静な声で言う。
「ああ・・・。確かにそんな気がする。まあ・・・誰だって命が惜しいからな。無理も無いだろう。」
ヴォルフの言う事も最もだ。誰だって命は惜しい。今まで彼等が門を守っていたのはそこに魔物が現れなかったからだ。だからこそ・・いつ魔物が出現してもおかしくない世界に変わってしまった場所で・・・見張りなどやりたくは無いだろう。第一彼等はいくら『聖剣士』だと言っても、所詮は・・・まだ学生なのだから。
私達の元へ着くと、デヴィットが口を開いた。
「皆・・・すまなかった。必死で頼んでは見たのだが・・・誰も首を縦に振ってはくれなかったんだ・・・。これも俺の人徳不足だ。」
デヴィットは頭を下げた。
いやいや・・・それ以前に、デヴィット。貴方は聖剣士に選ばれたにも関わらず、聖女ソフィーに忠誠を誓わず・・あ、これは誓わなくて正解だったか。第一、聖剣士の訓練に一度も参加した事が無いのだから。誰も信頼なんかしないだろう。それなのに・・・聖剣士の姿で皆の前に現れて、説得しようって方がそもそも無茶だと思うのだけど・・・。でもその無茶ぶりをお願いしたのは私なのだ。
「くっそ~・・・・。あいつ等・・・この俺が王子なのを知っていてあんな態度を取るなんて・・・。こうなったら俺の国から兵を呼び寄せて、あいつ等を脅して無理や見張りをさせるしか無いか・・・。」
あのですね、アラン王子。初めから兵を呼べるのであれば、何も聖剣士達を脅すのに兵を使わないで、この場所で、門を見張って貰うのが一番効率的だと思いますけど?
とはいうものの・・・とても2人に今の私の考えを告げる事は出来なかった・・。
「ねえ、そう言えばさあ・・・ノアにグレイ・ルークは今どうしてるのさ?」
ダニエル先輩が何かを思い出したかのようにアラン王子とデヴィットに尋ねた。
「ああ。グレイとルークは町に魔物が現れても対処出来るように学院と町を繋ぐ門の前で待機している。ノアは学院の門を守っているんだ。」
「ふ~ん。そうなんだ。それじゃ後でノアと役割分担交換してこようかな。」
「うん・・・。ところであの男・・・。」
不意にヴォルフが背後を振り返った。
「え?」
私もヴォルフと同じように振り返り、息を飲んだ。なんとそこにはあの鉄仮面の人物が私達の方を見つめて離れた場所で立っていたのだ。しかも驚いたことに彼は聖剣士の姿をしている。
「ああっ!あの男は・・・!」
ダニエル先輩が声を上げた。
「うるさいっ!ダニエル!お前はまた女みたいな声をあげて・・・っ!」
デヴィットがダニエル先輩に文句を言う。う~ん・・どうやってもデヴィットはダニエル先輩を女性のように仕立てたいようだ。別に私から言わせるとダニエル先輩の今の声だって、全然女性らしくは感じなかったのだが・・・デヴィットにはそう聞こえたのだろうか?
「何だよっ!今の声の何処が女みたいなんだよっ!君はどうやっても僕を女の様な男にしたいみたいだなっ!」
・・・案の定、ダニエル先輩がデヴィットに文句を言う。いやいや、そんな事より、彼だ。あの鉄仮面の男性は・・・聖剣士だったのか・・・。てっきり聖剣士はデヴィットとアラン王子以外は・・・全員私の敵だと思っていたが、彼は私によくしてれた。聖剣士の中には・・そういう人物もいるのだろうか?
だけど・・何故かあの聖剣士を見ていると、心がざわつく。
「お、おい・・・・。何であの聖剣士はこっちを見ているんだ・・・・?ひょっとすると俺達を狙っているのか・・・?」
妙に怯えた様子のアラン王子に私は尋ねた。
「どうしたのですか?アラン王子。彼は・・・すごくいい人ですよ?」
「な・・何っ?!ジェシカッ!お前・・・あいつを知っているのか?!」
アラン王子が私の肩をガシイッと掴むと凄い形相で言った。
「おい、俺もそんな話は初耳だぞ?どう言う事だ?!」
デヴィットも驚ている。
「ジェシカ・・・あいつはね、君を探しに神殿に行った時に僕たちを襲って来た聖剣士の1人なんだよ。・・・とにかく滅茶苦茶に強かった・・・。」
ダニエル先輩は顔を青ざめさせながら言う。
「ああ・・確かに・・・何かあいつからは只物は無い気配が漂っているな・・・。魔族の俺には良く分かる。」
ヴォルフまで妙な事を言い出した。
「で、でも・・・本当に彼は親切でしたよ。私が監獄塔に入れられた時も食事を持って来てくれたり、嵐の晩は・・私の様子を見に来てくれたので。」
「何いッ?!ジェシカ・・お、お前・・・牢屋に閉じ込められたのか?!」
アラン王子が掴んでいた私の両肩に力を入れた。い・・・痛いんですねど・・。
「ま・・・まさかあのドミニクに入れられたのかっ?!くっそ・・よくも俺のジェシカを・・・っ!」
「おい、何だ。俺のジェシカって・・・・。それよりもジェシカ・・・お前、また牢屋に入れられてしまったのか?」
「ちょっとっ!ヴォルフッ!またって・・・一体どう言う意味なのさ?まさか魔界でジェシカを牢屋に閉じ込めたりなんかしていないよねえっ?!」
男4人は・・・私をそっちのけで言い合いを始めてしまった。
全く・・・この世界の男性陣は口論するのが好きだなあ・・・。そんな彼等を放っておいて私は鉄仮面を被った彼の元へと足を向けた。
鉄仮面の聖剣士は私が近寄ると、何故かビクリと肩を震わせた。
・・?
「あの・・・この間は色々お世話になりました。」
改めて頭を下げる。
「・・・・。」
仮面の聖剣士はやはり無言のままだ。
「後・・・、折角私を心配して嵐の晩に監獄塔に来て頂いたのに・・・あんな・・追い返すような真似をして・・すみませんでした。」
すると彼は視線をサッと逸らせた。
・・多分・・あの後何が私と公爵の間で行われたのか・・・気付いているのだろう。
私は続けた。
「こちらに・・・来て頂いたと言う事は・・・この場所で見張りをして頂けると・・・解釈しても宜しいのでしょうか?」
すると黙って頷く聖剣士。
「本当ですか?どうも有難うございます。あ、そう言えば自己紹介が未だでしたね。私は・・ジェシカ・リッジウェイと申します。よろしくおねが・・・。」
そこまで言いかけた時・・・突然聖剣士が私の右腕を掴んで引き寄せると強く抱きしめて来た。
え・・?
その聖剣士は身体が震えている。・・・一体どうしたというのだろう?
「あ、あの・・・。」
私が言いかけた時、男性陣から叫び声が上がった。
「あ・・・っ!貴様・・・ジェシカに何をやってるんだっ!」
デヴィットが叫んで駆け寄って来ると聖剣士から私をもぎ取ると憎悪の込めた目で睨み付けた。そして後から駆けつけて来たアラン王子やダニエル先輩も2人とも睨み付けている。
ただ一人・・・ヴォルフを除いては。
何故か・・・ヴォルフだけは首を捻ってじっと聖剣士を見つめている。
「デヴィットさん、お話したい事があるので離してくださいっ!」
私が言うと、不承不承デヴィットは身体を離した。
「あの、こちらの聖剣士様がここで魔物の見張りをして下さるそうです。良かったですね。」
「「「「・・・・。」」」」
なのに全員返事をしない。
「あの・・・?どうかしましたか?」
「俺は反対だ。」
デヴィット。
「ああ、俺も反対だな。」
アラン王子。
「彼には命を狙われたからね・・・。」
ダニエル先輩。
「何だか、その男から怪しい雰囲気を感じるぞ?」
ヴォルフまで・・・。
「な・・何言ってるんですか?皆さん。今は・・一人でも多くの見張りをして下さる方が必要なんですよ?」
「そんな事を言っても・・俺はその聖剣士と一緒に見張りなんかしたく無いからな。」
デヴィットが腕を組みながら言う。
「ああ、俺も・・何故か知らないが、虫が好かない。」
「ア、アラン王子っ?!」
何て大人げない事を・・・。
「うん、僕も・・何だかこの聖剣士は・・うまく言えないけど・・嫌だよ。」
「その男・・・強いんだろう?だったら今から半日交代でその男1人で見張って貰ったらどうだ?」
ヴォルフがとんでもないことを言う。
「「「ああ、それがいい。」」」
何故かそれに賛同する3人。
「な・・・何て事言うんです?!・・・。分かりました。それなら私がこちらの方と一緒に番をします。」
私が言うと、全員がギョッとした顔をする。
「駄目だっ!駄目に決まっているだろう!危険過ぎるッ!」
デヴィット。
「そうだ!絶対に認めないぞっ!」
アラン王子。
ダニエル先輩もヴォルフも続いて反対したのだが・・・結局どうしても反対するならもう貴方達とは口を聞きませんと言ったら、全員がようやく納得してくれた。
こうして私は、この鉄仮面の聖剣士と半日の間、一緒に門の見張りをする事が決まっ
たのだった―。
4
私が鉄仮面剣士と2人で門の見張りをすると言うと、デヴィットやアラン王子、ダニエル先輩から果てはヴォルフまでもがそれなら私と一緒に門の見張りをすると言い出したのを何とか説得し、代わりに破壊された門はどうすれば元通りに戻せるのか方法を全員で手分けして調べて貰うようにお願いすると、ようやく彼等は納得し、その場を引いてくれた。
そして日が暮れ・・・今私は仮面の剣士と2人で焚火の前に座っている。
鉄仮面の聖剣士と門の見張りをする事になったけれども・・・・。
「申し訳ございません。一緒に門の見張りをするなんて言いましたけど、私は魔法も剣も一切使えず、単なる役立たずのお荷物かもしれませんが・・・。」
私は仮面の剣士に言った。
「せめて、火の番と・・・寝ずの番はしますので。どうぞお休みになって下さい。」
しかし仮面剣士は首を振ると、木の幹に寄りかかり、黙って木の枝を折って火にくべている。
なんか・・・不思議な感覚だ。彼は一切口を開く事が無いので、会話はいつも私だけ一方通行。沈黙の時間も長いのに、ちっともそれが苦では無い。
側にいるだけで安心感も与えてくれる、そんな不思議な感覚に囚われる。
暫く黙って炎を見つめていると、不意に彼が立ちあがった。
「あ、あの・・何処へ行くんですか?」
すると彼はジェスチャーで私に残るように身振り手振りをする。
「あの・・・ここで待っていればいいんですか?」
私が尋ねると、彼は頷いて森の奥へと入っていく。私は焚火に手をかざすと・・いつの間にかウトウトし始め・・・ついには眠りに就いてしまった・・・。
ああ・・・寒い。
身を縮こませていると、不意に周囲が温かくなるのを感じる。
その時、遠くでオオカミの遠吠えが聞こえた。え?オオカミッ?!
慌てて飛び起きると、私の身体の上に毛布が掛けられており、すぐ側では彼が私を見下ろしていた。
「あ・・・す、すみません。寝ずの番をしますなんて言っておきながら・・。」
慌てて起き上がろうとする、彼はそれを手で制し、私に横になるようにジェスチャーで訴えて来た。そして彼はそっと髪の毛に触れて来た。
「・・・・。」
彼は私を見下ろしながら、黙って頭を撫でている。まるでもっと休んでいろと言ってる様に・・・。
「貴方は・・・誰ですか?」
彼が答えないのは知っていたけれども・・・尋ねてみた。
しかし、彼は何も答えない。いや・・・もしかすると言葉を話す事が出来ないのかもしれない。それなら・・・。
「あの・・・言葉を話せないなら・・・筆談しませんか?」
私は起き上がると、持っていた自分のリュックからメモ帳とペンを取り出し、彼に手渡した。
「・・・。」
それを黙って受け取る仮面の剣士。
「それじゃ私が質問するので、その紙に書いて下さいね。」
彼は困った素振りを見せていたが・・・やがて頷いてくれた。よし、これで質問すれば、少しはこの相手の事が分かるかもしれない。
「ええと・・・まずは貴方のお名前を教えて下さい。」
すると彼は首をかしげて・・・紙に何か書き始めた。
『分からない』
え・・・分からない・・・?
「ま、まさか記憶喪失ですか・・・?」
しかし彼は首を振り、先程書いた文字を指さす。
「記憶喪失かどうかも分からないのですか・・・。」
う~ん・・・・困ったなあ。これでは何を聞いても分からないの答えしか返って来ない。よし、少し質問の内容を変えてみようかな。
「貴方は・・・この学院の聖剣士・・ですか?」
すると今度は彼は何か文字を書き始めた。
『多分、そう。』
「それでは・・・ソフィーに忠誠を誓った聖剣士ですか?」
『それは違う』
彼は書いたメモを渡してきた。ソフィーの聖剣士では無い・・・?
「貴女は・・・ソフィーの事を信頼していますか?」
暫く彼は何か考え事をしていたが・・・やがて何か書き始めた。
『信頼はしていない。だが、命令には逆らえなかった。』
命令・・・まさか・・・この人も公爵のように・・暗示にかけられている・・・?
いや、それ以前に私が一番気になるのは・・何故、この聖剣士だけが鉄仮面を被っているか・・・。
ま、まさかこの人は・・・?
「か、仮面を・・・仮面を外して下さいッ!!」
気が付けば私は彼の仮面に手を伸ばしていた。しかし・・・。彼は激しく首を振ると抵抗する。
そして・・・
「う・・・。」
急に唸りだすと、仮面の下からポタポタと血が垂れて来た。
「っ!」
ま、まさか・・・。
彼は苦しそうに唸ると地面に倒れてしまい、荒い呼吸を吐いている。
「も・・・もしかすると・・・その仮面・・外せないんですか・・・?」
地面に倒れ込んだ彼に尋ねると、首を縦に振る。
「無理に外そうとすると・・今みたいな事になると・・・?」
またしても彼は肯定した。仮面の下からは血が滲み、彼の来ている聖剣士の服を血で濡らしていた。
「ご・・・ごめんなさい・・・。わ、私・・・何も・・知らなくて・・・。」
倒れている彼の側に座ると私は涙を流して謝った。そんな私を彼は・・・苦しいはずなのに手を伸ばして、そっと頭を撫でて来る。まるで・・慰めているかのように。
「ごめんなさい、もう・・仮面を外して下さいなんて言いません。貴方が苦しむなら・・・質問するのもやめにします。だから・・・早くその痛みから解放されますように・・・。」
私は・・・彼が起き上がれるようになるまで彼の右手をずっと両手で握り締め続けていた―。
1時間後・・・ようやく起き上がれるようになった彼は自分の方から少しずつ筆談で今の自分の状況を書き始めた。
今彼自身が理解出来るのは、この鉄仮面を被っていると不思議な事に飢えも喉の渇きも全く感じないと言う事、そして外そうとすると、仮面が頭部を締め付け、激痛を伴うと言う事。また、ソフィーの言いつけに背いても同じ現象が自分の身に起きると言う事・・・。更に言葉を話す事も出来なくなったと彼は教えてくれた。
彼の話曰く、ある時気が付いてみると自分は仮面を被らされ、それまでの憶を一切失っていたという事だった。
・・・私の中では、ひょっとするとこの人物はマシューなのでは無いかと思っていたのだが・・・これでは全く確認のしようが無い。彼は・・・マシューかもしれないし、もしかするとレオの可能性だってある。もしくは私が全く知らない人物の可能性だって・・・。
彼は筆談で語ってくれた。ソフィーがこの仮面を付けると自分の力を何倍にも高めてくれるので、せいぜい自分の役に立つように言われたそうだが・・・。どうしても自分はソフィーの言いなりになるのが嫌で、ずっと抵抗し続け、その度に仮面によって苦しめられ・・そんな自分をいつも助けてくれていたのが、ソフィーによって囚われていたある女性だと言う事を教えてくれた。
え・・・?ソフィーに捕らえられている女性・・・ま、まさか・・・。
「あ、あの・・・!その女性と言うのは・・・『アメリア』という名前では無いですか?!」
しかし、彼は首を振ってメモを書いてよこした。
『名前は知らない』
「そ・・・それじゃ・・・眼鏡・・・眼鏡はかけていませんでした?髪の色は・・・私の色よりは濃くて・・・髪の毛はおさげにしていて・・・。」
すると、それを黙って聞いていた彼は・・・頷いた。
間違いない・・・っ!ソフィーに捕らえられ・・・鉄仮面によって苦しんでいた彼を助けていた人物は・・・アメリアだ。ついに・・アメリアの情報を手に入れる事が出来た。
私は夢の内容を思い出していた。夢の中で私は・・・鍵を握り締め、誰かを助け出していた。
あの人物は・・・きっとアメリアだったんだ―。