※ドミニク・テレステオ ②
曖昧な性描写有ります
1
「ジェシカ・・・一体何処へ行くつもりだ?」
背後から彼女を抱きしめ、柔らかくて甘い香りのするジェシカの髪に顔を埋めるようにして俺は囁いた。
ジェシカは息をひそめ、身体を強張らせている。何故だ・・・?ベッドの中では完全に俺に身体を委ねてくれたのに・・・?
「頼む・・・から・・・何処にも行かないでくれ・・・。」
気が付けば・・・ジェシカに縋りついている自分がいた。
「ド・・ドミニク様・・・・。い、今は・・・正気・・なのですか・・・・?」
するとジェシカが言葉を発した。
「ああ・・・。ずっと・・ずっと正気を保っている。森の中でお前から俺に抱き付いて来たあの時からずっと・・・。」
俺は答えながら思った。
何故だ?ジェシカ・・・。どうして今はそんなに・・・震えているのだ?どちらが本当のお前の姿なのだ?
「あ、あの時の事は忘れてくださいっ!ど、どうかしていたんですっ!」
ジェシカは背中を向けたまま答えるが・・・彼女の耳が真っ赤に染まっているのを見逃さなかった。ジェシカ・・・・もしかして・・恥ずかしがっているのか?それなら・・・。
「あんなに積極的だったのに・・?俺は・・・正直に言うとすごく・・・嬉しかった。お前の方から俺に身体を委ねてきてくれたのだから・・・。」
ジェシカが赤面しそうな話をわざと彼女の耳元で囁くように言う。さあ・・ジェシカ。どうする・・・?だが、ジェシカの口から出てきた言葉は俺の期待を裏切る内容だった。
「ほ・・・本当に・・・ずっとドミニク様はあれからソフィーに・・支配されていないのですか・・・?」
「ああ、そうだ。何故かジェシカ・・・。お前といるとソフィーの呪縛を受け付けない様なんだ。だからお前との事は全て覚えている。お前と何度も愛を交わした事も・・。お前の寝顔も全て・・・。」
愛を交わした事・・・そこをわざと強調するようにジェシカに話す。
そしてジェシカは俺の右腕が光り輝いている事に気が付くと、なんとノアを返し、自分を見逃してくれと俺に頼んで来るでは無いか。
ジェシカ・・。あんなに何度も俺達は抱き合ったのに・・・この俺から逃げたいと言うのか?お前は俺を・・・どう思っているのだ?!
「駄目だ・・・。」
「え?」
「もう、俺は・・・お前を手放すなんて出来ないっ!」
そうだ。ジェシカ。俺は・・・もうお前がいないと生きていけない位に・・お前の事を愛しているんだっ!
俺はジェシカの顎を掴み、強引に自分の方を向かせると乱暴に唇を奪った。
それと同時に自分の中から得体の知れない力が一瞬ゾワリと蠢く気配を感じた。
一体・・今のは何だったのだ?
「行くな・・。頼む、行かないでくれ・・・。お前に去られたら・・俺はもうおしまいだ・・・。あっという間にソフィーの手に堕ちてしまう・・・。」
ジェシカを強く抱きしめ、唇に吸い付きながらその合間合間に俺は暗示をかけるように彼女に囁いていく。すると徐々にジェシカの身体から力が抜けていき・・・。
ドオオオオオオッンッ!!
巨大な爆発音が鳴り響き、城がビリビリと震えた。
その衝撃に俺もジェシカも同時に我に返る。
「何処だっ!ジェシカッ!!」
男の声がその刹那、城の外で響き渡った。ついに・・ジェシカを取りもどす為にこの城へやってきたか―!
「チッ!城にかけていた・・・封印が解けたか・・・。」
思わず口走っていた。こんな事ならもっと時間をかけてでも強力な封印をしておけば良かった。
だが・・今腕の中にいるジェシカだけは・・・絶対に誰にも渡すものか・・・っ!
なのに、ジェシカは信じられない事を言って来た。
「ドミニク様。今はソフィーの呪縛下に無いのなら、どうかノア先輩と私を解放して下さい、お願いします。」
何だって?ジェシカ。まだ・・俺の元から離れようとするのか?
「ノアなら返してやってもいい・・・。だが・・・ジェシカ、お前は別だ。お前の事は返す訳にはいかない。」
俺はジェシカを一瞥すると言った。
「な、何故ですかっ?!」
ジェシカは泣きそうな声を上げ・・・俺の中で訳の分からない苛立ちが募って来る。
「何故だと?そんな事は決まっている。もう何度も何度も言っているだろう?俺はお前を愛しているんだっ!だから・・・俺の側にいてくれっ!お前が側にいてくれる間だけなんだ・・・・。自分自身でいられるのが・・・。」
言いながら俺は縋りつくようにジェシカを強く抱きしめた。
外では兵士が侵入者がやって来たと叫んだ後に悲鳴が聞こえ・・それと同時に何者かがドアを蹴破って部屋の中へ飛び込んできた。
「デヴィットさんっ!」
腕の中のジェシカが助けを求めるかのように男の名を叫んだ。そうか・・・あいつはデヴィットと言う名前なのか。
「貴様・・・・ジェシカを放せっ!!彼女は・・・俺の聖女だっ!」
男は俺がジェシカを抱きしめているのを見ると、顔色を変えて叫ぶ。
フッ・・・。そうか・・お前もやはりジェシカを愛しているのだな?
「お前の聖女だと・・・?誰がそんな事を勝手に決めた?見ろっ!俺の腕を・・・。」
これ見よがしに眩しく光り輝く右腕を男に見せるように掲げた。
あの男もジェシカの聖剣士・・・だが、恐らく俺程深くはジェシカと情を交わしてはいないだろう。その証拠に男の表情はみるみる色を失っていく。
なのにジェシカはまだ俺に強く訴えて来る。
「ドミニク様・・・。本当にお願いです、どうか私とノア先輩を・・彼等の元へ・・返してください。」
「駄目だっ!出来ないっ!それだけは絶対に・・・!」
何故だ?俺の気持ちがお前には分からないのかっ?!
ジェシカは男の名を呼び、手を差し伸べたが・・・デヴィットと呼ばれた男はジェシカから苦しそうに顔を背ける。
ジェシカ・・・お前にはあの男の苦しみが分かっていないのだろうな・・・。だが、俺はあの男の苦しみが理解出来る。何故なら同じ女性を愛しているのだから。
「そうだよな・・・。俺だけがジェシカの聖剣士だと・・・すっかり勘違いしていた。だけど、考えてみればアラン王子もお前の聖剣士だったし・・・。お前と公爵は・・・余程深い絆で結ばれているんだな・・・。それだけ絆が出来たなら・・・もうお前はドミニクに裁かれる事も・・・牢屋に入れられる事もなくなるんじゃないか・・・?」
ジェシカは信じられないと言わんばかりに目を見開き、身体を震わせて話を聞いていた。
「・・・中々思慮深い所があるんだな。ああ・・・確かにそうだ。ジェシカが側にいてくれさえすれば、俺は自分を見失う事等決して無い。それだけは断言する。」
よし、お前は中々話が分かる男だな。
「よし、分かった。・・・さっきノアは返してやってもいいと・・・言ってたな?」
男の問いに俺は答えた。
「ああ。確かに言ったな。いいだろう。ノアはこのすぐ隣にある部屋に閉じ込められている。この部屋を出て右側に隠し通路がある。一か所だけ壁の色が違う場所があるからそこに触れろ。隠し部屋へ続く道が開かれる。・・薬で眠らされてるが、死んではいない・・・。早く連れて帰ってやれ。そのかわり、ジェシカは俺が貰う。」
そんな俺達の会話をジェシカは呆然とした顔で聞いていた。・・・一体今お前は何を考えているんだ・・・?
「・・・分かった。それで構わない。」
デヴィットと呼ばれた男は頷いた。
「え・・?な、何を言ってるんですか?デヴィットさん・・・・?」
まるでその大きな瞳からこぼれるのでは無いかと思われるほどに目を見開くジェシカ。
男は暫く無言でジェシカの顔を眺めていたが・・・フイと視線を逸らすと部屋を無言で出て行く。彼女は俺の腕の中で行かないでと必死で叫ぶが・・・男の耳には届かなかった。
「そ・・・そんな・・。」
ジェシカは大粒の涙を流している。
「どうした?ジェシカ?何をそんなに・・・泣いているんだ?」
俺は泣いている彼女の頬にそっと触れながら尋ねた。
「大丈夫だ。お前が側にいる限り俺は正気でいられる。ソフィーからだって守ってやれる。そうだ、ジェシカ・・・。お前をノアが閉じ込められていた部屋と同じような場所を作って隠して置けば、ソフィーにだって気付かれる事はない。俺は何とかしてソフィーの呪縛をとく方法を考えるから・・・。だから・・泣くな、ジェシカ・・・ッ!」
そこでまた俺は自分の体の中から・・・何かの力が湧き出て来るのを感じた。そしてそれに反応するかのように、ジェシカの身体がまるで熱を持ったかのように火照り始め・・・身体からは得も言われぬ甘い香りが漂い始めた。
まただ・・・一体これは何なのだっ?!
やがて・・・ゆっくりと顔を上げたジェシカは妖艶な女性へと変貌していた。
ジェシカ・・・お前の本当の姿はどちらなのだ・・・・?
戸惑う俺にジェシカは微笑し、瞳を閉じると徐々に顔を近付け・・再び自分から俺に口付けをしてきた。
いいだろう、ジェシカ。お前が俺を望むのなら、俺は何度だってお前を愛そう。
そして俺は彼女を再度抱いた―。
2
あの襲撃事件から数日が経過した。ソフィーからジェシカを守る為に俺はもう1つ別の隠し部屋を魔力で生み出し、そこへジェシカを隠す事にした。
ソフィーからは一体ジェシカを何処に隠したのかを白状するように言われたが、俺は頑として、ジェシカが何処へ消えてしまったのかは全く心当たりが無いと言い切った。
ソフィーは訝し気に俺を見たが、まあどうせもうすぐ貴方の自我が無くなるのは時間の問題だからとほくそ笑み、ジェシカを捕らえるまでは神殿にいると言って古城からは出て行った。
ソフィーの言った事は本当なのだろうか?だとしたら・・・何としても一刻も早く俺に掛けられたソフィーの呪縛を解く方法を見つけなくては・・・っ!
それから俺の日常は呪縛を解く方法を見つける為の資料漁りと、ジェシカの世話で塗り替えられた―。
俺の部屋に仕掛けられたジェシカへの部屋へと続く隠し扉・・・。軽くそこに触れると階段が現れる。
その階段を上り、ジェシカのいる部屋へと向かう・・・。
「ジェシカ。俺だ。食事を持ってきたぞ。」
無駄だと知りつつ声を掛け、部屋のドアを開けて中へと入る。
「・・・。」
ジェシカは黙って窓の外を眺めている。・・・そんな事をしても周りは鬱蒼とした森で碌な景色もみる事が出来ないのに・・・。
あの日以来・・・ジェシカの心は壊れてしまった。
いや・・・壊したのはこの俺だ。自分の事だけを考え、無理やり彼等から引き離し・・そして絶望したジェシカはついに心を壊し・・・言葉も話せなくなっていた。
「ジェシカ・・。」
俺はジェシカの側によると、彼女の前に跪いた。
「ジェシカ・・俺が分かるか?お前の食事を持ってきたぞ?」
ボンヤリと焦点の遭わない目でジェシカは俺をじっと見つめるが・・・やがて・・。
「フフフ・・・。」
笑みを浮かべると、いつものように俺の首に腕を回し、口付けしてくる。そして早く自分を抱いてくれと目で訴えて来るのだ。
「そうか・・・分かったよ。ジェシカ・・・。」
だから俺はジェシカと身体を重ねる。ジェシカは虚ろな瞳で俺をじっと見つめているが・・・。
遠い、こんなに近くにいるのに・・これほど毎回身体を重ねているのに・・・。
今のジェシカは果てしなく、俺から離れた遠い場所にいるかのような錯覚を起こしてしまう。
無駄だと知りつつも・・・俺は彼女を抱きながら耳元で囁く。
「ジェシカ・・・。頼むから・・・どうか・・元のお前に戻ってくれ・・・。俺が悪かったから・・・。俺の名前を・・・呼んでくれ・・。お願いだ・・・っ」
いつの間にか・・・泣いていたのだろうか・・?俺の下にいるジェシカの頬に涙が落ちている。そんな俺をジェシカは不思議そうに見つめているが・・・そっと俺の頬に触れて笑みを浮かべた。まるで俺に泣かないでと言わんばかりに・・・。
「ジェ・・・ジェシカ・・・ッ!」
俺は激しく彼女をかき抱くと・・いつまでも人形のような彼女を抱きしめたまま、泣き続けた―。
「・・・おかしいわね。ドミニク・・・。貴方・・・最近部屋を訪ねても不在な事が多いけど・・・一体何処へ行ってるの?」
数日ぶりに俺の元へやって来たソフィーにねだられ、俺はやむなく彼女を抱いた後・・突然ソフィーは質問してきた。
「い、いや・・・。少し地下で魔術の勉強を・・・していたんだ。」
内心の動揺を悟られないように答えた。
しかし、魔術と聞いてソフィーが目の色を変えて来た。
「あら、本当?ねえ・・・それじゃもっと便利な黒魔法は無いのかしら?例えば・・念じただけで遠い場所にいる相手の息の根を止める魔法とか・・・。」
ソフィーは物騒な事を尋ねて来た。
そう・・これだ。聖女たる人間がこのような事を絶対言うはずは無い。この目の前にいる女は・・人間の皮を被った悪魔なのでは無いだろうか・・・?最近本当にそう思えるようになってきた。
「そんな魔法・・・あるはずが無いだろう?禁呪として扱われ、永遠に封印されているに決まっている。」
「ふ~ん・・。そう、まあ別に構わないけどね。」
ソフィーはベッドから起き上がると、脱ぎ捨ててあった服を身に着け始めた。
「・・・行くのか?」
内心早くここから立去ってくれと願いつつ、俺は思わせぶりな言葉でソフィーに尋ねた。
「あら?少しは名残惜しんでくれるのかしら?」
ソフィーは俺に口付けしながら言う。
「あ、ああ。まあ・・な。」
曖昧に返事をすると、ソフィーは言った。
「今ね。あの憎き女ジェシカを裁くためのでっちあげの罪を兵士達と作り上げているのよ。完全に言い逃れ出来ない程にね・・・。そしてあの女を私の前に引きずり出して、今までどれだけ私を苦しめてきたのか・・思い知らせてやるのよ。『魅了』の魔力さえ奪えば・・・処分してやるわ・・・。だから・・・ドミニク。早くあの女を見つけ出すのよ?」
それだけ言い残すとソフィーは部屋から出て行った。
『処分』・・・その言葉に思わずゾッとした。ソフィーはジェシカを1人の人間としてではなく・・・単なる物でしか見ていなかったのだろうか・・?
でも・・・このままでは非常にまずい。今の状態のジェシカはまるで生まれたての赤子か、人形のようなものだ。
ジェシカは本当に元に戻れるのだろうか?
誰か・・誰かジェシカを・・・助けくれッ!!俺は・・・布団に顔を埋め・・・いつまでも肩を震わせて涙した―。
ジェシカが自我を無くしてから・・・俺の紋章も・・ジェシカの紋章も光り輝く事が無くなってしまった。・・・ひょっとすると・・ジェシカの聖女の力が失われてしまったのだろうか?だが・・・やはりジェシカと触れ合っているからなのか・・・俺が自我を失う事は無くなっていた・・・。
乞われるままに、人形のようになってしまったジェシカを毎日を抱く。そして耳元で愛していると愛を囁く。だが・・・ジェシカは一向に回復する傾向はみられない。
ジェシカ・・・俺では駄目なのか?お前に愛を捧げる相手は・・・俺では無いのか?
お前は・・・一体誰を欲しているのだ・・・?
だが・・・こんな状態になってしまった彼女を前にしても・・俺がジェシカを愛する気持ちがブレる事は無かった。
ある夜の事・・・。
神殿にいるソフィーに呼ばれた俺は部屋へ戻る時間が遅くなってしまった。
ジェシカはどうしているのだろう・・・?いつもならとっくに彼女の部屋を訪ねて、一緒に過ごしているのに、まだ一人ぼっちにさせている。
転移魔法で部屋へ戻り・・直ぐに異変に気が付いた。
ジェシカの部屋へと続く隠し扉の封印が解けているのである。
何故だっ?!すごく嫌な予感がする。
その時、ジェシカの部屋から悲鳴が上がった。あれは・・・ジェシカの声だっ!
急いで部屋へ駆けつけるとジェシカが2人の兵士に襲われそうになっている。
くそっ!あいつら・・・よくもジェシカを・・ッ!
「貴様等!その汚らわしい手を離せっ!」
ジェシカにのしかかっていた1人の兵士を問答無用で握力を強化した腕で殴り飛ばし、残りの1人は蹴り飛ばした。
男達は壁際まで吹っ飛ばされると激しく叩きつけられる。
「ジェシカッ!大丈夫だったか!」
俺はジェシカに駆け寄ると、彼女は恐怖におびえた表情を浮かべていたが、目の前にいるのが俺だと認めると安堵の表情を浮かべた。
ジェシカ・・・。少しはこの俺に心を開いてくれるようになったのだろうか・・・。
「ジェシカ・・・すまなかったな。1人にして・・・。」
その時・・・
ズブッ!
鈍い音がして、背中に強烈な痛みを感じた。
え・・・?
背中に手を回し、俺は驚愕した。鋭いダガーが俺の背中に突き刺さっているのだ。
「へへ・・・ひ、1人だけ楽しむなんて・・ず、ずるい・・だろう?」
兵士は下卑た笑いをしながら顔面血まみれで俺に言う。
1人だけ楽しむだと?俺の・・・俺とジェシカの事情を何も知らないくせにっ!
ギリギリと痛む背中を庇いつつ、俺は魔法弾を放ち、部屋の外へ男を吹き飛ばすと、ジェシカのシーツを切り裂き、口にくわえて自分の背中に手を回した。
これは・・・自分の舌を噛まない為の措置だ。
そしてダガーの柄を掴むと死に物狂いで自分の背中から抜き取る。
「グ・・・・。」
激しい痛みで気を失いそうだ。額からは汗が滲んでくる。
耐えろ・・・もう少しで・・・抜ける・・・!
最期の力を振り絞って、ダガーを抜き取ったその途端に傷口から激しく血が噴き出す。
目の前が急激に暗くなり、床に倒れ込んだ。
「ジェ、ジェシカ・・・・。」
ボンヤリと霞む目で俺は震える手をジェシカに向けて差し伸べた。
ひょっとすると・・・俺はこのまま出血多量で死んでしまうかもしれない・・・。
でもただ一つ心残りは・・ジェシカを元に戻せなかった事・・・。
すまなかった、ジェシカ。
俺は・・・何一つお前を救う事が出来なかった・・・。
「・・・・?」
ジェシカは何が起こったのか分からない様子で首を傾げ・・・俺の身体に触れてきた。
彼女の手に俺の血がべったりとつく。
「あ・・・?」
その時、ジェシカが初めて言葉を発した。え・・?今言葉を・・・?
虚ろだった彼女の瞳に徐々に力強い光が戻って来るのを俺は見た。
「ド・・・ドミニク・・・様・・・?」
ジェシカが・・・・喋った!
「ジェ・・ジェシカ・・・お、俺が・・分かる・・のか・・・?」
「ドミニク様っ!」
ジェシカが悲鳴を上げて俺の手を握りしめて来た。よ・・・良かった・・・。ジェシカ・・ついに・・・元に戻ったんだな・・?
「ジェ、ジェシ・・・。」
名前を呼びかけて、苦いものが込み上げてきて口からゴボリと血が溢れ出す。
途端に俺の胸が真っ赤な血で染まる。
「いやあああッ!ドミニク様っ!死なないで・・・お願い、死んでは嫌ッ!!」
ジェシカが叫び、俺の手を強く握りしめた途端・・・ついに奇跡が起こった。
俺とジェシカの紋章が強く輝きだし、徐々に俺の傷が塞がっていく。
そうか・・・聖女と聖剣士の本来の絆は・・・互いの傷を癒す能力の事だったのかもしれない・・・。遠くなる意識の中・・・俺は思った。
そして、俺は・・・完全に意識を失った。
「う・・・。」
ここは・・?
見るとそこはジェシカのベッドで、彼女は俺の傍らに椅子を持ってきて、うつらうつらしていた。
「ジェシカ・・・?」
そっと彼女の名前を呼んでみる。これは・・・夢の世界なのだろうか・・?
ジェシカは睫毛を震わせ・・・目を開けた。
紫色の瞳は綺麗に澄んでおり、俺の姿を映している。
「ドミニク様っ!よ・・良かった・・・・っ!」
ジェシカは涙を浮かべると俺の枕元に顔を埋めた。
彼女の栗毛色の髪の毛を撫でながら言った。
「ジェシカ・・正気に・・・戻ったんだな・・・?」
「は、はい・・・っ!」
涙にぬれた顔でジェシカは返事をする。
ああ・・・やっと彼女にこの台詞を言う事が出来る・・・。
ジェシカ・・・お前が戻って来るのをずっと待っていた―と。