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第3章 3 昨日の顛末 

1


アラン王子に誘われた夕食・・・お肉料理最高だった。あれは何処の料理だったのだろう。学食のケータリング?それとも王族専用のお抱えシェフが・・?

もう二度と食べる事は無いだろうからどうせならもっと味わって食べれば良かったと少しだけ後悔する。


 今、私が一番気になっているのはナターシャの事だ。ノアに酷い言葉を投げつけられた後の彼女はどうなったのだろう?自室にはいるのだろうか・・?

今の時刻は夜の8時半。消灯時間まではまだ時間があるけれども、こんな夜分にお邪魔すると迷惑では無いだろうか?いや、そもそも会えたとして一体どんな話をすればいい?

私は何度目かのため息をついた。


「よし、お風呂に行こう!」

こんな時はやっぱりお風呂だ。本日買った寝間着は昨日まで着ていたようなスルスル滑るサテン地ではない。コットン生地で手触りの良いパジャマである。うん、うん。やっぱりパジャマはこうじゃなくちゃね。


 お風呂に到着し、ドアを開けるが今日は誰もいないようだ。まさに貸切風呂状態。

私は意気揚々と来ていた服を脱ぐと、中へ入って行った。


「あ~気持ちい。」

私は薔薇の香りがする広い浴槽で足を伸ばしてお湯に浸かっていた。

それにしても今夜はソフィーはお風呂に入りに来ていないのだろうか?いや、それとも時間がずれて、もうとっくにあがってしまったのか・・・。いずれにしろ私が悪女に仕立て上げられる前にアラン王子とソフィーを引き合わせて二人を恋仲にしなくては・・・。でもどうすれば二人の仲を取り持てる?でも実際は自分がトラブルばかりに巻き込まれている状態で人の恋路を取り持っている余裕などないのだけれど。

今日だって一歩生徒会長が来るのが遅ければ・・・。助けてくれた背景はどうであれ、貞操の危機は免れたのだからやはり改めて生徒会長にはお礼を伝えておくべきかな。

・・・・あ、お風呂でずっと考え事してたらのぼせてきた。早いとこあがってしまおう。

 

「ふう~気持ち良かった。」

お風呂から上がってさっぱりした私は自室へ向かう廊下を歩いていると、突然背後から声をかけられた。


「ジェシカ・リッジウェイさん。」


「は、はいっ!」

あの声はおっかない寮母さんだ。私は大きな返事をすると、クルリと振り向いた。


「ジェシカさん、そのような大声を出さなくてもちゃんと聞こえます。それより貴方の従者からメッセージを預かっていますよ。手渡して置きますね。」


え?マリウスから?

「ありがとうございます。」

私はメッセージメモを受け取ると部屋に戻った。こんなメッセージを出してくるなんて入学以来初めての事だ。一体どのような要件なのだろうか・・・?

私は部屋に戻ると椅子に座り、メモを読んだ。


ジェシカお嬢様へ


 本日は私の手落ちで危険な目に遭わせてしまいまして、大変申し訳ございません。お会いして謝罪させて頂きたいので噴水前広場のベンチにてお待ちしております。


マリウス



チッ。私は思わず舌打ちしてしまった。何故お風呂あがりの私を呼び出すのか。しかもこんな夜に。いくら学校の敷地内だからと言って普通呼び出すだろうか?本当に困った男だ。でも私が行かなければきっと一晩中だって待つだろう。それは流石に気の毒かも・・・。いや、待て。きっと待たせればマリウスの事だ。放置プレイだと言って喜びかねない。

行くか行かないか出した結果、私はマリウスの元へ行く事に決めた。何故ならM男のマリウスを喜ばせたく無いからだ。


 私はガウンを羽織ると外へ出た。

今夜も月が綺麗だなあと空を見上げながら私は思う。と言うか、この世界に来てから曇りや雨になった事が無い。


 噴水前広場に行くと既にマリウスはベンチに座り思い詰めた表情をして座っている。街灯に照らされたマリウス。やっぱり彼はイケメンだ。恐らく大抵の女性は見つめられるだけで一瞬で恋に落ちてしまうのではないだろうか?


「マリウス。」

私が名前を呼ぶとマリウスは顔を上げてこちらを見た。


「お嬢様・・・ッ!」


マリウスは私が近付くと突然私の前に跪いた。何?これは新たなプレイをしているつもりなの?!


「お嬢様、この度は誠に申し訳ございませんでした!私がお嬢様から目を離したばかりに・・・!」


おや?マリウスの肩が震えているよ。もしかすると泣いてるのか?


「あ、あのね。マリウス。結果私は無事だったのだから、そんなに思いつめなくても・・・。」


「いいえ!そう言う訳には参りません!私はお嬢様からどんな罰でも受ける覚悟が出来ております!」


そしてマリウスは何処から取り出したのか、大きなスケッチブックにペン、さらにはロープまで取り出した。

・・・何だか果てしなく嫌な予感がする。


「さあ、お嬢様!私への罵詈雑言をここに書いて首からぶら下げて下さい。そしてこのロープで縛り揚げて好きな場所に転がして一晩中放置して下さい!」


あ、駄目だ。マリウスめ。また嬉しそうな顔してるよ・・・。


「ねぇ・・・。マリウス?」

私は笑みを浮かべながら言った。


「はい?」


「そんな事を言う為に私を呼び出したのかしら?」

怒りを抑えながら私は言う。


「はい、勿論です。」


当然じゃ無いですかと言わんばかりの物言いに堪忍袋の緒が切れた。

す~っ。私は大きく深呼吸した。

「マリウス・・・。」


「は、はい!」


私は空を見上げた。・・・幸い今夜も夜空は満点の星空でおあつらえ向きだ。

「マリウス、今夜も星が綺麗だと思わない?」


「は、はい?確かに綺麗ですね。」


「マリウス、私の後について来てくれる?」

笑顔で言う私。


「は、はい。」


おとなしく私の後に続くマリウス。


私は芝生公園にマリウスを連れてくると言った。

「マリウス。芝生の上に寝なさい。」

冷ややかな目で命令する。


「は、はい。」


言われた通り芝生の上に寝るマリウス。


「いい?今夜は夜が明けて星が見えなくなるまで星の数を数えなさい。もし、途中で眠ってしまったら・・・。その時はどうなるか分かっているよね?そうねえ・・・丁度スケッチブックを持っているじゃないの。ついでに星空の観測をして頂戴。」

そしてこれでもかと言う位に冷たい瞳で見下ろした。


「は、はいいッ!」


マリウスの嬉しそうな声・・・。あーもう本当に嫌になってしまう。

私は芝生にマリウスを残すと夜風で冷えた体で寮へと戻って行った。でもまだ自分は冷静だ。だって滅多に人が来ない芝生にマリウスを置いて来たのだから。

それにしてもマリウスのせいでまたしても無駄な時間を過ごしてしまった。これで夜風にあたって風邪でもひいたら、どうやって責任取らせようか・・・。


「ジェシカ。」

 もう少しで女子寮、という所で突然私は名前を呼ばれた。


「ルーク・・・。」

そこに立っていたのはルークだった。何処か思い積めた顔をしている。


「びっくりした・・・。どうしたの?」


「今日の事謝りたくて。たまたま窓の外を見ていたらジェシカの姿が見えたから。どうしても会ってもう一度謝りたかった。」


それでわざわざ待っていたのか。本当に律儀な人だ。私の知ってる男性の中で一番真面目だよね。

「もう謝って貰ったから大丈夫だよ。気にしないで。」


「マリウスと会っていたのか?」


「うん、どうしても謝りたいってメモを貰ったから。」


私の言葉を聞いたルークは、クシャリと顔を歪めた・・・気がした。


「ルーク?」

気になって声をかけるとルークは消え入りそうな声で言った。


「やっぱりジェシカはマリウスの事を・・・。」


「え?」


「いや、何でもない。それよりこれはお詫びの品だ。」


ルークは私に袋を手渡してきた。それは瓶に入った奇麗な液体だった。


「これは?」


「あ町の特産品の酒だ。気になっていたようだから、ジェシカに買ってきたんだ。ほんの詫びの気持ちだ。受け取ってくれるか?」


おお~ッ!流石はルーク。これは素晴らしい品物だ。


「ありがとう、ルーク!」

私が笑顔で言うと、ルークは照れた様に笑った・・・。





2



ルークに別れを告げ、私は寮の自室へ戻るとカーテンを開けて窓の外を眺めていた。多分、もうそろそろやってくる頃だろう。

それから少し経った頃、ルークがマリウスを連れて女子寮の近くへとやって来たので私は窓を開けた。


ルークとマリウスが私の部屋の窓を眺め、マリウスは私にペコリと頭を下げる。

一方のルークは笑顔でOKサインを出して見せた。良かった、ルークはちゃんと約束を守ってくれたようだ。実は別れ際に私は芝生公園で星を眺めているマリウスを寮に連れて帰って欲しいとお願いをしておいたのだ。

 この世界の9月は日本と比べ、かなり涼しい。そして夜になると少し肌寒くなってくるのだ。いくらマリウスの頼みでもやはり主としては風邪を引かす訳にはいかない。そこでルークにお願いしたのだ。マリウスもちゃんとルークの話を聞き入れてくれたみたいで何よりだ。ひょっとしたら2人は今後良い親友関係を築けるかもしれない。

 私はベランダに出ると黙って下にいる2人に手を振った。ここで声を出そうものなら誰かに見つかって騒ぎになってしまうかもしれないから無言の別れ。

 ルークとマリウスが二人で男子寮に戻って行くのを黙って見守っていた。

けれども、この時の私はまだ何も気が付いていなかったのだ。まさかあの人物にこの姿を目撃され、その結果騒動に巻き込まれ私は激しく後悔するという事に・・・。


 ジリリリ・・・・。目覚まし時計が枕元で鳴っている。手探りで目覚まし時計を探すとバチンと時計の音を止めた。

「フワアアア・・・。良く寝た。」

大欠伸をしながらベッドから起き上がると、昨日買った私服に腕を通す。

本日も休暇なので制服を着る必要は無い。私が今着ている洋服は水色のハイウェストの膝下のワンピースに紺色のスパッツという洋服だ。私の洋服選びの信念は・・兎に角露出が少ない洋服。恐らく、とても身分の高い令嬢が着るような服ではないだろう。それもそのはず。町娘に人気のあるデザインなのだから。

よくあるファンタジー世界の少女の衣装は妙にスカート丈が短かったり、胸元が強調されるような衣装が多く描かれているが、はっきり言ってあれは無い。あんな服を着ていたら、いつ下着が見えてしまうかと思うと気が気でない。絶対却下である。

 

 コンコン、部屋のドアがノックされる。

私は急いでドアを開けると、エマがニコニコしながら立っていた。昨日友人同士になった私たちはこれから毎朝一緒に朝食を取る事に決めたのだ。


「おはよう、ジェシカさん。」


「おはようエマさん。」

私達は互いに挨拶を交わす。エマの着ている服は淡いピンク色のフレアーワンピースで、スカート丈はくるぶし近くまである。とても清楚なスタイルの洋服である。

そうか、貴族令嬢はこういった服を着るのね。もう一度町へ行ったらエマが着ているような洋服をチョイスして買ってこようかな?


 二人で階下のホールに朝食を食べに降りてきた。ナターシャはどこだろう?辺りをキョロキョロと探してみるが、何処にも姿が見当たらない。・・・どうしたんだろう。何故か嫌な予感がする。

そんな私の様子に気が付いたのか、エマが声をかけてきた。


「どうしたの?ジェシカさん。」


「う、うん。実はね・・・ナターシャさんの姿が見当たらないなって思って・・。」


「そう言えばそうね。どうしたのかしら・・・。」


やっぱり昨日の事がショックで寝込んでしまったのだろうか。何だか嫌な予感がする。


「ねえ、ジェシカさん。あそこのグループの人達ナターシャさんのお仲間じゃない?」


エマの教えてくれた方を向くと、確かに見覚えのあるモブキャラ達が席について食事を取っている。


「ナターシャさんの事聞いてみたらどうかしら?」


エマに囁かれ、私は頷くと2人でナターシャの取り巻き達のテーブル席へ近着くと1人の女生徒に声をかけた。


「あの・・ナターシャさんは今日はいらっしゃらないようですが、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「さあ、知りませんわ。」

「私達昨日からナターシャ様をお見掛けしておりませんので。」

「そう言えば、聞いた話によると昨日お昼頃1人で学院にもどってこられたようですわ。何でも顔色が真っ青だったらしくて。」

「きっとノア様と上手くいかなかったのでしょうね。」


 彼女たちがクスクス笑いながら話している姿を見て私は背筋がぞっとするのを感じた。あれ程ナターシャに心酔しているように見えていたが、それは上っ面だけの付き合いだけだったようだ。日本にいた時の自分の姿とナターシャの姿が被って見えた。


「・・・行きましょう、ジェシカさん。」


エマは私の腕を引いた。やはり彼女たち取り巻きの姿がたった1日で豹変してしまう態度が気に入らなかったのだろう。私も同様だ。何だかナターシャが気の毒におもえてしまった。


 その時、また私は誰かの視線を感じた。視線の方向を見ると以前ソフィーと一緒にいた女生徒が私の方をじっと見つめている。一瞬目が合うと慌てて逸らされてしまった。


「・・・?」

一体彼女は何者なのだろう?何故私の事をじっと見ているのだろう。何の感情も伴わない視線で見られるのは正直言ってあまり気分は良くない。


「どうしたの?ジェシカさん。」


エマが私の顔を心配そうに覗き込んできた。


「うううん、ごめんね。何でも無いの。お腹も空いたことだし、朝食を取りに行きましょうか?」


 お腹が満たされた後には私はすっかり先程のナターシャの取り巻き達の事や、じっと見つめる視線の相手にも興味を失っていたのだった。・・・我ながらげんきんな人間である。


 私とエマは今日も町へ買い物に行く約束をしている。やはり新入生は入学したばかりで色々と物入りが多く、大抵の新入生は1カ月近くは町へ出る度に買い物に奔走しているようだ。

 2人で門へ向かって歩いていると、誰かが走り寄って来る気配を感じた。

誰だろう・・・嫌、例え誰であろうと私にとってはまずい相手でしかあり得ない・・!


「ジェシカ!」


ポンと肩を叩かれ、振り向いた相手は・・・やはりアラン王子だった。

「これはこれは、アラン王子様・・・。」

私は引きつった笑みでアラン王子に頭を下げた。


「待たせたな。さあ、一緒に町へ買い物に行こう。」


王子様スマイルで話すアラン王子。ええっ?!一緒にお出掛けする約束なんてしておりませんけど??


「アラン王子様・・・まだ療養中では無かったですか?」


「ああ、そう言えばそんな事を言われていた気もするが何、気にする事は無い。」


「そう言う訳にはまいりません。お医者様方も心配されると思いますよ?まずは今日までゆっくりお休みになられて、明日からの授業に備えられてはいかがでしょうか?」

その言葉の裏には、貴方がいると周囲からドン引きされるか、やっかみの目で見られるかのどちらしか無いから、さっさと私の身の保身のために療養病棟へ戻って頂戴、の意味合いが込められている。


「ジェシカ・・・。そこまで俺の事を心配してくれているのか?」


勘違い王子様で本当に良かったよ。心配しているのは自分の事だけですなんて口が裂けてもとても言えたものでは無いからね。

「ええ、そうです。アラン王子様はお国の大事な方ですからね。何かあっては大変ですから。グレイやルークも心配されていると思いますので、どうぞ病棟へお戻りください。」

何とか病棟へ追いやろうと私は必死で訴える。早く、早く行ってってば―。


「・・・分かった。」


グレイとルークの名前に一瞬反応したように見えましたけど。

え?ひょっとして本当に分かってくれたの?


「その代わり、また夜に会いに来るようにな。」


そして私の返事を待たずにアラン王子は去って行った・・・。


エマはそんな私たちの様子を苦笑いしながら見ているのだった。





3



私とエマが町へやって来ると、再び誰かの私を呼ぶ声が聞こえた。


「お嬢様!ジェシカお嬢様!」


息を切らせながらハアハアと追いかけてきたのはマリウスだった。その様子を見て思った。うん、元気そうだ。やはりマリウスはあれ位では風邪など引かないのだろう。


「お嬢様、聞いてください。昨夜は北の空の方角から数え始めて1327個まで数えましたよ。でも星は徐々に移動していきますので、中々数えるのには骨が折れました。

一応星の位置を探すのにお嬢様に言われた通りに簡単なスケッチをしておきました。後ほど座表の位置を記入して今夜また星の数を数える続きを致しますね。」


笑顔で一気にまくし立てるマリウス。あわわわ・・・馬鹿!エマの前で何て事言うのよ!この間抜けマリウスめ!私は思わずマリウスの足をドスッと踏みつけた。

ウッと唸るマリウス。フフン。また痛みのツボを踏めたようだ。呆気に取られた様子のエマはやがて口を開いた。


「あの・・・マリウスさんは星を見るのか好きなのですか?」


「いえ、私は別に・・・」


言い淀むマリウスの言葉に強引に割って入る私。

「そう!そうなのよ。マリウスは天体観測が趣味なのよ。」


それを聞いたエマは感心した様子で言った。


「それはすごく素敵な趣味ですね。私もマリウスさんを見習わないと。天体観測なんてロマンを感じますね。」


ほっ・・・上手くはぐらかせたようだ。しかし、本当にマリウスは空気が読めない。しかもM男ときている。一緒にいるといつまた飛んでもな事を言って来るのではないかと思うと気が気じゃない。


「それでは参りましょうか?」


 当然の如く私達に付いてこようとするマリウス。あの・・・誰が一緒に来ても良いって言いいましたか?


「ねえ、マリウス。もしかして・・私達に付いて来るつもり?」


「はい、当然です。私はお嬢様の付き人ですから。」


 ・・・頭が痛くなってきた。この学院は貴族だけしか入る事が出来ない名門なので当然私のように下僕を連れて一緒に入学してくる学生達もいる。だがしかし!マリウスのように始終べったりとついてくる下僕は流石にいない。休暇の日は当然下僕たちも休暇なのだ。それぞれ思い思い自由な時間を過ごしている。


「あのね、マリウス。私は今日はエマと2人で過ごしたいの。だから悪いけど貴方は席を外してくれる?そうだ、お友達がいるんでしょう?彼等と一緒に過ごせばいいじゃない。」

名案だと言わんばかりに言ってみる。


「いえ、彼らはそれぞれ恋人と一緒に過ごすので、それは流石に無理です。」


何と!マリウスの友人達はもうそれぞれ新しいパートナーを見つけたのか。やれやれ、早いとこマリウスに恋人が出来てくれないだろうか。そうすれば流石のマリウスも私に構ってる暇ど無くなるだろうから。


「マリウスさんも早くこの学院で恋人が見つかると良いですね。」


エマの言葉にマリウスがピクリと反応する。


「私に・・・恋人・・ですか・・?」


「え、ええ・・・?」


「何を仰っておいでなのですか?エマ様。私には恋人など必要ありません。何故なら私の全てはお嬢様と共にあるのです。お嬢様さえいれば後は何もいりません。親だって切り捨てられます!お嬢様がいない人生など、ビーフシチューに牛肉が入っていない様な物!そんな事はあってはならないのです!」


 熱弁を振るうマリウス。うわあ・・・ついにエマの前で言っちゃったよ。ほら、みてごらん。エマのあの表情。完全にドン引きした目で貴方を見ているじゃ無いの!

大体何なの?ビーフシチューに牛肉が入っていない様な物って。いくら何でも例えが酷すぎる。それに親は切り捨ててはいけません。


「マ、マリウスさん本当にジェシカ様を大事にしているのが良く分かりましたわ・・。」


「はい、流石はお嬢様のお友達でいらっしゃいますね。私の事を理解して下さって頂き、ありがとうございます。」


ニッコリほほ笑むマリウス。笑顔だけなら破壊力抜群だが、先程の台詞で台無しだ。


「ねえ、それじゃグレイやルークはどうなの?彼等と一緒に行動すればいいじゃない。昨日はあの後3人で町を廻ったんじゃないの?」


するとマリウスは突然肩を震わせ始めた。


「昨日・・・ですか?ああ。昨日は本当に中々あり得ない経験をさせて頂きました。

私達3名はお嬢様が攫われたブティックで大騒ぎをしたと言う事で警備員に取り押さえられたのですが、生徒会長様から店側に連絡が入り、今回は多めに見てもらうと言う事になりました。しかしグレイ様がジェシカお嬢様を探すのに必死のあまり他の方々が使用されている試着室を次々と開けていた事が後程明らかになり、何故か一緒にいた私とルーク様までが覗き魔扱いされて3人とも学校から呼び戻されてたっぷりとお説教される事になりましたよ。」


最後にフフフ・・・とどす黒い笑みを浮かべたマリウス。


私もエマも言葉を無くしてしまった。何と!まさかそんな事があったとは・・。全然知らなかった。だって昨晩会ったルークだって何も言ってなかった。では、グレイは?グレイは・・・そう言えばあれから会っていない。するとタイミングよくマリウスの口からグレイの話が飛び出してきた。


「最も、最終的に試着室のカーテンを開けたのはグレイ様だけという事実が明らかにされた為。私たちは無罪放免となりましたけど。彼は昨夜から処罰を受けるために明日の朝まで謹慎部屋に閉じ込められたそうですよ。」


マリウスはやれやれと言わんばかりに肩をすぼめた。マリウスの話を聞いている内に私は顔色が青ざめてきた。私がノアの手に落ちてしまったばかりに大勢の人達に迷惑をかけてしまったのだから。恐らくグレイの事はアラン王子の耳にも入った事だろう。彼はこれからどうなってしまうのか?折角良い友達になれたと思っていたのに・・。


「ねえ、閉じ込められたって・・謹慎部屋って一体何処にあるの?」

私は震える声を押し殺してマリウスに尋ねた。


「ええと・・それが私も昨日初めて聞いた話でして、場所までは・・。」


それはそうだ!原作者の私だって初耳なのだから。

マリウスが申し訳なさそうに言うと、代わりにエマが答えた。


「私、知ってます。聞いたことがあるんです。学院の西の塔の屋上に謹慎処分となった学生たちが閉じ込められ、反省文を書かされるんです。一度謹慎処分となればその月の休暇の外出も認められないそうですよ。」


え?そうなの?!何て事だ。またしても原作者の私が知らない事実が新たに分かった。だって小説の中で謹慎処分とか、謹慎部屋なんてキーワードこれっぽっちも書いた事も無いし、設定として考えたことも無いのだから。

もうこの世界はノンストップで留まる事を知らず、ますます加速するように私の小説から大きくかけ離れてきている―。これでは今後の私の取るべき方針が掴めなくなってしまうじゃないの!


「大丈夫ですか?ジェシカさん。随分顔色が悪いようですけど・・・。」


あまりにも真剣に悩み、押し黙ってしまった私をエマが心配して声をかけてきた。


「お嬢様、どうされたのですか?やはりあれ程言ったにもかかわらずまた何か拾い食いをされたのでは無いでしょうね?お嬢様の学問に対する好奇心は確かに素晴らしいですし、その情熱は尊敬に値します。ですがあれ程言ったではありませんか。口に入れて食べられるかどうか調べられるときには、どうかご自分の身体では無く、私の身体をお使い下さいと・・・。」


また何か言ってるよ。この男は・・・と言うか、何?ジェシカってそんな女だったの?私の書いたキャラクターのジェシカは気に入った男を手に入れるためにはどんな手を使ってでも自分の物にするような典型的な悪女で同性に嫌われるような典型的なタイプの女。しかし、その反面努力も怠らない人間なので周りは誰もジェシカに文句を言えない・・・。そんな女が、学問の研究の為に拾い食いをしているだ?

一体何を研究していたのだろうか?


 私は思った。

どうやらこの世界の住人は変人達で溢れているのではないかと―。





4



その後もしつこく私達に付いてこようとするマリウス。そこで私は少しだけマリウスと2人きりで話があるからとエマを残し、私達は離れた場所に移動した。さて、何とかしてマリウスには立ち去って貰わないと。


「ねえ、マリウス。」

私は腕組みするとマリウスの顔を下から覗き見るように話しかけた。しかも思い切り軽蔑した視線で。


「は、はい!」


それだけでマリウスは顔を赤くし始めた。よし、ここでさらにマリウスの嗜虐心を煽ってやろう。


「貴方、昨日かなりお店の人達に迷惑かけてしまったのよねえ。」


「そ、そうです。その通りです!」


「そんな貴方がこんな所で油を売っていていいのかしら?店に迷惑かけたって事は主である私の顔に泥を塗ったって事になると思わない?」

ふむ、私も大分このような台詞を言うのが上手くなってきたようだ。


「はい、ジェシカお嬢様。私は貴女に恥をかかせてしまいました!」


「そう、なら本当に反省している証拠を見せて貰えないかしらねえ?」


「勿論です!何なりと仰って下さい!」


「なら今から寮に戻って、男子寮の浴室をくまなくピカピカに掃除してくるのよ。それが終わったら窓ガラスも曇り一つ無いように磨いていなさい。手を抜いたらただじゃ置かないからね?」


私はなるべく迫力のある笑顔で言った。うん、中々の迫真の演技かもしれない。だってその証拠にマリウスは嬉しさのあまり打ち震えているのだから。


「どうしたの?早く行かないと今日中に終わらないわよ?」

畳みかけるように言う私。


「はいっ!分かりました!」

マリウスは私に何故か敬礼すると、大慌てて門へと戻って行った・・・。

後ろ姿を見て溜息一つ。ほんと、マリウスと一緒にいると自分の性格が歪んでしまいそうだ・・。



「エマさん、お待たせしました。」

私はマリウスを無事に追い払う事が出来たので、エマの所へ戻った。


「どうしたの?マリウスさん。何だかものすごい勢いで帰ったみたいだけど・・?」


「ええ、何だか大事な用事を思い出したらしくて、学院に戻ったの。でも、これで今日は2人で買い物楽しめるわよ。」

何せ、昨日はトラブル続きだったのだ。ゆっくり買い物も出来なかったし、ランチも楽しめなかった。


「そう言えば、来月学院主催の仮装ダンスパーティーがあるから、ドレスを見たいと思っていたの。一緒にドレスを選びに行きませんか?」


なんですと?これまた初のキーワード。仮装ダンスパーティー?そんな話は聞いてない。ひょっとするとハロウィンパーティーのようなものなのだろうか?考えてみれば来月は10月。地球で言えばハロウィンが行われる月だ。

 でもダンスなんて私は全く踊れない。日本で生活していた時だってダンスなど中学生の時のフォークダンス以来だ。ましてよくテレビなどでやっていた社交ダンスのようなものは踊れるわけがない。


「あの・・・そのダンスパーティーって全員必ず出なくちゃいけないのかしら?」


エマならきっとダンス得意なんだろうな。だって婚約者がいる位なのだから。きっと学院に入学する前迄は2人でさぞかし色々なパーティーに足を運んだことだろう。

片や私、ジェシカは妖艶な顔つきで自分で言うのも何だが、ナイスなボディ。そのような人間がダンスが全く出来ないとなるときっと世間で笑いものにされるに違いない。出来る事なら・・・いや、仮病を使ってでも絶対に参加はしたくない。


「そうね・・・。どうしても仮装ダンスパーティーに出たくないとあれば・・あ、

良い考えがあるわ。メイドの恰好をすれば良いのよ。この日は盛大な立食パーティ―もあるからメイド達も給仕の仕事に来るみたいだし。その人達に混じって仕事をしていれば誰も学院の生徒だとおもわないんじゃないかしら?髪型も変えて、メガネも付けて変装してみればどう?」


エマの発言に私は度肝を抜いた。ええええ~メイドってあのメイドですか?よくアキバにある、いわゆるメイド喫茶。フリルの付いた短いワンピースに、これまたフリルのついたエプロン、頭には猫耳やらリボンのカチューシャをして・・・そして・・

「お帰りなさいませ、ご主人様。」

と言う、いわゆるあれの事なのか?!


「そ、そんな恥ずかしい恰好を・・・・。」

私が震える声で言うのをエマは不思議そうに言った。


「え?どうして恥ずかしいのですか?それじゃまずは実際にお店に行って見てくればいいんじゃないかしら?この時期は仮装ダンスパーティー用のドレスを扱っているお店があるんですって。それにメイド服も売ってると思うけど。」


何だかエマは随分詳しいようだ。

「エマさん・・・何だかすごく詳しいのね。驚きました。」


「ええ、実はね。毎年婚約者と仮装ダンスパーティーに参加していたんだけど、この学院でも開催されるって事を知って、お店をチェックしていたんです。」


エマは恥ずかしそうに笑った。う~ん・・・。知れば知る程エマって謎が深まる人だ・・。


 エマに連れられてやってきたのは町の中心部にある子供服から大人の服、更に服飾品等の取り扱いも行っているブティックだった。まるで日本の衣料品ショップみたいだったので私は少し驚いてしまった。

しかし、流石ファンタジー世界。日本ではまず見られない鎧や盾、兜等も売っているのには正直度肝を抜かれてしまったけれども。


 店員さんにメイド服が売ってる場所を尋ね、案内されてみると私が想像していたメイド服とは全く違っていた。

黒いシックな何の飾り気も無いロングワンピースに真っ白なロング丈のエプロン、そして頭に被るモブキャップ、ただそれだけ。あまりにも地味なデザインだった。

よし、この服なら着れる!早速私はセットで2着分購入した。1着分は予備として。


 一方のエマはフリルの袖のシャンパンゴールドのロングドレスで青い糸で刺繍された無数の薔薇が印象的なドレスを選んだ。うわお・・・。何て素敵なドレスなのだろう。この間全て処分したジェシカのドレスとは大違いだ。

本当なら私もこんなドレスを着てみたいと思ったが、ダンスは踊れないし、練習する気も無い、極めつけが何故男性と身体を密着させて踊らなければならないのだ。

私の本質は日本人、絶対にそんな真似はしたくない。そんなダンスを踊るくらいなら盆踊りをした方がずっとマシだ。


 お互いに満足いく買い物が出来たら、今度は2人でお昼を食べに行く事にした。


「今女性に大人気の店があるんですって。そこに行ってみませんか?」

エマに誘われて店の前まで行くと、確かに女性だらけの大行列が出来ていた。


「ここは何のお店でしょう?」

よく内容も聞かずに付いてきてしまったので、改めて提供される食事がどんなものなのか気になったので尋ねてみた。


「細い棒状に焼いたお肉やウィンナー等をクレープ生地でサラダと一緒に包んだ食べ物なの。今すごく流行ってるんですって。」


エマのその言葉を聞いたときに私はグレイの事を思い出した。確か彼も同じようなメニューを勧めてくれたっけ・・。グレイは今どうしているのだろう・・・。謹慎部屋に閉じ込められてると聞いたけど、果たして面会する事は可能なのだろうか?


 エマと暫く並んでいると、ようやく店内に入る事が出来た。私たちは窓際の席へ案内されて座ると、中央テーブルにソフィーと例の女生徒がテーブルを挟んで向かい合って食事をする姿を発見した。

 その時、たまたま顔を上げたソフィーと目が合ったのだが、フイと視線を逸らされてしまった。・・・・・え?今の気のせい・・・?いや、確実にソフィーは私に気が付いたのに視線を逸らせたのは確実だ。

一体、どうしたというのだろう。まさか、ついに私が悪女へと堕とされる話が

スタートを切ってしまったのだろうか―?





5




ソフィーと目が合ったのに意図的に逸らされた・・・その事が食事中もずっと尾を引いていた。お風呂で会わなくなったのは私と顔を合わせるのを避ける為だったのだろうか?でも何故ソフィーにそのような行動を取られてしまうのか全く自分には心当たりが無い。そもそも小説の中で2人は互いに反感し合う事は無かった。むしろソフィーは危うく処刑されそうになったジェシカを助けた命の恩人である。これは一体どういう事なのだろうか・・・。


「ジェシカさん?どうしましたか?」


突然エマに声をかけられて私は現実へ引き戻された。


「さっきから黙ったままで・・・顔色も悪いようだし、大丈夫ですか?」


エマは私を心配そうな瞳で言った。


「うん、ごめんなさい、大丈夫。ちょっとグレイの事が心配になってしまって・・。」

私はエマに本当の事を言えず、咄嗟に嘘をついてしまった。自分の顔色がどれだけ酷いのか、確認したくなったので私はエマにお手洗いに行って来ると言って、席を外した。


 

 鏡の前の私は酷い顔色をしていた。それは私がこの小説の世界通りに悪女に仕立て上げられるのではないかという恐怖、そして日本にいた時、会社で受けた理不尽な扱い・・・それらが入り交ざって私をどうしようもなく不安な気持ちにさせる。

ソフィーが何を考えているのか、少しも分からない・・・。


 私は深いため息をついて、外へ出ようとしたその矢先・・。


「!」

なんとソフィーと常日頃から一緒にいるあの女生徒が突然入ってきたのである。

ばっちり私と彼女は視線が合ってしまった。黒い縁取りの眼鏡をした彼女のほの暗いグレーの瞳、表情の読み取れない顔・・・私は頭を一度下げて出て行こうとした時、

突然小さい声で囁かれた。


「・・・・て。」


「え?」

あまりにも小さい声で囁かれたので私は聞き直した。すると彼女は素早い動きで私に小さく折りたたんだメモ紙を押し付けてきた。


「?」

驚いて私は顔を上げたが、彼女はすぐにお手洗いから出て行ってしまった。

今のは・・・一体どういう事なのだろう・・?私は彼女から受け取ったメモを広げて見た。


 『もっとお互いを信頼出来る仲間を増やして』


メモにはそれだけが書かれていた-。



「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」

私は待たせてしまったエマに謝罪した。


「うううん、私は大丈夫。でもあまりにも遅いから実は心配で様子を見に行こうかと考えていた所だったの。ジェシカさん、大丈夫?」


「はい、私は平気です。少し眩暈がしたものだから休んでいたの。」

ごめんね、エマさん。嘘をついてしまって。私は心の中で謝罪した。

店内を見渡すと、既に先程の女生徒とソフィーの姿は消えていた。


「え?そうなのですか?大丈夫なのですか、ジェシカさん。」


「うん、大丈夫。でも今日の所はもう学院に戻ってもいいかしら?ごめんなさい。後、聞きたい事があるのだけど、謹慎処分を受けた人には会えるのかしら?」

先程のソフィーと言い、メモの事も気になるが一番今気がかりなのはグレイである。


「ごめんなさい・・・。それはちょっと分からなくて。あ、でも学生手帳に学院規約があるから、そこに書いてあるかもしれないわ。」


 成程、学生手帳か。それは思いもしなかった。流石はエマ。私にとって頼りになる存在だ。そこで先程のメモの内容をふと思い出す。

― もっとお互いを信頼出来る仲間を増やして ―

彼女はソフィーの友人だったのではないだろうか?名前も知らない女子学生。

あの人は果たして私の敵なのか、それとも味方なのだろうか・・・。あの時、きっと彼女は私の様子を伺っていて後を付いてきたのだろう。ひょっとするとあの2人は友人関係では無く、ソフィーに監視でもされているのだろうか?ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。寮に戻って少し頭の整理をしたい。


 その後も再び考え込んでしまったエマは私を心配し、その後門を出た後は私の自室までエマは付き添ってくれたのだった。


 エマと部屋の前で別れた後、私は早速自室で自分の学生手帳をめくった。

「え・・・と、謹慎処分について・・・。面会を希望する場合、西の塔にある生徒会所属学生指導員に面会希望の旨えを申し入れる事、面会時間は最大30分・・・。」

生徒会と聞くと途端に憂鬱な気分になってくる。でも生徒会長は恐らく西の塔にはいないだろうし、ノア先輩も今は生徒会の監視下に置かれているそうだから、あの2人と会う事は無いだろう。

私は早速西の塔へ向かう事にした。


「すみません、私ジェシカ・リッジウェイと申しますが、こちらにグレイと言う男子学生がいると伺って来ました。面会する事は可能でしょうか?」

私は受付にいる腕章を付けた女子学生に声をかけた。腕章には『学生指導員』と記入されているので多分間違いないだろう。

 女子学生は名簿をパラパラとめくった。


「ああ、グレイ・モリスの事ですね?アラン王太子の関係者の」


グレイ・モリス?しまった。私はグレイの名前だけしか知らなかった。そうか、モリスと言うのか。

「ええ、そうです。」

私は内心の焦りを隠すために、にっこりとほほ笑んだ。


「面会する場合は相手が希望しない限り無理ですので、確認を取るので待って下さい。」


・・・待つ事約5分。

先程の女子学生がやってきた。


「お待たせしました。相手も是非会いたいと話しておりましたので、ご案内しますね。」


 私は女子学生について廊下を歩く。

それにしてもここは何とも言えず静かな場所で足音だけが廊下に響く。まるで夜中の入院病棟のような静けさだ。・・・気が滅入って来る。いくら反省を促す為とは言え、こんな場所に閉じ込められるのは精神衛生上よろしくないのでは?ましてあの明るいグレイの事。かなり参っているに違いない。


 やがて、1つの部屋の前に辿り着いた。


「ここが、グレイ・モリスのいる部屋です。いいですか?面会時間は30分です。私は隣の部屋で待機していますので、時間になったら呼びにきます。」


 私は隣の部屋に女子学生が入るのを見届けると、部屋のドアをノックした。

「グレイ?」


すると部屋の中から返事が返ってきた。

「ジェシカか?部屋に入ってくれ。俺からは出迎えてやれないんだ。」


・・・妙な事を言うグレイ。どういう事だろう。

「それじゃ、お邪魔します・・・。」


「ジェシカ!ごめん!!」

部屋に入ると若干やつれた感じのグレイ。そして開口一番言った。


「俺、エマにジェシカが攫われたって聞いて、すっかり気が動転してしまって・・いや、そんな事を言いたかったんじゃない。元はと言えば俺がルークとマリウスにあんな勝負を持ちかけてジェシカを一人にしてしまったから・・・あんな最低な男に連れ去られてしまったんだよな?なあ、何かアイツに変な事されたりはしなかったか?!」


グレイは私の両肩をガシッと掴むと息をつく暇も無く、一気にまくしたてた。いつものおちゃらけたグレイからは考えられない様子だった。

「お、落ち着いてってば。私は全く大丈夫だから。ほら、よく私の顔を見てよ。どこか殴られたりしたような痕でもある?」

私はグレイの両頬に触れて自分に向けた。途端に何故か顔を真っ赤に染めるグレイ。


「お、おう。確かに言われてみれば・・・そうだな。いつもと変わりないジェシカだ。いつも通り・・その、綺麗だ・・・。」


「?」

何だかグレイの様子がおかしい。いつもとは様子が違うようだ。首を傾げた時突然グレイが私を強く抱きしめてきた。

「グ、グレイ?」


「俺・・・お前の事が・・好きだ。」



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