第3章 2 そのヒーローは?
1
カチ・カチ・カチ・カチ・・・何処からか規則正しい時計の音が聞こえる。
「う・・・・。」
私はゆっくりと目を覚ます・・・が、何故か上手く目の焦点が合わない。
「ああ、目が覚めたんだね。」
聞き覚えのある声に、途端に私の意識は覚醒する。頭を振って声のした方向を見上げると、そこには私を見下ろすように椅子の背もたれを抱え込むように座っているノア先輩の姿があった。
どうやら私は床の上に転がされていたようだ。床に手をついて起き上がろうとしたが
身体に力が入らずに倒れ込んでしまう。
「ああ、急に動いたら駄目だよ。ちょっと配合を間違えちゃって強い薬を嗅がせてしまったからね?」
ノア先輩はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら私に言う。配合を間違えて?絶対そんなの嘘に決まっている!私は部屋の様子を伺った。床も壁も板張りの部屋。窓は天井近くに2つあるが、日当たりは悪く、部屋の中は薄暗い。
粗末なテーブルとイスが2脚に暖を取る為か、暖炉が備えてあるが、蜘蛛の巣が張ってある。あまり手入れは行き届いていないようだ。
そして・・・部屋の奥にはベッドが1つ。
「おや?どうしたの?さっきから君は一言も喋らないね?冷たいなあ。」
お道化たように言うノア先輩。
全身に恐怖が走るが、相手に弱みを見せてはいけない。
私は口を開いた。
「ここは何処なんですか?」
「小屋の中だよ。僕が所有しているんだ。ああ、それとも場所の事を聞いてるのかな?残念だけどそれは教えられないなあ。でも大丈夫、学院に戻る時は僕がちゃんと君を連れて行ってあげるから。だから明日までは君と二人きりでゆっくり過ごせるよ。ね、キャロル?」
この男は明日まで私をここに閉じ込めておく気なんだ・・・!私は奥のベッドをチラリと見た。まさか私を・・・?それだけは絶対に阻止しなければ!何とかして時間を稼いで・・でもその後は?私は必死で考えるが今の状況を打開する案が見つからない。その時ふと、私はある事に気が付いた。
「ノア先輩・・・。」
「何だい?」
嬉しそうに返事をする。
「ナターシャ様は・・・どうされたのですか?」
「ナターシャ?誰だっけ?」
完全にとぼけている。
「ごまかさないで下さい。今日一緒に町へ出掛ける約束をした女性では無いですか。
今朝一緒に門の前へいる所を見ましたよ。」
「へえ~そうなんだ。僕の事を見つめていてくれたんだね。嬉しいなあ。」
のらりくらりと話を交わす態度にナターシャの事が心配になってきた。
「そういう事を言ってるわけではありません。ちゃんと質問に答えてください。
ナターシャ様は今どちらにいらっしゃるのですか?」
「知らない。」
あまりにもあっさりした返事に私は驚いた。
「・・・え?」
「だから、知らないってば。」
「で、でも一緒に出掛けられたでは無いですか。」
なにやら狂気じみた雰囲気を纏っているノア先輩に私は思わず声が震えてしまった。
「うん、確かに途中までは一緒にいたかな。」
どうでもいいやと言わんばかりの言い方をする。
「だったら、何故・・・。」
私の言葉を途中で遮るようにノア先輩は言った。
「ああ、思い出したよ。そう言えばあの女、どうしたと思う?僕と恋仲だって事を世間に教えたかったのかなあ。町へ来てすぐにあろう事か、この僕に身体の関係を迫ってきたんだよ。笑えると思わない。僕って女性から誘われれば誰とでも相手をすると思っていたのかな?」
どこか自嘲気味に私の方を向いて話をしているが、その瞳は何処を見ているのか分からない。
「だからね、僕は言ってやったんだ。『君みたいな女の子には全く食指が動かない』ってね。」
「!」
それはあの気位の高いナターシャにとっては残酷な言葉では無いだろうか。
・・・酷い、許せない。
ノア先輩は私の非難するような視線に気づかない様子で話を続けた。
「時々、ああいう勘違いする女がいて正直困ってるんだ。僕に近付いてくる女は皆・・・!」
どこか憎悪を含んだような言い方に私はゾッとした。知らない、こんな顔をしたノア先輩は。私の小説の中のノア先輩はここまで歪んでなどいない。それとも私がもっと登場人物たちの生い立ちを詳しく設定していればこんな事にはならなかったのか・・?
「でも、僕はようやく出会えたよ。ずっと探していたんだ。君のような女性を。」
そう言うとノアは椅子から立ち上がり、私の側に来ると顎を掴んで無理やり自分の方を向かせた。絶対に隙など見せてやるものか。
私は自由が利かない身体でノア先輩の事を睨み付けてやった。
「いいねえ。その瞳・・・・。今まで誰一人として僕をそんな瞳で見た女の子はいなかったよ。うん、決めた。やっぱり僕のものにしちゃおう。ずっと側に置いてあげるね。」
「!」
突然ノアは私を抱き上げると奥のベッドへ放り投げ、上から覆いかぶさって来た。
両手首をがっしり握りしめられて身動きが取れない。と言うか、まだ身体に痺れが残っているので自由が利かない。私はこの時初めて全身に恐怖を感じた。
「ああ、やっと君からそんな表情を引き出す事が出来たよ。」
ノア先輩は嬉しそうに私を見下ろしている。
駄目だ、この男は狂ってる。
嫌だ、誰か・誰か助けて―!
心の中で強く助けを呼んだ時、突然小屋の入り口のドアが激しく蹴破れた。
「ノア・シンプソン!そこまでだ!!」
―え?
姿を現したのは・・・・何故か生徒会長だった。生徒会長はノア先輩の腕を捻り上げる。
「う、痛たたた・・・っ!な、何をするんだよ!」
「黙れ!ノア・シンプソン!今までお前の狼藉を見逃してきたが、今日と言う今日はもう勘弁ならん!」
そして何故か生徒会長はどこから取り出したのかロープでノア先輩の腕を後ろに回し、縛り上げてしまった。
「く・・くそっ!」
悔しそうに生徒会長を睨むノア先輩。
「ふん!休日明けにお前を理事会に掛け合い、それ相応の処分を下してやる。」
生徒会長は腕組みをしながら言うと、3名の男性達が室内に入って来た。
「おい、お前たち。ノアを連れて行け。」
「「「はい。」」」
彼等は悔しがるノア先輩を連れて小屋から外へ連れ出して行った。
やがて室内に誰もいなくなると生徒会長は 私の方に向き直った。
「大丈夫だったか?ジェシカ。」
心配そうに覗き込む生徒会長。しかし私はこんな一大事なのに妙に冷静に考えていた。何故?どうして助けに来たのが生徒会長?と言うか、どっから湧いてきたの?普通お話の世界だったら、ここで助けに来るのは、マリウス達でしょう?いくら何でもこれははちょっとおかしいんじゃないの?!
「どうした?ジェシカ・リッジウェイ。」
いや、別にフルネームで呼ばなくていいから。
「生徒会長・・・。」
「ユリウスだ。」
うう、こんな時にまで名前の呼び方の訂正させなくても・・・。
「ユリウス様。」
「何だ?」
「何故、こちらへいらしたのですか?よく場所をご存知でしたね。」
「ああ、実は以前からノアがここの小屋を隠れ家にしていたのは知っていたんだ。ここで女生徒達に不埒な行為をしていたのもな。流石に学院でも見過ごせない事態になってきたので、休日の時は数名態勢でここを監視していたのだ。実際の証拠を押さえる必要もあったし。」
ええ~どうしてそんな回りくどい事を・・・。そこでふと私はある事に気が付いた。
「そ、それではユリウス様。私がここに連れてこられたのも見ていらしたのですか?」
「ああ、見ていた。」
どや顔で頷く生徒会長。
「連れてこられたのがジェシカだったから正直驚いたな。」
「・・・ちなみにそれをご覧になってどう思われましたか?」
「どうって?困ったことになったと思ったが?」
・・・・。言いたい事は山ほどあったが、それを押し込んで私は言った。
「あのですねえ。気絶しているのであれば、何故もっと早く助けに来て下さらなかったのですか?そもそも気絶させられてる事自体が十分証拠になったと思いませんか?」
「・・・。」
生徒会長は暫く黙っていたが、やがてポンと手を叩いた。
「成程、言われてみればその通りだ!」
・・・・。私が生徒会長を殴りつけたくなったのは言うまでもない。
2
結局、私がブティックから攫われて助け出されたのは2時間後だった。
救出劇後、生徒会長は店に連絡してくれて、ようやくエマやマリウス達に再会出来た。
「お、お嬢様!ご無事で何よりです。本当に申し訳ございませんでした。私が目を離したばかりに・・。」
「すまん、ジェシカ。俺がこいつらに変な競争を持ちかけたせいで、怖い目に合わせてしまったんだよな?本当に悪かった。」
「ごめん。まさかアイツがまだお前を諦めていなかったなんて思いもしなかったんだ・・・。」
マリウス、グレイ、ルークが次々と私に謝ってくるが、私以上に怒っていたのが意外な事にエマだった。
エマは自分の目の前で私がノアに連れ去られるのを見て相当パニックを起こしたらしく、必死でマリウス達を探したそうだ。
「全く、貴方がたって本当に頼りにならないですね!いいですか?ジェシカさんはずっとノア様に狙われていたわけですよね?それを知っていてどうして1人きりにさせたのですか?本当にあり得ない話ですよ!」
私はエマの勇ましい姿に正直言って驚いた、と同時に本当に私の事を心配してくれていたのだと思うと嬉しかった。
3人はエマに最もな事を言われて、かなり落ち込んでいるのが目に見えて分かった。
私自身、彼等に文句の一つも言ってやりたいところだったが、エマが代わりに怒ってくれたので良しとしよう。
「エマの言う通りだ。お前たち、大の男3人も揃っていて何故ジェシカをあのような目に合わせたのだ。もう、お前たちにはジェシカの面倒を見させるわけにはいかない。今から俺がジェシカに付いて歩く事にする。エマ、君も一緒に行こう。」
生徒会長は当然だと言わんばかりに私の方を向いて言う。
「「「ええッ?!」」」
男3人は情けない声を揃えて驚いている。それはこちらだって同じだ。
何?今何て言ったの?この生徒会長は。何が悲しくて今度は強面男の生徒会長と一緒に行動しなくてはならない訳?って言うか貴方、連行されたノア先輩に付いて行かなくていいのですか?生徒会長なら仕事しろよ!私は心の中で思い切り毒づいた。
「え?でもそれは・・・。」
エマがそこで言い淀む。うん、お願い!生徒会長を説得して!ノア先輩も連れ去られた事だし、もう危険はないよねえ?私は出来ればエマと二人で町巡りをしたい!
「女2人だけでは危険が伴うかもしれない。それに俺は生徒会長。生徒の身を守るのも俺の仕事だ。」
・・・なんか最もらしい台詞を言ってらっしゃいますけど!本当は仕事さぼりたいだけなんじゃないの?って言うか助けておいて貰ってなんだけど、どうしてこの生徒会長はいつも私に構うの?お願いだから放って置いて下さい。
「はい・・・。分かりました・・。」
エマは不承不承、承諾してしまう。え?今の生徒会長の言葉で納得しちゃうの?
「生徒会長はジェシカさんを助けて下さった方ですから、あの方達よりは頼りになりますしね。」
にっこり笑いながら、さり気なく毒を吐くエマ。そして、言葉に詰まる男3人。
・・・私は随分頼りがいのある友人をゲットする事が出来たようだ。
「ほら、分かったら行った、行った。」
生徒会長は、まるで犬でも追い払うような手つきでマリウス達を追いやった。
男3人、何か言いたげだったがやがて、背中を向けてすごすごと去って行く。
う~ん・・・。男の3人連れ・・中々シュールな光景だ。
マリウス達が去るのを見届けると生徒会長はクルリと私たちの方に向き直って言った。
「さあ、2人とも。何処に行きたい?俺はこの町の事なら知り尽くしている。好きな場所へ連れて行ってやるぞ?何、生徒会長だからと言って遠慮する事は無い。」
いえ、遠慮するどころか、本当は付いてこられるのを遠慮したいのですが・・・とは言えず、こうして息の詰まるような町巡りが再開された。
「2人とも、そう言えばお腹は空いていないか?あの騒ぎで昼食どころでは無かっただろう?」
言われてみればお腹が空いたなー。腕時計を見れば時刻は午後2時。とっくにお昼の時間を過ぎている。
「そうですね。お腹が空きました。何か食べたいです。」
私が言うとエマも賛同した。
「ええ、私も食事にしたいです。」
「よし、それなら良い店を知ってる。2人ともついて来い」
え?何食べたいか聞いてくれないんですか?そこは普通どんな物が食べたいか聞いてくれてもいいんじゃないの?
しかし、得意げに前を歩く生徒会長の前ではとても私たちは言い出せず・・仕方が無くついて行く事にした。
歩く事約10分。
生徒会長は大通りに面したある1軒の店の前で足を止めた。
「さあ、この店だ!」
私とエマは店の看板を見上げた。店の看板には可愛らしい動物のイラストやらスイーツの絵がふんだんに描かれている。
「あの・・・。こちらはどのような店なのでしょうか・・?」
エマが恐る恐る聞いてきた。あ、顔がひきつってるよ。うん、分かる分かる。
「ああ。よく聞いてくれたな。ずばりこの店は『アニマルスイーツカフェ』だ!」
「アニマル・・スイーツカフェ・・・?」
店の名前を復唱したエマ。あ、何だか顔が青ざめてるよ。それはそうだろう。実は生徒会長はその強面とは想像もつかない、乙女チックな一面があるなんて事を―!
「生徒会長・・もとい、ユリウス様。もしや今日のお昼はこちらで・・・?」
私は白けた目で生徒会長を見た。
「ああ、当然だ。ガイドブックによるとこの店の一押しはフワフワの3段重ねのパンケーキに生クリームたっぷりのチョコがけソースが人気メニューらしい。セットにするとアニマル柄の可愛らしいクッキーとホットココアが付いて来るそうだ。」
自慢気に言う。あ、聞いてるだけで甘いものだらけで胃もたれを起こしそうだ。言っておくが私は甘いものは嫌いでは無いが、それ程好きでもない。仮にケーキと御煎餅を選べと言われたら迷わず御煎餅を選ぶだろう。
何が悲しくて昼食にそんな糖分たっぷりのスイーツを食べなくてはならないのか・・。
エマも私と同様、嫌そうな顔をしているが相手は生徒会長と言う事で気を使っているのだろう。
「そ、それでは一応中に入ってみましょうか・・・?」
エマがそう言うならこちらも嫌とは言えない。仕方が無い。私は一番最後に店内に足を踏み入れた。
やっぱりだ、予想通り男性はこの店に生徒会長を除き、誰一人としていない。
気づまりしないのだろうか?それなのに当の本人は全く気にする素振りも無く楽しそうにメニューを開いてにらめっこしている。
「う~ん・・・どれも迷う。本日のおすすめスイーツセットか、スペシャルスイーツAセットか・・。」
私は溜息をつくと渋々メニューを開いた。
・・・おや?スイーツ以外もあるじゃないの。メニューの下の段にはパスタ料理が書いてある。私は取りあえず一番無難そうなミートソースパスタを選んだ。
エマはと言うと、シーフードパスタをチョイスしたようだ。
「・・・何故だ?何故お前たちはスイーツカフェに来ていながら、スイーツを食べないのだ?!いいか?店には店の流儀と言う物がある。その店の一押しメニューを注文するのが筋なのだ!」
私とエマの頼んだパスタがテーブルに届くなり、また何か訳の分からない台詞を言いだす生徒会長。
もういい加減その芝居じみた行動するのは止めにして欲しい。一緒にいるこっちが恥ずかしい。ほら、あのテーブル席の人達、こっちを見て笑いを堪えているよ・・。
エマも飛んだ災難だったね。ごめんなさい、こんな変な生徒会長に妙に私が懐かれてしまったばかりに。
私は心の中でエマに謝罪した・・・。
3
その後も私とエマは強面生徒会長に様々な店へと連れ回されたが、意外な事に生徒会長は可愛い物系が好きなキャラだったので、可愛らしいティーカップや文具を扱っている雑貨屋さん、お洒落なかばん屋さん、クッションカバー等を取り扱ったインテリアショップ、おまけにアクセサリーショップまで案内してくれたのだ。
本当に変わった人だ。顔はイケメンだけど強面、性格は何だか一昔前の青春スポーツドラマに出てくるようなタイプなのに、何故か乙女チックな一面も持ち合わせている。ひょっとすると生徒会長は女の姉妹たちに囲まれて育ったのではないかと思い、聞いてみる事にした。
「ユリウス様、ひょっとしてご家族の中でお姉さんか妹さんがいらっしゃいますか?」
「どうした?何故急にそんなことを聞く?」
「いえ、少し気になったもので。」
「ええ、私も生徒会長の家族構成が気になりますわ。」
エマも私同様ひょっとして同じことを考えているのかも・・・・?
「俺は4人兄弟の長男だ。家族構成は父、母、そして3人の弟がいる。」
「あ・・・そうですか。」
なんだ、男の兄弟しかいないのか。
その時、夕方の5時を知らせる音楽が町中に鳴り響いてきた。
「ああ、もうそんな時間か。どうする?俺はそろそろ学院に戻らなければならないが・・。」
生徒会長は私たちを見ながら言った。ええ、ええ。どうぞお気になさらずお先に学院へ戻って下さい。そう言おうと思っていたのに・・。
「だからお前たちも学院へ戻るぞ。」
ええ?!何故そうなるの!私はこの後も町を散策し、お酒を飲んで帰ろうかと思っていたのに。これではあまりに横暴だ。思わず恨みがましい目つきで生徒会長を見る。
「何だ?何か言いたげだな?」
そんな私の視線に生徒会長は気が付いたようだ。
「ええ、まだ買いたい物も残っているので、どうぞ生徒会長は気になさらずにお帰り頂いて結構ですが?ね、エマさん。」
「はい、私もまだ買い物が残っているんです。婚約者にお土産を買って送りたいので。」
エマのまさかの爆弾発言だ。
「ええ?!エマさん、婚約者がいるの?!」
「何?そうなのか?!」
私と生徒会長は同時に声を上げてしまった。
「ええ。そうですよ。そんなに驚く事でしょうか?」
エマはきょとんとした顔をしている。そんな事言っても私と生徒会長が驚くのは無理も無い。大体、この学院に入学してくる学生たちは、まだ自分の未来の伴侶となる相手がいない男女が入学してくるものと相場が決まっているのだ。そして4年間の学院生活で大抵結婚相手を見つけるのである。中には学生結婚をして、夫婦専用の塔に住み、子供を育てている若い学生達だっている。
「な、何故お前は婚約者がいながらこの学院に入学してきたのだ?!理由を我々に聞かせてもらえないか?!いや、俺は生徒会長。聞く権利はある!」
出たよ、生徒会長の役者もどきが。それは特権乱用では無いですか?でも私自身も何故エマがこの学院にいるのかは大いなる謎を感じる。
「ええ、それは私には魔力があって、婚約者には魔力が無いのでこの学院には入れなかった。ただ、それだけの事です。」
確かにこの学院には魔力が無い人間は入る資格は無い。だからと言って魔力があるからと無理に入学を勧められる訳でもない。そういう場合は魔力が無くても入れる学校に入学すればいいだけの事なのだ。
「両親や婚約者から門を守る大切なお役目を果たせる学校に入学すべきだと言われて入ったのです。でも、私の心は彼の物だから絶対にこの学院で別の男性を選ぶことは無いですけどね。」
うっとりするような眼つきで婚約者の事を語るエマ。本好きの大人しい女の子だとばかり思っていたのに、彼女にこんな顔をさせる婚約者とは一体・・・。
「きっと、すごく素敵な男性なんでしょうね。」
私は思った事を素直に口に出していた。
一方の生徒会長は何故かショックを受けたようでブツブツと口の中で何事が呟いている。
「エマに婚約者・・・4年間学院に通っている俺にだってそんな相手はいないのに・・・。」
ああ・・・やっぱりね。生徒会長ご愁傷様。でも何故自分に彼女が出来ないのか、その理由を自分で一度じっくり考えた方が良いかもね。
「お土産を選ぶなら、私も付き合います。それに私もまだ買い残したものがあるから。」
そうだった、うっかりしていた。私は今日この後グレイとルークにアラン王子のお見舞いに行くように頼まれていたんだっけ。
「え?そうなんですか?」
「ええ、この後アラン王子のお見舞いに行かないとならなくて。」
「何い?!ジェシカ!お前はアラン王子の見舞いに行くのか?!何故?何故なのだあ?!」
あ~うるさい。町中で大声で叫ぶのだけはやめてよね。
「仕方が無いんですよ・・・・。グレイとルークから本日アラン王子の面会に行くように頼まれてしまったのですから。」
私は心底嫌そうに言った。
「まあ・・・大変ですね。王子様のお見舞いなんて。気をつかってしまいそうです。」
「はい。でも仕方が無いの。命令だから・・・。」
別に強制された訳では無いが、グレイとルークが無理やりアラン王子に命令されているので気の毒に思い、行くだけの話である。
「そ、そうか。命令ならば仕方が無いな。では男性向けの商品が扱っている店に案内しよう。こちらだ、ついて来い。」
先頭に立って歩く生徒会長。
へえ~女性向けのショップばかりチェックしている訳では無いようだ。
生徒会長が案内してくれた店は主に男性をターゲットにした店だった。
店内にはレザー製品や男性向けのフレグランス商品などが並んでいる。
エマは散々悩んだ挙句、レザーで作られた財布を買った。
一方の私は・・・ん?何故たかだか見舞いに行くだけなのにこんな店に来ているのだろう?不意に疑問に思った。
だって、アラン王子って確かただの流感で療養病棟にいるだけだよね・・。
「一体、療養病棟に面会に行く時、男性には何を持って行けば良いのかな?」
思わず私は口に出していた。
「よし、それならこの俺に任せろ。」
何故か口を挟んでくる生徒会長。
「万年筆を渡せばよい!」
自信満々に言う生徒会長。
「あの・・・何故万年筆なのですか?」
「手紙を書く為に決まっているだろう?」
「手紙?誰に?」
「家族宛てに書くに決まっているだろう。」
「はあ・・・。」
もうこれ以上追及しても参考になる回答は得られそうに無かった。仕方ない、生徒会長の言う通り、無難な万年筆を選ぶと一応?ラッピングをしてもらった。
さて、買い物も済んだし学院に戻る事にしよう。
町の外れにある門へ行くと、まだ門の輝きは光り輝いている。この光が続くのは後約4時間。そう言えばあの後マリウス達はどうしたのだろうか?
光り輝く門を私たちは通り抜けた。
「よし、それではお前たち、またな。今日は1日楽しかったぞ。」
・・・やっぱり生徒会長、貴方が楽しみたかったのですね・・・。納得。
その後私はエマと別れると1人、療養病棟へと向かった。
療養病棟は医務室が入っている棟と同じである。受付でアラン王子の面会について尋ねると、やはり話はもう届いているらしく、アラン王子がいる部屋番号を教えて貰った。
はあ・・。何故私が俺様王子のいる療養病棟に面会に来なければならないのだろう。
足取りも重く、私はアラン王子の部屋の前まで来るとドアをノックした。
私が返事をするまでも無く、すぐに返事が返ってきた。
「もしかしてジェシカか?!」
「はい、私ですが。」
「早く部屋の中へ入って来てくれ。」
「はい、失礼します・・・。」
私はドアを開けて室内に入ると、そこにはニコニコと笑顔でベッドの上にいるアラン王子がいた。
4
「はい、失礼します・・・。」
部屋の扉を開けてびっくり。何?!この部屋は。だだっ広い部屋に高い天井、大きな窓からは夕暮れの空が見え、床には上品なカーペットが敷き詰められている。
部屋のかしこにはこれまた豪華な調度品が備え付けられ、さながら豪華スイートホテル並みの部屋だった。
この学院てこんな豪華な療養病室があったの?いや、それとも王族だから特別にあしらえた部屋なのか・・・?
唖然と辺りを見渡していると、上質なガウンに身を包んだアラン王子がニコニコしながら声をかけてきた。
「どうしたんだ?そんな部屋の入り口に立っていないでこちらへ来たらどうだ?」
「は、はい・・・。」
私はアラン王子のいるベッドの約1m手前まできて止まった。
「?何故そんな中途半端な場所にいるのだ?」
不思議そうな顔で私を見るアラン王子。ええ、ええ。貴方は気付いていないでしょうけど、その王子様オーラに押されて近寄れないんですよ。
「ほら、もっと側に来い。話も出来ないじゃないか。あ、成程そうか、椅子が無いからなのか?ではソファ席へ移動しよう。」
私が何か言う前にアラン王子は勝ってにしゃべり、ベッドから降りるといきなり私の手を握りソファ席へと移動した。
「さあ、座れ。」
これまた立派なレザーの3人掛けのソファに座ると、何故かアラン王子は自分の隣の空いてる場所をポンポンと叩いた。あの~もしや隣に座れとおっしゃっているのでしょうか・・・?
私は無視を決め込み、アラン王子とテーブルを挟んだ向かい側の1人掛けソファに座る。
「失礼致します。」
私が座ると何故かアラン王子の舌打ちするような・・・?音が聞こえた。
「今日は入学して初めての休暇だったな?俺が流感にかかってしまい、一緒に町へ行く事が出来なくてすまなかった。折角ジェシカが楽しみにしていたのに悪かったな。」
ん?その言い方はまるで私がアラン王子との外出を残念がっているように聞こえるけど・・・?私が黙っていると更にアラン王子の話は続く。
「ここ数日、俺に会えなくて寂しかっただろう?でも流感は大したことは無かったし週明けにはまた授業に出る事が出来るからな?」
そして爽やかな王子様笑顔でほほ笑む。
「はあ・・・左様でございますか・・。」
流石俺様王子、思い込みが激しすぎる。恐らく自分は万人に好かれて当然という育ち方をしてきたのであろう。
「ところで、ジェシカ。今まで制服姿しか見たことが無かったが、その私服姿・・・すごくいいな。やはりお前はどんな衣装を着ても良く似合う。」
少しだけ頬を赤らめて笑う王子。
くう・・・。流石王子、女性の心理も良く勉強されていると見える。どんな表情で誉め言葉を言えば良いのか心得ている様だ。さては王宮で女性の心を掴む方法を誰かから学んだな?思わずこの私ですら不覚にも胸がときめいてしまったのだから。
「あの、アラン王子。実はお見舞いの品を持ってきたのですが・・・よろしければ受け取って頂けますか?」
私は手に持っていたバックからラッピングされた万年筆をテーブルの前に置いた。
「ジェシカからのプレゼントか・・・?!」
アラン王子は目を輝かせながら私と品物を見比べている。いえ、ですからそちらの品物はプレゼントではなくお見舞いの品です。
「開けてみてもいいだろうか?」
「はい、どうぞ。アラン王子への御品物ですので。」
アラン王子は子供の様にわくわくしながら包み紙を開けている。妙に子供っぽい所もあるんだな。その姿を見れば、まだ18歳のあどけなさが残っている。
「おおっ!これは素晴らしい!」
アラン王子はケースから万年筆を取り出すと大袈裟なくらいに感動している。
「すみません、どのような品を選べば良いのか分からず万年筆を選んでしまいました。」
生徒会長のお墨付きでね。
「何を言ってるんだ?これで手紙を書く事が出来る。」
はい?手紙?何やらデジャブを感じる。
「お手紙・・・ですか?どなたにですか?」
「家族に書くに決まっているだろう?」
まさか生徒会長と同じ回答が返って来るとは思わなかった。そうか、この世界には
PCも携帯もタブレットも存在しない世界、当然メールは出来っこない。だから手紙を家族に書いているのか。
「それにしても、俺の従者からどうしてもジェシカがお見舞いに来たいと言ってると話を聞いたときは感動した。それ程この俺に会いたかったのだろう?」
はい?聞き間違いじゃないよね?私がいつアラン王子にお見舞いに行きたいと言う話になっているのだろう?
「あの、アラン王子。その話はグレイとルークから聞いたのでしょうか?」
私の言葉にアラン王子はピクリと反応した。
「グレイにルークだと・・・・?」
「はい、アラン王子の従者の方のお名前ですよね?」
「何故ジェシカが二人の名前を知っているのだ?」
「え?クラスメイトですし、何よりお二人とはお友達になりましたから。」
「あいつら、いつの間に・・・。」
何故だかアラン王子から怒りのオーラが噴出してきているような・・?
「あの・・?どうされましたか?また具合でも悪くなってしまいましたか?」
だったら私は御暇しますよと言うつもりだったのに・・・。
「いや、全く体調に問題はない。そうだ、ジェシカ。甘いものは好きか?実は俺への差し入れとして、沢山甘い菓子を貰ってあるのだ。少し待っていろ。」
アラン王子は手元にあるベルを鳴らすと、どこから湧いて出てきたのか大勢の執事?が現れて、次々とテーブルに甘いお菓子を並べていく。3段重ねのケーキスタンドに乗せたプチケーキ。皿にカットした山盛りのフルーツ、紅茶にビスケット等々・・。
甘いもの好きの生徒会長がこの場にいたら泣いて喜んでいるだろう。
でも悲しいかな、私はそれ程甘いものが好きでは無い。女のくせにと言われても人にはそれぞれ好き嫌いがあるのだから。それに女子は全員スイーツ好きと思われるのが何より嫌だった。
「アラン王子・・・あの、これは・・?」
私は顔面蒼白になりながらも何とか作り笑いをしてテーブルに並べられたスイーツを指さした。
「どうだ?女性は甘い物が大好きだろう?好きなだけ食べていくといい。」
いえ!結構です。こんなに甘い食べ物の山、見ているだけで胃もたれを起こしそうです。等とはいえず。
「あ、あの。どうかお気になさらないで下さい。もうすぐ夕食の時間ですし、これ程の甘いお菓子を食べてしまうと食事を取れなくなってしまいますので。」
よし、さり気なく断ったし今日はもう帰ろう。
ところが・・。
「ほら、遠慮はするな。どれがいいんだ?何なら食べさせてやろうか?選べ。」
アラン王子はウキウキしながら言っている。・・完全に楽しんでいるな・・・。
私は甘いカクテルは好きですが、スイーツは好きではありませんと、この際白状してしまおうか・・・。
その時、ふと大粒のチョコレートが目に入った。
「アラン王子、こちらは何の食べ物ですか?」
「ああ、それはウィスキーボンボンだ。かなり度数の強いアルコールがはいってるようだが・・。」
「ではこちらを頂きます。」
私は皿にウィスキーボンボンを取ると、口に入れた。
何、これ。美味しい~。ビターチョコの中に芳醇な香りのブランデーが入っていて、チョコレートとの相性は抜群だ。うん、これならいける。
私が笑顔でウィスキーボンボンを口にしているとアラン王子はふっと笑った。
「何だ?そんなにこのチョコが気に入ったのか?こんなのでよければまだ沢山あるから持って帰るか?」
「はい、是非お願いします!」
すごい!さすが王子、太っ腹だ!
「その代わり・・・。」
アラン王子は何か含みを持たせるように言った。
「今夜のディナーは2人きりでここで食事を取る事だ。」