第3章 3 2人の聖剣士
1
「ジェシカ。一体今の男は何なんだ?アイツのあの目・・・普通じゃなかったぞ?」
デヴィットが心配そうな顔で私を見つめる。
「彼はね、『マリウス・グラント』と言ってジェシカの忠実な従者だよ。最も・・彼は異常なほどにジェシカに執着心を持っているけどね。」
ダニエル先輩は溜息をつきながら言った。
「ふ~ん・・・。あいつ・・かなり腕が立ちそうだな。俺と同じくらい強そうだ。」
デヴィットが何気なく言った言葉に私は驚いた。マリウスは・・・相当強い。ひょっとするとアラン王子よりも腕が立つかもしれないと言うのに・・・。今デヴィットは何て言った?俺と同じくらい・・?
やはりデヴィットは聖剣士に選ばれるだけあって・・・相当強いのだと言う事を新ためて感じた。
「所で・・・2人とも・・・。少し聞きたい事があるんだけど・・・?」
あ、何だかダニエル先輩の目が・・座っている・・・。ちょっと怖いんですけど・・。
「そうだねえ。俺も君達には丁度話を聞きたいと思っていたんだよね?」
マイケルさんは笑みを浮かべている・・浮かべているが、そこには非常に怖いものを感じる。
「何だ?聞きたい事って言うのは?」
デヴィットは彼等2人の視線をまともに浴びているのに全く気にも留めていない様子で堂々としている。
「2人の関係は・・・。」
ダニエル先輩が言いかけた所を私は制した。
「そ、そんな事よりも!ま、まずは・・・ノア先輩が心配で。今ノア先輩は神殿にいるんですよね?」
「え?そうだったの?!」
ダニエル先輩が驚いた様に声を上げる。
「え・・?ダニエル先輩・・・ひょっとして・・・知らなかったのですか?」
「う、うん。そんな話は初耳だよ。だけど・・・神殿て・・・。どうしよう、まずいよ。今、あそこはまるで強固な砦のように聖剣士と神官、そしてソフィー直属の兵士によって占拠されてるんだ。・・・生徒会だってもう立ち入れないし、理事長もどうにも出来なくなってしまったらしいよ?」
「え・・・?そ、そんな・・・。」
「一体・・・ソフィーはノアを何だって神殿へ運び込んだんだ・・?」
デヴィットは腕組みしながら言う。だけど・・・私には理由が良く分かっていた。
「恐らく・・・私に対する見せしめですよ。」
「うん・・・そうかもね。」
ダニエル先輩も頷く。
「そうだな・・・。確かにジェシカはノアを助けるために魔界へ行ったんだ。ようやく助けて戻って来たノアを誘拐したのは・・・ジェシカに対する嫌がらせだろうな?それにしても・・・ソフィーの目的は何だろう・・・。」
デヴィットの呟きを聞きながら私はずっとソフィーの事を考えていた。
思えば私は最初からソフィーに嫌われていた。それは本来の小説通りならソフィーはアラン王子を始め、目の前にいるダニエル先輩やノア先輩から愛される・・はずだったのに、何故か彼等が気に入ったのは悪女であるこの私・・・『ジェシカ・リッジウェイ』
それにマシューは言っていた。
私の持つ『魅了』の魔力こそ、ソフィーが喉から手が出る程に欲している魔力なのだと。
現にこの世界に戻って来た直後、『ワールズ・エンド』でソフィーは私の『魅了』の魔力を奪う為に恐ろしい魔法を繰り出してきて・・・そこをアンジュが助けてくれた。
「多分・・・ソフィーの目的は・・私です。ノア先輩を神殿に連れ去ったのも・・私が必ず助けに来ると分かっているから・・・。恐らくそこで私の持っている『魅了』の魔力を奪うつもりなんです。」
「「「魅了の魔力・・・?」」」
3人が交互に尋ねて来た。
「何だ?魅了の魔力って・・・そんなのは俺は初めて聞いたぞ?」
「うん。僕も初めて耳にするよ。」
「お嬢さん・・・やっぱり君には特別な魔力があったんだね?」
「『魅了』の魔力とは・・・異性を強い力で惹き付ける力の事です。」
「「「え・・・?」」」
3人が同時に声を揃える。
「でも私は別にこんな魔力必要としていません。ノア先輩を解放してくれたら・・・私は喜んでこの魔力、ソフィーに差し出すつもりです。」
私の言葉に3人は声を無くしていたようだが・・・我に返ったかのようにダニエル先輩は言った。
「だ、駄目だっ!ジェシカッ!あんな女に・・・君の『魅了』の魔力を渡したら・・・もっと恐ろしい事になるっ!」
「そうだ、只でさえあの女は催眠暗示で人を操るような女だ・・・。あいつにその魔力を渡してみろ?それこそ学院中の男があの女の意のままに操られてしまう事になりかねない・・・っ!」
デヴィットが私の両肩を掴みながら言った。
「そ・・・それなら、どうすればいいんですか?どうすれば・・ノア先輩を助け出せるんですか?どのみち・・・きっといずれ私はソフィーに掴まり、裁判にかけられてしまうんです。だからその前にノア先輩を助け出さないと・・・!」
「何?ソフィーに捕まるとか、裁判にかけられるとか・・・・何の事かさっぱり分からないんだけど?!」
ダニエル先輩が間に入って来た。
そう言えば・・・ダニエル先輩は私の事情を何も知らなかったんだっけ・・・。
「いい、ジェシカ。俺から説明するよ。」
そしてデヴィットは私の代わりにダニエル先輩に説明を始めた。私には未来を予知する予知夢の力があり、今まで見て来た夢は全て現実化して来た事。そして・・これから私の身に待ち受けているはずの恐ろしい予知夢の事を・・・。
「そ・・そんな・・・そんな話・・嘘だよね?ジェシカ?」
全てを聞き終わったダニエル先輩は私の肩を掴んで覗き込んで来るが・・・。
「ダニエル先輩・・・。全て本当の事なんです・・・。現に・・・ドミニク様は・・生徒会長になってしまいました・・・。もし夢の通りになれば・・私はドミニク様に死刑を言い渡されます。」
「「「死・・・死刑だって?!」」」
3人が同時に声を上げた。あ・・・そう言えば、この話はまだデヴィットにもマイケルさんにも話していなかったっけ・・・。
「おい、ジェシカッ!おまえ・・・何でそんな一番重要な事を話さなかったんだッ?!」
デヴィットが私の両肩を痛い位に力強く握りしめて来る。
「デ・・・デヴィットさん・・・い、痛いです・・・。」
思わず痛みで顔が歪むと慌てたように手を離す。
「すまない・・・ジェシカ。つ、つい・・・。」
申し訳なさそうに項垂るデヴィット。
「い、いえ・・・いいですよ。それよりも・・・一番肝心な事を話していなくてすみません。確かに夢の中で死刑を言い渡されますが・・・ソフィーがそれを反対して、その代わりにリッジウェイ家の全財産を奪って、私と一族を流刑島へ送るという刑を下すんです・・・。だから私はダニエル先輩に自分の全財産を預けました。そして・・・今年、帰省した時に・・・信頼できる男性に・・・書類を預けたんです。私がリッジウェイ家から籍を抜く書類を・・・。今頃はもう受理されている頃です。恐らく私はもうリッジウェイ家から除籍されているはずです。これなら流刑島へ送られるのは私だけのはずだから・・・。」
淡々と話す私の説明を・・・いつしかダニエル先輩とデヴィットは目に涙を浮かべながら聞いていた。そしてマイケルさんは俯いている。
全て話終えると、突然ダニエル先輩が抱きしめてきた。
「ジェシカ・・・ッ!ノアの事は・・・もういい!だから・・逃げるんだっ!この学院から・・この島からっ!手はずは僕が整える。僕の・・・領地へ逃げるといい。ね、ジェシカ。そうしてくれっ!」
そうしてダニエル先輩は私を抱きしめたまま・・・肩を震わせて涙を流した―。
2
「お、おい・・・今何て言った?自分の領地に来いだって?何を勝手な事を言ってるんだ。ジェシカはここに残る。俺はジェシカの聖剣士なんだ。ジェシカの事は・・・必ず最後まで守りぬく。あの女を聖女の座から引きずり降ろして・・この学院を元の姿に戻すって決めているんだ。」
デヴィットが努めて冷静な声でダニエル先輩に詰め寄っているが・・・怒りを抑えているのが手に取るように分かる。
「何勝手な事言ってるのさっ!こんな学院・・僕はどうなったって構わないんだよ!ジェシカさえ・・ジェシカさえ無事なら他の事なんてどうだっていいんだよっ!」
言いながらダニエル先輩はますます私を抱きしめる腕を強めて来る。ダニエル先輩・・・先輩が私を心配してくれる気持ちはすごく嬉しい・・。だけど・・・。
「ごめんなさい・・・ダニエル先輩・・。」
「え・・・?ジェシカ・・・。何故・・・謝るのさ・・・。」
ダニエル先輩は私から身体を離し、じっと見つめて来た。先輩の顔が・・涙で濡れている。その先輩の頬にそっと触れると私は言った。
「ごめんなさい、ダニエル先輩。私・・・頼まれたんです・・・。魔界からこの世界に戻って来る時に・・・。」
「たの・・・まれた・・・?」
ダニエル先輩は不思議そうな顔で私を見つめる。
「はい・・・・。そうです。皆さん・・。私の話・・聞いて貰えますか?」
ダニエル先輩、デヴィット、マイケルさんを見渡しながら言った。
「ああ・・聞くよ。ジェシカ。」
「お嬢さんは・・本当に色々と複雑な事情を抱えているみたいだね。」
「ジェシカ・・・。ノアの事で・・誰かに頼まれたって事なんだよね?」
3人が順番に尋ねて来た。
「はい・・・そうです。」
そして私は魔界での出来事を彼等に話し始めた・・・。
魔界で知り合った、ヴォルフと言う青年、そしてノア先輩の恋人になったフレアの事・・・。彼等と一緒に『狭間の世界』からこちらに戻って来るはずだったけれども魔族の追手に追われ・・そこをアンジュと言う『狭間の世界』の王によって助けられた事。いよいよ人間界へ行こうとした矢先に高位魔族にかけられた呪いによって彼等は私達と一緒にこの世界へ来る事が出来なくなってしまった事・・・。
3人は呆気に取られたように私の話を聞いていた。
「ジェシカ・・・。そ、それじゃ・・・本当は4人でこっちの世界に戻って来るはずだったのか?」
デヴィットが声を震わせながら尋ねて来た。
「はい・・・そうです。だってその2人は・・・私とノア先輩を逃がす為に追われる身となってしまったから・・・。魔界に残していけないと思ったんです・・。」
「だけど!魔族なんだろう?大昔、この学院の聖剣士達が魔族と戦って・・・大勢命を落とした話・・ジェシカは知ってるんでしょう?」
「ダニエル先輩・・・。」
「お嬢さん・・・完全な魔族が・・・人間達に受け入れて貰えるとは俺は思えないんだけど・・。」
「そ、そんな事無いです!だ、だって・・・彼は・・・ヴォルフは魔界で命の危険にあった私を何回も助けてくれたんですよ?寒くてたまらないあの魔界も・・・ヴォルフのお陰で凍える事が無くて・・・。フレアさんだって・・・素敵な女性でした・・。だからこそ、ノア先輩は彼女にプロポーズを・・・。」
「え・・ええ?!ノアが・・・魔族の女にプロポーズをしたの?!」
ダニエル先輩は相当驚いたのか、椅子から立ち上った。
「は、はい・・・。だけど・・きっともうノア先輩は・・魔界の出来事を何一つ覚えていないと思います・・・。」
「お嬢さん・・・それは・・一体どういう意味なの?」
「はい、アンジュが教えてくれたんです。この世界の・・均衡を保つために、人は異世界から元の世界に戻る時、そこでの出来事を全て忘れてしまうんだって・・・・。」
「それならジェシカは何故覚えているんだ?『魔界』の出来事も、そして・・『狭間の世界』の事も・・・。」
デヴィットが不思議そうに尋ねて来る。
「それは・・・私が鍵を使って、それぞれの門を開けたからだってアンジュが話してくれました。」
「そう・・・なのか・・。」
「今、『狭間の世界』にいるヴォルフとフレアは魔族にかけられた呪いによって、この世界に来ることが出来ません。そして・・そこに住む王であるアンジュが・・言ったんです。2人の呪いが解けたら、・・私を助けに来るって・・・。そしてもう1つ大事な事を教えてくれました。私の身を守る為に危険が迫ってきたら彼にだけ聞こえる警報が鳴る魔法をかけたらしいのですが・・・ずっとその警報が鳴り響いているそうなんです。」
「な・・何だって?それじゃジェシカ・・・。やはりお前は今危険な状態に晒されているって事なんだな?」
デヴィットが顔を歪めて私を見つめた。
「は、はい・・・。その通りです・・・。」
「だったら、尚更・・・!」
ダニエル先輩が言いかけた所を私は言葉を重ねた。
「尚更!・・・私はここに残らなくては・・いけないんです・・。だって・・・皆が・・いずれこの世界へやってくるかもしれないから・・。」
「ジェシカ・・・。」
ダニエル先輩の目に再び涙が浮かんでいる。
「私は・・・ここに・・このセント・レイズ諸島に・・残ります。いずれこの世界にやってくるヴォルフやフレア、そして・・・・アンジュの為に・・。ごめんなさい、ダニエル先輩。折角の・・申し出なのに・・。」
頭を下げて謝罪すると、ダニエル先輩がそっと抱きしめて来た。
「いや・・いいんだよ・・。ごめん、勝手な事言って・・そんな事情があったなんて僕はちっとも知らなかったから・・・。僕も・・・僕もジェシカ・・君を守らせてくれる・・?」
「いいんですか・・・?」
顔を上げると、ダニエル先輩は優しく微笑み・・・。
「おい、いつまで2人きりの世界に浸っているつもりだ。」
デヴィットが割り込んできて、無理やりダニエル先輩から私を引き離すと、腕に囲いこんできた。
「おい!いきなり何するんだよっ!」
ダニエル先輩が抗議の声を上げるも、デヴィットは意に介さない。
「ジェシカ。今更だが・・・お前の今置かれている状況がよーく分かった。分かった上で・・・聞かせてくれ。」
私の顔を両手で挟んで自分の方を向かせるとデヴィットは言った。
「え・・?な、何でしょうか・・・?」
デヴィットの真剣な様子に息を飲むと・・・彼は言った。
「ヴォルフって・・・どんな魔族の男なんだ?ジェシカ、お前にとってそいつは・・一体どんな関係があるって言うんだ?それに・・・アンジュって・・・『狭間の世界の王』なんだろう?一体ジェシカにとってどんな存在なんだ?」
「ち、ちょっと待って下さい!デヴィットさん。そんな矢継ぎ早に質問されても・・!」
「頼む!教えてくれっ!俺は・・俺はお前の聖剣士だろう?だから・・・お、俺にはその2人の男の・・ジェシカとの関係を・・・聞く権利はあるんだっ!」
「え?ええ~っ?!」
な、なんと無茶苦茶な・・・・。
「うん、そうだねえ・・・。お嬢さん。僕は君の兄替わり・・いわゆる保護者のようなものだから。お嬢さんの交友関係は全て把握しておかなくてはならないからね。」
「2人が聞くなら・・・僕だって聞く権利はある。だってジェシカ。僕達・・・恋人同士だった事があるものね?」
妙に色気を含んだ目で私を見つめながら微笑むダニエル先輩・・・。だ、だけど・・。
「ちょ、ちょっと皆さん、落ち着いて下さいっ!今はそんな話よりも・・ノア先輩を神殿から救い出す相談をするべきでは無いですか?!」
じょ、冗談じゃない!ヴォルフに愛を告白された事や・・・アンジュにプロポーズされた事等・・・絶対に知られる訳には・・・っ!
そして、日は暮れて行く―。
3
夜-
辺りがすっかり暗くなった頃・・・私達は『セント・レイズ学院』の神殿のすぐ側まで来ていた。
神殿は無数の松明に照らされて、闇夜の中にオレンジ色の姿を現していた。そして神殿の至る所には・・・鎧をまとった多くの兵士が立っているのが見える。
「チッ・・・!何だ・・・。あの物々しい雰囲気は・・・。」
デヴィットが舌打ちをして忌々しそうに言った。
「何だか以前よりも警備が厳しくなっている気がするね・・・以前に比べて見張りの数が増えているよ。」
物陰に身を潜めながらダニエル先輩は言う。
「ああ。だが・・・よく見れば見張りが増えたのはソフィーが寄せ集めた兵士ばかりだ。噂によると大した腕も無い集団らしいからな・・・。あいつらが兵士になったのはソフィーから手当てと称して多額の現金を受けとったからだと俺は聞いているぞ。恐らくまともな訓練すら受けていない・・単なるごろつきの集団だ。大体そんな事はあいつらの立ち居振る舞いを良く見れば分かる事だからな。・・・あいつ等・・・束になっても俺の相手にはならないな。」
はっきり言い切るデヴィット。
「デヴィットさんて・・・本当に強いんですねえ・・・。感心しました。」
尊敬の目で見つめる私。
「そ、そうか?お前にそう思って貰えるなんて・・・聖剣士として・・こ、光栄だな。だから・・・ジェシカ。安心して俺をいつでも頼れよ?」
デヴィットはうっすら頬を染めて私をじっと見つめて言った。
「それにしても驚きだね・・・。学院の中にこんな立派な神殿があるなんて・・・。あの神殿の奥が『ワールズ・エンド』に繋がっている門が・・あるんだよね?」
マイケルさんが尋ねてくる。
「はい、あの門をくぐればとても美しい『ワールズ・エンド』の世界が広がっています。それなのに・・・この世界だって十分美しかったはずなのに・・・。」
私は陰鬱な空を見上げて溜息をついた。
この世界は本当に美しかった。
澄み渡る青空、そして夜になれば美しい満点の星空、夜空に浮かぶ大きくて綺麗な月・・・私はこの世界にやってきて、夜空とはこんなにも美しいのだと知る事が出来たのに・・。今はすっかり分厚い雲に覆われ、太陽の光も満足に届かず、月明かりなどは皆無になってしまった。
「ねえ。ジェシカ、知っていた?実はね、君が魔界へ行った日からずっと神殿にソフィーはこもりっきりなんだよ。実はね・・・空がおかしくなってしまったあの日、ソフィーはこの島全体に聖女宣言を出したんだ。そしたら・・・その直後だったんだよ。急に空が厚い雲に覆われて・・・こんな空になってしまったんだ。あの日を境にね・・・。」
ダニエル先輩が語ってくれた。
「ああ。そうだ・・・。あの女は世界がこんな風になってしまったのは魔界の門を開けた悪女、ジェシカ・リッジウェイのせいだと言ったが・・あの時にはもう既に全員が・・・お前の記憶を失っていたから・・誰もその話を信じる者はいなかったんだ。あ・でも待てよ。一人だけジェシカの記憶を失っていなかった人物がいたな。」
デヴィットが何かを思い出すかのように腕組みをしながら言った。
「それはマリウスの事では無いのですか?」
私は先ほどの彼等のマリウスとの会話のやり取りを思い出しながら言った。
「いや、違う。マリウスじゃ無かったな。確か珍しい黒髪の・・・。」
デヴィットのそこまでの話で私はすぐにピンときた。
「も、もしかして・・・その方の名前は・・・『ドミニク・テレステオ』と言う方では無かったですか・・?」
声を震わせながら尋ねてみた。
「ドミニク・・・?ああ!そうだ!確かそんな名前だったな!あの男も確か俺と同じ今年聖剣士になったんだよな・・。おまけに編入生の1年のくせに生徒会長にまでなったし。今ではソフィーの側から片時も離れない男だよ。」
しかし、デヴィットはその後顔色を変えて私に言った。
「お、おい・・・待てよ。ジェシカ・・・確か、ドミニクって・・・。」
「はい・・・夢の中で私に死刑を言い渡した方です・・・。そして一時的ではありましたが・・私の仮の婚約者でした・・・。」
項垂れる私に真っ先に声を掛けてきたのは意外な事にマイケルさんだった。
「お嬢さん!」
いきなり私の両肩を掴むとマイケルさんは言った。
「君の婚約者は・・・そのソフィーと言う恐ろしい聖女に奪われてしまったんだね?でもそんな男、婚約を解消して良かったよ。だってお嬢さんほど魅力的な女性はいないのに、そんな恐ろしい女性を選ぶなんて・・・本当に人を見る目が無い、それだけの男だったんだよ。しかも・・・お嬢さんに夢の中とは言え、死刑を言い渡した人物なんだろう?そんな最低男はお嬢さんには勿体なさ過ぎるよ!」
・・・マイケルさんが結局何を言いたいのかは良く分からなかったが、私を元気づけてくれようとしているのが分かった。
「・・・ありがとうございます、マイケルさん・・・。」
弱々しくも笑顔でほほ笑むと、マイケルさんは言った。
「うん、うん、あんな男の事は忘れて・・・俺のお嫁さんにでもなるかい?お嬢さんさえ良ければ今すぐこの手を取って世界の果てまでだって逃げてあげるよ?」
・・・飛んでも無い事を言い出してきた。
そしてそれを耳にしたデヴィットとダニエル先輩は当然の如く、猛反発して3人は物陰で小声で言い争いを始めてしまった。
やれやれ・・・。そんな彼等を見て私は溜息をついた。でも・・・そう言えば今のマイケルさんと似たような事を言ってくれた人がいたっけな・・・・。
そう、その彼は・・・リッジウェイ家の庭師をしているピーターさん。恐らく彼も私が魔界へ行った直後に私の記憶を無くして・・・今は記憶が戻っている頃だろう。
・・・手はず通りにピーターさんは除籍届を役所に提出してくれただろうか?
明日にでも、セント・レイズシティの役所で戸籍を取り寄せて、ちゃんと自分の名前が取り除かれているか確認してみようかな・・・等と考えていた時・・神殿から出てきたある人物を見て息を飲んだ。
あ・・・あれは・・・アラン王子・・・。
アラン王子の瞳は虚ろで、おぼつかない足取りでフラフラと何処へともなく歩いている。
私は未だに言い争いをしている3人に声を掛けるも、誰一人気が付かない。
仕方ない・・・。このままではアラン王子を見失ってしまう。
私は意を決して一人、アラン王子の後を付ける事にした。腕時計を確認すると時刻は夜の10時を少し過ぎた所だ。この時間・・・ひょっとするとソフィーによってかけられたアラン王子の呪縛が解けている時間なのかもしれない。
マイケルさんの家に1人で留守番をしていた時に現れたアラン王子。あの時こう言っていた。いつも夜の数時間だけ、ソフィーの呪縛から逃れられていると・・・。そうなると今の時間は・・恐らく私の勘が正しければ、アラン王子は正気に戻っているかもしれない・・・!
幸いアラン王子は私に気付く事も無く、ふらふらと歩き続け・・・ある場所で足を止めた。
そこは神殿から少し外れた場所にある、庭園だった。とても美しく手入れがされており、庭園には小さな池もあり、噴水があった。
アラン王子は庭園のベンチに力尽きたようにドサリと座ると、うずくまるように頭を抱えて呻きだした。
「う・・・や、やめろ・・・ソフィー・・。お、俺の頭の中に・・話しかけるな・・っ!」
まるで血を吐くように力を振り絞って呻くアラン王子。そしてその呻き声の合間合間に・・・私は聞いた。
「ジェシカ・・・・。お、俺を助けてくれ・・・。そ、側に・・・いてくれ・・・。」
アラン王子は苦し気に私の名前を呼んでいた―。
4
どうしよう・・・アラン王子が私の事を呼んでいる・・・・。だけど、アラン王子はソフィーの聖剣士。ソフィーの操り人形、そして・・・私の敵・・・。
だけど、今のアラン王子はあんなに苦しんでいる。私の名前をあんなに呼んでいる・・・。
余りにも痛々しい姿は見ているこっちまで辛くなってきてしまう。
でもここは神殿の敷地内。私にしてみれば敵の本拠地と言っても過言では無い。
こんな場所でアラン王子の前に姿を表せばすぐにでも掴まって、私の『魅了の魔力』を奪われるだけでなく、下手をすれば命まで奪われてしまうかも・・・。それにあのアラン王子の苦しむ姿・・。ひょっとして私の存在に気が付いていて演技をしているだけかもしれない。
それでも・・・あんなに苦しむ姿を見ているのは辛かった。アラン王子・・・・。
その時・・・突然またしても私の左腕が熱を持って強く輝きだした。みると・・・アラン王子の右腕も光り輝いている。
こ、こんな時に・・・!どうして急に光り出すの?!
すると・・・突然アラン王子が立ち上った。
「ジェシカ・・・。ジェシカッ!ひょっとすると・・今・・・俺の近くにいるのか?そこにいるのか・・・?ジェシカッ!」
ああ!そんな大声で、こんな場所で私の名前を呼ぶなんて・・・!誰かに聞かれたらどうするつもり?!もう・・・こうなったらアラン王子を黙らせるには姿を現すしかない。
私は観念してアラン王子の前に姿を現した。
「・・・誰だ?」
最初に出たアラン王子の第一声がこの言葉だった。あ・・・そう言えば忘れていたけど、男装していたんだっけ・・・。瞳の色もカラーコンタクトで今は緑色に変えてるし・・・。
アラン王子は突然現れた男装の私をぽかんとした目で見ている。
けれども・・・その瞳は綺麗なアイスブルーの瞳で・・・今も私とアラン王子の腕は互いに光り、点滅し合っている。
「こんばんは。アラン王子・・・。」
何と声を掛ければ良いのか分からなかったので、取り合えず当たり障りのない挨拶をしてみた。しかし・・・・アラン王子はすぐに私だと気が付いたようだ。
「そ、その声・・・まさか・・・ジェシカか?」
声を震わせて私を見た。
「はい・・・こんな格好をしていますが・・ジェシカです。」
「・・・っ!」
次の瞬間-。
私はアラン王子の腕の中にいた。
「ジェシカ・・・ジェシカ・・・ッ!」
アラン王子は泣きながらうわ言のように私の名前を呼び続けている。だから私は・・
そっとアラン王子の背中に手を回した―。
「・・・少しは落ち着きましたか?アラン王子。」
フードを目深に被り、私はアラン王子と並んでベンチに座っている。
「あ・・・ああ・・・。」
アラン王子は子供の様に涙を腕で拭いながら私をじっと見ている。
「・・・顔を見せてはもらえないのか・・・?」
落胆した声でアラン王子は私に尋ねて来た。
「ごめんなさい・・・無理です。アラン王子。」
顔を見せるなんてとんでもない。だってここは敵の本拠地なのだ。幾ら男装しているとはいえ・・・あの恐ろしいソフィーの事だ。一発で私だとばれてしまうかもしれない。それに・・・
「アラン王子・・・。この光・・・止める事は出来ないんでしょうか・・?」
未だに光り輝いている自分の腕を隠すように私はアラン王子に尋ねた。
「す、すまん・・・。ジェシカ。俺にも・・止め方が分からないんだ。」
そういうアラン王子の腕も同様に輝いている。
何故、こんな事に・・・第一アラン王子は・・・ソフィーの聖剣士では無かったのだろうか?ん・・・ソフィーの聖剣士と言う事は・・・。どうしてもこれだけは確認しなければ・・・。ああ!で、でも・・・こんな聞きにくい質問をするなんて・・・それに第一アラン王子がこの質問に素直に答えてくれるだろうか?
だけど・・・!
「あ、あの・・・アラン王子・・。い、今から大変答えにくい質問を・・・したいのですが・・・よ、よろしいでしょうか?」
あ、声が思わず上ずってしまう。
「ああ。いいぞ、ジェシカ。お前の質問ならどんな事だって答えてやる。」
「それでは、お言葉に甘えて・・・・。」
ゴクリと息を飲むと私は意を決してアラン王子に言った。
「アラン王子・・・。ソフィーと・・聖剣士と聖女の契りを交わしましたか・・・?」
「・・・・・。」
しばしの沈黙の後・・・アラン王子の顔が赤くなっていく・・・。
「ジェ、ジェシカッ!お・お・おま・・・女のくせに・・・何て事を尋ねて来るんだっ?!」
「すみません・・・。ただ・・・何故私とアラン王子の紋章が一緒に光っているのかが不思議で・・・。だって・・・アラン王子は・・ソフィーの聖剣士・・ですよね?」
「・・・・。」
何故か俯くアラン王子。・・・やっぱりこんな事・・尋ねるべきでは無かった。
「失礼な事をお尋ねして申し訳ございませんでした。私・・・そろそろ帰らせて頂きます。」
頭を下げて立ち上がった所を強くアラン王子に右腕を引かれ、胸の中に倒れ込んでしまった。
「駄目だ・・・!行くな・・・何処にも行かないでくれっ!」
アラン王子は私を強く抱きしめ、離そうとしない。
「ア、アラン王子・・・駄目です・・・。は、離してください・・・!。」
何て強い力なのだろう。息が詰まりそうになってしまう。
「嫌だ・・・だって手を離せばお前はまた俺の前から去ってしまうつもりだろう?俺は・・・確かにジェシカの言う通り、ソフィーと通じた・・・。だが、お前のように紋章が反応して輝いた事等一度も無いんだっ!」
え・・?今何て・・・・?
私は耳を疑った。だって・・・アラン王子はソフィーの聖剣士でしょう?一緒に白馬に乗って『ワールズ・エンド』で逃げる私を一度は捕まえたでしょう・・・?なのに・・・。
その時-。
「おい!アラン王子!そいつから・・ジェシカから手を離せっ!」
鋭い声が上がった。あの声は・・・。
「デヴィットさん!」
私はアラン王子の腕の中でデヴィットの名を叫んだ。
「ジェシカ・・・!お・・俺の腕の中で・・別の男の名を呼ぶな・・・っ!」
アラン王子は再び泣きそうな顔で私を見つめた。
「煩いっ!この・・・薄汚い聖女ソフィーの犬め!俺の聖女からその手を離すんだっ!」
言いながら、いつの間にかデヴィットは剣を抜いていた。え・・?いつの間にその剣を持っていたの?それに・・・あの姿は・・・?
デビットは青の軍服のような上下の服に身を包み、皮のロングブーツ、そして銀色に輝く肩当の付いた鎧を上半身に付け、ワインレッドの色のマントを羽織っていた。
「そ、その姿・・・お前・・・聖剣士だったのか?!」
アラン王子が叫ぶ。
え・・・?あの姿が・・・聖剣士の正装・・・だったの・・?
「ああ、俺は聖剣士だ。だがな・・・お前達が聖女としてあがめているソフィーに等忠誠は誓った試しは無い。俺の聖女は・・・そこにいるジェシカただ一人だっ!俺の元へ来い!ジェシカッ!」
デヴィットが私に向けて手を差し出した。すると・・次の瞬間・・・
「え?」
何と私は一瞬でデヴィットの腕の中に収まっているでは無いか。
「しまった!」
アラン王子が悔しそうにこちらを見ている。
「デ・デヴィットさん・・・こ、これは一体・・・?」
私は驚いてデヴィットの顔を見上げた。すると彼はフッと笑って言った。
「驚いたか?ジェシカ・・・。でも、これが聖剣士と聖女の絆の証なんだ・・・。」
見るとアラン王子の腕からの光は消え失せ、今は私とデヴィットの腕から光が放たれている。
「ジェシカ・・・お前は・・・そ、そういう事・・・だったのか・・?」
アラン王子の顔からは絶望の色が漂っていた。だが・・悲し気に笑うとアラン王子は言った。
「ジェシカ・・・ノアは・・この神殿の一番最上階・・・ソフィーの隣の部屋に囚われている・・・。早くしないとノアは俺のようにされてしまう。・・こんな目に遭うのはもう俺だけで十分だ・・・。どうか・・・ノアを助けてやってくれ・・。」
「アラン王子・・・っ!」
「ジェシカッ!今は一旦引くぞっ!この騒ぎで他の兵士達に気付かれてしまったんだ!セント・レイズシティに飛ぶっ!」
言うと、デヴィットは私を連れて転移した―。