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第3章 1 貴方に将来を捧げます

1


 人通りの少ない旧校舎の中庭のベンチの上で私達は座っていた。

私の両隣りにデヴィット、マイケルさんが座っている。


「ああ・・失敗だった・・・。」


デヴィットが溜息をつきながら言った。


「うん、本当にそうだったね・・・。」


マイケルさんも何故か疲れ切った表情を見せている。


「2人とも・・どうしたんですか?」

何故かぐったりしているデヴィットとマイケルさんに私は尋ねた。


「何を言ってるんだ。それは・・・全てジェシカ。お前のせいなんだぞ?」


デヴィットは私をチラリと見るとベンチの背もたれによりかかった。

「え・・・?何故私が?」

さっぱり分からない、何故私のせいなのだろう。


「お嬢さん・・・君って本当に無自覚なんだね・・・。」


苦笑しながらマイケルさんは私を見た。


「ああ、ジェシカは・・・・すごく鈍いんだ。相手の心の機微にちっとも気が付いてくれなくて・・・。」


恨めしそうな目で私を見つめつつ、手をしっかり握りしめるデヴィット。

「ちょ、ちょっとどうしたんですか?急に手なんか繋いだりして・・。」


「駄目か?」


少し拗ねたように私を見つめるデヴィット。


「あの・・・駄目というか・・・。」


「ゴホン」


そこで咳払いが聞こえた。見るとマイケルさんがニコニコしながらこちらを見ている。


「2人とも・・・俺がいるの忘れていないかい?だいたい、君・・俺の弟にあまり馴れ馴れしくしないでくれよ?」


言いながらさり気なく私とデヴィットさんの繋いだ手を解き、マイケルさんが今度は指を絡めて来た。


「な、何するんだ?!俺はジェシカの聖剣士だぞ?」


「それなら僕はお嬢さんの兄だ。」


憤慨するデヴィットとは対照的に、穏やかに抵抗するマイケルさん。


「あの~・・・こんな所で喧嘩するのやめましょうよ・・・。」


「「別に喧嘩なんかしていないけど?」」


2人口を揃えて言う。おおっ!ハモった!


「それで・・・先程の話の続きですけど・・・何が失敗だったのですか?」

改めて質問する。


「それはな・・・ジェシカ。お前が目立ちすぎるんだ。」


デヴィットが真剣な目で私を見つめる。


「え・・?目立ちすぎる・・・?」


「うん、そうだね。俺も初めてお嬢さんを見た時は天使が降臨して来たのでは無いかと思う位にびっくりしたよ。だって物凄い美少年が立っていたんだもの。」


マイケルさんも私を見ながら言う。何故か・・・その目はうっとりしているようにも見えるけど・・・え?も、もしかして・・少しその気がある人だったの?!


「おい、ジェシカを変な目で見るなよ?」


私を隠す様に腕に囲い込むデヴィットにマイケルさんは言った。


「いやだなあ~。俺は至ってノーマル人間だよ。男装のお嬢さんもいいけど、普段の女性の姿のお嬢さんの方が俺は好きだから。」


にこやかに話すマイケルさんにデヴィットが素早く反応した。


「な・・・何?い、今・・お前何て言った?ジェシカの事を好きだって・・・?やはりお前、恋愛対象としてジェシカを見ていたのか?!」


「駄目かい?だってお嬢さんは素敵な女性だからねえ。」


のらりくらりと会話をするマイケルさん。あ・・・これ、きっとデヴィットがからかわれているだけだ・・・。


「2人とも・・・やめましょうよ。こんな所で。」


私が止めに入ると、ようやく落ち着いたデヴィットが私の方を見ると言った。


「ジェシカ、俺の上着を貸してやる。これを着るんだ。」


突然デヴィットが上着を脱ぐと、手渡してきた。


「え・・・・?これを渡せば、デヴィットさんが寒いじゃ無いですか・・。」


彼が来ていたのはフード付きの防寒具。私はロングートを羽織っているから別に上着なんかいらないのに・・。


「駄目だ、その上着に付いてるフードを被っているんだぞ?むやみやたらに顔を見せるな。俺は上着は必要無いから。」


「はあ・・・。分かりました。」


私は自分の着ていたコートを脱いで、デヴィットから借りた上着を着た。


「あの・・・。」


「「うん、何だ?」」


デヴィットとマイケルが目をウルウルさせて私を見つめている。


「ブカブカなんですけど・・・。」


背の高いデヴィットの上着は私にははっきり言って大きすぎる。袖の先は出てこないし、上着だって今にも裾を引きずる程に丈が長すぎる。


「か、可愛い・・・。」


デヴィットが頬を赤らめて私を見ている。


「うん、やっぱり可愛いね。大きすぎる上着を着る美少年・・・最高だ。」


何やら意味深な言い方をするマイケルさん。


「つまり・・・顔を見せないで校舎内を歩け・・という事ですか?」


溜息をつきながら言うと、2人は同時に頷くのだった。


「大体、ジェシカ。どうしてさっき、中庭で突然笑顔を見せたんだ?あの女子学生と知り合いだったのか?」


突然デヴィットが中庭での私が取った行動に質問してきた。


「はい、彼女はエマと言って私の親友なんですよ。ちなみに隣に立っていた女性も私の親友のシャーロットです。」


「そうか・・・君は特定の女性に笑顔を向けたんだね・・・。」


溜息をつくマイケルさん。


「全く・・・その顔で笑顔を振りまくな。はっきり言って・・そ、その顔は‥罪だ。」


ええええ~っ!何でそこまで言われなくちゃならないんだろう!


「ああ、本当にそうだね。彼女達を撒くのにどれだけ大変だったか覚えていないわけじゃ無いよね?」


「確かに・・・。」


あの時、中庭を3人で歩いていたら突然女子学生達の集団が黄色い歓声を上げながら、私達を取り囲んでしまった。そして彼女達は熱い視線?を私に向けてあれやこれやと色々質問をしてくるし、中には手を握りしめて来る女子学生もいた位だった。

そしてそれを何とか追い払おうとしていたのがデヴィットとマイケルさん。

そんな時に現れたのがエマで、つい私は彼女に笑顔を向け・・ますます女子学生達はパニック状態になり・・・命からがら?ここまで逃げてきたのだった。

それにしても・・・『魅了』の魔力が彼女達の前でも発動してしまったのだろうか・・・?


「いいか、もう絶対にそのフードを外すなよ?そうじゃないと目立ちまくって行動する事が出来ないからな?人探しをしたいんだろう?まずい奴に見つかったら厄介だからな。」


デヴィットの言葉に私は頷いた。

まずいヤツ・・・私の頭には複数の人物が浮かび上がった。ソフィー、ドミニク公爵、アラン王子。ついでに言うと・・・マリウス、元生徒会長。

うん、彼等にだけは絶対に見つかりたくない。


「それで・・・一番初めに会いたいのは・・やはりノアか?」


デヴィットが質問して来た。


「はい、そうですね。『ワールズ・エンド』で完全にはぐれてしまったので・・ノア先輩が無事か確認したいんです。ついでに言うと魔界にいた時の記憶が残っているかも聞きたいし。」


「後は・・・・誰だ?」


「ダニエル先輩です。あの先輩には・・・私の全財産の入った預金通帳を預かって貰っているんです。」


「え?そのダニエルって彼と・・・お嬢さんはそういう仲だったの?」


何故かマイケルさんが驚いた様に私を見るし、デヴィットは肩を震わせて、私を見ている。


「あの・・・?なにか・・・?」


何だろう、この2人の態度・・何か気になる。


「ジェシカ・・・お、お、おまえ・・・あのダニエルに通帳を預けたのか?」


「あ、ダニエル先輩の事知ってるんですね?」


「当然だ、有名人だからな。特に・・・女子学生達の間では。いや、それより問題なのは・・・ジェシカ、お前がダニエルに通帳を預けた事だ。」


「それが・・・何か?先輩は信頼できる人だったので預かって貰ったんですよ?」


「異性に通帳を預かって貰うって意味はな・・。その相手に自分の将来を捧げてもいいですって意味なんだよ!」


デヴィットの言葉に今度は私が驚く番だった。




2


 ええっ?!そ、そんな・・・。貴方に将来を捧げます?知らない、私はそんな話は全く知らないっ!!

「ま、待って下さい。私がダニエル先輩に通帳を預かって貰った時、先輩はそんな話一言も持ち出しませんでしたけど?」


「それは・・・ひょっとすると・・・。」


マイケルさんが再び意味深な事を言って来る。


「ああ、ひょとするかもしれない。」


デヴィットまで・・・!


「あの、もったいぶっていないで教えて下さいよ。ひょっとすると・・・ってどういう意味ですか?」


「それは多分、ダニエルは通帳と引き換えにジェシカに結婚を迫ってくるかもしれないって事だ。」


デヴィットが言うと、マイケルさんは腕組みをしながら頷いている。あのダニエル先輩が?はは・・まさか・・・。


「嫌ですね~。2人とも・・・考え過ぎですよ。ダニエル先輩はそんな人では無いですよ。」


掌をヒラヒラさせながら私は言うが、2人は至って大真面目だ。


「いいか、ジェシカ。もしダニエルが結婚の約束をしなければ通帳を返さないと言って来た時には必ず俺に相談しろ。俺があいつを倒してでも取り返してやるからな。・・・それでダニエルは強いのか?」


デヴィットは何やら物騒な事を言って来る。

「駄目ですよ、倒しちゃ・・・。ダニエル先輩が強いかどうかは分かりませんけど。」


「俺もその時は及ばずながら力を貸すからね。」


「マ、マイケルさん・・・。あまり妙な考えは起こさないで下さいね?そんな事よりも・・・ノア先輩は今何処にいるんでしょうか・・・。」


「よし、俺はあいつの寮の部屋番号を知っているから様子を見て来る。この場所は人目に付きにくい場所だから、ここ2人は待っていてくれ。」


言うが早いか、デヴィットはすぐに転移魔法を使ってその場から消え去った。

そしてその様子を見ていたマイケルさんが言った。


「いや~。初めて転移魔法と言うのを見たけど・・・凄い物だね。目の前でパッと人が消えてしまうのだから・・。それでお嬢さんも転移魔法を使えるのかい?」


マイケルさんが目をキラキラさせながら尋ねて来た。

う・・・何だかものすごく期待に満ちた目を向けて来るのだけど・・・・私が一切魔法を使えないと分かったら・・・幻滅されてしまうかな・・・?


「い、いえ・・・。お恥ずかしながら私は魔法を一切使う事が出来なくて・・・。」


「ふ~ん。そうなのかい?だとしたら・・お嬢さんはその内、誰も使えなかったようなすごい魔法を使えるようになるかもしれないね。」


意外な事を言って来た。


「え・・・?まさか・・・。何故そんな風に思ったのですか?」


「うん、実は・・・。」


そこまでマイケルさんが言いかけた時、突如としてデヴィットが私達の目の前に現れた。


「デヴィットさん、どうでしたか?ノア先輩は寮にいましたか?」


「いや・・・いなかった。だが・・・。」


何故かデヴィットの表情が優れない。一体どうしたのだろう・・・?


「デヴィットさん。ノア先輩について何か・・・情報を得られたなら教えて下さい。」


「あ、ああ・・・。実は・・・男子寮の寮夫に念の為、尋ねてみたんだ。そうしたら教えてくれたよ。『ワールズ・エンド』で忽然と姿を消したノア・シンプソンは再び『ワールズエンド』で頭から血を流した状態でソフィーと聖剣士達によって発見されたって。そしてその怪我を負わせたのがジェシカ・リッジウェイだと言ってるんだ・・・。どうやら、たまたま見回りをしていたソフィーがジェシカが石を振り下ろして、ノアの頭に叩きつけたのを見たと証言したらしい。それで今は絶対安静で療養の為に神殿に運ばれて手当てを受けている・・・そうだ。」


 え?ノア先輩が大怪我・・・?しかも怪我を負わせた人物が私だとソフィーが証言を・・?!挙句に治療の為に神殿に運ばれて、今は会う事すら出来ないなんて・・・。


「そ、そんな・・・。」


私は絶望的な気分になり・・・・俯いた。


「お嬢さん。・・・大丈夫かい。」


マイケルさんが心配そうに声を掛けて来た。



「非常にまずい事態だな・・・。今や神殿は完全にソフィーの物と化してるんだ。聖女の奇跡の力と称して、あの神殿では連日ソフィーが聖剣士や神官・・それに兵士達の前で自らの聖女の力とやらを披露しているらしいが・・・俺はそれがどんな物なおのか見た事も聞いたことも無いから、全く分からないが・・・。恐らくそれは真っ赤な嘘だと思う。」


デヴィットが声を潜めながら言う。


「・・それはどういう事なのかな?」


「実は・・・聞いてしまったんだ。神殿で何が日々行われているのか気になって一度だけ神殿に忍び込んだことが一度だけあったんだ。だが生憎・・・結局ソフィーの奇跡の力とやらのお披露目はこの日は無かったけどな。その後、俺はソフィーの後を付けた。するとソフィーが誰かと神殿の中庭の方に行くと足を止めて・・・こんな所に何の用事があるかのと思って隠れて様子を見ていたらローブを羽織った人物が現れて、会話を始めたんだ。相手はフードを被っていたせいで男なのか女なのかも分からなかったが、その相手にソフィーがこう話していた。やっぱりお前が作るお香は催眠暗示をかけるのにすごく有効な手段だ・・・と。」


お香・・・催眠暗示・・・?・・ひょ、ひょっとして・・・!


「それじゃ、恐らくその聖女が催眠暗示をかけて自分があたかも奇跡を起こしている姿の幻覚を彼等に見せていただけなのかもしれないね。」


マイケルさんが素早く答えた。うん、私も今同じ事を考えていました。


「デヴィットさん・・・。ひょとするとソフィーはその手を使って聖剣士や神官達を暗示にかけて自分の支配下に置いていったのでは無いでしょうか?」


「ああ、多分そうだろうな・・・。ノアの事も・・・催眠暗示にかけるつもりなんだろうな・・・。いや・・もうかけられているかもしれない・・。」


言われて見れば確かにソフィーはノア先輩を気に入っていた。それじゃ・・ひょっとするとノア先輩はもう・・・?!


「そ、そんな・・・何とかしないと・・・。こ、こうなったら私が直接神殿に行って・・・。」


「「そんなのは駄目だっ!!」」


・・・2人から怒られてしまった。


「ジェシカ、焦る気持ちは分かるが・・・・一旦ノアの事は置いておこう。代わりにダニエルを訪ねてみたらどうだ?」


デヴィット言った。


「そうですね・・・。どのみち以前からダニエル先輩には魔界から戻ってきたら真っ先に、会いに行こうと思っていたので・・・。」


すると、途端に機嫌が悪くなるデヴィット。心なしか・・・マイケルさんも何となく面白くなさそうな顔をして私を見つめている。


「ジェシカ・・・それ程までにダニエルに会いたかったのか?・・・昨年の事だったか・・少しの間だっだけど、ジェシカ・・・お前ダニエルと恋人同士だったことがあるんだろう?あの時は物凄くその話でもちきりだったからな・・・・。だからなのか?・・・だから・・あの男に通帳を預けたのか?かつてはお前の恋人だったから・・?」


「ええ!お嬢さん・・・そうだったの?」


「ち・・・違いますよっ!一番通帳を預かって貰うのに適した方だと思ったからです。ダニエル先輩は・・・ノア先輩の親友だったんですよ?だから私は魔界へ行く前にノア先輩の事を伝えたんです。・・・・最も・・・その時はダニエル先輩は既にノア先輩の事を忘れていましたけど。」


「おい、ちょと待て・・・。ダニエルはノアの事を忘れていたって・・言ってたけど・・考えてみるとジェシカ、何故お前はノア・シンプソンの事を・・覚えていたんだ・・・?」


声を震わせながらデヴィットが私に尋ねて来た。


あ・・・こ、これは・・・非常にまずいかも―。





3


 突然デヴィットは私の左腕を掴むと言った。


「ジェシカ・・・実は・・前から気になっていたことがあったんだ。いっそ何も気が付かないフリを通し続けようとも思っていたが・・・やはり聞かせてくれ。何故・・お前から一度も嗅いだことの無い魔力の匂いを感じるんだ?これは・・・人の魔力の匂いとは明らかに異なっている。一体どう言う事なんだ?」


 ああ・・そう言えば彼はとても勘が鋭い人だった。確かに私は夢の世界でノア先輩と・・・。

でもそれはマシューともデヴィットとも知り合う前の話だった。けれど・・・今私の腕を掴んでいるデヴィットの色々な感情が入り混じったかのような瞳を見ていると・・・彼に対する罪悪感ばかりが募って来る。


「あ、あの・・そ・それは・・・。」


その時・・・


「君、いい加減にするんだ。お嬢さんが怯えているじゃないか。」


2人の間に割って入って来たのはマイケルさんだった。


「・・・・。」


デヴィットは一瞬マイケルさんを見て・・掴んでいた私の手をパッと離した。


「どういう意味の話をしていたのか、俺にはさっぱり分からないけれども・・・お嬢さんがこんなに怯えているんだ。この辺で勘弁してあげてよ。それに・・・今大事な事はダニエルという人物をお嬢さんと会わせる事じゃないかな?」


さり気なく私の前に立って話をするマイケルさん。


「あ・・た、確かにそうだったな・・・。すまなかった、ジェシカ。その・・・痛くなかったか?」


デイヴィットは酷く落ち込んだ顔で私を見つめているので、敢えて私は笑顔で言った。

「いいえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい。それよりも・・・早くダニエル先輩の元へ行きませんか?」


「そうだな・・・。今はまだ授業中だけど・・・・どうだ?ノア・シンプソンはまともに授業すら受けていない学生だったと聞いているが・・ダニエルはどうだ?真面目に授業に出席するような男なのか?」


何故かメモ帳を取り出しながら質問してくるデヴィット。え?そこで・・・メモ帳って必要?


「多分・・・ダニエル先輩はちゃんと授業に出席する方だとおもいますけど・・?」

首を傾げながら返事をする。ダニエル先輩はいわゆるツンデレキャラ。一見冷たい雰囲気を持ってはいるものの・・・気を許した相手には途端に甘々な態度で接してくる人だ。多分、あの先輩は真面目に授業に出ているんじゃないかな・・・?


「よし、分かった。今からダニエルのいるクラスに行って来る。」


とんでもない事を言い出した。


「ええ?君・・・正気で言ってるのかい?今はまだ授業中だと話していたばかりじゃ無いか・・・。」


「そうですよ、デヴィットさん。一体何考えてるんですか?」


デヴィットの袖を引っ張って歩き出そうとするのを必死で止める私とマイケルさん。


「姿を見られるのを心配しているのか?それなら大丈夫だ。俺は自分の姿を消す事が出来る魔法を使えるから・・・。」


「い、いえ。何も・・・そこまで急ぐ必要は無いと思いますけど?!」

う~ん・・ここまで彼はせっかちな人だったのだろうか・・・?


「そうそう、焦りは禁物だよ。」


マイケルさんは至極まっとうな事を言ってくれる。


「それに俺としては、もう少しこの学院を美少年になったお嬢さんと散策したいしね。」


・・・前言撤回。マイケルさん・・・やはり貴方は・・・・??


「あの・・・今授業中なら私・・行ってみたいところがあるのですけど・・・。会いたい人がいるんです。・・まだいてくれるといいけどな・・・。」


俯いて呟くと、ふと視界が暗くなる。

「え・・・?」

顔を上げると、何故かデヴィットとマイケルさんが至近距離で見下ろしていた。

「あ、あ、あの・・・・お2人とも・・・・な、何か・・・・?」


「ジェシカ・・・・お前・・まだ他に会いたい男がいたのか?」


怒りを抑えた笑い顔を見せるデヴィット。


「お嬢さん・・・・君は中々恋多き女性なんだね・・・・?」


笑みを称えながら、苛立ちが含んだ声色のマイケルさん。な・・・何か怖いんですけど・・・?


「あ、あの・・・今私が会いたいと言った相手は女性ですっ!アメリアと言う名前の女性でこの学院の図書館司書をしているんです。決してお2人が考えているような事ではありませんから・・・。」

ああ・・・何故私はこの2人に言い訳めいた話をしなければならないのだろうか・・・。



「本当に・・・俺達はついてきたら駄目なのか?」


恨めしそうな目で私を見つめるデヴィット。


「心配だなあ・・・・お嬢さんに万一の事があったらと思うと・・。」


マイケルさんは不安気に私を見る。


「大丈夫ですよ。ここは学院の図書館なのですから。それに女だけの秘密の会話があるんです。申し訳ありませんが。お2人はこちらで待っていて頂けませんか?」


何とか2人を説得し、私は1人で学院の図書館の中へ入って行った。


「アメリアさん・・・いるかな・・・?」


今は授業中と言う事もあり、図書館の中は学生の姿が1人も見えず、静まり返っている。シンとした図書館をなるべく足音を立てないように私はカウンターへと近づいた。

「あの・・・少しよろしいでしょうか・・・?」

遠慮がちに声をかける。そして私に気が付き、顔を上げた女性は・・・アメリアはでは無い全く別の女性だった。顔にそばかすがあり、緑色のショートヘアの少し幼さの残るその女性は・・何故か私を見ると一瞬で顔を真っ赤に染めた。


「は、はいいいっ!な、何の御用でしょうか?!」


静かにしておかなければならない図書館に女性の声が響きき渡る。


「あの・・・実はお伺いしたい事が・・・こちらで働いている女性でアメリアと言う方はいらっしゃいますか?」


しかし、女性は私の声が聞こえていないのかボ~ッとした目つきで私を見つめ、返事が無い。・・・困ったな・・・。


「あの・・・聞こえてますか?」


顔を近付け、再度尋ねると何故か女性は悲鳴を上げた。


「キャアアアアッ!」


思わず身を引いたが、女性の様子が気になるので声を掛けた。

「あの~・・・だ、大丈夫・・・ですか?」


すると女性はうっとりとした目つきで私を見つめて呟いた。

「な、なんて美しい方・・・。」


あ、何・・・この目・・・。そう言えば忘れていたけど、私男装していたんだっけ・・・。まさか『魅了の魔法』が発動しているんじゃ・・・?

一瞬、このまま引き返そうかと思ったけれども私はどうしてもアメリアと会いたかったので、熱い視線を送る彼女に私は尋ねた。


「あ、あの・・・お尋ねしたい事があるのですが・・・こちらにアメリアという女性の司書の方はいらしてませんか?」


「え・・ええ・・?アメリア・・・さん・・・という方ですか?」


「はい、そうです。」


「あの・・そのような方・・存じ上げませんが・・。申し訳ございません。」


やはり・・・何となくそんな予感がしていたが、いざ話を聞かされると・・・やはりショックだ。


「そう・・ですか・・・。残念です。以前こちらでお仕事をされていた女性だったのですが・・・。」

思わず落胆すると、不意に目の前の女性から手を取られた。え?


「まあ・・・お顔だけでなく・・お肌も女性のように美しい・・・。」


そして女性はうっとりした目つきで私の手を撫でまわしてきた。え?え?何・・・?


「アメリアさんと言う方は・・・ひょっとすると・・貴方の想い人なのでしょうか?」


少し悲し気な、潤んだ瞳で見つめられ・・・腰が引けそうになって来た。

「い、いえ・・・。そうではありません・・・。彼女は友人です・・・けど?」


「まあ、そうなんですか?!あ、あの・・・私はブリジットと申します!それで・・・貴方のお名前をお聞かせいただけませんか?」


「え?え?わ、私の名前ですか・・・?」

何だか目の前の女性の瞳に狂気めいた光を感じる。ひえええ・・・こ、怖い・・・!



その時―。


「君、俺の弟が怖がっているから・・・その手を離して貰えないかな?」


背後で声がして・・・振り向くとそこには笑顔で立っているマイケルさんがいた―。




2


「あ、ありがとうございます・・・。お陰で助かりました・・・。」


マイケルさんの機転のお陰で私は何とか貞操の危機?から免れる事が出来た。彼に手を引かれつつ、図書館を出ると・・・そこには腕を組み、仁王立ちになってこちらを睨み付けているデヴィットの姿が。

そして私の姿を見届けると、途端に駆け寄って来た。


「おい、ジェシカに触れるな。」


「君・・・相変わらず気が短い人だねえ・・・。」


マイケルさんのため息交じりの言葉にデヴィットは耳を貸さず、彼の手を振り払うと、突然強く抱きしめて来た。


「ジェシカ・・・この馬鹿ッ!あれほどフードを外すなと言っておいただろう?それなのに・・・俺の忠告を無視して・・・!いいか、俺はお前の聖剣士となったんだ。聖剣士になるとな・・・相手の聖女の危機の時に紋章が光って反応するんだ・・・。

お前がこの中へ入ってすぐだ!すぐに俺の紋章が光って反応して・・・。その時、どんな気持ちだったか・・お前に分かるか?!」


デヴィットは声を震わせて言った。・・・いえ、デヴィットは私の聖剣士だから、心配してくれるのはありがたいのだけど・・・あんな・・あんな単純な事でも紋章が反応してしまう訳?!ちょっと大袈裟な気もするけど・・?

「アハハハ・・・随分・・・聖女と聖剣士の絆って・・・ほんの些細な事でも反応するんですね・・・。大袈裟過ぎる位に・・・。」


最期の方は小声で言った。

するとデヴィットが身体を離した。


「いや・・・皆が皆・・・そうなる訳では無い・・・。」


「え?」

ちょっと待って・・・。デヴィット・・・何故、そこで顔を赤らめてるのかな?


「相手の事を思う気持ちが強ければ強いほど・・・過剰に・・反応する・・と言う事なんだ・・・。つ、つまり俺はジェシカの事をそれだけ・・・。」


顔を赤らめ、しどろもどろになって言うデヴィット。それって・・・私に対する愛の告白のようにも聞こえてしまうのだけど・・・?デヴィットの気持ちは嬉しい、だけど・・・私はマシューの事を・・・。そう考えるとやはりデヴィットの気持ちに応えてあげる事が出来なくて・・・申し訳ない気持ちで一杯だ。


「どうした?ジェシカ。」


黙りこくってしまった私を心配してか、デヴィットが声を掛けて来た。


「本当だ・・・元気が無いねえ。お嬢さん・・大丈夫かい?」


マイケルさんまで気にかけてくれている。だから私は言った。

「い、いえ・・・。会いたかった彼女に会えなくて・・少し落ち込んでしまっただけですから気にしないで下さい。」


「ジェシカ、会いたかった彼女って・・・誰の事なんだ?」


デヴィットが尋ねて来た。


「実は・・・彼女はソフィーの・・・仲間と言うか・・・手下にされている様な女性で・・・私がこの学院に入学したての頃、ソフィーの件で少しだけアドバイスしてくれた女性なんです。でも・・・その後は何度も何度もソフィーと一緒に私の前に現れて・・・可哀そうに・・彼女・・アメリアはソフィーの操り人形のような扱いを受けていました・・。」


「そうなの?でも彼女と会う事で・・・何かメリットでもお嬢さんにあるの?」


うん、確かに今の説明だけではアメリアと私が会った所で何の得も無いだろう。

そう思われても仕方が無い・・・。だけどこうなったらこの2人にも私の秘密を少しだけ打ち明けた方が良さそうだ。


「実は・・・私はまだ2人に話していないことがあって・・・・。」


そして私はデヴィットとマイケルさんに今迄の事を説明した。自分には予知夢を見る力と、念じた物を具現化する力がある事。そして今まで見て来た予知夢は全て現実化した事。魔界の門を開ける事も、そして・・・魔界から戻れば自分は追われる身となり、裁判にかけられ幽閉されてしまうこと・・・幽閉された夢の中にアメリアが現れて私に向けて言った言葉・・・それら全てを話し終える頃には2人とも衝撃を受けた顔になっていた。


「そ・・・それじゃ、ジェシカ・・・。お前・・ソフィーやアラン王子に捕まる事が分かっていた上で、こっちの世界に戻って来たって言うのか・・・?」


デヴィットは震え声で言った。


「はい・・全部知っていました。だけど・・・それでも私はノア先輩を助け出したくて・・・。」


「この・・・馬鹿めっ!」


再びデヴィットは力を込めて抱きしめて来た。


「何で・・・何でそんな重要な事を今迄黙っていたんだ・・?」


「あの・・・本当の事を言えば・・もっと・・心配させてしまうと思ったから・・・。」


「だからっ!何度も何度も同じことを言わせるなっ!俺はお前の聖剣士なんだ!聖女であるお前を守るのが俺の使命だ!だから・・・少しでも身の危険が感じられるような心当たりがあるなら・・・包み隠さず全部話してくれっ!そうじゃないと・・・もし万一の時に・・お前を守り切れないかもしれないだろう・・?もう嫌なんだ・・。あんな思いをするのは・・・。」


デヴィット・・・ひょっとして泣いている?彼女との事を思い出して・・?


「デヴィットさん・・・。」


私はそっと彼の背中に手をまわすと言った。

「すみませんでした・・・。これからは何でも話します。貴方は・・私の聖剣士です・・。どうか、これからも私の事を助けて下さい・・・。」


「あ・・ああ!勿論だ・・・。俺が忠誠を誓うのは・・お前だけだから・・・。」


デヴィットは身体を離すと、私の手の甲に口付けしなら言った。


「お嬢さん。」


不意にマイケルさんに声をかけてきた。


「はい。」


「俺達は君の仲間だ。だから・・・もう隠し事はしないでくれよ?」


マイケルさんはウィンクしながら言い・・・私は笑顔で頷いた。




「でも・・よく私の様子をデヴィットさんが見に行くのを止める事が出来ましたね。」


私達は今ダニエル先輩が使用している校舎へ向かって歩いていた。


「俺はどうしても中へ入りたかったんだけどな・・・。」


面白くなさそうにデヴィットは言う。


「駄目だよ、図書館の中では静かにしないとね。彼は大袈裟に騒いでいたけど・・・多分俺はそれ程たいそうな事態にはなっていないと思ったから、代わりに様子を見に行ったんだよ。だけど・・それにしてもお嬢さん・・・。」


マイケルさんは私を見ながらクスクスと笑っている。


「あの女性・・・自分よりも小柄なのにお嬢さんに恋してしまったみたいだね~。あんなにお嬢さんの手を握りしめていたのに・・気が付かなかったのかな?こんな小さくて柔らかで、すべすべした肌なのにね。」


言いながらマイケルさんはするりと私の手に指を絡めて来た。


「あ、あの~マイケルさん?」

若干顔を引きつらせて彼を見る。


「何だい?お嬢さん。今日は俺は1日お嬢さんの保護者だからね。迷子にならないように手を繋いでおいてあげないと。」


「だから、勝手に触るな!ジェシカは俺の聖女なんだからなっ!」


マイケルさんの手を振り払いながらデヴィットが言う。

あ~あ・・。また始まっちゃったよ・・・。この2人は気が合うのか合わないのか・・・最早分からなくなってしまった。


 言い合いをする2人をよそに、私は上空を見上げた。

・・・相変わらず青い空、白い雲の姿は何処にも見当たらない、気が滅入りそうなどんよりと曇った空。

どうしたら元の美しい青空が戻ってくるんだろう・・・。

ノア先輩・・・やっとの思いで人間界へ帰ってくる事が出来たのに、ソフィーに捕まった上、青い空を見る事も出来ないなんて・・・。なんて気の毒なんだろう。

兎に角何とかして一刻も早くノア先輩を助け出して、マシューの行方を探さなくては―。

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