エマ
私の一番の親友『ジェシカ・リッジウェイ』さん。
彼女がこの学院から突然『魔界』へ行き、その後の行方が分から無くなってから、早くも一カ月が経過しようとしている・・・。
その間にこの学院では大きな異変がいくつもあった。
まず一つ目、それは・・・あの薄汚い女狐のソフィーが全学年を代表する聖なる乙女・・『聖女』だったという事。
その話を聞かされた時、私は我が耳を疑ってしまった。
え?あの男を食い物にしか見ていないあさましい女が『聖女』?冗談では無いわ。
あんな女が『聖女』なら世界中の女が全員『聖女』になれてしまうでしょう?
全校生徒を集めてあの『聖女』の発表が行われた時・・・少なくとも、私達1年生からは殆どがブーイングの嵐で沸き起こった。それなのに・・・2年生以上の学生達は何故か全員がソフィーを『聖女』として認めてしまうなんて。
駄目だわ、この学院には・・・人を見る目がろくでもない人間ばかりが集まった、くだらない学院だったみたい・・・。もうこの学院を辞めて、国に帰って花嫁修業をした方が良いかしら・・?うううん、でも・・・きっとジェシカさんはこの学院に戻って来る。彼女は黙って居なくなるような人なんかじゃ絶対に無いもの。
大体、聖女になるべき資格があるのは・・・むしろジェシカさんが一番適任だと思っていたのに。こんなの絶対に間違えてるわ。
さらに驚かせたことが新しい生徒会長について。
確かに・・・あのユリウス様では生徒会長なんて荷が重すぎると思っていたけど・・まさか、ジェシカさんの婚約者のドミニク公爵が生徒会長になるなんて、誰が想像したでしょう。しかも彼は私達と同じ1年生で、その上編入生だったというのに。
でも、改めて新生徒会長として壇上に上がった時は、その場に居る誰もが息を飲むのがはっきり分かったけども。
光沢のある黒々とした黒髪。左右の瞳の色が異なる神秘的な目・・・・。そして美しい容姿に加え、そのカリスマ性・・・。
恐らくその場に居た全員が、あの時の彼を見て、きっと彼ほど生徒会長に向いている人物はだれもいないだろうと考えたのは間違い無いわ。
だけど、私はどうしても彼を受け入れる事が出来なかった。
理由は立った一つだけ。彼は・・・ジェシカさんの婚約者であるにも関わらず、偽物聖女、ソフィーを崇拝していたのだから・・・。
そして3つ目の異変。
それはあの女狐が聖女として君臨してから、一度も太陽が現れなくなってしまったという事。ソフィーはジェシカさんが『魔界の門』を開けた罰が当たったから、太陽が見えなくなってしまったといういけれど・・『魔界の門』が開かれると、魔族達が人間界に溢れかえるはずでは無かったかしら?もし、それが本当の話だとしたらね・・・。
でも結局のところ、『門』の封印が解かれてしまったかどうかの証拠も無く、魔族の姿も見当たらないと言う事で、他に言い訳が見つからず、太陽が現れなくなったのをジェシカさんのせいにしているとしか私には思えないわ。
大体・・・ジェシカさんは当時、門を守っていた「マシュー・クラウド」という聖剣士を殺害したと言われているけれども・・・実際の所、彼の遺体は誰一人見ていないし、彼女が殺害したと言う証拠も無い。魔法を使えない、か弱いジェシカさんが聖剣士を殺害なんて出来っこないでしょう?本気で皆、こんな話を信じているのかしら?これだって絶対にジェシカさんを罠に嵌めようとするソフィーの陰謀にしか思えないわ。第一、入学してからすぐにソフィーはジェシカさんの事をとても憎んでいたようだし・・・ひょっとすると、2人の間には何か因縁でもあるのかしら・・?
とにかく、ソフィーが聖女になってからというもの・・・この学院がどんどんおかしな方向になっていったのは確か。
聖女直々の兵士の部隊を勝手に作ってしまうし、何故か学院外の人間まで兵士にしているのだから、これには驚きだわ。
だからかしら・・・・。最近聖剣士達は聖女に誓いを立てるのを放棄してしまった人達が大勢いるとか・・。ああ・・・ひょっとすると、そのせいでソフィーは新しく自分直属の部隊を作り上げてしまったのかもね。
それにしても・・・一体何?この手配書は・・・。
ジェシカさんとは似ても似つかないわ!そもそもこの学院の学生を懸賞付きで探させるなんて・・・・正気の沙汰とは思えないわ。
本当に、ソフィーのせいでこの由緒正しい『セント・レイズ学院』の品位がどんどん下がって言ってるのは確か。今年は極端に入学希望者が少ないらしいし・・・。
「エマさーん!」
その時、ふと名前を呼ばれて顔をあげると、太めのシャーロットがハアハア息を切らせながら私の方へ向かって走ってくる姿が目に入って来た。
「あら、どうしたの?シャーロットさん。他の方々は?」
「それがね、聞いて!エマさん!今ね・・・今年、この学院に入学を希望してるという男の子がお兄さんと、道案内をしてきたという聖剣士と一緒に中庭に来ているのよ!」
興奮しながらシャーロットが言う。
「あら、そうなの・・・?こんな品位が下がってしまった学院に入学希望なんて・・珍しいのね。・・・ひょっとしてその事を伝えに?」
「はい!そうなんですよ!とにかくその男の子が・・・とてつもない位、美、美少年なんですよ!も、もう・・・あんなに綺麗な男の子・・・見てるだけで魂が奪われてしまいそうでしたわ・・・!」
ふ~ん・・・。それ程の美少年なら・・ちょっと見に行ってもいいかも・・・。
「ねえ。シャーロットさん。私もその男の子・・見て見たいわ。案内してくれる?」
「ええ、勿論よ!さあ、行きましょう!」
中庭は大変な事になっていた。かなりの女子学生達が集まっている。
「ほら、あの男の子よ!」
輪の中央に2人の男性に付き添われた金の髪の少年を私は見た。
金の髪にグリーンの大きな瞳・・・そして女性を思わせるような線の細い体と薔薇色の肌・・・。
ふと、その時偶然少年と私の視線がぱったりと合う。
え・・・?
すると少年は・・・それはそれは美しい笑顔を私に向けるのだった―。




