第1章 4 何故、貴方がここに・・・?
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「お、お前・・あのジェシカだったのか・・・?」
デヴィットは心底驚いた様子で私を見つめている。
「ええ、そうですよ。」
もう隠していてもしょうがない。私は開き直る事にした。
「『魔界』へ連れ去られた、この学院の副生徒会長のノア・シンプソン先輩を助ける為に何とか『魔界』へ行く方法を見つけて、そこへ行ってきました。そして必死の思いでやっとこの人間界へノア先輩を連れて戻れたと思えば何故か学院中に私の手配書のポスターが至る所に貼られていました。・・・確かに私は『魔界』へ行きましたが、封印を解いてはいません。そんな話は出鱈目です。だけど・・きっと誰も信じてなどくれないでしょう?なので身を隠す為に一度この町へ逃げこもうと・・・歩いて町まで行こうとしていた所を貴方が声を掛けてくれたんです・・・。咄嗟に名前を偽りましたが・・・。仕方が無いじゃ無いですか。だって・・・あの学院には・・私の味方は誰も・・・いないのだから・・・。きっと皆・・ソフィーに操られていると思っていたから・・。」
「ハルカ・・い、いや。ジェシカ・・・・。」
デヴィットは神妙な面持ちで言った。
「学院側が・・・言ってた事は・・・嘘だって言うのか?お前が『魔界』へ向かった時に・・聖剣士を刺殺したって言うのは・・・?」
「そんなの・・・う、嘘に決まってるじゃ無いですかっ!」
もう駄目だ・・。もうこれ以上我慢出来ない・・・っ!
「だって・・・だって・・・私は・・・彼を・・・マシューを愛していたんですっ!そんな・・・どうして愛する人を刺殺する事が出来るんですか・・?彼は・・・マシューは私を『魔界』へ行かせる為に・・他の聖剣士達と戦って、胸を剣で貫かれて、口からも沢山血を吐いて・・・死んでいったのに・・・。」
もう私は溢れる涙を止める事が出来ない。
生きていると信じていたのに、本当は死んでいたなんて事実・・・知りたくも無かったのに・・・!
「な・・・何だって・・・・?」
デヴィットはただでさえ色白な肌をより一層青ざめさせて私を見た。
「う・・・マシュー。どうして・・・どうして死んでしまったの・・・。生きていると・・信じていたのに・・。」
悲しくて胸が潰れそうだ。今までずっと頑張って耐えていたのに・・・私はもう限界だった。
「ジェシカッ!」
突然デヴィットが立ち上ると泣き崩れている私の側に来て、強く抱きしめて来た。
「ごめん・・・悪かった・・・本当に・・ごめん・・・!」
何故だろう?何故・・・デヴィットまで一緒になって泣いているのだろう?悲しい思いをしているのは私だけのはずなのに・・・。
それでも・・私は目を閉じた。一緒に泣いてくれるのがこんなにも嬉しく感じるなんて、私は思ってもいなかった・・・。
マシュー・・・。もう一度だけ、貴方に会いたかったよ・・・。
こうして、私とデヴィットは涙が枯れるまで抱き合って泣き続けた―。
「教えて頂けますか?ライアンさんの事。それにケビンさん、テオさん・・・の事はご存知ですか?」
「ああ、全員・・・知っていたのか。ジェシカは・・。」
デヴィットは苦笑した。
「皆さん・・・親友ですよね?」
「ああ。かつてはな。」
かつて・・・?何故か気になる物言いをする。
「あの・・・かつて・・とは・・?」
「あいつ等全員・・・ソフィーの直属の兵士になりやがった・・・っ!」
悔しそうに唇を噛み締めながらデヴィットは言った。
「え・・?そうなんですか・・・い、一体何故?!」
嘘だ、とてもじゃ無いが信じられなかった。だってライアンもケビンもテオも皆・・・ソフィーの事を嫌っていたのに・・・!
「ど・・・どうして・・・ソフィーの兵士に・・・。」
「その前に・・・ジェシカ。お前が『魔界』へ行った時の話・・・俺に詳しく教えてくれ。」
「は、はい・・・。」
デヴィットに言われるままに私はあの時の状況を詳しく話した。見張りの聖剣士と神官を眠らせた後、マシューの魔法で身代わりの人形を使って、本物とすり替えた事・・。その役割を担ったのがケビンとテオだった事。
そして私と『魔界』へ向かったのがマシューとレオと名乗る元海賊の青年、そしてライアン。マシューは襲って来た聖剣士に倒され、新たに追手として駆けつけてきたのがアラン王子とドミニク公爵。私を『狭間の世界』へ逃がしたのがレオで、彼はその後マシューとライアンの元へ向かった事・・・。
私の話をじっとデヴィットは聞いていた。
「・・・それで私は『狭間の世界』へ渡った後は『ワールズ・エンド』で何が起こったのか・・・後の事は知りません・・・。」
「そうか・・・。ジェシカ・・・お前・・・随分辛い経験をしてきたんだな・・。」
デヴィットは私を見つめながら言った。
「その後・・・魔界で知り合ったフレアと言う女性がマシューにどんな傷や毒、場合によっては死者を生き返らせる事も出来る『七色の花』をマシューに与えてくれたそうなんです・・・。だから、それを聞いたときは・・・てっきり彼は・・・生きているのだと思って、この世界に戻ってくれば自分が学院側からどんな扱いを受けるのか分かっていたのに・・・マシューに再会出来るのを願って・・・帰って来たのに死んでいたなんて・・・。」
私は項垂れた。駄目だ・・。また泣きそうになってしまう・・・。
「ジェシカ。俺の話を・・・よく聞け。」
不意にデヴィットが声を掛けて来た。
「はい?」
「希望を持たせるような言い方をして・・・それが事実では無かったとしても・・運命を受け入れる事が出来るか?」
「え・・・?」
「ひょっとすると・・・マシューという聖剣士は・・・生きてるかもしれない。」
「え・・・・?!そ、それはどういう意味ですか?!」
気付けば私はデヴィットの襟首を掴んでいた。
「待て、お、落ち着けジェシカ。実は・・・多分お前が『魔界』へ行った翌日の事になるんだろうな・・・。突然全校集会が始まり、俺達は全員講堂へ集められたんだ。そこで初めてソフィーが聖女となった事を学院長が現れて・・皆に伝えた。そしてあの女が・・壇上に現れたんだ。新しく自分付きの兵士を連れて・・・その中に・・あいつらが含まれていた・・・っ!」
「あ・・・あいつ等って・・・まさか・・・?!」
「ああ。ライアンにケビンがそこにいた。あ・・後1人その隣にどちらかの頬傷のある髪の長い男がいたな・・・。今まであんな学生見た事が無い。」
デヴィットの話を聞いて私は息を飲んだ。
頬に傷のある髪の長い男・・・・間違いない。彼は・・・・!
「デヴィットさん!その男性が・・・私を『狭間の世界』へ逃がしてくれた、元海賊のレオと言う男性なんです!」
「な・・・何だって・・・?!あいつが・・・?!くそっ・・・!って事はやはりそのレオって男も・・皆ソフィーの手に堕ちてしまったって訳か・・・。」
悔しそうに両手を握りしめるデヴィット。
「デヴィットさん・・・。それで・・・何故マシューが生きているかもしれないって話に繋がるんですか・・・?」
私は彼に話の続きを促した。
「あ、ああ・・。それでその時、ソフィーが言ったんだ。ジェシカ・リッジウェイと言う悪女が『ワールズ・エンド』へ行き、門番をしていたマシューと名乗る聖剣士を刺殺して、強引に封印を解いたと・・・。そして命を懸けても門を守ろうとした聖剣士を称えようと言ったんだ。だけど・・・誰一人、その男の遺体すら見ていない。全校生徒を上げてその男の葬儀を執り行ったんだが・・・・噂によると、棺の中は空っぽだったらしい。」
え・・・?葬儀を行ったのに棺の中が空だった・・・?
「何故棺が空だったのか・・・理由は・・・ジェシカ。分かるよな?」
私は黙って頷いた。生きてる・・・・ひょっとするとマシューは生きているかもしれない・・・?だ・・・だけど・・・。
「デヴィットさん・・・それじゃ・・もしもマシューが生きていたとしたら・・一体今何処に・・・?」
「分からない・・・。」
デヴィットは首を振ると私に言った。
「ジェシカ。ひょっとすると・・・ソフィーはお前がマシューの事を好きなのを知ってるのかもしれない・・・。それでお前の弱みを握る為にマシューを何処かへ隠しているとしたら・・?」
そこまで考えもつかなかった・・・!
「ソフィーを・・・捕まえて・・マシューの居所を聞く・・・?」
「ああ・・それしか方法は無いかもしれないが・・・だが、ジェシカ。ソフィーの背後には兵士達だけじゃない。あの聖剣士達と神官達もいるんだ。しかも・・・ジェシカ。お前はずっと『魔界』へ行ってたから知らないだろうけど・・・生徒会長の後釜に居るのが・・・まだ1年生で・・学院に編入したての・・「ドミニク」と名乗る黒髪の男なんだ。さっき、お前の話にも出てきた男だ・・・。」
え・・?ドミニク公爵が・・・生徒会長・・・?まさかあの夢の続きが・・・?
私は思わず背筋が寒くなるのだった―。
2
「そ、そんな・・・ドミニク公爵が・・・今の生徒会長・・・。」
私は震える自分の両肩を抱きしめた。あの時の夢は・・・こういう事だったんだ・・・。公爵が生徒会長だったから・・・私は夢で彼に裁かれたんだ・・。
「イ・・・イヤアアアアッ!」
私は頭を押さえて絶叫した。どうして?私は自分の未来を変える為に努力してきたつもりだったのに・・・結局運命には逆らえないのだろうか?
「おい、どうしたんだ?!ジェシカッ!しっかりしろ!お前・・・また気を失うんじゃないだろうな?!」
デヴィットが私の両肩を揺さぶり、そこで私は我に返った。
「あ・・・デヴィット・・さん・・・。」
「ジェシカ・・・お前・・・本当に大丈夫なのか・・・?今日は『魔界』から帰ってきたばかりなんだろう?それに・・追いかけられながらも、ここまで逃げて来たんだろう?俺は・・・お前が心配でたまらないよ・・・。」
言いながらデヴィットは強く私を抱きしめて来た。
「デヴィットさん・・・?」
デヴィットは私の髪に顔を埋め、肩を震わせている。え・・・まさか・・泣いてるの・・?
「デヴィットさん・・・?まさか・・・泣いてる・・・の・・?」
私が言うと、彼は顔を上げた。
「・・・!」
やはり・・・デヴィットは白い肌を赤く染めて・・・泣き濡れていた。
「どうして・・・?どうして・・・私の為に・・・貴方が泣くんですか・・?」
涙で濡れているデヴィットの頬に触れながら私は尋ねた。
するとデヴィットは涙ながらに自分の過去を語り始めた・・・。
「お・・・俺には・・この学院に・・恋人がいたんだ・・。結婚の約束までしていたけど・・ある日を境に彼女は急に俺に冷たくなり・・色んな男に手を出して浮気するようになって・・・結局・・それが原因で俺達は・・別れた・・。けど・・けど、本当はそうじゃ無かった・・・。違ったんだ・・・!」
「違った・・・?」
「彼女は・・・重い病気に侵されていたんだ・・・。もう長生きできないと分かって・・俺に愛想を尽かせるためにわざと色んな男と・・・!結局彼女の死に際に真実を聞かされて・・・。死んでいった・・・。そのショックで・・俺の髪は白くなり・・目も・・・!でも、きっとこれは罰だ。彼女の本心を知る事も無く、酷い裏切りだと罵り、彼女を傷付けて・・・!そしてそんな自暴自棄になった俺を・・救ってくれたのがライアンだったんだ・・・。」
「ライアンさん・・・・。すごくいい人ですからね・・・。」
「あの時は悪かった・・・。」
ポツリとデヴィットが言った。
「あの時?」
「ああ・・ジェシカと初めて会った時の事だ。ジェシカ、お前は・・・色んな男達に囲まれていただろう?てっきり俺はライアンを・・・弄んでいるのかとばかり思って・・つい、あんなきつい言い方を・・・。」
「デヴィットさん・・・。いいんですよ。傍から見ればそう見られても当然ですから・・。」
「ジェシカ・・・ッ!」
再びデヴィットは私をきつく抱きしめると言った。
「さっきのお前の様子を見て・・・本当に彼女のように・・・死んでしまうのでは無いかと思った・・・だって・・・お前の身体はこんなにも細くて・・顔面蒼白になった姿は・・・やせ細っていく彼女のように思えて・・見ていて耐え難かった・・・!」
「デヴィットさん・・・。大丈夫・・・私は・・死にません。うううん、絶対・・・死ぬわけにはいかないんです・・・。だって私は・・・。」
「マシューに会いたいから・・・だろう?」
デヴィットは私の身体から離れると言った。
「は・・・はい・・。」
「あんなに身分の高い王子や学院中の人気者たちから憧れの存在であった男達に言い寄られていたジェシカが選んだ男だからな・・・。相当魅力的な男だったんだろう?やっぱり・・・恋人だったんだな?」
「いいえ・・・。そうじゃありません・・・。」
「え・・?違うのか・・?」
「私が・・・彼を愛してると気付いたのは・・・マシューが死んだ・・後だから・・・。」
ギュッと両手を握り締めると私は言った。
「私は・・・やっぱり最低な人間です・・・。マシューが私の事を好きなのを知っていて・・その上で彼を利用して『魔界』へ行ったんです。彼の命を犠牲にして・・・。だから・・・もし、マシューが生きているなら・・・私の気持ちを伝えたいんです。貴方を愛していますって。もし・・マシューが私を恨んでいて、彼の心が変わっていたとしても・・・ただ自分の気持ちだけでも彼に伝えられれば・・私はそれだけで十分なんです・・・。」
「そうか・・・。マシューって男・・・生きてるといいな・・・。いや、きっと生きてるに決まってるさ。だって仮にも聖剣士だったんだろう?でも・・・もし・・。」
デヴィットはそこまで言うと口を閉ざしてしまった。
「もし・・?何ですか?」
「い、いや・・。何でも無い。」
フイと視線を逸らせるとデヴィットは言った。
「ジェシカ・・・。もう今夜は休んだ方がいい。まだ・・・話したりない事は山ほどあるが・・・続きは明日話そう。いいな?」
「はい、分かりました。」
私は返事をすると、デヴィットの部屋を後にした。
部屋に戻った私はバスタブにお湯を溜めながら、今日1日の出来事を振り返ってみた。
ノア先輩・・。『ワールズ・エンド』で別れた切りになってしまったけど・・先輩は今何処にいるのだろう?私はこんなにもはっきり『魔界』の出来事も『狭間の世界』の出来事も覚えているけど・・本当に・・忘れてしまったのだろうか・・・。
「確かめたい・・・。ノア先輩に何とかして・・会えないかな・・・。」
やがて、お湯が溜まって私は久しぶりに入浴する事が出来た。
「ふう~やっぱりお風呂は気持ちいいなあ・・・。」
すっかり短くなってしまった自分の髪の毛に触れてみる。髪の毛は洗ってしまったので、すっかり色が取れてしまい、元の栗毛色に戻っている。
どうしよう・・・。幾ら髪の毛を切ってもこの髪の色と紫の瞳では・・・完全に私だとばれてしまう。そう言えば・・・何か・・マイケルさんが話していたような・・・。
温かいお湯に浸っていたら、今までの疲れが溜まっていたせいか・・・急激な眠気が襲って来た。意識が遠くなっていく・・・。
「・・・・・・。」
ゴボゴボゴボゴボ・・・・・。温かい・・・深い海の底に沈んでいく・・。
苦しい、息をしようとすると大量のお湯が口の中に流れ込んでくる・・・。
その途端・・・・
「ゴホッ!ゴホッ!」
「ジェシカッ!しっかりしろっ!」
誰かに胸を強く押される。すると突然何かが口の中からせりあがってきて・・たまらず咳き込む私。そして激しく咳き込むと同時に大量のお湯が口の中から出てくる感覚があった。途端に今ままで苦しくて息を吸う事も出来なかった肺が・・新鮮な空気を吸い込んでいる・・。
途端にまた激しく咳き込み、再びお湯を吐き出し・・・そこでようやく意識が戻った。
「あれ・・・私・・・。」
目を開けると、そこには涙を浮かべて私をじっと見つめている誰かがいた。
その人は・・。
金の髪にアイスブルーの瞳・・・。も、もしかして・・・。
「え・・・?ア、アラン・・・王子・・・?」
「・・・・っ!」
アラン王子はまるで子供の様にクシャリと顔を歪め・・・その直後、私は強く抱きしめられていた。
「ジェシカ・・・・ッ!良かった・・・・無事で・・・・っ!また・・お前が死んでしまうのでは無いかと思った・・・っ!」
そう、私はバスタオルに身体をくるまれ・・・気付けば泣いているアラン王子に抱き締められていたのだった―。
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「ア・・・・アラン王子・・・?な、何故・・・?ゴホッ!ゴホッ!」
再び激しく咳き込む私。
「ジェシカ?駄目だ、今はまだ喋るなっ!お前・・・バスルームで溺れかけていたんだからな?!」
アラン王子は涙で濡れた目で私を見つめながら言った。・・・ひょっとして・・泣いていたの・・・?
その時・・・
バアンッ!!
激しくドアが開かれ、デヴィットが室内に飛び込んできた。
「どうした?ジェシカッ!何があったんだ?!」
そして・・・バスタオル1枚でくるまれアラン王子に抱きかかえられている私を見ると、デヴィットの顔色がサッと変わる。
「ジェシカッ?!」
そしてアラン王子を激しく睨み付けると言った。
「おい、お前・・・確か1年で聖剣士のアラン・ゴールドリックだったかな・・・?フン、偽物聖女の犬め。一体ジェシカに何をしていたんだ・・?さっさと彼女から離れろッ!」
「何だと・・・?お前・・・俺の事を良く知ってるようだが・・。ジェシカはここでおぼれ死にそうになっていた所を俺が助けにきたんだ。お前こそジェシカの何なんだ?」
言いながらアラン王子はますます強く私を抱きしめて来る。私は2人の会話をまだ靄のかかった頭で聞いていた。分からない・・何故、アラン王子がここにいるの・・?何故私は抱きかかえられてるの・・?だけど・・・。徐々に頭の中の靄が晴れていく・・・。アラン王子は・・ソフィーの聖剣士・・・。ソフィーの・・・。まさか私を捕まえる為に・・?まだ・・・捕まりたくない・・・っ!目に涙が浮かんでくる。
逃げなくちゃ・・・。
「い・・・や・・・。」
私は力の入らない身体で抵抗した。
「?どうした?ジェシカ?」
不思議そうな顔で私を見つめるアラン王子だが・・・私の目に涙が浮かんでいるのを見つけたのか一瞬ハッとした顔になった。
「は・・・放して・・アラン・・王子・・・。」
「っ!ジェシカ・・・・ッ!」
途端に傷ついた顔を見せるアラン王子。一瞬罪悪感が募る。だけど・・・彼は・・。
私は目を泳がせてデヴィットを探し・・・彼と視線がぶつかった。
「デ・・・デヴィット・・さん・・・。」
弱々しい声しか出せないが、必死で笑顔を作ると、力の入らない手を何とか持ち上げて、デヴィットの方へ向けて、再度声を振り絞った。
「お・・・願い・・・き・・・て下さ・・い・・。」
デヴィットの顔がアラン王子に対してなのか・・・怒りの表情を浮かべた。
「ジェシカ・・・ッ!」
デヴィットに助けを求めて手を伸ばす、そんな私を見てアラン王子の目にみるみる内に涙が溜って来る。
「ジェシカ・・・それ程俺が・・・嫌・・・なのか・・?」
嗚咽を堪えるように声を振り絞るアラン王子。
「おい!アラン王子!ジェシカが嫌がってる!彼女を離せ!」
デヴィットは大股で近付いてくると強引にアラン王子の肩を掴んだ。・・アラン王子は観念したのか、溜息をつくと抱きかかえた私の身体をデヴィットに預けた。
「ジェシカ・・・。大丈夫だったか?」
デヴィットの身体に収まると、私は彼の首に腕を回し・・・安堵の深呼吸をした。
「・・・・!」
アラン王子の息を飲む気配を感じたが・・・今のアラン王子は私にとって脅威以外の何者でもない。私を捕えてソフィーに引き渡すつもりでここに来たのだろうか?
「お・・お願いです・・。アラン王子・・・。」
アラン王子に背を向けたままデヴィットにしがみ付いた私は何とか声を振り絞る。
「お願い?何だ?何でも言ってくれ。」
「おい、ジェシカ。この男に何を頼むつもりなんだ?」
デヴィットは私をしっかり抱きかかえたまま尋ねて来た。
「どうか・・・今は・・見逃して・・下さい・・・。お願い・・・。」
そして益々デヴィットの身体にしがみつくが、アラン王子が怖くて身体が小刻みに震えてしまう。
「おい、聞いたか。アラン王子。ジェシカがこれ程にお前の事を怖がっているんだ。可哀そうに、こんなに震えて・・・分かったら早くここから出て行け。そして・・・少しでも彼女を想う気持ちがあるなら・・彼女の言葉通り・・今回は見逃してやってくれ。」
「くっ・・・!わ・・分かった・・・。ジェシカ・・・。」
下を向いて唇を噛み締めるアラン王子。・・・ひょっとすると、私は今・・・すごく彼の事を傷付けているのかもしれないが・・・。それでも今のアラン王子は私にとって脅威以外の何者でも無かった。
次の瞬間・・・一瞬でアラン王子はこの部屋から居なくなってしまった。
2人きりになると、デヴィットが言った。
「ジェシカ・・・。大丈夫だったか・・・?いや、あまり大丈夫そうには見えないな・・。お前・・・そこの風呂場で溺れかけたんだろう?」
デヴィットの声にいたわりを感じる。
「はい・・・そう・・・みたいです・・。」
「まあ・・・でも溺れかけたお前を助けたんだから・・アラン王子には一応感謝だな・・・。ところで・・・。」
コホンと咳ばらいをし、視線を逸らせて顔を赤らめたデヴィットが言った。
「1人で着替えられるか?ジェシカ。」
そこで私は今も自分がバスタオルを巻き付けただけの姿をしている事に気が付く。
「あ・・・。」
道理で先程からデヴィットの顔が赤らんでいる訳だ。着替えはしたいが・・腕と身体に力がどうしようもなく入らない。
「あ、あの・・・今は・・・着替え・・・無理そう・・です・・。だ、だからお願いです・・ベッドまで・・・・運んでもらえますか・・・?」
途端に耳まで真っ赤に染めるデヴィット。
「な?な・な・な・・。い、今・・何を言ってるか自分で分かってるのか?!」
「?はい・・。もう今夜は・・この恰好で・・眠ろうかと思って・・・。それが・・何か・・?」
「あ、ああ・・。何だ、そういう事か・・・。」
溜息をつきながらデヴィットは苦笑した。そしてを抱きかかえたままベッドに運ぶと、寝かせてくれた。
「風邪・・引かないようにしろよ?」
毛布をかけながらデヴィットは言う。
「はい・・気を付けます。起き上がれるようになったら・・着替えるので・・・。」
素直に返事をする。
「ああ。そうした方がいい。それにしても・・。」
コホンと咳払いするとデヴィットは言った。
「ジェシカ・・・お前、軽すぎる。その・・・もっと沢山食べないと・・。」
「え・・?」
「あ・・そ、その何でも無い。お休み。」
それだけ言い残すとデヴィットは部屋から出て行った。
「ふう・・・。」
私は天井を見上げると溜息をついた。それにしても・・何故突然この場にアラン王子が現れたのだろう?ソフィーの命令で私を捕えに?でも・・・それだったらさっさと私をあの場から連れ去っても良かったはず・・・。それに私を見て泣いていた・・。
あの時のアラン王子は正気だったのかもしれない。だとしたら・・・。
「私・・すごくアラン王子を・・・傷付けてしまったかも・・・・。」
そして、そのまま私は急激な眠気に襲われ・・・・結局そのまま眠ってしまった・・・。
<ジェシカ・・・・ジェシカ・・・・。>
誰・・・?誰が私を呼んでるの・・・?
気付けば私は見知らぬ森の中に立っていた。
<お願い、ジェシカ・・・こっちへ来て・・・。私を助けて・・・。>
弱々しい声が何処か遠くから私に呼びかけて来る。
うん、待っていて。今・・・そっちに行くから・・・。
私は何処までも森の中を月明かりを頼りに歩き続ける。
やがて・・・目の前が開けると、そこには月の明かりに照らされて古びた城のシルエットが浮かび上がっていた。・・どうも助けを呼ぶ声はこの城から聞こえていたようだ。
ねえ・・・私、来たよ。何処?何処にいるの・・・?
途切れてしまった声の主に必死で呼びかける。すると、再び声が聞こえて来た。
<この・・・城の・・塔の・・一番高い所・・・。>
私は城を見上げた。すると確かに城の最も最上階に窓が付いた塔が見える。あの場所は・・・相当高い場所にありそうだ。
ねえ、もしかして閉じ込められてるの・・・?
心の中で呼びかけてみる。
<ジェシカ・・・どうか・・・どうか・・・私の名前を・・・呼んで・・・。早くしないと・・もう時間が・・・。貴女しか私を助ける事が・・・。>
時間?時間て・・・一体何の事?今の私は学院から追われる身。それに魔法も使えないのに・・そんな私がどうやって助ける事が出来るって言うの?
けれど・・・二度と『声』は答える事が無かった―。




